FC岐阜

出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』
移動: 案内検索
FC岐阜
原語表記 FC岐阜
呼称 FC岐阜
クラブカラー     [1]
創設年 2001年
所属リーグ 日本プロサッカーリーグ
所属ディビジョン Jリーグ ディビジョン2
クラブライセンス J2
ホームタウン 岐阜市を中心とする岐阜県全県[1]
ホームスタジアム
Nagaragawa Stadium 2.JPG
岐阜メモリアルセンター長良川競技場[1]
収容人数 20,000[1]
運営法人 株式会社岐阜フットボールクラブ[1]
代表者 恩田聖敬[1]
監督 日本の旗 ラモス瑠偉[1]
公式サイト 公式サイト
テンプレート(ノート)サッカークラブPJ
株式会社岐阜フットボールクラブ
Gifu Football Club Co., Ltd.
種類 株式会社
市場情報 未上場
本社所在地 502-0841[1]
岐阜県岐阜市長良福光青襖2070-7
岐阜県長良川スポーツプラザ1F[1]
設立 2006年8月30日[2]
業種 サービス業
事業内容 サッカークラブの運営
代表者 恩田聖敬[1]
資本金 1億4,700万円 (2014年1月期)[3]
売上高 5億7,600万円 (2014年1月期)[3]
営業利益 ▲3,500万円 (2014年1月期)[3]
経常利益 ▲4,400万円 (2014年1月期)[3]
純利益 8,800万円 (2014年1月期)[3]
純資産 ▲9,300万円 (2014年1月期)[3]
総資産 1億2,900万円 (2014年1月期)[3]
決算期 1月期[3]
主要株主 藤澤信義 49.55%[4]
関係する人物 今西和男薫田大二郎
外部リンク http://www.fc-gifu.com
特記事項:2006年にNPO法人スティックルバックスポーツクラブから運営を引継ぎ。
テンプレートを表示

FC岐阜(エフシーぎふ)は、日本岐阜市を中心とする岐阜県全県をホームタウンとする[1]日本プロサッカーリーグ(Jリーグ)に加盟するプロサッカークラブである。

概要[編集]

運営会社は株式会社岐阜フットボールクラブであり[1]、2007年3月にJリーグ準加盟クラブとして承認され[5]、2008年にJリーグへ加盟した[1]。チームカラーやエンブレムなどは岐阜県花である「レンゲソウ」と「木曽三川」をモチーフとして、は情熱、は知性、は調和をそれぞれ表している[2]

ホームスタジアムは、岐阜メモリアルセンター長良川競技場、練習場は長良川球技メドウや岐阜市北西部運動公園などである[1](詳細は#スタジアム・練習場を参照)。

なお、マスコットキャラクターは無いが、2013年4月28日から第67回国民体育大会(ぎふ清流国体)のマスコットの「ミナモ」が[6]、また2014年3月21日より日本一ソフトウェアのマスコット「プリニー」がそれぞれ期限付きで応援マスコットとなっている[7]

歴史[編集]

創設の経緯[編集]

2001年4月、国民体育大会に向けて強化する目的で岐阜県サッカー協会により創設[1]。2002年、岐阜経済大学が中心となって地域に根ざした総合スポーツクラブの実現を目指して設立され、特定非営利活動法人(NPO法人)スティックルバックスポーツクラブ(SSC)が運営母体となった。SSCはまず陸上競技部門とサッカー部門、2004年からラグビー部門を設立(サッカー部門の監督に西濃運輸サッカー部元監督の勝野正之が就任)。サッカー部門のトップチームはJリーグ加盟を目指すため、運営会社となる株式会社岐阜フットボールクラブ(岐阜FC)を2006年8月30日に設立した[1]。初代代表に岐阜経済大学教授、鈴木誠が就任。これに伴いSSCのサッカー部門の育成普及事業を岐阜FCに移管、SSCは名称を「NPO法人FC岐阜スティックルバック」に変更した[8]

2005年 - 2006年(東海リーグ)[編集]

