ガイナーレ鳥取

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ガイナーレ鳥取
原語表記 ガイナーレ鳥取
愛称 ガイナーレ
クラブカラー     ライトグリーン[1]
創設年 1983年
所属リーグ 日本プロサッカーリーグ
所属ディビジョン J3リーグ
クラブライセンス J2
ホームタウン 鳥取市[1]米子市[1]倉吉市[1]境港市[1] を中心とする鳥取県全県[1]
ホームスタジアム Tottori-bird131006-2.JPGとりぎんバードスタジアム[1]
収容人数 16,033[1]
運営法人 株式会社SC鳥取[1]
代表者 日本の旗 塚野真樹[1]
監督 日本の旗 松波正信
公式サイト 公式サイト
テンプレート(ノート)サッカークラブPJ
株式会社SC鳥取
SC TOTTORI Co.,Ltd.
種類 株式会社
本社所在地 683-0824
鳥取県米子市久米町253-1[1]
設立 2006年12月28日[2]
業種 サービス業
事業内容 サッカークラブの運営
代表者 塚野真樹[1]
資本金 1億4,800万円 (2013年1月期)[3]
売上高 5億7,600万円 (2013年1月期)[3]
営業利益 ▲1,900万円 (2013年1月期)[3]
経常利益 ▲500万円 (2013年1月期)[3]
純利益 ▲700万円 (2013年1月期)[3]
純資産 2,900万円 (2013年1月期)[3]
総資産 5億2,000万円 (2013年1月期)[3]
決算期 1月期
外部リンク http://www.gainare.co.jp/
特記事項:鳥取市西町1-101西町バンクビルに「東部事務所」が置かれている。
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ガイナーレ鳥取(ガイナーレとっとり、Gainare Tottori)は、日本鳥取市米子市倉吉市境港市を中心とする鳥取県全県をホームタウンとする[1]日本プロサッカーリーグ(Jリーグ)に加盟するプロサッカークラブ。

概要[編集]

1983年に創設された「鳥取教員団サッカー部」が前身となり[1]1989年SC鳥取へ改称[1]2007年2月にJリーグ準加盟が承認[2] され、「ガイナーレ鳥取」に改称[1]2011年よりJリーグへ入会している[1]

山陰地方で初のプロサッカークラブかつプロスポーツクラブである。

チーム名の「ガイナーレ(GAINARE)」は、前身のSC鳥取時代に公募で決まったもので、島根県の東部から鳥取県の西部にかけての方言雲伯方言)で「おおきい」という意味の「がいな」と「大きなチームになれ」との願いを込めて制定された[1]。マスコットは強小戦士 ガイナマンである。

ホームスタジアムはとりぎんバードスタジアム、練習グラウンドはチュウブYAJINスタジアム、養和会YAJINフィールド、鳥取市若葉台スポーツセンターコカコーラウエストスポーツパークである[1][4]。詳細は下記#スタジアム・練習場の項を参照。

歴史[編集]

前史[編集]

1983年鳥取県米子市で創設された「鳥取教員団サッカー部」が前身で、1989年SC鳥取へ改称した[1]。2001年に日本フットボールリーグへ昇格[1]。2006年12月に運営会社となる株式会社SC鳥取を設立。2007年2月にガイナーレ鳥取へ改称し[1]、同月20日にJリーグ準加盟が承認された[2]

これを機に、ホームタウンを米子市から鳥取市、米子市、倉吉市、境港市を中心とする鳥取県全県へ変更した。なお、Jリーグの開催基準に合わせるため大半の試合を鳥取市営サッカー場(バードスタジアム。現在のとりぎんバードスタジアム)で開催することとなった。

2007年 - 2010年 (JFL)[編集]

2007年

U-20日本代表監督の水口洋次が監督に、ヘッドコーチにタイ代表元監督のヴィタヤ・ラオハクルが就任。リーグ戦は開幕から5試合無勝利とスタートに失敗する。8月に水口が辞任し、ヴィタヤが監督に就任。就任2試合目からリーグ戦6試合無敗であったが、終盤に3連敗。JFL昇格後最多の勝ち点を獲得したが14位に終わる。オフには引退、レンタル期間満了も含め13人が退団した。

