東京駅
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| 東京駅 | |
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丸ノ内口駅舎(2007年4月29日撮影)
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| とうきょう - Tōkyō | |
| 所属事業者 | 東日本旅客鉄道(JR東日本) 東海旅客鉄道(JR東海) 東京地下鉄(東京メトロ) |
| 所在地 | 東京都千代田区丸の内一丁目 |
| 電報略号 | トウ |
| 開業年月日 | 1914年(大正3年)12月20日 |
東京駅(とうきょうえき)は、東京都千代田区丸の内一丁目9番1号にある、東日本旅客鉄道(JR東日本)・東海旅客鉄道(JR東海)・東京地下鉄(東京メトロ)の駅である。東京地下鉄丸ノ内線の駅番号はM 17。
東京の表玄関とも言うべきターミナル駅であり、JRは在来線が地上5面10線と地下4面8線の合計9面18線、新幹線が地上5面10線、東京地下鉄が地下1面2線のホームを有する。面積は東京ドーム3.6個分、平日の1日あたりの発着列車本数は約3千本(日本一)という、名実ともに日本を代表する駅の一つである。
目次 |
[編集] 概要
[編集] 利用可能な鉄道路線
当駅には合計で14路線が乗り入れている。所属事業者と路線は以下の通りである。
- 東日本旅客鉄道(JR東日本)
- 東海旅客鉄道(JR東海)
- 東京地下鉄(東京メトロ)
ただし、JR東日本の路線名は正式な路線名とは異なる。東海道線は東海道本線の列車線を通る列車を指し、総武線(快速)は総武本線の快速列車系統を指す。山手線と京浜東北線は東海道本線(当駅以南)および東北本線(当駅以北)の電車線を通る列車の通称である。横須賀線は当駅 - 品川間で東海道本線の地下線を経由し、中央線は当駅 - 神田間で東北本線を経由するという扱いである。上越・山形・秋田・長野の各新幹線についても当駅 - 大宮間ではすべて列車の運転系統の名称である。すなわち、当駅に乗り入れるJR東日本の路線は東海道本線・東北本線・総武本線・京葉線・東北本線・東北新幹線の6路線である。
上記の路線のうち、東海道・東北の両新幹線と東海道本線・東北本線・総武本線・京葉線は当駅を起点としており、当駅構内にはこれら各線の0キロポストが設置されている。
かつては中央本線の正式な起点であったが、JRへの移行に伴って当駅 - 神田間における東北本線との二重戸籍区間を解消するため、中央本線は神田駅が起点とされた。この中央線や当駅を拠点駅とする東海道・山陽新幹線および東北・秋田・山形・上越・長野新幹線群を含め、当駅に乗り入れるすべてのJR線各列車に関し、正式には前述各線経由の乗り入れ列車という位置付けになっている。
また、JRでは当駅を「中央駅」と位置付けており、国鉄時代から列車の進行方向を示す「上り・下り」の基点となっていた。現在、中央本線は当駅 - 神田間は戸籍上東北本線となっているが、起点であった当駅へ向かう列車が引き続き上りとされている[2]。なお、「中央駅」である当駅は東京都区内および東京山手線内各駅を発着するJR長距離乗車券の運賃を算出するためのキロ数基準駅ともなっている(前者:201Km以上、後者:101 - 200Km)。
近隣駅である東京地下鉄東西線の大手町駅では、当駅への徒歩(地下道)による乗り換え案内がなされており、同様に当駅構内では同線への案内がなされている。ただし、新幹線を含むJR各線並びに丸ノ内線の車内案内(車内放送や路線案内図)では東西線への乗り換え案内はなされていない。
[編集] 中央駅としての位置付け
1889年に国鉄東海道本線の新橋 - 神戸間が全通し、私鉄の日本鉄道が上野を始発として青森に向けて線路を建設していた。そこで、新橋と上野を結ぶ高架鉄道の建設が東京市区改正計画によって立案され、1896年の第9回帝国議会でこの新線の途中に中央停車場を建設することが可決された。実際の建設は日清戦争と日露戦争の影響で遅れ、建設工事は戦争終了後の1908年から本格化し、1914年12月18日に完成し、同時に「東京駅」と命名された。
