今成亮太

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今成 亮太
阪神タイガース #49
Imanari ryouta.jpg
2012年8月17日、明治神宮球場にて
基本情報
国籍 日本の旗 日本
出身地 埼玉県富士見市
生年月日 1987年10月6日(27歳)
身長
体重
178 cm
80 kg
選手情報
投球・打席 右投左打
ポジション 三塁手外野手捕手
プロ入り 2005年 高校生ドラフト4巡目
初出場 2008年3月25日
年俸 3,600万円(2015年)[1]
経歴(括弧内はプロチーム在籍年度)

今成 亮太(いまなり りょうた、1987年10月6日 - )は、阪神タイガースに所属する埼玉県富士見市出身のプロ野球選手

北海道日本ハムファイターズスカウトを務める今成泰章は実父。本来の登録は捕手だが、2013年以降は内野手(主に三塁手)、または外野手として公式戦に出場することが多い。

経歴[編集]

プロ入り前[編集]

小学校入学前に野球を始める。中学時代は富士見シニアでプレーする一方で、学校ではサッカー部に所属し、埼玉県の県大会に出場したこともある。

高校は野球の名門・浦和学院高校に進学。1年時からベンチ入りし、秋に正捕手となった。この頃は2学年先輩の須永英輝の専属捕手も務めていた。その後主将としてチームを率い、2度(2年夏の第86回選手権大会、3年春の第77回選抜大会)の甲子園に導いた。3年夏の埼玉県予選では木村文和を擁する埼玉栄高校に敗れ、甲子園出場はならなかった。

捕手としてはやや細身ながら、打撃センス・スローイングの速さなどは高卒捕手の中でもトップクラスと高く評価。2005年プロ野球ドラフト会議(高校生の部)で北海道日本ハムファイターズから4巡目指名を受けて入団した。

日本ハム時代[編集]

2006年はルーキーながらシーズン後半やフェニックスリーグなど、二軍戦で何度か先発マスクを被った。

2007年の春季キャンプでは紅白戦で盗塁を試みた俊足の紺田敏正を刺し、オープン戦では本塁打も打って正捕手争いに名乗りを上げた。当時の監督のトレイ・ヒルマン監督をして「このキャンプでの最大の発見」と言わしめたが、まだ高卒2年目で実績が不足しており、選手登録枠の都合もあって開幕一軍は逃す。結局このシーズンは一軍出場なしに終わったが、二軍では正捕手の座を掴み64試合に起用された。打率は.200と振るわなかった。

2008年には、プロ3年目で初めて開幕一軍に登録。3月25日の対埼玉西武ライオンズ戦では、8回表から同年入団の左腕投手・豊島明好とバッテリーを組んで、豊島と共に一軍公式戦への初出場を果たした。翌日の西武戦では代打でプロ初安打。7月9日の対千葉ロッテマリーンズ戦(千葉マリンスタジアム)でプロ入り後初めてスタメンに起用されると、4打数3安打と一軍公式戦での初打点を記録した。

しかしながら翌2009年大野奨太が入団したことでそれ以降も出場機会は増えず、以後の2年間は2010年5月に代打で出場しそのまま捕手の守備に就いたほかは一軍出場無しに終わった。

2011年には22試合に出場。代打に起用された試合が19試合であった一方で、捕手としての出場は(代打からの出場分を含めて)6試合に留まった。

2012年には、4月28日阪神タイガースへの移籍が発表されるまで、一軍公式戦への出場機会がなかった。

阪神時代[編集]

2012年4月28日若竹竜士との交換トレード阪神タイガースに移籍した[2]5月1日公示)。背番号は若竹が着用していた49。今成の父の泰章は、1978年から2002年まで同球団の東京駐在スカウトを務めていた(後述)。移籍後は60試合に出場した。

