ノーヒットノーラン

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ノーヒットノーラン(: No-hitter)とは、野球ソフトボール試合における記録のひとつで、投手が相手チームに安打を与えないことを指す。

以下の項では、主として日本などにおけるノーヒットノーラン(無安打無得点試合)、メジャーリーグベースボールにおけるノーヒッター(無安打試合)について記述する。

概説[編集]

野球・ソフトボールの試合において、投手が相手チームに安打を(日本では得点も)許さずに勝利することを言う。「ノーヒットノーラン」は和製英語で、「ノー」は「無」、「ヒット」は「安打」、「ラン」は「得点」を意味し、日本語では無安打無得点試合(むあんだむとくてんじあい)または無安打無失点試合(むあんだむしってんじあい)と言う。正式な英語ではno-hitterまたはno-noと呼ばれる。後者の呼び方は日本においても普及してきている。

安打のみならず一人のランナーすらも出させずに完封勝利を挙げた場合は完全試合(パーフェクトゲーム)となる。「ノーヒットノーラン」という場合は四球死球失策野手選択振り逃げのいずれかによる出塁を許したことを含意する。日米ともに、完全試合の回数を含めて数えられる。なお、コールドゲーム、あるいは9回もしくは延長戦までおこなっての引き分け試合で無安打無得点を達成した場合は参考記録扱いとなる。

日本のプロ野球においては先発投手が完投で達成した場合は個人記録として公認されるが、複数の投手(継投)による場合はチームの記録として公認される。社会人や高校などのアマチュア野球では個人記録のみ公認され、継投による達成は参考記録扱いとなる。この点においてメジャーリーグと異なる(詳細は後述)。

メジャーリーグベースボール[編集]

メジャーリーグベースボール(MLB)では2014年10月20日現在、完全試合23回を含んで287回達成されている。1991年に発表されたメジャーリーグの公式見解において、ノーヒッターとは「9回以上を一人または複数の投手が無安打に抑えた場合」と定義されている[1]。したがって、四死球ボーク、失策、犠打、犠牲フライ野手選択打撃妨害捕手の後逸暴投などで得点を許したが相手を無安打に抑えた試合も含まれる。また、継投による場合、チームが敗れた場合にもノーヒッターは記録される。[2]

無安打試合にまつわる記録[編集]

