V・ファーレン長崎

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V・ファーレン長崎
原語表記 V・ファーレン長崎
愛称 ヴィファ、VVN
クラブカラー     青、    オレンジ
創設年 1985年
所属リーグ 日本フットボールリーグ
ホームタウン 諫早市長崎市を中心とする長崎県全県
ホームスタジアム 長崎県立総合運動公園陸上競技場
収容人数 15,419
運営法人 株式会社V・ファーレン長崎
代表者 日本の旗 宮田伴之
監督 日本の旗 佐野達
公式サイト 公式サイト
テンプレート(ノート)サッカークラブPJ

V・ファーレン長崎(ヴィ・ファーレンながさき、V Varen Nagasaki)は、日本諫早市長崎市を中心とする長崎県全県にホームを置く、日本フットボールリーグ(JFL)に所属するサッカークラブ。Jリーグ加盟を目指すクラブの一つである。

目次

[編集] 沿革

株式会社V・ファーレン長崎
種類 株式会社
本社所在地 〒859-0403
長崎県諫早市多良見町市布1558
設立 2006年6月28日
業種 サービス業
事業内容 サッカークラブの運営
代表者 宮田伴之
資本金 1億5千万円(2011年10月現在)
外部リンク http://www.v-varen.com
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[編集] 長崎県リーグ時代(1990〜2004)

長崎県立国見高等学校サッカー部のOBが中心となって結成された国見FCと、有明町(現・島原市)に本拠を置く有明SC2004年3月に合併し、新生「有明SC」が発足。

2004年は長崎県サッカーリーグ1部に所属し、10チーム1回総当りのリーグ戦を8勝1分でリーグ優勝。続く、九州サッカーリーグ昇格をかけた九州各県リーグ決勝大会では決勝戦にコマを進めて九州サッカーリーグ昇格を決定したが、決勝戦では沖縄県からJリーグ入りを目指すFC琉球に大敗した。

[編集] 九州サッカーリーグ時代(2005〜2008)

2005年、九州サッカーリーグ昇格をきっかけに、地元出身の元Jリーガーでサッカー解説者として活躍していた高木琢也を監督として招聘する動きがあったが、難色を示されたことからテクニカル・アドバイザーに就任するにとどまった。同年3月13日の記者会見において、「有明SC」に代わる新チーム名「V・ファーレン長崎」を発表。愛称の「V・ファーレン」とは、ポルトガル語で「勝利」を意味するvitoriaの頭文字:Vと、オランダ語で「航海する」という意味のvarenを組み合わせた造語である。なお、Vは「ブイ」ではなく「ヴィ」または「ビ」と発音する

2006年、チームの運営母体であるNPO法人「V・ファーレン長崎スポーツコミュニティ」の事務所を、雲仙市国見町から、県央の諫早市多良見町に移転。将来的なJリーグへの加盟と県内一円で親しまれるチームを目指す。6月28日に運営業務会社「株式会社V・ファーレン長崎」を設立。NPO法人「V・ファーレン長崎スポーツコミュニティ」は、引き続き地域振興業務を中心に活動することになった。10月には、元セレッソ大阪監督の小林伸二が強化部長兼アシスタントコーチに加わり、日本フットボールリーグ(JFL)入りを目指したが全国地域サッカーリーグ決勝大会の決勝ラウンドで敗退した。

2007年、監督に大渕龍介を迎える新体制を発表したが、開幕前の3月24日付で解任。前監督で総監督の岩本文昭が再び監督に就任した。2007年9月時点で九州サッカーリーグにおいて3位であったが、九州サッカーリーグで2位までに与えられる地域リーグ決勝大会出場権確保は厳しい状況であった。10月に大分で行われた第43回全国社会人サッカー選手権大会において2連覇を目指し、全国社会人枠での地域リーグ決勝大会出場権を賭けたが準決勝で敗退した。その後九州サッカーリーグ第21節において、他力ではあるが、2位:ホンダロック(宮崎県)・1位:ニューウェーブ北九州(福岡県)の上位陣の結果次第では自力2位が確保される可能性もあったものの、ともに勝利し勝ち点でV・ファーレンを上回ったため、2008年シーズンのJFL昇格はなくなった。その結果2007年九州サッカーリーグも2005年についで3位に終わる。

