ガイナーレ鳥取

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ガイナーレ鳥取
原語表記 ガイナーレ鳥取
愛称 ガイナーレ
クラブカラー     黄緑
創設年 1983年
所属リーグ 日本プロサッカーリーグ
所属ディビジョン Jリーグ ディビジョン2
ホームタウン 鳥取市倉吉市米子市境港市を中心とする鳥取県全県
ホームスタジアム とりぎんバードスタジアム
Torigin Bird Stadium.jpg
収容人数 16,033
運営法人 株式会社SC鳥取
代表者 日本の旗 塚野真樹
監督 日本の旗 吉澤英生
公式サイト 公式サイト
テンプレート(ノート)サッカークラブPJ
株式会社SC鳥取
SC TOTTORI Co.,Ltd.
種類 株式会社
本社所在地 683-0824
鳥取県米子市久米町253-1
設立 2006年12月28日
業種 サービス業
事業内容 サッカークラブの運営
代表者 塚野真樹
資本金 1億4,480万円
決算期 1月期
外部リンク http://www.gainare.co.jp/
特記事項:鳥取市西町1-101西町バンクビルに東部事務所が置かれている。
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ガイナーレ鳥取(ガイナーレとっとり、Gainare Tottori)は、日本鳥取市倉吉市米子市境港市を中心とする鳥取県全県にホームを置く、日本プロサッカーリーグ(Jリーグ)に加盟するプロサッカークラブ。

目次

[編集] 概要

1983年に創設された「鳥取教員団サッカー部」が前身となり、1989年SC鳥取へ改称。2007年にガイナーレ鳥取としてプロクラブ化。2011年よりJリーグへ加盟している。

山陰地方では初のプロサッカークラブであり、プロスポーツクラブとして山陰初である。

ホームタウンについて、SC鳥取時代は米子市であったが、ガイナーレ鳥取としてプロ化した2007年から鳥取県全域へ拡大している。なお、ユース・ジュニアユースチームは米子市に拠点を置いている。

チーム名の「ガイナーレ(GAINARE)」は、前身のSC鳥取時代にチーム愛称として公募の上で決まったもので、島根県の東部から鳥取県の西部にかけての方言雲伯方言)で「おおきい」という意味の「がいな」とイタリア語の「SPERARE(願う)」から付けられた。

ホームスタジアムはとりぎんバードスタジアム、メインの練習場はコカコーラウエストスポーツパークである。詳細は下記#スタジアム項を参照。

[編集] 歴史

[編集] 前史

1983年に創設された「鳥取教員団サッカー部」が前身となり、1989年SC鳥取へ改称。2000年中国サッカーリーグで初優勝し、2001年より日本フットボールリーグへ昇格。2006年12月に運営会社となる株式会社SC鳥取を設立。2007年2月にガイナーレ鳥取へ改称し、同月中にJリーグ準加盟が承認された。

これを機に、ホームタウンを公式には上掲の4市を中心とする鳥取県全域と定めるが、Jリーグの開催基準に合わせるため大半の試合を鳥取市営サッカー場(バードスタジアム。現在のとりぎんスタジアム)で消化することになり、事実上「鳥取市へ移転」となった。

[編集] 2007年 - 2010年 (JFL)

[編集] 2007年

U-20日本代表監督の水口洋次を監督に、元タイ代表監督のヴィタヤ・ラオハクルをヘッドコーチに招聘、 Jリーグ ディビジョン2(J2)参入条件の4位以内を目標としてシーズンを迎えた。しかし、開幕から5試合無勝利とスタートに失敗する。8月、成績不振を理由に水口が辞任、ヴィタヤが監督に昇格する。就任2試合目からリーグ戦6試合無敗であったが、終盤に3連敗。JFL昇格後最多の勝ち点を獲得したが14位に終わる。オフには引退、レンタル期間満了も含め13人の選手と契約を打ち切った。

[編集] 2008年

2008年、元日本代表小村徳男など元J1クラブ所属選手や、コン・ハメドアドゥール・ラッソなどヴィタヤのタイルートを活用した外国人選手など、期限付き移籍も含め新たに選手をシーズン開幕時点で15人獲得。