2008年

日本代表小村徳男など元J1クラブ所属選手や、コン・ハメドアドゥール・ラッソなどヴィタヤのタイルートを活用した外国人選手など、期限付き移籍も含め15人を獲得。

SC鳥取時代を含めて、JFL昇格後初の開幕戦勝利を収めたが、以降は怪我人が多く成績も低迷、一時は4位との最大勝点差が14となった。その後、怪我で離脱していた選手が復帰すると共にチームも調子を上げ、後期16節終了時点で4位との勝点差を2まで縮めたが、後期17節(リーグ最終戦)の流通経済大学戦で敗北。最終順位は5位。リーグ終了後に小村は引退した。

2009年
チームスローガン:強小元年

GKシュナイダー潤之介やDF柴村直弥、FW阿部祐大朗やFW梅田直哉ら計7選手を獲得。さらに前年から期限付き移籍で加入していたMF鈴木健児とFW小澤竜己ら5選手を完全移籍で獲得した。

前期は開幕3連勝を含む8戦無敗(6勝2分)、勝ち点30で2位につけたが、シーズン中盤に決定力不足に陥り4連敗を喫した。後期に入り、元日本代表のFW岡野雅行、MF奥山泰裕やDF橋内優也を獲得したが、リーグ最多の65得点およびリーグ最多得失点差の+28ながら、2年連続で5位。リーグ終了後に3選手が戦力外、レンタル移籍で獲得した3選手が契約満了で退団。シュナイダーは横浜FCへ移籍した。なお、天皇杯全日本サッカー選手権大会は2回戦でコンサドーレ札幌に敗北。

2010年
チームスローガン:強小弐年『闘士』

ヴィタヤが2009年12月にタイ帰省中に起こした交通事故による怪我が回復せず、監督を辞任し、後任に東京V元監督の松田岳夫が就任。また、ヘッドコーチに2008年にヘッドコーチを務めた中村有が東京Vより復帰、元日本代表の服部年宏美尾敦喜多靖小針清允内間安路など8人が加入した。

シーズンは、開幕14戦無敗(10勝4分)で前期は首位。後期に入り、大分からFW住田貴彦(米子市出身)をレンタル移籍で獲得。

10月3日アルテ高崎戦(後期10節)に勝利し、J2参入条件の1つであるJFL4位以内が確定(この高崎戦でJFLチーム通算300試合目、さらにJFLチーム通算100勝を達成)。10月24日栃木ウーヴァFC(後期12節)を破り、JFL史上最速となる5試合を残してリーグ初優勝を決めた。結局、JFL記録となるホーム戦年間17試合無敗(16勝1分)、ホーム戦14連勝を達成した。

11月29日、Jリーグ臨時理事会でJリーグ入会が全会一致で承認され、2011年シーズンからのJリーグ ディビジョン2(J2)参入が正式に決定した[5]。なお、天皇杯は初戦(2回戦)で徳島に敗北。

2011年 - 2013年(J2)[編集]

2011年
チームスローガン:強小参年 飛翔

戸川健太鈴木伸貴多田大介丁東浩(レンタル移籍)などJリーグ経験者を中心に補強。住田貴彦のレンタル移籍期間も延長した。

3月6日、Jリーグ加盟後の初戦は徳島に敗北。東日本大震災で中断し、再開した4月24日の北九州戦に勝利し、Jリーグ加盟後初勝利を飾り、6月5日の京都戦でホーム初勝利を挙げた。

夏場に5連敗を喫するなど一時は調子を落としたが、天皇杯2回戦の熊本戦に勝利したり[注 1]、リーグ戦ではJ2上位の札幌に競り勝った。なお、シーズン成績は8勝7分23敗の19位。

シーズン終了後、松田が監督を退任。また、3選手が現役引退。服部年宏梅田直哉多田大介FC岐阜へ移籍した(服部・梅田は完全移籍。多田は期限付き移籍)。

2012年
チームスローガン:強小四年 信頼

監督に松本山雅FC元監督の吉澤英生が就任。紀氏隆秀をレンタル移籍で、柳楽智和と前年まで大分からのレンタル移籍だった住田貴彦を完全移籍で獲得。大卒新人選手として、杉本拓也(前年特別指定選手)、熊澤圭祐三浦修が加入した。また、元コスタリカ代表のケニー・クニンガムロイ・スミスの2名を獲得した。シーズン途中の7月には千葉から久保裕一藤本修司をレンタル移籍にて獲得した。 また、この年も京都からホーム初勝利を挙げている。

