福山市

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ふくやまし
福山市
Sensuizima.jpg
Flag of Fukuyama, Hiroshima.svg
福山市旗
Symbol of Fukuyama Hiroshima.svg
福山市章
1917年7月1日制定
日本の旗 日本
地方 中国地方山陽地方
中国・四国地方
都道府県 広島県
団体コード 34207-6
面積 518.15km²
総人口 461,644
推計人口、2014年8月1日)
人口密度 891人/km²
隣接自治体 尾道市府中市
神石郡神石高原町
岡山県笠岡市井原市
以下は海を介して隣接
香川県三豊市観音寺市
愛媛県越智郡上島町
市の木 センダンモクセイクスノキ
市の花 バラキク
福山市役所
所在地 720-8501
広島県福山市東桜町3番5号
北緯34度29分9.1秒東経133度21分44.3秒
福山市役所本庁舎
外部リンク 福山市ホームページ

福山市位置図

― 政令指定都市 / ― 市 / ― 町

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福山市(ふくやまし)は、広島県の東端に位置する都市で、中核市である。広島県内では広島市に次ぎ2番目となる約46万人の人口を擁する。隣接する岡山県井笠地方を含む備後都市圏の中心都市でもある。

目次

地理[編集]

JR福山駅南口
福山市街遠景

福山市は、瀬戸内海の中央部で広島県南東端に位置する。

三原市北部の大和町を源とする芦田川の河口に広がる福山平野に市の中心地がある。市の南端は瀬戸内海に面し、北部山岳地帯は概ね標高400 - 500メートルの吉備高原西南端部にある通称「神石高原」南端から形成される。ここは岡山県倉敷市へ注ぐ高梁川支流小田川流域である。

市街地は概ね、旧福山市街・東部(蔵王・春日)地区・松永(旧松永市)地区・北部(神辺・駅家・加茂)地区に大別されるが各地域とのアクセスも決して良好とは言えず、市民性も地域により若干異なる傾向がある。福山都市圏は岡山県の南西部の笠岡市井原市にも及び、県境を越えた連携が政経民間で見られる。福山市を中心とする都市群は備後都市圏とも呼ばれる。

自然環境[編集]

  • 福山市は瀬戸内海式気候に属し、広島県内でも降水量が少なく(年間約1200mm)河川の流量が少ないのが特徴である。そのため市街化の進んだ地域を中心に河川の汚濁が顕著で、下水道事業などによって改善された地域もあるものの、多くの場所で水質汚濁が問題となっている。流水量の少なさや河口堰による汽水の消滅等の影響で、市内を南北に流れる芦田川は中下流の汚濁が激しく、中国地方一級河川での水質は38年間ワースト1を記録してきたが、平成24年にその汚名を返上する[1]
  • 市域の北半分および芦田川より西部は、中国山地に連なる山地となっている。植生平野部に近いほどアカマツが多く、単調な傾向にある。山並みは風化侵食を受けやすい花崗岩が多いため起伏が激しく、川沿いを中心に多くの谷が形成されている。市内最高峰は吉備高原南端の京ノ上山で海抜611m、2位は駅家町北部の蛇円山で546m、3位は加茂町北部の笠木山で513mとなっている。北部の山野町付近には部分的に石灰岩質の地質もあり、特に高梁川支流の小田川渓谷を作り上げている猿鳴峡があり、近くには県天然記念物の”矢川のクリッペ”や”上原谷石灰岩巨大礫”という石灰岩に纏わる名勝も存在する。また隣接する井原市には石灰岩の採石場(芳井鉱業所)もある。
  • 南側は瀬戸内海備後灘)が広がり多くの島が点在しているが、福山市に属する島はあまり多くない。福山市沖は閉鎖的な瀬戸内海のほぼ中央に位置しており、満干差は非常に大きく平均で2mを超え、海流の速度は部分的に非常に速い。波は穏やかで湖のように無いときもあり、波高は通常で50cm未満、荒れても2m程度である。津波の被害を受けた記録は存在しない(ただし、明治17年(1884年)の台風による高波では大きな被害が発生している)。市で最大の島は田島で本土(沼隈半島)とは橋が架けられている。海底面は起伏があまりなく水深は深くとも30m程度である。かつての福山市沖は干潟が多く存在し豊かな自然に恵まれていたが、その大半は江戸時代からの干拓や日本鋼管福山製鉄所(現JFEスチール)建設の埋め立てなどにより消滅している。現在は家庭・工業廃水などの影響により福山港周辺の汚濁が深刻で特に夏期には海水が茶色あるいは乳白色に染まることもしばしばである。しかし、鞆の浦など湾岸沿いの大部分も透明度は高くないが陸から5km程度沖合に出れば(瀬戸内海としては)非常に綺麗である。
  • 地震は少なく、歴史上では地震により大きな被害を受けた記録は見つかっていない。このため、近年までは地震空白域とされていたが、2000年の鳥取県西部地震で震度5弱、2001年の芸予地震でも震度5弱を記録した(いずれも人的被害はなし)。活断層も近年まで確認されていなかったが、2002年に北部の加茂・御幸地区から西部の松永地区にかけて活動度B級の「長者原断層」の存在が明らかになり[2]、少なくとも3世紀以降に活動した痕跡が見つかっている。

気候[編集]

熊ヶ峰からの福山市街

福山市は地形と立地場所による影響により、典型的な瀬戸内海式気候[3]である。

からにかけて、中国大陸から流入する黄砂が観測されることも多い。また、冬には氷点下まで下がる日もある。太平洋高気圧に覆われる夏季には瀬戸内海沿岸特有の「」が発生し、日中の気温は35°Cを超える猛暑酷暑となる日もある[4]。降雪は少なく、積雪は稀である。

福山 (福山市松永町)の気候
1月 2月 3月 4月 5月 6月 7月 8月 9月 10月 11月 12月
最高気温記録 °C (°F) 17.4
(63.3)
23.6
(74.5)
24.0
(75.2)
28.6
(83.5)
32.4
(90.3)
34.3
(93.7)
38.2
(100.8)
38.3
(100.9)
36.7
(98.1)
31.6
(88.9)
26.2
(79.2)
21.4
(70.5)
38.3
(100.9)
平均最高気温 °C (°F) 9.3
(48.7)
10.0
(50)
13.2
(55.8)
18.9
(66)
23.4
(74.1)
26.8
(80.2)
30.5
(86.9)
32.4
(90.3)
28.3
(82.9)
22.8
(73)
17.1
(62.8)
12.0
(53.6)
20.4
(68.7)
平均最低気温 °C (°F) −0.2
(31.6)
0.1
(32.2)
2.9
(37.2)
8.0
(46.4)
13.0
(55.4)
18.2
(64.8)
22.6
(72.7)
23.6
(74.5)
19.6
(67.3)
12.7
(54.9)
6.8
(44.2)
1.9
(35.4)
10.8
(51.4)
最低気温記録 °C (°F) −7.6
(18.3)
−9.2
(15.4)
−5.9
(21.4)
−1.8
(28.8)
2.8
(37)
8.0
(46.4)
13.2
(55.8)
15.8
(60.4)
8.0
(46.4)
1.5
(34.7)
−2.4
(27.7)
−6.7
(19.9)
−9.2
(15.4)
降水量 mm (inch) 35.1
(1.382)
50.5
(1.988)
84.5
(3.327)
93.2
(3.669)
123.8
(4.874)
175.3
(6.902)
176.7
(6.957)
83.0
(3.268)
131.0
(5.157)
78.8
(3.102)
54.4
(2.142)
31.0
(1.22)
1,117.2
(43.984)
平均月間日照時間 142.1 139.2 167.7 192.7 208.6 172.3 197.7 226.4 165.8 179.0 151.7 152.8 2,096.1
出典 1: 気象庁[5]
出典 2: 気象庁[6]

隣接する自治体[編集]

人口[編集]

以前より中国・四国地方では広島市岡山市松山市倉敷市に次ぐ5番目の人口規模である。平成の大合併で隣接のベッドタウン4町を編入した結果、人口は約46万人(推計人口)となった。

Demography34207.svg
福山市と全国の年齢別人口分布(2005年) 福山市の年齢・男女別人口分布(2005年)
紫色 ― 福山市
緑色 ― 日本全国
青色 ― 男性
赤色 ― 女性
福山市(に該当する地域)の人口の推移
1970年 355,264人
1975年 405,677人
1980年 425,675人
1985年 441,502人
1990年 445,403人
1995年 453,791人
2000年 456,908人
2005年 459,087人
2010年 461,471人
総務省統計局 国勢調査より

地域[編集]

町名一覧[編集]

