東広島市
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東広島市(ひがしひろしまし)は、広島県の中央部に位置し、広島市の東にある市。
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[編集] 概要
中心地である西条町は灘、伏見とともに酒どころとして知られており、「酒蔵通り」には白壁やなまこ壁、赤煉瓦の煙突など独特な建物が並んでいる。毎年10月には「酒まつり」が催され多くの観光客が訪れる。1995年には独立行政法人酒類総合研究所も東京都から移転した。
広島大学を中心とした学園都市づくりがなされている。広島中央テクノポリスの指定を受けたことにより高度産業の集積が進んでおり、「広島中央サイエンスパーク」がある。広島市に隣接しておりベッドタウンとしての性格も持っている。
広島県の中では人口増加率が高く、留学生等の外国人も増加している。外国人の推計人口は2,901人(2006年12月1日)であり、人口の約1.6%を占める。
[編集] 地理
市域は瀬戸内海沿岸から中山間部にまでわたり標高差が大きい。 県で最も広い盆地である西条盆地を中心にその周辺に点在する小盆地から構成される。東へは沼田川、南へは黒瀬川、西へは瀬野川と、各河川本流の源流となっている。さらに太田川、芦田川、江の川の支流もあり、北部では中央分水界がかすめている。盆地であるため、夜と昼、冬と夏で寒暖の差が大きい。その気候が、酒造りには適しているといわれる。 一方、市の中心部との間を蚊無峠(かなしとうげ)で隔てられた安芸津町は瀬戸内海に面しており、比較的温暖である。
市の中央を山陽本線、山陽新幹線、山陽自動車道が東西に横断している。また、南部の安芸津町には呉線が通っている。
- 西条町
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- 西条本町・栄町・朝日町・西条中央・土与丸地区
- 鏡山・下見地区
- 広島大学や広島中央サイエンスパークなどの学術研究施設が集積している。大型ショッピングセンターや金融機関も多数有る、学生アパートを中心とした建物も多く、人口は密集している割に、若い世代の世帯が少なく、こどもの数がとても少ない。鏡山地区は鏡山城跡があり鏡山公園が整備されている。またその麓の南側には広島中央サイエンスパークや県内でも広い敷地面積を持つ広島県立西条農業高等学校がある。
- 三永地区
- 新幹線東広島駅があるが、他の公共交通機関との接続が劣悪、利用者が今ひとつ伸び悩む。ひかりの停車も決められ、増加を期待されている。県外からのビジネスマンが東広島に入る際の玄関口となっている。駅周辺の造成が進み、ホテルや住宅など立ち並び、西条駅、西条中央、下見地区につぐ市街化地域となった。
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- 御薗宇地区
- 国道375号御薗宇バイパスが通っており、このバイパスの開通以降ロードサイド型の店舗や大型ショッピングモール(フジグラン東広島)が相次いで開業している。また現在は西条朝日町ある東広島市消防署も御薗宇地区に移設する計画もありますます発展しつつあるが、バイパスが暫定2車線なために渋滞問題も発生している。
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- 寺家地区
- 西条地区東部の東西南北に広がる大きな地区である。もともとは畑が多く、西条中央に比べても閑静な場所であったが、近年ではマックスバリュやカーディーラー、カラオケなどが国道486号沿いに立ち並ぶようになり変わってきている。将来は山陽本線寺家駅が設置される予定であり、それに向けた再開発が計画されており、町の移り変わりが著しい。