第4節で京都に勝利したものの、開幕から10試合で勝利はその1勝のみで、第9節、第10節は最下位。第12節で最下位を脱したものの、第15節から6連敗、さらに前半戦最終戦草津戦での勝利を挟んで、後半戦も4連敗と、シーズン通して下位に沈み、第34節以降は20位もしくは21位に低迷。最終的には11勝5分26敗、勝ち点38の20位でシーズンを終えた。なお、総失点78(次に多い福岡が68)、得失点差-45(次に多い町田が-33)はJ2ワーストであった。

シーズン終了後、吉澤が監督を退任。またチームトップの4得点を挙げた美尾敦小井手翔太倉吉市出身の福井理人など引退・レンタル期間満了を含めて16人の選手と来期の契約を結ばない事を発表した。

2013年
チームスローガン:強小五年 全力前進

鳥取OBの小村徳男が監督に就任[6]。また、前監督の吉澤がヘッドコーチに就任した。

柳川雅樹岡本達也辻正男永里源気が完全移籍で、嘉味田隼横竹翔田中雄大武田英二郎廣田隆治がレンタル移籍で、大卒新人選手として井上亮太が加入。久保裕一がレンタル移籍期間延長で残留。外国人選手は、ブラジル出身のラファエル(5月退団)、レジナルド(5月退団)、ブルーノ(7月退団)と韓国出身の林東賢が加入した。5月には林堂眞鮫島晃太がレンタル移籍で加入。7月にはブラジル出身のドゥドゥがレンタル移籍、安藤由翔(2014年入団内定)が特別指定選手として加入。8月にはアメリカ出身のオスカーが完全移籍、鳥取市(旧・河原町)出身の谷尾昂也がレンタル移籍で加入した。

開幕から5戦を終えた時点では2勝3分で2位と好位置につけたものの、第4節から第15節まで12試合連続勝ちなし(6分6敗)で19位へ順位を下げた。第16節で当時首位の神戸に勝ち連続勝ちなしがストップ、続く第17節も勝ち連勝したが、直後に4連敗し、前半戦最後の第21節終了時点で、20位群馬と勝ち点では並ぶもののJFLとの入れ替え戦の可能性がある21位まで順位を落とす。第23節から6試合連続勝ちなしとなった第28節終了後の8月12日、成績不振により監督の小村を解任、前田浩二が強化部長兼任で後任監督に就任した。しかし前田就任後もリーグ、天皇杯いずれも公式戦での勝利を挙げることが出来ず、9月22日、勝点で並び最下位だった岐阜に敗れた第34節終了時に最下位に転落。41節の北九州戦に敗れたことでシーズン最下位が決定した。シーズン最終戦となるホーム千葉戦でも2点をリードしながら追いつかれ引き分け、結局、前田の監督就任後レギュラーシーズン終了までの公式戦13試合でも4分9敗に終わり、7月3日の第22節アウェー山形戦に勝利して以降公式戦で未勝利のまま、2013年度JFL2位のカマタマーレ讃岐とのJ2・JFL入れ替え戦に臨むも[7]、1分1敗となり、翌年からは新設されるJ3への参加が決定した。

シーズン終了後、前田が監督と強化部長を辞任[8]吉野智行柳楽智和岡野雅行が現役引退。チームに11年在籍した実信憲明、チーム最多の10得点を挙げた永里源気、8得点を挙げた久保裕一など引退・レンタル期間満了を含めて18選手が退団した。

ピッチ外では2月24日にチュウブYAJINスタジアム(チュスタ)で行われたトレーニングマッチ(対ガンバ大阪)において、関係機関の許可を得ないまま有償シャトルバスを運行したとして道路運送法違反の嫌疑で書類送検され、後に起訴猶予処分となっている[9]。 また12月3日には、6月19日にクラブ職員が酒気帯び運転をし、鳥取県公安委員会から10月31日に運転免許取り消しを含む行政処分を受けたことを受け、クラブ運営会社に対し、Jリーグからけん責(始末書提出)および制裁金100万円の制裁処分が下された[10]

