平井正史

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平井 正史
オリックス・バファローズ #36
CD-Masafumi-Hirai.jpg
中日時代(2009年)
基本情報
国籍 日本の旗 日本
出身地 愛媛県宇和島市
生年月日 1975年4月21日(39歳)
身長
体重
185 cm
97 kg
選手情報
投球・打席 右投右打
ポジション 投手
プロ入り 1993年 ドラフト1位
初出場 1994年9月10日
年俸 2,000万円(2014年)
経歴(括弧内はプロチーム在籍年度)

平井 正史(ひらい まさふみ、1975年4月21日 - )は、オリックス・バファローズに所属するプロ野球選手投手)。

経歴[編集]

プロ入り前[編集]

宇和島東高校時代は1993年の甲子園に春夏連続出場を果たす。その後、ドラフト会議オリックス・ブルーウェーブから1位指名を受け入団。

オリックス時代[編集]

ルーキーイヤーの1994年9月10日の近鉄戦、同点で迎えた9回裏無死満塁の場面でプロ初登板し、1死は取ったものの次の打者にサヨナラ犠牲フライを打たれるデビュー結果となった[1]。その後は初勝利を挙げるなど8試合登板、1勝3敗の成績で終わった。

1995年は、抑えとして15勝5敗27セーブを挙げて新人王最多セーブ投手のタイトルを獲得する大車輪の活躍を見せオールスターゲーム出場、イチローらと共に、オリックス黄金時代(同年リーグ優勝、1996年日本一)を築く。

しかし1996年途中の肘をはじめ、度重なる故障に悩まされるようになると同時に登板数が徐々に減少、1999年以降の4年間は勝ち星を挙げることができなかった。

2002年オフに山﨑武司[2]との交換トレード中日ドラゴンズに移籍。背番号は36

中日時代[編集]

移籍後の2003年シーズンはオリックス時代の投手コーチでもあった山田久志監督のもと、先発投手としてチームの勝ち頭となる12勝(6敗)を挙げて見事に復活を遂げ、カムバック賞を受賞する。また、打撃においても打率自体は.038と低かったものの、意外なところでの安打や対ヤクルト戦で決めた2ランスクイズなど確実な技術の向上が見られた。山田監督が解任(名目上は休養)され佐々木恭介が監督代行となった最初の試合でプロ初完投・初完封を達成する。

2004年はシーズン当初は先発、シーズン中盤はアテネオリンピック野球日本代表として戦列を離れた岩瀬仁紀に代わり抑え、シーズン後半は中継ぎとしてフル回転で活躍し、岡本真也(元楽天)、落合英二(元三星ライオンズ投手コーチ)、岩瀬らと共に投手陣を支え、中日のリーグ優勝に貢献した。

2005年も中継ぎとして奮起したが、9月7日の対阪神戦で中村豊に本塁打を浴びるなど、特に後半戦で安定を欠いて、故障離脱した岡本共々、中日が連覇を逸した原因になった。

2006年前半は、岡本の不調を受けて、中継ぎエースとして奮起。岡本復調後は岡本、鈴木義広久本祐一小林正人、岩瀬らと共にリーグ優勝に貢献。同年オフに背番号をオリックス時代と同じ33に変更した。

2007年シーズンは首脳陣によれば、キャンプ時は先発として期待されていたが、結局中継ぎに専念することになった。7月31日の対広島戦(広島市民球場)で9回裏にリリーフ登板し、1球で石原慶幸併殺打に打ち取って延長戦に突入し、10回表に自身の代打新井良太が勝ち越し適時打を放ち、そのままチームが勝利したため、1球勝利達成。

2008年、岡本が和田一浩FA移籍による人的補償で西武に移籍して、ベテランの中継ぎとして起用されるもシーズン後半に打ち込まれることが多くなり、二軍に降格することもあった。秋にはフェニックス・リーグに参加した。

2009年河原純一の活躍もあって移籍後最少の25試合の登板に留まった。

2010年は開幕から好調を維持し、ビハインドや同点の場面でも起用され46試合に登板して防御率2点台の成績を残しチームの優勝に貢献した。

2011年は安定感を欠きながらも33試合に登板し、ブルペンの一翼としてチームを支え球団初の連覇に貢献した。また、自身初となる日本シリーズでの初勝利を挙げた。

2012年はわずか2試合の登板に終わり、10月2日に球団から戦力外通告を受けた[3]。本人は「覚悟はしていた」と話し、現役続行を希望[4]。同年11月9日に行われた12球団合同トライアウト(日本製紙クリネックススタジアム宮城)に参加したところ、古巣ブルーウェーブの後身であるオリックス・バファローズから誘われ、同球団の秋季キャンプで入団テストを受験。18日に松本幸大とともに合格が発表され、12月1日に11年ぶりの古巣復帰が発表された[5]

オリックス復帰[編集]

古巣復帰となった2013年は21試合に登板、負け試合での登板が主となるも、防御率2点台と存在感を見せた。

プレースタイル・人物[編集]

持ち球は最速157km/h、平均140km/h台後半~150km/hのストレートカットボールフォークシュートなど。

当初はドラフト2位以下での指名予定だったが、オリックスが1位指名を予定していた平田洋中日ドラゴンズへの入団を熱望し、オリックスへの入団を拒否する構えを見せたため、急遽1位での指名となった。