最初の無安打試合
メジャーリーグ最初の無安打試合は、1876年7月15日セントルイス・ブラウンストッキングスジョージ・ブラッドリーが達成。
アメリカンリーグ初の無安打試合は、1902年9月20日に、シカゴ・ホワイトソックスニクシー・キャラハンが達成した。
達成回数・連続達成記録
通算達成回数で最も多い選手はノーラン・ライアンの計7回。2014年10月20日現在で複数回達成者は35人(継投による達成含む)、3回以上の達成者は5人。
(ノーラン・ライアン、サンディ・コーファックスサイ・ヤングボブ・フェラーラリー・コーコラン)(太字は完全試合を含む)
サンディ・コーファックスは、4年連続達成の記録を持つ。
ノーラン・ライアンは3年連続で達成している。そのうち最初の年度(1973年)は2回達成。また1973年~1975年の3年連続、1990年~1991年の2年連続と2年連続以上を2回記録した。
ジョニー・ヴァンダー・ミーアは、1938年6月11日6月15日、先発2試合連続の無安打無得点を達成した。メジャーリーグでは唯一の例である。(ダブルノーヒッター)
年間個人最多達成回数は2回でジョニー・ヴァンダー・ミーア、アリー・レイノルイズバージャル・トラクス、ノーラン・ライアン、ロイ・ハラデーが達成。なお、ロイ・ハラデーは完全試合を含んでの達成。
MLB全体での年間最多達成回数は近代野球前が1884年の8回(ノーヒッター2回、ノーヒットノーラン6回)で、近代野球では1990年1991年2012年の7回が最多である。
継投による達成は2014年10月20日現在で37投手、11回記録されている。また、そのうちヴァイダ・ブルーマイク・ウィット、ケント・マッカーの3人が単独でのノーヒットノーランも記録(マイク・ウィットは完全試合)。
初登板(メジャーリーグデビュー戦)での達成
1892年10月15日 バンプス・ジョーンズ シンシナティ・レッズピッツバーグ・パイレーツナリーグ)スコア7-1 近代野球前の記録。1失点でのノーヒッター。
1953年5月6日 ボボ・ホロマン セントルイス・ブラウンズフィラデルフィア・アスレチックスアリーグ)スコア6-0 近代野球では初の記録。無安打無得点での達成も初。
両リーグでの達成
ナリーグ、アリーグでそれぞれで達成した投手は過去5人(サイ・ヤングジム・バニング、ノーラン・ライアン、野茂英雄ランディ・ジョンソン)。野茂は1996年(ドジャーズ)と2001年(レッドソックス)に記録している。また、サイ・ヤング、ジム・バニング、ランディ・ジョンソンは完全試合も含んでの達成。
完全試合から継投によるノーヒッター達成に変わった例
1917年6月23日ボストン・レッドソックスワシントン・セネターズにおいて、レッドソックスによる記録達成が最初。先発のベーブ・ルースが先頭打者に四球を与えた後に審判に対する抗議で退場となり、代わってマウンドに上がったアーニー・ショアが9回終了まで無安打無得点に抑え達成した。なお、1991年に記録見直が行われるまで、この試合はショアによる完全試合という扱いであった。
6投手の継投による達成
2003年6月11日のインターリーグの試合で、ヒューストン・アストロズロイ・オズワルトピーター・マンローカーク・サールースブラッド・リッジオクタビオ・ドーテルビリー・ワグナーの6投手を継投してニューヨーク・ヤンキースを無安打無得点に抑えた。
また、2012年6月9日のインターリーグの試合では、シアトル・マリナーズケビン・ミルウッドチャーリー・ファーブッシュスティーブン・プライアールーカス・ルートキーブランドン・リーグトム・ウィルヘルムセンの6投手を継投してロサンゼルス・ドジャースを無安打無得点に抑えた
9回まで両チーム無安打無得点試合
1917年5月2日シンシナティ・レッズシカゴ・カブス戦で、レッズ先発のフレッド・トニーとカブス先発のヒッポ・ボーンが9回まで互いに無安打無得点。10回にボーンが2安打1失点で敗戦投手となり、トニーが延長10回を無安打無得点で抑えた[3]
無安打試合を達成しながら敗北
マイナーリーグ1試合に27奪三振で達成
1952年5月13日:ロン・ネッチアイ、マイナーリーグのブリストル・ツインズ対ウェルチ・マイナーズの試合で記録。振り逃げを含んでの達成。
この他、1990年7月1日、ニューヨーク・ヤンキースのアンディ・ホーキンスがシカゴ・ホワイトソックス戦で8回無安打に抑えながら、0対4で敗戦した試合がある。ホームのホワイトソックスが勝利し9回裏がない試合だったため、公式の無安打試合となっていない。なおこの試合のホワイトソックスの4得点は、無安打チームが挙げた得点としてはMLB最多である。

日本野球[編集]

日本プロ野球[編集]

日本プロ野球(NPB)では2014年5月2日現在、完全試合15人を含む78人が計89回達成している。

継投による無安打無得点は通算4回記録されており、うち公式戦が3回、日本シリーズで1回(完全試合)となっている。ただし、継投による無安打無得点はチームとしての記録となり、個人記録にはならない。

達成日 達成チーム 登板した投手 スコア 対戦相手 球場 備考
1941年6月22日 黒鷲 中河美芳
石原繁三
2-0 名古屋 後楽園  
1941年8月2日 阪急 江田孝
森弘太郎
2-0 名古屋 西宮  
2006年4月15日 日本ハム 八木智哉
武田久
MICHEAL
1-0 ソフトバンク ヤフードーム 延長12回。八木は10回無安打無失点のまま降板。
2007年11月1日 中日 山井大介
岩瀬仁紀
1-0 日本ハム ナゴヤドーム 日本シリーズ第5戦
完全試合、シリーズ優勝決定、こちらも参照

投手に投球回数の制限があり必ず継投になるオールスターゲームでも、1回記録されている。

達成日 達成チーム 登板した投手 スコア 対戦相手 球場 備考
1971年7月17日 全セ 江夏豊阪神
渡辺秀武巨人
高橋一三(巨人)
水谷寿伸(中日)
小谷正勝大洋
5-0 全パ 西宮 第1戦
江夏の9連続奪三振

チーム別無安打無得点達成試合数は巨人が15試合で最多、被達成試合数は中日が13試合で最多となっている。未達成の東北楽天ゴールデンイーグルスを除けば、無安打無得点から最も遠ざかっているのは福岡ソフトバンクホークスであり、1943年5月26日に前身の南海軍が達成して以来、達成がない。

