完全試合
完全試合(かんぜんじあい、かんぜんしあい)とは、野球やソフトボールの試合における記録のひとつで、相手チームの打者を一度も塁に出さず勝利することである[1]。本項目では、主に野球で達成された完全試合について述べる。
目次 |
[編集] 概説
「パーフェクトゲーム」や「パーフェクト」とも呼ばれ、野球は9回27人、ソフトボールは7回21人の打者を全て出塁させずに勝利することを指す。安打はもちろんのこと四球・死球や失策なども許されない。安打で出塁を許しても一人も生還させなかった場合は「完封」、無安打で、四球・死球や失策などで出塁を許しながらもその走者に本塁を踏ませなかった場合は「ノーヒットノーラン」となる。
野球における完全試合に必要な最小投球数は、9イニング27人の打者を全員初球打ちで凡退させる「27球」と言うことになる。ソフトボールは7イニングなので21球になる。
延長戦に突入した場合は、試合に勝つまで継続して走者を出さないことが達成条件となる。コールドゲームによる勝利、完全を継続したまま引き分けた場合は公式の記録とは認められず、参考記録として扱われる。
日本のプロ野球では、投手が独り且つ完投で達成した場合に個人記録として、複数の投手が継投で達成した場合はチームの記録として公認される。「投手の記録」としての側面が強調されがちだが、野手にとっても得点を挙げて勝利しなければならないうえ守備時の失策も許されないため、重要度は高い。
ソフトボールと一部社会人野球の大会では、延長戦にタイブレーク制度が採用されているため、自動的にランナーが塁上に置かれることから、タイブレークが適用された時点で完全試合は不可能となる(ただし、安打で出塁を許しているわけではないためノーヒットノーランは継続される)。
[編集] メジャーリーグベースボール
メジャーリーグベースボールでは19世紀に2度、20世紀に14度、21世紀に4度記録されている。しかし、同じ投手が2度達成したことはない。
ワールドシリーズでは1956年、ニューヨーク・ヤンキースのドン・ラーセンがブルックリン・ドジャースを相手に完全試合を達成した。ワールドシリーズではこれが唯一の記録である。
2004年5月18日には、アリゾナ・ダイヤモンドバックスのランディ・ジョンソンがアトランタ・ブレーブスを相手に史上最年長(40歳8ヶ月)で完全試合を達成した。
2010年には、1880年以来2度目で、現在の形に公認野球規則が落ち着いてからメジャーリーグでは初となる1シーズンに2度の完全試合が達成されている。さらに、6月2日にはデトロイト・タイガースのアーマンド・ガララーガが史上初となる1シーズン3度目の完全試合達成に9回2死まで迫ったが、内野ゴロに打ち取った27人目の打者が一塁塁審ジム・ジョイスの誤審により内野安打とされ、達成できなかった。この審判は試合後に判定が誤審であった事を認め、ガララーガに謝罪している。
メジャーリーグでは継投によるノーヒットノーラン(含む完全試合)も公式記録として公認されるが、これまで継投による完全試合は達成されていない[2]。
[編集] その他
さまざまな理由で完全試合を逃した例がある。
- 9回終了まで完全に抑えながら延長で完全試合を逃した例
| 達成日 | 投手 | 所属 | スコア | 対戦相手 | 球場 | 備考 |
|---|---|---|---|---|---|---|
| 1959年5月26日 | ハーベイ・ハディックス[4] | ピッツバーグ・パイレーツ | 0-1 | ミルウォーキー・ブレーブス | カウンティ・スタジアム | 13回無死から三塁手ドン・ホークの失策により初走者。 犠打・敬遠の後ジョー・アドコックの二塁打[5]により敗戦投手。 パイレーツは12安打。 |
| 1995年6月3日 | ペドロ・マルティネス | モントリオール・エクスポズ | 1-0 | サンディエゴ・パドレス | ジャック・マーフィ・スタジアム | 10回無死からビップ・ロバーツに初安打 |
- 9回2死まで完全に抑えながら完全試合を逃した例
| 達成日 | 投手 | 所属 | スコア | 対戦相手 | 球場 | 備考 |
|---|---|---|---|---|---|---|
| 1908年7月4日 | フックス・ワイルズ | ニューヨーク・ジャイアンツ | 1-0 | フィラデルフィア・フィリーズ | 不明 | ジョージ・マッキランに初死球 ノーヒットノーランは達成(延長10回) |
| 1932年8月5日 | トミー・ブリッジス | デトロイト・タイガース | 13-0 | ワシントン・セネターズ | ネビン・フィールド | デーブ・ハリスに初安打 |
