ロアッソ熊本
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| ロアッソ熊本 | |
| 原語表記 | ロアッソ熊本 |
|---|---|
| 愛称 | ロアッソ、ロッソ |
| クラブカラー | 赤 |
| 創設年 | 1969年 |
| 所属リーグ | 日本プロサッカーリーグ(Jリーグ) |
| 所属ディビジョン | ディヴィジョン2 |
| ホームタウン | 熊本県熊本市 |
| ホームスタジアム | 熊本県民総合運動公園陸上競技場 |
| 収容人数 | 32,000 |
| 代表者 | 岡英生 |
| 監督 | 池谷友良 |
ロアッソ熊本(ロアッソくまもと、英文表記:Roasso Kumamoto)は、日本プロサッカーリーグ(Jリーグ)に加盟するプロサッカークラブ、アスリートクラブ熊本のチーム名および呼称。
目次 |
[編集] クラブの概要
クラブの運営法人は株式会社アスリートクラブ熊本。ホームタウンは熊本県熊本市、ホームスタジアムは熊本県民総合運動公園陸上競技場(KK WING)。2008年シーズンは熊本市水前寺競技場と鹿児島県立鴨池運動公園陸上競技場での試合開催も予定されている。育成部門は2006年に発足したジュニアユースのみで、2009年よりユースチームが発足する予定である。
ロアッソ熊本の前身は日本電信電話公社(電電公社)熊本サッカー部として1969年に創設。2002年よりアルエット熊本としてクラブチーム化。2005年には前年に発足した「熊本にJリーグチームを」県民推進運動本部のプロジェクトの中核チームに選ばれ、現在の運営法人の元でロッソ熊本として新たなスタートを切った。2008年に商標権の問題で「ロアッソ熊本」へ改称した。
チームの愛称であるロアッソ(ROASSO)は、イタリア語で赤を意味する「ロッソ」と、同じくイタリア語でエースを意味する「アッソ」を組み合わせた造語である。また熊本のシンボルである雄大な阿蘇山の意味も含んでいる。クラブカラーともなっている赤は、火の国熊本をイメージしている。エンブレムのデザインは暴れ馬と赤い盾。馬はフィールドを駆ける選手を表し、盾はそれを支えるサポーターを意味する。また、盾の形は熊本県のマークからイメージした物である(フェラーリのエンブレムである「カヴァリーノ・ランパンテ」に類似しているとも言われるが、フェラーリ社には了解を得ている)。エンブレム中の「馬」は熊本の伝統的な祭事に古くから関わる、地元のもっとも象徴的な動物である。
[編集] クラブの歴史
[編集] NTT西日本熊本(電電公社熊本)時代 (1969年-2001年)
1969年、熊本電話局管内の同好会として創部。当時の正式名称は日本電信電話公社熊本サッカー部。
1982年、熊本県リーグ1部優勝。九州各県リーグ決勝大会優勝。
1983年、九州社会人リーグ(通称:Kyuリーグ)に昇格。
1985年、電電公社の民営化に伴いNTT熊本サッカー部に改称。
1988年、NTT九州サッカー部に改称。
1991年、Kyuリーグ初優勝。
1994年、国民体育大会に熊本県代表として単独出場。
1998年、全国社会人サッカー選手権大会で初優勝。ちなみに本州以外のチームで初の優勝。
1990年代は常にKyuリーグで上位争いをし、5度の優勝を果たす。ライバルの東亜建設工業サッカー部(後のブレイズ熊本)とともに熊本県下の強豪として名を馳せた。
2000年、NTT熊本フットボールクラブに改称。6度目のKyuリーグ優勝を果たし、全国地域リーグ決勝大会で3位となる。日本フットボールリーグ(以下 JFL)への自動昇格は惜しくも果たせなかったが、当時のチーム増の方針から、地域リーグ決勝大会出場チームでJFL入りを希望するチームには昇格が認められ、この措置によってJFL入りが実現する。
2001年、JFL昇格および1999年のNTTの持株分社化に伴いNTT西日本熊本フットボールクラブに改称。また愛称としてアルエット熊本が採用される。アルエットはフランス語で熊本県の県鳥・ヒバリを意味する。リーグ戦ではJFL初参戦ながら8位と大健闘した。
