榊原諒
| 北海道日本ハムファイターズ #15 | |
|---|---|
| 基本情報 | |
| 国籍 | |
| 出身地 | 愛知県高浜市 |
| 生年月日 | 1985年8月4日(27歳) |
| 身長 体重 |
176 cm 70 kg |
| 選手情報 | |
| 投球・打席 | 右投右打 |
| ポジション | 投手 |
| プロ入り | 2008年 ドラフト2位 |
| 初出場 | 2009年4月8日 |
| 年俸 | 4,000万円(2013年) |
| 経歴(括弧内は在籍年) | |
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この表について
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榊原 諒(さかきばら りょう、1985年8月4日 - )は、北海道日本ハムファイターズに所属するプロ野球選手(投手)。
目次 |
経歴[編集]
プロ入り前[編集]
愛知県高浜市出身。岐阜県の中京高では1年秋の新チーム時からエースとして活躍し、中川裕貴・城所龍磨と共に甲子園に2度出場(2年生時の2002年夏に第84回選手権大会、翌2003年春に第75回選抜大会)し、それぞれ1勝を挙げた。2002年に行われた明治神宮野球大会でもチームを優勝に導く。
高校卒業後の2004年には三菱自動車岡崎へ進むが、親会社の不祥事(三菱リコール隠し)に伴い、チームがシーズン途中で活動停止となり休部を余儀なくされた。
移籍先が見つからない状況の中、関西国際大学硬式野球部の監督である鈴木英之から誘いを受け[1]、浪人生活を経て、翌2005年に関西国際大学へ進学、改めて硬式野球部に入部した。2007年には全日本大学野球選手権大会にも出場を果たすなど、阪神大学リーグでは通算32勝を挙げている。チームメイトに、伊原正樹がいる。
2008年のプロ野球ドラフト会議にて北海道日本ハムファイターズから2位指名を受けた。
プロ入り後[編集]
2009年、新人ながら先発ローテーションの谷間を務めていたが、交流戦の頃には、糸数敬作に代わり二軍落ち。以降、一軍二軍を行き来し、二軍での成績も30試合に登板し、4勝3敗3セーブで防御率4.37の成績であった[2]。中継ぎにまわされるが被本塁打が多い一発病体質で、サヨナラ負けを喫する等首脳陣の評価を得られなかった。
2010年6月15日の東京ヤクルトスワローズ戦にて、先発した増井浩俊がアクシデントで降板したため急遽登板し、プロ初勝利を挙げた。その後は主にロングリリーフとして登板し、好投を続けた。同年9月24日には10勝目に到達したが、全て先発投手が早い回に降板した後を継いで登板したことによるものである。シーズン終了後の11月18日、パ・リーグ新人王に選ばれた。
2011年はセットアッパーの一角として起用され、開幕から25試合連続自責点0など安定した投球で、リリーフ陣の一角としてフル回転するが、シーズン終盤に入りやや打ち込まれる場面もあったが、最終的には60試合に登板し、増井浩俊に次ぐチーム2位の23ホールドを挙げ、防御率1.66の好成績を残したが、CSでは延長戦で打ち込まれて敗戦投手となり、チームも敗退してしまった。
2012年は開幕前から右肩痛で開幕2軍となり、結局シーズンを棒に振り、復帰後もビハインドの場面での起用が多くなった。
プレースタイル・人物[編集]
平均球速約140km/h[3]、最速151km/h(プロ入り後の最速は148km/h)の速球(フォーシーム、ツーシーム(シュート))とスライダーを軸にした本格派投手である。他にもフォークボールを投げる。新人王を獲得した2010年は今までの曲がり幅の大きいスライダーから、打者の手元でカッターに近いスライダーに変えたことが2010年の活躍の秘訣だったと語っている[要出典]。
非常にまじめで几帳面な性格であり、ホテルなどでも部屋の荷物は綺麗に整頓している[要出典]。
ダルビッシュの変化球バイブルを自腹で購入していた[要出典]。
詳細情報[編集]
年度別投手成績[編集]
| 年 度 |
球 団 |
登 板 |
先 発 |
完 投 |
完 封 |
無 四 球 |
勝 利 |
敗 戦 |
セ 丨 ブ |
ホ 丨 ル ド |
勝 率 |
打 者 |
投 球 回 |
被 安 打 |
被 本 塁 打 |
与 四 球 |
敬 遠 |
与 死 球 |
奪 三 振 |
暴 投 |
ボ 丨 ク |
失 点 |
自 責 点 |
防 御 率 |
W H I P |
|---|---|---|---|---|---|---|---|---|---|---|---|---|---|---|---|---|---|---|---|---|---|---|---|---|---|
| 2009 | 日本ハム | 10 | 4 | 0 | 0 | 0 | 0 | 1 | 0 | 1 | .000 | 123 | 26.2 | 37 | 5 | 8 | 0 | 1 | 23 | 0 | 0 | 19 | 18 | 6.08 | 1.69 |
| 2010 | 39 | 1 | 0 | 0 | 0 | 10 | 1 | 0 | 6 | .909 | 275 | 72.0 | 60 | 3 | 11 | 0 | 0 | 54 | 1 | 0 | 22 | 21 | 2.63 | 0.99 | |
| 2011 | 60 | 0 | 0 | 0 | 0 | 1 | 3 | 0 | 23 | .250 | 233 | 59.2 | 39 | 1 | 16 | 2 | 3 | 36 | 0 | 0 | 12 | 11 | 1.66 | 0.92 | |
| 2012 | 17 | 0 | 0 | 0 | 0 | 0 | 0 | 0 | 2 | ---- | 94 | 21.1 | 23 | 2 | 8 | 0 | 0 | 18 | 3 | 0 | 9 | 7 | 2.95 | 1.45 | |
| 通算:4年 | 126 | 5 | 0 | 0 | 0 | 11 | 5 | 0 | 32 | .688 | 725 | 179.2 | 159 | 11 | 43 | 2 | 4 | 131 | 4 | 0 | 62 | 57 | 2.86 | 1.12 | |
- 2012年度シーズン終了時
表彰[編集]
- 新人王 (2010年)
記録[編集]
- 初登板・初先発:2009年4月8日、対千葉ロッテマリーンズ2回戦(東京ドーム)、3回0/3を3失点
- 初奪三振:同上、1回表に井口資仁から空振り三振
- 初ホールド:2009年8月28日、対福岡ソフトバンクホークス18回戦(札幌ドーム)、6回表に3番手で救援登板、2/3回無失点
- 初勝利:2010年6月15日、対東京ヤクルトスワローズ4回戦(明治神宮野球場)、2回裏に2番手で救援登板、2回無失点
背番号[編集]
- 15 (2009年 - )
登場曲[編集]
- 『NEXT LEVEL』/浜崎あゆみ (2009年開幕~2009年途中)[4]
- 『黄金魂』/湘南乃風(2009年途中~)
注釈[編集]
- ^ “野球善哉 波乱万丈の野球人生で鍛えた 日本ハム・榊原諒の"全天候型"能力”. Number Web (2010年9月27日). 2012年8月22日閲覧。
- ^ 2009年度北海道日本ハムファイターズ 個人投手成績(イースタン・リーグ)より。
- ^ 『2012プロ野球オール写真選手名鑑』 日本スポーツ企画出版社、2012年、24頁。ISBN 978-4-905411-04-8。
- ^ 日本ハムの選手登場曲リストのホームページでは更新はされていないが2009年途中に登場曲を『黄金魂』に変更した。
関連項目[編集]
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