参考[編集]

9回を無安打無失点に抑えながら延長で初安打を許した例
達成日 投手 所属 スコア 対戦相手 球場 備考
1940年7月9日 福士勇 ライオン 1-1 名古屋金鯱 後楽園 11回2死佐々木常助が初安打
1943年10月1日 真田重蔵 朝日 3-0 南海 西宮 10回2死中野正雄が初安打
1949年10月1日 杉下茂
服部受弘
中日 0-1 東急 中日 10回無死、服部から大下弘が本塁打
1954年8月19日 宅和本司 南海 0-1 毎日 大阪 10回2死呉昌征が初安打
1955年5月24日 荒巻淳 毎日 0-4 大映 後楽園 11回1死増田卓が初安打
1958年5月18日 布施勝巳 東映 0-1 南海 大阪 10回無死広瀬叔功が初安打
1958年10月9日 児玉泰 中日 1-1 広島 中日 11回2死拝藤宣雄が初安打
1967年4月25日 坂井勝二 東京 0-2 東映 東京球場 10回無死種茂雅之が三塁打
1990年5月9日 渡辺久信 西武 2-0 日本ハム 東京ドーム 11回1死小川浩一が初安打
2005年8月27日 西口文也 西武 1-0 楽天 西武ドーム 10回無死沖原佳典が初安打
9回終了までパーフェクト
2014年5月31日 金子千尋
平野佳寿
佐藤達也
オリックス 0-1 巨人 京セラドーム大阪 11回1死、佐藤から片岡治大が初安打
相手チームを無安打に抑えながら四球・失策・盗塁・犠打・進塁打で得点を許した例
達成日 投手 所属 スコア 対戦相手 球場 備考
1939年5月6日 宮口美吉
平野正太郎
南海 1-2 阪急 甲子園 日本プロ野球公式戦唯一の被安打0敗戦
1939年8月3日 亀田忠 イーグルス 2-1 名古屋金鯱 西宮  
1959年5月21日 村山実 阪神 3-2 巨人 甲子園  
1964年5月13日 牧野伸
山本重政
近鉄 3-1 南海 日生  
9回以上を無安打無失点に抑えたまま9回終了以降に降板した例
達成日 投手 所属 スコア 対戦相手 球場 投球回 備考
2006年4月15日 八木智哉 日本ハム 1-0 ソフトバンク ヤフードーム 10 継投による無安打無得点
2014年5月31日 金子千尋 オリックス 0-1 巨人 京セラドーム大阪 9 9回裏代打で降板、継投による無安打無得点は11回1死まで継続

日本プロ野球(二軍) [編集]

[4]二軍のイースタン・リーグウエスタン・リーグでも1962年巨人山崎正之が完全試合で達成して以来、完投・継投を含め複数回達成されているが、このうち1試合だけ「両チーム無安打試合」が記録されている。これは日本プロ野球では唯一のケースである(2012年シーズン終了時点)。

達成日 投手 所属 スコア 対戦相手 球場 備考
1994年4月26日 山部太 ヤクルト 1-0 西武 大宮市営

西武先発竹下潤も無安打で完投
(失点1は、失策による走者を犠打で生還させたもの)

ノーヒットノーラン初達成者(イースタンリーグ初達成者)
  • 山崎正之(巨人) 対大洋 1962年5月27日 完全試合
ウエスタンリーグ初達成者
複数回達成者
  • 城野勝博(広島) 対阪神 1965年8月19日、対南海 1968年9月24日
  • 松谷竜二郎(巨人)対大洋 1989年6月7日、対大洋 1992年5月31日

前述の竹下潤も1993年9月14日ヤクルト戦で無安打無得点を達成しており、無安打試合は二度記録している。

一軍で無安打無得点達成経験がある選手では、1970年に達成している渡辺秀武1968年に達成しており、唯一の記録となっている。

独立リーグ[編集]

四国アイランドリーグplus[編集]

四国アイランドリーグplusでは、これまで3人が達成している。

達成日 投手 所属 スコア 対戦相手 球場
2006年6月3日 高梨篤 高知 6-0 香川 高知
2010年9月24日 前川勝彦 香川 8-0 愛媛 レクザム
2012年4月29日 安里基生 徳島 3-0 高知 JAバンク徳島
ベースボール・チャレンジ・リーグ[編集]