2014年 - (J3)[編集]

2014年
チームスローガン:強小六年 不撓不屈

松波正信が監督に、岡野がゼネラルマネージャーに就任した。林佳祐福王忠世倉貫一毅藤牧祥吾が完全移籍で、稲森克尚がレンタル移籍で、大卒新人選手として安藤由翔(前年特別指定選手)、山本大稀馬渡和彰中山仁斗柿木亮介小石哲也が加入。前年から期限付き移籍で加入していた横竹翔谷尾昂也廣田隆治が完全移籍で加入した。

成績[編集]

タイトル[編集]

チーム[編集]

個人[編集]

日本フットボールリーグ

スタジアム・練習場[編集]

ホームスタジアム[編集]

SC鳥取時代は米子市営東山陸上競技場(現:どらドラパーク米子陸上競技場、略称:どらパー)をホームスタジアムとしていた。Jリーグ準加盟(2007年)以降の開催スタジアムは「当項目」を参照のこと。

とりスタ開催の際には、スタジアムの駐車場がほとんど無い(イベントスペースとして供出される)ため、スタジアム横のサブグラウンドの駐車券を事前販売しているほか、鳥取駅周辺の有料駐車場やスタジアム周辺に臨時駐車場を設け、そこからのシャトルバスを運行(パークアンドライド方式[11])している。また、米子〜とりスタ間(道の駅・北条公園経由)を往復する長距離シャトルバスも出している。

2013年度はJ2ライセンスの交付であったが、将来的にJ1ライセンス取得のためにはスタジアムの入場可能数の増加が必要なため、クラブ側は鳥取市に対してスポーツ振興くじ(toto)助成金を利用した座席数を増設するように要請した[12]

2014年も引き続きJ2ライセンスで、Jリーグから「B等級基準未充足」として2014年度において本拠地として使用する予定のスタジアムの衛生面、並びに屋根の不足を理由とする観客へのホスピタリティーの向上策の実施、また今後実施を予定しているホスピタリティー向上策について書面で回答すること[13]との制裁を受け、事実上条件付きのライセンス交付であった。またJ2残留を前提として、上記の収容人員規定を満たすための3000人分の増設工事の計画が予定されていたが、J3降格を受けて鳥取市は増設工事を当面凍結することになった[14]

なお、どらパーをJリーグ公式戦開催規格(スタンド増設やナイター設置など)へ改修する案もあったが、米子市側は市の財政や陸上競技場の立地状況の問題もあって、改修する考えはないとした[15]

年度別入場者数[編集]

略記について
年度 所属 合計
入場者数
最多入場者数 最少入場者数 平均
入場者数
試合数 ホームゲーム
開催スタジアム
入場者数 相手 会場 入場者数 相手 会場
2007 JFL 29,832 3,811 ソニー 鳥取 851 YKK AP 鳥取 1,755 17 鳥取10、東山陸4、布勢3
2008 54,682 7,117 FC刈谷 東山陸 1,363 栃木SC とりスタ 3,217 17 とりスタ13、東山陸4
2009 58,128 6,188 Honda とりスタ 1,267 町田 3,419 17 とりスタ12、どらパー5
2010 59,418 9,499 SAGAWA 1,837 ホンダロック 3,495 17 とりスタ13、どらパー4
2011 J2 70,152 8,212 横浜FC 1,787 草津 3,692 19 とりスタ19
2012 65,786 6,629 岡山 1,363 草津 3,133 21 とりスタ21
2013 86,033 10,096 G大阪 1,530 福岡 4,097 21 とりスタ21[注 2]
2014 J3 18 とりスタ13、チュスタ5

YAJINスタジアム[編集]

  • 2010年7月26日、米子市に「強小の森スポーツパーク・YAJINスタジアム」(仮称)の建設を計画していることを発表。
  • 2012年3月30日、建設着工[16]
  • 2012年11月末に完成。スタジアムの命名権を芝生の生産・販売を行なう「チュウブ」が獲得(2022年までの10年契約。名称は「チュウブYAJINスタジアム(略称:チュスタ)」)[17]
  • 2012年12月9日、こけら落としとして「YAJINオールスターズ×ガイナーレ鳥取」が開催[18]。試合の詳細はチュウブYAJINスタジアム#スタジアム完成記念試合を参照。
  • 2014年4月29日、Jリーグ公式戦が初めて開催(J3リーグ町田戦)。