[編集] 建設当時の東京駅
当駅の位置は、江戸時代からの繁華街である京橋側ではなく、建設当時はまだ野原だった丸の内側に作られた。皇居の正面に設定され、丸の内口の中央に皇室専用貴賓出入口が作られたことから分かるように、国家の象徴的な位置付けであった。なお、現在の行幸通りはまだ皇居前広場まで開通していなかった。
駅本屋は、辰野金吾と葛西万司が設計した鉄筋レンガ造り3階建て総建坪9,545m²、長さ330mの豪壮華麗な様式建築である。開業の1914年は第一次世界大戦の開戦の年であり、中国・青島周辺のドイツ租借地を占領した陸軍の司令官神尾光臣中将が凱旋して皇居に参内するイベントに合わせて開業式を行った(以降は歴史・年表を参照のこと)。
[編集] 将来の計画
東北新幹線の当駅延伸の際に撤去された東北本線列車線の秋葉原 - 東京間を再建して、宇都宮(東北本線)・高崎・常磐の各線の列車が当駅へ乗り入れ、一部列車が東海道本線と直通運転する計画があると発表されている(東北縦貫線計画)。当初の計画より遅れ、2013年度の完成を予定している。実現すれば、1973年以来の南北直通列車の復活となる。
また、首都圏新都市鉄道のつくばエクスプレスが大深度地下を利用して秋葉原駅から当駅に乗り入れる計画がある。同線は1985年に当時の運輸省運輸政策審議会第7号答申が当駅起点での整備を求めながらも採算面の問題で秋葉原駅始発へ変更された経緯がある。
さらに、2000年の運輸政策審議会第18号答申では羽田・成田両空港への新たなアクセスルートとなる都営地下鉄浅草線の日本橋駅と宝町駅からそれぞれ当駅までの分岐線、並びに大深度地下利用による京葉線の新宿駅経由三鷹駅までの延伸を行い、中央線と直通運転させる延長線を共に2015年までに整備着手するのが適当であるとした。
2025年にJR東海が自社負担で開業させる予定の中央リニア新幹線の始発駅の候補が当駅か品川駅に絞られていることも発表されている。
現在、東北縦貫線以外の路線についてはすべて計画段階であり、正式な決定には至っていない。
[編集] 駅構造
[編集] JR東日本・JR東海
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(所在地:東京都千代田区丸の内1丁目9番1号)
JRの駅は各路線の線路とホームが南北に伸びているが、地下の京葉線ホームのみ東西に伸びている。出入口は東西南北に設けられており、西側を丸の内口、東側を八重洲口、北側を日本橋口、南側を京葉地下出口と称している。
東西の駅舎を連絡する改札内通路は北・中央・南の3本があり、それぞれの通路に対応して丸の内側・八重洲側それぞれの地上に3か所の改札口がある。丸の内側の地下3か所と八重洲中央口の地下にも改札口があり、丸の内側は東京地下鉄丸ノ内線や丸ビル・新丸ビル方面へ、八重洲側は八重洲地下街方面へ通じる。
この他、東海道新幹線専用の八重洲改札、新幹線専用の日本橋改札などがある。また、改札内通路の他に北口通路に隣接し東西の駅舎をつなぐ自由通路(1階・地下1階)がある。なお、南口にも東西の駅舎をつなぐ通路があるが、こちらは通行する人が限られている。
在来線(JR東日本)の構内は非常に広い。1階は商業施設(駅ナカ)が充実しているが、対して地下1階はコインロッカーが多く、商業施設は少ないが、「銀の鈴待ち合わせ場所」という待ち合わせスポットがあり、床には明治時代の当駅付近の地図が描かれている。その一帯(中央地下通路)には2007年10月25日からJR東日本の駅ナカ「グランスタ」がオープンした。これに併せて「銀の鈴」のリニューアルを行うと共に1階と地下1階を結ぶエスカレータが新設された。