2005年
広島総監督の今西和男が顧問に就任。
名古屋森山泰行が入団。東海リーグは、最終節前節まで3位だったが最終節に7-0で勝利し、得失点差「1」で東海社会人サッカーリーグ2部で2位となり、東海リーグ1部に昇格。
2006年
戸塚哲也が監督に就任。8月30日、運営会社となる株式会社岐阜フットボールクラブを設立[1]。東海リーグ1部で優勝、全国地域サッカーリーグ決勝大会で準優勝(優勝はTDKサッカー部)。入替戦でホンダロックSCに連勝して、2007年からの日本フットボールリーグ(JFL)昇格を決めた。岐阜県のチームが社会人の全国リーグに所属することは、西濃運輸以来である。

2007年(JFL)[編集]

Jリーグ入会を祝って岐阜市庁舎に掲げられた横断幕

1月、今西和男ゼネラルマネージャー(GM)に就任。2月20日、申請していたJリーグ準加盟はJリーグの理事会でで常勤役員1名、常勤スタッフ2名の確保という条項を満たしておらず継続審議[9]。3月の再審議で準加盟が承認されたが、「経営基盤の強化」の条件付で8月末までの経営の改善が求められた[5]。クラブは9月に正式な準加盟承認を目指すとしたが、Jリーグがそれを見送り、12月まで猶予となった。

リーグ戦は、6月21日(第17節)から戸塚に代わって松永英機が監督に就任。12月2日のアルテ高崎戦に勝利して、シーズン3位に入り、Jリーグ加盟条件のリーグ戦4位以内が確定。12月3日のJリーグ臨時理事会で2008年のJリーグ加盟が承認され、J2昇格が決定した[10]。なお、東海3県では名古屋についで2クラブ目のJリーグクラブとなった。

2008年 - (J2)[編集]

2008年[編集]

チームスローガン:「Chance! Challenge! Change!」

松永体制2年目。J2に昇格して初のシーズンとなり、序盤戦は4月12日の福岡戦で5分間で4点を奪って逆転勝ち[11] するなど、第4節で3位、1巡目終了時には8位に付けた。7月12日~9月23日の間までは13試合勝ちなし(5分8敗、うち8月24日~9月23日までは6連敗)となり、9月7日の広島戦で7点、同月15日のC大阪戦で6点を失点した。なお、J2初年度は13位。シーズン終盤には、経営危機から12月1日にはレギュラー選手を含む15人が退団。10勝のうちホームは3勝。3戦3敗を喫したC大阪からは3試合で合計12失点した。

2009年[編集]

太字の選手は天皇杯準々決勝のスターティングメンバー。
チームスローガン:「Challenge to・・・!」

松永体制3年目、15人の選手を獲得。そのうち大学生が9人、高校生が2人。また、6月にFW片桐淳至甲府へ移籍。リーグ戦は2008年度はホームゲームで、5月2日の東京V戦の引き分けから8月16日の札幌戦で敗れるまで、11戦負け無しを記録(2008年度はホームゲームで3勝)し、目標の10位には届かなかったが、昨年度より1つ上の12位。

天皇杯全日本サッカー選手権大会は、4回戦でJ1千葉に勝利。準々決勝は名古屋に敗北したが、ベスト8入りを果たした。

2010年[編集]

チームスローガン:「前進し続けること STEP BY STEP BY STEP」

監督に倉田安治が、ヘッドコーチに元FC刈谷監督の浮氣哲郎が就任。3年後のJ1昇格を目標とする。高木和正栃木SC)、橋内竜真(JFLMIOびわこ草津レンタル移籍)が移籍、菊池完大友慧水谷允俊らが退団。代わりに、村尾龍矢村上一樹阪本一仁山内智裕(2009年は特別指定選手)が入団。朴基棟フラビオ・ペレイラの新外国人選手が加入。吉本一謙押谷祐樹のレンタル移籍期間が延長した。また、今西和男に変わって服部順一がGMに就き、今西は社長業に専念することとなった。また、岐阜市の姉妹都市であるブラジルカンピーナスとの交流事業の一環として同市のサッカー選手サイモン・ガブリエルを獲得。7月にはFC刈谷の池上礼一を獲得、大宮より新井涼平をレンタル移籍で獲得。リーグ戦は昨年の12位より順位を2つ下げて14位。

2011年[編集]

