ナイジャー・モーガン
| 横浜DeNAベイスターズ #27 | |
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2013年4月7日、明治神宮野球場にて
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| 基本情報 | |
| 国籍 | |
| 出身地 | カリフォルニア州サンフランシスコ |
| 生年月日 | 1980年7月2日(32歳) |
| 身長 体重 |
6' 0" =約182.9 cm 185 lb =約83.9 kg |
| 選手情報 | |
| 投球・打席 | 左投左打 |
| ポジション | 外野手 |
| プロ入り | 2002年 MLBドラフト33巡目 |
| 初出場 | MLB / 2007年9月1日 NPB / 2013年3月29日 |
| 年俸 | 1億5,000万円(2013年) |
| 経歴(括弧内は在籍年) | |
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この表について
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ナイジャー・モーガン(Nyjer Jamid Morgan , 1980年7月2日 - )は、横浜DeNAベイスターズに所属するプロ野球選手(外野手)。アメリカ合衆国カリフォルニア州サンフランシスコ出身。
目次 |
経歴 [編集]
アイスホッケー時代 [編集]
1988年にカルガリー五輪のアイスホッケーをテレビで観戦したことがきっかけで、ホッケーを始める。夏季には野球もプレーしており、1998年にはMLBドラフト42巡目でコロラド・ロッキーズから指名を受けるが、入団しなかった。当時はホッケーが第一目標で、ホッケーをプレーするために高校時代にカナダへ単身転校する。ジュニアホッケーリーグに参加し、チームでただの1人のアフリカ系アメリカ人ということもあって、カナダでの生活はカルチャーショックを受けることもあったが、持ち前の明るさで周囲に溶け込んでいった[1]。
1999年から2000年にかけて、ウェスタン・ホッケーリーグ(WHL)のリジャイナ・パッツでプレー。初戦で2ゴールを決める活躍を見せたが、その後は目立った活躍が出来ずに、シーズン終了後に解雇された。その後、モーガンはホッケーを諦め、野球に専念することを決めた。パッツのパーカーGMは、当時のモーガンを振り返って、「いつも笑顔のムードメーカーだったが、ホッケーの才能は平均レベルだった」と述べている[1]。
ピッツバーグ・パイレーツ [編集]
2001年にワシントン州のワラワラ・コミュニティーカレッジに入学し、
2002年にMLBドラフト33巡目でピッツバーグ・パイレーツに入団した。
2003年~2007年まで、マイナーで5シーズンを過ごした後、
2007年9月1日の対ミルウォーキー・ブルワーズ戦においてメジャーデビューを果たす。以後、シーズン終了まで28試合に出場し、打率.299、7盗塁を記録。
2008年はネイト・マクラウスとの定位置争いに敗れ、3Aインディアナポリスへ降格した。シーズン終盤にメジャーへ復帰すると、9月には月間打率.354をマークした[1]。
ワシントン・ナショナルズ [編集]
2009年6月30日、ラスティングス・ミレッジ、ジョエル・ハンラハンとのトレードで、ショーン・バーネットとともにワシントン・ナショナルズに移籍した。8月27日にスライディングで指を骨折し、シーズンを終えることになったが、120試合の出場ながらリーグ2位の42盗塁をマークした[2]。
2010年8月21日、敵地でのフィラデルフィア・フィリーズ戦で、野次に怒ってボールを観客席に投げ入れ、そのボールが観客の顔面に当たるという事件が起きた。MLB機構はモーガンに7試合の出場停止処分を下したが、モーガンは故意ではないとして異議を申し立てた。最終的に、被害者側がモーガンを擁護したため、処分は取り下げられた[3]。8月27日のセントルイス・カージナルス戦では、僅差の終盤に牽制死したモーガンを諌めた監督のジム・リグルマンと衝突し、翌28日には打順を1番から8番に下げられた。この打順降格に不満を持ったモーガンは、ウィリー・ハリスの適時二塁打で生還した際、ホームベースから離れて立っていた相手捕手のブライアン・アンダーソンに激しくぶつかった[4]。ナショナルズが大量リードしていたということもあって、このプレーは激しく批判された。