- 八本松町
- 市の西部にあたり、八本松駅周辺は住宅が密集している。特に駅の南側は人口増加が著しい。
- 大手企業をはじめとする大小の工場が多数立地している。
- 志和町
- 市の北西部に位置する。清冽な環境で、蛍の里として有名になり、志和堀小学校の行事であったホタルまつりは、いまや観光の目玉にもなっている。半川(はんかわ)沿いに千代乃春酒造(寛延二年(1749)志賀屋 森格兵衛創業。明治初年、姓を森から竹尾と改める。)の周辺は6月初旬はホタルが乱舞する。
- 覚醒の鐘とも、鐘撞堂ともよばれた、志和堀地区には、国登録文化財「時報塔」があり、教会式の鐘が取り付けられている珍しい建物。
- 高屋町
- 市の東部にあたり、マツダが大規模な社宅(マツダタウン高屋)を建設してから人口が急激に増加した。その後マツダタウンは取り壊されたが、東広島ニュータウン(高美が丘)などの住宅団地が開発されたり近畿大学広島キャンパスが出来たりして、現在は西条の次に人口が多い地区となっている。
- 黒瀬町
- 福富町
- 市の北部に位置する。田畑が多く人口は少ない。
- 久芳地区には、沼田川総合開発の一環で洪水調節,既得取水の安定化,河川環境の保全等及び水道用水の供給を目的とした、福富ダムが建設中。多くの家屋や田畑が水没し、さま変わりが激しい。
- 賀茂郡時代は、豊栄町と広島県の中央(へそ)争いをしていた。
- 豊栄町
- 市の最北部に位置する。人口は少ない。
- 賀茂郡時代は、福富町と広島県の中央(へそ)争いをしていた。
- 地区の中に旧備後国であった地域がふくまれている。
- 江の川水源の魚ヶ筒石神社がある。
- ライトプレーン専用飛行場がある。
- 河内町
- 安芸津地区
- 市の最南部に位置する。漁業や造船業が盛んである。安芸津は、かつて安芸の国の表玄関の港であることで、安芸津となづけられ、西条は、安芸国の国府があったといわれ、現在も国分寺などが残る、国府の近くには、1日の行程の所に港(津)が定められていたようで、古代から重要な関係にあった。また吟醸酒の産みの親、三浦仙三郎は安芸津であり、酒造の盛んな地域であり、酒どころ西条とは、明治以降も縁が深い、東広島市が誕生してまもなく、市や議会、民間レベルでの交流も盛んで、安芸津が東広島市と結びついたのは、単なる平成の大合併の思い付きであった訳ではない。元々安芸津は豊田郡となる前は古来より賀茂郡だったので、古からの結びつきも強い。
- 呉線沿線の竹原市や呉市との結びつきも強い。
- 侵食などにより消滅寸前の小島、ホボロ島がある。
- 木谷の赤崎地区は名の示す通り、真っ赤な赤土の大地の岬で、ホボロ島と同じ岩石で出来ている。火山の灰と噴石が固まって出来たもので、含まれる鉄分で真っ赤な色となる。しかし比較的水はけもよく、程よい保湿力もあり、赤碕のジャガイモはとてもよい出来で、特産ブランドとして出荷されている。
- 赤土の大地から流れ積もった堆積物から、安芸津の赤レンガは造られており、全国のシェアの50%を占める生産量となっている。
[編集] 隣接している自治体
[編集] 歴史
都市としての東広島市の歴史は浅い。1973年に広島大学の統合移転先が旧西条町に決定したことを受け、大学を中心とした学園都市建設の機運が高まり、1974年に西条町他周辺3町が合併して東広島市となった。市名は広島市の東側に位置することに由来する。
[編集] 前史
