レノファ山口FC

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レノファ山口FC
原語表記 レノファ山口FC
愛称 レノファ
クラブカラー     
創設年 1949年
所属リーグ 日本フットボールリーグ
クラブライセンス J3
ホームタウン 山口市下関市山陽小野田市を中心とする山口県全県[1]
ホームスタジアム 維新百年記念公園陸上競技場[1]
収容人数 20,000人
運営法人 株式会社レノファ山口
代表者 河村孝
監督 日本の旗 上野展裕
公式サイト 公式サイト
テンプレート(ノート)サッカークラブPJ
株式会社レノファ山口
種類 株式会社
本社所在地 753-0047
山口県山口市道場門前1-2-20
設立 2013年11月1日
事業内容 スポーツ振興、子供の健全育成
代表者 河村孝(代表取締役社長)
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レノファ山口FC(レノファやまぐちエフシー、Renofa Yamaguchi FC)は、日本山口市下関市山陽小野田市を中心とする山口県全県をホームタウンとするサッカークラブ。

概要[編集]

1949年創設の「山口県サッカー教員団」を起源とし、2006年にクラブチーム化して発足した。クラブ名称の「レノファ」は、「renovation(維新)」の頭文字「レノ」と「fight(戦う)」や「fine(元気)」の「ファ」を合わせて作られた造語である。「山口県民に愛され、山口県民へ感動・勇気・元気を与える山口県民による真の地元クラブを創造する」ことをチーム理念としている[2]。なお、2013年策定の短・中・長期計画では2013年度中のJリーグ準加盟申請と2014年度からのJ3リーグ (J3) または日本フットボールリーグ (JFL) 昇格、2018年頃のJリーグ ディビジョン2 (J2) 昇格を目標としていた[2]

ホームスタジアムは山口市維新百年記念公園陸上競技場である[1]。2014年シーズンはホームゲームの一部を下関市立下関陸上競技場下関市)で実施するほか、2013年シーズンは維新百年記念公園ラグビー・サッカー場(収容人員3,850人)を、2012年までは やまぐちサッカー交流広場(山口市徳地)や 山口県立おのだサッカー交流公園山陽小野田市)等も使用していた。練習は主にやまぐちサッカー交流広場、おのだサッカー交流公園、アディダスフットサルパーク山口(山口市下小鯖)を使用する。ホームタウンは、Jリーグ準加盟時は「山口市を中心とする全県」であった[3]が、Jリーグへの正式入会を前にした2014年9月に、ホームゲームを開催している下関市と練習場のある山陽小野田市をホームタウンの中心となる自治体に加えている[4]

クラブエンブレムは2013年3月に一新されたもので、一般公募約30点の中から周南市在住のウェブデザイナーである斉藤寛和がデザインしたものが採用された[5]。山口市のランドマークの一つである瑠璃光寺五重塔国宝)のシルエットをバックに、中心のサッカーボールには長州藩毛利氏)の紋章(一文字に三つ星)をアレンジした模様が描かれ、外枠はをイメージした形となっている[5]。チームカラーは山口県の色でもあるオレンジ。

歴史[編集]

前史[編集]

1949年に創設された山口県内の教員を中心に「山口県サッカー教員団」(山口教員団、山口KFC)として発足。1976年第56回天皇杯に中国地区代表として初出場を果たす。1980年中国サッカーリーグに昇格、FW宮成隆の活躍もあって1982年1989年には全国地域サッカーリーグ決勝大会(地域決勝)に進出する(いずれも1次ラウンド敗退)などの成績を収めた。1997年に中国リーグで最下位となり山口県リーグへ降格したが、2000年に中国リーグへ復帰。2003年にも再度県リーグに降格したが、2005年に中国リーグへ復帰している。

2006年 - 2013年(中国リーグ)[編集]

2006年2月20日、山口県サッカー協会が山口教員団を母体とする、山口県からJリーグ参入を目指すクラブの創設を発表[6]。2011年の第66回国民体育大会(おいでませ!山口国体)での優勝と、2015年からのJ1昇格を目標に掲げた。GM兼監督にはクラブOBの宮成隆が就任することになり、4月に任意団体として「レノファ山口FC」が発足した。