| 1958年6月27日 | ビリー・ピアース | シカゴ・ホワイトソックス | 3-0 | ワシントン・セネターズ | コミスキー・パーク | エド・フィッツ・ジェラルドに初安打 |
| 1972年9月2日 | ミルト・パパス | シカゴ・カブス | 8-0 | サンディエゴ・パドレス | リグレー・フィールド | ラリー・スタールに初四球 ノーヒットノーランは達成 |
| 1983年4月15日 | ミルト・ウィルコックス | デトロイト・タイガース | 6-0 | シカゴ・ホワイトソックス | コミスキー・パーク | ジェリー・ヘアストン・シニアに初安打 |
| 1988年5月2日 | ロン・ロビンソン | シンシナティ・レッズ | 3-2 | モントリオール・エクスポズ | リバーフロント・スタジアム | ウォレス・ジョンソンに初安打 後続にも打たれ交代 |
| 1989年8月4日 | デーブ・スティーブ | トロント・ブルージェイズ | 2-1 | ニューヨーク・ヤンキース | スカイドーム | ロベルト・ケリーに初安打 後続にも打たれ完封も逃す |
| 1990年4月20日 | ブライアン・ホルマン | シアトル・マリナーズ | 6-1 | オークランド・アスレチックス | オークランド・アラメダ・カウンティ・コロシアム | ケン・フェルプスに初本塁打 完封も逃す |
| 2001年9月2日 | マイク・ムッシーナ | ニューヨーク・ヤンキース | 1-0 | ボストン・レッドソックス | フェンウェイ・パーク | カール・エバレットに初安打 |
| 2010年6月2日 | アーマンド・ガララーガ | デトロイト・タイガース | 3-0 | クリーブランド・インディアンス | コメリカ・パーク | ジェイソン・ドナルドに初安打(誤審) |
[編集] 日本の野球
[編集] プロ野球
日本プロ野球では、これまで15度記録されている。しかし、米メジャーリーグと同様、同じ投手が2度達成したことはない。
チーム名・球場名は達成当時のもの。
| 達成日 | 投手 | 所属 | スコア | 対戦相手 | 球場 | 備考 |
|---|---|---|---|---|---|---|
| 1950年6月28日 | 藤本英雄 | 巨人 | 4-0 | 西日本 | 青森市営野球場 | NPB史上最年長記録(32歳1ヶ月)、かつ史上初 |
| 1955年6月19日 | 武智文雄 | 近鉄 | 1-0 | 大映 | 大阪球場 | |
| 1956年9月19日 | 宮地惟友 | 国鉄 | 6-0 | 広島 | 石川県営兼六園野球場 | 最小投球数(79球) |
| 1957年8月21日 | 金田正一 | 国鉄 | 1-0 | 中日 | 中日球場 | 抗議で9回1死から43分間中断、相手投手は杉下茂 |
| 1958年7月19日 | 西村貞朗 | 西鉄 | 1-0 | 東映 | 駒澤野球場 | |
| 1960年8月11日 | 島田源太郎 | 大洋 | 1-0 | 阪神 | 川崎球場 | NPB史上最年少記録(20歳11ヶ月) |
| 1961年6月20日 | 森滝義巳 | 国鉄 | 1-0 | 中日 | 後楽園球場 | |
| 1966年5月1日 | 佐々木吉郎 | 大洋 | 1-0 | 広島 | 広島市民球場 | |
| 1966年5月12日 | 田中勉 | 西鉄 | 2-0 | 南海 | 大阪球場 | 1シーズン2度の達成 |
| 1968年9月14日 | 外木場義郎 | 広島 | 2-0 | 大洋 | 広島市民球場 | セ・リーグタイ記録の1試合16奪三振も記録 |
| 1970年10月6日 | 佐々木宏一郎 | 近鉄 | 3-0 | 南海 | 大阪球場 | |
| 1971年8月21日 | 高橋善正 | 東映 | 4-0 | 西鉄 | 後楽園球場 | |
| 1973年10月10日 | 八木沢荘六 | ロッテ | 1-0 | 太平洋 | 宮城球場 | |
| 1978年8月31日 | 今井雄太郎 | 阪急 | 5-0 | ロッテ | 宮城球場 | NPB史上初の指名打者制度での達成 |
| 1994年5月18日 | 槙原寛己 | 巨人 | 6-0 | 広島 | 福岡ドーム | NPB史上初のドーム球場、人工芝グランドでの達成 |
[編集] 備考
- ファウルフライ落球による失策を含む試合を完全試合とするかどうかについて、日本において完全試合はチームの記録ではなく投手の記録であると考えている面もあり、日本プロ野球のルール上では曖昧になっているが、1981年のセ・パ記録部申し合わせ事項でファウルフライの失策があっても完全試合は成立することが確認されている。メジャーリーグでは「チームの記録」との側面もあり、失策が記録されれば完全試合とは見なされなかったが、1991年以降は定義が緩和されて完全試合として認められている。