[編集] アルエット熊本時代(2002年-2004年)
2002年シーズンは、これまでのNTT西日本の実業団チームからクラブチームに移行。愛称のアルエット熊本(英文表記:Alouette Kumamoto)が正式にチーム名として採用され、運営法人としてアルエット熊本フットボールクラブが設立された。しかし成績が振るわずJFL17位となり、最下位(18位)のプロフェソール宮崎(現:エストレーラ宮崎)とともにKyuリーグに自動降格。
2003年シーズンは、JFLへの再昇格を目指したが、Jリーグ参戦を目指していた沖縄かりゆしFCやヴォルカ鹿児島が力をつけたこともあり、Kyuリーグ5位と低迷した。
2004年、“熊本にJリーグチームを”ということで、熊本県サッカー協会を中心に、それまであまり関心のなかった地元自治体の協力の下、「熊本にJリーグチームを」県民推進運動本部が発足される(実はアルエット熊本も、Jリーグ参入に向け地元自治体に協力を依頼したが、内容等に折り合いが付かなかったようで結局断念した、という経緯がある)。その際に立ち上げられるJリーグ参入に向けての新チームの母体として、県内のチームで最も上位リーグに所属していたアルエット熊本が選ばれた。ちなみにアルエット熊本のままでの強化案も出ていたが、“面白みがない”“新鮮味がない”という理由で却下され、前述の通り「作り直し」を前提とした形での新チーム案が採択された。県民に関心を持ってもらおうと、地元紙熊本日日新聞の朝刊や夕刊の広告面に大々的に告知され、また、新聞に掲載されたものと同じ内容のポスターが熊本市のアーケード街を中心に貼られていく。これらの宣伝と同時に、同本部のホームページも立ち上げられた。
この年、アルエット熊本は着実に力を盛り返し、Kyuリーグを4位で終了。全国社会人選手権への参加をもって、僅か3年で惜しまれつつもアルエット熊本としての活動を終えた。
その後、アルエット熊本の選手も含めた新チームのメンバー選考が2度行われ、熊本県出身の選手は選ばれたものの、アルエット熊本の選手は誰一人選ばれず、大半の選手は鶴屋百貨店サッカー部(現:ヴァンクール熊本FC)などの県内のチームに移籍した。また、唯一採用が検討されていた藤田俊一は練習生として帯同していたが、その間に正式にオファーを出したヴォルカ鹿児島に移籍した。
[編集] ロッソ熊本時代(2005年-2007年)
熊本にJリーグクラブを作ろうという有志が熊本県内の企業からスポンサーを募り、数十社から支援を受け、新チームとしてロッソ熊本が誕生し、2004年12月に発足したアスリートクラブ熊本(AC熊本)が正式に運営することになった。チーム名は「熊本にJリーグチームを」県民推進運動本部による一般公募で決定した。チーム名称を含めチームカラー・エンブレム・所属選手などが全て変わるなど、アルエット熊本からのチーム名変更は形式上のことであり、実際にはチームを丸ごと入れ替えたため、創設年はロッソ熊本として生まれ変わった2005年とされ、アルエットとロッソは別のチームとしてとらえられている。しかし、アルエットがKyuリーグに参加していなければ、ロッソが同リーグから参加することは規定上不可能(詳細)であるのと、前述通りアルエットを中核チーム(母体)としてロッソが設立されているため、「ロッソ熊本の前身はアルエット熊本」であると言える。なお、天皇杯の出場回数はアルエット時代からの通算で計算されている。
前身であるアルエット熊本は一企業が母体であったため、全県的な盛り上がりには至らなかった。そのことを踏まえ、ロッソ熊本は多数の企業から支援を受け、アルエット時代の親会社であるNTT西日本熊本支店はロッソの一スポンサーとなった(運営会社であるAC熊本の筆頭スポンサーでも、チームのユニフォームスポンサーでもない)。また、特別顧問に県知事、熊本市長が就任するなど自治体からの支援も受けた全県的なチームとしてJリーグを目指すこととなった。また、JFLや地域リーグのチームとしては異例な所属選手全員がプロ契約を結び、Jリーグ昇格に一番近いチームとして全国に名を轟かせることとなった。
