横川駅 (広島県)
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横川駅(よこがわえき)は、広島県広島市西区横川町三丁目にある、西日本旅客鉄道(JR西日本)・広島電鉄の駅・電停。広島電鉄では「駅」も正式電停名に入り、横川駅電停(よこがわえきでんてい)となる。
JRの乗車券には信越本線にある横川駅(こちらは「よこかわ」と読む)と区別するため、(陽)横川と表記している。
目次 |
利用可能な鉄道路線 [編集]
駅構造 [編集]
JR横川駅 [編集]
島式ホーム2面4線と単式ホーム1面1線の合わせて3面5線を持つ地上駅。
駅舎は南側と北側にある。2003年(平成15年)落成の南口の駅舎は地上に、1949年(昭和24年)に落成し2003年(平成15年)に改装された北口の駅舎は高架下にある。コンコースには、改札口が南北2か所、みどりの窓口が南口(5:30 - 23:00)・北口(5:30 - 23:00)にある。また、デイリーイン(キオスクのコンビニ)もある。コンコースから各ホームへはエレベータが設置されている。
直営駅(西広島駅の被管理駅)で、ICOCA(相互利用可能ICカードはICOCAの項を参照)が利用可能。また、JRの特定都区市内制度における「広島市内」の駅である。 北口は、以前はジェイアール西日本広島メンテックに委託していたが、2011年4月1日より同様に委託していた西広島駅(西口)と共に直営化された。
| ホーム | 路線 | 方向 | 行先 | 備考 |
|---|---|---|---|---|
| 1 | ■山陽本線 | 下り | 宮島口・岩国方面 | |
| 2 | (山陽本線中線、予備ホーム) | |||
| 3 | ■山陽本線 | 上り | 広島・三原方面 | 山陽本線岩国方面から |
| 5 | ■可部線 | 下り | 緑井・可部方面 | |
| 6 | ■可部線 | 上り | 広島・三原方面 | 可部線可部方面から |
- 2番線は定期での旅客列車の発着はないが、ダイヤ混乱時に使われることがある。
- 駅構内には日本初のバス(再現車)と、それに関する展示がある。
- かつては2・3番線ホームと5・6番線ホームの間に横川電車区の線路があったが現在は撤去されている。
- 2010年(平成22年)3月13日より、可部線下り方面行きホームが5番ホーム(それ以前は4番ホーム)に、可部線上り方面行きホームが6番ホーム(同5番ホーム)に、それぞれ改称された。
広島電鉄横川駅 [編集]
JR横川駅広場内東側にある。大屋根が電停を覆うようにあり、雨の日でも濡れずにJR横川駅へ乗換えができるようこちらも屋根がついている。
両のりばとも、7号線広電前行きおよび8号線江波行き電車が停車する。これは、1つの列車が横川駅電停を境に7号線と8号線を交互に運転すること(俗に三角運用と呼ばれている)があるためである(一部時間帯を除く)。横川駅電停にはほとんどの場合単車が乗り入れているが、朝夕ラッシュ時には連接車の乗り入れも設定されている。朝ラッシュには係員が案内をするが、広島駅のような集札員を配置した集札業務はひろしまフラワーフェスティバルのような大規模イベント開催時でないとおこなわれない。尚、2013年2月より新型車両(1000形(2代))が導入された事により一日7・8号線合わせて24往復の設定がある。
運行路線 [編集]
■7号線 広電前ゆき
■8号線 江波ゆき
利用状況 [編集]
- JR横川駅
以下の情報は、広島市統計書及び広島市勢要覧に基づいたデータである。
| 年度 | 1日平均 乗車人員 |
1日平均 降車人員 |
|---|---|---|
| 1947年(昭和22年) | 7,305 | - |
| 1948年(昭和23年) | 10,182 | - |
| 1949年(昭和24年) | 8,291 | - |
| 1950年(昭和25年) | 7,103 | - |
| 1951年(昭和26年) | 6,671 | 6338 |
| 年度 | 1日平均 乗車人員 |
年度毎 乗客数 |
年度毎 降車数 |
年度毎 発送貨物(t) |
年度毎 到着貨物(t) |
|---|---|---|---|---|---|
| 1952年(昭和27年) | 6,399.9 | 2,335,973 | - | - | - |
| 1953年(昭和28年) | 5,783.5 | 2,110,993 | - | - | - |
| 1954年(昭和29年) | 5,507.1 | 2,010,079 | - | - | - |
| 1955年(昭和30年) | 5,265.8 | 1,927,269 | - | - | - |
| 1956年(昭和31年) | 5,528.9 | 2,018,060 | - | - | - |
| 1957年(昭和32年) | 5,714.4 | 2,085,762 | - | 26,555 | 71,997 |
| 1958年(昭和33年) | 5,788.1 | 2,112,673 | 2,088,830 | 23,865 | 76,418 |
| 1959年(昭和34年) | 5,957.8 | 2,180,562 | 2,169,209 | 23,145 | 81,463 |
| 1960年(昭和35年) | 6,100.3 | 2,226,625 | 2,208,286 | 21,173 | 78,671 |