ベースボール・チャレンジ・リーグでは、これまで3人が達成している。

達成日 投手 所属 スコア 対戦相手 球場
2010年5月29日 清水貴之 群馬 7-0 新潟 高崎城南
2012年9月23日 隆史 富山 2-0 福井 福井フェニックス
2013年7月15日 寺田哲也 新潟 11-0 群馬 渋川球場

社会人野球[編集]

都市対抗野球[編集]

都市対抗野球大会では、これまでに完全試合2人を含む4人が達成している。

開催年 大会 投手 チーム 試合 スコア 相手 球場 備考
1940年 第14回 市田夏生 大阪市・中山製鋼 1回戦 2-0 京都市・京都協会 後楽園球場
1954年 第25回 岡本教平 川崎市・トキコ 2回戦 1-0 高砂町・鐘淵化学 後楽園球場
1957年 第28回 村上峻介 二瀬町・日鉄二瀬 1回戦 1-0 高砂市・鐘化カネカロン 後楽園球場 完全試合
2011年 第82回 森内壽春 仙台市・JR東日本東北 1回戦 4-0 横浜市・三菱重工横浜 京セラドーム大阪 完全試合

なお、1971年の第42回大会で、大阪市・電電近畿が大阪市・日本生命戦で、無安打勝利をしている。スコアは1-0だった。

日本選手権[編集]

社会人野球日本選手権大会では、これまでに1人が達成している。

開催年 大会 投手 チーム 試合 スコア 相手 球場
2009年 第36回 木林敏郎 三菱重工神戸 1回戦 1-0 鷺宮製作所 京セラドーム大阪

大学野球[編集]

全日本大学野球選手権[編集]

全日本大学野球選手権大会ではこれまでに完全試合4人を含む6人が達成している。

開催年 大会 投手 大学 試合 スコア 相手校 球場 備考
1965年 第14回 芝池博明 専修大学東都 準決勝 6-0 東海大学首都 神宮球場 完全試合
1969年 第18回 久保田美郎 関西大学関西 1回戦 5-0 千葉商科大学千葉 神宮球場 完全試合
1976年 第25回 森繁和 駒澤大学(東都) 1回戦 2-0 近大工学部(広島六 神宮球場 完全試合
1988年 第37回 葛西稔 法政大学東京六 1回戦 4-0 近大工学部(広島六) 神宮球場  
2004年 第53回 一場靖弘 明治大学(東京六) 2回戦 2-0 広島経済大学(広島六) 神宮球場 完全試合
2011年 第60回 久保田高弘 近大工学部(広島六) 1回戦 3-0 名桜大学九州地区 東京ドーム  

東京六大学野球[編集]

東京六大学野球では完全試合3人を含む22人で計23回達成している。

シーズン 投手 大学 スコア 相手校 備考
1925年 湯浅禎夫 明治大学 9-0 立教大学  
1925年秋 湯浅禎夫 明治大学 1-0 東京帝国大学  
1926年 安田義信 明治大学 7-0 法政大学  
1927年春 東武雄 東京帝国大学 1-0 立教大学  
1928年秋 中村峰雄 明治大学 2-0 法政大学  
1929年 鬼塚格三郎 明治大学 7-0 法政大学  
1941年 高塚誠治 慶應義塾大学 5-0 東京帝国大学  
1942年 藤本英雄 明治大学 3-0 立教大学  
1948年 平古場昭二 慶應義塾大学 6-0 東京大学  
1949年 加藤雄司 慶應義塾大学 6-0 法政大学  
1954年 藤田元司 慶應義塾大学 7-0 東京大学  
1955年春 東実 立教大学 6-0 東京大学  
1957年秋 杉浦忠 立教大学 8-0 早稲田大学  
1964年 渡辺泰輔 慶應義塾大学 1-0 立教大学 完全試合
1966年 星野仙一 明治大学 5-0 立教大学  
1970年春 横山忠夫 立教大学 10-0 東京大学  
1989年 若松幸司 慶應義塾大学 14-0 東京大学  
1998年秋 福山龍太郎 法政大学 7-0 立教大学  
1999年秋 木塚敦志 明治大学 11-0 東京大学  
2000年 上重聡 立教大学 7-0 東京大学 完全試合
2004年春 日野泰彰 立教大学 7-0 早稲田大学  
2010年春 竹内大助 慶應義塾大学 7-0 東京大学  
2013年 高梨雄平 早稲田大学 3-0 東京大学 完全試合
2013年秋 加嶋宏毅 慶應義塾大学 5-0 東京大学  