練習場[編集]

SC鳥取時代は米子市がホームタウンだったため、米子市もしくはその近郊で練習することが多かった。現在の練習場はチュウブYAJINスタジアム、養和会YAJINフィールド(米子市、2014年からメイン練習場[19])、コカ・コーラウエストスポーツパーク鳥取市[1][4] および鳥取市若葉台スポーツセンター(2013年4月完成)などである[4][20]

ガイナーレの練習場として挙げられているのは以下の施設である。

将来的な計画として[編集]

クラブは2011年以後、Jリーグライセンス規格の関係で米子など県西部での開催が行われなくなり、観客が減少していることや、ライセンスのA等級で専用練習場を確保することが義務付けられていることから、チュスタの積極活用を計画している。

基本の本拠地はとりスタとし乍ら、J3リーグではチュスタを第2のホームスタジアムと位置付けて、日程面でホームゲームの連戦となる、集客の谷間の節でチュスタを使用する。通常の練習についても当面原則的にはチュスタを使い、ホームゲームがとりスタなど県東部で行われる場合は、調整が可能な限りは上記にある鳥取市のスタジアムも使うとしている。なお、2013年までメインで使用した「若葉台スポーツセンター」については、利用頻度増加をしてしまうと、一般市民への解放に制限が出る可能性があることも理由としている。

またJ2以上の場合は収容人員の規格の問題上チュスタの使用が困難となる可能性もあるため、将来的に県西部のサポーターの集客を高めるための交通アクセスの改善、さらには「とりスタを試合の本拠地、チュスタを育成の場」と位置付ける計画も予定している。[21]

ユニフォーム[編集]

ユニフォームの色
カラー シャツ パンツ ストッキング
FP(1st) 黄緑[1] 黄緑[1] 黄緑[1]
FP(2nd) [1] [1] [1]
GK(1st)
GK(2nd)
FP 1st
FP 2nd
GK 1st
GK 2nd

チームカラー[編集]

ユニフォームスポンサー[編集]

掲出箇所 スポンサー名 表記 掲出年 備考
鳥取ガスグループ 鳥取ガス 2014年-
背中 大山乳業農業協同組合 白バラ牛乳 2010年-
寿製菓 因幡の白うさぎ 2010年-
パンツ ポプラ ポプラ 2014年- 2013年は胸
  • 2012年より右胸エンブレム下に「強小鳥取」の文字が入った。

ユニフォームサプライの遍歴[編集]

歴代ユニフォームスポンサー年表[編集]

年度 背中 パンツ サプライヤー
2007 森を守ろう 吾左衛門寿し OUランド
・ホテル
マックスサポート
コールサポート
hummel
2008 大山黒牛 - - 森を守ろう
2009 ガンバロウ鳥取 PURE CITY
2010 白バラ牛乳 因幡の
白うさぎ
食のみやこ鳥取県
2011 NANO Optonics
Energy
焼肉 強小亭
2012 -
2013 ポプラ 堀田石油(9月-)
2014 鳥取ガス ポプラ

チーム情報[編集]

所属選手[編集]

スタジアムDJ[編集]

基本的に三村が一人で担当し、これに田子が加わって二人で担当するケースもあった。なお、田子・三村が共に来場できない場合は、地元CATV局アナウンサーなどが行った。
スタジアムDJに田子および三村が起用されたのは、前GM竹鼻快の「試合内容以外の部分でのサポーターの満足度を高める」という方針と、竹鼻が元々湘南ベルマーレの職員だったというコネクションもある[22]
スタジアムDJは、オーディションで選ばれた平野ともう1名による最終選考がプレシーズンマッチの中で行われ[23]、サポーターによる投票の結果、平野が選ばれた[24]

ガイナーレガール[編集]

