榊原諒

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榊原 諒
オリックス・バファローズ #52
基本情報
国籍 日本の旗 日本
出身地 愛知県高浜市
生年月日 1985年8月4日(29歳)
身長
体重
176 cm
70 kg
選手情報
投球・打席 右投右打
ポジション 投手
プロ入り 2008年 ドラフト2位
初出場 2009年4月8日
年俸 1,000万円(2015年)
経歴(括弧内はプロチーム在籍年度)


榊原 諒(さかきばら りょう、1985年8月4日 - )は、オリックス・バファローズに所属するプロ野球選手投手)。

経歴[編集]

プロ入り前[編集]

愛知県高浜市出身。岐阜県中京高では1年秋の新チーム時からエースとして活躍し、中川裕貴城所龍磨と共に甲子園に2度出場(2年生時の2002年夏に第84回選手権大会、翌2003年春に第75回選抜大会)し、それぞれ1勝を挙げた。2002年に行われた明治神宮野球大会でもチームを優勝に導く。

高校卒業後の2004年には三菱自動車岡崎へ進むが、親会社の不祥事(三菱リコール隠し)に伴い、チームがシーズン途中で活動停止となり休部を余儀なくされた。

高校2年生の夏に甲子園に出場し1勝を挙げ、新チームの大黒柱となった秋以降は、スライダーを武器に三振を取りまくり、秋春連続して東海大会を連覇。明治神宮野球大会では横浜の成瀬善久、東北のダルビッシュ有に投げ勝ち優勝。高校時代に輝かしい成績を残した右腕も、社会人野球では大きな実績が無い1年目の1選手に過ぎず、会社の野球部が休部した後の移籍先を探すのは、困難を極めた。

移籍先が見つからない状況の中、中京高校時代のチームメイト寺西が所属しており、関西国際大学硬式野球部の監督である鈴木英之から誘いを受けた事も手伝って[1]、浪人生活を経て、翌2005年に関西国際大学へ進学、改めて硬式野球部に入部した。2007年には全日本大学野球選手権大会にも出場を果たすなど、阪神大学リーグでは通算32勝を挙げている。チームメイトに、後にオリックスで同僚となる伊原正樹がいる。

2008年のプロ野球ドラフト会議にて北海道日本ハムファイターズから2位指名を受けた。

日本ハム時代[編集]

2009年
新人ながら先発ローテーションの谷間を務めていたが、交流戦の頃には、糸数敬作に代わり二軍落ち。以降、一軍二軍を行き来し、二軍での成績も30試合に登板し、4勝3敗3セーブで防御率4.37の成績であった[2]
2010年
6月15日の東京ヤクルトスワローズ戦にて、先発した増井浩俊がアクシデントで降板したため急遽登板し、プロ初勝利を挙げた。その後は主にロングリリーフとして登板し、好投を続けた。同年9月24日には10勝目に到達したが、全て先発投手が早い回に降板した後を継いで登板したことによるものである。シーズン終了後の11月18日、防御率2.63と10勝を挙げた成績が評価されて、パ・リーグ新人王に選ばれた。同い年の中川裕貴が「あれほど活躍するとは」と驚く程の大活躍だった。
2011年
セットアッパーの一角として起用され、開幕から25試合連続自責点0など安定した投球で、リリーフ陣の一角としてフル回転する。シーズン終盤に入りやや打ち込まれる場面もあったが、最終的には60試合に登板し、増井浩俊に次ぐチーム2位の23ホールドを挙げ、防御率1.66の好成績を残した。
2012年
開幕前から右肩痛で開幕2軍となり、結局シーズンを棒に振り、復帰後もビハインドの場面での起用が多くなった。
2013年
シーズン中から榊原自身が周囲に登板機会を求めてトレード志願をしていたが話がまとまらず、本人の意思も考慮し[3]10月1日に球団から戦力外通告を受けた[4]

オリックス時代[編集]

11月16日、オリックス・バファローズに育成選手として入団[5]。背番号は118
2014年
7月8日、支配下選手登録された。背番号は52[6]

プレースタイル・人物[編集]

平均球速約140km/h[7]最速151km/h(プロ入り後の最速は148km/h)の速球(フォーシーム、ツーシームシュート))とスライダーを軸にした本格派投手である。他にもフォークボールを投げる[要出典]

詳細情報[編集]

年度別投手成績[編集]





















































W
H
I
P
2009 日本ハム 10 4 0 0 0 0 1 0 1 .000 123 26.2 37 5 8 0 1 23 0 0 19 18 6.08 1.69
2010 39 1 0 0 0 10 1 0 6 .909 275 72.0 60 3 11 0 0 54 1 0 22 21 2.63 0.99
2011 60 0 0 0 0 1 3 0 23 .250 233 59.2 39 1 16 2 3 36 0 0 12 11 1.66 0.92
2012 17 0 0 0 0 0 0 0 2 ---- 94 21.1 23 2 8 0 0 18 3 0 9 7 2.95 1.45
2013 2 0 0 0 0 0 0 0 0 ---- 17 4.0 4 0 2 0 0 2 0 0 3 0 0.00 1.50
2014 オリックス 11 0 0 0 0 0 0 0 0 ---- 63 15.0 15 1 6 0 0 8 0 0 4 3 1.80 1.40
通算:6年 139 5 0 0 0 11 5 0 32 .688 805 198.2 178 12 51 2 4 141 4 0 69 60 2.72 1.15
  • 2014年度シーズン終了時

表彰[編集]

記録[編集]

背番号[編集]

  • 15 (2009年 - 2013年)
  • 118 (2014年 - 2014年7月)
  • 52 (2014年7月 - )

登場曲[編集]

注釈[編集]

  1. ^ 野球善哉 波乱万丈の野球人生で鍛えた 日本ハム・榊原諒の"全天候型"能力”. Number Web (2010年9月27日). 2012年8月22日閲覧。
  2. ^ 2009年度北海道日本ハムファイターズ 個人投手成績(イースタン・リーグ)より。
  3. ^ nikkansports.com ハム10年新人王の榊原に戦力外 2013年10月1日11時7分 (2014/7/15 観覧)
  4. ^ a b c d e 来季契約について”. 北海道日本ハムファイターズ公式サイト (2013年10月1日). 2013年10月3日閲覧。
  5. ^ 丸毛謙一選手、榊原諒投手 獲得のお知らせ オリックス・バファローズ公式サイト(2013年11月16日)2014年4月3日閲覧。
  6. ^ オリ育成の榊原を支配下登録 10年新人王、テストからはい上がる Sponichi Annex(2014年7月8日)2014年7月8日閲覧。
  7. ^ 『2012プロ野球オール写真選手名鑑』 日本スポーツ企画出版社、2012年、24頁。ISBN 978-4-905411-04-8
  8. ^ 日本ハムの選手登場曲リストのホームページでは更新はされていないが2009年途中に登場曲を『黄金魂』に変更した。

関連項目[編集]