2005年のKyuリーグで優勝。同リーグ優勝はアルエット時代を含めて5年ぶり7回目で、地元熊本市で行われた最終戦でFC琉球との首位攻防戦を制しての優勝だった。だが、その後の全国地域リーグ決勝大会では苦戦を強いられ、前身(NTT熊本FC)の時と同様3位で終了。JFLへの自動昇格の可能性は消滅したが、愛媛FCがJFLで優勝してJ2昇格が内定したことから、JFLのチーム数減少をうけ、2006年のJFL昇格が内定し、12月8日に正式にJFL昇格となった。前身のアルエット時代以来4年ぶりの復帰である。
2006年、9月にJリーグ準加盟が承認され、JFLで原則2位以内に入ることが出来れば、J2入会が可能となるところであったが、11月23日に2位以内の可能性が消え、最終成績も5位に終わったため、12月4日に開かれたJリーグ理事会で、翌シーズンのJ2入会は見送りとなった。
2007年、4月にオフィシャルサポーターズクラブ『ロッソ熊本サポーターズクラブ』が設立。9月27日、J2加盟の申請書をJリーグに提出した。11月11日のFC琉球戦に勝利し、この年から改められたJ2入会の条件である4位以内が確定した。しかし11月16日に一部メディアで、AC熊本がJ2参入の準備として商標権取得の為にチーム名をロアッソ熊本へ変更すると報じられた。この名称は8月に特許庁に申請しており、現在承認待ちである[1]。その情報がネットで検索された結果が匿名掲示板に報告され、それをメディアが報じる結果となった。正式発表がされていない段階で一般に漏れ、経緯の説明も一切無く、また新名称「ロアッソ」が語感的にロッソと呼べるものではなかったため、名称変更発覚の翌17日に行われた三菱水島FC戦の試合後にサポーターから不満の声が飛び交い、急きょ説明会が行われた。名称を変更するかどうかについてさえ発表は行われなかったが、29日に公式ウェブサイト上に「チーム名変更について(お詫び)」と記された文面が掲載された。リーグ戦では最終的に2位となり、Jリーグはロッソ熊本の年間成績や企業業績等を審議。12月3日に行われたJリーグ臨時理事会で正式に2008年度からのJ2加盟が決定し、熊本県内初のJリーグクラブが誕生した。また新チーム名称とエンブレム・ロゴについては、12月25日に正式発表された。
[編集] ロアッソ熊本時代(2008年- )
2008年、1月23日に『「ロアッソ熊本」国獲り宣言』と題した中期目標並びにシーズンスローガン、シーズン目標が発表され、またクラブマスコット『ロアッソくん』が誕生した。
[編集] 成績
[編集] チーム成績・歴代監督
| 年度 | 所属 | 試合 | 勝点 | 勝利 | 引分 | 敗戦 | 得点 | 失点 | 得失 | 順位 | 監督 |
|---|---|---|---|---|---|---|---|---|---|---|---|
| 1983年 | 九州社会人 | 9 | 11 | 5 | 1 | 3 | 11 | 10 | +1 | 5位 | |
| 1984年 | 9 | 6 | 2 | 5 | 5 | 10 | 17 | -7 | 8位 | ||
| 1985年 | 9 | 7 | 3 | 1 | 5 | 11 | 17 | -6 | 7位 | ||
| 1986年 | 9 | 10 | 4 | 2 | 3 | 8 | 11 | -3 | 5位 | ||
| 1987年 | 9 | 7 | 2 | 3 | 4 | 15 | 15 | 0 | 8位 | ||
| 1988年 | 9 | 6 | 2 | 2 | 5 | 7 | 14 | -7 | 9位 | ||
| 1989年 | 9 | 14 | 6 | 2 | 1 | 21 | 9 | +12 | 2位 | ||
