浅村栄斗
| 埼玉西武ライオンズ #32 | |
|---|---|
| 基本情報 | |
| 国籍 | |
| 出身地 | 大阪府大阪市東淀川区 |
| 生年月日 | 1990年11月12日(21歳) |
| 身長 体重 |
181cm 78kg |
| 選手情報 | |
| 投球・打席 | 右投右打 |
| ポジション | 内野手、左翼手、右翼手 |
| プロ入り | 2008年 ドラフト3位 |
| 初出場 | 2010年3月31日 |
| 年俸 | 2,400万円(2012年) |
| 経歴(括弧内は在籍年) | |
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この表について
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浅村 栄斗(あさむら ひでと、1990年11月12日 - )は、埼玉西武ライオンズに所属するプロ野球選手(内野手)。
目次 |
[編集] 来歴
[編集] プロ入り前
井高野小4年からソフトボールを始め、井高野中1年から硬式の都島ボーイズで野球を始める。
大阪桐蔭高では1年秋からベンチ入り。春の甲子園ではベンチ入り出来なかったものの、2年夏からは二塁手で背番号14ながらもレギュラーとして出場。
最高学年となった新チームがスタートするとショートを守るようになり、2008年の夏の甲子園に出場。1番ショートで全6試合に出場、打っては2本塁打を放ち、守備でも好プレーと攻守に渡る活躍で大阪桐蔭高校の優勝に貢献。
一回戦の日田林工高戦で5安打を放ち、二回戦の金沢高戦では2本塁打を放った。守備面でも10回にセンターに抜けようかという打球を好捕、ノーバウンドスローで一塁に送球しアウトとした。決勝の常葉菊川高戦では7回の守備で無死二塁でピッチャーのグラブを掠めた打球を三塁に送球しアウトをとるなど美技といわれる守備で注目された。高校最後の打席も、左翼へのソロホームランで飾った。
2008年のドラフト会議にて、埼玉西武ライオンズから3位指名を受け入団。高校通算22本塁打。50m6秒2、遠投100m。
[編集] プロ入り後
2009年、1年目ながら二軍で99試合に出場、打率.219・3本塁打・27打点・10盗塁という成績を残し、水田圭介の移籍と怪我人続出で内野手不足に陥っていた二軍で奮闘した。7月15日の東北楽天ゴールデンイーグルス戦(西武ドーム)では、川岸強から二軍での公式戦第1号となるサヨナラ本塁打を放っている。
2010年、オープン戦で打率.286・2本塁打と結果を残し開幕を一軍で迎えた。内野手の層の厚さから出番に恵まれなかったが、3月31日の福岡ソフトバンクホークス戦で代打としてプロ入り初出場を果たし、左翼線に適時二塁打を放ちプロ入り初安打・初打点を記録した。また、8月10日の楽天戦ではプロ入り初本塁打を放ち、そこから約2ヶ月後の9月26日の公式戦最終戦では先制の2号2ランを放った。奇しくもどちらもクリネックススタジアム宮城で放っている。
2011年、片岡易之が出遅れたこともあり片岡が復帰するまでオープン戦は主に二塁手として出場していた。また一軍は二塁手片岡、三塁手中村剛也、遊撃手中島裕之とレギュラーが固定されているため、出場機会を増やすために一塁手を守っている[1]。交流戦でのセントラル・リーグの本拠地での試合のときは指名打者が使えないため、ホセ・フェルナンデスが一塁手を守らせることになるので、外野手を守らせるというプランもあり[2]、5月21日の中日戦では大差が付いた8回表から左翼手の守備に就いた。交流戦以後は一塁手だけでなく左翼手を守る機会が増えているが、片岡の不振及び負傷離脱により二塁手を守ることもあった。栗山巧が左翼手、秋山翔吾が中堅手に回った後は右翼手を守っている。10月は打率が.460とリーグトップの成績を残し、チームのクライマックスシリーズ出場に貢献したとして初の月間MVPを獲得した。
[編集] プレースタイル・人物
- 尊敬する選手は松井稼頭央(東北楽天ゴールデンイーグルス)と挙げている。子供の頃、野球ゲームをする際には、必ず松井のいる西武でプレーしていた[4]。現在彼の付けている背番号32は、松井が入団から一軍の正遊撃手の座を得るまで付けていた背番号である。浅村にとっては松井は背番号7の印象が強いが、入団の際に球団関係者から「松井が入団時につけていた背番号だから」と言われたという[5]。
- 2011年シーズンでは主に一塁手を守っているが、発注していたミットが開幕に間に合わなかったため、序盤戦は先輩である中村剛也にミットを借りてプレーしていた。同じく、交流戦の外野手用のグラブは栗山巧のものを借りてプレーしていた。
[編集] 詳細情報
[編集] 年度別打撃成績
| 年 度 |
球 団 |
試 合 |
打 席 |
打 数 |
得 点 |
安 打 |
二 塁 打 |
