SC相模原

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SC相模原
原語表記 SC相模原
呼称 SC相模原
クラブカラー    [1]
創設年 2008年
所属リーグ 日本プロサッカーリーグ
所属ディビジョン J3リーグ
クラブライセンス J3
ホームタウン 神奈川県相模原市[1]
ホームスタジアム
Asamizopark-2.jpg
相模原ギオンスタジアム[2]
収容人数 15,300[1]
運営法人 株式会社スポーツクラブ相模原[2]
代表者 望月重良[1]
監督 日本の旗 木村哲昌
公式サイト 公式サイト
テンプレート(ノート)サッカークラブPJ
株式会社スポーツクラブ相模原
種類 株式会社
市場情報 未上場
本社所在地 郵便番号:252-0239
神奈川県相模原市中央区中央3-7-4 高橋第2ビル1F[2]
設立 2008年3月6日[2]
業種 サービス業
事業内容 サッカークラブの運営
代表者 望月重良[2]
資本金 900万円 (2014年1月期)[3]
売上高 1億1,100万円 (2014年1月期)[3]
営業利益 ▲400万円 (2014年1月期)[3]
経常利益 ▲100万円 (2014年1月期)[3]
純利益 ▲100万円 (2014年1月期)[3]
純資産 0円 (2014年1月期)[3]
総資産 2,700万円 (2014年1月期)[3]
決算期 1月期
主要株主 望月重良 100%
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SC相模原(エスシーさがみはら、SC Sagamihara)は日本神奈川県相模原市をホームタウンとする、日本プロサッカーリーグ(Jリーグ)に加盟するサッカークラブである。

概要[編集]

2008年2月に元サッカー日本代表望月重良が中心となり創設。同年3月に運営会社(株式会社スポーツクラブ相模原)が設立され、2010年2月16日にJリーグ準加盟クラブとして承認され[4]、2014年よりJリーグに入会した。

ホームスタジアムは相模原ギオンスタジアム、練習場は綾瀬スポーツ公園およびノジマフットボールパークである[1]

2012年8月、アメリカンフットボールノジマ相模原ライズラグビー三菱重工相模原ダイナボアーズと共に、相模原市より「相模原市ホームタウンチーム」として認定された。なお、相模原市はSC相模原を含めたこれらの3チームに2014年3月に認定されたノジマステラ神奈川相模原女子サッカー)を加えた4チームを「スリーフットボール4チーム」と呼称している[5]

歴史[編集]

2008年 - 2010年(神奈川県リーグ)[編集]

2008年[編集]

神奈川県社会人サッカーリーグ3部から活動を開始。8戦[6]全勝でリーグ優勝。 第15回全国クラブチームサッカー選手権大会において全国優勝。 12月、第10回相模原市サッカー協会長杯争奪大会決勝で、関東大学リーグ所属の青山学院大学に0-2で敗戦。公式戦初黒星を喫し、チーム誕生以来続いていた公式戦の連勝は「21」でストップ。

2009年[編集]

第28回神奈川県社会人サッカー選手権大会1次トーナメント(2部昇格トーナメント)にて県リーグ2部への昇格を決めた後、決勝トーナメントで優勝。 7月、第45回全国社会人サッカー選手権大会関東代表決定戦で横浜スポーツ&カルチャークラブ(Y.S.C.C.横浜)に敗戦。翌週には第14回神奈川県サッカー選手権大会天皇杯県予選)決勝トーナメント1回戦で桐蔭横浜大学にも敗戦。これが結成以来初の連敗となる。 第16回全国クラブチーム選手権大会は、関東大会で2年連続優勝を果たすも、全国社会人サッカー連盟より全国大会への出場を不認可とされる。 神奈川県リーグ2部は、11戦全勝、1試合平均7.5得点の成績でリーグ優勝。県リーグ1部昇格を決めた。 12月、第11回相模原市サッカー協会長杯決勝で、青山学院大学とPK戦の末、2年連続で敗れた。

2010年[編集]