また継投による無安打無得点も2回達成されている(ただしこれは参考記録扱いで、達成人数には含めない)。

シーズン 投手 大学 スコア 相手校
1951年春 井上安男
畑間正夫
明治大学 8-0 東京大学
1970年春 工藤真
長谷部優
慶應義塾大学 3-0 東京大学

※1942年までの大学は全て旧制。

東都大学野球[編集]

東都大学野球1部では、完全試合2人を含む10人で計10回達成している。また、2部において完全試合を2人2回、3部において完全試合を2人2回、1部と2部の入れ替え戦において2人が2回、2部と3部の入れ替え戦において1人が1回達成している。

シーズン 投手 大学 リーグ 相手校 備考
1941年 一言多十 専修大学 1部 國學院大學  
1941年秋 石原秀夫 中央大学 1部 東京農業大学  
1953年 河内忠吾 日本大学 1部 駒澤大学 完全試合
1954年 島津四郎 日本大学 1部 東京農業大学  
1954年不明 伊藤芳明 中央大学 1部 東京農業大学  
1955年 島津四郎 日本大学 1部 駒澤大学 完全試合
1955年秋 林茂 青山学院大学 3部 不明 完全試合
1957年 高林康治 日本大学 1部 駒澤大学  
1958年 若生照元 中央大学 1部 東京農業大学  
1961年 大石泰章 亜細亜大学 3部 不明 完全試合
1965年 渡辺一雄 東京農業大学 2部 不明 完全試合
1979年 香坂英典 中央大学 1部 東洋大学  
1990年 和田孝志 東洋大学 1部 亜細亜大学  
1994年 綱島好太 大正大学 2部3部入れ替え戦 拓殖大学  
1996年 倉則彦 東洋大学 1部2部入れ替え戦 国士舘大学  
2002年 梅津智弘 國學院大學 2部 拓殖大学 完全試合
2004年 山木正博 亜細亜大学 1部 東洋大学  
2008年 渡辺洋平 中央大学 1部2部入れ替え戦 駒澤大学  

また継投による無安打無得点も1部で2回達成されている(ただしこれは参考記録扱いで、達成人数には含めない)。

シーズン 投手 大学 リーグ 相手校
1947年 田宮謙次郎
児玉光彦
日本大学 1部 中央大学
1955年秋 宮本進
草刈廣
学習院大学 1部 日本大学

※1942年までの大学は全て旧制。

高校野球全国大会[編集]

選抜高等学校野球大会[編集]

選抜高等学校野球大会(センバツ・春の甲子園)では完全試合2人を含む12人が達成している。

開催年 大会 投手 学校 試合 スコア 相手校 備考
1931年 第8回 灰山元治 広島商広島 2回戦 4-0 坂出商香川  
1933年 第10回 河合信雄 一宮中愛知 1回戦 3-0 松山商愛媛  
1933年 第10回 森田俊男 海草中和歌山 1回戦 3-0 桐生中群馬  
1938年 第15回 野口二郎 中京商(愛知) 準々決勝 4-0 海草中(和歌山)  
1951年 第23回 野武貞次 鳴尾兵庫 1回戦 5-0 静岡城内静岡  
1955年 第27回 今泉喜一郎 桐生(群馬) 準々決勝 12-0 明星大阪  
1967年 第39回 野上俊夫 市立和歌山商(和歌山) 2回戦 5-0 三重三重  
1976年 第48回 戸田秀明 鉾田一茨城 1回戦 1-0 糸魚川商工新潟  
1978年 第50回 松本稔 前橋(群馬) 1回戦 1-0 比叡山滋賀 完全試合
1991年 第63回 和田友貴彦 大阪桐蔭(大阪) 1回戦 10-0 仙台育英宮城  
1994年 第66回 中野真博 金沢石川 1回戦 3-0 江の川島根 完全試合
2004年 第76回 ダルビッシュ有 東北(宮城) 1回戦 2-0 熊本工熊本  

また継投による無安打無得点も1回達成されている(ただしこれは参考記録扱いで、達成人数には含めない)。

開催年 大会 投手 学校 試合 スコア 相手校
1955年 第27回 谷本隆路
広島尚保
浪華商(大阪) 1回戦 6-0 立教東京

※1938年までの学校は全て旧制。

全国高等学校野球選手権大会[編集]

