三原駅

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三原駅
南口
南口
みはら - Mihara
所在地 広島県三原市城町一丁目1-1
所属事業者 JR logo (west).svg西日本旅客鉄道(JR西日本)
電報略号 ミハ
駅構造 高架駅
ホーム 2面2線(新幹線)
2面4線(在来線)
乗車人員
-統計年度-
6,233人/日(降車客含まず)
-2012年-
開業年月日 1894年明治27年)6月10日
乗入路線 3 路線
所属路線 山陽新幹線
キロ程 270.2km(新大阪起点)
東京から822.8km
新尾道 (11.5km)
(39.6km) 東広島
所属路線 山陽本線
キロ程 233.3km(神戸起点)
*糸崎 (2.4km)
(9.5km) 本郷
所属路線 呉線
キロ程 0.0km(三原起点)
(5.1km) 須波
備考 直営駅
みどりの窓口
* この間に岡山支社広島支社境界標あり(当駅から本郷・須波方は広島支社管内)
北口の一部のみ接写
駅名標にも「タコのまち」表記が。1・2番線側で見ることができる(2005年10月9日)
三原駅1番線 呉線用ホーム 105系

三原駅(みはらえき)は、広島県三原市城町一丁目にある、西日本旅客鉄道(JR西日本)のである。

三原城本丸跡を横切るように建てられている。三原港まで当駅から300mと近く、かつてはそこを起点に四国今治)、生口島(瀬戸田)、大三島(井口)へ向かう船が多数運航されていたが、しまなみ海道の開通後、その多くが廃止または休止された。

乗り入れ路線[編集]

山陽新幹線と、在来線における当駅の所属線である[1]山陽本線呉線が乗り入れており、後者は当駅から乗車すると竹原・呉方面を回って、海田市駅に接続。そこからは山陽本線との併走で広島駅に着く。

在来線はICOCAの利用エリアに含まれている。2012年3月17日に四国旅客鉄道(JR四国)が坂出駅と高松駅でICOCAサービスを開始するが、この両駅からICOCAで入場した場合に乗車できるのは当駅までであるため、当駅以東(以西)に乗り越す場合はいったん降車して改札を出場する必要がある。

歴史[編集]

当駅開業前は隣駅の糸崎駅が「三原駅」を名乗っていた。

山陽新幹線の建設に当たって、福山 - 広島間の中間駅は尾道に設置する案と三原に設置する案があったが、いずれか1つを選択する予定になっていた。三原駅には線形的には乗り入れ可能でも市街地の用地買収が困難であり、一方で尾道駅には地形的に新幹線を乗り入れできないが、約2.5 km北に建設予定のバイパス道路沿いに新駅を建設する構想があってこちらが有力とされていた。ところが当時の三原市長の長尾正三が巻き返しにかかり、新幹線ルート上の地権者や住民3,828人の新幹線誘致同意の署名を取り付けて、1969年(昭和44年)1月に国鉄本社に持参した。これにより用地買収に問題が無いとわかり、在来線駅に新幹線駅を併設できる方が望ましいこと、福山 - 広島間の中間に近くなることなどから、国鉄の判断は逆転して三原駅が選択されることになり、新幹線開通と同時に新幹線三原駅が実現することになった。新尾道駅が実現するのはそれから13年後の1988年(昭和63年)のことであり、工事費62億円は地元負担となっている[2]

年表[編集]