2月16日、都道府県リーグ所属のチームとして初めてJリーグ準加盟クラブとして承認された[4]。 第29回神奈川県社会人サッカー選手権大会にて優勝、同大会連覇。 第15回神奈川県サッカー選手権大会(天皇杯県予選)では、横浜商科大学戦で チーム最高得点となる「25-1」のスコアで勝利したが、決勝でY.S.C.C.横浜に敗れる。 9月9日、日本サッカー協会より、Jリーグ加盟を標ぼうするクラブに対する優遇措置(飛び級制度)[7]を適用することを認められ、全国地域サッカーリーグ決勝大会への出場が決定。 第46回全国社会人サッカー選手権大会は3位に入賞したが、第34回全国地域サッカーリーグ決勝大会は1次ラウンドでグループ2位の成績で敗退した。 JFL昇格は逃したものの、神奈川県リーグ1部で優勝。関東社会人サッカー大会で準優勝。関東サッカーリーグ2部6位のSGシステムに入れ替え戦で勝利し、関東リーグ2部昇格を果たした。

2011年 - 2012年(関東リーグ)[編集]

2011年[編集]

FC岐阜FC町田ゼルビア元監督の戸塚哲也が監督に就任[1]関東リーグ2部で1勝1分2敗の5位と成績が低迷したため、5月に戸塚を解任し、6月に望月重良代表が監督を兼任した。 望月が監督に就任した後の関東リーグ2部を、7連勝を含む9勝1敗の成績で優勝し、関東リーグ1部への昇格を決めた。なお、第16回神奈川県サッカー選手権大会は、1回戦で産業能率大学にPK戦で敗退。 第47回全国社会人サッカー選手権大会で準優勝。第4回KSL市原カップは1次ラウンド敗退。飛び級制度の適用により参加した第35回全国地域サッカーリーグ決勝大会は初めて決勝ラウンドへ進出したが、3戦全敗の4位に終わった。

2012年[編集]

チームスローガン :「ともに育ち、ともに戦う

2月12日、神奈川大学サッカー部元監督の木村哲昌が監督に就任。 関東リーグ1部は、15勝2分け1敗の成績で優勝。発足以来5年連続となる各カテゴリーでの優勝を果たした。第17回神奈川県サッカー選手権大会(天皇杯県予選)は準決勝で横浜猛蹴フットボールクラブに敗退。第5回KSL市原カップで準優勝。第36回全国地域サッカーリーグ決勝大会は決勝ラウンドを3戦全勝で優勝した。12月16日、日本フットボールリーグ(JFL)理事会でJFL入会が承認された[8]

2013年(JFL)[編集]

チームスローガン :「ツナグ

木村体制2年目。宮川大輔鈴木祐輔が引退し、ファビオ横浜FM吉岡航平グルージャ盛岡中川勇人カセサート(タイ)にそれぞれ移籍。奥山雅之、古賀誠史、エウデルも退団となった。一方、SAGAWA SHIGA FCから森田耕一郎吉村修平御給匠栃木ウーヴァFCから田村仁崇MIOびわこ滋賀から桝田雄太郎、ブラジルからホニ・ソウザウイリアンス、ルーキーでは安藝正俊鈴木翼が加入した。

JFL初参戦となったこの年は、シーズン当初から故障者が続出。ベンチ入り人数にも事欠く程苦しむも、最終成績で18勝7分9敗の勝点61、昇格1年目ながら18チーム中3位の好成績を収めた。シーズン中にホニ・ソウザとウイリアンスが退団し、新ブラジル人選手としてウェズレイが加入。第18回神奈川県サッカー選手権大会(天皇杯県予選)は、初戦で専修大学に敗れた。

なお、11月19日、日本プロサッカーリーグの理事会でJリーグへの入会と、2014年のJ3リーグ参加が承認された[2]

2014年(J3)[編集]

チームスローガン :「闘走

木村体制3年目。森田耕一郎および小澤雄希讃岐へ、橋本真人および斎藤広野盛岡へ、吉村修平および御給匠FC大阪へ移籍、渡辺彰宏が引退(アカデミーコーチに就任)、森谷佳祐が退団した一方、藤吉皆二朗武蔵野)、フェアー・モービーポートランド・ティンバーズ)、寺田洋介琉球)、大森啓生秋田)、三幸秀稔甲府)、乾達朗ウォリアーズFC)の6名が完全移籍により入団。さらに、森本良横浜FC)、阿波加俊太札幌)、神田夢実札幌)の3名が期限付き移籍により入団した。また、新卒ルーキーとして服部康平国士舘大学)が入団した。3月21日、元日本代表FW高原直泰東京V)が期限付き移籍で加入した。

チーム成績・歴代監督[編集]