| 1961年(昭和36年) | 5,529.2 | 2,018,167 | 1,982,341 | 28,733 | 79,054 |
| 1962年(昭和37年) | 5,319.8 | 1,941,711 | 1,916,864 | 19,584 | 79,354 |
以上の1日平均乗車人員は、年度毎乗客数を365(閏年が関係する1955・1959年は366)で割った値を、小数点第二位で四捨五入。小数点一位の値にした物である。
| 年度 | 1日平均 乗車人員 |
年度毎 総数 |
定期券 総数 |
普通券 総数 |
年度毎 発送貨物(t) |
年度毎 到着貨物(t) |
|---|---|---|---|---|---|---|
| 1963年(昭和38年) | 5,598.3 | 4,097,931 | 3,344,314 | 753,617 | - | - |
| 1964年(昭和39年) | 6,056.7 | 4,421,401 | 3,582,862 | 838,539 | 18,678 | 74,153 |
| 1965年(昭和40年) | 6,834.2 | 4,988,954 | 4,017,120 | 971,834 | 13,859 | 66,023 |
| 1966年(昭和41年) | 6,750.0 | 4,927,474 | 4,018,480 | 908,994 | 7,687 | 68,158 |
| 1967年(昭和42年) | 6,776.8 | 4,960,623 | 3,954,334 | 1,006,289 | 10,407 | 76,459 |
| 1968年(昭和43年) | 6,165.1 | 4,500,533 | 3,469,088 | 1,031,445 | - | - |
| 1969年(昭和44年) | 5,967.8 | 4,356,463 | 3,356,418 | 1,000,045 | - | - |
| 1970年(昭和45年) | 6,209.4 | 4,532,835 | 3,375,512 | 1,157,323 | - | - |
| 1971年(昭和46年) | 6,305.2 | 4,615,424 | 3,352,004 | 1,263,420 | - | - |
| 1972年(昭和47年) | 6,423.2 | 4,688,907 | 3,233,512 | 1,455,395 | - | - |
| 1973年(昭和48年) | 7,306.5 | 5,333,770 | 3,408,290 | 1,925,480 | - | - |
| 1974年(昭和49年) | 8,239.1 | 6,014,529 | 3,711,488 | 2,303,041 | - | - |
| 1975年(昭和50年) | 9,767.1 | 7,149,491 | 3,741,790 | 3,407,701 | - | - |
| 1976年(昭和51年) | 9,539.1 | 6,963,513 | 4,030,328 | 2,933,185 | - | - |
| 1977年(昭和52年) | 9,278.5 | 6,773,331 | 3,986,980 | 2,786,351 | - | - |
| 1978年(昭和53年) | 9,353.8 | 6,828,295 | 4,135,530 | 2,692,765 | - | - |
以上の1日平均乗車人員は、乗車数と降車数が同じであると仮定し、年度毎総数を365(閏年が関係する1963・1967・1971・1975年は366)で割った後で、さらに2で割った値を、小数点第二位で四捨五入。小数点一位の値にしたものである。
| 年度 | 1日平均 乗車人員 |
|---|---|
| 1979年(昭和54年) | 8,894 |
| 1980年(昭和55年) | 8,889 |
| 1981年(昭和56年) | 8,811 |
| 1982年(昭和57年) | 8,875 |
| 1983年(昭和58年) | 8,977 |
| 1984年(昭和59年) | 9,285 |
| 1985年(昭和60年) | 9,860 |
| 1986年(昭和61年) | 10,299 |
| 1987年(昭和62年) | 12,200 |
| 1988年(昭和63年) | 12,582 |
| 1989年(平成元年) | 13,309 |
| 1990年(平成2年) | 14,478 |
| 1991年(平成3年) | 15,301 |
| 1992年(平成4年) | 16,312 |
| 1993年(平成5年) | 16,942 |
| 1994年(平成6年) | 16,386 |
| 1995年(平成7年) | 15,624 |
| 1996年(平成8年) | 15,524 |
| 1997年(平成9年) | 15,131 |
| 1998年(平成10年) | 14,949 |
| 1999年(平成11年) | 14,868 |
| 2000年(平成12年) | 14,679 |
| 2001年(平成13年) | 14,384 |
| 2002年(平成14年) | 14,283 |
| 2003年(平成15年) | 15,001 |
| 2004年(平成16年) | 15,875 |