全国高等学校野球選手権大会(夏の甲子園)では22人で計23回達成している。完全試合は達成されていない。

開催年 大会 投手 学校 試合 スコア 相手校 備考
1916年 第2回 松本終吉 市岡中(大阪) 準々決勝 8-0 一関中岩手  
1927年 第13回 八十川胖 広陵中(広島) 2回戦 8-0 敦賀商福井  
1928年 第14回 伊藤次郎 平安中京都 準決勝 6-0 北海中北海道  
1932年 第18回 楠本保 明石中(兵庫) 1回戦 4-0 北海中(北海道)  
1932年 第18回 水澤清 長野商長野 2回戦 6-0 遠野中(岩手)  
1932年 第18回 岡本敏夫 熊本工(熊本) 準々決勝 3-0 石川師範(石川)  
1933年 第19回 吉田正男 中京商(愛知) 1回戦 11-0 善隣商朝鮮  
1934年 第20回 長谷川治 海南中(和歌山) 2回戦 5-0 神戸一中(兵庫)  
1936年 第22回 小林悟桜 和歌山商(和歌山) 2回戦 10-0 福井商(福井)  
1938年 第24回 浦野隆夫 大分商大分 1回戦 4-0 台北一中台湾  
1939年 第25回 嶋清一 海草中(和歌山) 準決勝 8-0 島田商(静岡)  
1939年 第25回 嶋清一 海草中(和歌山) 決勝 5-0 下関商山口 2試合連続で達成、決勝では初
1951年 第33回 服部茂次 熊谷埼玉 準決勝 4-0 和歌山商(和歌山)  
1957年 第39回 清沢忠彦 岐阜商岐阜 1回戦 7-0 津島商工(愛知)  
1957年 第39回 王貞治 早稲田実(東京) 2回戦 1-0 寝屋川高(大阪) 延長11回(延長戦での達成は初)
1958年 第40回 森光正吉 高知商高知 2回戦 5-0 松阪商(三重)  
1969年 第51回 降旗英行 松商学園(長野) 1回戦 14-0 三笠(北海道)  
1973年 第55回 有田二三男 北陽(大阪) 3回戦 1-0 高鍋宮崎  
1981年 第63回 工藤公康 名古屋電気(愛知) 2回戦 4-0 長崎西長崎  
1982年 第64回 新谷博 佐賀商佐賀 1回戦 7-0 木造青森 9回二死から死球を与えて、史上初の完全試合を逃す
1987年 第69回 芝草宇宙 帝京(東京) 2回戦 3-0 東北(宮城)  
1998年 第80回 杉内俊哉 鹿児島実鹿児島 1回戦 4-0 八戸工大一(青森) プロ入り後、巨人在籍時の2012年に達成
高校野球の全国大会とプロ野球の双方での達成は史上初
1998年 第80回 松坂大輔 横浜神奈川 決勝 3-0 京都成章(京都) 決勝では59年ぶり2回目

また継投による無安打無得点も1回達成されている(ただしこれは参考記録扱いで、達成人数には含めない)。

開催年 大会 投手 学校 試合 スコア 相手校
1933年 第19回 楠本保
中田武雄
明石中(兵庫) 2回戦 10-0 水戸商(茨城)

※1939年までの学校は全て旧制中学。

韓国野球[編集]

韓国野球委員会[編集]

韓国野球委員会(KBO)では2014年6月24日現在、11人が達成している[5]

国際試合[編集]

脚注[編集]

  1. ^ The Official Site of Major League Baseball: Official info: Rules, Regulations and Statistics
  2. ^ 例:ノーヒットながら押し出しに1よる得点を与えた場合、無安打1得点=ノーヒット1ランもあり得るため「ノーヒッター」としているが、日本では過去に4例しかないため「ノーヒッター」という言い方はしない。
  3. ^ 講談社刊 宇佐美徹也著「日本プロ野球記録大鑑」926ページ
  4. ^ この節の出典はベースボールマガジン2012年11月号72ページ
  5. ^ 週刊ベースボール2014年7月14日号97ページ
  6. ^ 日米野球交流史. ベースボール・マガジン社. p. 14、99. ISBN 978-4583612973. 
  7. ^ 日米野球交流史. ベースボール・マガジン社. p. 52-53、107. 
  8. ^ ワールド・ベースボール・クラシックに準じたルールがあり、投手には投球数制限があるため、事実上1名での完封は不可能
  9. ^ 日本3連勝 4投手継投でノーヒットノーラン(NHK2014年11月15日 11月16日閲覧)

関連項目[編集]

外部リンク[編集]