「順位」欄の( )内の数字は所属チーム数。

年度 所属 順位 勝点 試合 得点 失点 得失 天皇杯 監督
2008 神奈川県3部H 優勝(8) 21 7 7 0 0 45 2 +43 水野和樹
2009 神奈川県2部B 優勝(12) 33 11 11 0 0 83 4 +79 県予選敗退 秋葉忠宏
2010 神奈川県1部 優勝(12) 29 11 9 2 0 45 9 +36
2011 関東2部 優勝(8) 31 14 10 1 3 40 12 +28 戸塚哲也/望月重良
2012 関東1部 優勝(10) 47 18 15 2 1 42 13 +29 木村哲昌
2013 JFL 3位(18) 61 34 18 7 9 58 42 +16
2014 J3 位(12) 33

タイトル[編集]

リーグ戦[編集]

カップ戦他[編集]

個人[編集]

ユニフォーム[編集]

ユニフォームの色
カラー シャツ パンツ ストッキング
FP(1st) [1] [1] [1]
FP(2nd) [1] [1] [1]
GK(1st) 水色 水色 水色
GK(2nd)
FP 1st
FP 2nd
GK 1st
GK 2nd

チームカラー[編集]

  •     緑、   

ユニフォームスポンサー[編集]

掲出箇所 スポンサー名 表記 掲出年 備考
ギオン ギオン 2010年-
背中 城南建設 住宅情報館 2012年-
カヤバ工業 KYB 2011年-2012年
2014年-
パンツ ケーディ-エス KDS 2009年-

ユニフォームサプライヤー[編集]

  • 2008年-現 在 gol.

歴代ユニフォームスポンサー[編集]

年度 背中 パンツ サプライヤー
2008 協同商店 相模化学金属 不動産投資の王道 トータルハウジング久野 gol.
2009 SHO-TOKU.CO.,LTD K.D.S
2010 ギオン 北辰企業 ミュゼプラチナム
2011 KYB
2012 住宅情報館
2013 GMR
2014 KYB

エンブレム[編集]

  • エンブレムを形どる六角形は、相模原市の特徴である工業を支えるボルトをモチーフにしたものである。
  • エンブレムの5つの星(★)は、相模原市と平成の大合併で相模原市に編入された津久井郡4町を示している。

関連番組[編集]

  • ~Players~Forza SC相模原
JCOM相模原・大和 チャンネル(Ch.11)
相模原からJリーグを目指すサッカークラブ「SC相模原」の応援番組 (毎月更新)
神奈川県相模原市のエフエムさがみコミュニティー番組。SC相模原の速報、選手コーナーあり。

その他[編集]

スタジアムDJ[編集]

応援マネージャー[編集]

関連項目[編集]

脚注[編集]

  1. ^ a b c d e f g h i j k l クラブガイド:SC相模原”. J3リーグ. 2014年3月17日閲覧。
  2. ^ a b c d e f “Jリーグ入会審査(J2およびJ3)結果について” (プレスリリース), 日本プロサッカーリーグ, (2013年11月19日), http://www.j-league.or.jp/release/000/00005487.html 2014年1月24日閲覧。 
  3. ^ a b c d e f g 2013年度(平成25年度)Jクラブ個別情報開示資料 (PDF) Jリーグ公式サイト、2014年7月23日閲覧
  4. ^ a b “Jリーグ準加盟審査結果について” (プレスリリース), 日本プロサッカーリーグ, (2010年2月16日), http://www.j-league.or.jp/release/000/00003381.html 2013年3月16日閲覧。 
  5. ^ 市内4チーム目のホームタウンチーム誕生! がんばれ!ノジマステラ神奈川相模原!!”. 相模原市. 2014年3月24日閲覧。
  6. ^ 2008年の神奈川県3部H組は9チームで開幕したが、途中1チーム抜け、最終的には8チーム全7試合が有効試合となった。
  7. ^ この飛び級制度の適用はザスパ草津以来2例目
  8. ^ “日本フットボールリーグ 新入会チームにつきまして” (プレスリリース), 日本フットボールリーグ, (2012年12月5日), http://www.jfl.or.jp/jfl-pc/view/s.php?a=534 2014年6月6日閲覧。 
  9. ^ #2吉川綾乃#3阪本麻美 SC相模原応援マネージャー 南葛シューターズ オフィシャルブログ 2013年6月8日
  10. ^ 6/9 SC相模原応援マネージャー 南葛シューターズ オフィシャルブログ 2013年6月12日

外部リンク[編集]