| 2005年(平成17年) | 16,499 |
| 2006年(平成18年) | 16,714 |
| 2007年(平成19年) | 17,168 |
| 2008年(平成20年) | 17,562 |
| 2009年(平成21年) | 17,696 |
| 2010年(平成22年) | 17,635 |
- 乗車数グラフ
JRの駅としては広島市の中心である紙屋町に最も近いため、もともと通勤客の利用が多かったが、2003年(平成15年)の広島電鉄7号線運行開始以来、顕著に増加の趨勢がみられる。広島市街地にあるが広島駅との距離は3kmあり、JRがアストラムライン交点となる中間に駅を設置すべきとの声もある(白島新駅を参照のこと)。
駅周辺 [編集]
南口 [編集]
北口 [編集]
バス乗り場 [編集]
広島地区のバス路線は、基本的に、市内線(主に旧市内(中区・西区・南区の3区と東区の一部)だけを走る路線)と郊外線(広島バスセンターまたは広島駅・八丁堀と旧市内の外を結ぶ路線)に大別され、これらはバス停も別々になっている。
横川駅においても、市内線は南口ロータリー内、郊外線は国道183号(2008年(平成20年)4月1日に道路管理者が国土交通省から広島市に移管されたことに伴い、国道54号から変更された)上と分かれて設置されている。ただし、広島駅と違い、横川駅では可部街道を通る広島電鉄、広島交通のバスはロータリーに入らない。
なお、郊外線バス停の市内線乗り場としての名称は、上りが「横川3丁目」、下りが「横川1丁目」と同じバス停に「横川駅前」バス停乗り場が併設されている。
- ロータリー内バス停
- 広島電鉄(市内線と、郊外線のうち広島高速4号線を経由する路線)
- 広島バス(市内線)
- 中国ジェイアールバス(郊外線とバスセンター方面とひろしま観光ループバス「めいぷる~ぷ」)
※上記のほか、Jリーグサンフレッチェ広島の試合がある日には広島ビッグアーチ行きシャトルバスが発着しており、2008年(平成20年)現在、ビッグアーチ行きシャトルバスの唯一の発着場となっている。
歴史 [編集]
国産乗合バス発祥の地 [編集]
JR横川駅 [編集]
- 1897年(明治30年)9月25日 - 山陽鉄道 広島駅 - 徳山駅間延伸時に開業。一般駅。
- 1906年(明治39年)12月1日 - 山陽鉄道が国有化、国有鉄道の駅となる。
- 1909年(明治42年)
- 1919年(大正8年)3月11日 - 大日本軌道広島支社線が可部軌道へ譲渡され、横川停留場も同社の停留場となる。
- 1926年(大正15年)5月1日 - 可部軌道が広島電気に合併され、横川停留場も同社の停留場となる。
- 1931年(昭和6年)7月1日 - 広島電気線が広浜鉄道へ譲渡され、横川停留場も同社の停留場となる。
- 1933年(昭和8年)4月20日 - 広浜鉄道の横川停留場が駅に昇格、横川町駅に改称。
- 1936年(昭和11年)9月1日 - 広浜鉄道が国有化、国有鉄道可部線となる。横川町駅を横川駅に統合。
- 1945年(昭和20年)8月6日 - 原爆投下により、駅舎全壊など大きな被害を受ける。
- 1962年(昭和37年)10月1日 - 経路変更に伴い、可部線ホームが現在地に開業。
- 移転前までは、山陽本線と可部線を結ぶ跨線橋はなく、乗り換えは改札口を出て可部線専用改札口から入る必要があった。
- 1980年(昭和55年)9月24日 - 車扱貨物の取扱を廃止(旅客駅となる)。
- 駅西側、山陽本線と可部線に挟まれた場所に、有蓋車用の車扱貨物ホームが存在した。
- 1986年(昭和61年) - みどりの窓口営業開始。
- 4月1日 - チッキの取扱を廃止。
- 1987年(昭和62年)4月1日 - 国鉄分割民営化により西日本旅客鉄道の駅となる。
- 2003年(平成15年)8月23日 - 新駅舎完成。
- 2006年(平成18年)4月1日 - 北口をジェイアール西日本広島メンテックに業務委託。
- 2007年(平成19年)
- 2011年(平成23年)4月1日 - ジェイアール西日本広島メンテックに駅業務を委託していた北口を直営化。
広島電鉄横川駅電停 [編集]
- 1917年(大正6年)11月1日 - 広島瓦斯電軌(広島電鉄の前身)横川線開業。現在の横川駅付近に横川駅電停、その先に三篠(みささ)電停が設置される。
- 1926年(大正15年)頃 - 三篠電停が横川電停に改称。
- 1941年(昭和16年)7月28日 - 横川駅電停廃止。
- 1951年(昭和26年)7月19日 - 軌道を70m短縮し、横川電停を移設。道路上の1面1線の上り下り併用電停であった[2]。
- 2001年(平成13年)11月1日 - 横川電停を横川駅電停に改称。
- 2003年(平成15年)3月27日 - 現在地に移転。
隣の駅 [編集]
- 広島電鉄
- 横川線
- ■7号線・■8号線
- 横川一丁目電停 - 横川駅電停
- ■7号線・■8号線
脚注 [編集]
- ^ 『停車場変遷大事典 国鉄・JR編』JTB 1998年
- ^ “tumori.nu 市内線全電停紹介 横川駅”. TUMOCHAN. 2012年8月26日閲覧。
参考書籍 [編集]
- 各 広島市統計書
- 各 広島市勢要覧
関連項目 [編集]
外部リンク [編集]
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