  • 1894年明治27年)6月10日 - 山陽鉄道 糸崎駅 - 広島駅間の開通と同時に開業。旅客・貨物の取扱を開始。
  • 1906年(明治39年)12月1日 - 山陽鉄道の国有化により、国有鉄道の駅となる。
  • 1909年(明治42年)10月12日 - 線路名称制定。山陽本線の所属となる。
  • 1930年昭和5年)3月19日 - 呉線 当駅 - 須波駅間が開通。
  • 1965年(昭和40年)9月24日 - みどりの窓口営業開始。
  • 1971年(昭和46年)10月1日 - 貨物の取扱を廃止。
    • 山陽新幹線建設に際して、駅北側に存在した貨物設備が支障するためである[3]
  • 1975年(昭和50年)3月10日 - 山陽新幹線が岡山駅 - 博多駅間延伸により、当駅に乗り入れ。
  • 1987年(昭和62年)4月1日 - 国鉄分割民営化により、西日本旅客鉄道(JR西日本)の駅となる。
  • 1989年平成1年)9月28日 - 山陽本線(上り線)高架橋へ切り替え。
  • 1990年(平成2年)6月26日 - 山陽本線(下り線)高架橋へ切り替え。
  • 1991年(平成3年)7月29日 - 高架化事業完成。
  • 1997年(平成9年)11月29日 - ダイヤ改正により「ひかり」の停車が廃止される。
  • 2005年(平成17年)
  • 2006年(平成18年)3月18日 - ダイヤ改正により、広島 - 新大阪間を運行する「ひかりレールスター」上下2本が新規停車。
  • 2007年(平成19年)
    • 7月2日 - 在来線にICOCA対応の自動改札機導入。
    • 9月1日 - 在来線にICOCA導入。
  • 2008年(平成20年)3月15日 - ダイヤ改正により東京駅直通「ひかり」が復活(当駅始発)。
  • 2012年(平成24年)3月17日 - ダイヤ改正により東京駅直通「ひかり」が、当駅始発から広島始発に変更される。また、当駅に停車する「ひかり」と「ひかりレールスター」が増便される。

駅構造[編集]

在来線は島式ホーム2面4線、新幹線は16両編成対応(ホーム長410m)の相対式ホーム2面2線を持つ高架駅である[4][3]。新幹線保線区が設置されており、当駅の下り寄りに保線区への分岐が設置されている[4]

改札口は1階にある在来線改札口1か所のみで、新幹線専用の改札口は設置されていない。新幹線を利用する際は乗換改札口を通る必要があり、そのためには在来線コンコースに入ることになる。

直営駅であり、駅構内には当駅から山陽本線入野駅及び呉線仁方駅までの各駅を管轄する三原地域鉄道部の事務所がある。

三原駅プラットホーム
ホーム 路線 方向 行先 備考
在来線ホーム
1 呉線 - 竹原方面 一部2番のりば
2 山陽本線 下り 西条広島方面
3・4 山陽本線 上り 尾道福山方面 一部1・2番のりば
新幹線ホーム
6 ■ 山陽新幹線 下り 広島・博多方面  
7 ■ 山陽新幹線 上り 岡山新大阪方面  
  • 基本的には上記のように使われているが、呉線から直通してくる山陽本線上り列車に限り、1・2番線からも発車する(1番線から出ることが多い)。
  • 山陽本線下り本線は2番線、上り本線は4番線であり、上り岡山方面に運転される列車と当駅通過列車(貨物列車等)はこの2線を通る。3番線は岡山方面からの折り返し列車専用である(呉線からの直通列車が使用することもある)。
  • 高架化後、5番線は欠番となった。
  • 線路配置上、呉線から到着、出発できるのは1 - 3番線である。山陽本線、下り西条方面から到着できるのは3・4番線、出発できるのは1 - 3番線である。上り岡山方面から到着できるのは1 - 3番線、出発できるのは1 - 4番線である。
    • 山陽本線下りは全て2番のりばを使用する。
    • 呉線列車のうち、2010年(平成22年)3月ダイヤ改正時点で8時29分発のみ2番線から発車する。
  • 1番線には当駅が起点となる呉線の0キロポストが設置されている。
  • 新幹線で当駅留置運用が1本設定されている。
  • 3・4番ホームの駅名標の両面と1・2番ホームの駅名標の2番線側の面は隣駅が「ほんごう」・「いとざき」と記載されており、1・2番ホームの駅名標の1番線側の面は隣駅が「すなみ」・「いとざき」と記載されている。

高架化以前[編集]

1番線は駅舎に面した単式ホームで、広島側には切欠きホームの0番線があり、3・4番線は島式ホーム、5番線は単式ホームであった。1番線と3番線の間には通過線が、5番線の北側尾道寄りには保線車両用の引込み線が存在した。

高架化工事着工前の三原駅在来線プラットホーム
ホーム 路線 方向 行先 備考
0 呉線 - 竹原・呉方面 切欠きホームの為呉線以外からは入線不可
1 呉線 - 竹原・呉方面
山陽本線 上り 尾道・福山方面 広島方面へも出発可能
3・4 山陽本線 下り 西条・広島方面 優等列車が停車
山陽本線 上り 尾道・福山方面 広島方面へも出発可能
5 山陽本線 上り 尾道・福山方面 優等列車が停車

駅構内の施設[編集]

