ロアッソ熊本
| ロアッソ熊本 | |
|---|---|
| 原語表記 | ロアッソ熊本 |
| 愛称 | ロアッソ |
| クラブカラー | 赤[1] |
| 創設年 | 2005年 |
| 所属リーグ | 日本プロサッカーリーグ |
| 所属ディビジョン | Jリーグ ディビジョン2 |
| クラブライセンス | J1・J2 |
| ホームタウン | 熊本県熊本市[1] |
| ホームスタジアム | うまかな・よかなスタジアム[1] |
| 収容人数 | 32,000[1] |
| 運営法人 | 株式会社アスリートクラブ熊本[1] |
| 代表者 | 池谷友良[1] |
| 監督 | |
| 公式サイト | 公式サイト |
| ■テンプレート(■ノート)■サッカークラブPJ | |
| 種類 | 株式会社 |
|---|---|
| 本社所在地 | 〒862-0954[1] 熊本県熊本市中央区神水2-10-10 片岡ビル[1] |
| 設立 | 2004年12月21日 |
| 業種 | サービス業 |
| 事業内容 | サッカークラブの運営 |
| 代表者 | 池谷友良[1] |
| 資本金 | 2億7,200万円[2] |
| 売上高 | 6億3,100万円 (2012年1月期)[2] |
| 経常利益 | ▲6,900万円 (2012年1月期)[2] |
| 営業利益 | ▲7,100万円 (2012年1月期)[2] |
| 純利益 | ▲6,900万円 (2012年1月期)[2] |
| 純資産 | ▲4,900万円 (2012年1月期)[2] |
| 総資産 | 1億3,600万円 (2012年1月期)[2] |
| 決算期 | 1月期 |
| 主要株主 | 熊本県、熊本市、益城町 ロアッソ熊本持株会他 |
| 外部リンク | http://roasso-k.com |
ロアッソ熊本(ロアッソくまもと、Roasso Kumamoto)は、日本の熊本県熊本市をホームタウンとする[1]、日本プロサッカーリーグ(Jリーグ)に加盟するプロサッカークラブ。
目次 |
概要 [編集]
2004年12月に設立された株式会社アスリートクラブ熊本が運営会社となる[1]。ホームスタジアムはうまかな・よかなスタジアムであるが[1]、熊本市水前寺競技場でもホームゲームを開催している。なお、2008年は鹿児島県立鴨池運動公園陸上競技場で開催した。練習場は熊本県民総合運動公園、水前寺競技場、大津町運動公園球技場、益城町陸上競技場および七城町サッカー場である[3]。
チーム名のロアッソ(ROASSO)は、阿蘇山および「火の国熊本」からイタリア語で赤を意味する「ロッソ」(ROSSO)と、イタリア語で「唯一の」や「エース」を意味する「アッソ」(ASSOO)を組み合わせた造語である[1][4]。エンブレムのデザインは暴れ馬と赤い盾[4]。馬は選手・若者、盾はサポーターを表しており、盾の形は熊本県のマークからイメージしている[4](フェラーリのエンブレムである「カヴァリーノ・ランパンテ」に類似しているとも言われるが、フェラーリ社には了解を得ている[要出典])。クラブマスコットは「馬」をモチーフとしたロアッソくん [1]であり、2008年に誕生した。なお、エンブレムやマスコット等のモチーフとなっている「馬」は熊本の伝統的な祭事などに関わる象徴的な動物である[4]。
歴史 [編集]
プロサッカークラブ発足まで [編集]
詳細は「日本電信電話公社熊本サッカー部」を参照
1969年に創部された日本電信電話公社熊本サッカー部が母体となる。親会社の組織形態の変遷に沿ってチーム名が変遷する傍ら、九州サッカーリーグで6度の優勝を果たすなど実績を残し、2002年からは「アルエット熊本」の名称でクラブチームとなった。
