完全試合

出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』

完全試合(かんぜんじあい、かんぜんしあい)とは、野球ソフトボールの試合における記録のひとつで、相手チームの打者を一度も塁に出さず勝利することである[1]。本項目では、主に野球で達成された完全試合について述べる。

目次

[編集] 概説

パーフェクトゲーム」や「パーフェクト」とも呼ばれ、野球は9回27人、ソフトボールは7回21人の打者を全て出塁させずに勝利することを指す。安打はもちろんのこと四球・死球失策なども許されない。

延長戦に突入した場合は、試合に勝つまで継続して走者を出さないことが達成条件となる。コールドゲームによる勝利、完全を継続したまま引き分けた場合は公式記録とはされず、参考記録の扱いとなる。

日本のプロ野球では、1人の投手が完投で達成した場合に個人記録として公認されるが、複数の投手が継投で達成した場合はチームの記録としてのみ公認される。いずれの場合も投手の記録としてみられることが多いが、野手にとっても失策が許されないため、重要度は高い。

ソフトボールと一部社会人野球の大会では、延長戦にタイブレーク制度が採用されているため、自動的にランナーが塁上に置かれることから、タイブレークが適用された時点で完全試合は不可能となる(ただし、ノーヒットノーランは継続される)。

[編集] メジャーリーグ

メジャーリーグでは19世紀に2度、20世紀に14度、21世紀に1度記録している。

ワールドシリーズでは1956年ニューヨーク・ヤンキースドン・ラーセン投手がブルックリン・ドジャースを相手に完全試合を達成した。ワールドシリーズではこれが唯一の記録である。

2004年5月18日には、アリゾナ・ダイヤモンドバックスランディ・ジョンソン投手がアトランタ・ブレーブスを相手に史上最年長(40歳8ヶ月)で完全試合を達成した。

メジャーリーグでは継投によるノーヒットノーラン(含む完全試合)も公式記録として公認されるが、これまで継投による完全試合は達成されていない[2]

達成日 投手 所属 スコア 対戦相手 球場
1880年6月12日 ジョン・リー・リッチモンド ウースター・ルビーレッグス 1-0 クリーブランド・ブルース ウースター・アグリカルチュラル・フェアグラウンズ
1880年6月17日 モンテ・ウォード プロビデンス・グレイズ 5-0 バッファロー・バイソンズ メッサー・ストリート・グラウンズ
1904年5月5日 サイ・ヤング ボストン・アメリカンズ 3-0 フィラデルフィア・アスレチックス ハンティントン・アベニュー・グラウンズ
1908年10月2日 アディ・ジョス クリーブランド・ナップス 1-0 シカゴ・ホワイトソックス リーグ・パーク
1922年4月30日 チャーリー・ロバートソン シカゴ・ホワイトソックス 2-0 デトロイト・タイガース ネビン・フィールド
1956年10月8日 ドン・ラーセン[3] ニューヨーク・ヤンキース 2-0 ブルックリン・ドジャース ヤンキー・スタジアム
1964年6月21日 ジム・バニング フィラデルフィア・フィリーズ 6-0 ニューヨーク・メッツ シェイ・スタジアム
1965年9月9日 サンディー・コーファックス ロサンゼルス・ドジャース 1-0 シカゴ・カブス ドジャー・スタジアム
1968年5月8日 キャットフィッシュ・ハンター オークランド・アスレチックス 4-0 ミネソタ・ツインズ アラメダ・カウンティ・コロシアム
1981年5月15日 レン・バーカー クリーブランド・インディアンス 3-0 トロント・ブルージェイズ クリーブランド・スタジアム
1984年9月30日 マイク・ウィット カリフォルニア・エンゼルス 1-0 テキサス・レンジャーズ アーリントン・スタジアム
1988年9月16日 トム・ブラウニング シンシナティ・レッズ 3-0 ロサンゼルス・ドジャース リバーフロント・スタジアム
1991年7月28日 デニス・マルティネス モントリオール・エクスポズ 3-0 ロサンゼルス・ドジャース ドジャー・スタジアム
1994年7月28日 ケニー・ロジャース テキサス・レンジャーズ 4-0 カリフォルニア・エンゼルス ザ・ボールパーク・イン・アーリントン
1998年5月17日 デービッド・ウェルズ ニューヨーク・ヤンキース 4-0 ミネソタ・ツインズ ヤンキー・スタジアム
1999年7月18日 デービッド・コーン ニューヨーク・ヤンキース 6-0 モントリオール・エクスポズ ヤンキー・スタジアム
2004年5月18日 ランディ・ジョンソン アリゾナ・ダイヤモンドバックス 3-0 アトランタ・ブレーブス ターナー・フィールド

