小山桂司
| 東北楽天ゴールデンイーグルス #65 | |
|---|---|
中日時代(2009年7月16日、阪神甲子園球場)
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| 基本情報 | |
| 国籍 | |
| 出身地 | 宮城県仙台市太白区 |
| 生年月日 | 1980年11月19日(32歳) |
| 身長 体重 |
175 cm 81 kg |
| 選手情報 | |
| 投球・打席 | 右投右打 |
| ポジション | 捕手 |
| プロ入り | 2005年 大学生・社会人ドラフト5巡目 |
| 初出場 | 2008年4月23日 |
| 年俸 | 2,300万円(2012年) |
| 経歴(括弧内は在籍年) | |
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この表について
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小山 桂司(おやま けいじ、1980年11月19日 - )は、東北楽天ゴールデンイーグルスに所属するプロ野球選手(捕手)。
目次 |
経歴 [編集]
プロ入り前 [編集]
宮城県仙台市太白区出身。小学3年生時に野球チームに入ってから一貫して捕手を務める。ただし大学時代に一時抑え投手として登板することもあった[1]。
高校・大学時代には目立った活躍はできなかった。秋田経済法科大学(現・ノースアジア大学)を中退し、2003年にシダックスへ入社した。その後、野村の厳しい指導のもと素質が開花し、遠投110m以上の強肩で、送球が二塁に到達するまでの時間は約1.8秒。
2005年のドラフト会議(大学生・社会人ほか対象)で北海道日本ハムファイターズから5巡目で指名され、入団。
プロ入り後 [編集]
2006年は寝坊や課せられた練習に不参加・チーム規律を破るなど野球に取組む姿勢を問題視され、オフには素行不良を理由に25%の減俸を科せられた。2008年4月23日の対オリックス・バファローズ戦でプロ初出場、5月1日の対千葉ロッテマリーンズ戦で初先発出場を果たした。しかし、同年10月2日に戦力外通告を受け、12球団合同トライアウトに参加したところ、視察に訪れていた中日ドラゴンズ監督の落合博満の目に留まり、中日の秋季練習に参加。12月4日に中日と正式契約した。
2009年に両打ちから右打ちに転向。同年は初の開幕一軍入りを果たし、谷繁元信の代役として先発マスクを被る機会も増え、5月12日の東京ヤクルトスワローズ戦(長良川球場)で一場靖弘からプロ初本塁打を放つ。谷繁の復帰以降は代走での起用や、相性のいい朝倉健太、チェンが先発する試合でスタメン出場する事が多く、第二捕手としての地位を確立した。2010年も前年同様にチェン・朝倉とのバッテリーや、大量ビハインドの試合での出場機会があったものの、朝倉が調子を落とし、かつ小田幸平が調子を上げた中盤以降は出場機会が減り、第三の捕手としての起用に留まった。
2011年、移籍して3年連続の開幕一軍入り。序盤こそ出場機会は少なかったものの、交流戦で谷繁が怪我して以降は、元パ・リーグの経験を生かし、チームの交流戦上位進出に貢献。リーグ戦再開以降は打撃好調もあり、スタメン起用が多かったものの、チームの勝ち星が伸び悩んだ事もあり、前田章宏や田中大輔との併用になった。日本シリーズには2試合出場した。
2012年1月23日、金銭トレードで東北楽天ゴールデンイーグルスへ移籍することが発表された[2]。1月30日に入団会見を行い、背番号は中日時代と同じ65に決定[3]。東北・宮城県出身の小山にとっては、地元球団への入団となった。 開幕こそ二軍だったものの正捕手の嶋基宏の離脱に伴い一軍に昇格。22試合に出場し、打率は.224だった。
プレースタイル・人物 [編集]
強肩の捕手であるが、フォークなどの変化球を後ろに逸らすなどキャッチングが課題である為、小田がいる時は谷繁がスタメンから外れても出番が少ない。スタメンで出ても岩瀬登板の時は谷繁か小田か前田に交代される事が多い。捕手としては俊足であるため、代走として起用されることも多い。
2011年3月11日に発生した東日本大震災で、宮城県石巻市に住んでいた祖父を亡くした。4月2日に行なわれた慈善試合では、8回の守備に就いた際、スタンドから大きな声援を受けた[4]。4月30日の対広島東洋カープ戦ではシーズン初めてスタメン起用され、今村猛から左翼へ3ラン本塁打を打った。お立ち台で、「おじいちゃんが打たせてくれたと思います」と語った。
詳細情報 [編集]
年度別打撃成績 [編集]
| 年 度 |
球 団 |
試 合 |
打 席 |
打 数 |
得 点 |
安 打 |
二 塁 打 |
三 塁 打 |
本 塁 打 |
塁 打 |
打 点 |
盗 塁 |
盗 塁 死 |
犠 打 |
犠 飛 |
四 球 |
敬 遠 |
死 球 |
三 振 |
併 殺 打 |
打 率 |
出 塁 率 |
長 打 率 |
O P S |