2008年1月16日、新監督に前愛媛FCユース監督の東川昌典が就任し、強化育成部長に前アビスパ福岡チーム統括グループ副長の中村重和が就任した(前監督の岩本は長崎銀行からの派遣という形でクラブの事業部長兼総務部長に就任)。また、前年度の3位という結果を反省し、例年にない大型補強を行った。九州リーグでは常に優勝争いに加わり、最終節前まで首位をキープ、最終節ホンダロック戦でPK戦の末敗れたため、沖縄かりゆしFCに逆転され2位となったものの、2006年以来2年ぶりに、全国地域リーグ決勝大会に進出。九州リーグ2位のため、全国地域リーグ決勝大会1次ラウンドのシード権は獲得できなかったものの、高知県春野町で開催されたBグループで、アイン食品カマタマーレ讃岐日立栃木ウーヴァSCに対し3戦全勝で決勝ラウンドに進出、沖縄県石垣市で行われた決勝ラウンドでは、優勝したFC町田ゼルビアに0-0の後PK戦で敗れたものの最終的に準優勝となった。12月9日、JFL評議委員会と理事会にて、2009年度からのJFL参入が正式に決まった。また元国見高校長で社長の小嶺忠敏は、J2参入について遅くとも2013年までに実現したいとの意向を明らかにした。

[編集] JFL(2009〜)

2009年1月13日日本プロサッカーリーグに対し、正式にJリーグ準加盟の申請を行い、2月17日に行われた日本プロサッカーリーグの理事会で審査され、承認された。これによって2009年シーズンにおいて、J2参入に必要な要件を整え(J2開催基準スタジアムの整備[1]・JFLホーム戦平均3,000人以上など)、JFL4位以内の成績を残せばJ2参入となるはずであったが、8月に行われたJリーグ入会予備審査の段階で日本プロサッカーリーグの経営委員会から改修する県総合公園陸上競技場の代替になる長崎市総合運動公園かきどまり陸上競技場がJリーグの基準を満たしていない(椅子席が1万人以下と夜間照明がない)点と観客動員数が3,000人以下であるとの指摘。また1億円以上の広告収入を得てないこと、資本金45万円では経営的に不安であるとの経営面などに指摘を受けた。2010年シーズンまでにこれらの問題を解決できないことから、2010年のJリーグ入りを断念。また、かきどまり陸上競技場の改修問題で、クラブは長崎県サッカー協会と長崎県陸上競技連盟とほか複数の競技団体との連名で長崎県内、長崎市内において10万人を目標に署名活動を実施している。署名活動期間は2010年1月31日(署名期間延長)までとなっている。

佐世保市に本社がある通信販売最大手のジャパネットたかたが2009年シーズンよりチームスポンサーとなっている。

その全国リーグデビューとなるJFL昇格初年度は開幕から成績不振で低迷し、6月4日付で東川昌典監督を解任し、ヘッドコーチの大久保毅が監督に昇格した。その後、6月30日に大久保毅が監督を辞任し、6月からコーチを務めていた岩本文昭が監督代行を務めた後、7月22日に監督就任が正式決定した。JFL初昇格の2009年は11位という結果になり、成績面でもJ2参入基準にはならなかった。なお同年には、若手選手育成を目的として九州地区のJリーグ・JFLチームが結成した九州チャレンジャーズリーグにも参加している。

2010年シーズンは、監督に前ザスパ草津佐野達が2009年12月21日より正式に就任することがきまった。2010年シーズンの約束として「最後まで集中して戦う、絶対に言い訳はしない、長崎県民に愛されるチームをめざす。」という目標を掲げるとともに、佐野達監督が提唱している全員攻撃、全員守備のいわゆるトータルフットボールで勝点75以上でJFL優勝と最低目標の4位以内をめざすと宣言した。またクラブ初のクラブマスコットを全国に公募したところ、兵庫県宝塚市在住のイラストレーター、白桃あおいさんのデザインが採用され、5月22日JFL前期第12節ツエーゲン金沢戦(H)より正式にデビューした。クラブマスコットの名前はヴィヴィくんという名称である。

