広島広域公園陸上競技場

出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』
移動: 案内, 検索
広島広域公園陸上競技場
"広島ビッグアーチ"
広島ビッグアーチ01.jpg
施設情報
所在地 日本の旗広島県広島市安佐南区大塚西5
位置 北緯34度26分27.1秒
東経132度23分39.3秒
座標: 北緯34度26分27.1秒 東経132度23分39.3秒
開場 1992年9月
修繕 1998年(芝、諸施設)
所有者 広島市
運用者 広島市スポーツ協会
グラウンド 天然芝(107m×73.3m)
ピッチサイズ 105m×68m
大型映像装置 あり
設計者 東畑建築事務所[1]
建設者 大林組[1]増岡組
使用チーム、大会
織田幹雄記念国際陸上競技大会
サンフレッチェ広島(Jリーグ)
AFCアジアカップ1992
1994年アジア競技大会
第51回国民体育大会
収容能力
50,000人
アクセス
アストラムライン 広域公園前駅
Jリーグ開催時
Jリーグ開催時
メインゲートを別角度から
メインゲートを別角度から

広島広域公園陸上競技場(ひろしまこういきこうえん りくじょうきょうぎじょう)は、広島県広島市安佐南区広島広域公園内にある陸上競技場球技場としても使用される多目的スタジアムでもある。愛称 広島ビッグアーチ。施設は広島市が所有し、公益財団法人広島市スポーツ協会が指定管理者として運営管理を行っている。

日本プロサッカーリーグ(Jリーグ)に加盟するサンフレッチェ広島のホームスタジアムとして知られるほか、日本グランプリシリーズ織田幹雄記念国際陸上競技大会をはじめとする各種陸上競技大会も開催される。新聞での略称表記は広島ビ(Jリーグによる公式略称)もしくは広島広域

目次

[編集] 施設概要

[編集] 立地

広島市北西部にニュータウンとして整備された西風新都エリア(旧・広島西部丘陵都市)において、広島市で開催されることになっていた1994年アジア競技大会および1996年平成8年)の第51回国民体育大会(ひろしま国体)の主会場地区として整備された広島広域公園1992年(平成4年)9月に建設された(アジア大会の運営リハーサル大会として、同年にここを主会場にAFCアジアカップ1992が行われ、これがこけら落しとなっている)。競技場建設工事の発注は、広島市ではなく西風新都エリア全体を整備した住宅・都市整備公団(現・都市再生機構)が行っている[1]

市街地から山一つ隔てたニュータウン内に建設されたスタジアムでもあり、広島市中心部からは直線距離で8km、途中に己斐峠の稜線を挟むため実距離では10km以上離れた位置にある。スタジアム周囲は山に囲まれており、日本の大規模スタジアムとしては独特の雰囲気を持つ。広島市は、瀬戸内海式気候に属しており、年間を通じて温暖・少雨であるが、同地は市街地からは山を越えた場所にあるため、天気が変わりやすい。ビッグアーチに雨が降っていても、市街地には降っていないということもしばしばある。たまに、12月から3月にかけて降雪により公園内が閉鎖される状況にもなる。

[編集] フィールド

日本陸上競技連盟第1種公認(旧基準)の陸上競技場で、トラックは400m×8レーンの全天候舗装となっている。インフィールドはサッカーおよびラグビーに対応した107m×73.3mの天然芝フィールドを有する。

[編集] スタンド

フィールドをすり鉢状に囲むように一層式のスタンドが設けられている。スタンド自体は全周囲が一連構造となっているが、メインスタンド側とバックスタンド側は上部にスタンドが伸びる形状となっている。全席いす席だが、大半はベンチシート。総収容人員は5万人(ただしJリーグ公式戦では、バックスタンド上部席が閉鎖されており、実際の収容人員はこれよりも少ない)。

メインスタンド側には、愛称の「ビッグアーチ」の由来ともなったアーチ状の大屋根がかかる(メインスタンド上部のみを覆う構造になっている)。この大屋根は、一説には平和の象徴とされる広島平和記念公園原爆ドームをイメージしたとも言われている[2]。なお、その他の座席にはバックスタンドを含めて屋根は設けられていないため、大規模スタジアムにもかかわらずFIFAワールドカップのスタジアム基準を満たしていない(詳細は後述)。

Jリーグ公式戦では、メインスタンドホーム側コーナーフラッグ後方の陸上トラックスペースに仮設のフィールドシート「ピッチサイド芝かぶりシート」が設けられている[注 1]。2008年10月から試験的に導入し、2009年から本格的に運営開始(陸上競技用スタジアムをホームスタジアムとするJリーグクラブの数チームも同年に導入している)。グラウンドレベルで選手のプレーを見ることができる。なお、事前申し込みが必要であり、Jリーグ統一規定により、撮影・飲食が禁止されている他、グラウンドレベルであるためトイレがないというデメリットもある。