SC鳥取時代を含めて、JFL昇格後初の開幕戦勝利を収めたが、以降は怪我人が多く成績も低迷、一時は4位との最大勝点差が14となった。その後、怪我で離脱していた選手が復帰すると共にチームも調子を上げ、後期16節終了時点で4位との勝点差を2まで縮めたが、後期17節(リーグ最終戦)の流通経済大学戦で敗北。JFL参入以降では最高順位ながら5位に終わり、J2昇格はならなかった。リーグ終了後に小村は引退した。

[編集] 2009年

チームスローガン:強小元年

2009年、GKシュナイダー潤之介やDF柴村直弥、FW阿部祐大朗やFW梅田直哉ら計7選手を獲得。さらに前年から期限付き移籍で加入していたMF鈴木健児とFW小澤竜己ら5選手を完全移籍で獲得した。

前期は開幕3連勝を含む8戦無敗(6勝2分)、勝ち点30で2位と好位置につけたが、シーズン中盤に決定力不足に陥り4連敗を喫した。後期に入り、元日本代表FW岡野雅行、MF奥山泰裕やDF橋内優也を獲得したものの、前述の4連敗以降から不振に陥ったチームの立て直しまでには至らず、リーグ最多の65得点およびリーグ最多得失点差の+28でありながら、2年連続5位に終わった。リーグ終了後に3選手が戦力外、レンタル移籍で獲得した3選手が契約満了で退団。シュナイダーは横浜FCへ移籍した。なお、天皇杯全日本サッカー選手権大会は2回戦でコンサドーレ札幌に敗北。

[編集] 2010年

チームスローガン:強小弐年『闘士』

2010年、ヴィタヤが2009年12月にタイ帰省中に起こした交通事故による怪我の回復が進まず、監督を辞任し、後任に前東京V監督の松田岳夫が就任した[1]。また2009年は不在だったヘッドコーチに2008年にヘッドコーチを務めた中村有が東京Vより復帰、元日本代表服部年宏美尾敦喜多靖小針清允内間安路など8人が加入した。また当初移籍濃厚と言われたハメドも残留した。

シーズンは、服部を中心とした守備陣が機能したことで前年の課題だった守備が安定し、前年を上回る開幕14戦無敗(10勝4分)で前期を首位で折り返した。後期に入り、大分からFW住田貴彦(米子市出身)をレンタル移籍で獲得。

10月3日アルテ高崎戦(後期10節)に勝利し、J2参入条件の1つであるJFL4位以内が確定(この高崎戦でJFLチーム通算300試合目、さらにJFLチーム通算100勝を達成)。10月24日栃木ウーヴァFC(後期12節)を破り、JFL史上最速となる5試合を残してリーグ初優勝を決めた。結局、JFL記録となるホーム戦年間17試合無敗(16勝1分)、ホーム戦は14連勝を達成した。

11月29日、Jリーグ臨時理事会で鳥取のJリーグ入会が全会一致で承認され、2011年シーズンからのJ2参入が正式に決定した[2]。なお、天皇杯は初戦(2回戦)で徳島に敗北。

[編集] 2011年 - (J2)

[編集] 2011年

チームスローガン:強小参年 飛翔

補強は、戸川健太鈴木伸貴多田大介丁東浩(レンタル移籍)などとJリーグ経験者を中心に補強。住田貴彦のレンタル移籍期間も延長した。

3月6日、Jリーグ加盟後の初戦は徳島に敗北。東日本大震災で中断し、再開した4月24日の北九州戦に勝利し、Jリーグ加盟後初勝利を飾り、6月5日の京都戦でホーム初勝利を挙げた。

夏場に5連敗を喫するなど一時は調子を落としたが、天皇杯2回戦の熊本戦に勝利したり[3]、リーグ戦ではJ2上位の札幌に競り勝つなどした。結局、8勝7分23敗の19位でシーズンを終えた。

シーズン終了後、松田が監督を退任。また、3選手が現役引退。服部年宏梅田直哉FC岐阜へ移籍した。

[編集] 2012年

チームスローガン:強小四年 信頼

新監督に松本山雅Honda FCFC琉球で監督を務めた吉澤英生が就任。なお吉沢は初めてJリーグクラブで指揮を執る。

補強は柳楽智和紀氏隆秀(レンタル移籍)を補強、前年まで大分からのレンタル移籍だった住田貴彦が完全移籍となり、昨シーズン特別指定選手だった杉本拓也が加入した。また、外国籍選手としてコスタリカから同国代表歴も持つケニー・クニンガムロイ・スミスの2名を獲得した。