試合後、リグルマンはアンダーソンとカージナルス監督のトニー・ラルーサに謝罪した[5]。31日のフロリダ・マーリンズ戦では、本塁憤死の際に相手捕手のブレット・ヘインズに激しいタックルを食らわせた(このタックルによりヘインズは負傷)。モーガンが普通にスラインディングしていればセーフのタイミングであったため、またしても非難の声が上がった[5]。翌9月1日、4回表にマーリンズのクリス・ボルスタッドがモーガンに明らかな報復死球を与えた。モーガンは一塁へ向かったが、14-3と大量リードされている状況だったのにも関わらず、二盗、三盗を立て続けに行った。大量得点差での盗塁はご法度という野球の不文律を犯したモーガンには、6回の打席で再び報復死球が与えられた。モーガンは激昂してボルスタッドに殴りかかり、4人の退場者を出す大乱闘へと発展した[5]。この一連の騒動は全米で大きく報じられ、野球界きっての問題児としての知名度を高めた[6]。9月3日には、MLB機構から8試合の出場停止と罰金1万5000ドルを命じられた[3][7]。
ミルウォーキー・ブルワーズ [編集]
2011年3月27日にトレードでミルウォーキー・ブルワーズに移籍した[7]。盗塁数は大きく減ったが、打率は2年ぶりに3割を超えた。アリゾナ・ダイヤモンドバックスとのディビジョンシリーズ第5戦では延長10回に殊勲のサヨナラ打を放った。
2012年1月26日に年俸235万ドルで1年契約。正中堅手として開幕を迎えたが、メジャー史上最長となる開幕から138打席連続で打点なしという打撃不振に陥り、青木宣親のレギュラー定着もあって次第に出場機会が減少していった。オフにFAとなった。
横浜DeNAベイスターズ [編集]
2013年1月24日、横浜DeNAベイスターズと1年契約で合意したことが発表される[8]。背番号は27。27番は前身の大洋ホエールズ時代から、長年投手の背番号として扱われていたため、野手でこの番号を付ける選手は1961年のスタンレー橋本以来であった。
オープン戦では17試合に出場したが、長打と打点が1本もなく、打率も.152と低調だった。それでも「3番・右翼」開幕スタメンを勝ち取ったが、開幕後も深刻な打撃不振が続き、4月20日に登録抹消された。
選手としての特徴 [編集]
足が速く、メジャー通算約69%と盗塁成功率は低いがベースランニングは優秀で[9]、2009年にはナショナル・リーグ16球団の監督が選ぶリーグ最高のベースランナーのひとりにノミネートされた快足を持ち味とする[10]。
長打力には欠けるが、快足を生かしたバントヒットが得意で内野安打が多い[11]。右投手に対してはメジャー通算打率.297と得意としているが、左投手には同打率.205と極端に弱い。
肩の強さは平均を下回るが[12]、中堅手としてメジャー通算のDRS10、UZR35.0を誇り、守備範囲が広い。後方への大飛球に強く、フェンスを恐れない勢いで背面キャッチを見せる[13]。一方で判断ミスも目立ち[9]、中堅手での通算守備率は.989を喫している。
人物 [編集]
かつてはNHLを目指してアイスホッケーもプレーしており、1999年から2000年にかけて、ウェスタン・ホッケーリーグ(WHL)のリジャイナ・パッツでプレーしていた[1]。
闘争心をむき出しにする性格で[14]、「メジャー最強のクレイジー」と呼ばれる[15]。上述のように2010年には試合で様々なトラブルを起こして話題となっており、特にクリス・カーペンターとは対戦するたびに怒鳴り合い、2011年9月8日のセントルイス・カージナルス戦でカーペンターとの対戦で三振した後には、噛みタバコをカーペンターに向かって放り投げ、両軍入り乱れの乱闘を引き起こした[14]。また、同年までカージナルスに所属していたアルバート・プホルスをTwitterで「アルバータ」と女性形で呼んで挑発したこともあり、ブッシュ・スタジアムでの試合の際にはセントルイスのファンから大音量のブーイングが浴びせられる[14]。
一方でワシントンやミルウォーキーのファンからは攻守で全力プレーを見せることから人気が高い[14][15]。「野球選手はエンターテイナー。観客に見せる試合は舞台と一緒」と語り、試合では「トニー・プラッシュ(Tony Plush)」という別人格(オルター・エゴ)を用いていると言い[16][17]、インタビューではたびたび「トニー・ガンボ」などといった複数の別名義で出演したり、エルビス・プレスリーのカツラを被ってインタビューを受けるなどの極めて陽気なキャラクターで人気を博した[18]。