広島大学の敷地内に縄文や旧石器時代の遺跡が重なる地域があり、2万2千年前の旧石器時代の複数の住居跡が見つかった。旧石器時代の人々が岩陰に住んでいたという定説を覆す重要な発見だった。残念なことにそのあとは、整備されるとの説明があったが、実現されず放置され荒れ放題。 広島大学移転開始当時から構内には多くの東広島市民にとっては、祖先の営みの跡が発見されていたが、広島大学では省みることなく破壊されつくしていたが、職員から異論が出、その後積極的に発掘を進め、重要な遺跡が数多く発見された。 西条盆地は弥生時代にムラが爆発的に増加。西本遺跡群や東広島ニュータウン地内遺跡群など県内でも最大規模を誇る遺跡が多く存在する。西条町西東子遺跡からは弥生時代中期の大分県産の土器も見つかっており広く他地域との交流があったものと思われる。
5世紀に「三ツ城古墳」が造られており、前方後円墳としては県内一の大きさである。埋葬されたのはこの地域を支配していた国造級の豪族だと考えられている。小型の鏡や鉄剣、人骨など見つかっている、現在は国史跡に指定され、復元され史跡公園に整備された。また高屋町宮領の南にそびえる御山(白鳥山)の白鳥古墳より国産と考えられる三角縁神獣鏡の大小が発見されている。これらの遺物は県内で出土例がなく貴重である。いずれの鏡も、現在、三ッ城古墳横の中央図書館内のガイダンスコーナーに展示されている。
奈良時代には安芸国分寺が建立され、安芸国府がこの地に置かれていたといわれている、八世紀に国府があったと思われる区域に条里制が試行され半尾川を境に東条郷と西条郷に分けられ区画された。いずれにしてもこの時代、西条盆地に有力な政治勢力が存在していたことは事実のようである。東條郷と西條郷はやがて東西条(とうさいじょう)の名前に一括され、東西条は旧東広島地域に福富・熊野・広・三津までを含めた呼称となる。西条駅北側には、古代山陽道(太宰府と都を結ぶ重要な道)があり、かつて国府の中に祀ることが命じられた、祇園社があり、御建(みたてと読む、国府の建物を尊んで呼んだミタチが変化したものか)の地に建っている。周囲には大蔵、大地面(おおじめ)などの国府の存在を感じさせるような地名が多く残っている、古代山陽道にそって、安芸国分寺なども存在している。近年、大地面から、国府の附属施設の特徴をもった建物跡が見つかっており、今後の発掘、分析が期待されている。
平安前期、当地にも本格的な律令支配が及び、その後、現在の安芸郡府中町に国府が移ったとされる。当市域の大部分は安芸国の賀茂郡、豊田郡に属したが、一部(現在の豊栄町飯田、豊栄町吉原)は備後国世羅郡に属した。 以後、賀茂郡と豊田郡の境界は幾度か変更されているが、現在の市域は(備後国に属した地区もふくめて)すべて賀茂郡に属した期間を有する。平安期から鎌倉期にかけては東西条(旧賀茂郡)は国衙領であったが、仁治三年(1242年)宣陽門院下文をもって東寺に寄付され東寺の経営となる。
南北朝の争乱がおこると山口の大内弘世が観応三年(1350)に安芸国退治と称して東寺の国衙分者らを糾合して東西条を押領。貞治三年(1364)に幕府と和解するも応安元年(1368)年に守護人や国人の反乱に手をやいた幕府が大内弘世に東寺雑掌の沙汰で御教書を出し東西条の平定を命じた。この沙汰を口実に大内弘世は東西条を制圧。大内氏は安芸国支配の拠点として西条御薗宇に鏡山城を築城。西条と瀬戸内海を結ぶ黒瀬川沿いに連絡道と城塞網を築きあげた。大内氏の東西条支配は200年余りに及んだが戦国期に台頭した毛利元就によりこの地は毛利氏が支配する地となる。毛利氏が関ヶ原の戦い後に防長二国に移された後は、福島家、そして浅野家の領地となった。
江戸時代になると西国街道の宿場町として栄え、四日市宿の本陣は藩内最大の規模を誇った。東は古川、西は、半尾川にはさまれた範囲を西條四日市宿という。
[編集] 沿革
- 1973年(昭和48年)2月 広島大学の統合移転地が西条町に決定。
- 1974年(昭和49年)4月20日 賀茂郡西条町・志和町・高屋町・八本松町が合併(新設合併)し市制施行、東広島市となる。
- 1992年(平成4年) 人口10万人突破。
- 2005年(平成17年)2月7日 賀茂郡黒瀬町・河内町・豊栄町・福富町、豊田郡安芸津町を編入する。
