藤枝MYFC
| 藤枝MYFC | |
|---|---|
| 原語表記 | 藤枝MYFC |
| 愛称 | MYFC (マイエフシー) |
| クラブカラー | 藤色 |
| 所属リーグ | 日本フットボールリーグ |
| ホームタウン | 静岡県藤枝市 |
| ホームスタジアム | 藤枝市総合運動公園サッカー場 藤枝市民グラウンド球技場 |
| 運営法人 | 株式会社藤枝MYFC |
| 代表者 | 小山淳 |
| 監督 | 斉藤俊秀 (選手兼任) |
| 公式サイト | 公式サイト |
| ■テンプレート(■ノート)■サッカークラブPJ | |
藤枝MYFC(ふじえだマイエフシー、Fujieda MYFC)は、静岡県藤枝市を本拠地とするサッカークラブチーム。日本フットボールリーグに所属。2010年(平成22年)に静岡FCと統合した事により、2011年までリーグ登録名をshizuoka.藤枝MYFC(しずおか・ふじえだマイエフシー)としてリーグに参加していた[1]。
所属選手は一般社会人であり、 藤枝東高校など県内の強豪高校のサッカー部出身者が多い。Jリーグ経験者も所属している。
日本初のネットオーナーシステムを採用し、ネットオーナーによる議論・投票により、戦術・運営・強化方針・人事などを決める。これはイギリスのMyFootballClubに続く世界で2チーム目である[2]。
目次 |
概要[編集]
県リーグの藤枝ネルソンCF(ふじえだネルソンクラブ・デ・フットボール)として創設された。チーム名のネルソンは往年の名選手、ネルソン吉村(元ヤンマー)にあやかってつけられたものである[2]。
過去何度か東海社会人リーグ2部への昇格のチャンスがあったが、いずれも昇格を逃している。
2008年11月、サッカークラブ育成コミュニティサイトMYFCにて、将来のJリーグ加入を目指す運営候補管理クラブに決定する。[3]
2009年2月には「サービス有料化までの暫定」ではあるものの、当時日本サッカー協会名誉副会長だった釜本邦茂が同チームの監督に就任することが発表された[4][5]。ただしこの件については後に釜本自身が「実際には監督というよりはスーパーバイザー的役割である」とコメントしており、現場でのチームの指揮はヘッドコーチ兼選手の斉藤俊秀が執っていた。後に釜本が名目上も監督から退き、ネットオーナーシステムの投票で97.5%の承認を得て3月から斉藤が正式に監督に就任している[2]。
2009年静岡県リーグ1部にて成績上は1位となるも、4月26日の「本田浜松-FCアスルクラロ沼津」戦における試合当番の不履行により5順位降格処分を受け、6位でシーズンを終える。このため本来なら東海地区県域リーグ決勝大会[6]出場となるはずが事実上剥奪された。
2010年(平成22年)1月、東海社会人リーグ1部の静岡FCとの統合を発表、呼称をshizuoka.藤枝MYFCとして東海社会人1部リーグに参戦[7] [8]。静岡県1部リーグのチームは「F.F.C.」に改称したがメンバー確保が困難となり同シーズンをもって解散した[9]。2010年は東海社会人リーグ1部で優勝し、第34回全国地域サッカーリーグ決勝大会に出場したものの、1次ラウンドで敗退してJFL昇格はならなかった。
2011年も東海社会人リーグ1部で優勝し、2年連続で全国地域サッカーリーグ決勝大会に出場した。第35回全国地域サッカーリーグ決勝大会では1次ラウンドを3戦全勝(PK勝ち1)の勝ち点8で突破した。決勝ラウンドではHOYO AC ELAN大分にPK戦で敗れたものの、2勝1敗(PK勝ち1、PK負け1)の勝ち点6で準優勝となり、2012年からJFLに昇格することが決まった[2]。
2012年(JFL)[編集]
呼称をshizuoka.藤枝MYFCから藤枝MYFCへと戻す[10]。Jリーグ参加をめざし、藤枝市総合運動公園サッカー場のJリーグ規格への改修を求める署名活動を行っている[11]。