  • 青葉台
  • 赤坂町赤坂
  • 赤坂町早戸
  • 曙町
  • 旭町
  • 芦田町上有地
  • 芦田町向陽台
  • 芦田町下有地
  • 芦田町柞磨
  • 芦田町福田
  • 伊勢丘
  • 一文字町
  • 今町
  • 今津町
  • 入船町
  • 内海町
  • 駅家町雨木
  • 駅家町今岡
  • 駅家町江良
  • 駅家町大橋
  • 駅家町上山守
  • 駅家町倉光
  • 駅家町下山守
  • 駅家町助元
  • 駅家町近田
  • 駅家町中島
  • 駅家町新山
  • 駅家町服部永谷
  • 駅家町服部本郷
  • 駅家町坊寺
  • 駅家町法成寺
  • 駅家町万能倉
  • 駅家町向永谷
  • 駅家町弥生ヶ丘
  • 胡町
  • 王子町
  • 大谷台
  • 沖野上町
  • 卸町
  • 笠岡町
  • 神島町
  • 春日池
  • 春日台
  • 春日町
  • 春日町宇山
  • 春日町浦上
  • 春日町吉田
  • 霞町
  • 金江町
  • 神村町
  • 加茂町葦原
  • 加茂町粟根
  • 加茂町上加茂
  • 加茂町北山
  • 加茂町下加茂
  • 加茂町中野
  • 加茂町百谷
  • 加茂町八軒屋
  • 川口町
  • 神辺町旭丘
  • 神辺町上御領
  • 神辺町上竹田
  • 神辺町川北
  • 神辺町川南
  • 神辺町下御領
  • 神辺町下竹田
  • 神辺町十九軒屋
  • 神辺町十三軒屋
  • 神辺町新徳田
  • 神辺町新湯野
  • 神辺町新道上
  • 神辺町新十九
  • 神辺町徳田
  • 神辺町西中条
  • 神辺町箱田
  • 神辺町東中条
  • 神辺町平野
  • 神辺町三谷
  • 神辺町道上
  • 神辺町八尋
  • 神辺町湯野
  • 北本庄
  • 北美台
  • 北吉津町
  • 木之庄町
  • 草戸町
  • 熊野町
  • 鋼管町
  • 光南町
  • 向陽町
  • 郷分町
  • 蔵王町
  • 桜馬場町
  • 佐波町
  • 三之丸町
  • 地吹町
  • 清水ヶ丘
  • 昭和町
  • 城見町
  • 新市町
  • 新市町金丸
  • 新市町上安井
  • 新市町相方
  • 新市町下安井
  • 新市町新市
  • 新市町戸手
  • 新市町藤尾
  • 新市町宮内
  • 新涯町
  • 新浜町
  • 城興ヶ丘
  • 住吉町
  • 瀬戸町山北
  • 瀬戸町地頭分
  • 瀬戸町長和
  • 千田町
  • 千田町坂田
  • 千田町坂田北
  • 千田町千田
  • 千田町薮路
  • 大黒町
  • 大門町
  • 大門町日之出丘
  • 大門町大門
  • 大門町津之下
  • 大門町野々浜
  • 大門町旭
  • 高西町
  • 高西町川尻
  • 高西町真田
  • 高西町南
  • 高美台
  • 宝町
  • 多治米町
  • 田尻町
  • 長者町
  • 千代田町
  • 津之郷町
  • 坪生町
  • 坪生町南
  • 手城町
  • 寺町
  • 道三町
  • 東陽台
  • 鞆町後地
  • 鞆町鞆
  • 奈良津町
  • 西町
  • 西桜町
  • 西新涯町
  • 西深津町
  • 沼隈町上山南
  • 沼隈町草深
  • 沼隈町下山南
  • 沼隈町常石
  • 沼隈町中山南
  • 沼隈町能登原
  • 能島
  • 野上町
  • 延広町
  • 走島町
  • 花園町
  • 東町
  • 東川口町
  • 東桜町
  • 東手城町
  • 東深津町
  • 東明王台
  • 東村町
  • 東吉津町
  • 引野町
  • 引野町北
  • 引野町東
  • 引野町南
  • 久松台
  • 日吉台
  • 藤江町
  • 伏見町
  • 古野上町
  • 平成台
  • 本郷町
  • 本庄町中
  • 幕山台
  • 松永町
  • 松浜町
  • 船町
  • 本町
  • 丸之内
  • 御門町
  • 緑町
  • 南今津町
  • 南蔵王町
  • 南手城町
  • 南本庄
  • 南松永町
  • 箕沖町
  • 箕島町
  • 水呑町
  • 水呑向丘
  • 御船町
  • 港町
  • 南町
  • 宮前町
  • 御幸町上岩成
  • 御幸町下岩成
  • 御幸町中津原
  • 御幸町森脇
  • 明王台
  • 明神町
  • 三吉町
  • 三吉町南
  • 明治町
  • 元町
  • 紅葉町
  • 柳津町
  • 山手町
  • 山野町矢川
  • 山野町山野
  • 横尾町
  • 吉津町
  • 緑陽町
  • 若松町

主要な山岳・河川・島嶼部[編集]

特色[編集]

福山市は備後都市圏の中心都市として、都市銀行証券会社などの大手企業の営業拠点や国・県の出先機関が多く存在し、なおかつ自動車のナンバープレートの“福山”、市外局番“084”、郵便番号”72X”が付与されている。このように、県庁所在地並みあるいは県単位の扱いを受けているのは中四国地方では福山市のみである。

昔からの西の広島、東の岡山と知られ、中四国地方では第3位の都市雇用圏を有する都市。

同規模の都市に比べて全国的な知名度が浸透していないと思われる。原因としては、「広島(県)」といえば県名と同じで知名度の高い広島市のイメージが先行してしまうことや、近隣に似たような地名(岡山市、旧徳山市(現周南市)など)などがあることが考えられるが、苗字が一緒の福山雅治(出身は長崎県)の活躍や、崖の上のポニョを機に知名度も急激に上がっている[要出典]

文化的には県庁所在地の広島市を始めとする県西部に比べ距離的に近い関西の影響も受けており、お好み焼は広島風も存在するものの関西風の店も多い[要出典]このような広島市との文化的な違いは、広島県編入時の確執に要因があったと言われている。福山地方が岡山県から広島県に編入された1870年代には、ちょうど地租改正が行われていた。福山地方の窪田次郎(医師・思想家)らは小田県岡山県時代から各田畑への「目的額」強要に抵抗していたが、広島県編入により広島県令藤井勉三へと嘆願書を提出することになった。しかし、この時の県令の対応が極めて強圧的で岡山県時代の事情には一切関知しない姿勢であったとされる[要出典]。以後も県内における行政やマスメディアは広島市およびその周辺を偏重する傾向にあったが、近年は以前に比べると是正されてきている[要出典]近年(備後)福山都市圏は岡山都市圏の1つだと言った考えもある[要出典]が、元々は備の中心は福山であり、その後、県令と同時に岡山へ移って行ったとされる(これより福山弁、岡山(備中)弁共に三河弁が入っている)[独自研究?]。その後広島県となるが、広島(安芸)とも交流は深く、安芸と岡山の両文化を持つ街である。近年は特に山陽自動車道の開通以降、広島市との関係も強くなりつつある[要出典]

都市形成の傾向として駅周辺から商業地域が発展していることがあげられる。これは都市の中心であった福山城内を貫いて福山駅が作られたため、近世の商業的中心地がそのまま近代の商業的中心地へと移行したからである。このため福山城は本丸を除いた大部分が開発され、全ての堀と三の丸の石垣の殆どが市街化により消滅するか地下に埋もれている。

  • 市内に世界有数の規模を持つ製鉄所(JFE西日本)がある。
  • 松浜、入船地区の飲食店は全国的に有名であるが取締の強化などにより衰えつつある。

方言[編集]

  • 福山弁と呼ばれ、この地域にあった備後弁を基礎に成り立った方言。岡山弁などと同様に連母音の融合の傾向が強く、例えば赤い(akai)が[akæː]等に発音される。また、三河弁の表現が混じっていることも特徴で、岡山弁と明確な線引きをすることができる。安芸地方(広島市周辺)の方言と混同されることも多い。似ている部分もあるが岡山弁と同様違いも残っており、現在ではこれらの方言の相違を地元の人間以外で判別することは難しくなっている。
  • 市内でも古くから海運で栄えた鞆の浦など特定の地域では上方方言の影響が今なお残っている。

政治[編集]

代(通算) 氏名 就任年月 退任年月
歴代の福山市長
初代 阿武信一 1916年
二代 中野有光 1927年
三代 小林壽夫 1938年
四代 三谷一二 1944年
五代 小林和一 1946年
六代 藤井正男 1947年
七代 徳永豊 1955年
八代 立石定夫 1970年
九代 中川 弘 1979年
十代 牧本幹男 1983年
十一代 三好 章 1991年
十二代 羽田皓 2004年 現職

市長・副市長・市議会議長、副議長・議員定数[編集]

  • 市長 羽田皓(第十二代)3期目・2004年9月~
  • 副市長 堀径扇
  • 副市長 廣田要
  • 議長 小林茂裕
  • 副議長 法木昭一
  • 会派(2013年5月15日現在)
    • 水曜会 14人
    • 公明党 7人
    • 誠勇会 6人
    • 市民連合 4人
    • 日本共産党福山市議会議員団 4人
    • 新政クラブ 3人
    • 無所属 2人
  • 市議会議員定数 40人

その他[編集]

2006年6月に発覚した下水道工事不正発注事件によって、市役所や一部の地元土建業者との癒着が表面化し、市長や一部議員への辞任要求が市民の間から出た。また市職員による不祥事も相次ぎ、市政への批判が強まった。

2007年から2008年にかけて福山駅前整備工事に伴い出土した福山城外堀遺構の保存是非について市民グループが10万人分の署名を集め、文化庁にその保存意義を訴えて市当局も文化庁との協議を行ったもののそのやり取りの文章を黒塗りで発表するなど市民の市行政への不信感は高まりつつある。[要出典]

市章[編集]

市章を描いた市の旗

市章は、こうもりを「山」の字にデザイン化したもの。また市章旗は黄地に黒で描かれている。これは1917年に市制施行時に福山出身の有名建築家の武田五一に依頼され彼がかかわったもの。由来については福山城のある付近はかつて蝙蝠山と称しており、こうもりは本来、中国思想の影響から縁起の良い動物とされ、「蝠」は福に通じることと初代藩主水野勝成が「福山」と名づけたとする地名由来説があることからモチーフに選ばれた。事実、明治時代初期の箱館戦争時に福山藩はこのこうもりの旗印を掲げて参戦している。