| 1990年 | 9 | 6 | 3 | 0 | 6 | 13 | 16 | -3 | 6位 | ||
| 1991年 | 20 | 50 | 16 | 2 | 2 | 54 | 14 | +40 | 優勝 | ||
| 1992年 | 18 | 40 | 12 | 4 | 2 | 53 | 14 | +39 | 2位 | ||
| 1993年 | 18 | 38 | 12 | 2 | 4 | 43 | 14 | +29 | 3位 | ||
| 1994年 | 18 | 47 | 15 | 2 | 1 | 51 | 13 | +38 | 優勝 | ||
| 1995年 | 18 | 30 | 9 | 1,1 | 7 | 34 | 22 | +12 | 4位 | ||
| 1996年 | 16 | 37 | 12 | 0,1 | 3 | 35 | 10 | +25 | 優勝 | ||
| 1997年 | 18 | 44 | 13 | 1,3 | 1 | 60 | 12 | +48 | 優勝 | ||
| 1998年 | 18 | 30 | 8 | 2,2 | 6 | 35 | 25 | +10 | 4位 | ||
| 1999年 | 18 | 40 | 12 | 1,2 | 3 | 52 | 17 | +35 | 優勝 | ||
| 2000年 | 18 | 39 | 11 | 3,0 | 4 | 47 | 18 | +29 | 優勝 | 河野忍 | |
| 2001年 | JFL | 30 | 37 | 10 | 7 | 13 | 54 | 63 | -9 | 8位 | |
| 2002年 | 17 | 11 | 2 | 5 | 10 | 13 | 31 | -18 | 17位 | ||
| 2003年 | 九州社会人 | 22 | 41 | 11 | 3,2 | 6 | 47 | 35 | +12 | 5位 | |
| 2004年 | 18 | 31 | 10 | 0,1 | 7 | 63 | 38 | +25 | 4位 | 中尾太三郎 | |
| 2005年 | 18 | 47 | 15 | 0,2 | 1 | 45 | 11 | +34 | 優勝 | 池谷友良 | |
| 2006年 | JFL | 34 | 66 | 20 | 6 | 8 | 64 | 39 | +25 | 5位 | |
| 2007年 | 34 | 69 | 21 | 6 | 7 | 65 | 34 | +31 | 2位 | ||
| 2008年 | J2 |
- ※注:引分項目内の数字で (x,y) 表示されているものはPK戦での勝敗数(x=PK勝、y=PK負)。その際の勝利敗戦はともに90分間での勝敗数。
[編集] リーグ戦通算対戦成績
「対戦通算成績と得失点」については、当サイトの「対戦成績」の項を参照。
[編集] 2008シーズンメンバー
詳細はロアッソ熊本の選手一覧を参照。
| No. | Pos | 選手名 | 経歴 | 備考 |
|---|---|---|---|---|
| - | 監督 | 柏レイソル | ||
| 1 | GK | ルーテル学院高校 | 熊本県出身 | |
| 2 | MF | 大津高校 | 熊本県出身 | |
| 3 | DF | 札幌大学→コンサドーレ札幌 | ||
| 4 | DF | 武南高校→駒澤大学 | ||
| 5 | MF | 鹿島アントラーズ→ソニー仙台FC | 熊本県出身 | |
| 6 | DF | セレッソ大阪ユース→セレッソ大阪 | ||
| 7 | MF | ガンバ大阪ユース→ガンバ大阪 | ガンバ大阪よりレンタル | |
| 8 | MF | アビスパ福岡→東京ヴェルディ1969 | ||
| 9 | FW | 水戸ホーリーホック→アローズ北陸 | ||
| 10 | MF | 東京農業大学→アルテ高崎 | ||
| 11 | FW | 大宮アルディージャ→ジェフユナイテッド千葉 | ||