[編集] 行政
[編集] 市長
- 武則一水 - 1974年5月~1978年5月(1期)
- 讃岐照夫 - 1978年5月~1998年5月(5期)
- 上田博之 - 1998年5月~2006年4月27日(2期目満了直前で死去)
- 蔵田義雄 - 2006年4月28日~(現職)
[編集] 経済
[編集] 産業
[編集] 主な企業
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- ア
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- カ
- 神戸製鋼所西条工場
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- サ
- サタケ(精米機器・検査機器・環境機器)本社・工場
- 酒類総合研究所サイエンスパーク(日本で唯一の酒類の総合研究所)
- シャープ東広島工場(携帯電話機の一大生産拠点である)
- 新来島広島どっく工場
- スタンレー電気広島工場
- 住友電工産業電線広島工場
-
- タ
- 大創産業本社
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- ハ
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- マ
[編集] 工業団地
- 飯田研究団地
- 磯松工業団地
- 黒瀬工業団地
- 河内臨空団地
- 志和流通団地
- 田口地区研究団地
- テクノタウン東広島
- 原地区工業団地
- 東広島中核工業団地・高屋東地区工業団地
- 広島中央サイエンスパーク
- 御薗宇工業団地
- 吉川地区工業団地
- 吉行工業団地(賀茂工業団地)
[編集] 軍事施設
- 在日米軍 川上弾薬庫 : 極東地域最大規模の弾薬庫
- 第13旅団 (陸上自衛隊)の原演習場
[編集] 姉妹都市・提携都市
[編集] 国内
[編集] 海外
[編集] 地域
[編集] 人口
| 東広島市と全国の年齢別人口分布図(比較) | 東広島市の年齢・男女別人口分布図 | ||||||||||||||||||
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■紫色は東広島市
■緑色は日本全国 |
■青色は男性
■赤色は女性 |
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| 総務省統計局 / 国勢調査(2005年) | |||||||||||||||||||
[編集] 医療
- 国立病院
- 県立病院
[編集] 教育
[編集] 幼稚園
- 東広島市立幼稚園
- 御薗宇幼稚園
- 八本松中央幼稚園
- 国立大学付属幼稚園
- 広島大学附属幼稚園
- 私立幼稚園
- フレーベル幼稚園
- 高屋幼稚園
- 西条ルーテル幼稚園
- 西条幼稚園
- 東広島くすのき幼稚園
- 板橋さざなみ幼稚園
[編集] 小学校
- 東広島市立小学校
[編集] 中学校
- 東広島市立中学校
- 広島県立中学校
- 広島県立広島中学校(中高一貫校)
- 私立中学校
[編集] 高等学校
- 広島県立高等学校
- 私立高等学校
[編集] 大学・短期大学
- 広島大学(東広島キャンパス)
[編集] 交通
[編集] 鉄道
山陽本線の白市駅~八本松駅は広島シティネットワークに属している。
[編集] 道路
[編集] 船舶
[編集] バス
- 中国ジェイアールバス 一般路線の運行しているほかに高速バスであるグリーンフェニックス(昼行便:広島行き)・ニューブリーズ号(夜行便:東京行き)・呉エクスプレス大阪号(昼行便:大阪行き)・呉ドリーム大阪号(夜行便:神戸・なんば・大阪行き)・広福ライナー(夜行便:福岡行き)も運行。