Jリーグ開催時。左下のコーナー付近に砂かぶりシートが見える。

照明設備は、メインスタンド側はアーチ状屋根に一体化されており、バックスタンド側に鉄塔式の照明灯が2基設置されている。

ホーム側バックスタンド上方に大型の電光掲示板(電球式・単色)、アウェー側バックスタンド上方にフルカラーの大型映像装置が設けられている。

[編集] 施設改修計画

1993年(平成5年)1月、広島市は本スタジアムを2002 FIFAワールドカップの開催候補地として立候補した。日韓共同開催になった場合でも当時は5万人収容できるスタジアムが国内に少なかったこと、更には当時国際サッカー連盟 (FIFA) 会長であったジョアン・アヴェランジェからの推薦もあり[2]、当地での開催は確実視されていた。しかし開催に当たってはバックスタンドへの屋根の架設と座席改修工事が必要とされていた[注 2]が、当時の広島市長だった平岡敬がこれを実施しないことを表明、結果開催地から外された[2]。屋根架設を実施しなかった経緯について、平岡は後のインタビューで「(屋根架設の)設計図はあったし、経費は約140億円と踏んでいた」と明かした上で、「広島が選定されても(日韓共催のため)開催は3試合で、費用対効果に見合わない」と語っている[3]。このときの広島市、実行委員会およびFIFAの判断については、海外のメディアにも「原子爆弾が投下された広島市でFIFAワールドカップを実施することに意義がある」とこれを撤回すべきとの主張を行うものもいた[2]。なお、このときのビッグアーチ改修費用の積立金の大部分は「海田町との合併を進めるため東部地区への投資[3]」として1998年に南区東駅町の東広島貨物駅貨物ヤード移転跡地購入に当てられ、同地には2009年(平成21年)にMAZDA Zoom-Zoom スタジアム広島が建設されることになる[注 3]

1998年(平成10年)、約1億円をかけフィールドの芝生を全面改良および施設の改善を行っている。このころはサンフレ側もここでのJリーグ開催を敬遠していた[4]が、2007年(平成19年)以降はJリーグ主催試合をすべてここで行うようになった[注 4]

2009年(平成21年)10月、秋葉忠利市長が2020年夏季オリンピック招致を検討すると発表、ここビッグアーチをメインスタジアムとし、ここを中心とする半径10km以内を「西風新都ゾーン」として仮設競技場を整備する計画が挙がっていた。

一方で同年、日本は2018/2022年FIFAワールドカップ日本招致構想が明らかになり、全国に開催地候補を募集していた。当初広島市はビッグアーチを開催地として立候補する予定だったが、市は五輪誘致活動に専念する方針が決定したため、またもW杯候補地を見送ることになった[5]。ちなみに候補地になった場合も改修が必要で、屋根の架設は今回の条項は入っていないが、「大型映像装置が2つ以上必要」「客席の幅が80センチ以上必要」などの改修条件がある[6]

[編集] 過去に開催された主な大会・イベント

陸上競技やサッカーのみならず、コンサート会場としても使用されている。

[編集] エピソード

  • Jリーグ公式戦において、ボールパーソン広島修道大学に所属する大学生が行っている。これは当地が修道大に近いためであり、主にサッカー部が担当している。過去にはプロサッカー選手の西河翔吾やお笑いタレントの山根良顕が行った経験を持っている。

[編集] 交通

[編集] 関連施設

[編集] 注釈・出典

[ヘルプ]

注釈

  1. ^ 参考資料: ピッチサイド芝かぶりシートについて - サンフレッチェ広島公式
  2. ^ これはFIFAの規則でスタジアムの観客席の4分の3以上に屋根が取り付けられていることが条件とされており、それに満たされなかったことによる。
  3. ^ これに関連して、移転した(旧)広島市民球場跡地に球技場を作ろうという動きがある。広島におけるサッカー専用スタジアム構想も参照のこと。
  4. ^ サッカー協会主催の天皇杯や全日本女子選手権などは広島スタジアムで行われるケースが多い。
  5. ^ こちらは、途中のアストラムライン上安駅付近や、国道54号線の祇園新橋などで渋滞が起きるので、時間はひとえには言えない。

出典

  1. ^ a b c 広島広域公園陸上競技場メインスタンド|実績の紹介 - 大林組公式サイト
  2. ^ a b c d インターナショナル・ヘラルド・トリビューン (1997年1月3日). “Soccer Needs Hiroshima As a World Cup Symbol”. 2011年9月25日閲覧。
  3. ^ a b 中国新聞 (2009年10月28日). “W杯屋根架け 新球場建設にらみ断念”. 2011年9月25日閲覧。
  4. ^ 中国新聞 (1998年1月3日). “自治体クライシス、ア大会投資が財政圧迫-活性化の手法曲がり角”. 2009年2月19日閲覧。
  5. ^ 47NEWS (2009年11月4日). “W杯への立候補見送り、広島市 五輪招致に専念”. 2009年11月4日閲覧。
  6. ^ 中国新聞 (2009年10月31日). “W杯招致を広島市が検討”. 2009年11月4日閲覧。

[編集] 外部リンク

前本拠地:
広島スタジアム
1992 - 1993
<公式には1995年まで>
サンフレッチェ広島の本拠地
1994 - 現在
<公式には1996年から>
次本拠地:
n/a
-
個人用ツール
名前空間

変種
操作
案内
ヘルプ
ツールボックス
他の言語