しかし、入会審査へ向けた予備調査で前年に同じくスタジアムの施設面と財政基盤で基準を満たしていないと指摘されたという理由で「本審査を行うに及ばない」と判断された。会見が行われた9月16日時点で6位におり、J2の成績面の条件4位以内が見えていたが、またもJ2昇格が事実上なくなった。特にスタジアムに関しては、県陸上競技場が2014年国体の開催へ向けた改修実施中であり、代替地のかきどまり競技場も市民の署名運動や各競技団体との協力を仰いで改修をするように提案している。だが、その改修の完了も少なくとも2013年3月の予定であるとしており、J2昇格のための改修を繰り上げるよう嘆願しているがそれも現状進んでいないことも影響した。12月2日クラブの公式ホームページ上で、2010年シーズンメンバーの内15人ほど来期の契約を更新しないとの発表があった。また運営会社の代表取締役社長の小峰忠敏が2009、2010年シーズンとスタジアム問題の影響でJ2参入を逃した責任を取って社長職を辞任することになった。

2011年1月11日、クラブから2010年シーズンで辞任した小峰忠敏に変わって、元長崎銀行滑石支店長の宮田伴之が新社長に就任することが正式に発表された。前社長の小峰はチームアドバイザーとして今後もチームにかかわることになった。2011年シーズンの目標はJFL優勝、J2参入条件の内、観客動員数平均3000人以上の確保、財政基盤の強化および最短2013年のJリーグ参入を目指す方針。また2009年シーズンよりチームスポンサーだった、ジャパネットたかたと親和銀行が2011年シーズンより、ユニホームスポンサーより撤退(ジャパネットたかたはコミュニティパートナーに変更して支援を継続、2012年ユニフォームスポンサー復帰。親和銀行は完全撤退)。その後、袖スポンサーに地元企業のチョープロがつくことになった。なお、2011年シーズンのJリーグ入会予備審査申請については見送る方針となっている。

チームが上位に食い込みつつある中、9月になってかきどまり陸上競技場の改修工事の予算が縮小されることが明らかになり、仮に2013年にJ2に昇格を果たしたとしてもかきどまりでの開催が難しいという見方が強まった[2]。これは東日本大震災の復興作業を優先させるため、国庫補助金を減額することを内示されたため。当初はバックスタンドの座席化、電光掲示板の取替え、ナイター設備設置などを予定し、J2が開催可能な規模に改修するものであった。しかし、国庫補助金の減額を受けて、長崎市はスタジアム改修予算を減額し事実上規模を縮小[3]する補正予算を提出した。また長崎県陸上競技場の改修も2013年5月ごろの竣工を目指すとする方針転換を行った。しかしながらこのため、仮にJ2に昇格を果たしたとしても、かきどまりでの開催が困難となる可能性が高くなり、目標の2013年J2入りが暗礁に乗り上げる格好となった。

[編集] チーム成績・歴代監督

年度 所属 順位 勝点 得点 失点 監督
2004 長崎県1部 優勝 25 9 8 1 0 10 植木総司
2005 九州 3位 37 18 11 2,0 5 41 23 18 10 岩本文昭
2006 優勝 43 16 14 0,1 1 43 14 29 9
2007 3位 47 20 17 0 3 79 17 63 11
2008 2位 46 18 14 1,2 1 76 10 66 10 東川昌典
2009 JFL 11位 44 34 12 8 14 38 43 -5 18 東川昌典→大久保毅→岩本文昭
2010 5位 53 34 15 8 11 50 38 12 18 佐野達
2011 5位 56 33 15 11 7 61 44 17 18
2012
  • 引分の項の数字でx,yのように記載しているものはPK戦での勝敗数(x=勝<勝点2>、y=負<同1>)[4]
  • 順位の項で太字のものは次年度上位リーグへ昇格。
  • 2011年シーズン終了時点での情報。

[編集] タイトル

[編集] チーム

[編集] 個人

日本フットボールリーグ

[編集] 2012シーズンメンバー

[編集] スタッフ

役職 名前 前職 備考
監督 日本の旗 佐野達 ザスパ草津監督
ヘッドコーチ 日本の旗 堺陽二 ザスパ草津アシスタントコーチ
コーチ 日本の旗 齋藤直幸 びわこ成蹊スポーツ大学
GKコーチ 日本の旗 吉本哲朗 V・ファーレン長崎 2008年-2011年選手