- 芸陽バス 市内の一般路線を運行するほかに高速バスである広島 - 高美が丘・豊栄線・かぐや姫号も運行
- 中国バス 高速バスのみであるがメイプルハーバー(夜行便:町田(東京)・横浜行き)・広福ライナー(夜行便のみ)を運行。
- 呉市営バス(呉市交通局) 市南部(黒瀬地域)に一般路線を運行するほかエアポートリムジン呉~広島空港線も運行する
- 小田急シティバス 高速バスのみであるがニューブリーズ号(夜行便:東京行き)を運行。
[編集] マスメディア
[編集] ケーブルテレビ
[編集] 新聞
- 地域紙
- プレスネット
- リビングひがしひろしま
[編集] 施設
[編集] 図書館
- 東広島市立図書館
- 中央図書館
- 黒瀬図書館
- 安芸津図書館
- 河内こども図書館
- サンスクエア児童青少年図書館
[編集] 美術館
- 東広島市立美術館
[編集] 名所・旧跡・観光スポット・祭事・催事
[編集] レジャー
- 東広島運動公園(アクアパーク)
- 東広島運動公園野球場(東広島アクアスタジアム)
- 龍王島自然体験村
[編集] 観光
[編集] 祭り
- 安芸津かきまつり(1月中旬)
- 御建神社祇園祭り(7月初旬)(西条)
- 三津祇園祭り(7月初旬)(安芸津)
- 安芸津住吉祭り花火大会(7月29日)
- 西条盆踊り大会(8月下旬)(8月下旬・御建グラウンド)
- 豊栄ヘソ祭(8月)
- 酒まつり(10月初旬)
- 火とグルメの祭典 安芸津フェスティバル(11月中旬)
[編集] 特産物・名物
- 日本酒 広島の酒三大恩人、三浦仙三郎、橋爪陽、木村静彦の銅像が市内にすべてある。
- (吟醸酒) 三浦仙三郎の軟水醸造法により生み出された。
- 米
- 西条柿西条町寺家の長福寺は、西条柿の発祥地、病の鎌倉将軍に献上して病気が治り、のち献上品となる。いわれをもつ。
- 牡蠣
- ビワ
- 馬鈴薯赤崎のじゃがいもは、赤崎の地質は赤土でもさらっとして、保水力も水はけも程よく生育に適している。
- 松茸 八本松周辺の山々一帯はかつて「まつたけ山」と呼ばれ、最寄駅である八本松駅から大量のマツタケを列車で広島市内へと運んでいたという。現在の収穫は大幅に減っているが主要産地であることに変わりない。
- 赤瓦 江戸時代に瓦職人が石州より移り住み、西条には豊富な粘土が算出し、近隣の田万里からは石州瓦の釉薬に用いた「来待石」と同様の石が算出し、いわゆる西條の赤瓦が製造されるようになった。赤瓦の生地は、花崗岩の地質から流れた鉄分を多く含む真砂土から堆積した粘土が、焼成時点で赤くなって物だが、赤瓦の名称は、来待釉の茶色にピンクがかったメタリックな色合いから赤瓦と呼ばれたもので、赤土だから赤瓦などでは無い。
- 安芸津の赤煉瓦は、日本国内の主要生産地、安芸津の赤土から作り出される。
- シロウオ 安芸津安芸津の高野川河口に定置網を仕掛ける。産卵のために川を遡上するシロウオを捕獲する。
素魚と書く。スズキ目ハゼ科シロウオ属。
[編集] その他
市外局番は、黒瀬地区が0823(20~99)、安芸津地区が0846(20~49)、その他が082(400~409、420~439、490~499)となっている。
- 082(400~409、420~439、490~499)エリア(東広島MA)
- 東広島市(黒瀬・安芸津地区を除く)
- 0823(20~99)エリア(呉MA)
- 0846(20~49)エリア(竹原MA)
- 竹原市・東広島市(安芸津地区)
なお、以下の地区との通話は市外局番が必要である。
- 082(200~299、500~599、800~909、921~929、941~943、960~969、990~999)エリア(広島MA)
- 0846(60~79)エリア(木江MA)