- 走者を1人だけ出した完封試合は「準完全試合」と呼ばれる。2007年シーズン終了現在、日本プロ野球の公式戦では完投によるものが42回、継投によるものが2回記録されている。そのうち、ノーヒットノーランは13回である。
[編集] 参考
[編集] 継投による記録
日本のプロ野球では、継投による完全試合が1度記録されている。
前述の通り、日本プロ野球では先発投手が完投して達成することを個人記録の条件としており、以下はチームの記録として公認されている。
| 達成日 | 達成 チーム |
登板した投手 | スコア | 対戦 相手 |
球場 | 備考 |
|---|---|---|---|---|---|---|
| 2007年11月1日 | 中日ドラゴンズ | 山井大介(1-8回) 岩瀬仁紀(9回) |
1-0 | 日本ハム | ナゴヤドーム | 日本シリーズ第5戦、シリーズ優勝決定試合 この継投が物議を醸した。詳細は当該項を参照 |
[編集] その他
以上の他、さまざまな理由で完全試合を逃した例がある。
- 無四死球のノーヒットノーラン達成ながら失策で完全試合を逃した例
| 年月日 | 投手 | 所属 | スコア | 対戦相手 | 球場 | 備考 |
|---|---|---|---|---|---|---|
| 1948年9月6日 | 真田重男 | 大陽 | 3-0 | 阪神 | 阪神甲子園球場 | |
| 2006年9月16日 | 山本昌 | 中日 | 3-0 | 阪神 | ナゴヤドーム | 4回に森野将彦の失策(準完全) |
- 9回終了まで完全に抑えながら延長で完全試合を逃した例
| 年月日 | 投手 | 所属 | スコア | 対戦相手 | 球場 | 備考 |
|---|---|---|---|---|---|---|
| 2005年8月27日 | 西口文也 | 西武 | 1-0 | 楽天 | 西武ドーム | 10回無死から沖原佳典に初安打 |
- 9回2死まで完全に抑えながら完全試合を逃した例
| 年月日 | 投手 | 所属 | スコア | 対戦相手 | 球場 | 備考 |
|---|---|---|---|---|---|---|
| 1950年3月15日 | 田宮謙次郎 | 阪神 | 7-0 | 国鉄 | 倉敷市営球場 | 中村栄に初安打 |
| 1952年6月15日 | 別所毅彦 | 巨人 | 9-0 | 松竹 | 大阪球場 | 神崎安隆に初安打(神崎はプロ通算1安打) |
| 1962年7月12日 | 村田元一 | 国鉄 | 1-0 | 阪神 | 後楽園球場 | 西山和良に初安打 |
- 初回先頭打者に出塁を許し、その後を完全に抑えた例
| 年月日 | 投手 | 所属 | スコア | 対戦相手 | 球場 | 備考 |
|---|---|---|---|---|---|---|
| 1956年6月6日 | 小山正明 | 阪神 | 2-0 | 大洋 | 阪神甲子園球場 | 沖山光利に安打(準完全) |
| 1957年7月6日 | 稲尾和久 | 西鉄 | 2-1 | 阪急 | 平和台球場 | ロベルト・バルボンに本塁打 |
| 1981年4月11日 | 定岡正二 | 巨人 | 1-0 | 阪神 | 阪神甲子園球場 | 北村照文に二塁打(準完全) |
- 連続27人以上をパーフェクトに抑えながらも敗戦投手になった例
| 年月日 | 投手 | 所属 | スコア | 対戦相手 | 球場 | 備考 |
|---|---|---|---|---|---|---|
| 1970年9月26日 | 江夏豊 | 阪神 | 0-1 | 中日 | 阪神甲子園球場 | 2回2死から延長13回まで連続34人を抑える。14回先頭の木俣達彦に本塁打を打たれ、敗戦投手。 |
[編集] 社会人野球
社会人野球の全国大会では都市対抗野球大会で2度記録されているが、社会人野球日本選手権大会ではいまだ達成者がいない。
[編集] 都市対抗野球
| 開催年 | 回 | 投手 | 所属 | スコア | 対戦相手 | 試合 | 球場 |
|---|---|---|---|---|---|---|---|
| 1957年 | 第28回 | 村上峻介 | 二瀬町・日鉄二瀬 | 1-0 | 高砂市・鐘化カネカロン | 1回戦 | 後楽園球場 |
| 2011年 | 第82回 | 森内壽春 | 仙台市・JR東日本東北 | 4-0 | 横浜市・三菱重工横浜 | 1回戦 | 京セラドーム大阪 |
[編集] 大学野球
[編集] 全日本大学野球選手権
全日本大学野球選手権大会では、これまで4度記録されている。
| 開催年 | 回 | 投手 | 所属大学(所属連盟) | スコア | 対戦校(所属連盟) | 試合 |