2008年
同年の中国リーグを無敗で制し、山口教員団時代を通じて初優勝[7]第32回地域決勝では決勝ラウンドへ進出するが4位となり、日本フットボールリーグ (JFL) 昇格を逃す。
2009年
同年の中国リーグでは連覇は逃したが、優勝した佐川急便中国地域決勝出場を辞退したため、繰り上げで2年連続で地域決勝に進出(1次ラウンドで松本山雅FCに次ぐ2位となり敗退)。
第89回天皇杯では三菱水島FCを下して初勝利を上げ、Jリーグ勢との対戦を実現させた(川崎フロンターレに敗戦)。
宮成はこの年限りで監督を退任、総監督・GMに専念することとなった。
2010年
J1広島元コーチの月岡利明を新監督に迎え、同年の中国リーグで2年ぶりに優勝。第34回地域決勝に3年連続で出場を果たす(1次ラウンド最下位で敗退)。
2011年
5月24日、本格的にJリーグ入りを目指すべく、運営母体となる特定非営利活動法人(NPO法人)山口アスレチック・クラブを設立。同日より運営を同団体に移管した[8]
チーム発足時の目標の一つに挙げた山口国体では、初戦で鹿児島県(鹿屋体育大学)に4-2で破れ一回戦敗退に終わる[9]
同年の中国リーグではデッツォーラ島根に次ぐ2位となり地域決勝進出を逃す。月岡はこの年で監督を退任。
2012年
監督に山口県出身でレオーネ山口代表の河村孝が就任。同年の中国リーグでは4位にとどまり、同年度の全社でも2回戦敗退でJFL昇格を逃すなど低迷。河村はこの年で監督を退任し、宮成の後任としてGMに就任した[10]
12月3日には山口市道場門前にアンテナショップをオープン。グッズ販売や展示を行うほか、山口市朝田にあった事務所を移転し、併設した[11]
2013年
監督には前年までレノファでプレーし、2012年限りで現役を引退した中山元気が就任[12]。J3創設が発表されたことを受け、クラブはJ3入りに向けて大きく舵を切ることになる。6月10日にJリーグ準加盟申請が受理され[13]8月20日Jリーグ準加盟クラブとして承認された。また、11月1日には財務面の強化を目的として運営母体をNPO山口アスレチック・クラブから株式会社レノファ山口に移管[14]、社長にGMの河村孝が就任した。
同年の中国リーグファジアーノ岡山ネクスト、デッツォーラ島根に次ぐ3位の成績。第49回全国社会人サッカー選手権大会で初優勝したことで第37回地域決勝への出場権を獲得したが、地域決勝は1次ラウンド3位の成績で敗退した。なお、地域決勝を制したグルージャ盛岡が地域リーグ勢で唯一J3入会が承認され、レノファは「J3入会審査に及ばず」との結論でJ3入会は成らなかった。
その一方で、J3入会希望と並行してJFLのチーム数減に伴う入会希望申請も行っており、12月4日のJFL理事会で、入会希望申請チーム枠の1つとして2014年度からのJFL入会が承認された[15]

2014年(JFL)[編集]

前年監督の中山元気が所持する指導者ライセンスではJFLの監督に就任できないことから監督を退任(U-18監督兼トップチームコーチに転出)、後任としてJ1新潟のユースチーム監督で、トップチーム監督代行の経験もある上野展裕が就任した[16]

一方、15選手が契約満了等により退団。新戦力としてJFL・滋賀からGK永冨裕尚、JFL・V大分からFW島屋八徳、J3琉球からFW鳥養祐矢とMF三浦旭人をいずれも完全移籍で、松本からMF岩渕良太、J3町田からFW岸田和人をいずれも期限付き移籍でそれぞれ獲得。大卒のGK一森純関西学院大)、DF菊本侑希中京大)、DF池永航大体大)、FW三橋隼斗明治大)と高卒のDF小池龍太JFAアカデミー福島)の5名が新加入となった。また、開幕後にJFL・栃木ウを退団したDF宮城雅史とJ3町田を退団したDF吉弘充志が共に完全移籍で、福岡からMFジャン・ジョンウォンが期限付き移籍でそれぞれ加入した。また、夏の移籍時期に流経大からMF黒田拓真が新加入、新潟からMF小塚和季長崎からMF西森正明熊本からDF藤本大・FWジョン・ミンヒョク・MF山崎侑輝が期限付き移籍でそれぞれ加入する一方で、MF佐藤亨が退団し、MF福原康太が山口県リーグ1部・FCバレイン下関に、MF田村隆生が中国リーグ・デッツォーラ島根に期限付き移籍した。