JR東日本では、鉄道駅としては初めて2006年10月16日から駅構内にSuicaショッピングサービスを利用した私設私書箱「えきあど」528箱を設置している。使用可能時間は午前4時から翌日午前0時30分までで、年会費は500円、月使用料金はSサイズが2,400円、Mサイズが4,500円である。使用の際はあらかじめ会員登録を行い、Suica・PASMO(2007年3月18日以降対応)・ICOCA(2008年3月18日以降対応)が私書箱を開ける際の鍵の代わりとなる。私書箱の宛先は「〒100-○○○○東京都千代田区丸の内1-9-1(○○番号)私書箱」となる。荷物が届くと携帯電話などの電子メールで通知される。
JR東日本管轄の新幹線の構内はあまり広くなく、商業施設はホーム上にほぼ限られている。方面案内は以前は在来各線のフォーマットと同様の路線色(緑)バックに「番線数字・路線名・方面」が書かれたものだったが、2005年12月10日のダイヤ改正で行先に関わらず20 - 23番線を柔軟に用いるようになると番線数字のみに交換され、同時に発車標が全面的にフルカラーLEDによる「列車名・発車時刻・行先・次の列車」を表示するものに置き換えられた。
JR東海が管轄する東海道新幹線の構内も商業施設はホーム上にほぼ限られているが、2006年2月22日のJR東海社長の定例会見で「新幹線改札口を5か所から6か所に増やす」「内装や外装を全面的にリニューアルする」などの旨を明らかにしている。総事業費は228億円余りで、2012年春の完成を目指して現在工事中である。
[編集] のりば
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1番線の0キロポスト(2005年2月撮影) |
1・2番線は中央線ホーム(2005年8月31日撮影) |
3・6番線から発着する京浜東北線(2006年9月2日撮影) |
4・5番線から発着する山手線(2006年9月2日撮影) |
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7・8番線は東海道線ホーム(2006年1月13日撮影) |
- 新幹線地上ホーム
- 20 - 23番線(東北・山形・秋田・上越・長野新幹線)
- 島式2面4線の高架ホームである。20番線は10番線のすぐ東にある。当初、東北・上越新幹線が当駅に延伸した際は現22・23番線(当時12・13番線)の島式1面2線のみで発着し、一部の定期列車と臨時列車は上野駅発着を原則としていた。しかし、1997年の長野新幹線開業に伴い1・2番線を高架化した上で3 - 10番線を丸の内側にスライドする工事を行い、当時9・10番線(東海道線)だったホームを20・21番線とし、現在の2面4線の構造になると共に定期列車の全列車と臨時列車の大半が当駅発着になった。
- 10番線の隣りに20 - 23番線と変則的な番線数になってしまったのは、東海道新幹線がJR東海の管轄であることにより、通し番号にするのが困難であったためである。それでも1日300本を超える新幹線をこの2面4線ホームで扱うため、運用に余裕はないようである。20 - 23番線と駅外との直接連絡は八重洲北側の日本橋口改札のみで、それ以外は在来各線または東海道・山陽新幹線との連絡改札を通る必要がある。
- なお、臨時列車は2005年12月10日のダイヤ改正からすべて当駅発着に変更されている。
- 14 - 19番線(東海道・山陽新幹線)
以上のように、地上(東海道新幹線ホームを含め)と地下の全ホームを合わせて14面28線のホームを持ち、単一の駅としてのホーム数は日本一である(のりばの番号では京都駅の34番のりばが最も大きい数字である。ちなみに、日本の駅でのりばの番号が30を超えるのは京都駅(30 - 34番のりば)と姫路駅(31 - 33番のりば)だけであるが、両駅共ホーム番号に大量の欠番が生じている。)。
| 1・2 | ■中央線(快速) | 御茶ノ水・四ツ谷・新宿方面 |
| ■中央本線 特急「かいじ」 | 大月・甲府方面(東京始発は1日4本) | |
| ■中央線「中央ライナー」「青梅ライナー」 | 立川・八王子・高尾・拝島・青梅方面 | |