| 13 | FW | 筑波大学→群馬FCホリコシ | ||
| 14 | MF | 津工業高校→日本文理大学 | ||
| 15 | DF | 北海高校→コンサドーレ札幌 | ||
| 16 | DF | ガンバ大阪→サガン鳥栖 | 熊本県出身 | |
| 17 | MF | 柏レイソル→佐川急便東京SC | 主将 | |
| 18 | FW | 名古屋グランパスエイト→ガンバ大阪 | ガンバ大阪よりレンタル | |
| 19 | DF | 東京ヴェルディ1969→Y.S.C.C | 熊本県出身 | |
| 20 | MF | 国学院久我山高校→駒澤大学 | ||
| 21 | GK | FC東京→湘南ベルマーレ | ||
| 22 | MF | 鹿児島城西高校→湘南ベルマーレ | ||
| 23 | DF | 大分トリニータ→ヴィッセル神戸 | ||
| 24 | DF | FCリン・オスロ→釜山アイパーク→メルボルン・ナイツ | ||
| 25 | MF | 熊本国府高校→流通経済大学 | 熊本県出身 | |
| 26 | MF | 水戸ホーリーホック→アローズ北陸 | ||
| 27 | MF | 大津高校→駒澤大学 | 熊本県出身 | |
| 28 | DF | 日本文理大学→SC鳥取 | 熊本県出身 | |
| 29 | FW | 浦和レッズ→横河武蔵野FC | ||
| 30 | FW | 大津高校→福岡大学 | 熊本県出身 | |
| 31 | GK | ジェフユナイテッド市原ユース→駒澤大学 | ||
| 32 | FW | 大分トリニータ→東京ヴェルディ1969 | ||
| 33 | MF | モンテディオ山形→ヴィッセル神戸 | 熊本県出身 | |
| 41 | GK | セレッソ大阪ユース→大阪学院大学 |
[編集] ユニフォーム
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[編集] チームカラー
- 赤(ロッソ・レッド)
[編集] ユニフォームスポンサー
[編集] 過去のユニフォームスポンサー
- 鶴屋百貨店(Tsuruya)(胸・2005年)
- 高橋酒造(白岳)(パンツ・2005年、胸・2006〜2007年)
- キューネット(Q-NET SECURITY)(背番号・2006〜2007年)
- アネシス(ANESIS)(パンツ・2006〜2007年)
[編集] ユニフォームサプライヤー
- 2005年 - プーマ
[編集] トレーニングウェアスポンサー
[編集] 歴代ユニフォームスポンサー年表
| 年度 | 胸 | 袖 | 背 | パンツ | サプライヤー |
| 2005年 | Tsuruya | Coca-Cola | Q-NET SECURITY | 白岳 | PUMA |
| 2006年 | 白岳 | Coca-Cola | Q-NET SECURITY | ANESIS | PUMA |
| 2007年 | 白岳 | Coca-Cola | Q-NET SECURITY | ANESIS | PUMA |
| 2008年 | 武者がえし | しんきん | 神城文化の森 | Coca-Cola | PUMA |
[編集] タイトル・主な成績
[編集] リーグ戦
- 日本フットボールリーグ
- 2位(1回) : 2007年(第9回):J2参入
- ベストサポーター賞 : 2007年(第9回)
- その他
- 2001年(第3回)8位
- 2002年(第4回)17位:地域リーグ降格
- 2006年(第8回)5位:J2加盟見送り
- 九州サッカーリーグ
- 優勝(7回):1991年(第19回)、1994年(第22回)、1996年(第24回)、1997年(第25回)、1999年(第27回)、2000年(第28回)、2005年(第33回)
- 2位(2回):1989年(第17回)、1992年(第20回)
- 3位(1回):1993年(第21回)
- 熊本県サッカーリーグ1部