  • キヨスク:新幹線コンコース
  • 日本旅行三原支店
    現在は日本旅行三原支店も構内にあるが、以前は構内ではなく城町一丁目に店舗を持っていた。構内の店舗は元々JR西日本直営の「Tis三原支店」で、その後ジェイアール西日本広島メンテックに店舗の運営が移譲され「ジェイアール西日本HM三原旅行センター」となった。その後、日本旅行とTisの事業統合時に日本旅行三原支店に統合され、三原駅構内の旧Tis三原支店所在地に移転した。

ダイヤ[編集]

新幹線[編集]

1975年3月10日に山陽新幹線が全線開通した当時は、東京駅 - 博多駅(一部広島駅)間運転の『ひかり』が設定されていた。

1980年10月1日改正以降、停車本数が毎時2本となる時間帯が徐々に増やされた。これは、従来の『ひかり』に加えて、新大阪駅 - 博多駅間運転の『こだま』のどちらかが運行されることになったためである。

1986年11月1日改正以降は山陽新幹線区間の『こだま』を増発し、『ひかり』の停車本数が順次削減された。その後1997年11月29日改正をもって、岡山駅での『のぞみ』と『こだま』の接続改善により、『ひかり』の停車はいったん廃止された。

それ以降、基本的に『こだま』が毎時1 - 2本停車するのみだが、2006年3月18日ダイヤ改正から『ひかり』の停車が復活した。当駅始発の東京行き『ひかり』[5]、ひかりレールスター(2便)。 また2013年3月16日ダイヤ改正より『ひかり441号』博多行きは当駅に停車し、次の東広島駅を通過する。当該列車は同年3月以前は広島行きであった。また従来の『ひかり』停車駅に加え、新岩国駅に停車する。

在来線[編集]

2012年3月17日現在、下り西条方面は毎時2本、上り岡山方面は毎時4本あるが、2011年以降上り列車は岡山駅行きだったものも含めて多くが次の糸崎駅止とされ、岡山駅直通列車は実質、早朝と昼間、夕方の各1 - 2本のみとなった。また、姫路駅発当駅止の普通列車は朝晩に1本ずつあるが、当駅発姫路駅行き普通列車は晩の1本のみである。

駅弁[編集]

松茸すきやき弁当(2011年1月15日撮影)

主な駅弁は下記の通り[6]。駅構内で浜吉が駅弁・うどんを販売している。以前、うどんは在来線1番線 - 4番線すべてに店舗があったが、のちに3、4番線の店舗は閉鎖され、1番線・2番線の店舗のみとなった。

  • 元祖珍辨たこめし
  • あなごめし(煮あなご)
  • あなご吹き寄せ寿司
  • あっぱれ多幸
  • 浮城弁当
  • 松茸すきやき弁当
  • 廣島名物あなごめし(焼あなご)
  • ザ・駅弁

利用状況[編集]

1日平均の乗車人員は以下の通り[7]

年度 1日平均
乗車人員
2000年 7,437
2001年 7,150
2002年 6,828
2003年 6,819
2004年 6,850
2005年 7,001
2006年 6,845
2007年 6,791
2008年 6,752
2009年 6,458
2010年 6,326
2011年 6,259
2012年 6,233

駅周辺[編集]

フジグランへは、少々距離があるためバス、またはタクシーで向かう方が速い。

バス路線[編集]

南口[編集]

1番のりば

2番のりば

3番のりば

4番のりば

  • 芸陽バス
    • 沼田東団地上・竹ノ橋・真良・仏通寺・本郷駅前方面
    • 田野浦・青葉台方面
    • 沼田東団地上・本郷駅前方面

5番のりば

北口[編集]

6番のりば

7番のりば

航路[編集]

駅の南にある「三原港フェリーターミナル」から、佐木島小佐木島因島生口島生名島に向かう旅客船・フェリーが運航している。

隣の駅[編集]

※新幹線の隣の停車駅は『ひかり』『こだま』の項を参照のこと。

西日本旅客鉄道
山陽新幹線
新尾道駅 - 三原駅 - 東広島駅
山陽本線
糸崎駅 - 三原駅 - 本郷駅
呉線
三原駅 - 須波駅

付記[編集]