チームスローガン:「共に創る STEP BY STEP BY STEP」

強化方針の相違により倉田が監督を退任[12]したため、強化部長に就任することが内定していた元広島監督の木村孝洋が後任の監督に就任した。これに伴い強化部長は服部がGMと兼任し、チームOBの山田正道が強化部に入った。朴基棟Kリーグ光州FCへ移籍、吉本一謙がレンタル移籍期間満了につきFC東京に復帰、朴俊慶が退団(その後引退)。一方で三田光徳島)、李漢宰札幌)が完全移籍で、エフライン・リンタロウ)が期限付き移籍で、佐光塁ラファエル野田明弘が新加入した。また、6月に川浪吾郎(柏)が期限付き移籍で加入した。

リーグ戦は第11節(5試合目)で最下位に転落。また、第20節から6試合連続での無得点負け。成績はクラブ史上初のJ2最下位。天皇杯は初戦(2回戦)で北九州に敗退。なお、シーズン終了後に木村が監督を退任した。

2012年[編集]

チームスローガン:「MOVing こころ、ひとつに。」

清水ブータン代表元監督の行徳浩二が監督に就任。秋田英義嶋田正吾重成俊弥池上礼一野本泰崇が退団、押谷祐樹川浪吾郎が期限付き移籍期間満了でそれぞれ磐田に復帰、新井涼平が北九州に、菅和範栃木SCに、西川優大富山に完全移籍、レンタル移籍していた永芳卓磨大分に完全移籍となった。一方で鳥取から元日本代表の服部年宏梅田直哉愛媛から池田昇平、北九州から時久省吾を完全移籍で、神戸から廣田隆治をレンタル移籍で獲得。また、関田寛士地主園秀美が新加入した。9月、経営問題が深刻化し、今西和男が運営会社の代表を辞任。元岐阜県助役の薫田大二郎が後任代表に就任。なお、2012年度より松本および富山と組んで、新たにダービーマッチとして「TOP OF 北アルプス」を開始した。

シーズン開幕から7試合連続勝ちなし、第3節からは4連敗、第6節、第7節と最下位に沈む。第8節で北九州からシーズン初勝利を挙げて最下位を脱出。第10節から3連敗、第11節から第17節まで再び最下位。第18節で最下位から脱したが、J2・JFL入れ替え戦出場圏内の21位でシーズンを終えた。なお、2012年度のJFLでJ2入会基準を満たしたクラブがV・ファーレン長崎(JFL優勝)のみであったため、J2に残留した。天皇杯は初戦で熊本に敗退。

2013年[編集]

チームスローガン:「岐阜力-FOR THE NEXT-」

行徳体制2年目。野田恭平野田明弘三田光橋本卓村上一樹金正賢佐藤洸一が退団、多田大介樋口寛規廣田隆治はレンタル移籍が満了、川島眞也池田昇平梅田直哉が現役引退した。一方で横浜FCから杉山新、鳥取から美尾敦、草津から杉本裕之、札幌から高木貴弘、新外国人としてレモスが完全移籍で、デズモンド・エンゼファビオが期限付き移籍で加入。益山司平野又三太田岳志清本拓己が新加入した。また、2007年から3年間監督を務めた松永英機が、統括副本部長兼チーム統括部長として4年ぶりに復帰した。

シーズンは第1節から単独最下位(22位)となり、第8節松本戦でシーズン初勝利を挙げるまで7戦勝利なし、初勝利後も再び9戦勝利なしとなるなど低迷。前半戦終盤となる6月こそ3勝1分1敗と持ち直したかに見えたが、後半戦初戦のホームガンバ大阪戦で、J2最多失点記録となる2-8という大敗を喫するなどし、第19節と第26節で21位に上がった他は長く最下位に沈んだ。第29節終了後の8月19日に行徳が解任され、トップチームのアシスタントコーチ兼FC岐阜セカンド監督の辛島啓珠が後任の監督に就任。監督交替後3試合は勝ちがなかったが、第33節から6月以来シーズン2度目となる連勝を果たし、第34節終了時にガイナーレ鳥取と入れ替わり最下位を脱出したが、J2・JFL入れ替え戦出場圏内の21位でシーズンを終えた。なお、2013年度のJFLで入れ替え戦出場基準を満たしたクラブがカマタマーレ讃岐(JFL2位)のみだったため、J2に残留した。シーズン終了後、辛島が監督を退任した。

2014年[編集]

