岩田稔
| 阪神タイガース #21 | |
|---|---|
2008年7月30日(阪神鳴尾浜球場)
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| 基本情報 | |
| 国籍 | |
| 出身地 | 大阪府守口市 |
| 生年月日 | 1983年10月31日(29歳) |
| 身長 体重 |
179 cm 88 kg |
| 選手情報 | |
| 投球・打席 | 左投左打 |
| ポジション | 投手 |
| プロ入り | 2005年 希望入団枠 |
| 初出場 | 2006年10月14日 |
| 年俸 | 5,800万円(2013年) |
| 経歴(括弧内は在籍年) | |
| 国際大会 | |
| 代表チーム | |
| WBC | 2009年 |
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この表について
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岩田 稔(いわた みのる、1983年10月31日 - )は、阪神タイガースに所属するプロ野球選手(投手)。
目次 |
経歴 [編集]
大阪府守口市出身。守口市立庭窪中学校から、大阪桐蔭高校時代は2年秋からエースとなり秋季府大会で準優勝して近畿大会でも8強入りしたが、同年の冬に風邪を引いた際のウイルス感染が元で1型糖尿病を発症。3年時にはエースナンバーを背負っていたが、腰の故障で登板機会はなかった。高校の同期には中村剛也、1年先輩には後にプロでもチームメイトとなる桟原将司がいた。高校卒業後の進路は社会人野球のチームに決まりかけていたが病気が分かってから取り消されたため[1]、推薦で関西大学に進学。
大学でも故障に悩まされリーグ戦の通算成績は6勝10敗だったが、最速151 km/hの速球と縦に落ちるカーブを軸にカット・ファスト・ボール、チェンジアップなどの多彩な変化球が評価され、2005年の大学・社会人ドラフトで希望入団枠制度により阪神へ入団。大学、阪神の大先輩である村山実を目標にしており、入団会見では「(背番号が村山の11より10多い21であることから)10倍頑張れということだと思います」と語った。
入団当初は「今中二世」と呼ばれていたが故障が多く、2006年、2007年と一軍登板したが、あと一歩で勝利を逃した。2007年6月21日、中学校の同級生の女性と結婚したことを発表。同年11月に第一子が誕生した。
2008年は春季キャンプ・オープン戦の好調が認められ、3月29日に開幕2戦目の対横浜ベイスターズ戦で先発投手に抜擢されプロ初勝利、4月26日には初完投勝利を挙げた。シーズン終盤は成績を落としたが年間通して先発ローテーションを守り10勝を挙げ、下柳剛に次ぐチーム2位の投球回数でセ・リーグ8位の防御率3.28。被本塁打は規定投球回に達した投手の中でリーグ最少の5本に抑えた。一方で左打者に対する被打率は3割を超え、リーグ最多タイの11死球、同4位の50四球、同5位で規定投球回に達した投手中リーグ最多の7暴投と、課題だった制球力がまだ不安定なことも露呈した。オフには秋季キャンプからフォームを意識している杉内俊哉に志願して合同自主トレをした。
2009年は第2回WBC日本代表に選出され中継ぎとして2試合に登板し、日本代表の大会2連覇に貢献した。しかし、大会後に左肩を痛めていたことが発覚し、帰国後の検査で「左肩肩峰下滑液胞炎」と診断された[2][3]。6月10日の対埼玉西武ライオンズ戦で一軍復帰登板をするも打線の援護に恵まれずなかなか勝てなかったが、5度目の先発となった7月29日の対横浜戦で初完封勝利となるシーズン初勝利を挙げ、第二子の長女が誕生した9月9日の対中日ドラゴンズ戦でも完封勝利を挙げた。シーズン成績は7勝5敗、前年より少ない投球回数で前年を上回る奪三振数に、規定投球回未満ながら防御率2.68を記録した。
2010年は開幕前の3月に左ひじを故障して手術を受け、一軍公式戦、二軍のウエスタン・リーグともに登板はなかった。10月5日より宮崎で開幕したフェニックス・リーグでは最終戦となる対読売ジャイアンツ戦で復帰後初の実戦登板をした[4]。オフの12月30日には第三子の二女が誕生した[5]。
2011年は大きな怪我や調整遅れもなく、開幕1軍を迎えた。開幕3戦目である4月14日の対広島東洋カープ戦で2009年10月9日の対東京ヤクルトスワローズ戦以来、552日ぶりの1軍先発登板を果たした。初回に本塁打を浴びるなど7回3失点で敗戦投手になるが[6]、5月5日の対巨人戦で2009年10月4日の対中日戦以来578日ぶりに7回1失点で勝利投手となり、ヒーローインタビューで涙ながら答えた[7]。このシーズンは1年通して先発ローテーションの一角として活躍するも、好投しても打線の援護に恵まれず、また自身のミスが絡むこともあり、チームトップの防御率2.29を記録しながらも9勝13敗と負け越した。
2012年、引き続き先発ローテーションの一角を占めるも、中盤以降に打ち込まれるケースが相次ぐなど不調で、チームの低迷も相まって勝ち星が伸びず、8勝14敗でブライアン・バリントン(広島)と並ぶ最多敗戦投手となり、防御率も前年と比べて1点以上悪化した。
人物 [編集]
1型糖尿病のため1日4回のインスリン注射は欠かせない[8]が、アマチュア時代に糖尿病を発症しつつもプロで活躍したビル・ガリクソンや、8歳で1型糖尿病を発症しながらエアロビックの世界チャンピオンになった大村詠一に勇気づけられたことから「自分が頑張ることで、同じように糖尿病と戦っている人たちを勇気づけていきたい」と話す。また、1勝するたびに10万円を糖尿病研究のために寄付している[9]。