「市の花」としてバラ(1985年制定)とキク(2003年制定)があり、2000年代の一時期はバラを模したマークが市の出版物に描かれていたり市の施設などバラに因んだ名称が使用されたりと、バラが「市章」に準じた扱いを受けていた事もあったが、2013年以降は正式なこうもり山の市章に再び統一されている。

歴史[編集]

福山城
草戸稲荷神社
鞆の浦(1939年発行の郵便切手)

古代[編集]

古代における現在の福山市街の中心地はほぼ全域が干潟や海であった。近年までは現在の神辺平野も海となっていて「穴の海」と呼ばれたといわれていたが、これは遺跡の分布や地層の調査から現在では否定されており、この呼称があったとすれば現在の福山市街を示していた可能性が高いようである。古代における備後地方の中心地は備後国国府のあった現在の府中市一帯でこれに至る旧山陽道が中国地方の重要な幹線道となっていた。その名残が市北部地区の駅家町の地名で文字通り山陽道の駅家(宿駅)であったことを示している。現在の福山市域に含まれる山陽道は神辺平野を横断するように通され、この周辺は備後で最も栄えた地域となっていた。また、この地方はヤマト王権吉備との勢力争いの最前線であったため古くからヤマト王権の重要拠点ともなっており、“二子塚古墳”のような大規模な前方後円墳や畿内以外では珍しい横口式石槨を持つ古墳が残り全国でも有数の古墳集積地となっている。備後南部に港が多く点在し、津ノ郷、深津、吉津、など港を意味する地名が今日も残されている。また、鞆の浦万葉集にも詠まれるように風待ち、潮待ちの港として古代より独自の地位を築いていた。

中世[編集]

中世には長年の芦田川の堆積作用により現在の福山市街は次第に陸地へと姿を変えていき、本庄、木ノ庄といった荘園が形成され現在の草戸町には草戸と呼ばれる港湾都市が栄えるようになった。しかし、この町は芦田川の堆積作用により港湾施設の使用が難くなり衰退したと考えられている(遺跡は芦田川の浚渫により消滅)。平安時代には最澄により静観寺、空海により医王寺が創建されるなどそれぞれの西日本の布教拠点となったが、南北朝時代には北朝と南朝の間で幾度も戦闘があり、静観寺五重塔などの貴重な文化財が失われた。戦国時代になると備後地方は毛利氏勢と尼子氏勢との拠点争いの地となり多くの城が築かれた。

近世[編集]

安土桃山時代になると備後国は概ね毛利氏の所領となり、鞆には毛利氏の庇護の元、室町幕府15代将軍足利義昭が滞在した(備後国を参照のこと)。関ヶ原の戦い以後は福島氏の所領となり、神辺に支城が置かれた。1619年、福島氏の改易により徳川家康の従兄弟である水野勝成が西日本の有力外様大名への幕府方の楔として備後国東南部・備中国西南部の10万石を与えられ、福山藩が成立する。勝成は当時干潟であった臨海部の深津郡野上村に新たな城(福山城)と城下町を建設し、この町を福山と名づけた。このため、今日に至る福山の歴史は元和8年(1622年)から始まったといえる。なお、当初の構成領地は備後国深津郡安那郡沼隈郡 神石郡 品治郡 葦田郡備中国小田郡後月郡のそれぞれ大半であった。その後、1698年に5代藩主水野勝岑の死去で無嗣除封となり、一時的に福山藩領全域が天領(幕府直轄領)とされるが、1699年松平忠雅が転封する。しかし、松平忠雅はわずか10年後の1710年伊勢国桑名藩に移封して、替わりに1710年阿部正邦が福山に転封した。以後、阿部氏が明治維新まで続くことになった(詳しくは備後福山藩を参照のこと)。

福山市神辺町に備後国分寺が発見されている[7]国府国分寺の近くに置かれる事から、備後国府が当地にあった可能性があり、発掘が続いているが確定に至っていない[8]

近代[編集]

1871年明治維新廃藩置県により備後国旧福山藩領と神石郡甲奴郡の半分、備中国小田郡後月郡の大半を持って福山県が設立し県庁所在地は福山町に定められた。しかし、これから行政区分はめまぐるしく変わり、1871年福山県深津県へ名称が変更され、翌年(1872年)には深津県倉敷県が統合され小田県が設立、県庁は小田郡笠岡町に移転された。そして、1875年には小田県岡山県へ編入され、この翌年(1876年)に岡山県から旧備後国である沼隈深津安那品治芦田、神石の6郡が広島県に移管される(福山町は深津郡に含まれる)。こうした中、1891年9月11日山陽鉄道笠岡福山間が開業し、同年11月3日には福山~尾道までが開業すると福山町は工業都市へと姿を変えていった。1898年10月1日、芦田・品治両郡、深津・安那両郡はそれぞれ統合され、芦品郡深安郡が成立する。その後、1908年に陸軍第41連隊が福山町(深安郡)に設置されると町の経済は発展を遂げ、1913年4月1日には福山町が野上・三吉両村を編入し、同年12月21日に鞆軽便鉄道(福山~鞆)が開業して、翌年(1914年7月21日には両備軽便鉄道(両備福山(1935年廃止)~府中町)が開業するなど交通機関も整備されていき、1916年に福山町は廃され、福山市が誕生することになった。

市制施行後[編集]

福山市は大正5年(1916年)7月1日に全国で73番目、広島県では広島、尾道、呉に次ぐ市として誕生した。市制施行当時の人口は32,356人であったとされる。 しかし、発足後の道程は平坦ではなく、市制施行間もなくの大正7年(1918年)には米騒動、その翌年の大正8年(1919年)には大水害に見舞われ、大正末期には陸軍41連隊が廃止の計画が持ち上がった。41連隊の廃止は市の財政破綻にも繋がりかねなかったが、これは市の陳情により回避されることになった。

その後、福山市は順調な発展や周囲の村を吸収合併して市域を広げたことなどから、平野部が少なく開発の余地がない尾道市に替わって広島県東部の中心都市となっていった。しかし、昭和20年(1945年)の福山大空襲により市街地は壊滅的な打撃を受けた。それでも戦後の高度経済成長の波に乗り復興を遂げていき、中でも日本鋼管福山製鉄所の誘致により企業城下町として急激に開発が進んで人口が増加していった。昭和後期になると高度経済成長時代の終焉や鉄鋼不況などにより人口は約37万人程度で頭打ちとなったが、この頃には製鉄所の町から県東部の中心地へと脱却していった。そして、平成の大合併により市域は更に拡大し、ほぼ旧福山藩領であった地区になり人口は約45万人に達するが、近年の実質的な人口増加率は微増にとどまっている。

年表[編集]

1945年戦災概況図

越県合併の模索[編集]

1963年昭和38年岡山県笠岡市に編入されていた城見村の旧茂平村(1889年他2村と共に城見村設立)が同市より分離、福山市への編入(越県合併)を模索した騒動。

騒動の経緯[編集]

旧茂平村地区は、当時より、地理的(地区が隣接する)、社会的(多くの住民の親戚等が福山市に居住および福山市出身の住民が多い)等により福山市との結びつきが強い地域であった。1963年岡山県日生町福浦が強い住民運動により兵庫県赤穂市に合併されたことに刺激をうけた住民が大規模な合併運動を開始(以前より幾度か合併案はあった)。当時広島県議会議員中川弘(のち福山市長に就任)賛同のもと、福山市議会議員数人の賛同も得る。また、城見村内で旧茂平村地区とと同じ境遇の旧用之江村地区も福山市との合併に賛同し共同で運動を始めた。その後、旧茂平村地区は旧用之江村地区と共同で福山市に合併嘆願書を提出した。

騒動の集結[編集]

福山市に合併嘆願書が提出されると、岡山県議会、笠岡市議会からの反対運動が起こる。また、翌年(1964年)岡山県知事に地元出身の加藤武徳が就任すると、知事も合併運動に反対し、騒動は終結。

姉妹都市・提携都市[編集]

正式な友好都市提携は結んでいないものの深い交流のある地域
  • 日本の旗 広島県府中市、岡山県井原市、笠岡市、尾道市(消防救急などの連携)
  • 日本の旗 広島県神石高原町(消防救急などの連携)
  • 日本の旗 岡山県笠岡市(図書館相互利用などの提携、同市茂平地区の児童が福山市立野々浜小学校 に通学)
  • 日本の旗 岡山県倉敷市(市の職員間の交流・相互視察研修、また青年会議所などで相互交流)
  • 日本の旗 茨城県結城市(福山開祖、初代福山藩主“水野家”が5代目で転封されたに由縁)
  • 日本の旗 茨城県水戸市(阿部家福山藩七代藩主“阿部正弘公”と水戸藩主“徳川斉昭公”との交友関係の縁)
  • 日本の旗 東京都文京区西片町(福山藩校“誠之館”と、かつて誠之館江戸分校があった福山藩下屋敷跡に建つ文京区立誠之小学校にまつわる縁)
行政主体の友好都市提携などは結んでいないものの民間レベルでの深い交流のある国など

交通[編集]

空港[編集]

空路は広島県三原市にある広島空港まで福山駅前より空港リムジンバスで約1時間、岡山空港へは車で1時間半弱である。

鉄道[編集]

福山駅
西日本旅客鉄道

山陽新幹線は東京、新大阪方面には日中毎時4~5本、博多方面は4~6本停車する。さくらのぞみでは岡山駅までも最短16分、広島駅まで最短24分、新大阪駅へは約1時間、博多駅へも約1時間30分で到着する事から山陽地方主要都市や関西圏九州北部へのアクセスも良く、また東京駅へも、のぞみ利用で最速3時間28分で到着する。