[編集] 日本の野球

[編集] プロ野球

日本プロ野球では、これまで15度記録している。
チーム名・球場名は達成当時のもの。

達成日 投手 所属 スコア 対戦 球場 備考
1950年6月28日 藤本英雄 巨人 4-0 西日本 青森市営球場 NPB史上最年長記録(32歳1ヶ月)、かつ史上初
1955年6月19日 武智文雄 近鉄 1-0 大映 大阪球場
1956年9月19日 宮地惟友 国鉄 6-0 広島 石川県営兼六園野球場
1957年8月21日 金田正一 国鉄 1-0 中日 ナゴヤ球場 抗議で9回1死から43分間中断、相手投手は杉下茂
1958年7月19日 西村貞朗 西鉄 1-0 東映 駒沢球場
1960年8月11日 島田源太郎 大洋 1-0 阪神 川崎球場 NPB史上最年少記録(20歳11ヶ月)
1961年6月20日 森滝義巳 国鉄 1-0 中日 後楽園球場
1966年5月1日 佐々木吉郎 大洋 1-0 広島 広島市民球場
1966年5月12日 田中勉 西鉄 2-0 南海 平和台野球場
1968年9月14日 外木場義郎 広島 2-0 大洋 広島市民球場 セ・リーグタイ記録の1試合16奪三振も記録
1970年10月6日 佐々木宏一郎 近鉄 3-0 南海 大阪球場
1971年8月21日 高橋善正 東映 4-0 西鉄 後楽園球場
1973年10月10日 八木沢荘六 ロッテ 1-0 太平洋 県営宮城球場
1978年8月31日 今井雄太郎 阪急 5-0 ロッテ 県営宮城球場 指名打者制度での達成
1994年5月18日 槙原寛己 巨人 6-0 広島 福岡ドーム 日本プロ野球史上初の人工芝球場での達成

[編集] 備考

  • ファウルフライ落球による失策を含む試合を完全試合とするかどうかについて、日本において完全試合はチームの記録ではなく投手の記録であると考えている面もあり、日本プロ野球のルール上では曖昧になっているが、1981年のセ・パ記録部申し合わせ事項でファウルフライの失策があっても完全試合は成立することが確認されている。メジャーリーグでは「チームの記録」との側面もあり、失策が記録されれば完全試合とは見なされなかったが、1991年以降は定義が緩和されて完全試合として認められている。
  • 走者を1人だけ出した完封試合は「準完全試合」と呼ばれる。2007年シーズン終了現在、日本プロ野球の公式戦では完投によるものが42回、継投によるものが2回記録されている。そのうち、ノーヒットノーランは13回である。

[編集] 参考

[編集] 継投による記録

参考記録として、継投による完全試合が1度記録されている。

日本プロ野球では先発投手の完投が完全試合の達成条件であるため、以下の記録は達成者に含めない。

達成日 投手 所属 スコア 対戦 球場 備考
2007年11月1日 山井大介(1-8回)
岩瀬仁紀(9回)
中日 1-0 日本ハム ナゴヤドーム 日本シリーズ第5戦、シリーズ優勝決定試合