| 3 | ■京浜東北線 | 上野・田端・赤羽・大宮方面 |
| 4 | ■山手線 | 上野・田端・池袋方面 |
| 5 | ■山手線 | 新橋・品川・渋谷方面 |
| 6 | ■京浜東北線・根岸線 | 新橋・品川・蒲田方面 |
| 7・8 | ■東海道線 | 横浜・小田原・熱海方面 |
| 9・10 | ■東海道線 | 横浜・小田原・熱海・伊東・沼津方面 |
| ■東海道線「湘南ライナー」・快速「アクティー」 | 横浜・小田原・熱海方面 | |
| ■特急「(スーパービュー)踊り子」 | 熱海・伊東・伊豆急下田・修善寺方面 | |
| ■東海道本線(寝台特急など) | 出雲市・高松・大分・熊本方面 | |
| 20 - 23 | ■東北・山形・秋田新幹線 | 宇都宮・仙台・盛岡・八戸・山形・新庄・秋田方面 |
| ■上越・長野新幹線 | 高崎・越後湯沢・新潟・長野方面 | |
| 14 - 19 | ■東海道・山陽新幹線 | 名古屋・新大阪・博多方面 |
| 総武地下 1・2 |
■横須賀線 | 横浜・大船・鎌倉・逗子・久里浜方面 |
| ■総武線(快速) | 千葉方面(一部) | |
| ■■総武本線・成田線 特急「しおさい」「あやめ」 | 成東・佐原・鹿島神宮・銚子方面 | |
| 総武地下 3・4 |
■総武線(快速) | 錦糸町・船橋・千葉・上総一ノ宮・木更津方面 |
| ■横須賀線 | 横浜方面(一部) | |
| ■特急「成田エクスプレス」 | 成田空港方面 | |
| 京葉地下 1 - 4 |
■京葉線 | 舞浜・海浜幕張・蘇我・上総一ノ宮・木更津方面 |
| ■武蔵野線直通快速 | 舞浜・西船橋・武蔵浦和・府中本町方面 | |
| ■■内房線・外房線特急「さざなみ」「わかしお」 | 上総一ノ宮・勝浦・木更津・館山・安房鴨川方面 |
[編集] その他
- 14・15番線の神田寄りが大きくカーブしているのは東北・上越新幹線との直通を想定したためだったが、電源周波数の違いやJR東日本・東海両社の兼ね合いなどからこの構想は実現していない。技術的には長野新幹線(E2系)ですでに50/60Hz両対応が実現しているため、両社の営業的・経営的な合意が行われれば東北・東海道両新幹線の直通運転は可能とされる。
- 横須賀線・総武線快速の東京トンネル区間の保安設備は2004年2月29日にATCからATS-Pに更新されており、首都圏のATS-P対応車であれば地下ホームへの発着も可能となる。
- 八重洲側の改札外コンコースはJR東海の管理エリアが多く存在し、道案内の看板のフォーマットなども同社のものである。各種宣伝や広告も同社のものが多く見られる。KIOSKも同社所管の店舗が見られる。JR東日本所管の管理エリアも広く、それらの店舗やレストランなどではSuica・PASMO・ICOCAが利用可能である。
- 長野新幹線開業に伴うホームのスライドは、まず1995年7月に中央線ホームを高架ホームに移転し、その後同年10月 - 12月までに山手線・京浜東北線ホームを、1996年6月 - 1997年7月に東海道線ホームをそれぞれ1面ずつ丸の内側に移設した。なお、東海道線ホームの移設の際は、1線を撤去して2面3線化した他、一時期に9番線が仮設ホームだったことがある。
- 5・6番線には、開業当時からの面影を残す柱が設置されている。
- 山手線ホームの階段付近には2006年末頃から方面サインが設置され、同時に出口・乗り換え案内も設置された。
- ATOS導入まで京浜東北線では快速運転時に接近放送の後に大宮方面が「秋葉原、上野、田端の順に停まります。ご注意下さい。」、大船方面が「次の停車駅は田町です。ご注意下さい。」という注意放送が流れていた。
[編集] 地下水上昇問題
当駅は地下水上昇によるホームの浮上問題にさらされており、特に構造上影響を受けやすい地下総武ホームが問題になっている。かつての相次ぐ地盤沈下により、地下水の汲み上げが条例により禁止されており、地下総武ホームではホームが地下5階なのに対し、地下水は地下3階付近まで達している。1999年9月には浮上防止策としてアンカーを打ち込む工事が行われた。同様の問題は、上野駅での新幹線ホームにも見られる。