ファーストステージは7勝5敗1分けで6位にとどまるものの、セカンドステージは第2節からの6連勝を含む9勝2敗2分けで佐川印刷京都に次ぐ2位。年間順位でHonda FC・佐川印刷京都・鹿児島ユナイテッドFCに次ぐ4位となり、来季J3の昇格基準である「JFL年間4位以内、且つJリーグ百年構想クラブ内で2位以内」の条件をクリア[17]、11月19日のJリーグ理事会でJリーグ入会(J3参入)が認められた[1]。新加入の岸田はJFL得点王にも輝いた。

チーム成績・歴代監督[編集]

山口県サッカー教員団[編集]

所属 順位 勝点 PK
PK
得点 失点 監督
1980 中国 6位 11 4 3 7 27 30 -
1981 7位 10 3 4 7 29 31
1982 2位 19 8 3 3 34 21
1983 2位 19 8 3 3 35 23
1984 4位 17 8 5 1 38 27
1985 5位 13 6 1 7 30 29
1986 3位 17 7 3 4 34 24
1987 3位 14 6 2 4 18 16
1988 3位 17 7 3 6 34 26
1989 2位 17 7 3 2 28 15
1990 4位 17 7 3 6 32 25 山本貴司
1991 4位 22 7 1 6 31 28
1992 6位 13 4 1 9 19 28
1993 3位 22 6 4 4 23 18
1994 6位 17 4 5 5 27 23
1995 8位 11 2 5 7 26 30
1996 6位 15 3 6 5 17 35
1997 8位 7 1 1 2 10 14 31
1998 山口県
1999
2000 中国 5位 20 6 1 7 20 34
2001 7位 12 3 1 1 7 17 30
2002 4位 12 3 1 1 5 17 31
2003 8位 11 1 3 2 8 8 22
2004 山口県1部 優勝 8 2
2005 中国 7位 9 1 2 2 6 11 21

レノファ山口FC[編集]

年度 所属 順位 勝点 PK
PK
得点 失点 天皇杯 監督
2006 中国 4位 25 7 1 2 4 25 28 県予選敗退 日本の旗 宮成隆
2007 3位 25 7 4 6 37 41 1回戦敗退
2008 優勝 38 11 5 0 45 15 県予選敗退
2009 2位 40 13 1 4 53 21 2回戦敗退
2010 優勝 43 14 1 3 51 16 2回戦敗退 日本の旗 月岡利明
2011 2位 41 13 2 3 54 17 1回戦敗退
2012 4位 32 9 5 4 47 22 県予選敗退 日本の旗 河村孝
2013 3位 42 13 3 2 53 13 1回戦敗退 日本の旗 中山元気
2014 JFL 4位 51 16 3 7 51 27 県予選敗退 日本の旗 上野展裕
2015 J3

タイトル[編集]

リーグ戦[編集]

カップ戦他[編集]

  • 全国社会人サッカー選手権大会:1回
  • 山口県サッカー選手権大会:5回
    • 2007年、2009年、2010年、2011年、2013年
    • ※前身の山口県教員団の優勝歴 (1999年、2001年、2003年、2004年)
  • 野上杯争奪サッカー大会:1回
    • 2008年

個人[編集]

  • 日本フットボールリーグ
  • 中国サッカーリーグ
    • 得点王
      • 1980年、1982年、1986年:宮成隆
      • 2009年:福原康太
    • アシスト王

年度・競技場別の試合数[編集]

※2014年のJFLリーグ加盟以後。[18]
年度 維新陸 下関 その他
2014 10 3 なし

下部組織[編集]

育成組織(アカデミー)として、ユース(U-18)チームが存在する。高円宮杯U-18サッカーリーグ山口県ユースリーグに所属。

ユニフォーム[編集]

ユニフォームの色
カラー シャツ パンツ ストッキング
FP(1st) オレンジ オレンジ
FP(2nd)
GK(1st) 水色 水色
GK(2nd) ピンク ピンク ピンク
FP 1st
FP 2nd
GK 1st
GK 2nd

チームカラー[編集]

ユニフォームスポンサー[編集]

掲出箇所 スポンサー名 表記 掲出年 備考
ユーピーアール upr 2014年-
背中 ビ・メーク VAN-VEAL 2013年- 2006-2007年は袖(表記は美・メーク)、
2013年はビ・メーク表記
マエダ商事[注 1] ME 2014年- 2013年はパンツ
パンツ 山口マツダ 山口マツダ 2014年-

ユニフォームサプライの遍歴[編集]

歴代ユニフォームスポンサー年表[編集]