詳細情報 [編集]
年度別投手成績 [編集]
| 年 度 |
球 団 |
登 板 |
先 発 |
完 投 |
完 封 |
無 四 球 |
勝 利 |
敗 戦 |
セ 丨 ブ |
ホ 丨 ル ド |
勝 率 |
打 者 |
投 球 回 |
被 安 打 |
被 本 塁 打 |
与 四 球 |
敬 遠 |
与 死 球 |
奪 三 振 |
暴 投 |
ボ 丨 ク |
失 点 |
自 責 点 |
防 御 率 |
W H I P |
|---|---|---|---|---|---|---|---|---|---|---|---|---|---|---|---|---|---|---|---|---|---|---|---|---|---|
| 2006 | 阪神 | 1 | 1 | 0 | 0 | 0 | 0 | 1 | 0 | 0 | .000 | 16 | 3.0 | 2 | 1 | 4 | 0 | 0 | 1 | 2 | 0 | 4 | 3 | 9.00 | 2.00 |
| 2007 | 4 | 3 | 0 | 0 | 0 | 0 | 1 | 0 | 0 | .000 | 62 | 13.1 | 15 | 0 | 8 | 0 | 2 | 6 | 2 | 0 | 9 | 9 | 5.40 | 1.73 | |
| 2008 | 27 | 27 | 2 | 0 | 1 | 10 | 10 | 0 | 0 | .500 | 678 | 159.1 | 168 | 5 | 50 | 3 | 11 | 101 | 7 | 0 | 64 | 58 | 3.28 | 1.37 | |
| 2009 | 16 | 16 | 4 | 2 | 0 | 7 | 5 | 0 | 0 | .583 | 455 | 110.2 | 99 | 3 | 27 | 1 | 8 | 103 | 4 | 0 | 40 | 33 | 2.68 | 1.14 | |
| 2011 | 25 | 25 | 2 | 2 | 0 | 9 | 13 | 0 | 0 | .409 | 673 | 169.0 | 121 | 7 | 45 | 5 | 8 | 133 | 6 | 0 | 47 | 43 | 2.29 | 0.98 | |
| 2012 | 25 | 25 | 0 | 0 | 0 | 8 | 14 | 0 | 0 | .364 | 648 | 153.1 | 157 | 10 | 41 | 3 | 2 | 107 | 6 | 0 | 73 | 60 | 3.52 | 1.29 | |
| 通算:6年 | 98 | 97 | 8 | 4 | 1 | 34 | 44 | 0 | 0 | .436 | 2532 | 608.2 | 562 | 26 | 175 | 12 | 31 | 451 | 27 | 0 | 237 | 206 | 3.05 | 1.21 | |
- 2012年度シーズン終了時
- 各年度の太字はリーグ最高
記録 [編集]
- 投手記録
- 初登板・初先発:2006年10月14日、対広島東洋カープ22回戦(広島市民球場)、3回4失点で敗戦投手
- 初奪三振:同上、3回裏に井生崇光から空振り三振
- 初勝利・初先発勝利:2008年3月29日、対横浜ベイスターズ2回戦(京セラドーム大阪)、6回1失点
- 初完投勝利:2008年4月26日、対読売ジャイアンツ5回戦(阪神甲子園球場)、9回2失点
- 初完封勝利:2009年7月29日、対横浜ベイスターズ14回戦(阪神甲子園球場)
- 打撃記録
- 初安打:2007年7月29日、対横浜ベイスターズ12回戦(阪神甲子園球場)、4回裏に吉見祐治から中前安打
- 初打点:2009年8月12日、対中日ドラゴンズ16回戦(京セラドーム大阪)、4回裏に朝倉健太から右前適時打
背番号 [編集]
- 21 (2006年 - )
- 19 (2009年WBC)
登場曲 [編集]
脚注 [編集]
- ^ 知ってほしい I型糖尿病患者の声 - 大阪日日新聞(2006年3月30日)
- ^ 岩田 左肩痛発覚…早くて5月復帰 - ウェイバックマシン (2009年3月30日アーカイブ分) - デイリースポーツ(2009年3月28日)
- ^ 阪神・岩田「前半戦絶望」も…WBCで左肩違和感 - スポーツニッポン(2009年3月28日)
- ^ “阪神・岩田、術後初実戦で145キロ!復活へ手応え”. サンケイスポーツ. (2010年10月27日) 2012年8月31日閲覧。
- ^ “岩田、第3子となる次女が誕生!母子ともに健康”. スポーツニッポン. (2011年1月1日) 2013年4月6日閲覧。
- ^ 552日ぶり登板も…岩田、復活白星はお預け - スポーツニッポン(2011年4月15日)
- ^ 岩田 涙の今季初勝利!「上を向いてやろうとここまで来た」 - スポーツニッポン(2011年5月5日)
- ^ 岩田稔投手インタビュー(PDF) [リンク切れ] - 関西大学学生センター冊子
- ^ 阪神タイガース 岩田稔投手が1型糖尿病研究基金へ - 日本IDDMネットワーク
関連項目 [編集]
- 大阪府出身の人物一覧
- 関西大学の人物一覧
- 阪神タイガースの選手一覧
- ジェーソン・ジョンソン - 岩田、ガリクソンと同じくアマチュア時代に糖尿病を発症した野球選手。
- 新浦壽夫 - 韓国プロ野球在籍中に糖尿病を発病したが活躍した選手。
- バディ・カーライル - 2009年に糖尿病を発症した元阪神の選手。2010年春季キャンプ中、本人の希望で阪神のキャンプ地・宜野座を訪問し、岩田と対談を行っている。
外部リンク [編集]
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