小山桂司

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小山 桂司
東北楽天ゴールデンイーグルス #65
Oyama keiji.jpg
2013年7月31日、こまちスタジアムにて
基本情報
国籍 日本の旗 日本
出身地 宮城県仙台市太白区
生年月日 1980年11月19日(33歳)
身長
体重
175 cm
81 kg
選手情報
投球・打席 右投右打
ポジション 捕手
プロ入り 2005年 大学生・社会人ドラフト5巡目
初出場 2008年4月23日
年俸 2,000万円(2014年)
経歴(括弧内はプロチーム在籍年度)

小山 桂司(おやま けいじ、1980年11月19日 - )は、東北楽天ゴールデンイーグルスに所属するプロ野球選手捕手)。

経歴[編集]

プロ入り前[編集]

宮城県仙台市太白区出身。小学3年生時に野球チームに入ってから一貫して捕手を務める。ただし大学時代に一時抑え投手として登板することもあった[1]

高校・大学時代には目立った活躍はできなかった。秋田経済法科大学(現・ノースアジア大学)を中退し、2003年シダックスへ入社した。その後、野村の厳しい指導のもと素質が開花し、遠投110m以上の強肩で、送球が二塁に到達するまでの時間は約1.8秒。

2005年のドラフト会議(大学生・社会人ほか対象)で北海道日本ハムファイターズから5巡目で指名され、入団。

日本ハム時代[編集]

2008年4月23日の対オリックス・バファローズ戦でプロ初出場、5月1日の対千葉ロッテマリーンズ戦で初先発出場を果たした。しかし、同年10月2日に戦力外通告を受け、12球団合同トライアウトに参加したところ、視察に訪れていた中日ドラゴンズ監督の落合博満の目に留まり、中日の秋季練習に参加。12月4日に中日と正式契約した。

中日時代[編集]

2009年に両打ちから右打ちに転向。同年は初の開幕一軍入りを果たし、谷繁元信の代役として先発マスクを被る機会も増え、5月12日東京ヤクルトスワローズ戦(長良川球場)で一場靖弘からプロ初本塁打を放つ。谷繁の復帰以降は代走での起用や、相性のいい朝倉健太チェンが先発する試合でスタメン出場する事が多く、第二捕手としての地位を確立した。2010年も前年同様にチェン・朝倉とのバッテリーや、大量ビハインドの試合での出場機会があったものの、朝倉が調子を落とし、かつ小田幸平が調子を上げた中盤以降は出場機会が減り、第三の捕手としての起用に留まった。

2011年、移籍して3年連続の開幕一軍入り。序盤こそ出場機会は少なかったものの、交流戦で谷繁が怪我して以降は、元パ・リーグの経験を生かし、チームの交流戦上位進出に貢献。リーグ戦再開以降は打撃好調もあり、スタメン起用が多かったものの、チームの勝ち星が伸び悩んだ事もあり、前田章宏田中大輔との併用になった。日本シリーズには2試合出場した。

楽天時代[編集]

2012年1月23日、金銭トレードで東北楽天ゴールデンイーグルスへ移籍することが発表された[2]。1月30日に入団会見を行い、背番号は中日時代と同じ65に決定[3]東北・宮城県出身の小山にとっては、地元球団への入団となった。開幕こそ二軍スタートだったものの正捕手の嶋基宏の離脱に伴い一軍に昇格。22試合に出場し、打率は.224だった。

プレースタイル・人物[編集]

強肩の捕手であるが、フォークなどの変化球を後ろに逸らすなどキャッチングが課題である為、中日時代は小田がいる時は谷繁がスタメンから外れても出番が少ない。スタメンで出ても岩瀬登板の時は谷繁か小田か前田に交代される事が多い。捕手としては俊足であるため、代走として起用されることも多い。

2011年3月11日に発生した東日本大震災で、宮城県石巻市に住んでいた祖父を亡くした。4月2日に行なわれた慈善試合では、8回の守備に就いた際、スタンドから大きな声援を受けた[4]4月30日の対広島東洋カープ戦ではシーズン初めてスタメン起用され、今村猛から左翼へ3ラン本塁打を打った。お立ち台で、「おじいちゃんが打たせてくれたと思います」と語った。

詳細情報[編集]

年度別打撃成績[編集]

















































O
P
S
2008 日本ハム 27 31 29 3 5 1 0 0 6 0 0 0 1 0 1 0 0 3 5 .172 .200 .207 .407
2009 中日 59 137 122 13 19 5 1 1 29 10 0 0 1 0 12 0 2 31 1 .156 .243 .238 .480
2010 35 76 65 5 14 3 0 0 17 4 0 0 3 3 5 0 0 20 3 .215 .260 .262 .522
2011 51 102 82 7 23 4 1 1 32 10 1 0 3 1 16 0 0 31 0 .280 .394 .390 .784
2012 楽天 22 65 58 4 13 1 0 0 14 6 0 1 2 2 3 0 0 15 1 .224 .254 .241 .495
2013 5 8 6 0 1 0 0 0 1 0 0 0 0 0 2 0 0 2 0 .167 .375 .167 .542
通算:6年 199 449 362 32 75 14 2 2 99 30 1 1 10 6 39 0 2 102 10 .207 .284 .273 .557
  • 2013年度シーズン終了時

年度別守備成績[編集]

捕手 一塁
試合 刺殺 補殺 失策 併殺 捕逸 守備率 試合 刺殺 補殺 失策 併殺 守備率
2008 23 52 8 2 1 0 .968 -
2009 52 243 24 2 4 4 .993 -
2010 29 137 9 1 1 3 .993 1 1 1 0 0 1.000
2011 43 189 15 1 2 3 .995 -
2012 22 135 12 2 3 0 .987 -
通算 169 756 68 8 11 10 .990 1 1 1 0 0 1.000
  • 2012年度シーズン終了時

記録[編集]

中日時代(2009年7月16日、阪神甲子園球場)

背番号[編集]

  • 37 (2006年 - 2008年)
  • 65 (2009年 - )

脚注[編集]

  1. ^ 「現役の皆さんに聞きました キャッチャーの魅力を教えてください」 『週刊ベースボール』2009年6月1日号、ベースボール・マガジン社、2009年、雑誌20441-6/1、20-21頁。
  2. ^ 金銭トレードに関して”. 東北楽天ゴールデンイーグルス・オフィシャルサイト (2012年1月23日). 2012年1月23日閲覧。
  3. ^ 楽天・小山、移籍会見で震災で亡くした祖父に全力プレー誓う”. デイリースポーツ (2012年1月30日). 2012年1月30日閲覧。
  4. ^ 震災で祖父死亡…宮城出身・小山に大声援”. スポーツニッポン (2011年4月3日). 2012年1月23日閲覧。

関連項目[編集]