2004年9月に発足した「熊本にJリーグチームを」県民推進運動本部[4]は、アルエット熊本を母体としてプロサッカークラブを設立する方針を決定。2004年12月に運営会社として株式会社アスリートクラブ熊本(AC熊本)を設立[1]し、2005年2月にロッソ熊本が発足した[1]。なお、2008年に商標権の問題で「ロアッソ熊本」へ改称した[1]。
プロ化と共に、特別顧問に県知事、熊本市長が就任するなど自治体からの支援も受けた全県的なチームとしてJリーグを目指すこととなり、所属選手全員とプロ契約を結んだ。
なお、形式上、ロアッソの前身はアルエット熊本であるが、ロアッソへの移行の際にチーム名称以外にチームカラー・エンブレム・所属選手など全て変更されたため、新たにクラブが発足した2005年がロアッソの創設年とロアッソやJリーグのホームページにも記載され[4][1]、アルエット熊本とロアッソは別のクラブと見なされている。ただし、天皇杯全日本サッカー選手権大会の出場回数はアルエット熊本時代からの通算である。
2005年(九州リーグ) [編集]
九州リーグでは、最終戦でFC琉球との首位攻防戦を制し、アルエット熊本時代を含めて7回目の優勝を収めた。全国地域サッカーリーグ決勝大会は3位であったが、JFL優勝の愛媛FCがJリーグへ加盟したため、日本フットボールリーグ(JFL)への昇格を決めた[1]。
2006年 - 2007年(JFL) [編集]
2006年8月にJリーグ準加盟が承認[1]。JFLリーグ戦は5位の成績。また、横浜FMからGK飯倉大樹がレンタルで加入した。
2007年4月、オフィシャルサポーターズクラブ『ロッソ熊本サポーターズクラブ』が設立。9月27日、Jリーグ加盟の申請書をJリーグに提出した。11月11日のFC琉球戦に勝利し、この年から改められたJ2昇格条件の4位以内が確定した。なお、最終的に2位となり、12月3日のJリーグ臨時理事会で2008年度からのJリーグ加盟が認可された[1]。
11月16日、一部メディアでAC熊本がJ2参入の準備として商標権取得の為にチーム名をロアッソ熊本へ変更すると報じられた。この名称は8月に特許庁に申請しており、翌2008年4月には承認された[5]。その情報がネットで検索された結果が匿名掲示板に報告され、それをメディアが報じる結果となった。正式発表がされていない段階で一般に漏れ、経緯の説明も一切無かった。なお、名称変更については、11月29日に公式ウェブサイト上に「チーム名変更について(お詫び)」と記された文面が掲載され、12月25日に新チーム名称とエンブレム・ロゴが正式発表された。
2008年 -(J2) [編集]
2008年 [編集]
- チームスローガン:Action & Communication
1月23日に『「ロアッソ熊本」国獲り宣言』と題した中期目標並びにシーズンスローガン、シーズン目標が発表され、またクラブマスコット『ロアッソくん』が誕生した。
韓国から車智鎬を完全移籍で、G大阪から中山悟志をレンタル移籍で獲得。あとは高校生2人(吉田智志、網田慎)を獲得した。JFL昇格時のメンバーを中心としたメンバー構成で戦った1年目はシーズン終盤には8試合無敗となるなど、10勝13分19敗で12位の結果を残した。5月12日に九州産交取締役を務めた経験のある岡英生が社長に就任。8月12日には、池谷友良がゼネラルマネージャー(GM)を兼任する事が発表された。
2009年 [編集]
- チームスローガン:絆~Keep & Change~
池谷が監督を退任しGM職に専念する事となったため、後任として北野誠が就任した[1]。レンタル移籍だった中山悟志、松岡康暢が完全移籍。京都から石井俊也を、甲府から宇留野純を、名古屋から元日本代表の藤田俊哉を完全移籍で獲得。G大阪から木下正貴をレンタル移籍で獲得した。リーグ戦は前年を下回る14位の成績であり、シーズン終了後に北野が監督を退任した。
2010年 [編集]