チームスローガン:「共進共闘!BOLA PRA FRENTE GIFU!」

監督にビーチサッカー日本代表元監督のラモス瑠偉が就任。チーム最年長であった服部が引退、樋口寛規李漢宰中島康平染矢一樹柴原誠杉本裕之平野又三山崎正登尾泉大樹デズモンドバージェヴィンセント・ケイン及び期限付き移籍で他チームに所属していた阪本一仁村尾龍矢ファビオが退団したが、前年より期限付き移籍で加入していた木谷公亮らの慰留に成功した他、栃木SCから三都主アレサンドロ、磐田から川口能活、大分から宮沢正史深谷友基、徳島から太田圭輔横浜FCから難波宏明高地系治、クリシューマ(ブラジル)からへニキ、デポルテス・コンセプシオン(チリ)からナザリトを完全移籍で獲得[13][14]。また名古屋からチアゴが期限付き移籍で加入し、FC岐阜SECONDから田中智大遠藤純輝が昇格した。更に開幕直前には東京国際大学から阿部正紀が新卒選手として加わった。3月、前年まで群馬に所属した中村英之が加入、SECONDから比嘉諒人が昇格。4月、Jトラスト元経営戦略部長の恩田聖敬が運営会社の社長に就任した。

シーズン中に地主園秀美スティッペド・ドンヒョンが退団。須藤右介岩崎陽平が完全移籍で、クレイトン・ドミンゲス森勇介が期限付き移籍で加入。

成績[編集]

タイトル[編集]

リーグ戦[編集]

スタジアム・練習場[編集]

開催スタジアム[編集]

長良川球技メドウ

Jリーグ加盟以前は、岐阜メモリアルセンター長良川球技メドウ(以下「メドウ」)を主に使用していたが、メドウの収容人数(3,560人)がJリーグクラブライセンス制度に基づく開催基準を満たさない[15]ため、Jリーグ加盟後は岐阜メモリアルセンター長良川競技場(以下、長良川競技場)でホームゲームを開催している。

2010年、長良川競技場で第67回国民体育大会(ぎふ清流国体)に向けてトラック、スタンドなどの改修工事が行われたため、3月から4月の序盤3試合以外はメドウでホームゲームを開催した。なお、シーズン前は一部の試合を愛知県一宮市光明寺公園球技場(光明寺公園球技場は岐阜県との県境にある)を使用する予定もあった[16] が、全てメドウで開催された。本来であればJリーグが提示した下限・1万人以上収容のスタジアムを使うべきところだったが、当時のJリーグチェアマン・鬼武健二は「近くに他の(Jリーグ基準を満たした)スタジアムがないため」として、メドウと一宮での開催を特例で認めたとしている[17]

なお、2014年9月に審査結果が公表された2015年クラブライセンスについて、座席の実勢収容人員がJ1加入に必要な15000人を満たさない(上記のとおり、Jリーグに届け出ている公称収容数はJ1基準は満たしている)ことから、引き続きJ2ライセンスのみの取得となった[18]

2012年は8月から10月までぎふ清流国体の都合上長良川競技場が使用できないため、4試合をメドウで開催。2013年大垣市浅中公園総合グラウンド陸上競技場で1試合を開催した。

練習場[編集]

練習場は以下の通り。

なお、現在は上記のとおりJ1リーグライセンス交付に必要な特定した専用練習場がないため、2016年度のJ1リーグ昇格のためには2015年6月までの書類提出期限までにその専用練習場の設置が必要とされている。そのため、岐阜市市長細江茂光は9月1日の定例会見で、それの建設の判断を2014年内までに行う方針を固めた[19]

FC岐阜では、岐阜市に対し、北西部運動公園の敷地内にクラブハウスを併設した練習場の建設・整備を要望しており、それの実現へ向けた募金・署名運動「ぎふJ1チャレンジ」[20]を進めている[21]

下部組織[編集]

  • アカデミー(育成) - 2008年、NPO法人FC岐阜スティックルバック(SSC)のジュニアユースおよびサッカースクールから移管。
    • U-18、U-15、U-12(サッカースクール)[1]
  • FC岐阜教員 - 岐阜県教育委員会教員チーム。[要出典]
  • FC岐阜ユニバ - 岐阜経済大学サッカー部。[要出典]
  • FC岐阜BELTA

経営問題[編集]