2012年にブルワーズでチームメイトだった青木宣親はモーガンについて「トラブルメーカーのイメージがあると思うんですけど、そんなこと全然なくて、とてもあったかい人間で、すごく好きなタイプの選手ですね」と述べている[15]。
上記の通り、メジャーではクレイジーと呼ばれる存在であったが、来日時に「日本ではいい子になろうと思ってる」[19]と語っており、決めポーズを披露したり、日本語での挨拶、ファンへのサインなどサービス精神旺盛な面を見せている[20]。
未婚だが、19歳の時に2つ年下の女性との間に生まれた娘がカナダにおり、右手首に娘の名前を彫ったタトゥーを入れている[14]。
詳細情報 [編集]
年度別打撃成績 [編集]
| 年 度 |
球 団 |
試 合 |
打 席 |
打 数 |
得 点 |
安 打 |
二 塁 打 |
三 塁 打 |
本 塁 打 |
塁 打 |
打 点 |
盗 塁 |
盗 塁 死 |
犠 打 |
犠 飛 |
四 球 |
敬 遠 |
死 球 |
三 振 |
併 殺 打 |
打 率 |
出 塁 率 |
長 打 率 |
O P S |
|---|---|---|---|---|---|---|---|---|---|---|---|---|---|---|---|---|---|---|---|---|---|---|---|---|
| 2007 | PIT | 28 | 118 | 107 | 15 | 32 | 3 | 4 | 1 | 46 | 7 | 7 | 3 | 1 | 0 | 9 | 0 | 1 | 19 | 0 | .299 | .359 | .430 | .789 |
| 2008 | 58 | 175 | 160 | 26 | 47 | 13 | 0 | 0 | 60 | 7 | 9 | 5 | 1 | 1 | 10 | 0 | 3 | 32 | 0 | .294 | .345 | .375 | .720 | |
| 2009 | 71 | 321 | 278 | 39 | 77 | 6 | 5 | 2 | 99 | 27 | 18 | 10 | 5 | 4 | 29 | 2 | 5 | 49 | 6 | .277 | .351 | .356 | .707 | |
| WSH | 49 | 212 | 191 | 35 | 67 | 9 | 2 | 1 | 83 | 12 | 24 | 7 | 5 | 1 | 11 | 0 | 4 | 25 | 3 | .351 | .396 | .435 | .831 | |
| '09計 | 120 | 533 | 469 | 74 | 144 | 15 | 7 | 3 | 182 | 39 | 42 | 17 | 10 | 5 | 40 | 2 | 9 | 74 | 9 | .307 | .369 | .388 | .757 | |
| 2010 | 136 | 577 | 509 | 60 | 129 | 17 | 7 | 0 | 160 | 24 | 34 | 17 | 15 | 3 | 40 | 1 | 10 | 88 | 2 | .253 | .319 | .314 | .633 | |
| 2011 | MIL | 119 | 429 | 378 | 61 | 115 | 20 | 6 | 4 | 159 | 37 | 13 | 4 | 15 | 3 | 19 | 0 | 14 | 70 | 6 | .304 | .357 | .421 | .778 |
| 2012 | 122 | 322 | 289 | 44 | 69 | 5 | 3 | 3 | 89 | 16 | 12 | 5 | 7 | 0 | 20 | 0 | 6 | 63 | 4 | .239 | .302 | .308 | .610 | |
| MLB:6年 | 583 | 2154 | 1912 | 280 | 536 | 73 | 27 | 11 | 696 | 130 | 117 | 51 | 49 | 12 | 138 | 3 | 43 | 346 | 21 | .280 | .341 | .364 | .705 | |
- 2012年度シーズン終了時
- 各年度の太字はリーグ最高
記録 [編集]
- NPB
- 初出場・初先発出場:2013年3月29日、対中日ドラゴンズ1回戦(ナゴヤドーム)、3番・右翼手で先発出場
- 初安打:同上、6回表に吉見一起から右前安打
- 初本塁打・初打点:2013年5月10日、対読売ジャイアンツ7回戦(横浜スタジアム)、7回裏に高木京介から右越ソロ ※多村仁志と連続打者本塁打
