東城駅

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東城駅
駅舎(2007年9月26日)
駅舎(2007年9月26日)
とうじょう - Tōjō
野馳 (5.2km)
(6.5km) 備後八幡
所在地 広島県庄原市東城町川東160-3
所属事業者 西日本旅客鉄道(JR西日本)
所属路線 芸備線
キロ程 18.8km(備中神代起点)
新見から25.2km
電報略号 トセ
駅構造 地上駅
ホーム 1面1線
乗車人員
-統計年度-
11人/日(降車客含まず)
-2010年-
開業年月日 1930年昭和5年)11月25日
備考 簡易委託駅
構内(2007年10月3日)

東城駅(とうじょうえき)は、広島県庄原市東城町川東にある、西日本旅客鉄道(JR西日本)芸備線である。

概要[編集]

野馳駅との間に岡山県と広島県との県境が走り、旅客流動も当駅を境に分かれている。新見駅発の芸備線のうち、半分は当駅で折り返す。当駅から備後落合方面へ向かう列車は1日に3往復のみであり(いずれも新見駅からの直通)、全国でも有数の閑散路線となっている。

鉄道よりも駅前にあるバス停から発着するバスの発着のほうが賑やかで、広島方面へ向かう高速バス後述)は1日7.5往復(広島発7本 庄原発1本 東城発広島行き8本)運行されているほか、1日10往復の福山行き路線バスや、庄原市東城地区内を走る路線バスも運行されている。

駅構造[編集]

地上駅。元々は相対式ホーム2面2線を有する駅であり、駅舎側のホームが2番線、向かい側のホームが1番線と、一般的な付け方とは逆に番線番号が付けられていたが、旧1番線への跨線橋は老朽化に伴い使用できなくなっており、立ち入ることができない。そのため現在は単式ホーム1面1線のみで運用され、備後落合方面・新見方面とも2番線に停車する。ただし、使われなくなった1番線は現在も場内・出発信号機が残っているため上り本線として扱われており、上り列車は下り本線(2番線)に逆線停車する扱いとなっている。なお、夜間時間帯には1本列車が留置される。

新見駅管理の簡易委託駅であり、窓口では朝から日中にかけて(休日は朝のみ)、携帯車発機による乗車券を販売している。

急行列車が運転されていた時期は、急行列車も停車しており、ホームには1972年(昭和47年)から1980年(昭和55年)まで運行された急行「やまのゆ」の号車案内がいまだに残っている。

利用状況[編集]

1日平均の乗車人員は以下の通りである。

  • 76人(1999年度)
  • 68人(2000年度)
  • 43人(2001年度)
  • 30人(2002年度)
  • 32人(2003年度)
  • 33人(2004年度)
  • 28人(2005年度)
  • 17人(2006年度)
  • 16人(2007年度)
  • 14人(2008年度)
  • 12人(2009年度)
  • 11人(2010年度)

駅周辺[編集]

バス路線[編集]

バスのりばは駅前にあり、それを示すポールが立っている(冒頭画像参照)。なお、乗車券・PASPYは駅で販売している。

高速バス[編集]

路線バス[編集]

  • 備北交通
    • 中国バス担当便を除く東城発着路線
    • 東城市街地循環バス
    • 東城地域生活バス(一部)
    • 東城駅前⇔帝釈(一般道経由)⇔庄原日赤病院前⇔庄原バスセンター
  • 中国バス
    • 福山駅前⇔油木車庫⇔東城駅前
    • 福山駅前⇔新市駅前⇔呉ヶ峠⇔東城駅前
    • 東城地域生活バス(一部)

なお、備北交通・中国バスともPASPYを使用できる。

歴史[編集]

  • 1930年昭和5年)11月25日 - 国有鉄道三神線(当時)が矢神駅から延伸し、その終着駅として開業。
  • 1935年(昭和10年)6月15日 - 三神線が小奴可駅まで延伸し、途中駅となる。
  • 1937年(昭和12年)7月1日 - 三神線が芸備線の一部となり、当駅もその所属となる。
  • 1987年(昭和62年)4月1日 - 国鉄分割民営化により、西日本旅客鉄道の駅となる。
  • 2001年平成13年)3月3日 - 駅員配置を廃止、簡易委託駅になる。
  • 200x年 - 旧上りホーム(1番線)の使用を廃止。これにより、新見 - 備後落合の区間では、矢神駅より西側での行き違いはできなくなった。

隣の駅[編集]

西日本旅客鉄道
芸備線
快速(早朝下り1本のみ運転、当駅から備後八幡方の各駅に停車)
矢神駅東城駅備後八幡駅
普通
野馳駅 - 東城駅 - 備後八幡駅

関連項目[編集]

外部リンク[編集]