2013年オリックス・バファローズからの日高剛の移籍などで捕手陣の層を厚くしたチーム事情などから、持ち前の打撃力を生かすべくバッテリー以外のポジションにも挑戦している[3]セ・パ交流戦では、指名打者を採用するパ・リーグ主催試合で右投手の先発が予告される場合に、指名打者や左翼手としてスタメンに抜擢された[4]。開幕当初のレギュラー福留孝介の故障による戦線離脱などを受けて[5]、福留が一軍へ復帰する8月中旬まで主に「6番・右翼手」としてスタメンに定着。7月5日から同月7日までの対広島東洋カープ3連戦(MAZDA Zoom-Zoom スタジアム広島)では、5日の第1打席(2回表)に本塁打を放つと[6]、7日には5番打者として1試合4安打(いずれもプロ入り後初)を記録した[7]。右翼手でスタメンに起用されるようになってからは、外野守備中の打球処理で時折経験の浅さを露呈するものの(シーズン通算では3失策)[8]、チーム事情に応じて1番・2番も経験[9]。結局一軍では、外野手として53試合、一塁手として4試合に出場(捕手での出場は前述の3試合のみ)。広島とのクライマックスシリーズファーストステージ(甲子園)の第1戦で、4回裏の第2打席で、前田からチーム唯一の得点となる同点適時打を放った。この安打は、阪神の選手が一軍の試合で49イニング振りに前田から放った適時打でもあった[10]

2014年、捕手としての登録を続けつつ、高代延博コーチからの進言で小学生以来と言う[11]春季キャンプから事実上三塁手に転向[12]。開幕戦である3月28日の対読売ジャイアンツ戦(東京ドーム)には、6番・三塁手としてスタメンに起用。5月4日の対東京ヤクルトスワローズ戦では、9回表に久古健太郎からシーズン初本塁打かつ自身初の代打本塁打を記録した[13]5月6日の対中日戦(ナゴヤドーム)では、9回裏から試合終了の12回裏まで、一軍の公式戦では初めて二塁を守った[14]9月2日横浜DeNAベイスターズ戦では、三上朋也から自身プロ初となるサヨナラ2点タイムリーを放った[15]。また、この年も何度か外野手として起用されたが、捕手として起用されることは1度もなかった。

人物[編集]

ポジションについては、公式戦に遊撃手中堅手以外の全てのポジションで出場した経験がある。2013年の秋季キャンプでは、「ゼネラルマネジャー付育成&打撃コーディネーター(DC)」として指導者生活を始めた阪神の元看板選手・掛布雅之から、「長打力の高い左打ちの三塁手」だった自身の現役時代にちなんで、「小掛布(こかけふ)」と呼ばれている[16]。前述の二塁守備については、中学生時代に加えて、日本ハム時代にもイースタン・リーグ公式戦で通算12試合経験している。

阪神への移籍直後の2012年9月からは、同じ移籍組で名前の読みも同じチームメート・新井良太とのコラボレーションによるグッズシリーズ「Wりょーた」を、同球団の公認グッズとして発売している[17]

お笑いセンスに長けていて、シーズンオフに開かれるファン感謝デーでは、毎回趣向を変えた「かくし芸」で観客の喝采や爆笑を呼んでいる。日本ハム時代には、ファン感謝デーでマツケンサンバソーラン節よさこい節を踊ったことがあった。阪神への移籍後には、毎年11月23日に甲子園球場で開かれる「阪神タイガースファン感謝デー」の紅白戦で、以下のように先輩選手のフォームや癖の真似を披露。2013年6月23日横浜DeNAベイスターズ戦(横浜スタジアム)では、試合前のアトラクションとして実施された湘南乃風のスタジアムミニライブで、当時横浜に在籍していたナイジャー・モーガンと一緒に「睡蓮花」に合わせてタオルを回しながら踊っていた。

  • 2012年:上本博紀から借りたビジター仕様のユニフォーム姿で、上本の癖を真似ながら公式戦では立たない右打席で藤川球児と対決した(結果は藤川へのゴロ)[18]
  • 2013年:紅組の「4番・三塁手」として迎えた最初の打席では、西岡剛・上本・新井良太のレプリカユニホームを着込んで登場。1球ごとにユニフォームを1枚ずつ脱ぎながら、初球に新井良太、2球目に上本、3球目に左打席で西岡の打撃フォームの真似を披露した(結果は3球目を打って投手へのゴロ)。第2打席でも、関本賢太郎のレプリカユニフォーム姿で、バットを極端に短く持つ関本独特の打撃フォームを再現。投手として登板したマウンドでも、ランディ・メッセンジャーの投げ方を真似て場内を沸かせたことから、紅白戦の終了後には「敢闘賞」に選ばれた[19]