- チームスローガン:絆 〜STRONG WILL 強い意志〜
東京V元監督の高木琢也が監督に就任[1]。木島良輔、小森田友明、石井俊也、中山悟志、山本翔平らが退団した一方、レンタル移籍であった木下正貴を完全移籍で獲得。また、柏から南雄太、神戸から松橋章太といった日本代表経験選手を完全移籍で、名古屋より平木良樹がレンタル移籍、徳島にレンタル移籍していた筑城和人、元山形の渡辺匠を完全移籍で獲得。
シーズン開始後の4月に、2月より練習生として参加していたファビオとターレスが入団した。2010 FIFAワールドカップによる中断期間に浦和より堤俊輔がレンタル移籍で加入。中断期間終了直後の7月にターレスが退団したが、7月21日には磐田よりカレン・ロバート、8月1日には横浜FCより片山奨典が完全移籍した。
開幕から5戦負け無しで一時は3位まで浮上。シーズンを通して2桁順位に一度も落ちる事無く終盤まで昇格争いに加わり、過去最高の7位でシーズンを終了、目標としていた10位以内を達成した。
なお、KKWINGの施設改修(4-5月)実施のため、水前寺競技場で7試合(うち6試合は改修時期を利用)を開催した。当初は6試合(改修時期5試合)で、5月29日の大分との九州ダービーは隣県である大分県方面からの応援団が大挙訪れる可能性を踏まえて「会場調整中」としていたが代替地の調整が付かず、水前寺での開催となり、急遽収容人員の問題(KKWINGの半分程度)もあるためチケットが先行発売された。
2011年 [編集]
- チームスローガン:絆 〜be Real 実現~
高木体制2年目。神戸よりエジミウソン、横浜FCより岩丸史也、根占真伍を完全移籍で、FC岐阜SECONDより片山朗を獲得。清水より長沢駿及び廣井友信、柏より武富孝介が期限付き移籍。新卒では中京大学体育会サッカー部より齊藤和樹、大阪教育大学体育会サッカー部より田中俊一、柏U-18より仲間隼斗が入団した。この他、元福岡の通訳である早川エジソン正吉が正規スタッフとなった。
夏の移籍ウィンドウ期間中に、岡村和哉が長崎へレンタル移籍したが、G大阪より菅沼駿哉がレンタル移籍、ソン・イニョンが新規入団した。
また、九州産業大学サッカー部所属の前山拓也・田中達也がクラブ史上初の特別指定選手となり[6]、2種登録選手としてロアッソ熊本ユースより6人が登録された。
南がキャプテンに、廣井と宇留野が副キャプテンに就任。2月には霧島連山新燃岳の噴火により、東京V、横浜FMとのトレーニングマッチが中止となった。根占真伍のゴールで、J2参入後開幕戦初勝利を挙げた。
リーグ戦前半は前年からの堅守路線を継続して昇格圏を伺う位置にいたが、アウェイFC東京戦で0-5と大敗してからは高木体制初の3連敗を喫し、東京V、岡山に大敗するなど守備崩壊が顕著になり、昨年よりも下位となる11位で終了。シーズンを通して3点以上得点した試合が全く無く、チームの総得点は33点で2011年のJ2リーグ20チーム中最低を記録した。天皇杯は初戦(2回戦)で、鳥取に敗退。
第38節の鳥栖戦の試合終了後、J1昇格が決まった鳥栖に対してロアッソサポーターが「サガン鳥栖を愛する全ての人へ 堅忍不抜の努力に敬意を表します 追いつき追い越すまでJ1にいてね♥」という横断幕を掲げ[7]、サガン鳥栖コールを繰り返した[8]。これに対し、鳥栖市から礼状が届き[9]、また、サガン・ドリームス代表取締役会長井川幸広が感謝の意を述べた[10]。
2012年 [編集]
- チームスローガン:絆 ONE heart ~心をひとつに~
高木体制3年目。フィジカルコーチの大塚俊介、通訳の早川エジソン正吉、アカデミースタッフの北川佳男が退団。また、3月9日に岡英生が社長を辞任、後任にGMの池谷が就いた[11]