|---|---|---|---|---|---|---|---|---|---|---|---|---|---|---|---|---|---|---|---|---|---|---|---|---|
| 2008 | 日本ハム | 27 | 31 | 29 | 3 | 5 | 1 | 0 | 0 | 6 | 0 | 0 | 0 | 1 | 0 | 1 | 0 | 0 | 3 | 5 | .172 | .200 | .207 | .407 |
| 2009 | 中日 | 59 | 137 | 122 | 13 | 19 | 5 | 1 | 1 | 29 | 10 | 0 | 0 | 1 | 0 | 12 | 0 | 2 | 31 | 1 | .156 | .243 | .238 | .480 |
| 2010 | 35 | 76 | 65 | 5 | 14 | 3 | 0 | 0 | 17 | 4 | 0 | 0 | 3 | 3 | 5 | 0 | 0 | 20 | 3 | .215 | .260 | .262 | .522 | |
| 2011 | 51 | 102 | 82 | 7 | 23 | 4 | 1 | 1 | 32 | 10 | 1 | 0 | 3 | 1 | 16 | 0 | 0 | 31 | 0 | .280 | .394 | .390 | .784 | |
| 2012 | 楽天 | 22 | 65 | 58 | 4 | 13 | 1 | 0 | 0 | 14 | 6 | 0 | 1 | 2 | 2 | 3 | 0 | 0 | 15 | 1 | .224 | .254 | .241 | .495 |
| 通算:5年 | 194 | 441 | 356 | 32 | 74 | 14 | 2 | 2 | 98 | 30 | 1 | 1 | 10 | 6 | 37 | 0 | 2 | 100 | 10 | .208 | .277 | .275 | .552 | |
- 2012年度シーズン終了時
年度別守備成績 [編集]
| 年 | 捕手 | 一塁 | |||||||||||
|---|---|---|---|---|---|---|---|---|---|---|---|---|---|
| 試合 | 刺殺 | 補殺 | 失策 | 併殺 | 捕逸 | 守備率 | 試合 | 刺殺 | 補殺 | 失策 | 併殺 | 守備率 | |
| 2008 | 23 | 52 | 8 | 2 | 1 | 0 | .968 | - | |||||
| 2009 | 52 | 243 | 24 | 2 | 4 | 4 | .993 | - | |||||
| 2010 | 29 | 137 | 9 | 1 | 1 | 3 | .993 | 1 | 1 | 1 | 0 | 0 | 1.000 |
| 2011 | 43 | 189 | 15 | 1 | 2 | 3 | .995 | - | |||||
| 2012 | 22 | 135 | 12 | 2 | 3 | 0 | .987 | - | |||||
| 通算 | 169 | 756 | 68 | 8 | 11 | 10 | .990 | 1 | 1 | 1 | 0 | 0 | 1.000 |
- 2012年度シーズン終了時
記録 [編集]
- 初出場:2008年4月23日、対オリックス・バファローズ5回戦(札幌ドーム)、8回裏に紺田敏正の代打として出場
- 初打席:同上、8回裏に金子千尋から二塁ゴロ
- 初先発出場:2008年5月1日、対千葉ロッテマリーンズ9回戦(千葉マリンスタジアム)、8番・捕手として先発出場
- 初安打:2008年5月4日、対東北楽天ゴールデンイーグルス11回戦(札幌ドーム)、5回裏に田中将大から左前安打
- 初打点:2009年4月19日、対読売ジャイアンツ3回戦(ナゴヤドーム)、2回裏に高橋尚成から右中間へ適時三塁打
- 初本塁打:2009年5月12日、対東京ヤクルトスワローズ7回戦(長良川球場)、2回裏に一場靖弘から左越2ラン
- 初盗塁:2011年6月16日、対福岡ソフトバンクホークス4回戦(ナゴヤドーム)、4回裏に二盗(投手:D.J.ホールトン、捕手:細川亨)
背番号 [編集]
- 37 (2006年 - 2008年)
- 65 (2009年 - )
脚注 [編集]
- ^ 「現役の皆さんに聞きました キャッチャーの魅力を教えてください」 『週刊ベースボール』2009年6月1日号、ベースボール・マガジン社、2009年、雑誌20441-6/1、20-21頁。
- ^ “金銭トレードに関して”. 東北楽天ゴールデンイーグルス・オフィシャルサイト (2012年1月23日). 2012年1月23日閲覧。
- ^ “楽天・小山、移籍会見で震災で亡くした祖父に全力プレー誓う”. デイリースポーツ (2012年1月30日). 2012年1月30日閲覧。
- ^ “震災で祖父死亡…宮城出身・小山に大声援”. スポーツニッポン (2011年4月3日). 2012年1月23日閲覧。
関連項目 [編集]
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