|---|---|---|---|---|---|---|
| 1965年 | 第14回 | 芝池博明 | 専修大学(東都) | 6-0 | 東海大学(首都) | 準決勝 |
| 1969年 | 第18回 | 久保田美郎 | 関西大学(関西) | 5-0 | 千葉商科大学(千葉) | 1回戦 |
| 1976年 | 第25回 | 森繁和 | 駒澤大学(東都) | 2-0 | 近大工学部(広島六) | 1回戦 |
| 2004年 | 第53回 | 一場靖弘 | 明治大学(東京六) | 2-0 | 広島経済大学(広島六) | 2回戦 |
[編集] 東京六大学野球
東京六大学野球では、これまで2度記録されている。
| 開催年 | 開催 | 投手 | 所属大学 | スコア | 対戦校 |
|---|---|---|---|---|---|
| 1964年 | 春季リーグ | 渡辺泰輔 | 慶應義塾大学 | 1-0 | 立教大学 |
| 2000年 | 秋季リーグ | 上重聡 | 立教大学 | 7-0 | 東京大学 |
[編集] 東都大学野球
東都大学野球1部リーグ戦では、これまで2度記録されている。また2部リーグと3部リーグでも、それぞれ2回ずつ記録されている。
[編集] 1部リーグ戦
| 開催年 | 開催 | 投手 | 所属大学 | 対戦校 |
|---|---|---|---|---|
| 1953年 | 秋季リーグ | 河内忠吾 | 日本大学 | 駒澤大学 |
| 1955年 | 春季リーグ | 島津四郎 | 日本大学 | 駒澤大学 |
[編集] 2部リーグ戦
| 開催年 | 開催 | 投手 | 所属大学 | 対戦校 |
|---|---|---|---|---|
| 1965年 | 秋季リーグ | 渡辺一雄 | 東京農業大学 | 不明 |
| 2002年 | 秋季リーグ | 梅津智弘 | 國學院大學 | 拓殖大学 |
[編集] 3部リーグ戦
| 開催年 | 開催 | 投手 | 所属大学 | 対戦校 |
|---|---|---|---|---|
| 1955年 | 秋季リーグ | 林茂 | 青山学院大学 | 不明 |
| 1961年 | 春季リーグ | 大石泰章 | 亜細亜大学 | 不明 |
[編集] 高校野球
甲子園球場で行われる高校野球(硬式)の全国大会では選抜高等学校野球大会で2度記録されているが、全国高等学校野球選手権大会ではいまだ達成者がいない。
このほか、全国高等学校軟式野球選手権大会でも2度記録されている。
[編集] 選抜高等学校野球大会
| 開催年 | 回 | 投手 | 所属校 | スコア | 対戦校 | 試合 |
|---|---|---|---|---|---|---|
| 1978年 | 第50回 | 松本稔 | 前橋(群馬) | 1-0 | 比叡山(滋賀) | 1回戦 |
| 1994年 | 第66回 | 中野真博 | 金沢(石川) | 3-0 | 江の川(島根) | 1回戦 |
[編集] 全国高等学校軟式野球選手権大会
| 開催年 | 回 | 投手 | 所属校 | スコア | 対戦校 | 試合 | 球場 |
|---|---|---|---|---|---|---|---|
| 2009年 | 第54回 | 小林雄太 | 名城大付(愛知) | 7-0 | 初芝富田林(大阪) | 1回戦 | 高砂市野球場 |
| 2011年 | 第56回 | 下田巧 | 中京(岐阜) | 4-0 | 河浦(熊本) | 2回戦 | 高砂市野球場 |
[編集] 脚注
- ^ 日本プロ野球で1950年に初めて達成された際に、同年6月29日付の読売新聞は、用語の説明とともに「投手としては最大の快記録である」と報じた。『巨人軍5000勝の記憶』 読売新聞社、ベースボールマガジン社、2007年。ISBN 9784583100296。 p.22~
- ^ 1917年6月23日、ボストン・レッドソックス-ワシントン・セネタース戦で、先発のベーブ・ルースが打者1人に四球を与えたところで暴言により退場、リリーフしたアーニー・ショーがルースの残した走者が盗塁死のあと、9回まで1人の走者も許さずに投げぬいた例がある。これは一時期はショーの完全試合として認定されていたが、現在ではルースとショーの継投によるノーヒットノーランの扱い。
- ^ ワールドシリーズで達成
- ^ 当時は完全試合として認定されていたが、後に規則が変更され遡及的に取り消された。
- ^ アドコックの打球はスタンドインし本塁打が宣告されたが、一塁走者ハンク・アーロンが三塁を踏まずにベンチへ戻ったため、二・三塁間でアドコックがアーロンを追い抜いたとしてアウトを宣告された。この結果アドコックの本塁打は二塁打となり、またハディックスのこの試合における投球回は「12回2/3」となった。