[編集] 成績

[編集] タイトル

[編集] チーム

[編集] 個人

日本フットボールリーグ

[編集] スタジアム

[編集] 開催スタジアム

SC鳥取時代は米子市営東山陸上競技場(現:どらやきドラマチックパーク米子陸上競技場、略称:どらパー)をホームスタジアムとしていたが、プロ化した2007年シーズンはとりぎんバードスタジアム(略称:とりスタ、旧名称:鳥取市営サッカー場)で9試合、どらパーとコカ・コーラウエストスポーツパーク陸上競技場 (旧名称・鳥取県立布勢総合運動公園陸上競技場、鳥取市)で各4試合を開催。2008年から2010年までは鳥取市の開催をとりスタ(年13-14試合)に一本化。どらパーは年4〜5試合開催された。2011年からはJリーグ開催基準の関係で全てのホームゲームがとりスタ開催となった。とりスタ開催の際には、スタジアムの駐車場がほとんど無い(イベントスペースとして供出される)ため、スタジアム横のサブグラウンドへの駐車券を一定数事前販売しているほか、鳥取駅周辺の有料駐車場やスタジアム周辺に臨時駐車場を設け、そこからのシャトルバスを運行(いわゆるパーク&ライド方式[4])している。また、米子~とりスタ間(道の駅・北条公園経由)を往復する長距離シャトルバスも出している。

なお、どらパーをJリーグ公式戦開催規格(スタンド増設やナイター設置など)へ改修する案もあったが、米子市側は市の財政や陸上競技場の立地状況の問題もあって、改修する考えはないとした[5]

[編集] YAJINスタジアム建設構想

2010年7月26日、所属選手である岡野雅行の愛称「野人」から命名した「強小の森スポーツパーク・YAJINスタジアム」(仮称)の建設構想を米子市に計画していることを発表した。具体的には岡野自らがスタジアムを監修し、米子市にあったゴルフ場の跡地を活用し、6000人収容のスタジアムを核として周辺に練習用のサブグランドを設営する。現状の計画ではJリーグの開催基準を満たさないため公式戦開催はできないが、特例的に公式戦が開催できるようにJリーグに要請するほか、スタンドの増築も検討している[6]

2011年12月22日、スタジアム建設を2012年4月に着工する事を発表した。同年11月に完成する予定としている[7]

[編集] 練習場

SC鳥取時代は米子市がホームタウンだったため、米子市もしくはその近郊で練習することが多かったが、チーム拠点を鳥取市に移してから主として利用しているのはコカ・コーラウエストスポーツパークのうち球技場や多目的広場を中心とした、鳥取県東部から中部にかけての施設がほとんどである。なお、2012年2月現在、チーム固有の練習拠点を有していないが、鳥取市によって練習場の整備が計画されているという[8]

現時点で練習に使用されている主な施設は、以下の通り。

また、シーズンイン前のキャンプでは、兵庫県洲本市淡路島)にある五色台運動公園(アスパ五色)を利用するケースが多い。

[編集] 下部組織

2011年まで鳥取県サッカーリーグ、2012年から中国サッカーリーグに所属。
  • ガイナーレ鳥取ユース
2008年に設立。米子松蔭高等学校と提携し、人材育成に取り組んでいる。
高円宮杯U-18プリンスリーグ中国2部参入。
  • ガイナーレ鳥取ジュニアユース (中学生チーム・2007年までは「SC鳥取ヴェルドール」の名称で活動)
CFAプログレスリーグU-15参入。
  • SC鳥取プエデジュニアユース (中学生チーム)
  • SC鳥取プエデジュニア (小学生チーム)
  • SC鳥取フィオーレ (女子チーム)

[編集] ユニフォーム

ユニフォームの色
カラー シャツ パンツ ストッキング
FP(1st) 黄緑(梨) 黄緑(梨) 黄緑(梨)
FP(2nd)
GK(1st)
GK(2nd)
FP 1st
FP 2nd
GK 1st
GK 2nd