井原鉄道

JR西日本については、中心駅の福山駅からは山陽本線の岡山方面へは日中、在来線各駅停車が毎時4本に加え、快速(サンライナー)が午前中3本と夕方以降のみ運行されており、快速での所要時間は笠岡駅まで13分、新倉敷駅まで25分、倉敷駅まで約33分、岡山駅まで45分である。一方、広島方面へは在来線の優等列車の設定はないため(当駅を経由する快速列車は当駅以西は八本松駅まで全て各駅停車である。また1975年3月改正以前は存在した)、普通列車各駅停車)のみの運行で日中、毎時3 - 4本程度運行されていて尾道駅まで18分、三原駅までは33分、西条駅までは69分、広島駅までは100分の所要時間。また福山駅を起点とし、内陸の府中市三次市を結ぶ福塩線や、井原市総社市とを結ぶ井原鉄道井原線も一日の3本のみ神辺駅を経由し福山駅に直通乗り入れしている。 なお、かつては現在バス会社となっている鞆鉄道の運営する鞆鉄道線も1913年から1954年まで存在していた。またJR福塩線の福山 - 府中間は現在とほぼ同じ路線の両備鉄道という私鉄が前身。

高速道路・国道[編集]

山陽自動車道国道2号線といった基幹交通網もほぼJR山陽本線沿いに走っており、福山市を中心とする備後都市圏と岡山市・倉敷市を中心とする岡山・倉敷都市圏は交通、地理面からほぼ連続している。また四国とを結ぶ2つの本州四国連絡橋(瀬戸中央自動車道瀬戸内しまなみ海道)の本州側起点の中間に位置している為、香川県愛媛県といった四国北部方面へのアクセスも良好。また一日16往復運行されている愛媛県今治市行きの高速バスしまなみライナー西瀬戸自動車道(しまなみ海道)経由で所要時間約1時間強。

路線バス[編集]

市内・近郊路線[編集]

都市間高速路線[編集]

福山市街地発着の県外行きバス
県内路線
福山市北部発着の路線
  • 府中 - 駅家・平成大学 - 大阪線:びんごライナー(近鉄バス・中国バス)(福山駅前経由)
  • 府中 - 駅家・平成大学 - 神戸線:神戸ライナー(中国バス)(福山駅前経由)
  • 平成大学 - 米子・松江線(米子道経由):フライングフィッシュ号(中国バス)(福山駅前経由)
  • 神辺 - 大阪線:カブトガニ号(井笠バスカンパニー)
  • 平成大学・駅家 - 広島線:リードライナー(広島交通・中国バス・井笠バスカンパニー)

港湾[編集]

福山市を発着する航路[編集]

以下の3航路が存在する。かつては福山港 - 香川県多度津町間に福山・多度津フェリーが就航していたが、2008年8月31日をもって廃止された。

行政・出先機関[編集]

国の機関[編集]

独立行政法人および特殊法人[編集]

広島県の機関[編集]

  • 広島県福山庁舎(三吉町)
  • 広島県福山旅券センター(東桜町)
  • 広島県福山児童相談所(瀬戸町)
  • 広島県福山教育事務所(三吉町)
  • 広島県東部運転免許センター(津之郷町)
  • 広島県東部県民文化センター(東桜町、愛称:エストパルク)
  • 広島県立東部工業技術センター(東深津町)
  • 広島県立福山高等技術専門校(山手町)
  • 広島県立福山少年自然の家(金江町)
  • 広島県立歴史博物館(丸之内)
  • 広島県立ふくやま産業交流館(御幸町、愛称:ビッグ・ローズ)

福山市の機関[編集]

主な組織 - 2012年(平成24年)4月1日時点

  • 市長公室
  • 企画総務局
  • 財政局
  • 経済環境局
  • 保健福祉局
  • 市民局
  • 福山市民病院
  • 建設局
  • 会計管理者
  • 上下水道局
  • 議会事務局
  • 選挙管理委員会事務局
  • 監査事務局
  • 農業委員会事務局
  • 教育委員会

市の環境に対する取組[編集]

インフラ整備環境[編集]

  • 上水道は市内ほぼ全域を福山市上下道局が供給。古くは、江戸時代に水野勝成が整備した福山旧水道が用いられており戦中まで利用、近代上水道は大正時代に整備され現在に至る。これら旧水道の一部や最初に建設された近代浄水場である佐波は佐波城山公園として文化財保存されている。現在の主要な浄水場は千田、中津原、箕島にある。また特に神辺地域では地下水が豊富。
  • 下水道は普及率65.5パーセント(神辺町域を合併以前の普及率)市街地ではほとんどが公共下水道へ放流可能。主要な下水処理場は芦田川浄化センター(箕沖町)、新浜処理場、松永処理場がある。
  • 電力は中国電力において供給。供給源としては市内に瀬戸内共同火力 福山共同発電所と福山RDF火力発電所がある。また2011年12月に中国地方初となるメガソーラー,福山太陽光発電所が箕沖で運転開始。
  • 都市ガス福山ガスによって旧市内ほとんどで利用可能。

警察[編集]

福山東警察署

広島県警察

消防・救急[編集]

福山地区消防組合消防局( 福山市・府中市・神石高原町の2市1町で組織され、消防・救急業務を運用中。) 1消防局、8署、1分署、6出張所

  • 消防局(福山市沖野上町5丁目)
  • 南消防署(福山市沖野上町5丁目)、鞆出張所(福山市鞆町鞆字関町)、瀬戸出張所(福山市瀬戸町)
  • 北消防署(福山市奈良津町2丁目)、駅家分署(福山市駅家町万能倉)
  • 東消防署(福山市引野町北4丁目)
  • 西消防署(福山市松永町3丁目)、今津出張所(福山市今津町字安毛の下)、沼隈内海出張所(福山市沼隈町常石)
  • 水上消防署(福山市箕沖町)
  • 芦品消防署(福山市新市町戸手)
  • 深安消防署(福山市神辺町川北)、安田出張所(神石高原町安田)
  • 府中消防署(府中市府中町)、小塚出張所(府中市上下町小塚)

マスメディア[編集]

テレビ[編集]

福山蔵王局
(福山無線中継局)

以下の各局が存在する。以前は広島エフエム放送も支社を設置していたが、合理化により2006年(詳細な時期は不明)に廃止された。

上記のほか、市内各所で岡山金甲山本局や笠岡局・西讃岐局からの放送波、瀬戸内海沿岸部地域では対岸の愛媛県の放送波も受信可能である。なお福山市内ではテレビ電波は蔵王山の福山局を主に受信している世帯が多いが、地区によっては彦山の福山西局(デジタルでは福山局)や高見山の尾道局を受信していたりなど様々である。混信も多い。[要出典]

ラジオ[編集]

以下のFM局がサービスエリアとなっている。以前は広島エフエム放送も支社を設置していたが、合理化により2006年(詳細な時期は不明)に廃止された。

ローカルテレビ事情[編集]

岡山香川のテレビ送信波は地区によっては、アンテナの方向を岡山県側に向ければ受信できる。また市南部でも瀬戸内海側にアンテナを向けると香川県や愛媛県の放送も受信可能である。

広島県の地形が山がちで多数の中継局を必要としたこともあり、昭和中期には財政面の問題から福山市内に広島ローカルの主要中継局は設置されていなかった。現在の福山中継局が、福山市内ではなく尾道市向島町に所在するのは、その時代のなごりである[要出典]

一方で、岡山・香川ローカル放送の主要中継局(笠岡局)は、笠岡市神島の塚の丸山に設置されている。建前上は笠岡諸島への送信のためということであるが、すぐ西側は福山市街地であり、さえぎるものは何もなく、福山市域への放送エリアの拡大が検討されたこともある。このため、岡山・香川ローカル局が福山市街地のシェアを握っていた時期があった[いつ?]

その後、昭和末期には広島ローカル局が主要中継局(福山蔵王局)を市中心部に近い蔵王山に設置し、その他小型中継所を張りめぐらせることによってシェアを奪回した。現在では市街地に高層建造物が増え金甲山送信所や笠岡局の電波が入りにくくなったこともあり、一部の放送愛好家やテレビ東京系列局を視聴したい世帯以外、ほとんどの福山市民はアンテナの方向調整を行わずに広島ローカル局を視聴している[要出典]

なお、福山市は人口の多い都市であるにもかかわらずCATVの開局は遅かったが2005年になってようやく光PerfecTV!のサービスが開始された(ただし光PerfecTV!ケーブル・ジョイ区域外再放送を実施していない。2007年には福山市全域で地上デジタル放送が開始されている。新涯等を中心とした地域ではアンテナの方向を変える事でテレビせとうち(テレビ東京系列)を視聴する事が出来る。

福山とその周辺に限った地元情報誌が多数出版されており人気である[要出典]

新聞[編集]

地域紙[編集]

  • 経済リポート(当地域一の経済誌で購読者数も一位)
  • 中国ビジネス情報
  • びんご経済レポート(本社は尾道市)
  • ウィンク(タウン情報誌)
  • 福山リビング新聞(無料誌)
  • プレスシード(無料誌)
  • タウン情報ふくやま(タウン情報誌)※2006年10月号をもって休刊。

物流・基幹産業・地域産業[編集]

物流拠点としての福山を中心とした備後都市圏[編集]