[編集] 東京地下鉄
| 東京地下鉄 東京駅 | |
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| とうきょう - Tōkyō | |
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◄銀座 (1.1km)
(0.6km) 大手町►
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| 駅番号 | ○M 17 |
| 所属事業者 | 東京地下鉄 |
| 所属路線 | ○丸ノ内線 |
| キロ程 | 15.5km (荻窪起点) |
| 所在地 | 東京都千代田区丸の内1丁目 |
| 駅構造 | 地下駅 |
| ホーム | 1面2線 |
| 乗降人員 -統計年度- |
138,449人/日 -2005年度- |
| 開業年月日 | 1956年(昭和31年)7月20日 |
(所在地:東京都千代田区丸の内1丁目6番5号)
東京地下鉄の駅は、丸の内側に位置する島式ホーム1面2線の地下駅である。地下の浅い所を走るため、乗り換えの利便性が非常に良い。丸ノ内線の駅から八重洲口に出るためには北側自由通路を通って大きく迂回する必要がある。
なお、1990年12月に当時の営団地下鉄が初めて当駅に本格的に自動改札機を導入した。それ以前にも中野坂上駅や銀座一丁目駅で試験導入されていた。
2008年春、ホームの側壁が女子美術大学の非常勤講師2名によるデザインのアートウォール「自由に走る丸ノ内線」に生まれ変わった。コンセプトは「歴史と自然とトレンドの融合」で、500形で使われていた銀色のサインウェーブを下部に再現すると共に自由に飛ぶ鳥を随所に設置することにより、親しみと安らぎを感じるホームを目指した。
[編集] のりば
| 1 | ○丸ノ内線 | 銀座・新宿・荻窪・中野富士見町方面 |
| 2 | ○丸ノ内線 | 大手町・後楽園・池袋方面 |
[編集] 乗り換え標準所要時間
JRの地上ホームを中心にして総武線・京葉線・地下鉄線ののりばはそれぞれ分散している。そのため、同名の駅を名乗っても乗り換えに非常に時間がかかったり、全く別の駅同士でも乗り換えに非常に便利なことがある。京葉線乗り換えについては動く歩道動作時の時間である(停止時には所要時間が1 - 2分程度伸びる)。
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[編集] 再開発計画
[編集] 進捗状況
現在、JR東日本などが主体となって当駅周辺の再開発事業が行われている。その第1弾として2007年3月に日本橋口に超高層ビル「サピアタワー」が竣工した。これと同時に一連の再開発地区が「Tokyo Station City(東京ステーションシティ)」と命名された。キャッチフレーズは「東京駅が、街になる。」。同年4月には丸の内口の行幸通り地下に「行幸地下通路」が整備され、10月25日には東京駅改札内地下1階に駅ナカ商業施設「グランスタ」がオープンした。
また、八重洲口では大丸などが入居していた鉄道会館ビルが同月31日をもって閉鎖され、11月6日に超高層ツインタワービル「グラントウキョウ」が竣工した。グラントウキョウノースタワー(国際観光会館ビルの跡地に建設)に大丸が移転し、グラントウキョウサウスタワーの地下に飲食店街「グランアージュ」が整備された。また、八重洲地下街からグラントウキョウサウスタワーとパシフィック・センチュリー・プレイスの地下を経由して京葉線地下改札に至る連続した地下連絡通路が整備された。
[編集] 今後の予定
八重洲口では、今後鉄道会館ビルを解体し、2012年夏頃にグラントウキョウノースタワー第2期工事が竣工、2013年春頃にグラントウキョウの2棟を結ぶ長いペデストリアンデッキ「グランルーフ」が鉄道会館ビルの跡地に竣工する予定である。鉄道会館ビルの解体により、東京湾側から皇居側への風の通り抜けが改善されることが期待されている。