年度 背中 パンツ サプライヤー
2006 山口銀行 シティコンタクト 美・メーク ほっぷ asics
2007 - -
2008 富士商 赤崎興産 MC Fujiyama
2009 10shiro
2010
2011
2012 PIECE IS PEACE - -
2013 ヒューモア ビ・メーク マエダ商事 DIADORA
2014 upr VAN-VEAL マエダ商事 山口マツダ FINTA

脚注[編集]

注記[編集]

  1. ^ 山口県内でユニクロ2店舗を運営するフランチャイジー。ユニクロそのものがスポンサーではないため、マーク等にユニクロのロゴを用いていない。

出典[編集]

  1. ^ a b c d “Jリーグ入会審査 (J3) 結果について” (プレスリリース), 日本プロサッカーリーグ, (2014年11月19日), http://www.j-league.or.jp/release/000/00006183.html 2014年11月20日閲覧。 
  2. ^ a b レノファ山口FC 短・中・長期経営計画(2013~2020) (PDF) - レノファ山口FC公式サイト内
  3. ^ “Jリーグ準加盟審査結果について” (プレスリリース), 日本プロサッカーリーグ, (2013年8月20日), http://www.j-league.or.jp/release/000/00005277.html 2014年1月28日閲覧。 
  4. ^ “ホームタウンへの下関市および山陽小野田市の追加について” (プレスリリース), レノファ山口, (2014年9月16日), http://renofa.com/news2014/0916.html 2014年11月20日閲覧。 
  5. ^ a b “レノファ、昇格へ「異体同心」 スローガン、新ロゴ発表”. 山口新聞. (2013年3月4日). http://www.minato-yamaguchi.co.jp/yama/news/digest/2013/0304/6p.html 2014年2月20日閲覧。 
  6. ^ “県サッカー協会「J」参戦めざし、チーム結成”. 山口新聞. (2006年2月21日). http://www.minato-yamaguchi.co.jp/yama/news/digest/2006/feb/y060221.html 2014年1月26日閲覧。 
  7. ^ “サッカー レノファ山口、初優勝 JFL昇格へ挑戦権”. 山口新聞. (2008年10月27日). http://www.minato-yamaguchi.co.jp/yama/news/digest/2008/1027/9p.html 2014年1月26日閲覧。 
  8. ^ “レノファ運営のNPO設立”. 中国新聞. (2011年7月10日). オリジナル2011年9月13日時点によるアーカイブ。. http://web.archive.org/web/20110913214856/http://www.chugoku-np.co.jp/News/Tn201107100051.html 2013年10月24日閲覧。 
  9. ^ 第66回国民体育大会競技結果一覧 【サッカー】
  10. ^ 河村孝 GM就任のお知らせ”. レノファ山口FC (2012年11月19日). 2014年1月26日閲覧。
  11. ^ “レノファのアンテナ店誕生”. 47NEWS中国新聞配信). (2012年12月4日). http://www.47news.jp/localnews/yamaguchi/2012/12/post_20121204155135.html 2013年10月24日閲覧。 
  12. ^ 中山元気選手 現役引退および監督就任のお知らせ”. レノファ山口FC (2012年12月14日). 2014年1月26日閲覧。
  13. ^ “Jリーグ準加盟申請提出について” (プレスリリース), レノファ山口FC, (2013年6月13日), http://www.renofa.com/news/index.php?mod=news_top&act=detail&cate=&mon=&no=293#_news 2013年6月13日閲覧。 
  14. ^ “レノファJ3目指し株式会社”. 47NEWS中国新聞配信). (2012年11月5日). http://www.47news.jp/localnews/yamaguchi/2013/11/post_20131105231711.html 2013年12月4日閲覧。 
  15. ^ “お知らせ「第16回日本フットボールリーグ新入会チーム決定!」”. 日本フットボールリーグ. (2013年12月4日). http://www.jfl.or.jp/jfl-pc/view/s.php?a=672 2013年12月4日閲覧。 
  16. ^ “レノファ新監督に上野氏 J1も指揮、幅広い経験”. 山口新聞. (2013年12月18日). http://www.minato-yamaguchi.co.jp/yama/news/digest/2013/1218/1p.html 2014年1月26日閲覧。 
  17. ^ リーグ戦4位でJ3昇格基準をクリア!”. レノファ山口FC (2014年11月9日). 2014年11月9日閲覧。
  18. ^ 試合日程より

関連項目[編集]

外部リンク[編集]