重要港湾福山港は港湾設備整備が進むにつれ、毎年20パーセント以上の割合で輸出入量・額が伸びており[要出典]、中四国地方では倉敷市水島港に次ぐ規模となっている。2005年3月には福山国際コンテナ港もオープンし、さらなる需要の増加が期待されている。

また、瀬戸中央自動車道西瀬戸自動車道という2つの四国への連絡橋の中間に位置し更に現在建設中の中国横断自動車道尾道松江線(尾道道松江道)が全通するとよりいっそう備後都市圏が中四国地方内の各主要都市への所要時間、輸送コストの面で最も優位となることから、企業の進出が増加している[要出典]

工業[編集]

福山港周辺の夜景

福山市の製造品出荷額は約1兆5000億円で広島市と同規模で中四国地方でも倉敷市に次ぐ2番目の規模。特に1961年(昭和36年)に立地したJFEスチール西日本製鉄所福山地区(旧日本鋼管福山製鉄所)は、同社最大の製造拠点であるのみならず世界最大規模の製鉄所でもあり、鉄鋼業の活況と伴にフル操業中で福山市の製造品出荷額の大半を占める。

シャープ電子デバイス事業本部福山工場はCCDイメージセンサ、液晶ドライバーなどの生産拠点。

三菱電機福山製作所は分電盤、ブレーカーの製造拠点。

地場産業では繊維・電子機器・ポンプ・クレーン・機械検査機器・食品トレー・ゴム製造業などの一大製造拠点になっている。

また上場企業やその業種のオンリーワン企業が都市規模の割合に比較しても非常に多く、国内地方都市では静岡県浜松地区に次ぐ上場・トップシェア企業の多い地域である。

基幹産業・上場企業[編集]

福山通運本社
青山商事本社
輸送用機器
食品
  • 天野実業(フリーズドライ食品・本社所在地)
  • 虎屋本舗(和洋菓子製造販売・本社所在地)
サービス業・不動産
  • ベッセル(ホテル・マンション経営、ビルメンテナンス・印刷業・飲食業)、元「福山地所(株)」。本社所在地
衣服・繊維
卸・小売業
運輸・運送業
その他製造業
  • エフピコ(食品トレー製造大手・本社所在地)
  • ホーコス(機械製造・本社所在地)
  • シギヤ精機製作所(機械製造・本社所在地)
  • テラル(機械製造・本社所在地)
  • マナック(化学品製造大手・本社所在地)
  • 日本ホイスト(ホイストクレーン・立体駐車場 本社所在地)
  • オー・エイチ・ティー(電子基板検査機器製造・本社所在地)
  • 日東製網(本社は東京都 創業地や現在の実質的な本社は福山市)
  • 福山ガス(都市ガス供給会社・現在はJFEの高炉ガスを使用・本社所在地)
  • ローツェ(搬送装置・本社所在地)
  • JFEスチール西日本製鉄所福山地区(鉄鋼業・世界有数規模の製鉄所)
  • 三菱電機福山製作所(電気部品)
  • シャープ電子デバイス事業本部(CCDイメージセンサ、液晶ドライバー)
  • 石井表記(プリント基板製造装置メーカー・本社所在地)
  • 東洋額装(掛軸表装・本社所在地)

商業[編集]

天満屋福山店
複合専門店ビルCASPA

福山駅前(中心街)[編集]

市内随一の商業集積を持つ地域で、福山駅南口周辺を中心として形成される。

昭和30年代ごろまでは駅から少し離れた本通りや霞銀座、大黒町といった古くからの商店街が小売の中心であったが、戦後間もなくの1948年(昭和23年)に天満屋が福山駅前に出店し、昭和40年代にダイエーニチイ(後に福山ビブレとなる)、イズミ(後に複合専門店ビルCASPAとなる)などが相次いで出店すると小売の主軸は駅前へと移っていった。

1984年(昭和59年)に元町市街地再開発事業で建替えられた天満屋福山店が大幅増床オープンし駅前地区の商業は全盛期を迎える。しかし、1990年代までに商業の中心は蔵王・春日(東部)を始めとする郊外型の店舗へと移行していき、1992年(平成4年)に当時中国地方最大級の規模を持つ百貨店「福山そごう」が駅南西の工場跡地に開店するも、バブル経済崩壊や駅から若干離れる立地などから売り上げは伸び悩み、経営母体の破綻による煽りを受け、わずか8年後の2000年(平成12年)に閉鎖されることになった。また、その前年には福山ビブレが営業不振により閉店、2005年(平成17年)にはダイエー福山店が閉店した。

福山そごう跡は福山市が買い取り2003年(平成15年)に天満屋系列の複合専門店ビルが入居して“福山ロッツ”としてオープンする。福山ビブレ跡地にはホテルや貸しオフィスや飲食店、岩盤浴施設などの複合多目的ビルが開店し、ダイエー東館跡には2002年(平成14年)からフタバ図書GIGAが入居する。フタバ図書GIGAは2009年(平成21年)に閉店し、これをトモテツセブンが取得して専門店ビルとして再生させた。ダイエー西館跡は解体され高層分譲マンションが建設された。

駅前地区の衰退に歯止めをかけるため、福山市は福山そごう跡買い取りに続いて2009年(平成21年)に循環バス路線「まわローズ」の運行を開始、更に駅前周辺の整備事業として2011年には駅南口に地下送迎場を設置、同時に駐輪場設置や道路整備を行なうなど、様々な振興策を打ち出した。同年、民間主導による再開発事業により商業・住居複合ビルアイネスフクヤマも完成する。しかし、整備した施設の利用は振るわず、まわローズの利用も低迷、アイネスフクヤマも不振で、追い打ちをかけるように2012年(平成24年)1月には、CASPAが閉店、2013年(平成25年)3月には福山ロッツの閉店が決まるなど、衰退は更に加速する状況となっている。

一方、駅ナカでは福山サントークが、中国四国地方初の7店を含む91店集積の下、2007年(平成19年)11月1日に「さんすて福山(サンステーションテラス福山)」としてリニューアルオープン。2008年7月1日に今まで駅北東側の三吉町にあった市立図書館が福山市生涯学習プラザ(愛称:まなびの館ローズコム)として中心部から南に進んだ霞町、中央公園内(福山市民会館跡地)に移転した。

なお、居住環境としての福山駅前は2000年代後半ごろから都市部への回帰や新幹線が停車する利便性の高さなどにより、分譲マンションの建設が進んだ。また、福山駅北口は分譲・賃貸マンションやビジネスホテル、飲食店・小売店などが点在するほかは空地や駐車場が目立つなど比較的開発が進んでいなかったが、ここにも2000年代後半ごろから新たなビジネスホテルや高層マンションが相次いで建設され、2008年(平成20年)には福山大学のサテライトスクールが設置された。

このように駅前地区の商業は衰退が著しいものの、それでも福山市の玄関口として未だ大きな市商業集積を持っている。また、民間地権者主導で現在、福山駅前に以下の大規模再開発計画がある。

  • 伏見町地区第一種市街地再開発事業 JR福山駅南口の東側街区にある中小ビルや老朽木造家屋等が混在する地区の再開発計画。事業パートナーにはJFE都市開発アーバンコーポレイション五洋建設が参加している。当初の事業規模は地上43階、地下2階、軒高130メートルの分譲マンション棟と、地上30階、地下2階のシティホテル棟や事務所を中核とした業務棟のツインタワータイプで構成される計画であったが、業務棟を中心に規模を縮小させる方向で計画が修正された。低層部は天満屋を核テナントとした百貨店、量販店、シネマコンプレックスなどの地上6階、地下2階建の商業棟が占め、南隣の天満屋福山店と3階部分で連結し一体化するほか、地下は既設の駅前地下道に接続される予定である。また、地上8階建て980台収容の立体駐車場で構成される予定である。総事業費は当初の規模で約380億円、計画修正後は約325億円。当初の完成目標は2010年であったが世界的な景気低迷の影響で平成19年(2007年)に2013年へと延期されている。延床面積 約143,400m²(当初規模158,248m²)

入船町・三吉町南・港町・王子町 (中心街)[編集]

福山駅前から南東へ約1.5キロ辺りに広がる地区である。市中心部の国道2号線と県道との交差点にあった日本化薬福山工場(市内箕沖町に移転)跡地を中心に大規模な再開発がなされ、日本化薬がイトーヨーカドー福山店と天満屋天満屋ハピータウンを中核とする大規模駐車場を備えたポートプラザ日化を建設する。 市も周辺の大規模な区画整理を行ったり、隣接の工場跡地に福山芸術文化ホール(リーデンローズ)がオープンし、市中心部から東部方面(蔵王、春日)との街並みの連続性がととのいつつある。地区東部には分譲・賃貸マンションが多く立ち並んでいる。

沖野上町[編集]

福山駅前から南へ約2キロ辺りに広がる地区で旧国立病院(現在の国立福山医療センター)付近を中心に大・中規模の医療施設の集積が多く、分譲・賃貸マンションも多い。それに伴う小規模な商業集積があるが駅前地区との連続性は乏しい。近隣の緑町には郊外型の商業施設の天満屋ハピータウンみどり町店やシティホテルと宴会場を備えたサンピア福山やルートイン Spa Resortホテルグランティア福山、複合宴会場のアルセ、福山競馬場がある。また、ロージーロードに毎年冬には、イルミネーションが施される。平成22年サンピア福山は解体された。サンピア跡地には食品スーパーを中心に物販、飲食、サービスの計15店が出店しオープンモール型施設が建つ。

昭和町・南町・住吉町・松浜町・入船町・寺町・旭町[編集]