丸の内本屋の赤レンガ駅舎は1945年の米軍空襲で被災され、1947年に本来の姿より一回り規模を縮小して現在の形態に修復した。だが、国鉄は戦後度々建て替え構想を出しては延期してきた。1987年4月の分割・民営化に対応して当駅全体の土地3分割と共に再開発構想が起き、その中で赤レンガ駅舎の保全か建て替え高層化も課題となった。これに対して、「赤レンガの東京駅を愛する市民の会」などによる赤レンガ駅舎保存の市民運動が起こった。
1988年、政府は学識者の委員会による東京駅周辺地区再開発構想を取りまとめ、赤レンガ駅舎の現在地での形態保全の方針を決定し、その後のJR東日本などの検討により本来の形態に復原することとなった。2007年5月30日より駅舎を本来の姿に忠実に復原する[5]工事が進められつつある。3階の躯体部分を鉄骨鉄筋コンクリート壁で新たに増築して3階建てとし、外壁、尖塔、南北両ドームの内外の意匠を再現し、さらに地下1・2階を増築して免震装置を設置する予定である。これに合わせて駅舎正面の駅前広場と行幸通りの再整備も行われる。一部には東京大空襲、戦後東京駅を記憶に留めるとし、耐震補強しつつも現在の形態を維持すべきとの復原反対の声があるが、これまた反対に、東京駅の復興は終わっていない、現在の形態は屈辱の歴史であるとし、復原を歓迎する声もある。なお、復原工事は2011年度末の完成を予定している。
その復原工事に伴って2006年3月から営業を休止している駅舎内の「東京ステーションギャラリー」(東日本鉄道文化財団運営)と「東京ステーションホテル」は復原駅舎の完成と共に営業を再開する予定となっている。再開時には両館共規模が拡大され、これまで使用されていなかった屋根裏は東京ステーションホテルのゲストラウンジとして使われる予定である。
東京都は、東京駅周辺地区の都市開発・整備・保全を誘導し制御するために2002年に大手町・丸の内・有楽町地区(116.7ヘクタール)に「特例容積率適用区域」および「地区計画地区」を都市計画として定め、この区域内では一定の制限(容積率や高さの上限など)のもとに東京都の許認可により各建築敷地間で容積率の移転ができることとした。これによりJR東日本は東京駅丸の内本屋復原後の3階建ての建物規模ではこの敷地に指定されている都市計画容積率に対応して建設可能な上限床面積に及ばないので、残余容積率相当分の床面積を分割して他の敷地に移転することにした。移転先は、丸の内側では東京ビルディング・新丸の内ビルと丸の内八重洲ビル・三菱商事ビル跡地開発(工事中)、八重洲側では2棟のグラントウキョウビルなどの各超高層ビルである。その移転先ビルにJR東日本の床を所有して経営し、或いはそのビル所有者などに床を売却することで、その収益を復原工事費用(約500億円と新聞などで伝えられている)に充てることができるようになった。
[編集] その他の特徴
1987年から團伊玖磨を音楽監督に迎えて定期的にコンサートが開催されるようになり、「とうきょうエキコン」の名で多くの人に親しまれた。このイベントは終了したが、2004年10月13日に「赤煉瓦コンサート」の名称で演奏会が復活している。音楽監督には池辺晋一郎が迎えられた。
八重洲中央口を出てすぐの鉄道会館ビルの中に「日本初のサウナ」という触れ込みのサウナ店(男性専用)「東京クーア(東京温泉)」が営業していたが、再開発工事のため2007年3月に閉店した。
当駅にはJR東日本とJR東海両社の出札窓口がある他、丸の内地下中央改札口前に「北海道旅客鉄道(JR北海道)プラザ東京支店」があり、一般の乗車券や特急券の他、各社ごとのトクトクきっぷを購入することができる(同店では購入できないものもある)。なお、かつてはJR北海道のオレンジカードも販売されていた。
当駅の旅客収入額はJR東日本の駅中第1位である(1日平均およそ2億6千万円、2位は新宿駅で同1億6千万円)。また、現在旅客収入額のデータを公開しているJR駅中でも第1位である。どちらも、新幹線などの長距離列車の発着が多く、乗車券の単価が高いためである。旧国鉄時代は日本一であった。現在は正確な順位がわからないが、各新幹線が集中し、長距離旅客利用が日本一多い駅であるため、日本一であると見られる。