2014年1月19日放送の『行列のできる法律相談所』(日本テレビ制作の全国ネット番組)では、スタジオゲストの前田健太が「苦手な選手」として今成の名前を挙げたことから、2013年度の公式戦対戦成績(前述)と推定年俸の差を紹介。今成がVTRで前田への印象を語ったことに対して、前田が「シーズンの最後に見付けた(今成の)攻略法」を冗談交じりで明かすという一幕があった[10]

家族[編集]

実父の泰章は、駒澤大学の硬式野球部時代に、亮太と同じく捕手を経験。卒業後に新卒のスカウトとして阪神に採用されると、1979年に藤原仁をドラフト外で入団させたことを皮切りに、現在の首脳陣である平田勝男和田豊中西清起関川浩一、2013年まで亮太のチームメートであった桧山進次郎などの獲得に尽力した。1999年から2002年までチーフスカウトを務めた後に、2003年からは、日本ハムの関東・東北担当スカウトとして須永英輝ダルビッシュ有大谷翔平などの入団交渉を担当。獲得が難しいと見られる選手まで入団に導くほどの交渉手腕から、「マムシの今成」という異名を持つ[20]

兄は、埼玉県富士見市議会議員の今成優太。穎明館高校國學院大學時代に投手として活躍した後に、会社勤務を経て2013年の市議会議員選挙に立候補すると、全立候補者で3番目に多い得票数によって初当選を果たした[21]

詳細情報[編集]

年度別打撃成績[編集]

















































O
P
S
2008 日本ハム 9 12 11 1 5 1 0 0 6 1 1 1 0 0 1 0 0 1 0 .455 .500 .545 1.045
2010 1 1 1 1 1 1 0 0 2 0 0 0 0 0 0 0 0 0 0 1.000 1.000 2.000 3.000
2011 22 28 26 0 3 0 0 0 3 1 0 0 1 1 0 0 0 9 0 .115 .111 .115 .226
2012 阪神 60 103 96 4 28 3 0 0 31 4 0 0 1 0 6 1 0 19 4 .292 .333 .323 .656
2013 88 215 185 11 49 10 2 1 66 17 2 2 1 4 25 0 0 37 7 .265 .346 .357 .703
2014 115 362 332 34 86 15 0 4 113 24 2 3 9 0 18 1 3 48 9 .259 .303 .340 .643
通算:6年 295 721 651 51 172 30 2 5 221 47 5 6 12 5 50 1 3 114 20 .264 .317 .339 .656
  • 2014年度シーズン終了時

年度別守備成績[編集]

年度 捕手 一塁 二塁 三塁 外野
試合 刺殺 補殺 失策 併殺 捕逸 守備率 企図数 許盗塁 盗塁刺 阻止率 試合 刺殺 補殺 失策 併殺 守備率 試合 刺殺 補殺 失策 併殺 守備率 試合 刺殺 補殺 失策 併殺 守備率 試合 刺殺 補殺 失策 併殺 守備率
2008 9 12 1 0 0 0 1.000 - - - -
2010 1 1 0 0 0 0 1.000 0 0 0 - - - - -
2011 6 16 3 0 0 0 1.000 0 0 0 - - - - -
2012 36 141 14 1 3 0 .994 17 13 4 .235 - - - -
2013 3 3 0 0 0 0 1.000 0 0 0 - 4 11 1 0 2 1.000 - - 54 74 0 3 0 .961
2014 - - 1 1 0 0 0 1.000 92 37 126 4 11 .976 9 12 1 0 0 1.000
通算 55 173 18 1 3 0 .995 17 13 4 .235 4 11 1 0 2 1.000 1 1 0 0 0 1.000 92 37 126 4 11 .976 63 86 1 3 0 .967
  • 2014年度シーズン終了時