[編集] チームカラー

  •     黄緑。なお、この色は鳥取県の特産品である二十世紀梨が元になっている。2009年頃から徐々に色調が明るめになってきている。

[編集] ユニフォームスポンサー

掲出箇所 スポンサー名 表記 提出年 備考
ナノオプトニクス・エナジー NANO Optonics Energy 2011年-
背中 大山乳業農業協同組合 白バラ牛乳 2010年-
寿製菓 因幡の白うさぎ 2010年-
パンツ なし

[編集] ユニフォームサプライの遍歴

[編集] 歴代ユニフォームスポンサー年表

年度 背中 パンツ サプライヤー
2007 森を守ろう OUランド・ホテル 吾左衛門寿し マックスサポート
コールサポート
hummel
2008 大山黒牛 - - 森を守ろう
2009 PURE CITY ガンバロウ鳥取
2010 因幡の白うさぎ 白バラ牛乳 食のみやこ鳥取県
2011 NANO Optonics Energy 焼肉 強小亭
2012 -

[編集] チーム情報

[編集] 試合会場の盛り上げ

[編集] スタジアムDJ

基本的に三村が一人で担当し、これに田子が加わって二人で担当するケースもあったが、田子が一人で担当するケースは少なかった。また三村は仕事の合間を縫ってアウェイゲームにも顔を出していた。更に、顔つきや体格や声が三村によく似た、アフロヘアのDJ RONDOなる謎の人物が出現したこともある。スケジュール等の都合で、田子・三村の両者とも来られない場合は、地元CATV局アナウンサーなどが代役となった。
スタジアムDJに田子および三村が起用されたのは、GMの竹鼻快の「試合内容以外の部分でのサポーターの満足度を高める」という方針と、竹鼻が元々湘南ベルマーレの職員だったというコネクションもある[9]
2011年からのスタジアムDJは、オーディションで選ばれた平野ともう1名による最終選考がプレシーズンマッチの中で行われ[10]、サポーターによる投票の結果、平野が選ばれた[11]

[編集] ガイナーレガール

鳥取県内でフリーペーパーなどを作成・発行・配布している株式会社Peebaが発行している「鳥取美少女図鑑」とのコラボレーションにより、2011年7月に10名のPRガールが選ばれ、2012年1月までの間にガイナーレガールとしてホームゲームや各種イベントに出演している[12]。2012年もメンバーを入れ替えつつ継続されることになった。

[編集] サポートソング

鳥取県米子市出身のシンガーBeijyの1stシングル「光の先へ」(2009年6月リリース)がサポートソングとして選ばれた。Beijy自身もホームゲームイベント等でスタジアムを何度か来訪し本曲を歌ったほか、試合観戦もしている。

[編集] ホームタウン・デイ

鳥取県全県ホームタウンということもあり、2011年シーズン途中から、ホームゲームごとに鳥取県内各市町村(一部町村は合同で)を対象とするホームタウン・デイが設けられ、該当する市町村住民を対象とするチケットの割引販売、市町村紹介イベント、物産販売などが行われている。

[編集] マスコットキャラクター

2012年2月17日に、ガイナックス赤井孝美によるデザインのマスコットキャラクターが発表された。マスコットの名前候補を募集し、サポーター投票を経て5月3日のカターレ富山戦にて発表されるという[13]

[編集] 財政問題

2008年8月12日、プロ選手補強や事実上の本拠地移転の費用などの支出がかさんで債務超過となっていることが判明。これを受け、佐々木一樹Jリーグ常務理事から成績面でのJ2参入条件(4位以内)確保だけでなく、債務超過の解消と財務の健全化、経営基盤の強化が求められた。なお、運営法人の(株)SC鳥取によれば、J2に参加するためには、2008年11月末までに2億円の資金調達が必要であることが明らかになった。

その後、行政や個人・団体から支援金が集まり、さらに鳥取県と鳥取市が出資した「バードスタジアム国際交流基金」からJリーグ参入条件であるJFL4位以内を条件に約7000万円の出資が決定し、2億円の資金調達に目処が立った。しかし、同年のJFL4位以内の確保に失敗したため、基金からの出資は事実上白紙撤回となった。なお、2008年シーズン終了時点でのクラブの累積赤字は7000万円となっている。

2009年以降、鳥取は身の丈運営でJリーグ参入を目指すことを表明しており[14]、同年からチームの統一スローガンとして掲げられている「強小」は、その意思表示の文言である。「強小」の言葉は2012年版ユニフォームの胸にも表記されている。