この他、さまざまな理由で完全試合を逃した例がある。

無安打無四死球無失点ながら失策で完全試合を逃した例
達成日 投手 所属 スコア 対戦 球場 備考
1948年9月6日 真田重男 大陽 3-0 阪神 阪神甲子園球場 ノーヒットノーラン達成
2006年9月16日 山本昌 中日 3-0 阪神 ナゴヤドーム ノーヒットノーラン達成
9回終了まで完全に抑えながら延長で完全試合を逃した例
達成日 投手 所属 スコア 対戦 球場 備考
2005年8月27日 西口文也 西武 1-0 楽天 西武ドーム 10回無死から沖原佳典に初安打
9回2死まで完全に抑えながら完全試合を逃した例
達成日 投手 所属 スコア 対戦 球場 備考
1950年3月15日 田宮謙次郎 阪神 7-0 国鉄 倉敷市営球場 中村栄に初安打、藤村富美男の判断ミスによるエラーで
1952年6月15日 別所毅彦 巨人 9-0 松竹 大阪球場 神崎安隆に初安打、この安打が、神崎にとってプロ野球選手として最初で最後の安打だった
1962年7月12日 村田元一 国鉄 1-0 阪神 後楽園球場 西山和良に初安打、一塁への微妙な打球で
初回先頭打者に出塁を許し、その後を完全に抑えた例
達成日 投手 所属 スコア 対戦 球場 備考
1956年6月6日 小山正明 阪神 2-0 大洋 阪神甲子園球場 沖山光利に安打(準完全)、小山は「沖山に打たれなければ完全試合だった」と言っていた。
1957年7月6日 稲尾和久 西鉄 2-1 阪急 平和台球場 ロベルト・バルボンに本塁打
1981年4月11日 定岡正二 巨人 1-0 阪神 阪神甲子園球場 北村照文に二塁打(準完全)
連続27人以上をパーフェクトに抑えながらも敗戦投手になった例
達成日 投手 所属 スコア 対戦 球場 備考
1970年9月26日 江夏豊 阪神 0-1 中日 阪神甲子園球場 2回2死から延長13回まで連続34人を抑える
  • 2回2死から高木守道に安打を打たれるが、その後延長13回まで34人を連続パーフェクトに抑える。14回先頭の木俣達彦に本塁打を打たれ、敗戦投手。

[編集] 社会人野球

[編集] 都市対抗野球

都市対抗野球大会では、これまで1度記録している。

開催年 投手 所属 スコア 対戦相手 試合 球場
1957年 第28回 村上峻介 二瀬町・日鉄二瀬 1-0 高砂市・鐘化カネカロン 1回戦 後楽園球場

[編集] 大学野球

[編集] 全日本大学野球選手権

全日本大学野球選手権大会では、これまで4度記録している。

開催年 投手 所属大学(所属連盟) スコア 対戦校(所属連盟) 試合
1965年 第14回 芝池博明 専修大学東都 6-0 東海大学首都 準決勝
1969年 第18回 久保田美郎 関西大学関西 5-0 千葉商科大学千葉 1回戦
1976年 第25回 森繁和 駒澤大学(東都) 2-0 近大工学部(広島六 1回戦
2004年 第53回 一場靖弘 明治大学東京六 2-0 広島経済大学(広島六) 2回戦

[編集] 東京六大学野球

東京六大学野球では、これまで2度記録している。

開催年 時季 投手 所属大学 スコア 対戦校
1964年 渡辺泰輔 慶應義塾大学 1-0 立教大学
2000年 上重聡 立教大学 7-0 東京大学

[編集] 東都大学野球

東都大学野球1部では、これまで2度記録している。また、2部において2回、3部において2回達成している。

開催年 時季 投手 所属大学 リーグ 対戦校
1953年 河内忠吾 日本大学 1部 駒澤大学
1955年 島津四郎 日本大学 1部 駒澤大学
1955年 林茂 青山学院大学 3部 不明
1961年 大石泰章 亜細亜大学 3部 不明
1965年 渡辺一雄 東京農業大学 2部 不明
2002年 梅津智弘 國學院大學 2部 拓殖大学

[編集] 高校野球

甲子園球場で行われる高校野球の全国大会では、これまで2度記録している。いずれも春の選抜大会で記録しており、夏の選手権大会ではいまだ記録されていない。

[編集] 選抜高校野球

開催年 投手 所属校 スコア 対戦校 試合
1978年 第50回 松本稔 前橋群馬 1-0 比叡山滋賀 1回戦
1994年 第66回 中野真博 金沢石川 3-0 江の川島根 1回戦

[編集] 脚注

  1. ^ 日本プロ野球で1950年に初めて達成された際に、同年6月29日付の読売新聞は、用語の説明とともに「投手としては最大の快記録である」と報じた。
  2. ^ 1917年6月23日、ボストン・レッドソックス-ワシントン・セネタース戦で、先発のベーブ・ルースが打者1人に四球を与えたところで暴言により退場、リリーフしたアーニー・ショーがルースの残した走者が盗塁死のあと、9回まで1人の走者も許さずに投げぬいた例がある。これは一時期はショーの完全試合として認定されていたが、現在ではルースとショーの継投によるノーヒットノーランの扱い。
  3. ^ ワールドシリーズで達成

[編集] 関連項目