記録[編集]

背番号[編集]

  • 62 (2006年 - 2012年途中)
  • 49 (2012年途中 - )

登場曲[編集]

  • JAMOSA何かひとつ』 (2011年 - 2012年4月28日)
  • AAA 『WOW WAR TONIGHT~時には起こせよムーブメント~』 (2012年5月1日 - )

脚注[編集]

  1. ^ 今成、800万円増でサイン デイリースポーツonline 2013年11月25日付
  2. ^ トレードのお知らせ 北海道日本ハムファイターズ公式サイト
  3. ^ 阪神・今成、1軍合流「まずは捕手でしっかり」(「サンケイスポーツ2013年3月12日付記事)。2013年5月3日の対東京ヤクルトスワローズ戦(阪神甲子園球場)では一塁手、同月15日の対オリックス戦(甲子園)では右翼手として試合の途中から守備に就いた。
  4. ^ 今成6番左翼で初のスタメンで二塁打(「日刊スポーツ2013年5月20日付記事)
  5. ^ a b 阪神 今成 プロ1号 苦節8年通算200打席目で出たV弾 (「スポーツニッポン2013年7月6日付記事)
  6. ^ 【阪神】今成「ビックリ」プロ初アーチ(「日刊スポーツ」2013年7月5日付記事)
  7. ^ 阪神今成 プロ初5番で初4安打大暴れ(「日刊スポーツ2013年7月8日付記事)
  8. ^ 阪神今成痛恨エラー あ~連敗3・5差(「日刊スポーツ2013年7月17日付記事)
  9. ^ 8月7日の広島戦(マツダスタジアム)から、福留がスタメンに復帰した8月15日まで、1番右翼手としてスタメンに起用(阪神、中学以来の「1番・今成」が的中!サンケイスポーツ2013年8月7日付記事=共同通信配信)。開幕から「2番・中堅手」として常時出場していた大和が打席での死球で8月22日に戦線を離脱してからは、福留に中堅を守らせることを前提に、同月25日の対中日ドラゴンズ戦(ナゴヤドーム)から2番右翼手としてスタメンに起用された(今成初2番!虎将、超攻撃型オーダーズバリ「サンケイスポーツ」2013年8月26日付記事)
  10. ^ a b マエケン 苦手な相手は意外にも…攻略法テレビで明かしたスポーツニッポン」2014年1月19日付記事
  11. ^ http://www.daily.co.jp/opinion-d/2014/08/06/0007210524.shtml “ほぼ素人”だった今成のサード転向 デイリースポーツ 2014年8月6日、同20日閲覧。
  12. ^ 9年目・今成、三塁に挑戦中 売りの打撃は好調 =阪神朝日新聞2014年2月21日付記事
  13. ^ 阪神・今成トドメダ~ン!左腕で代打 将絶賛「選択肢増えてくる」「サンケイスポーツ」2014年5月5日付記事
  14. ^ 阪神今成9回から二塁守備、小フライさばく「日刊スポーツ」2014年5月6日付記事
  15. ^ “阪神今成プロ初サヨナラ打に「頭真っ白」”. 日刊スポーツ. (2014年9月2日). http://www.nikkansports.com/baseball/news/f-bb-tp0-20140902-1360757.html 2014年9月3日閲覧。 
  16. ^ 掛布DC命名 新井良は「小ミスター」(「日刊スポーツ2013年11月7日付記事)
  17. ^ 新井&今成「Wりょーた」グッズ発売へ(「デイリースポーツ2012年9月5日付記事)
  18. ^ “スギちゃん”伊藤隼 ワイルドでも白旗「今成さんには負けます」(「スポーツニッポン2012年11月24日付記事)
  19. ^ 【阪神】今成が多芸ぶり発揮「持ちネタ」(「日刊スポーツ2013年11月23日付記事)
  20. ^ ハム番日記 - nikkansports.com: 忍者・スッポン・マムシ?
  21. ^ 富士見市議会議員選挙(2013年3月24日投票)
  22. ^ a b c d e トレードの成立について阪神球団公式サイト2012年4月28日配信

関連項目[編集]