水本裕貴
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| 水本 裕貴 | ||
|---|---|---|
| 名前 | ||
| 愛称 | ミズ、えなり | |
| カタカナ | ミズモト ヒロキ | |
| ラテン文字 | MIZUMOTO Hiroki | |
| 基本情報 | ||
| 国籍 | ||
| 生年月日 | 1985年9月12日(23歳) | |
| 出身地 | 三重県度会郡御薗村 | |
| 身長 | 183cm | |
| 体重 | 72kg | |
| 血液型 | B型 | |
| 選手情報 | ||
| 在籍チーム | 京都サンガF.C. | |
| ポジション | DF | |
| 背番号 | 4 | |
| 利き足 | 右足 | |
| クラブチーム1 | ||
| 年 | クラブ | App (G) |
| 2004-2007 2008-2008.6 2008.6- |
ジェフ市原 / ジェフ千葉 ガンバ大阪 京都サンガF.C. |
76 (2) 7 (0) 18 (1) |
| 代表歴 | ||
| 2006-2008 | 3 (0) | |
| 1. 国内リーグ戦に限る。2008年12月10日現在。 ■Template(■ノート ■解説)■サッカー選手pj |
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水本 裕貴(みずもと ひろき、1985年9月12日 - )は、三重県度会郡御薗村出身で京都サンガF.C.所属のサッカー選手。ポジションはディフェンダー(主にセンターバック)。
目次 |
[編集] 来歴
- 三重高等学校在学中に、県予選を突破して全国高校総体に出場。また、県選抜メンバーとして高知国体にも出場したほか、2003年にはU-18日本代表にも選出された。
- 高校卒業時には複数のクラブからオファーがあったが、ジェフユナイテッド市原(現 市原・千葉)に入団。
- 1年目からイビチャ・オシム監督(当時)の薫陶を受けた。2年目の2005年シーズンには開幕戦に先発出場するなど主力選手として徐々に定着。2006年シーズンからは背番号が「27」から「4」に変わり、守備陣の要に成長した。
- また2005年にはU-20日本代表としてFIFAワールドユース選手権に出場。さらに2006年に日本代表監督に就任したオシムによって代表メンバーに初選出され、同年10月4日、ガーナ戦でA代表初出場を果たした。
- 2008年、J1・ガンバ大阪へ移籍。補強の目玉として注目を集めたが、千葉時代のようなパフォーマンスを披露できず、やがてはスタメンを外され、ベンチスタートから途中起用されることが多くなった。そして同年6月19日、本人からの申し出によってG大阪退団が決定。
- 2008年6月22日、京都サンガF.C.への完全移籍が決定。
- この退団については練習を公休で休んだことが関係者には伝わっていなかったことにより、「さぼり」・「すっぽかし」と誤解を与える報道がされた。しかし本人とG大阪クラブよりこの報道は事実でないと発表された。
- 2008年8月19日、婚姻届を提出した。お相手は、高校時代から付き合っていた同級生。
[編集] プレースタイル
相手選手と1対1の局面に強さを見せるストッパーで、マンマークに長ける。所属クラブや代表チームが3バックの守備をとる場合は、主に左ストッパーを任されることが多い。また、4バックシステムでは時に左サイドバックもこなすなど、戦術的な柔軟性を持っている。
北京オリンピックのアジア予選・本戦予選リーグのU-23代表チームでは不動のセンターバックとして起用されており、ユース世代から数えてトップの出場試合数を誇り、2006年にはA代表入りしてスタメン出場も果たしている、この世代で最も期待されているディフェンダーである。また、U-23代表チームのキャプテンを務めていた。
機動性とフィジカルの強さには定評があり、あとは足元の技術・パスの正確性を向上させれば日本屈指のDFだろうと言われている。
[編集] 所属クラブ
- 2004年 - 2007年 ジェフユナイテッド市原/ジェフユナイテッド市原・千葉
- 2008年 - 2008年6月 ガンバ大阪
- 2008年6月- 京都サンガF.C.
[編集] 個人成績
| 国内大会個人成績 | |||||||||||
|---|---|---|---|---|---|---|---|---|---|---|---|
| 年度 | クラブ | 背番号 | リーグ | リーグ戦 | リーグ杯 | オープン杯 | 期間通算 | ||||
| 出場 | 得点 | 出場 | 得点 | 出場 | 得点 | 出場 | 得点 | ||||
| 日本 | リーグ戦 | ナビスコ杯 | 天皇杯 | 期間通算 | |||||||
| 2004 | 市原 | 27 | J1 | 5 | 0 | 1 | 0 | 1 | 0 | 7 | 0 |
| 2005 | 千葉 | 27 | J1 | 15 | 0 | 3 | 0 | 2 | 0 | 20 | 0 |
| 2006 | 千葉 | 4 | J1 | 25 | 1 | 11 | 0 | 1 | 0 | 37 | 1 |
| 2007 | 千葉 | 4 | J1 | 31 | 1 | 5 | 0 | 1 | 0 | 37 | 1 |
| 2008 | G大阪 | 4 | J1 | 7 | 0 | - | - | 7 | 0 | ||
| 京都 | 8 | J1 | 18 | 1 | 0 | 0 | 1 | 0 | 19 | 1 | |
| 2009 | 京都 | 4 | J1 | ||||||||
| 通算 | 日本 | J1 | 101 | 3 | 20 | 0 | 6 | 0 | 127 | 3 | |
| 総通算 | 101 | 3 | 20 | 0 | 6 | 0 | 127 | 3 | |||
| 国際大会個人成績 | ||||
|---|---|---|---|---|
| 年度 | クラブ | 背番号 | 出場 | 得点 |
| AFC | ACL | |||
| 2008 | G大阪 | 4 | 4 | 0 |
| 通算 | AFC | 4 | 0 | |
[編集] 経歴
- Jリーグ初出場: 2004年6月20日 J1 1stステージ第14節 対大分トリニータ戦(大分ビッグアイ)
- Jリーグ初得点: 2006年7月22日 J1 第14節 対サンフレッチェ広島戦(広島ビッグアーチ)
[編集] 代表歴
- 日本ユース代表 (U-20)(2003年 - 2005年)
- FIFAワールドユース選手権オランダ大会 4試合0ゴール
- U-21日本代表(2006年)
- カタール・アジア大会 3試合0ゴール
- U-22日本代表(2007年)
- 北京オリンピックサッカーアジア予選 2次・最終予選 10試合0得点
- U-23日本代表(2008年)
- 日本A代表(2006年 - 現在)
- 国際Aマッチ: 3試合 0得点 (2006 - )
| 日本代表 | 国際Aマッチ | |
|---|---|---|
| 年 | 出場 | 得点 |
| 2006 | 2 | 0 |
| 2007 | 0 | 0 |
| 2008 | 1 | 0 |
| 通算 | 3 | 0 |
[編集] 備考
- 2003年にジェフ市原に同期入団し、世代別の日本代表チームでも共にプレーする水野晃樹とは、名前が「水」つながりということで、各マスコミ媒体で「ウォーターボーイズ」と紹介されたことがある。
- プロ入りと同時に日本福祉大学福祉経営学部(愛知県美浜町)に入学。同大学の通信教育部の制度によるもので、学業とプロ選手生活を両立させている。
- ビーチバレー選手の浅尾美和とは同郷の好で親交がある。
- スーパーニュースアンカーのすぽらばで、大阪に来て驚いたことについて、「たむけん(たむらけんじ)が服を着ていること」と公言している。
[編集] 関連項目
[編集] 外部リンク
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