鳥取県内でフリーペーパーなどを作成・発行・配布している株式会社Peebaが発行している「鳥取美少女図鑑」とのコラボレーションにより、2011年7月に10名のPRガールが選ばれ、2012年1月までガイナーレガールとしてホームゲームや各種イベントに出演した[25]。2012年以降もメンバーを入れ替えて選出している。

ガイナーレ鳥取もりあげ隊[編集]

  • ほのまる[26] : 2014年 - (メンバーの向井登志彦は米子市出身)
  • Chelip[27] : 2014年 - (鳥取県出身の2人によるアイドルユニット)

サポートソング[編集]

鳥取県米子市出身のシンガーBeijyの1stシングル「光の先へ」(2009年6月リリース)がサポートソングとして選ばれた。Beijy自身もホームゲームイベント等でスタジアムを何度か来訪し本曲を歌ったほか、試合観戦もしている。また、これとは別にスタジアム用のBGMとして、四種のオリジナル曲が作られ、既存のJリーグアンセム等々と併せてそれぞれのシーンに応じて流されている。

ホームタウン・デイ[編集]

2011年シーズン途中から、ホームゲームごとに鳥取県内各市町村(一部町村は合同で)を対象とするホームタウン・デイが設けられ、該当する市町村住民を対象とするチケットの割引販売、市町村紹介イベント、物産販売などが行われている。

下部組織[編集]

株式会社SC鳥取が運営する組織[編集]

  • ガイナーレ鳥取ユース
2008年に設立。米子松蔭高等学校と提携し、人材育成に取り組んでいる。
高円宮杯U-18プリンスリーグ中国2部参入。
  • ガイナーレ鳥取ジュニアユース (中学生チーム・2007年までは「SC鳥取ヴェルドール」の名称で活動)
高円宮杯U-15プログレスリーグ参入。

NPO法人やまつみスポーツクラブが運営する組織[編集]

  • SC鳥取ドリームス (OB主体チーム)
  • SC鳥取プエデジュニアユース (中学生チーム)
  • SC鳥取プエデジュニア (小学生チーム)
  • SC鳥取フィオーレ (女子チーム)

財政問題[編集]

2008年8月12日、ガイナーレを運営する株式会社SC鳥取が選手補強や本拠地移転の費用等により債務超過となっていることが判明。これを受け、Jリーグから成績面でのJ2参入条件(4位以内)確保だけでなく、債務超過の解消と財務の健全化、経営基盤の強化が求められた。なお、株式会社SC鳥取によれば、J2に参加するためには、2008年11月末までに2億円の資金調達が必要であることが明らかになった。

その後、行政や個人・団体から支援金が集まり、さらに鳥取県と鳥取市が出資した「バードスタジアム国際交流基金」からJリーグ参入条件であるJFL4位以内を条件に約7000万円の出資が決定し、2億円の資金調達に目処が立った。しかし、同年のJFL4位以内の確保に失敗したため、基金からの出資は事実上白紙撤回となった。なお、2008年シーズン終了時点でのクラブの累積赤字は7000万円であった。

2009年以降、株式会社SC鳥取は身の丈運営でJリーグ参入を目指すことを表明しており[28]、同年からチームの統一スローガンとして掲げられている「強小」は、その意思表示の文言である。「強小」の言葉は2012年版ユニフォームの胸にも表記されている。

2010年11月29日、Jリーグ臨時理事会でJ入会が決定したが、Jリーグ側は株式会社SC鳥取に対して、2011年シーズンに向け、5000万円の増資を行うことと、2011年度において単年黒字を達成することを要請した。[29]。なお、2012年1月期末時点で債務超過は解消されている。

スポンサー[編集]

他クラブとの関係[編集]

湘南ベルマーレとの関係[編集]

塚野真樹は2006年にコーチライセンス取得のためSC鳥取から出向して、1年間にわたって湘南ベルマーレユースのコーチを務めた。その後、塚野は株式会社SC鳥取の社長就任のために鳥取に復帰したが、これと前後して湘南ベルマーレのクラブスタッフだった竹鼻快が鳥取のスタッフ(ゼネラルマネージャー職)として加入。スタジアムDJの項にもある三村ロンド、田子千尋らの起用など、ベルマーレ人脈を生かしてきた。選手も特にプロ化後に多くの選手がベルマーレから移籍した。