当駅では直流600V(東京地下鉄丸ノ内線)、直流1500V(在来線)、単相交流25000V/50Hz(東北・上越・長野(北陸)新幹線)、単相交流25000V/60Hz(東海道・山陽新幹線)と4種類の電化方式が存在する。
山陽新幹線が博多まで延伸してホームを増設するまでは12・13番線が横須賀線電車用ホーム、14・15番線が長距離列車用ホームだった。新幹線の開業までは4線共ひっきりなしに列車が発着しており、13番線から15番線を見通すことができなかった。その中で4分間だけ12・13番線から15番線の列車が見える時間があり、松本清張の推理小説「点と線」にはその4分を巧妙に利用したトリックが出て来る。その列車は寝台特急「あさかぜ」であり、1957年当時のダイヤである。
[編集] 機関車列車の発着について
当駅には歴史上11番ホームは存在せず、10番線と12番線の間には機関車回送(機回し)の11番線があった。
当駅発のブルートレインの回送は、1973年以降出発の数時間前から神田側の留置線に移動し、本務機(当時はEF65)自らが列車を牽引してホームに進入していた。
しかし、1990年代に入ると合理化のために変わった方法で品川の車両基地から回送されるようになった。その方法とは以下のようなものである。この回送方法は「次発列車の機関車がすでにヘッドマークを装着した状態で前列車を回送して来る」「回送運転した機関車が単機で戻る」「それをずっと繰り返す」という点でユニークであった。
- 一番列車の「富士」は、次に出発する「さくら」を牽引するEF66(すでに「さくら」のヘッドマークを装着)が列車を当駅まで牽引して来る。この時に「富士」を牽引するEF66機関車はすでに列車の後に連結され、プッシュプル状態で来るが、事実上無動力で回送されて来る。
- 「富士」出発後、「さくら」牽引用機関車は品川方の引き上げ線まで戻る。
- 次発列車の「さくら」を、その次に出発する「はやぶさ」牽引用のEF66が品川から東京駅まで牽引して来る。「さくら」出発後、「はやぶさ」牽引用EF66は品川方の引き上げ線まで戻る。
- 「はやぶさ」を次の「出雲1号」牽引用EF65が牽引・回送して来る。以下同様に「出雲1号」「あさかぜ」「瀬戸」「出雲3号」と続き、最後の寝台急行「銀河」を牽引して来た機関車はそのまま品川へ回送される。
[編集] 駅弁
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上記のうち「柿の葉寿司詰め合わせ」「シウマイ御弁当」「プレミアムミックスサンド」「六郷のわたし」を除く商品は日本レストランエンタプライズ (NRE) が販売する。なお、シウマイ御弁当は崎陽軒が、六郷のわたしはだるまがそれぞれ販売する。
この他、NREがJR東日本管内の有名駅弁を集めて販売している売店「駅弁屋 旨囲門」が八重洲中央口改札外にあり、東北地方の主な駅弁も当駅で購入できる。これは2007年3月よりJR東海の耐震工事に伴い丸の内側改札内(中央線ホーム下)に移転し、営業時間も拡大された。
[編集] 利用状況
- JR東日本 - 1日平均乗車人員は382,242人[6](2006年度)で、同社の駅(1,699駅)の中では第5位である(1位は新宿駅)。
- JR東海 - 1日平均乗車人員は91,672人[7](2005年度)である。JR東海の駅(402駅)では第2位(1位は名古屋駅、3位は新大阪駅)だが、東海道新幹線の単独駅の中では第1位である[8]。
- 東京地下鉄 - 1日平均乗降人員は140,486人[9](2006年度)で、同社の駅(139駅)の中では第13位である(1位は池袋駅)。
東京の表玄関ともいうべきターミナル駅だが、JR東日本の乗車人員は第5位と、新宿駅・池袋駅・渋谷駅などの駅に大きく差を開けられている。この理由として以下の点が挙げられる。