福山駅前から南東へ約700メートル辺りに広がる地区で主に夜間営業のスナック、居酒屋、飲食店などが大規模に集積。中国地方でも有数の規模を持つ。それを取り囲むように分譲・賃貸マンションも多数存在する。当地域は古くは赤線地帯で現在も松浜、入船地区に性風俗店が多く建ち並び全国的に有名であるが、近年は警察による取締りが厳しく衰退の傾向にある。 寺町から旭町にかけては、水野勝成公の城下町建設に従って集められた寺院が集積している。

蔵王・春日(東部)[編集]

蔵王山から蔵王・春日地区を望む

福山駅前から東へ約3~5キロ辺りに広がる福山駅前に次ぐ集積を持つ地区である。かつては山に囲まれた田園地帯であったが、平野部は国道182号線バイパスの設置や昭和40年代の大規模区画整理により整備され、山間部も昭和50年代に日本鋼管(現JFE)の住宅団地として伊勢ヶ丘・春日台が開発された。こうした中、市は東部副都心構想を策定してJR東福山駅や福山市民病院(蔵王町)を設置するなどインフラを整備する。そして、蔵王・春日地区の平野部を東西に貫く県道沿いに「イズミ蔵王店(現在のゆめタウン蔵王)」がオープンしたことを皮切りに昭和60年頃から数多くの郊外型店舗が立地していき、後背地に幕山・伊勢ケ丘・大谷台といった大規模住宅地を抱える地理的条件もあいまり、大発展を遂げた。また、昭和63年には山陽自動車道福山東インターチェンジが蔵王町に開通するなど交通の利便性も更に高まり、現在では高層の分譲・賃貸マンション、戸建住宅・オフィスなどの立地も盛んで単なる郊外型商業地ではない高度な集積が形成されている。この他、JR山陽新幹線を隔てた国道2号線沿いにはヤマダ電機福山店やコジマ、ホームセンターのニトリラウンドワンフタバ図書ドン・キホーテなど新たな商業集積ができつつあり、伊勢ケ丘地域ではJFE西日本製鉄所社宅跡地を利用した食品スーパーのハローズやホームセンターのユーホー、TSUTAYAマクドナルドなどを中核とするショッピングモールがある。

松永(西部)[編集]

JR松永駅南口

福山駅前から西へ約10キロ辺りにあり、かつては松永市だったが昭和41年に福山市に合併された。旧松永市時代にはJR松永駅北部が中心地であったが、駅南側もイズミ松永店のオープンを皮切りに郊外型店舗を中心とする集積が進んでいった。また、小規模ではあるが駅南口には歓楽街もある。駅周辺は福山大学の開設の契機に中高層の主に学生向け賃貸マンションが多く立ち並ぶようになった。西側の尾道市との境である高西町は土地区画整理やヤマダ電機福山西店の出店などにより尾道市側の高須地区との連続的な集積も出来つつある。東側の福山市中心部と松永地区の中間点である津之郷、赤坂、瀬戸地区にも郊外型パワーセンターやライフステージ太陽福山店などが立地している。

駅家・御幸・神辺(北部)[編集]

福山駅前から北へ約6~7キロ辺りに広がる地区で駅家地区は昭和50年代に福山市に編入された地域である。長らくJR福塩線の北側の県道沿いにのみ小規模な商店街が形成されるのみであったが、昭和50年代にニチイ駅家店(後にサティになるが現在は撤退し食品スーパーのハローズ主体の駅家モールとなっている)がオープンし、この地区の郊外型店舗のさきがけとなった。そして、これを軸に商業集積が出来ていったが、幾分道路事情が悪かったことなどから商業的中心は国道486号線沿いへと移っていった。

御幸地区は南部の県道沿いに小規模な集積があったのみであったが、北部に国道486号線が開通したことや、福山平成大学や中国中央病院、広島県立ふくやま産業交流館(ビッグローズ)が完成すると神辺平野の中核的な地域となり、現在では国道沿いに駅家地区、神辺地区と連続した商業集積を持っている。

神辺地区は国道313号線沿いや国道182号線沿いの川南・道上地区、旧山陽道(西国街道)沿いに古くからの小規模な商業集積があるのみであったが、JR神辺駅周辺に昭和50年代に郊外型商業施設である天満屋ハピータウン神辺店(現在は撤退して食品スーパーのハートが入店)やニチイ神辺店(サティに衣替えするが撤退しユーホーが出店するが隣接地に移転する)がオープンする。しかし、神辺駅周辺は道路事情が悪いことや御幸地区の発展などから現在は衰退気味である。一方、国道486号線沿いは国道313号線との交差点付近(湯野区画整理事業地内)にパワーセンターであるMrMax(現在はフレスポ神辺モールへ移転)やアクト神辺がオープンし、平成に入り国道486号線が全通して国道182号線と結ばれたことを契機に駅家・御幸地区との連続的集積が形成されていった。そして、平成17年(2005年)に486号線と182号線の交差点付近(道上土地区画整理事業地内)にフジグラン神辺を中心とする大規模商業街が完成し、至近距離の御幸地区や旧来の道上商店街、徳田土地区画整理地区の商業集積との連続性も高まり開発余力が限界に近づきつつある蔵王・春日(東部)地区に替わり福山市で最も著しい発展を遂げている。

新涯・川口・多冶米・一文字(南部)[編集]

福山駅前から南へ約4~5キロ辺りに広がる地区である。 1970年代の大規模土地区画整理事業以前はバス通り沿いに小規模な商業集積があるのみの田園地帯であったが、昭和47年(1972年)に手城町とを隔てる運河に入江大橋が架けられ国道182号線とを結ぶ県道380号線が開通したことを契機にこの通り沿いを中心に郊外型商業施設が建ち始めた。しかし、周辺人口の少なさや海に囲まれた閉鎖的な地理環境などから現在も大規模な集積は生まれていなかった。ただし、交通環境に関しては平成6年(1994年)に駅前大通りから続く道路(福山駅箕島線)が開通したことや平成15年(2003年)の芦田川大橋開通により芦田川対岸の水呑町と結ばれたことなどから大きく改善しているが、逆に商業的中心は川口地区から新涯地区へと移っていった。また、芦田川大橋を渡った水呑町も区画整理事業が完了するに伴い商業集積が高まってきている。

ビックボール有する、ボウリング、ビリヤード、漫画店等に隣接するイオン系列のショップモールの撤退から後(2007年)以降からは大規模な総合アミューズメント施設(コロナワールド)が建つ他、観覧車の設置、福山夏祭りの恒例イベントである花火大会を芦田川大橋付近で行うなど近年、賑わいを集めている。 人口の増加では駅前周辺に次ぐ増加率である。

各場所にはじじんさんと呼ばれる石造の神様がかつての大新涯干拓計画より設置されている。

この区域ではクワイ(芋類の一種)の生産が盛んであり、福山は生産高日本1位(また2010年現在)も記録されている。

  • 期間限定品である、くわい焼酎「福山そだち」に用いられるクワイが生産されている。

箕島・箕沖(南部)[編集]

箕島は元々は島であったが、江戸時代、大新涯の干拓により陸続きになってしまった。作物に恵まれた地域である。また近くの茶山には古墳が存在する。

新涯・箕島から2 - 3キロに続く埋立地を箕沖と言い、エフピコや日本化薬、各種製造会社、港湾施設などが立ち並ぶ。

新市(北部)[編集]

福山駅前から北西へ約15キロ辺りに広がる地区で県道沿いのJR新市駅付近に小規模な商業集積があったが国道486号沿いの駅家町や府中市との境界付近に一定規模の連続的な商業集積がある。 繊維業が盛んで日本三大絣の備後絣発祥の地としても有名。 自重堂、コーコスなどのワーキング大手やブルーウェイやカイハラなどジーンズ系大手が本社を構える繊維の街である。

主な大規模小売店[編集]

福山市のオフィス街

宿泊施設[編集]

  • ホテル1-2-3 福山
  • リッチモンドホテル福山駅前
  • 福山と~ぶホテル
  • 福山ニューキャッスルホテル
  • ホテルエリアワン福山
  • 福山ターミナルホテル
  • キャッスルイン福山
  • サンホテル福山
  • 福山オリエンタルホテル
  • 丸之内ホテル
  • 福山プラザホテル
  • 福山ローズガーデンホテル
  • カンデオホテルズ福山
  • ベッセルホテル福山
  • ホテルグランティア福山SPA RESORT
  • 景勝館漣亭
  • 鞆シーサイドホテル
  • 汀邸遠音近音
  • ホテル鴎風亭
  • 人生感が変わる宿ここから

主な大手企業支店一覧[編集]

都市銀行など
証券会社
その他
損害保険・生命保険会社
国道2号沿いの福山市のオフィス街

市内に本・支店をおく地方金融機関支店一覧[編集]

地方銀行
  • 広島銀行福山営業本部・福山西・福山胡町・福山手城・福山春日・福山南・福山蔵王・福山川口・福山瀬戸・鞆・松永・松永南・駅家・新市・千年・神辺・神辺西各支店・イトーヨーカドー福山店出張所
  • 中国銀行福山・福山胡町・松永・鞆・駅家・神辺・新市・千年・福山春日・福山西・福山東・福山南各支店
  • 山口銀行福山支店
  • 山陰合同銀行福山支店
  • 伊予銀行福山支店
  • 百十四銀行福山支店
  • 西日本シティ銀行福山支店
第二地方銀行
  • もみじ銀行福山地区本部・松永・福山南・蔵王・神辺・福山中央・福山東・福山西各支店・住宅センター福山・福山御船・川口・手城・御幸・春日各出張所
  • トマト銀行福山支店
  • 香川銀行福山支店
  • 愛媛銀行福山支店
信用金庫・信用組合等
地方証券会社