FC岐阜はJリーグ準加盟時に「経営状況の改善」が付帯事項に掲げられる(前述)など、経営問題を抱えながらのクラブ運営を行っていた。2007年にはJリーグ経営諮問委員会でクラブを運営する株式会社岐阜フットボールクラブ(岐阜FC)の経営状態が指摘されたことを受け、同年10月に岐阜市内の製菓会社社長を理事長とする「FC岐阜個人持株会」を設立し、1口5万円での出資募集を開始[22]。しかし、個人持株会も大口スポンサーとはなりえず、2008年のシーズン終了時には3億366万円の累積赤字と1億4,616万円の債務超過となった。

このため、岐阜FCは2008年シーズン終了後にJリーグより公式試合安定開催基金から5,000万円の融資を受けた(ザスパ草津に次いで2例目)[23]。さらに2009年6月24日、入場者数が当初の予想より大幅に下回り、併せてこのままの状況が推移すれば当初の予想興行収入である1億円を下回る可能性があるため、公式試合安定開催基金より借入した5,000万円の融資を返済した後、選手やスタッフに給与の支払いができなくなるほど資金が底を突く可能性があると発表[23]、存続を願う地元ファンや企業から2,800万円を集めて何とかしのぎ、2009年に「公式試合安定開催基金」から融資を受けている5,000万円の返済期限の延期をJリーグに申し入れ[16]た後、2010年4月16日、公式試合安定開催基金から融資を受けていた5,000万円を返済[24]し、同年には単年度黒字を計上した。

しかし累積赤字・債務超過の状況が解消されたわけではなく、2011年度には7,100万円の単年度赤字を計上(過去5期中4期が赤字)。これを受け2012年4月18日、将来のクラブライセンス制度の導入を見据える形で、岐阜FCがJリーグから予算管理団体の指定を受け、経営状態について随時指導を受けることになった[25][26]。さらに同年6月20日、岐阜FCは2012年シーズン終了までに1億5,000万円の資金が不足し、7月末までに1,000万円の資金ショートが発生するとの見通しを示した。これを受けて、県内の企業・団体などはFC岐阜に資金支援する意向を表明、岐阜県や岐阜市は直接の資金援助(税金投入)は否定したものの、側面支援を約束した[27]。岐阜FC社長の今西和男は社長給与を40%削減するとともに、「私は岐阜出身ではなく、コネもないので、私のポスト(社長)には岐阜出身者のほうがいいのではないか」と提案、近い将来の退任を示唆した[28]。また、経費削減のために、2012年シーズンは山形戦と九州でのアウェー戦以外の遠征はすべてチームバスで行った[29]。2012年8月20日、クラブライセンスの可否を判断するためのクラブへの事前ヒアリングにおいて、Jリーグは経営が悪化している岐阜FCについて2013年度のライセンス交付に厳しい姿勢を示した[30]。結果的にこの年はJ2ライセンスの交付を受けたが、同時に債務超過の解消や単年度黒字計画の策定を求めるための是正を通達された[31]。今西は8月末日付けで社長を退任、後任に岐阜県庁出身の薫田大二郎が就任した[32]

これまで大口スポンサーを持たなかったFC岐阜だったが、2012年シーズンオフに岐阜出身でJトラスト社長の藤澤信義がクラブ支援に乗り出すことを表明。2013年については個人で1億5000万円を拠出(寄付)する方針を明らかにした[33]。また、JトラストグループのKCカードが2013年シーズンのユニフォームスポンサーに就くことも決まった[34]

2013年4月24日、岐阜FCの株主総会が開催され、2012年度決算が4,800万円の赤字で、債務超過額が1億9100万円へ増加したことが明らかとなった。2015年1月までに債務超過を解消しなければクラブライセンスが発給されずJリーグ退会となるため、増資も検討していると発表した[35]。債務超過については、2014年度のクラブライセンス交付時にJリーグ側から「債務超過の解消に向け、(1)今期損益見通し詳細を報告し、Jリーグの指導を受けること(2)2014年度予算編成に際し、Jリーグの事前指導を受けること」との是正通達が付帯された[36]。債務超過解消について、藤澤は「地元財界の支援による債務超過解消が前提」とコメントし、債務超過が解消されればさらなる資金援助を行う意向を表明した。