島根スサノオマジックとの関係[編集]

同じ山陰地方の隣県にあるプロスポーツチーム同士ということで、bjリーグ島根スサノオマジックと友好的な関係にある。公式サイトを相互リンクしたり、スサノオマジックの一部(鳥取県内で)の試合開催に於いてガイナーレ側が特設ブースを出すことがある一方、スサノオマジック側もJFL時代の米子開催時に中海市長会作成の共同ステッカーを配布したことがある。また、双方の社長が対談企画に参加したこともある。

復活!公園遊び[編集]

やまつみスポーツクラブがチーム運営をしていた前身のSC鳥取時代から、屋外で遊ぶ機会の少ない子供たちに、屋外で身体を使って遊ぶ機会を提供しようという観点から継続的に実施されているイベントである。選手やチームスタッフなどが「ガキ大将」役となり、参加する子供たちと共に鬼ごっこなどの遊びを行う。ガイナーレ鳥取となってからは選手等を同イベントに派遣するなどして、実行主体であるやまつみスポーツクラブに協力している。

サポーター・応援[編集]

サポーター[編集]

SC鳥取時代からのサポーターに加え、ホームタウンである鳥取県内を中心とした新たなサポーターの開拓も行っている。ガイナーレ・グリーン・クラブ(GGC)というチーム公式のサポーターズクラブに加入することで、当日券の前売り券価格による廉価販売、サブグラウンド駐車券の廉価での優先購入権、公式グッズの割引や限定グッズの購入権、GGC会員向けイベント参加権などの特典が受けられる。

また、サポーター有志による独自性のあるサポート活動も盛んに実施されている。例として、サポーター有志で応援盛り上げなどを主目的としたフリーペーパーを作成してゲート付近で配布したり[30]米子市DARAZ FMでサポーター出演による応援番組が放送されているなどがある(ラジオ放送については後述)。

JFL時代からの応援団体として「Asas De Passaro(アーザス・デ・パッサーロ)」があり、ゴール裏等コアゾーンで下記に代表されるような応援の先導を務めている代表的な団体であり、サポーター主体活動の取りまとめ役ともなることが多い。

応援スタイルなど[編集]

応援スタイルとして、新しく用意されるチャントの他に、GKに対しての「ぬりかべ、○○(○○は選手名)」というチャントや、選手入場時の「鳥男」(ガガガSPの「弱男」が原曲)、ゴールチャンス時の「声が届くまで」(KUMACHI)など、SC鳥取時代から歌い継がれているチャントとを組み合わせている。また、試合終了後の「ガイナーレ劇場」のように選手とサポーターが一緒になって行うものもあり、サポーターの間で知られる「奥山バナナ」や「東山の約束」などは、いずれも「ガイナーレ劇場」が発端となっている。(ただし、Jリーグ昇格以降ガイナーレ劇場は行われていない)

メディア[編集]

テレビ[編集]

日本海テレビ
日本海ケーブルネットワーク
  • 熱中! ガイナーレ
NHK鳥取放送局
  • いちおしNEWSとっとり いちおしスポーツ
山陰放送(BSSテレビ)
中海テレビ放送
  • Chukai情報広場 パルディア 『Road to 野人続々!プロジェクトG』

ラジオ[編集]

DARAZ FM
  • ガイナーレ鳥取 ガイナトピックス
FM鳥取(RADIO BIRD)
山陰放送(BSSラジオ)

新聞・雑誌[編集]

地方紙
全国紙地方版

脚注[編集]

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注釈
  1. ^ 前身のSC鳥取時代を含めて天皇杯での対Jリーグチーム初勝利。なお、続く3回戦では清水に敗退。
  2. ^ とりスタは他に入れ替え戦1試合主催
出典
  1. ^ a b c d e f g h i j k l m n o p q r s t u v w x y z aa ab ac ad クラブガイド:ガイナーレ鳥取”. J3リーグ. 2014年2月20日閲覧。
  2. ^ a b c “Jリーグ準加盟審査結果について” (プレスリリース), 日本プロサッカーリーグ, (2007年2月20日), http://www.j-league.or.jp/release/000/00001572.html 2013年3月13日閲覧。 
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関連項目[編集]

外部リンク[編集]