若竹竜士

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若竹 竜士
阪神タイガース #49
基本情報
国籍 日本
出身地 大阪府豊中市
生年月日 1987年10月10日(21歳)
身長
体重
178cm
80kg
選手情報
投球・打席 右投右打
守備位置 投手
プロ入り 2005年 高校生ドラフト3巡目
初出場 2007年7月5日
年俸 650万円
経歴(括弧内は在籍年)

若竹 竜士(わかたけ りゅうじ、1987年10月10日 - )は、阪神タイガースに所属するプロ野球選手投手)。

目次

[編集] 経歴

[編集] プロ入り前

大阪府豊中市出身。豊中市立新田南小学校1年時に4歳上の兄の影響で軟式野球を始め、小学校6年間投手だった[1][2]豊中市立第四中学校入学後に硬式野球に転向してボーイズリーグの「大淀ボーイズ」では内野手も務めたが、3年時から再び投手に専念。同学年で「箕面スカイラーク」に所属していた岡田貴弘とは小学生時代から何度も対戦したという[3]

育英高校に進学後は1年秋からベンチ入りし[2]トルネード投法気味のフォームから投げる速球を武器に本格派右腕として注目を集めた。3年時には第77回選抜高等学校野球大会に出場して木下達生を擁する東邦高校と対戦し、延長10回を1人で投げきったが0-1の完投サヨナラ負けで初戦敗退。夏は兵庫大会5回戦敗退。高校入学時は最速136km/h[1]だった球速は最速148km/hを記録した[2]

2005年の高校生ドラフトで阪神タイガースから3巡目指名を受け入団。入団当初は藤川球児の名を挙げてリリーフを志望していた[2]

[編集] プロ入り後

2006年は高卒新人としては比較的早い段階から実戦で起用されウエスタン・リーグで11試合に登板。秋には久保康生投手コーチから変化の小さいスライダーを学んだ[3]

2007年は二軍の先発ローテーションに定着し、7月5日東京ヤクルトスワローズ戦で一軍初登板初先発。5回を投げて2回に福川将和の3ラン本塁打を含む2安打1死球3失点で敗戦投手となったが、失点した2回以外は1人も走者を出さなかった。二軍では14試合に登板して防御率2.65の好成績をおさめた。

2008年も二軍の先発投手を務め、7月6日中日ドラゴンズ戦で二軍ながらノーヒットノーランを達成。しかし、好不調の波が激しく二軍での成績は前年より落ちて一軍昇格も無かった。

[編集] プレースタイル

最速149km/h、平均140km/h前後の直球スローカーブを軸にスライダー、フォークボールも投げる。スローカーブは時に80km/h台、2006年には82km/hを記録[3]し、一軍初登板時のTV中継では野球解説者がプロ入り時からの二軍投手コーチでもある星野伸之を引き合いに出した落差を誇る。

プロ入り後は課題の制球力向上のために一軍初登板時などは常にセットポジションから投げ、高校時代のフォームの躍動感や豪快さはやや影を潜めていたが、2008年にはノーワインドアップから投げる姿も確認された。

[編集] 人物

野球を始めたきっかけでもある兄の純一も岡山学芸館高校主将遊撃手として、第73回選抜高等学校野球大会に出場している[1][4]

[編集] 年度別投手成績








































W
H
I
P
2007 阪神 2 2 0 0 0 0 1 0 0 .000 27 6.1 6 1 1 0 1 4 0 0 4 4 5.68 1.11
通算:1年 2 2 0 0 0 0 1 0 0 .000 27 6.1 6 1 1 0 1 4 0 0 4 4 5.68 1.11
  • 2008年度シーズン終了時

[編集] 記録

  • 初登板・初先発:2007年7月5日、対東京ヤクルトスワローズ11回戦(阪神甲子園球場) 5回3失点

[編集] 背番号

  • 49 (2006年 - )

[編集] 脚注

  1. ^ a b c 大阪日刊スポーツ・なにわWEB・野球情報
  2. ^ a b c d 若竹 竜士-阪神選手名鑑 : nikkansports.com
  3. ^ a b c 野球小僧編集部ログ: 谷上史朗レポート ナニワのゴジラ奮闘記-第24回-
  4. ^ 岡山学芸館ナイン紹介

[編集] 関連項目