2010年に入っても、8月時点で債務超過が4000万円に上るなど、いまだ問題の解決は充分に進んでいない[15]。11月29日Jリーグ臨時理事会でJ入会が決定したが、Jリーグ側は鳥取に対して、2011年シーズンに向け、5000万円の増資を行うことと、2011年度において単年黒字を達成することを要請した。[16]

[編集] スポンサー

[編集] 他クラブとの関係

[編集] 陰陽ダービー

中四国地方の4つのJ2クラブによる対戦を、特に「PRIDE OF 中四国」と名付けて行うことが発表されているが、その中で特に鳥取とファジアーノ岡山との対戦について「陰陽ダービー」と銘打って行うことが、2011年8月に行われた両チーム関係者同席の記者会見にて明らかにされた[17][18]。初年度の2011年には双方のホームゲームに於いて、相互の地域紹介・交流イベントなどが行われた。

[編集] 湘南ベルマーレとの関係

特に提携関係などを結んでいるわけではないが、湘南ベルマーレとは人的交流が多いとされる。その嚆矢は塚野真樹が2006年にSC鳥取から出向の形でコーチライセンス取得のための修行に出たことにあり、塚野は1年間にわたって湘南ベルマーレユースのコーチを務めた。その後、塚野は株式会社SC鳥取の社長就任のために鳥取に復帰したが、これと前後して湘南ベルマーレのクラブスタッフだった竹鼻快が鳥取のスタッフ(ゼネラルマネージャー職)として加入。スタジアムDJの項にもある三村ロンド、田子千尋らの起用など、ベルマーレ人脈を生かしてきた。選手も特にプロ化後に多くの選手が湘南ベルマーレから移籍した。

[編集] 島根スサノオマジックとの関係

同じ山陰地方の隣県にあるプロスポーツチーム同士ということで、bjリーグ島根スサノオマジックと友好的な関係にある。公式サイトを相互リンクしたり、スサノオマジックの一部の試合開催に於いてガイナーレ側が特設ブースを出すことがある。

[編集] 復活!公園遊び

やまつみスポーツクラブがチーム運営をしていた前身のSC鳥取時代から、屋外で遊ぶ機会の少ない子供たちに、屋外で身体を使って遊ぶ機会を提供しようという観点から継続的に実施されているイベントである。選手やチームスタッフなどが「ガキ大将」役となり、参加する子供たちと共に鬼ごっこなどの遊びを行う。ガイナーレ鳥取となってからは選手等を同イベントに派遣するなどして、実行主体であるやまつみスポーツクラブに協力している。

[編集] サポーター・応援

[編集] サポーター

SC鳥取時代からのサポーターに加え、ホームタウンである鳥取県内を中心とした新たなサポーターの開拓も行っている。ガイナーレ・グリーン・クラブ(GGC)というチーム公式のサポーターズクラブに加入することで、GGC会員向けイベント参加権などの特典が受けられる。

また、サポーター有志による独自性のあるサポート活動も盛んに実施されている。例として、サポーター有志で応援盛り上げなどを主目的としたフリーペーパーを作成してゲート付近で配布したり[19]DARAZ FMでサポーター出演による応援番組が放送されているなどがある。

JFL時代からの応援団体として「Asas De Passaro(アーザス・デ・パッサーロ)」があり、ゴール裏等コアゾーンで下記に代表されるような応援の先導を務めている代表的な団体である。

[編集] 応援スタイルなど

応援スタイルとして、新しく用意されるチャントの他に、GKに対しての「ぬりかべ、○○(○○は選手名)」というチャントや、選手入場時の「鳥男」(ガガガSPの「弱男」が原曲)、ゴールチャンス時の「声が届くまで」(KUMACHI)など、SC鳥取時代から歌い継がれているチャントとを組み合わせている。また、試合終了後の「ガイナーレ劇場」のように選手とサポーターが一緒になって行うものもあり、サポーターの間で知られる「奥山バナナ」や「東山の約束」などは、いずれも「ガイナーレ劇場」が発端となっている。

[編集] メディア

[編集] テレビ

テレビ局では、鳥取県内に本社を持つ地上波の日本海テレビ山陰放送が、いずれも夜の5分枠ながら独自の応援番組を持っている他、前述2局に加えてNHK鳥取放送局がローカルニュース枠内でコーナーを設けている。また、鳥取県内のCATV局には応援番組を持つ局がある。一方、島根県に本社がある山陰中央テレビで取り上げられる頻度は前述の各局に比べて少なく、応援番組等もない。