補強は、C大阪から高橋祐太郎、川崎から昨シーズン甲府にレンタル移籍した養父雄仁、岡山から白谷建人、大宮から藤本主税、栃木から崔根植を完全移籍で獲得、関西サッカーリーグ・アイン食品サッカー部に所属していた畑実及びFC琉球に所属していた経験のある田島翔が新加入した。また、ロアッソユース創設以来、初のトップチーム昇格で甲斐敬介が加入。新卒では宮崎産業経営大学サッカー部所属の五領淳樹が加入した。前年から引き続き九州産業大学サッカー部所属の田中達也、新たに鹿屋体育大学サッカー部に所属している山崎侑輝が特別指定選手となった。
シーズン開幕後、3月30日に練習生として参加していた元柏の藏川洋平、5月25日に柏の北嶋秀朗の期限付き移籍が発表された。
第2節のホーム開幕戦の鳥取戦でシーズン初勝利を挙げ9位となるが、第7節から第15節まで9試合無勝利となるなど、開幕から15試合で2勝6分7敗と低迷、一時は19位にまで順位を下げた。第34節ホーム大分戦から第38節ホーム町田戦までクラブ史上初のリーグ戦5連勝(公式戦である天皇杯の仙台戦を含めると6連勝)したが、最終成績はクラブワーストタイの14位となり、シーズン終了後に高木は監督を退任した。天皇杯は3回戦でJ1仙台に勝利し、クラブ史上初めて4回戦へ進出した。
3月29日には、熊本県民総合運動公園にロアッソ熊本のクラブハウスを兼ねた「スポーツ交流館」が落成した[12]。クラブ専用のミーティングルームやロッカー、シャワールームなどを備えている。また、北嶋秀朗の呼びかけにより藤本主税と南雄太が賛同して、第28節栃木戦よりロアッソ熊本で使用されているチャントの一つである「come on rosso!」に乗せて、ホーム・アウェイに関わらずチームが勝利した時のみ試合後選手・スタッフと観客が一緒に踊るというパフォーマンスが行われるようになった[13]。
2013年 [編集]
- チームスローガン:絆 with us ~180万馬力~
監督に、U-20サッカー日本代表元監督の吉田靖が就任。また、ロアッソ熊本アカデミーコーチの山口武士がトップチームコーチに、ロアッソ熊本ユースの非常勤トレーナーである松本純一がフィジカルコーチ、徳島で通訳経験のある神山敦史が通訳にそれぞれ就任した。
チーム創立時から所属していた市村篤司が横浜FC、昨シーズン14得点を挙げた武富孝介が湘南へ移籍、廣井友信は清水へ復帰した。
補強は、千葉から佐藤慎之介、ブラジルからドゥグラスとジェフェルソンが完全移籍で、鳥栖から黒木晃平がレンタル移籍で加入。新卒は、秀岳館高校出身のパブロ、流通経済大学から藤本大が入団した。また、北嶋秀朗がレンタル移籍から完全移籍へ、特別指定選手として昨季3試合に出場した山崎侑輝が正式に加入、終盤にベンチ入りしたユースの森川泰臣がトップ昇格を果たした。鹿屋体育大学の坂田良太が特別指定選手となった。
4月26日に水原三星からノ・ヒョングの完全移籍及び甲府から堀米勇輝のレンタル移籍、4月29日にFC東京から橋本拳人のレンタル移籍が発表された。堀米と橋本は2013年より新たに適用された「23歳以下の選手は下位カテゴリーへの期限付き移籍に限り、登録期間外でも自由に移籍が出来る」制度[14]を活用した[15]。
成績 [編集]
詳細は「ロアッソ熊本の年度別成績一覧」を参照
タイトル・主な成績 [編集]
リーグ戦 [編集]
- 九州サッカーリーグ:1回
- 2005年(第33回)
カップ戦他 [編集]
- NHK杯熊本県サッカー選手権大会(兼天皇杯熊本県予選):3回
- 2005年(第9回)、2006年(第10回)、2007年(第11回)
- 全国社会人サッカー選手権大会:1回
- 2005年(第41回)
- 熊本県チャンピオンシップシップサッカー大会(アデルカーズカップ):1回
- 2005年(第1回)
表彰 [編集]
- 日本フットボールリーグ
- ベストサポーター賞:2007年(第9回)
- 日本フットボールリーグ ベストイレブン