  • 国指定史跡の三原城址の上へ設置されており、駅構内より天主台への入り口もあり、石垣などの遺構も駅構内に多く残る。
  • 当駅以西は、前述した広島支社三原地域鉄道部の管轄(山陽新幹線は当駅のみ)で、隣の糸崎駅以東は岡山支社せとうち地域鉄道部の管轄となる。
  • 姫路相生播州赤穂和気長船方面から岡山駅を越えて運行される山陽本線普通列車は大半が当駅で折り返す。管轄上は広島支社管内の駅であるが、西条方面よりも岡山方面の方が、本数が多い(日中の西条方面からの列車の多くは糸崎駅止であり、岡山直通列車のない時間帯で当駅以東に乗り越す場合、当駅または糸崎駅で、始発の岡山行き列車に乗換)。岡山方面(糸崎止含む)はラッシュ時が毎時5 - 6本、日中毎時4本であるが、西条方面は日中毎時2本の運行である。また、岡山 - 福山間の快速列車「サンライナー」が1日1本、当駅まで運転される。
  • 高架化前の駅付近は開かずの踏切が多かった。ちなみにロープの手動踏切であった。
  • 高架化後、山陽本線は駅西側の路線が高架化前よりルートがかなり変更された。現在は、高架のまま西に一直線に進み、トンネルで山の中をショートカットしているが、高架化以前はトンネルはなく、山の南側を迂回するルートをとっていた。高架化により、当駅 - 本郷駅の営業キロは10.1kmから9.5kmに短縮された。そのため、当駅以西は起点の神戸駅からの距離標が営業キロに0.6を足した値になっている。
  • 在来線ホームの接近放送のメロディーは、2003年頃より「かもめの水兵さん」が使用されるようになった。2008年3月15日のダイヤ改正からは宮島口駅、西条駅等と同様に広島支社標準の接近メロディー(1・2・3番線は「広島駅2・7番線」、4番線は「広島駅4・9番線」のメロディー)をベースとした詳細放送が使用されていた。なお現在(2010年3月ダイヤ改正時点)は、1 - 4番線とも「かもめの水兵さん」の接近メロディーをベースとした詳細放送が使用されている。
  • 瀬戸大橋線が開通する前は、対岸の愛媛県今治市への高速船による航路があったため(当駅から徒歩5分のところに乗り場があった)、今治市からの新幹線乗り継ぎ客も多かった。しまなみ海道全通後は残存していた定期航路も大半が廃止され、かつての活況をみせた港町の面影はない。開通時には今治桟橋と当駅を結ぶ高速バスしまなみライナー三原線も開設されたが、利用数が芳しくなく数ヶ月で廃止された。現在、今治市からの新幹線利用客は瀬戸大橋線岡山駅か高速バスで福山駅へ向かうのが一般的である。
  • 数年前までトンネル西側の新倉町辺りで、廃線跡を見ることが出来た。現在は宅地開発に伴い撤去されている。
  • 原爆投下直後、山陽本線は当駅で折り返し運転を行っていたが、呉線は海田市駅まで運行していた[8]
  • 当駅から下関駅まで、CTCによって広島において集中管理されている旨が書かれている。
  • 1987年度の共通一次試験社会科地理において、当駅周辺の地図を用いた問題が出題された。その際、実際の地名と分かって当駅周辺に詳しい受験生が有利にならないよう、当駅の駅名が「みはま」とされていた。ただし、当駅周辺の地形に詳しい者が見れば当駅周辺と容易に推察できた。

脚注[編集]

  1. ^ 『停車場変遷大事典 国鉄・JR編』JTB 1998年
  2. ^ 髙松良晴 2011, pp. 95-97.
  3. ^ a b 国鉄新幹線建設局 1977, p. 407.
  4. ^ a b 国鉄新幹線建設局 1977, p. 405.
  5. ^ ダイヤ改正以前までは新大阪行き『こだま』として運行されていた列車を、東京まで延長したもの。
  6. ^ JR時刻表2010年8月号(交通新聞社刊)264ページ
  7. ^ 出典:広島県統計書
  8. ^ [1]広島原爆投下後の放送
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参考文献[編集]

  • 国鉄新幹線建設局 『山陽新幹線岡山博多間工事誌』 社団法人日本鉄道施設協会、1977年 
  • 髙松良晴 『もう一つの坂の上の雲 鉄道ルート形成史』 日刊工業新聞社2011年7月25日、初版1刷。ISBN 978-4-526-06714-3

関連項目[編集]

外部リンク[編集]