2013年12月、藤澤による追加支援の条件となっていた「地元での債務超過の解消」に目処が付いたことが明らかになる[37]。具体的な債務超過解消策については明らかになっていないが、FC岐阜のメインバンクである十六銀行が債務の圧縮に応じたものが大きいとみられている[38]。これを受けて「無制限の強化費用の支援を行う」という藤澤の方針がメディアにより報じられた[39]

2014年4月24日、岐阜FCは同日行った株主総会で2億4,000万円の第三者割当増資を承認。これを藤澤が個人で引き受け、藤澤が岐阜FCの49.95%の株式を保有する筆頭株主となった。経営問題にめどがついたことを受けて、同日の株主総会をもって社長の薫田が代表権のない会長に退き、後任の社長にJトラスト出身の恩田聖敬が就任した[38][4]。。

ユニフォーム[編集]

ユニフォームの色
カラー シャツ パンツ ストッキング
FP(1st) [1] [1] [1]
FP(2nd) [1] [1] [1]
GK(1st) 水色 水色 水色
GK(2nd)
FP 1st
FP 2nd
GK 1st
GK 2nd

チームカラー[編集]

  •     [1]

ユニフォームスポンサー[編集]

掲出箇所 スポンサー名 表記 掲出年 備考
日本特殊陶業 NGK/NTK
日本特殊陶業
2014年-
背中 Jトラスト J TRUST 2014年-
バロー Valor 2014年-
パンツ セイノーホールディングス SEINO 2014年-

ユニフォームサプライの遍歴[編集]

歴代ユニフォームスポンサー年表[編集]

年度 背中 パンツ サプライヤー
2006 アクトス アサヒ給湯 - - Lotto
2007 - アクトス
2008 - -/名進研 Mizuno
2009 -/AmetVi -/サン・メイト 名進研/山中製菓
2010 REALWORLD -/鈴木栄光堂 EIDEN COPIN
2011 ぎふ清流国体 EIDEN 鈴木栄光堂
2012 - -/RAY Field
2013 ヒマラヤ KCカード COPIN アクティブG gol.
2014 NGK/NTK
日本特殊陶業
J TRUST Valor SEINO

※2011年胸スポンサーの「ぎふ清流国体」は契約金の発生しない無償掲出[41]

スポンサー[編集]

メディア[編集]

テレビ[編集]

岐阜放送
NHK岐阜放送局
  • ほっとイブニングぎふ
    • 毎週月曜日 18:30 - 19:00(「WEEKLY FC岐阜」で主に試合のハイライトを放送)
    • 毎週金曜日 18:30 - 19:00(「Forza!FC岐阜」で主に次節の試合告知や練習風景等を放送)
シーシーエヌ(チャンネル長良川)
  • 緑の話を聞け!
    • 毎週金曜 19:55 - 20:00(リピート放送あり)

ラジオ[編集]

東海ラジオ放送
エフエム岐阜
シティエフエムぎふ(FMわっち)
  • Fight Together For GIFU(長良川競技場からホームゲームを生中継)
JFL
岐阜放送が2006年度のシーズン中に数回中継。ケーブルテレビのシーシーエヌがホーム戦を主に中継し、応援番組も放送。
2006年12月のJFL入れ替え戦(FC岐阜×ホンダロックSC)を、17日は岐阜放送ラジオ局、シーシーエヌ、23日は岐阜放送テレビ、シーシーエヌが生中継した。
Jリーグ
2008年2月24日に開催された『プレシーズンマッチFC岐阜×名古屋グランパス』の地上波中継は名古屋テレビ放送(メ〜テレ)が深夜に録画中継を行ったほか、岐阜放送がスカパー向けに制作し、後日パーフェクト・チョイスにて無料放送された。レギュラーシーズンはNHK岐阜放送局(J2開幕戦3月9日の生中継が最初)と岐阜放送(3月16日の生中継が最初)とメ〜テレ(3月23日の録画中継が最初)で中継が行われた。
スカパー中継は、Jリーグからの委託を受けて、岐阜放送とメ〜テレが試合ごとに映像を製作。ラジオは主に地元コミュニティFM放送のFMわっちが生中継を行い、2009年7月19日の対横浜FC戦の中継より会場限定のミニFM局を開設した。

脚注[編集]