三 塁 打 |
本 塁 打 |
塁 打 |
打 点 |
盗 塁 |
盗 塁 死 |
犠 打 |
犠 飛 |
四 球 |
敬 遠 |
死 球 |
三 振 |
併 殺 打 |
打 率 |
出 塁 率 |
長 打 率 |
O P S |
|---|---|---|---|---|---|---|---|---|---|---|---|---|---|---|---|---|---|---|---|---|---|---|---|---|
| 2010 | 西武 | 30 | 55 | 42 | 11 | 11 | 1 | 1 | 2 | 20 | 9 | 2 | 0 | 1 | 1 | 8 | 0 | 3 | 8 | 2 | .262 | .407 | .476 | .884 |
| 2011 | 137 | 498 | 437 | 48 | 117 | 17 | 3 | 9 | 167 | 45 | 7 | 2 | 18 | 3 | 37 | 1 | 3 | 52 | 8 | .268 | .327 | .382 | .709 | |
| 通算:2年 | 167 | 553 | 479 | 59 | 128 | 18 | 4 | 11 | 187 | 54 | 9 | 2 | 19 | 4 | 45 | 1 | 6 | 60 | 10 | .267 | .335 | .390 | .725 | |
- 2011年度シーズン終了時
[編集] 年度別守備成績
| 年 度 |
一塁 | 二塁 | 三塁 | 遊撃 | 外野 | |||||||||||||||||||||||||
|---|---|---|---|---|---|---|---|---|---|---|---|---|---|---|---|---|---|---|---|---|---|---|---|---|---|---|---|---|---|---|
| 試合 | 刺殺 | 補殺 | 失策 | 併殺 | 守備率 | 試合 | 刺殺 | 補殺 | 失策 | 併殺 | 守備率 | 試合 | 刺殺 | 補殺 | 失策 | 併殺 | 守備率 | 試合 | 刺殺 | 補殺 | 失策 | 併殺 | 守備率 | 試合 | 刺殺 | 補殺 | 失策 | 併殺 | 守備率 | |
| 2010 | - | 1 | 1 | 6 | 0 | 1 | 1.000 | 8 | 2 | 8 | 1 | 1 | .909 | 9 | 12 | 32 | 0 | 9 | 1.000 | - | ||||||||||
| 2011 | 84 | 625 | 21 | 4 | 51 | .994 | 10 | 11 | 13 | 1 | 3 | .960 | 3 | 0 | 1 | 0 | 0 | 1.000 | - | 68 | 110 | 3 | 3 | 1 | .974 | |||||
| 通算 | 84 | 625 | 21 | 4 | 51 | .994 | 11 | 12 | 19 | 1 | 4 | .969 | 12 | 2 | 9 | 1 | 1 | .917 | 9 | 12 | 32 | 0 | 9 | 1.000 | 68 | 110 | 3 | 3 | 1 | .974 |
- 2011年度シーズン終了時
[編集] 表彰
- 月間MVP:1回 (2011年10月)
[編集] 記録
- 初出場:2010年3月31日、対福岡ソフトバンクホークス2回戦(西武ドーム)、8回裏に佐藤友亮の代打として出場
- 初打席・初安打・初打点:同上、岩嵜翔から左翼線適時二塁打
- 初先発出場:2010年4月18日、対北海道日本ハムファイターズ6回戦(西武ドーム)、8番・遊撃手として出場、3打数1安打
- 初盗塁:2010年8月6日、対福岡ソフトバンクホークス16回戦(西武ドーム)、8回裏に二盗(投手:森福允彦、捕手:田上秀則)
- 初本塁打:2010年8月10日、対東北楽天ゴールデンイーグルス14回戦(クリネックススタジアム宮城)、6回表に山村宏樹から左越ソロ
[編集] 背番号
- 32 (2009年 - )
[編集] 登場曲
- DJ OZMA「MASURAO」(2011年)
[編集] 脚注
- ^ http://www.sponichi.co.jp/baseball/news/2011/03/07/kiji/K20110307000382910.html
- ^ 西武の浅村が3打点 初球を狙い打ち 産経新聞 2011年5月15日
- ^ スポーツナビ | 野球|プロ野球|コラム|西武の新星・浅村、ブレークの理由
- ^ NACK5 SUNDAY LIONS 2010年4月18日放送より
- ^ 元気を日本に 日本プロ野球 2011年3月3日放送より
[編集] 関連項目
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