本拠地[編集]
成績[編集]
| 年度 | 所属 | 順位 (チーム数) |
勝点 | 試合 | 勝 | 分 | 敗 | 得 | 失 | 差 | 天皇杯 | 他公式戦 | 監督 |
|---|---|---|---|---|---|---|---|---|---|---|---|---|---|
| 2010 | 東海1部 | 優勝 (9) | 39 | 16 | 12 | 3 | 1 | 49 | 8 | +41 | 県予選敗退 | 第46回全社:1回戦敗退 第34回全国決勝:1次ラウンド敗退 |
斉藤俊秀 |
| 2011 | 優勝(8) | 38 | 14 | 12 | 2 | 0 | 42 | 9 | +33 | 県予選敗退 | 第47回全社:3位 第35回全国決勝:準優勝 |
||
| 2012 | JFL | 11位(17) | 40 | 32 | 11 | 7 | 14 | 39 | 48 | -9 | 県予選敗退 | - | |
| 2013 |
ユニフォームスポンサー[編集]
| 掲出箇所 | スポンサー名 | 表記 |
|---|---|---|
| 胸 | ルクレ | アプリ戦隊アンドロイダー |
| 背中 | 大井川茶園 | 大井川茶園 |
| 袖 | BinO Master's Club | BinO |
| パンツ | いちまる | いちまる |
主な所属選手[編集]
斉藤俊秀 (監督兼選手) 2009-
石田博行 2009-
石井俊也 2010-
西山貴永 2010-
アラン 2010-
冨成慎司 2012-
久富賢 2012-
ケルロン 2012-
デズモンド 2012 ※2013年はFC岐阜へ期限付き移籍
岡田佑樹 2013-
村尾龍矢 2013-
市川大祐 2013-
村瀬勇太 2013-
有田光成 2013-
藤牧祥吾 2013-
中津留奨吾 2013-
佐藤将也 2013-
歴代所属選手[編集]
酒井友之 2009
横山拓也 2009-2010
平松康平 2010
吉田康弘 2009-2010
柴村直弥 2010
須藤大輔 2010
森本一樹 2011
田隆法 2011
望月大地 2012
福田健人 2012
石田祐樹 2011-2012
齋藤貴之 2011-2012
小川巧 2012
エンブレム[編集]
エンブレムは藤枝市を表す盾に、サッカー伝承の地を示す緑色のストライプを配し、上にMYFC、中央にサッカーボールと藤枝市の市鳥であるウグイス、左右に上がり藤の図柄がある。このエンブレムの原案は運営事務局が作成したが、これもネットオーナーシステムの投票で選出された[2]。
脚注[編集]
- ^ 藤枝MYFC公式サイト「【運営】2010新体制につきまして」
- ^ a b c d e エンブレムの世界 藤枝MYFC『サッカーマガジン』2012年4月10日号、ベースボール・マガジン社、2012年、雑誌23882-4/10, 062頁。
- ^ 2008年11月9日記事(サッカー瞬間誌サポティスタ)
- ^ 釜本邦茂さん監督復帰 - Jプレイヤーズ社長小山淳のブログ
- ^ ガンバ以来やな。 - ガマカツ(釜本邦茂公式ブログ)
- ^ 静岡県・愛知県・岐阜県・静岡県の県域社会人1部リーグ優勝チームで行い、優勝・2位を獲得したチームに東海2部リーグ昇格権利が与えられる
- ^ 静岡FCを系譜する形を取るため
- ^ 藤枝MYFCが静岡FCと合併 東海リーグ1部参戦(静岡新聞)
- ^ 藤枝MYFC公式サイト「【運営】F.F.C.(静岡県リーグ1部)の活動につきまして」
- ^ 第14回日本フットボールリーグ参加チーム
- ^ スタジアム改修署名活動開始
外部リンク[編集]
|
|||||||||||||||||||||||||
|
||||||||