  1. ^ a b c d e f g h i j k l m n o p q r s t u v w x y z aa ab ac ad ae クラブガイド:FC岐阜”. 日本プロサッカーリーグ. 2014年4月30日閲覧。
  2. ^ a b クラブプロフィール”. FC岐阜. 2013年5月11日閲覧。
  3. ^ a b c d e f g h 2013年度(平成25年度)Jクラブ個別情報開示資料 (PDF) Jリーグ公式サイト、2014年7月22日閲覧
  4. ^ a b “FC岐阜、2.4億円増資 社長に恩田氏が就任”. 岐阜新聞. (2014年4月25日). http://www.gifu-np.co.jp/news/kennai/20140425/201404250923_22403.shtml 2014年7月31日閲覧。 
  5. ^ a b “Jリーグ準加盟審査結果について” (プレスリリース), 日本プロサッカーリーグ, (2007年3月16日), http://www.j-league.or.jp/release/000/00001617.html 2013年5月11日閲覧。 
  6. ^ “応援マスコット「ミナモ」期限付き移籍記者会見” (プレスリリース), FC岐阜, (2013年4月29日), http://www.fc-gifu.com/news/post-2219.html 2013年5月10日閲覧。 (2013年12月に1年間の契約延長)
  7. ^ “日本一ソフトウェアのキャラクター「プリニー」が応援マスコットへ就任!” (プレスリリース), FC岐阜, (2014年3月21日), http://www.fc-gifu.com/news/post-2776.html 2014年3月29日閲覧。 
  8. ^ 岐阜経済大学は、株式会社岐阜フットボールクラブと連携協定を締結しました 岐阜経済大学リリース、 2008年5月25日
  9. ^ “Jリーグ準加盟審査結果について” (プレスリリース), 日本プロサッカーリーグ, (2007年2月20日), http://www.j-league.or.jp/release/000/00001572.html 2013年5月11日閲覧。 
  10. ^ ロッソ熊本、FC岐阜がJリーグ入会”. Jリーグ公式HP (2007年12月3日). 2012年12月8日閲覧。
  11. ^ 2008 J2 第7節 福岡 vs 岐阜 J's GOAL ゲームサマリー
  12. ^ 倉田安治監督、退任のお知らせ”. FC岐阜 (2010年12月27日). 2013年11月28日閲覧。
  13. ^ 2661.html 三都主アレサンドロ選手、栃木SCより完全移籍加入のお知らせ 2014年1月15日付FC岐阜オフィシャルサイトより。
  14. ^ 川口 能活選手、ジュビロ磐田より完全移籍加入のお知らせ 2014年1月17日付FC岐阜オフィシャルサイト
  15. ^ 収容人員下限(J1:15000人、J2:10000人、J3:原則5000人)を上回り、かつメイン、バックスタンドは個人席またはベンチシート。ただし芝生席は観客席とみなされない
  16. ^ a b “Jリーグ公式試合安定開催基金、返済期限について” (プレスリリース), FC岐阜, (2009年11月17日), http://www.fc-gifu.com/news/j-3.html 2012年12月8日閲覧。 
  17. ^ 中日新聞:FC岐阜、長良川球技メドウにホーム変更:岐阜(CHUNICHI Web)
  18. ^ 2015シーズンJリーグクラブライセンス交付について(FC岐阜 2014年9月29日 9月30日閲覧)・Jリーグ全クラブに来季ライセンス交付へ(日本放送協会 2014年9月26日 9月30日閲覧)
  19. ^ FC岐阜クラブハウス建設 岐阜市長「年内判断」(岐阜新聞2014年9月1日 10月3日閲覧)
  20. ^ スポーツでぎふを元気に!ぎふをひとつに!「ぎふJ1チャレンジ」
  21. ^ FC岐阜、署名開始後初練習 拠点化要望の運動公園(中日新聞2014年9月4日 10月3日閲覧)
  22. ^ “FC岐阜サポーター「個人持株会」設立 財政「補強」Jへ後押し”. 岐阜新聞. (2007年10月16日). https://www.gifu-np.co.jp/kikaku/focus/fo20071016.shtml 
  23. ^ a b 木村元彦. “Jリーグ 地方クラブの現実 The real of JLeague 【FC岐阜】今西和男が広島でやり残したこと”. Sportiva. 集英社. 2014年5月10日閲覧。
  24. ^ “Jリーグ公式試合安定開催基金返済について” (プレスリリース), FC岐阜, (2010年4月19日), http://www.fc-gifu.com/news/post-315.html 2012年12月8日閲覧。 