平井本人は、当初は福岡ダイエーホークスへの入団を希望しており、オリックスから1位指名された際に入団するかどうか迷っていた。しかし最終的にはオリックスへの入団を決意している。[6]

プロ初登板でサヨナラ負けを喫したことで試合後に本人は落ち込んでいたが、当時監督だった仰木彬に監督室に呼ばれると「これで北新地に行ってこい」と賞金をもらっている。負け試合で監督賞を貰ったのは後にも先にもこれが初めてで、後に「あれがあったからここまで来られた」と仰木への感謝の気持を口にしている[7]

2008年岡本真也和田一浩FA移籍による人的補償で埼玉西武ライオンズに移籍した際に「中継ぎ投手の評価が低すぎる」と怒りと不満の言葉を口にした。

詳細情報[編集]

年度別投手成績[編集]





















































W
H
I
P
1994 オリックス 8 1 0 0 0 1 3 0 -- .250 55 15.0 10 0 2 1 1 12 0 0 5 3 1.80 0.80
1995 53 0 0 0 0 15 5 27 -- .750 343 85.1 77 1 14 1 2 82 3 0 25 22 2.32 1.07
1996 34 0 0 0 0 5 3 6 -- .625 202 50.1 34 3 19 1 1 50 1 0 16 14 2.50 1.05
1997 17 9 0 0 0 2 1 0 -- .667 249 54.1 68 5 18 0 5 27 1 0 29 24 3.98 1.58
1998 36 3 0 0 0 6 3 1 -- .667 265 65.1 50 8 20 1 1 48 3 0 23 18 2.48 1.07
1999 5 2 0 0 0 0 1 0 -- .000 81 15.0 25 3 13 0 0 7 1 0 18 14 8.40 2.53
2000 5 0 0 0 0 0 1 0 -- .000 16 3.2 3 2 3 0 0 0 0 0 3 3 7.36 1.64
2001 6 0 0 0 0 0 0 0 -- ---- 46 9.2 11 3 5 0 1 13 0 0 9 9 8.38 1.66
2002 5 0 0 0 0 0 0 0 -- ---- 22 4.0 8 1 2 0 1 3 1 0 4 4 9.00 2.50
2003 中日 40 20 3 2 1 12 6 0 -- .667 584 144.1 132 16 25 2 6 98 0 0 55 49 3.06 1.09
2004 38 10 0 0 0 5 6 5 -- .455 358 87.0 92 6 17 1 0 58 0 0 40 38 3.93 1.25
2005 55 0 0 0 0 4 4 1 16 .500 231 54.0 51 6 16 4 3 46 2 0 24 23 3.83 1.24
2006 57 0 0 0 0 5 3 0 22 .625 254 63.0 51 5 16 4 1 44 1 0 16 16 2.29 1.06
2007 45 0 0 0 0 4 2 0 19 .667 162 41.0 35 5 10 0 1 30 1 0 18 15 3.29 1.10
2008 37 0 0 0 0 1 1 0 9 .500 128 28.0 36 3 6 1 3 23 1 0 16 16 5.14 1.50
2009 25 0 0 0 0 0 1 1 5 .000 81 19.0 17 4 8 0 1 16 0 0 9 9 4.26 1.32
2010 46 0 0 0 0 2 1 0 5 .667 203 49.0 40 5 16 3 3 29 2 0 12 12 2.20 1.14
2011 33 0 0 0 0 1 1 0 5 .500 127 27.2 32 3 8 1 2 12 1 0 15 12 3.90 1.45
2012 2 0 0 0 0 0 1 0 1 .000 14 2.1 5 0 1 0 1 3 0 0 3 3 11.57 2.61
2013 オリックス 21 0 0 0 0 0 0 0 2 ---- 96 20.1 26 0 7 0 2 19 0 0 5 5 2.21 1.62
通算:20年 568 45 3 2 1 63 43 41 84 .594 3517 838.1 803 79 226 20 35 620 18 0 345 309 3.32 1.23
  • 2013年度シーズン終了時
  • 各年度の太字はリーグ最高

タイトル[編集]

表彰[編集]

記録[編集]

初記録
節目の記録
その他の記録

登場曲[編集]

背番号[編集]

  • 33 (1994年 - 2002年、2007年 - 2012年)
  • 36 (2003年 - 2006年、2013年 - )

関連項目[編集]

脚注[編集]

  1. ^ 平井 故仰木監督に日本一誓う ゆかりの古酒に“願い”
  2. ^ 2012年は同僚となった。
  3. ^ 中日ドラゴンズ 公式サイト - ドラゴンズニュース ★来季の契約について”. 中日ドラゴンズ公式サイト. 2012年10月3日閲覧。
  4. ^ 平井、小笠原ら7人に戦力外通告…中日”. スポーツ報知. 2012年10月3日閲覧。
  5. ^ “オリックスが平井ら獲得”. スポニチSponichi Annex (スポーツニッポン). (2012年12月1日). http://www.sponichi.co.jp/baseball/news/2012/12/01/kiji/K20121201004682420.html 2013年4月13日閲覧。 
  6. ^ オリックス球団代表・井箟重慶がダイエー・根本陸夫監督にオリックスが獲得する意向に了承を得ていたと井箟の著書で述べている。
  7. ^ 平井 故仰木監督に日本一誓う ゆかりの古酒に“願い”