- 九州サッカーリーグ 最優秀選手
- 2005年 福王忠世
下部組織 [編集]
2006年にジュニアユースチーム、2009年にユースチームが発足。また、2008年はJサテライトリーグ(2010年廃止)へ参加したが、2009年より九州チャレンジャーズリーグへ参戦している。
- ロアッソ熊本アカデミーセンター
- U-18 - 2013年度より、高円宮杯U-18サッカーリーグ プリンスリーグ九州2部に参入[16]。
- U-15
- U-14
- U-13
ユニフォーム [編集]
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チームカラー [編集]
- 赤[1]
ユニフォームスポンサー [編集]
| 掲出箇所 | スポンサー名 | 表記 | 掲出年 | 備考 |
|---|---|---|---|---|
| 胸 | 高橋酒造 | 1st 白岳 2nd 白岳しろ |
2006年-2007年 2012年- |
2005年はパンツ |
| 背中 | 再春館製薬所 | 再春館製薬所 | 2012年- | |
| 袖 | 日本トータルテレマーケティング | NTM | 2009年- | |
| パンツ | 南九州コカ・コーラボトリング | Coca-Cola | 2008年- | 2005年-2007年までは袖 |
トレーニングウェアスポンサー [編集]
| 掲出箇所 | スポンサー名 | 表記 |
|---|---|---|
| 公式トレーニングウェア胸 練習用トレーニングウェア背中 |
シアーズホーム | シアーズホーム |
| 公式トレーニングウェア背中(A) | 熊本日日新聞 | 熊本日日新聞 |
| 公式トレーニングウェア背中(B) | 磯崎工務店 | 磯崎工務店 |
| 公式トレーニングウェア左袖 | サトウロジック | サトウロジック |
| 公式トレーニングウェア右袖 | アンサー・インターナショナル | アンサー・インターナショナル |
| 公式トレーニングウェア胸上部 | 縁 Fo Style | 縁 Fo Style |
| 公式トレーニングウェア胸下部 | 再春館製薬所 | 再春館製薬所 |
| 練習用トレーニングウェア胸 | フジバンビ | 黒糖ドーナツ棒フジバンビ |
ユニフォームサプライヤー [編集]
- 2005年 - プーマ
歴代ユニフォームスポンサー年表 [編集]
| 年度 | 胸 | 袖 | 背中 | パンツ | サプライヤー |
| 2005 | Tsuruya | Coca-Cola | Q-NET SECURITY |
白岳 | PUMA |
| 2006 | 白岳 | ANESIS | |||
| 2007 | |||||
| 2008 | 武者がえし | しんきん | 神城文化 の森 |
Coca-Cola | |
| 2009 | 武者がえし (1st) 陣太鼓 (2nd) |
NTM | |||
| 2010 | |||||
| 2011 | |||||
| 2012 | 白岳 (1st) 白岳しろ (2nd) |
再春館製薬所 | |||
| 2013 |
スポンサー [編集]
スポンサーについては、スポンサー一覧を参照
メディア [編集]
番組 [編集]
- roasso magazine - RKKテレビ 旧VIVA!!ROASSO
- VIVA! ROASSO RADIO - RKKラジオ
- ロアッソ魂 - 熊本シティエフエム
- 月刊ロアッソ - JCNくまもと 番組は毎月1回更新され、1ヶ月間同じ内容が放送される。
コーナー [編集]
- RKKワイド夕方いちばん(金曜日) - RKKテレビ
- ニュース&情報ライブ くまパワ(月曜日) - 熊本朝日放送(KAB) 池谷友良または熊谷雅彦がコメンテーターとして出演している。