  25. ^ “FC岐阜、予算管理団体に Jリーグ、経営改善へ指定”. 岐阜新聞. (2012年4月18日). http://www.gifu-np.co.jp/fc_gifu/news/2012/04/19/5239 2014年5月10日閲覧。 
  26. ^ 当クラブ「予算管理団体」の指定について FC岐阜公式ホームページ 2012年4月18日
  27. ^ “FC岐阜、今季1億5千万円不足 県や経済界が支援へ”. 岐阜新聞. (2012年6月21日). http://www.gifu-np.co.jp/fc_gifu/news/2012/06/21/5441 2014年5月10日閲覧。 
  28. ^ FC岐阜 経済界が資金支援へ(2012年6月21日・朝日新聞岐阜県版 同7月4日閲覧)
  29. ^ 東海ラジオ 1332kHz | 7月2日 | 放送 | 週刊!サカ・ラジ 東海ラジオ週刊!サカラジ』2012年7月2日放送分における服部年宏へのインタビューより
  30. ^ “FC岐阜に厳しい姿勢 Jリーグ、来季参加資格検討へ聴取”. 岐阜新聞. (2012年8月21日). http://www.gifu-np.co.jp/news/kennai/20120821/201208211114_17847.shtml 2012年8月23日閲覧。 
  31. ^ サッカー:Jリーグ FC岐阜にライセンス 債務超過解消など求める /岐阜(毎日新聞2012年9月29日付け。同9月30日閲覧)
  32. ^ “「現場を最大限支える」 FC岐阜・薫田新社長が意気込み”. 岐阜新聞. (2012年9月4日). http://www.gifu-np.co.jp/fc_gifu/news/2012/09/04/5692 2014年5月10日閲覧。 
  33. ^ “藤澤信義氏・Jトラスト(株)代表取締役社長によるFC岐阜支援のお知らせ” (プレスリリース), FC岐阜, (2012年12月25日), http://www.fc-gifu.com/news/post-2028.html 2014年5月10日閲覧。 
  34. ^ “当社連結子会社によるJ2リーグ「FC岐阜」とのユニフォームスポンサー契約に関するお知らせ” (PDF) (プレスリリース), Jトラスト, (2013年5月22日), http://www.jt-corp.co.jp/news/pdf/36/H25022101.pdf 2014年5月10日閲覧。 
  35. ^ “FC岐阜「債務超過解消厳しい」”. 中日新聞. (2013年4月25日). オリジナル2013年4月28日時点によるアーカイブ。. http://web.archive.org/web/20130428015857/http://www.chunichi.co.jp/article/gifu/20130425/CK2013042502000051.html 2014年5月10日閲覧。 
  36. ^ “2014シーズンJリーグクラブライセンス交付について” (プレスリリース), FC岐阜オフィシャルサイト, (2013年10月1日), http://www.fc-gifu.com/news/post-2467.html 2013年10月3日閲覧。 
  37. ^ “薫田社長「新FC岐阜つくれる」”. 中日新聞. (2013年12月26日). オリジナル2014年1月16日時点によるアーカイブ。. http://web.archive.org/web/20140116190103/http://www.chunichi.co.jp/article/gifu/20131226/CK2013122602000016.html 2014年5月10日閲覧。 
  38. ^ a b “FC岐阜が債務超過解消にめど 新社長に恩田氏”. 中日新聞. (2014年4月25日). http://www.chunichi.co.jp/article/gifu/20140425/CK2014042502000031.html 2014年5月10日閲覧。 
  39. ^ “ラモス岐阜誕生、J1昇格へ無制限支援”. デイリースポーツ. (2013年12月26日). http://www.daily.co.jp/soccer/2013/12/26/0006596997.shtml 2014年5月10日閲覧。 
  40. ^ 2013シーズン公式ユニフォームデザイン決定のお知らせ - 公式サイト、2012年12月28日配信
  41. ^ “2011年オフィシャルユニフォームスポンサー決定のお知らせ” (プレスリリース), FC岐阜, (2011年2月24日), http://www.fc-gifu.com/news/post-883.html 2012年12月8日閲覧。 
  42. ^ 2012年12月30日放送「崖っぷちの戦い ~Jリーグ残留を決めたFC岐阜の一年」等

関連項目[編集]

外部リンク[編集]