- 新宿・池袋・渋谷の3駅は(以下「3駅」と記す)複数の私鉄路線のターミナル駅でもあるため、私鉄・JR間の乗り換え利用者が多いが、当駅は東京地下鉄丸ノ内線を除く私鉄の路線が乗り入れておらず、JRの中・長距離線を中心としたターミナル駅であり、JR各線間の乗り換えがほとんどで、改札を出ないので乗車人員にカウントされないこと(特に中・長距離旅客にとって東京の出入口的役割が強く、駅周辺に出入りする人は少ない。乗り換えて地方や都内各地に向かうことが多い)。
- 3駅周辺の繁華街は日中や夜間を問わず営業する商業施設も多く、その来訪者が日中・夜間を問わずに各駅を利用するが、当駅周辺(八重洲・京橋・日本橋界隈)はデパートや一般小売業などの日中のみ営業する商業店舗が中心であり、来訪者は日中に限られること。
- 3駅周辺には徒歩10 - 15分圏内に住宅街が存在し、遠隔住宅街と各駅間を結ぶ私鉄・路線バスが多数設定されているが、当駅周辺にはこういった住宅街は皆無に近く、また遠隔住宅地間を結ぶ路線バスもほとんどないため、日常的に利用する利用者数が非常に限られているkと。
各駅の利用客層は、3駅では朝・日中・夕方・夜間を通してビジネス層から若年層まで幅広いが、当駅はビジネス層が大半を占めている。
以上のような性格上、ゴールデンウィークや夏休み・年末年始といった時期には各地方から新幹線(長距離旅客)や特急(伊豆・房総方面への行楽客)、京葉線(東京ベイエリアへの行楽客)を利用する帰省・行楽客が集中する。
[編集] 駅周辺
当駅周辺は日本を代表するビジネス街となっており、昼間は人通りが多いが、夜間はまばらである。JRの駅を中心として以下の地下鉄各駅は概ね半径1km程度範囲内にあるので、状況によっては徒歩での移動の方が早く到達する場合もある。
- 大手町駅(丸ノ内線・東西線・千代田線・半蔵門線・都営三田線)
- 茅場町駅(東西線・日比谷線)
- 八丁堀駅(京葉線・日比谷線)
- 日本橋駅(銀座線・東西線・都営浅草線)
- 三越前駅(半蔵門線・銀座線のりばへは遠い)
- 新日本橋駅(総武線快速)
- 二重橋前駅(千代田線〈行幸地下通路で連絡〉)
- 日比谷駅(日比谷線・千代田線・都営三田線〈行幸地下通路で連絡〉)
- 有楽町駅(山手線・京浜東北線・有楽町線)
- 銀座一丁目駅(有楽町線)
- 京橋駅(銀座線)
- 宝町駅(都営浅草線)
[編集] 丸の内口
詳細は丸の内を参照。
西側の丸の内地区には、丸の内北口(旧称・降車口)、丸の内中央口(同・中央口)、丸の内南口(同・乗車口)がある。著名な赤レンガの駅舎は2003年に国の重要文化財に指定された。日本を代表する歴史的なビジネス街であると同時に、近年丸の内ビルディング(丸ビル)、新丸の内ビルディング(新丸ビル)などの複合商業施設のオープンが相次ぎ、一躍観光スポットともなった。
駅前の東京中央郵便局は大阪中央郵便局と共に日本を代表する郵便局で、鉄道郵便輸送が日本の郵便を支えていた時代には当駅と同局の間に建設された地下通路を使って多くの郵便物が輸送された。この扱いは1978年に終了したが、現在でも駅構内部分の地下通路は車椅子利用者などのために利用されている。
かつては日本国有鉄道本社ビル(1997年まではJR東日本本社ビルとして使用)もあり、全国に鉄道網を張り巡らせた国鉄(建造当時は鉄道省)のシンボルとなっていたが、国鉄分割民営化に伴う長期債務返済のために売却され、旧JTBビルの跡地などと合わせて、現在は複合商業施設の丸の内オアゾが開業している。
丸の内中央口から皇居に向かって行幸通りと行幸地下通路が伸びていて、丸の内中央口からも皇居が見える。
クリスマスから元日までのシーズンには東京ミレナリオのイルミネーションが有楽町駅方面まで点灯されていたが、丸の内口工事のため2005年末の点灯をもって終了した。
京葉地下丸の内口からJR有楽町駅、千代田線二重橋前駅、有楽町線有楽町駅(東京国際フォーラム経由)、都営三田線・日比谷線日比谷駅(東京国際フォーラム・地下鉄有楽町駅経由)は比較的近接している。
丸の内口