地上波での試合中継は、JFL時代はNHK鳥取放送局や山陰放送、日本海テレビ[20]、地元CATV局で行われていたが、Jリーグ参入後はNHK鳥取放送局またはスカパー!中継での制作協力を受け持つ日本海テレビとで行われている。

[編集] ラジオ

ラジオ局では、コミュニティFMのFM鳥取(鳥取市)やDARAZ FM(米子市)で独自の応援番組があり、特に後者の番組ではサポーターがパーソナリティを務め、サポーター目線での番組作りが大きな特徴となっている。また、山陰放送ラジオにも番組内に応援コーナーが存在する。

[編集] 新聞・雑誌

新聞は全国紙地方版でも時折取り上げられるが、やはり鳥取県が本拠である地元紙の日本海新聞が質量とも特に大きく取り上げているのが目立つ。島根県地盤だが鳥取県にも進出している山陰中央新報でも取り上げられる機会は比較的多い。また、月刊ローカルレジャー雑誌「Lazuda」にも毎号1ページの特集という形で取り上げられているほか、フリーペーパーの「Peeba」などでも取り上げられている。

[編集] WEB

チーム公式のWEBサイトがPC、モバイル(スマートフォン含む。有料)の両方で展開されている。また、野人続々!プロジェクト名義のtwitterアカウントも存在する(外部リンク参照)。

[編集] 関連項目

[編集] 脚注

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  1. ^ ヴィタヤ監督辞任 松田 岳夫氏監督就任のお知らせ ガイナーレ鳥取ニュースリリース 2010年2月1日
  2. ^ ガイナーレ鳥取のJリーグ入会が決定 Jリーグニュースリリース 2010年11月29日
  3. ^ 前身のSC鳥取時代を含めて天皇杯での対Jリーグチーム初勝利。なお、続く3回戦では清水に完敗している。
  4. ^ パーク&ライドでスタジアムに駆けつけよう! ガイナーレ鳥取ニュースリリース 2010年11月25日付
  5. ^ 米子市ホームペ-ジ内 公共施設に関する市政提案
  6. ^ 出典
    日刊スポーツ2010年7月26日
    野人続々!プロジェクト
    「YAJINスタジアム」計画 ガイナーレ、資金募る 朝日新聞、2010年8月10日
  7. ^ 野人スタジアム4月着工。11月中旬完成決定! 野人続々プロジェクト、2011年12月22日
  8. ^ ガイナーレ練習拠点整備へ クラブハウスなど設置 日本海新聞 2011年4月26日
  9. ^ スカパー!サカつく部 サカつくDivision1 第1節 竹鼻快氏
  10. ^ スタジアムナビゲーターFINALオーディション開催! ガイナーレ鳥取ニュースリリース 2011年2月17日
  11. ^ 2011スタジアムナビゲーター決定! ガイナーレ鳥取ニュースリリース 2011年3月3日
  12. ^ 7/24 PeebaSPECIAL MATCHよりガイナーレガール登場! ガイナーレ鳥取ニュースリリース 2011年7月11日
  13. ^ マスコットネーム募集! ガイナーレ鳥取公式サイト 2012年2月17日閲覧
  14. ^ 日本海新聞 「ガイナーレ来季方針 身の丈経営でJ再挑戦」 2008年12月2日掲載
    山陰中央新報 「ガイナーレ「J再挑戦」明言」 2008年12月2日掲載
  15. ^ 毎日新聞鳥取版・2010年9月10日
  16. ^ J's Goal・2010年11月29日
  17. ^ 9/10(土) 19:00 陰陽ダービー vsファジアーノ岡山 ガイナーレ鳥取ニュースリリース 2011年8月29日
  18. ^ PRIDE OF 中四国 〜陰陽ダービー〜 記者会見を行ないました。 ファジアーノ岡山ニュースリリース 2011年8月29日
  19. ^ ガイナーレ鳥取サポーター:フリーペーパー新「GJ」を発行へフィールドプロモーションニュース 2011年10月27日閲覧
  20. ^ 日本海テレビと山陰放送は、JFL時代に同じ試合を同時に生中継したことがある。

[編集] 外部リンク

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