広島バスセンター

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株式会社広島バスセンター
Hiroshima Bus Center Co.Ltd.
Hiroshima-Sogo 2011.JPG
広島バスセンター
広島そごうと同居している)
種類 株式会社
市場情報 非上場
略称 HBC、広島センター、バスセンター
本社所在地 日本の旗 日本
730-0011
広島県広島市中区基町6番27号
設立 1955年3月
業種 不動産業
事業内容 バスターミナル管理、ショッピングセンター運営他
代表者 松浦洋二
主要株主 広島市(224,333株)
中国ジェイアールバス(160,237株)
広島電鉄広島交通広島バス
外部リンク http://www.h-buscenter.com/
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旧広島市民球場から撮影
右側の上り坂が、構内へのバスアクセス道
PASPYチャージ機

広島バスセンター(ひろしまバスセンター)は、広島県広島市中区基町6番27号にあるバスターミナル。広島市などの出資した第三セクターである株式会社広島バスセンターが運営している。

概要[編集]

広島の郊外路線バス高速バスの始発着点となっている。バスの行先表示では「広島センター」、または「バスセンター」、あるいは単に「センター」と省略して書かれる事もある。また、国鉄バスの自動車駅としての名称も「広島センター」となっていた。建物の名称は「広島センタービル」になっている。

待合所内には発券窓口や自動券売機、売店などが設置されている。なお額面制の自動券売機から発券される共通乗車券は発行会社が『株式会社広島バスセンター』となっており、同バスセンターに発着するほぼ全ての自由席制バスで利用できる。これはセンタービルが着工するよりも以前から販売されており、各社共通の乗車券は全国的に見ても画期的なことであった。特にプリペイドカードのない時代は降車時間短縮に貢献したといわれる。

バスの乗降施設は3階に設置され、そごう広島店側のエスカレーターで乗り場に直結している他、アクア広島センター街側のエスカレーターで降り場と直結している。また、建物の東側に、バス停直結の入口・出口が1カ所ずつ設けられている。

構内はアルファベットの「P」を左右反対にした形をしており、バスは時計回りで走行する。出発ホーム11面、到着ホーム9面、15台分の留置スペースを備える。

南西を紙屋町交差点に接しているが、バスの出入りはすべて北側の国道54号祇園新道)・県立総合体育館前交差点から南下し、旧広島市民球場横を通って行われる。このため、市内路線の大半と、八丁堀広島駅方面に向かう一部の郊外路線は大回りあるいは渋滞を避けて広島バスセンターに入らないものもある(紙屋町・八丁堀の路上バス停に停車)。

1日平均の乗降人数は38,288人(平成15年度)、1日の発車本数は約1600本(平成20年頃)である。

アクア広島センター街(広島バスセンターが運営)およびそごう広島店本館との合築構造であり、隣接する基町クレド(広島そごう新館・パセーラ・リーガロイヤルホテル広島)とは1階・3階・6階の連絡通路にて直結している。また紙屋町シャレオとB1F連絡通路にて、メルパルク広島と3F連絡通路にてそれぞれ直結している。

建設の経緯と変遷[編集]

広島市中心部の紙屋町地区周辺ではバス会社ごとにバス停留所を設置していた。広島電鉄など県内の事業者ははもちろん、石見交通など県外のバス会社も独自のバス停留所を設置していたので5 - 10か所程度あったといわれる。また、設置場所もばらばらであった。

このように散逸しているバス停を一箇所に整理・統合する目的で、1955年昭和30年)3月10日に会社設立[1]、同年7月23日落成[2]、同月29日に日本初の一般バスターミナルして開業した[3]。開業当初は敷地面積5,438m²、ターミナルの建物は軽量鉄骨一部2階建て1,900m²で、待合所・食堂・切符売り場などが設けられた[2]。当時は到着ホームが少なく、バスセンターに入るバスの渋滞が著しかった。また設備の割に利用客が多く、とくに市民球場での試合の後は人が多く身動きが取れない状態であった。

1964年(昭和39年)3月24日に広島中郵便局の隣地の移転により、2,268m²を取得。取得した土地は、到着線用7バス停と、駐車施設の設置に使われた。その時より、土地代の負担緩和のために商業施設の建設が模索され始めた[4]

百貨店の招致に大丸そごうが応じたが、大丸側はバス施設が当初計画案では1階にあり、百貨店へのアプローチが悪いことで辞退。当初計画案を了承した1969年(昭和44年)10月16日にそごう側と出店に関する覚え書きを締結した[5]