市内の主な病院[編集]

  • 福山循環器病院(緑町)
  • 寺岡整形外科病院(南本庄)
  • 西福山病院(松永町)
  • 福山記念病院(港町)
  • 小畠病院(駅家町上山守)
  • 亀川病院(神辺町下御領)
  • 沼隈病院(沼隈町中山南)
  • 山陽病院(野上町)
  • 小林病院(春日町)
  • 島谷病院(新涯町)
  • 楠本病院(曙町)

教育[編集]

(休校中の学校を除く)

小学校[編集]

公立
  • 福山市立赤坂小学校
  • 福山市立曙小学校
  • 福山市立旭小学校
  • 福山市立旭丘小学校
  • 福山市立網引小学校
  • 福山市立有磨小学校
  • 福山市立泉小学校
  • 福山市立伊勢丘小学校
  • 福山市立今津小学校
  • 福山市立内浦小学校
  • 福山市立内海小学校
  • 福山市立駅家小学校
  • 福山市立駅家西小学校
  • 福山市立駅家東小学校
  • 福山市立大谷台小学校
  • 福山市立大津野小学校
  • 福山市立春日小学校
  • 福山市立霞小学校
  • 福山市立金江小学校
  • 福山市立神村小学校
  • 福山市立加茂小学校
  • 福山市立川口小学校
  • 福山市立川口東小学校
  • 福山市立神辺小学校
  • 福山市立熊野小学校
  • 福山市立桜丘小学校
  • 福山市立山南小学校
  • 福山市立蔵王小学校
  • 福山市立新市小学校
  • 福山市立新涯小学校
  • 福山市立樹徳小学校
  • 福山市立瀬戸小学校
  • 福山市立千田小学校
  • 福山市立高島小学校
  • 福山市立竹尋小学校
  • 福山市立多治米小学校
  • 福山市立千年小学校
  • 福山市立中条小学校
  • 福山市立常石小学校
  • 福山市立常金丸小学校
  • 福山市立津之郷小学校
  • 福山市立坪生小学校
  • 福山市立手城小学校
  • 福山市立戸手小学校
  • 福山市立鞆小学校
  • 福山市立長浜小学校
  • 福山市立西小学校
  • 福山市立西深津小学校
  • 福山市立能登原小学校
  • 福山市立野々浜小学校
  • 福山市立走島小学校
  • 福山市立服部小学校
  • 福山市立光小学校
  • 福山市立東小学校
  • 福山市立東村小学校
  • 福山市立引野小学校
  • 福山市立久松台小学校
  • 福山市立日吉台小学校
  • 福山市立広瀬小学校
  • 福山市立深津小学校
  • 福山市立福相小学校
  • 福山市立藤江小学校
  • 福山市立本郷小学校
  • 福山市立幕山小学校
  • 福山市立松永小学校
  • 福山市立道上小学校
  • 福山市立緑丘小学校
  • 福山市立南小学校
  • 福山市立御野小学校
  • 福山市立箕島小学校
  • 福山市立水呑小学校
  • 福山市立御幸小学校
  • 福山市立明王台小学校
  • 福山市立宜山小学校
  • 福山市立柳津小学校
  • 福山市立山手小学校
  • 福山市立山野小学校
  • 福山市立湯田小学校
私立

中学校[編集]

国立
市立
私立

高等学校[編集]

広島県立福山誠之館高等学校
国立
県立
市立
私立

大学[編集]

福山大学
福山平成大学
福山市立女子短期大学校舎
公立
私立

専門学校[編集]

私立
  • 朝日医療専門学校福山校
  • 学校法人穴吹学園
    • 穴吹医療福祉専門学校
    • 穴吹情報デザイン専門学校
    • 穴吹調理製菓専門学校
    • 穴吹動物専門学校
    • 穴吹ビューティ専門学校
  • 広島県東部美容専門学校
  • ファッションビジネス・アカデミー福山
  • 福山市医師会看護専門学校
  • 福山市歯科医師会附属福山歯科衛生士学校
  • 福山福祉専門学校
  • 福山ペットビジネス専門学院
  • 福山YMCA学園
  • 福山YMCA国際ビジネス専門学校
  • 弥勒の里国際文化学院日本語学校

その他の教育機関[編集]

県立

学校教育以外の施設[編集]

独立行政法人高齢・障害・求職者雇用支援機構立
県立

福山市の教育問題[編集]

福山市を中心とする広島県東部では1970年台ごろから部落解放同盟広島県連が小森龍邦という強力な指導者を得て強い勢力を持つことになり、広島県教職員組合(広教組)と結びつき全国でも特異な「解放教育」が行れるようになった。小森龍邦は1982年に部落解放同盟の事実上の最高権力者である中央本部書記長に就任し、この背景のもと、1985年には行政、広教組、部落解放同盟などの各組織が同和教育を連携して推進する全国でも例のない「八者合意」[9]が成立、部落解放同盟の教育への介入が事実上県に公認される形となり、これに連携した広教組により市内の公立学校に「日の丸・君が代問題」や「反天皇制」、「狭山事件の冤罪」などの特定のイデオロギーが教育に持ち込まれるようになった。

実例としては、福山市内の小学校では「とうげ」と呼ばれる福山市教育委員会発行の解放教育読本が副教材として用いられ、例えば、低学年では「かわいそうなぞう」、高学年においては「人柱お糸の物語」という史実に基づかない伝説さえも採り上げられ、戦争の悲惨さや差別の過酷さが繰り返し教えられた。また、国旗掲揚率は掲揚が義務化された1989年の段階で、福山市は全国最下位レベルの広島県の中でも更に低く、小学校で約40%(全国平均95.7%)中学校で40%以下(全国平均95.5%)高校では0%(全国平均95.5%)であった。

解放教育による通常の授業時間減少[10]や形式的平等主義の定着などにより、1990年頃までに市内中学校の学力は全国でも底辺に位置するようになった。また、こうした動きに抵抗する学校管理職や教師に対する「糾弾」などにより、1981年の桜丘小学校校長自殺を始め、1976年から1982年にかけて広島県東部で教育関係者の自殺は14名にも上った[11]。この状況は1997年に「ゆがんだ福山市教育の実態」としてマスコミに報じられると、国会においても取り上げられ、1998年4月1日の参議院予算委員会に市内中学校の教諭が参考人として出席し、授業が成立しない、生徒が教員に暴力を振るうといった「荒れる学校」の実態を生々しく証言し関係者に大きな衝撃を与えた。なお、同教諭もこの証言の前年に日の丸・君が代について賛否両論の授業を行ったため福山市教職員組合や部落解放同盟などから「差別教育を行った」として激しい糾弾を受けている[12]

参議院予算委員会を受けて文部省(現文部科学省)は4月27日に広島県に職員を派遣し、福山市教育長などから事情聴取を行った。この結果、道徳の時間が人権学習に置き換わるなど福山市の教育が文部省の指導要領を無視している実態が浮かび上がり、是正指導が行われた[13]。これに対し、小森龍邦や広島県教職員組合は抵抗の姿勢を示すが、1999年には同じ広島県東部の世羅高等学校で校長が教職員と文部省の通達との板挟みになって自殺したことが全国的な注目を集め、更に文部省の調査結果から広島県教育委員会では18人、福山市教育委員会では3名が処分されたことなどから、福山市の教育は文部省の指導要領に沿った内容に改められていった。

こうして、福山市における卒業式の国旗・国歌の実施率は2000年(平成12年)度以降小中高ともに100%となったが、授業時数の大幅な不足はその後も続き、2001年度にも授業の1単位時間を恒常的に短縮したり安易に授業カットを行ったとして、翌2002年に福山市教育委員会は文部科学省から直接の指導を受けた(他の問題のあった自治体については県を通じての指導)[14]。以後、福山市の公立小中学校の授業時数不足は是正されるようになったが、2007年の全国学力・学習状況調査において、広島県全体では全国平均を上回ったにもかかわらず、福山市は全国平均を下回るなど、学力が全国・県平均を下回る状況は2012年現在も続いている。なお、2010年の全国学力・学習状況調査(全国学力テスト)において福山市は「採点の信頼性を確保することが難しく、全市一斉で教職員に新たな業務を課してまで行う意義は見いだしにくい」として県内の自治体としては(抽出校を除き)唯一参加しなかった。

名所・旧跡・観光スポット・祭事・催事[編集]

鞆の浦(国の名勝)
明王院本堂・五重塔(国宝)
福山城伏見櫓(重要文化財)
安国寺釈迦堂(重要文化財)
福禅寺・対潮楼(国の史跡)
福寿会館(国登録有形文化財)
備後護国神社
広島県立歴史博物館
ふくやま美術館
ふくやま文学館
福山競馬場

文化財[編集]

国宝[編集]

  • 明王院五重塔(草戸町)
  • 明王院本堂(草戸町)

重要文化財(国指定)[編集]

  • 福山城伏見櫓(京都伏見城より江戸時代初期に移築・丸之内一丁目)
  • 福山城筋鉄御門(丸之内一丁目)
  • 沼名前神社能舞台(鞆町・沼名前神社境内・京都伏見城にあったもの)
  • 鞆の浦太田家住宅・太田家住宅朝宗亭(鞆町)
  • 鞆の浦備後安国寺釈迦堂(鞆町)
  • 木造十一面観音立像(草戸町・明王院蔵)
  • 木造阿弥陀如来及両脇侍立像(鞆町・安国寺蔵)
  • 木造法燈国師坐像(鞆町・安国寺蔵)
  • 磐台寺観音堂(沼隈町)
  • 備後吉備津神社本殿(新市町)
  • 木造狛犬(新市町・吉備津神社蔵)
  • 毛抜形太刀 五阿弥長行作(新市町・吉備津神社蔵)
  • 毛抜形太刀 五阿弥長行作(新市町・吉備津神社蔵)
  • 毛抜形太刀 正光作(新市町・吉備津神社蔵)
  • 毛抜形太刀 正光作(新市町・吉備津神社蔵)
  • 草戸千軒町遺跡出土品(西町・県立歴史博物館蔵)

