八木智哉

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八木 智哉
北海道日本ハムファイターズ #29
基本情報
国籍 日本
出身地 神奈川県横浜市保土ケ谷区
生年月日 1983年11月7日(25歳)
身長
体重
181cm
77kg
選手情報
投球・打席 左投左打
守備位置 投手
プロ入り 2005年 大学生・社会人ドラフト希望枠
初出場 2006年3月31日
年俸 3,300万円(2009年)
経歴(括弧内は在籍年)

八木 智哉(やぎ ともや、1983年11月7日 - )は、北海道日本ハムファイターズに所属するプロ野球選手投手)。

ストレートの最速は144km/h。変化球は得意のスクリューに加え、スライダーカーブなど。

目次

[編集] 経歴

[編集] プロ入り前

神奈川県横浜市保土ケ谷区出身。小学2年の時、地元横浜市の軟式野球チーム「くぬぎ台レッドパンサーズ」で野球を始めた。中学時代はヤングリーグ「横浜旭ベースボールクラブ」に所属し全国大会出場。山梨県日本航空高等学校に進学し、3年夏に全国高等学校野球選手権大会出場。初戦の鳴門工業高等学校戦で11奪三振を記録して16強に進出。

創価大学に進学後、1年時からベンチ入りし大学通算35勝。4年時の2005年全日本大学野球選手権大会では49奪三振の大会新記録を樹立。同年11月2日横浜市長杯争奪関東地区大学野球選手権大会白鴎大学戦で完全試合を達成し、希望入団枠制度で北海道日本ハムに入団(同年11月7日公示)。

[編集] プロ入り後

2006年3月31日、対オリックス1回戦に先発し、5回0/3無失点でプロ初勝利を挙げた。4月15日に行われた対福岡ソフトバンクホークス4回戦では、10回裏まで福岡ソフトバンク打線を無安打・無得点に抑えた。同年のプレーオフ第2戦を、無失点で切り抜き、チームを優勝に導いた。同年のパシフィック・リーグ最優秀新人(新人王)として表彰された。

11月18日に一般人女性と入籍し、結婚式は、広い人脈で、有名芸能人が多数駆けつける派手な結婚式であった。翌年に長男誕生。2006年オフの契約更改では新人でありながら代理人制度を利用し、新人離れした振る舞いで話題を呼んだ。

2007年は、左肩痛など影響もあり4勝6敗と成績を落とした。

2008年は、昨年の左肩痛が長引いたのが影響などもありファーム暮らしが続きプロ入り最低の2試合の登板に終わった。

2009年、ファームで好投を続け1軍昇格。雨の千葉マリンスタジアムで五回コールド「完封」、翌週のクリネックススタジアム宮城で完投勝ちするなど、かつての投球が戻りつつある。

2009年現在、西武ドームとの相性が悪く、一勝も上げていない。本人も「好きではない」と発言し、先発を避けてもらった事もある。

[編集] 詳細情報

[編集] 年度別投手成績








































W
H
I
P
2006 日本ハム 26 26 5 3 3 12 8 0 0 .600 683 170.2 134 12 51 5 3 108 3 0 54 47 2.48 1.08
2007 15 15 0 0 0 4 6 0 0 .400 370 85.1 99 12 20 0 4 36 1 1 45 43 4.54 1.39
2008 2 2 0 0 0 1 1 0 0 .500 49 10.2 14 3 2 0 2 10 0 0 8 8 6.75 1.50
通算:3年 43 43 5 3 3 17 15 0 0 .531 1102 266.2 247 27 73 5 9 154 4 1 107 98 3.31 1.20
  • 2008年度シーズン終了時
  • 各年度の太字はリーグ最高

[編集] 背番号

  • 29(2006年 - )

[編集] タイトル

[編集] 表彰

[編集] 記録

  • 打撃記録
    • 安打打点:2006年5月19日、対広島1回戦(広島市民球場) - 5回表無死、投手:大竹寛
  • その他記録
    • 12回延長継投ノーヒットノーラン:(史上初) 2006年4月15日、対福岡ソフトバンク4回戦(福岡Yahoo!JAPANドーム)にて武田久マイケル中村とともに達成。この3人で福岡ソフトバンク打線を延長12回まで無安打・無得点に抑えた。内訳は八木1~10回、武田11回、マイケル12回。「3投手の継投によるノーヒットノーラン」「延長戦の継投によるノーヒットノーラン」はともに日本プロ野球史上初。

[編集] 関連項目

[編集] 外部リンク

先代:
久保康友
パ・リーグ新人王
2006
次代:
田中将大