糸崎駅
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| 糸崎駅* | |
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駅舎
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| いとざき - Itozaki | |
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◄尾道 (8.9km)
(2.4km) 三原►
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| 所在地 | 広島県三原市糸崎四丁目1-1 |
| 所属事業者 | 西日本旅客鉄道(JR西日本) 日本貨物鉄道(JR貨物)** |
| 所属路線 | ■山陽本線 |
| キロ程 | 230.9km(神戸起点) |
| 電報略号 | イト |
| 駅構造 | 地上駅 |
| ホーム | 2面4線 |
| 乗車人員 -統計年度- |
947人/日(降車客含まず) -2007年- |
| 開業年月日 | 1892年(明治25年)7月20日 |
| 備考 | みどりの窓口 有 *1894年に三原駅から改称。 |
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**貨物列車の発着はなし、オフレールステーションを併設
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糸崎駅(いとざきえき)は、広島県三原市糸崎四丁目にある、西日本旅客鉄道(JR西日本)・日本貨物鉄道(JR貨物)山陽本線の駅である。
目次 |
[編集] 駅構造
2面4線の島式ホームを持つ地上駅。駅舎とホームは跨線橋で結ばれている。下りホームにそば屋があるが休業中である。かつては、名物の天ぷらうどんを停車中の電車の車窓から買うことができた。
旅客線路は2-5番線(ホーム案内上では1-4番のりばとして扱われる)。3番線(2番のりば)が上り本線、5番線(4番のりば)が下り本線となっている。旅客線路の両側にある、ホームの無い1番線・6番線は貨物用(6番線から三原始発の電車の回送も発車する)で上りは所定で停車する貨物列車がある。駅の南には電留線が多数あり、糸崎乗務員センターの建屋もある。
便所は改札内の駅本屋と3・4番ホームにある。駅本屋は簡易水洗式で、ホームは水洗式だが、4両編成の列車の停止位置からかなり離れている。
ICOCA利用可能駅(相互利用可能ICカードはICOCAの項を参照)。
| 1 | ■山陽本線(上り待避線) | 尾道・福山・岡山方面 |
|---|---|---|
| 2 | ■山陽本線(上り本線) | 尾道・福山・岡山方面 |
| 3 | ■山陽本線(下り待避線) | 三原・西条・広島方面/(■呉線直通)呉方面 |
| 4 | ■山陽本線(下り本線) | 三原・西条・広島方面/(■呉線直通)呉方面 |
待避線となっている1番のりば(2番線)と3番のりば(4番線)は、当駅始発となる列車(一部除く)や貨物列車を待避する列車が発着する。なお、3番のりばは広島方面からの入線も可能となっており、広島方面からの当駅止まりの列車のうち、当駅始発の岡山方面行きに接続しない場合は、3番のりばに入線して直接広島方面へ折り返すことが多い。
[編集] 利用状況
- 1日平均の乗車人員 947人(2007年度)
[編集] 糸崎オフレールステーション
糸崎オフレールステーション(略称、糸崎ORS)は、糸崎駅南側にある、JR貨物のコンテナ集配基地である。12フィートのコンテナ貨物を取扱っており、貨物列車代替のトラック便が拠点駅である東福山駅との間に1日2.5往復(当駅発が3本)設定されている。
糸崎駅はかつて貨物列車が発着していたが、1996年(平成8年)3月にトラック代行輸送に転換され自動車代行駅となった。その後、2006年(平成18年)4月にJR貨物 糸崎オフレールステーションに改称された。
かつては貨物ヤードは駅北東側と南側にあり、駅南側の貨物ヤードから三菱重工業、日本セメント糸崎工場(現・山陽白色セメント糸崎工場)、糸崎倉庫など周辺の企業や糸崎岸壁、糸崎港に向かう専用線が多数当駅から分岐していた。
[編集] 駅周辺
[編集] バスのりば
バスのりばは駅前の国道2号沿いに糸崎駅前バス停(いとざきえきまえバスてい)がある。
東行バス停
- 鞆鉄道(トモテツバス)
- 登山口方面
- 上福地方面
西行バス停
[編集] 歴史
この駅は1892年(明治25年)の7月に山陽鉄道の尾道駅から当駅までの延伸に伴い山陽鉄道の終着駅たる三原駅(みはらえき)として開業した。当初は終着駅であり、この駅から広島方面へは線路も延びておらず結果この駅が三原の町に一番近かったのである。開業から2年後の1894年(明治27年)6月には山陽鉄道が当駅から広島駅までを開通させ三原の町により近い現在の三原駅ができたためこの駅は現在の名称である糸崎駅(いとざきえき)に改称した。
1906年(明治39年)12月には山陽鉄道が国有化され、そのおよそ3年後の1909年(明治42年)の10月には線路名称の制定により神戸駅から下関駅までと兵庫駅から和田岬駅までが山陽本線とされたため、この駅は国鉄山陽本線の駅となった。
この駅は駅名こそ糸崎になったもののその後も交通の要衝としての地位を保ち続け蒸気機関車時代には糸崎機関区が置かれ山陽本線と呉線の運用を任されており、太平洋戦争前には特急の富士やさくらも停車したほどであった。しかし昭和40年代から徐々にその地位を三原駅に譲り始め、1975年(昭和50年)3月10日に山陽新幹線が岡山駅から博多駅まで延伸し三原駅に新幹線が停車するようになると、完全に三原市の代表駅としての地位を譲ってしまった。
しかしこの駅は今でも区間列車の始発駅であり(呉線発着列車の一部も当駅まで乗り入れてくる)、運転上の主要駅としての地位を持ち続けているといえよう。
[編集] 年表
- 1892年(明治25年)7月20日 - 山陽鉄道 尾道駅-当駅間の開通と同時に、三原駅として開業。一般駅。
- 1894年(明治27年)6月10日 - 山陽鉄道 当駅-広島駅間が開通。新設の三原駅に名を譲り、糸崎駅に改称。
- 1906年(明治39年)12月1日 - 山陽鉄道の国有化により国鉄の駅となる。
- 1986年(昭和61年)11月1日 - 貨物の取扱を廃止。
- 1987年(昭和62年)3月31日 - 貨物の取扱を再開。ただし、この時点での列車の設定は無い。
- 1987年(昭和62年)4月1日 - 国鉄分割民営化により、JR西日本・JR貨物の駅となる。
- 1991年(平成3年)3月16日 - 貨物列車の設定が復活し、コンテナ貨物の取扱を開始。
- 1996年(平成8年)3月16日 - 貨物列車の設定が廃止、自動車代行駅となる。
- 2006年(平成18年)4月1日 - 糸崎オフレールステーション開設。
- 2007年(平成19年)6月22日 - ICOCA対応簡易型自動改札機導入。
- 2007年(平成19年)9月1日 - ICOCA導入。
[編集] その他
- 下り方面の三原とこの駅の中間あたりで岡山支社、広島支社の境界になっている(国道2号と立体交差するあたりに境界標識が立てられている)。この駅は岡山支社せとうち地域鉄道部管轄であり、普通電車、快速電車の乗務員はこの駅で交代する。
- この駅が所在する地域の町名はもともと「糸崎町(いとざきちょう)」であったが、三原市による2006年8月28日付での住居表示整備実施に伴って町域分割・改称が行われ、「糸崎(いとさき)四丁目」となった。駅所在地の自治体名や町域名に合わせて駅名(またはその読み方)が改定されるケースが増えている中、町域名変更によって駅名とその所属町域名の読み方が揃わなくなったのは異例といえよう。
[編集] 隣の駅
[編集] 関連項目
[編集] 外部リンク
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