特別史跡[編集]

史跡(国指定)[編集]

名勝(国指定)[編集]

天然記念物(国指定)[編集]

重要有形民俗文化財(国指定)[編集]

  • はきものコレクション(松永町・日本はきもの博物館蔵)

国登録有形文化財建造物[編集]

その他[編集]

スポーツ施設[編集]

レジャー[編集]

スポーツ[編集]

  • JFE西日本硬式野球部の本拠地があり、都市対抗野球大会の常連出場チーム。
  • 高等学校では誠之館高校のラグビー部、葦陽高校のサッカー部、神辺旭高校のバレー部、近大福山高校の卓球部、柔道部、野球部が特に強豪校。

ボーイスカウト[編集]

観光・芸術[編集]

博物館・資料館[編集]

美術館[編集]

図書館[編集]

  • まなびの館ローズコム - 福山市中央図書館、福山市生涯学習プラザなどの複合施設。2008年7月1日開館。霞町一丁目・中央公園の一角にある。
  • 松永図書館 (松永町)
  • 北部図書館 (駅家町)
  • 東部図書館 (伊勢丘)
  • 沼隈図書館 (沼隈町)
  • 新市図書館 (新市町)
  • かんなべ図書館 (神辺町)
  • 水呑分室 (水呑町)

その他[編集]

祭り[編集]

福山市の名産品[編集]

  • 下駄(主に松永地区・全国の8割を生産)
  • 福山琴として地域団体商標に認定・全国の7割を生産)
  • 保命酒(鞆町・滋養酒)
  • 畳表(松永・沼隈地区)
  • 備後絣(日本三大絣の一つ、新市・芦田町)
  • 繊維・ワーキングウェア(新市・駅家・神辺地区)
  • クワイ(主に新涯町・全国の8割を生産)
  • 青大(巨大キュウリ 全国一の産地)
  • デニム(主に新市・神辺地区)
  • ぶどう(沼隈町)

福山市出身・ゆかりの主な著名人[編集]

公人[編集]

文化人[編集]

芸能人[編集]

スポーツ選手[編集]

その他[編集]

福山市名誉市民[編集]

福山市が登場する作品[編集]

以下にはロケ地も含まれる

  • 鞆の浦慕情(2014年) - 鞆の浦が舞台の演歌。ジャケットやPVも鞆の浦で撮影。オリコンCDシングルランキング初登場1位を記録。
  • ウルヴァリン: SAMURAI(2013年)
  • 崖の上のポニョ(2008年) - 監督の宮崎駿スタジオジブリの社員旅行で滞在した福山市の鞆の浦を気に入ったことで舞台となった。
  • 龍馬伝(2009年) - 市内がロケ地となった。
  • 少女たちの羅針盤(2010年) - 福山市内全域が映画の舞台である。
  • TAJOMARU(2009年) - 福山市が撮影現場。
  • 家族(1970年) - 長崎県から北海道へ移住する一家が、高齢の父親を託す為に次男夫婦が住む福山市に立ち寄る場面に登場。結局、一家は父親とともに福山を去るが、映画には旧福山駅や竣工間もない日本鋼管福山製鉄所、次男一家の住居がある大門団地(現:東陽台)が描写されている。
  • 水戸黄門 - 福山城、周辺の遺跡等が撮影に使われている。
  • 男たちの大和(2005年) - 鞆町がロケ地。
  • 聖家族〜大和路(2010年) - 福山市内でロケが行われた。
  • 火垂るの墓
  • 坂の上の雲 - 東京の兵学校に入った秋山真之が久しぶりに松山に帰省して通りで偶然父親と再会するシーンは、みろくの里でロケが行われた。
  • 大帝の剣(2007年)
  • 銭ゲバ
  • あずみ(2003年)
  • あずみ2 Death or Love(2005年)
  • 篤姫(2008年) - エンディングの『篤姫紀行』にて福山市が登場した。
  • 大いなる完 - 主人公の出身地および選挙区(旧広島県第三選挙区)という設定。ただし描写が現実と大きく異なる。
  • ウルトラマンA第一話 - 超獣ベロクロンが最初に福山市に出現したことになっている。なお、Aに変身する北斗星司、南夕子両名も福山市出身との設定である。
  • 転校生 (1982年版) - 隣接する尾道市が舞台であるが、主人公の前の学校の友達と会った場所という設定で福山城が登場している。
  • ゴリラ・警視庁捜査第8班(1989年) - 24話と27話で舞台となった。また後期OPでは福山ロケの映像が使われていた。
  • はみだし刑事情熱系クリスマススペシャル(2003年)
  • 泣きながら笑う日(1976年) - 坂本九主演
みろくの里セット村
非常に大きなロケセットであるが、一般公開されていないため市民にはあまり知られていない。さまざまなドラマや、映画のロケに使用され、鞆町とのセットで撮影することも少なくない。現在のセットは座頭市の映画撮影に数億円かけて作ったセットから増改築を経た物である[要出典]

その他[編集]

福山市内の市外局番[編集]

市外局番は以下のように区分されている。

  1. 福山MA[福山特例] 084(910 - 929、931、932、940 - 959、961、968 - 979、981 - 985、990 - 999) 旧市街地区など
  2. 福山MA 084(960、962 - 967、980、986~989) 旧沼隈町、内海町および神辺町地区と尾道市浦崎町の一部
  3. 尾道MA[松永特例] 084(900 - 909、930、933 - 939) 旧松永市地区
  4. 府中MA 0847(40 - 69) 旧新市町地区
  5. 井原MA 0866(60 - 89) 山野町の一部地区(堂谷地区の2軒)
  • 上記1と3相互の通話は、特例で市内料金が適用され、市外局番が不要である。
  • 上記1と2相互の通話は、同一エリアにつき、市外局番が不要である。
  • 上記2と3相互の通話は、隣接地域扱いとなるため、市外局番084が必要である。
  • 上記3の地域は尾道市、三原市の「市外局番0848(20 - 89)地域」へは市外局番が必要だが、市内料金が適用される。
  • 上記4の地域は府中市などと同じ扱いとなるため、その他の地域相互の通話は市外局番が必要である。

福山市内の郵便物の集配[編集]

郵便物の集配は、以下の郵便局が行っている。

自動車のナンバープレートについて[編集]

なお、自動車や軽自動車、二輪車などは福山市高西町に中国運輸局広島運輸支局福山自動車検査登録事務所や軽自動車検査協会広島主管事務所福山支所があり、広島県東部をエリアとする福山ナンバーを統括している。福山市と尾道市による激しい誘致合戦の結果、両市役所の中間地点である当地に同支所が置かれることとなったという逸話が残されている。なお、福山ナンバーは中四国9県で唯一の県名以外の地名の入ったナンバープレートである(※2006年10月よりご当地ナンバーとして倉敷ナンバーと下関ナンバーが加わった。ただしこれらの地区には陸運事務所などは設置されない)。

最近の市町村合併により広島ナンバーのエリアに区域移管される地域が多く、旧豊田郡(安浦・川尻・豊浜・豊・安芸津)旧甲奴郡(甲奴・総領)旧比婆郡(西城・東城・口和・高野・比和)が広島ナンバーへ、逆に広島ナンバーから福山ナンバーに移行されたのは新設合併された新・三原市のうち、旧賀茂郡大和町の区域のみである。

脚注[編集]

[ヘルプ]
  1. ^ [芦田川の水質について. ~ 水質ワースト1の更新が 解消されました!!~]
  2. ^ 長者ヶ原断層・芳井断層の断層変位地形と 最新活動時期の検討
  3. ^ [1][リンク切れ]
  4. ^ [2][リンク切れ]
  5. ^ 福山 年・月ごとの平年値”. 気象庁. 2012年10月20日閲覧。
  6. ^ 福山 観測史上1~10位の値”. 気象庁. 2012年10月20日閲覧。
  7. ^ 神辺の文化財(その他の文化財)”. 福山市神辺歴史民俗資料館. 2011年12月20日閲覧。
    備後国分寺跡”. 広島県観光ホームページ. 2011年12月20日閲覧。
  8. ^ 備後国府跡”. ひろしま文化大百科. 2011年12月20日閲覧。
  9. ^ 広島県知事、広島県議会議長、広島県教育委員会教育長、部落解放同盟広島県連合会、広島県教職員組合、広島県高等学校教職員組合、広島県同和教育研究協議会、広島県高等学校同和教育推進協議会の八者
  10. ^ 鴨野守『広島の公教育はなぜ崩壊したか』世界日報社 1999年、P290によると、福山市の公立中学では、三年間で425時間(71日分)の授業が不足。
  11. ^ 東上高志『現在、部落問題とは―部落解放問題研究書50年の歴史』部落問題研究書 1998年
  12. ^ 1998/06/04 産経新聞朝刊
  13. ^ 広島県教育委員会ホーム「文部省是正指導について」
  14. ^ ホットライン教育ひろしま「是正指導について-公立小・中学校における年間授業時数確保-」

参考文献[編集]

  • 『福山市史 近世資料編(1) 政治・社会』

関連項目[編集]

外部リンク[編集]

行政
観光