その後、バス施設の位置を1階から3階に変更[6]1972年(昭和47年)4月28日にそごう側と2度目の覚え書きを締結した。その中で、建物は地下2階・地上10階で、とりあえず地下2階・地上6階を建築すること。バスセンター側の土地のそごう側への賃借権の設定。建物に関しては、そごうの所有。ただし、3階に関してはそごう専有部分(階段・エスカレーター・エレベーター)を除き、広島バスセンターの所有となった[7]

当初の建物計画は地下2階地上5階だったが、まもなく6階に変更。1972年(昭和47年)10月に地下3階地上7階で建設されることになった。さらに、1973年(昭和48年)3月3日に現在の地下3階地上10階案に変更。変更理由として、テナント入居希望者が多かったこと、3階にバスターミナルを設ける構造上、梁や柱を10階分まで建てる必要性があったことでの変更だった[8]

広島センタービル建築に先駆けて、広島西警察署(現在の広島中央警察署)の現在地への移転が決定。警察移転と平行して、建築された[6]

1973年(昭和48年)3月24日に、現在の広島県庁東館のある地に仮設ターミナルが設けられ、現在の建物が出来るまでバス停として使われ、現在の建物が完成後も一部の敷地が1975年(昭和50年)12月25日まで待機場として使われた[9]

1974年(昭和49年)10月10日に、広島そごう広島センター街と合築した「広島センタービル」として完成。バスセンターは3階に設けられた[10]

乗り場の数は従来のままの10より増加しなかったが、到着ホームの9か所への増加、発車時にバックの必要な構造から変更したことなどによって処理能力は従来の1日3000台から6000台に増加した。

1980年(昭和55年)3月15日に11番ホームが整備[11]1988年(昭和63年)9月1日に改札が廃止された[12]

発着路線[編集]

高速バス[編集]

県内東部方面は広島大学・広島国際大学方面が1番乗り場、高美が丘・豊栄・竹原方面が5番乗り場、それ以外が6番乗り場から、山陰・県内北部方面は三段峡方面が7番乗り場、それ以外が9番乗り場から、空港リムジンは2番乗り場から、山陰を除く県外方面は1番乗り場から出発する。

1番のりば

2番のりば

5番のりば

6番のりば

7番のりば

9番のりば

近郊路線バス[編集]

市内近郊路線は、おおむね4方面に分けられており、会社を問わず同じ方面のバスが同一ホームまたは隣接ホームに到着するように振り分けられている。

2番のりば(西方面)

3番のりば(西方面)

  • (己斐・西広島バイパス経由)(市役所・西広島バイパス経由)美鈴が丘高校・山田団地・井口台パークタウン〈広島電鉄〉
  • (高速4号線経由)免許センター・五月が丘・石内方面〈広島電鉄〉

4番のりば(西方面)

  • (高速4号線経由)西風新都方面〈広島電鉄〉

5番のりば(東方面)

7番のりば(北方面)

8番のりば(北方面)

  • (可部街道・八木梅林経由)大林・桐陽台方面〈広島交通
  • (可部街道・八木梅林経由)吉田・下土師〈広島電鉄〉

9番のりば(北方面)

  • 広島駅祇園新道経由)深川方面〈広島交通〉
  • (広島駅・祇園新道経由)上深川〈中国ジェイアールバス〉

10番のりば(北東方面)

11番のりば(北東方面)

なお、合同庁舎経由広島駅行きの路線は降り場にのみ停車する(乗車ホームには停車しない)。

周辺[編集]

以前は初代の広島市民球場(旧広島市民球場)の最寄りバス停でもあった。

参照 [編集]

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  1. ^ 40年史, p. 24.
  2. ^ a b 40年史, p. 26.
  3. ^ 40年史, p. 28.
  4. ^ 40年史, p. 34.
  5. ^ 40年史, p. 37.
  6. ^ a b 40年史, p. 38.
  7. ^ 40年史, p. 99.
  8. ^ 40年史, p. 42.
  9. ^ 40年史, p. 40-41.
  10. ^ 40年史, p. 44.
  11. ^ 40年史, p. 45-46.
  12. ^ 40年史, p. 104.
  13. ^ a b これら2路線が通るのは一般有料道路広島呉道路なので、厳密には高速バスではないが、ほぼ同等に扱われている。

参考書籍[編集]

  • 広島バスセンター40年史編集委員会 『広島バスセンター40年史』 株式会社広島バスセンター。 

関連項目[編集]

外部リンク[編集]