- クマロク!(月曜日) - NHK熊本放送局
特集 [編集]
- 仕事ハッケン伝 - NHK総合テレビジョン 2012年6月28日放送[17]。お笑いコンビスピードワゴンのボケ担当である小沢一敬が、ロアッソ熊本の運営スタッフとして1週間働いた。小沢はこれ以後、ロアッソ熊本のファンを公言している[18]。また、小沢が企画した「叫べメッセージ!!」と「ロアッソ選手ってこんな人!クイズ」はホーム最終戦まで続けられた。
公式応援ソング [編集]
関連項目 [編集]
- 人物
- ロアッソと同じく、NTTグループ内のサッカー部に由来を持つクラブ
- 大宮アルディージャ (←NTT関東サッカー部←電電公社関東サッカー部)
- ベンターナAC (←NTT西日本四国サッカー部)
脚注・出典 [編集]
- ^ a b c d e f g h i j k l m n o p q r s t u v w x y z クラブガイド:ロアッソ熊本 Jリーグ公式サイト
- ^ a b c d e f g 2011年度Jクラブ情報開示 資料 (PDF) Jリーグ公式サイト
- ^ “練習場”. ロアッソ熊本公式サイト. 2013年4月13日閲覧。
- ^ a b c d e f “クラブプロフィール”. ロアッソ熊本公式サイト. 2013年4月13日閲覧。
- ^ 商願2008-30208、商願2007-91509(第5149767号)、商願2007-117015(第5150345号)
- ^ 九産大のFW田中受け入れ 特別指定選手に - 熊本日日新聞 2011年8月11日 前山が先に指定されており、田中は特別選手としての受け入れでは2人目となる。
- ^ “J2:第38節 鳥栖 vs 熊本”. J's Goal (2011年12月3日). 2013年2月3日閲覧。
- ^ 「来季こそJ1へ」 最終戦 サポーター2000人がエール - 熊本日日新聞 2011年12月4日
- ^ “12月3日 サガン鳥栖 J1昇格お祝い横断幕の御礼” (プレスリリース), ロアッソ熊本, (2011年12月7日) 2013年4月13日閲覧。
- ^ “(株)サガン・ドリームス代表取締役会長・井川幸広よりサガントスを愛する全ての皆様へのご挨拶”. サガン鳥栖公式サイト (2011年12月12日). 2013年2月3日閲覧。
- ^ “株式会社アスリートクラブ熊本 代表取締役交代について” (プレスリリース), ロアッソ熊本, (2012年3月9日) 2013年4月13日閲覧。
- ^ J2・ロアッソのクラブハウス完成 熊本 - 朝日新聞 2012年4月11日
- ^ サッカー批評61 p.32-33
- ^ Jリーグ 23歳以下はいつでもレンタル移籍が可能に - スポーツニッポン 2012年11月15日
- ^ 韓国人DFノ・ヒョングと甲府の堀米の2人加入 - 熊本日日新聞 2013年4月27日
- ^ 【ユース】公式戦結果 - ロアッソ熊本公式サイト 2012年12月23日
- ^ 過去放送記録 第11回 スピードワゴン 小沢一敬 × サッカークラブ運営スタッフ - NHK公式サイト 2013年2月4日閲覧
- ^ サッカーダイジェスト 2012年7月31日号p.51
- ^ a b “ロアッソ熊本公式応援ソング”. ロアッソ熊本公式サイト. 2013年4月13日閲覧。
外部リンク [編集]
- 公式ウェブサイト (携帯)
- ロアッソ熊本 official - Facebook
- ロアッソ熊本(official) (roassoofficial) - Twitter
- ロアッソ熊本 公式オンラインショップ
- 赤馬の厩舎 (ロアッソ熊本公式ブログ)
- がんばれ!ロアッソ熊本! - 熊本日日新聞
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