- (支店直轄):739-00xx、739-85xx、739-86xx、739-87xx
- 八本松集配センター:739-01xx、739-02xx
- 高屋集配センター:739-21xx
- 河内集配センター:739-22xx
- 福富集配センター:739-23xx
- 安芸津集配センター:739-24xx
- 板城集配センター:739-25xx
- 黒瀬集配センター:739-26xx
- 下黒瀬集配センター:739-27xx
自動車のナンバープレートは広島ナンバーである。
警察は東広島警察署が管轄する。
消防は東広島市消防局の管轄する。
[編集] 東広島市出身の有名人
- 安芸乃島勝巳(現千田川親方・元大相撲関脇力士)
- あすなひろし(漫画家)
- 石本秀一(初代広島カープ監督)西条町の墓に眠る。
- 礒部公一(プロ野球・東北楽天ゴールデンイーグルス外野手)
- 市地洋子(安芸晶子・女優)
- 岩瀬敬吾(元19 (音楽グループ)
- 隠善智也(プロ野球・読売ジャイアンツ外野手)
- 岡本綾子(プロゴルファー 広島県民栄誉賞受賞)名誉市民
- 岡田茂(元東映社長) : 賀茂郡西条町 名誉市民 東映会長
- 沖田嘉市賀茂郡西条町 郷田の柏原地区に中の峠随道という深道池導水路を掘った。昭和の禅海和尚と盆踊り唄に唄いこまれ称えられる。
- 加計勉(教育者・実業家 加計学園創始者)
- 久保田智子(TBSアナウンサー)
- 黒川明人(クロちゃん・安田大サーカス) : 八本松町
- 黒川祥三(東横映画(現・東映)初代社長) : 賀茂郡西条町
- 佐伯三貴(プロゴルファー)
- 酒井隆(陸軍中将、第23軍司令官) : 八本松町(旧賀茂郡原村)
- 載寧龍二(俳優、特捜戦隊デカレンジャーのデカレッド役)(八本松町)
- 信楽峻麿(宗教学者、 仏教伝道協会理事長、元 龍谷大学学長) : 賀茂郡豊栄町
- 高橋徹(レーサー)
- 谷川和穂(元防衛庁長官、法務大臣、自民党幹事長代理)(志和町)
- 谷川昇(元衆議院議員・広島カープ設立に尽力・谷川和穂の父)
- 坪島孝(映画監督、クレージーキャッツ作品の多くを担当)
- 野坂完山(医師、江戸時代飢饉に苦しむ村人を助けるため無償で治療したり、代替の食料を探したりした。日本中から弟子が集まっていた、鶴亭日記に記された記録は、当時の様子を細かく記した貴重な資料である。当時、寺家村には鶴が飛来し、完山の自宅にも浅野の藩侯がしばしば訪れていたという。)
- 中川秀直(自由民主党幹事長・衆議院議員)出身は、東京都新宿といわれる
- 平繁龍一: (サンフレッチェ広島) 賀茂郡黒瀬町
- 福原黎三 [1955](60年代広島のサッカー界の大黒柱的存在、広島サッカーの発展に大きな尽力)
- 沼田恵範(仏教伝道協会創設者、 ミツトヨ創業者) : 賀茂郡志和町
- 前田和之(ソニー仙台FC:JFL)
- 松井梨絵子(秋田放送アナウンサー)
- 松本隆興代 私立瀬戸内学園、瀬戸内高校前身、松本商業高校創設(明治34.4.15賀茂郡吉土実村大字吉行に創設時:私立松本学校;尋常小学校准教員養成)
- 三浦仙三郎(酒造家、吟醸酒発明者) : 豊田郡三津村 吟醸酒の産みの親、軟水醸造法開発
- 観山正見(天文学者・第4代国立天文台長)
- 山内泰幸(プロ野球・広島東洋カープの元投手で現在は三軍投手コーチ)
- 横山雅男(日本の統計学普及者) : 賀茂郡吉土実村(現東広島市西条町)
- 渡邉忠美(プロデューサー、名犬ジョリィ、おじゃまんが山田くん、レンズマン)
- 善入茂雄(放送作家、西条町生まれ)
- 内藤守三(元衆議院議員・国勢調査創設者)
- 吉村仁(元厚生省事務次官)
[編集] 外部リンク
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