- 初盗塁:2013年5月14日、対東北楽天ゴールデンイーグルス1回戦(横浜スタジアム)、3回裏に二盗(投手:田中将大、捕手:嶋基宏)
背番号 [編集]
- 29 (2007年)
- 3 (2008年 - 2009年)
- 1 (2009年 - 2010年)
- 2 (2011年 - 2012年)
- 27 (2013年 - )
登場曲 [編集]
脚注 [編集]
- ^ a b c d Kruchak,, Matthew (2008年3月31日). “Hockey shaped Morgan”. Leader-Post 2011年3月28日閲覧。
- ^ Nationals place CF Nyjer Morgan on 15-day DL, select contract INF Pete Orr from Triple-A Syracuse. nationals.com(英語). 2011年10月1日閲覧
- ^ a b Brunell, Evan(2010-09-03). Nyjer Morgan suspended eight games. CBSSpots.com(英語). 2011年10月1日閲覧
- ^ (動画) Morgan out at home for contact. MLB.com(英語)
- ^ a b c Turbow, Jason(2010-09-03). Nationals' Nyjer Morgan enrages baseball by violating The Code. Sports Illustrated(英語). 2011年10月1日閲覧
- ^ 2010やっちまった列伝『月刊スラッガー』2010年12月号、日本スポーツ企画出版社、雑誌15509-12、33頁。
- ^ a b McCalvy, Adam(2011-03-27). Brewers acquire speedy Morgan from Nats. brewers.com(英語). 2011年10月2日閲覧
- ^ ナイジャー・モーガン選手獲得のお知らせ横浜DeNAベイスターズオフィシャルウェブサイト、2013年1月24日
- ^ a b 2012外野ランキング『月刊スラッガー』2012年6月号、日本スポーツ企画出版社、雑誌15509-6、26頁。
- ^ 『月刊スラッガー』2010年4月号、日本スポーツ企画出版社、雑誌15509-4、51頁。
- ^ 友成那智、村上雅則 『メジャーリーグ・完全データ選手名鑑2009』 廣済堂出版、2009年、398頁。ISBN 978-4-331-51370-5。
- ^ 友成那智、村上雅則 『メジャーリーグ・完全データ選手名鑑2011』 廣済堂出版、2011年、319頁。ISBN 978-4-331-51518-1。
- ^ 友成那智、村上雅則 『メジャーリーグ・完全データ選手名鑑2010』 廣済堂出版、2010年、317頁。ISBN 978-4-331-51439-9。
- ^ a b c d e 友成那智、村上雅則 『メジャーリーグ・完全データ選手名鑑2012』 廣済堂出版、2012年、334頁。ISBN 978-4-331-51612-6。
- ^ a b c 特別インタビュー/青木宣親 2年目への決意 ~価値ある選手になるために~『月刊スラッガー』2013年3月号、日本スポーツ企画出版社、雑誌15509-3、78-81頁。
- ^ Tony Plush more elusive this season than last brewers.com
- ^ “二重人格”モーガンがV打/プレーオフ日刊スポーツ、年月日
- ^ 『2012 MLB選手名鑑』 日本スポーツ企画出版社、2012年、99頁。ISBN 978-4-905411-05-5。
- ^ “暴れん坊モーガン来日「興奮してるよ。エッヘッヘ」”. sponichi (2013年1月30日). 2013年5月10日閲覧。
- ^ “モーガン 飛行機ポーズで闘志「ファンサービスだよ」”. sponichi (2013年2月18日). 2013年5月10日閲覧。
外部リンク [編集]
- 選手の通算成績と情報 MLB、ESPN、Baseball-Reference、Fangraphs
- Nyjer Morgan - T Dot (@TheRealTPlush) - Twitter
- Nyjer Morgan (@TheRealToneP) - Twitter
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