- 優勝(1回):1982年
[編集] 天皇杯全日本サッカー選手権大会
- 決勝大会
- 出場(8回)
- 3回戦敗退:2004年(第84回)、2006年(第86回)
- 2回戦敗退:2001年(第81回)、2002年(第82回)
- 1回戦敗退:2000年(第80回)、2003年(第83回)、2005年(第85回)、2007年(第87回)
- 出場(8回)
- 熊本県予選(NHK杯熊本県サッカー選手権大会)
- 優勝(8回):2000年(第4回)、2001年(第5回)、2002年(第6回)、2003年(第7回)、2004年(第8回)、2005年(第9回)、2006年(第10回)、2007年(第11回)
- 準優勝(4回):1996年、1997年(第1回)、1998年(第2回)、1999年(第3回)
[編集] その他の大会
- 全国地域リーグ決勝大会
- 3位(2回):2000年(第24回)、2005年(第29回):いずれもJFL昇格
- その他
- 4位:1998年(第22回)
- 予選リーグ敗退:1991年(第15回)、1994年(第18回)、1996年(第20回)、1997年(第21回)、1999年(第23回)
- 全国社会人サッカー選手権大会
- 優勝(2回):1998年(第34回)、2005年(第41回)
- 九州各県リーグ決勝大会
- 優勝(1回):1982年(第6回)
- 西日本社会人サッカー大会
- 準優勝:2006年(第25回)
- 熊本県チャンピオンシップシップサッカー大会(アデルカーズカップ)
- 優勝(1回):2005年(第1回)
- 熊本県選抜サッカー選手権大会(KKTカップ)
- 優勝:2001年(第8回)、2002年(第9回)、2004年(第11回)
- 準優勝:2003年(第10回)
[編集] 個人タイトル
[編集] 脚注・出典
- ^ 商願2007-91509 - 特許庁の特許電子図書館掲載。
[編集] 関連項目
- ロアッソ熊本の選手一覧
- 九州ダービー
- 村井健太郎(マスコットキャラクター「ロアッソくん」のデザイナー)
応援番組
- roasso magazine(RKK熊本放送で放送のロアッソ熊本応援番組、旧VIVA!!ROASSO)
- VIVA! ROASSO RADIO(RKK熊本放送ラジオ局で放送のロアッソ熊本応援番組)
ロアッソ以外の電電公社、NTT系のクラブとして以下のクラブがある。
[編集] 外部リンク
[編集] 公式サイトetc
[編集] サポーターサイト
- ロアッソ熊本サポーターズポータル
- ULTRA'ALDERAS Official web site
- ALDERAS metro Official web site(ULTRA'ALDERAS 関東支部)
- CurvaEvolu Official web site
- HINCHADA Official web site
[編集] スポンサー企業サイト
[編集] その他
| J1 |
|---|
| コンサドーレ札幌|鹿島アントラーズ|浦和レッズ|大宮アルディージャ|ジェフユナイテッド千葉|柏レイソル|FC東京|東京ヴェルディ|川崎フロンターレ|横浜F・マリノス|アルビレックス新潟|清水エスパルス|ジュビロ磐田|名古屋グランパス|京都サンガF.C.|ガンバ大阪|ヴィッセル神戸|大分トリニータ |
| J2 |
| ベガルタ仙台|モンテディオ山形|水戸ホーリーホック|ザスパ草津|横浜FC|湘南ベルマーレ|ヴァンフォーレ甲府|FC岐阜|セレッソ大阪|サンフレッチェ広島|徳島ヴォルティス|愛媛FC|アビスパ福岡|サガン鳥栖|ロアッソ熊本 |
| 過去に存在したクラブ |
| 横浜フリューゲルス |
| 準加盟クラブ |
| 栃木SC|カターレ富山|ガイナーレ鳥取|ファジアーノ岡山|ニューウェーブ北九州 |
| Jリーグの主な大会 |
| ナビスコ杯|オールスターサッカー|チャンピオンシップ|入れ替え戦|アウォーズ |