[編集] 選手

Pos No. 選手名 前所属 備考
GK 1 日本の旗 近藤健一 FC東京
21 日本の旗 金山隼樹 立命館大学
31 日本の旗 原田欽庸 栃木ウーヴァFC 新加入
DF 2 韓国の旗 崔宰銀 韓国の旗 仁川ユナイテッドFC
3 日本の旗 藤井大輔 ザスパ草津
5 日本の旗 河端和哉 ギラヴァンツ北九州 新加入
18 日本の旗 松岡康暢 ロアッソ熊本
19 日本の旗 田中政勝 ジェフリザーブズ
20 日本の旗 杉山琢也 アルテ高崎
22 日本の旗 中津留奨吾 福岡大学
23 ニュージーランドの旗 マイケル・ジェームズ アルビレックス新潟 新加入、期限付き移籍
MF 4 日本の旗 中井義樹 佐川印刷SC
6 日本の旗 前田悠佑 ホンダロックSC 新加入
7 日本の旗 持留新作 愛媛FC
10 日本の旗 佐藤由紀彦 ベガルタ仙台
11 日本の旗 神崎大輔 ヴァンフォーレ甲府
14 日本の旗 山城純也 サガン鳥栖
16 日本の旗 岩間雄大 アルテ高崎
26 日本の旗 山本翔平 ロアッソ熊本
FW 8 日本の旗 松橋章太 ロアッソ熊本 新加入、諫早市出身
9 日本の旗 中山悟志 水戸ホーリーホック
13 日本の旗 有光亮太 アビスパ福岡
15 日本の旗 水永翔馬 ホンダロックSC
17 日本の旗 古部健太 ツエーゲン金沢 新加入
24 日本の旗 松尾篤 日本文理大学 新加入
25 日本の旗 岡村和哉 ロアッソ熊本 新加入

[編集] V・ファーレン長崎サッカースクール

2008年度から始まったU12以下を対象としたサッカースクール。

  • スクールコンセプト
    1. からだづくり・動きづくり
    2. FUN(楽しむ)
    3. 個性を磨く
    4. プロ選手との交流
  • スクールアドバイザー - 小嶺忠敏
  • スクールディレクター - 中村重和
  • スクールコーチ - 前田大輔、八戸さやか
  • プレーヤーコーチ - 原田武男、川崎元気

また2010年3月末よりV・ファーレン長崎ジュニアユースチームが発足し、JリーグU-13サザンクロス杯にVファーレン長崎U-15として参加している。

[編集] ユニフォーム

ユニフォームの色
カラー シャツ パンツ ストッキング
FP(1st)
FP(2nd) グレー グレー グレー
GK(1st) ライトグリーン ライトグリーン ライトグリーン
GK(2nd) オレンジ オレンジ オレンジ
FP 1st
FP 2nd
GK 1st
GK 2nd

[編集] チームカラー

  •    

[編集] ユニフォームについて

2012年シーズン、1stユニフォームは青、2ndユニフォームはグレー。
2007年-2010年シーズンの2ndユニフォームはオレンジを使用。

[編集] ユニフォームスポンサー

掲出箇所 スポンサー名 表記 掲出年 備考
ジャパネットたかた ジャパネットたかた 2009年-2010年、
2012年-
背中 リンガーハット リンガーハット 2012年-
チョープロ チョープロ 2011年-
パンツ 長崎新聞社 長崎新聞 2012年-

[編集] ユニフォームサプライの遍歴

[編集] 歴代ユニフォームスポンサー年表

年度 背中 パンツ サプライヤー
2006 親和銀行 - 岩崎本舗 玄海酒造 PUMA
2007
2008 タクショク 岩崎本舗/KMT LABO
2009 ジャパネットたかた 親和銀行 - 山田青果卸売市場
2010 -
2011 -[5] チョープロ
2012 ジャパネットたかた リンガーハット 長崎新聞 PENALTY

[編集] 脚注・出典

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  1. ^ 現在は長崎県立総合運動公園陸上競技場を使用しているが、2010年7月から3年間、2014年国体開催に備えた改修のため閉鎖される予定であり、この期間中の代替本拠地を整備する必要がある。このため、2011年度は佐世保市陸上競技場、島原市営陸上競技場、かきどまりの3箇所を併用して消化(メインは佐世保)する。
  2. ^ 出典・長崎新聞2011年9月7日付けより
  3. ^ バックスタンドの座席化を断念。照明・電光板は予定通り工事をする
  4. ^ 九州サッカーリーグは引き分け無しの完全決着方式のため。
  5. ^ 当初はジャパネットたかたが務める予定だったが、開幕直前に明らかになった販売商品事故への対応が原因となったのか、申し出によりコミュニティパートナーへ格下げとなったため空白となった。

[編集] 外部リンク

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