貨物列車

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貨物列車(かもつれっしゃ)とは鉄道において貨物の輸送を目的とする列車であり、鉄道発祥以来運転されている。機関車貨車を牽引する形態が主流であるが、貨車自体が動力を有する電動貨車や気動貨車、あるいは動力分散方式の貨物電車もみられる。また、客車と貨車を併結する混合列車(こんごうれっしゃ)という形態もある(後述)。

運用と実情[編集]

大量輸送という観点からすれば鉄道による貨物輸送以前には船舶による輸送があり、そのために内陸部では運河が作られた。船舶による輸送には運河の建築に膨大な労力を必要とし、輸送力を増やすには船舶の大型化か船舶の数量を増やすしかなかった。鉄道の発明により、より少ない労力で内陸部の輸送網を作り上げることが可能となり産業革命後大いに発展することとなった。

鉄道が陸運の主力であった時代は鉱山工場・建設現場などへ専用線が敷かれることが多く、貨物輸送を主目的として開業する鉄道会社・線区も多かった。

鉄道による輸送の利点は貨車を増やし大量輸送が可能となることであったが、それは同時に時間における柔軟性を欠くことでもあった。政策的な自動車道路網の整備によるモータリゼーションの発展とトラックの性能の向上により、鉄道を利用する貨物輸送はきめの細かい貨物輸送の手段としての価値を失ってゆく。しかし、近年は大気汚染地球温暖化の深刻化などを受け、企業には環境保護の取り組みが社会的に要求されようになったことから環境負荷の低い鉄道貨物輸送を見直すモーダルシフトの動きが出ている。

日本の貨物列車[編集]

日本のコンテナ貨物列車(2006年
M250系貨物電車

日本国内では新橋駅(後の汐留駅)と横浜駅(後の桜木町駅)の間で、1873年9月15日に運転されたのが始まりである。

日本においては鉄道開業以来、貨物列車を操車場で組替えながら貨車を継送し各駅で貨車を解結するヤード輸送方式が主流であった。しかし、この方式では貨物到着までに日数を要しかつ不確定であり、高速道路網や高規格の国道の整備によってトラックによる輸送時間が飛躍的に短縮されると、鉄道利用の場合に発生する貨物の積み替えが不要になることもあって高度成長期以降、一気に衰退した。

日本国有鉄道(国鉄)は大きな赤字を生み出していた貨物輸送体系を抜本的に見直し、ヤード輸送方式は1984年2月1日に全廃された(1984年2月1日国鉄ダイヤ改正も参照)。それ以降はコンテナ貨車および石油・化成品・セメント類などの物資適合貨車(専用貨車)を主体とした拠点間直行輸送のみとなった。同時に数多くの貨物取り扱い駅が廃止され、多くの専用線も使命を終えた。

日本では工業地帯が臨海部に集中し、鉄道規格も軌間が1067mm狭軌であり、地形が入り組んでいるため曲線区間が多いなど欧米に比べて制限の厳しいものであった。そのため、貨物列車は他種の輸送機関に対しての競争力が低くならざるを得なかったともいえる。

モーダルシフトの取り組みの一環として、佐川急便JR貨物と共同でM250系貨物電車「スーパーレールカーゴ」を開発し東京 - 大阪間の深夜高速輸送を行っている。しかしながら現在でも、コストの面から鉄道輸送を中止してトラック輸送に切り替える企業が存在する。

なお、2010年現在、日本で最長距離を走破する貨物列車は札幌 - 福岡間のコンテナ専用列車であり、北海道農産物などを積載して札幌貨物ターミナル駅を発ち、青函トンネルから本州に入り日本海縦貫線東海道本線山陽本線を経由して九州福岡県福岡貨物ターミナル駅までの2127.7kmを約40時間余りで走破している。

営業区間[編集]

日本では日本貨物鉄道(JR貨物)がJR旅客鉄道会社の保有する線路(路線)の多くを借受ける形で営業(第二種鉄道事業者)している。また、これに接続するごく少数の私鉄(例・秩父鉄道三岐鉄道、工場地帯の臨海鉄道)や専用鉄道が末端部の輸送を受け持っている。

かつては鉄道は旅客営業とともに貨物営業を行なうことが当然であり、駅で貨物扱いを行うのも普通であった。中小私鉄はもとより、大手私鉄でも狭軌線で戦前からの長い歴史を持つ会社のほとんど(例・東武鉄道西武鉄道名古屋鉄道南海電気鉄道など)では旅客列車の合間を縫って貨物列車が多く運行されていた。しかし、中小私鉄の路線自体の廃止や1984年の貨物列車のシステムチェンジによってほとんどの会社で貨物列車が廃止・縮小された。大手私鉄では最後まで残った東武も2003年に貨物列車が全廃された結果、大手私鉄で(自社関連の車両輸送以外の)貨物列車を運行している会社は存在しない。

世界の貨物列車[編集]

ダブルスタックカーを連ねたアメリカのコンテナ列車(アリゾナ州

欧米では現在においても最も安価で効率的な貨物の陸上輸送手段として物流の主役であり、特にアメリカ合衆国カナダなど北アメリカでは海上コンテナを2段積みにした(ダブルスタックカー)100両近い貨車を連ねた長大な貨物列車が運転され、ピギーバック輸送やデュアルモードトレーラーシステムなど、他の陸上輸送手段との連携も進んでいる。詳しくはインターモーダル輸送を参照されたい。

また、大陸横断鉄道を用いて従来船舶で輸送していた貨物を陸上輸送にシフトするランドブリッジ構想が提唱されている。高速な輸送が可能となる利点があるが一方で鉄道施設の近代化、通過国の関税上の扱い、盗難・損傷などの問題、密輸対策など課題も多い。欧州と中国沿岸部・ロシア極東部を結ぶユーラシアランドブリッジが有名である。

混合列車[編集]

DD51形の牽引する、根室本線の混合列車。貨車はコキ10000形(1984年1月)

混合列車(こんごうれっしゃ)は1本の列車客車貨車の両方を連結する運行形態である。 ローカル路線においては機関車の車両数や乗務員駅員数に幹線のようなゆとりがないケースが多く、別個の列車により運行するより1本の列車にまとめた方が合理的な面がある。

その一方、貨車の入換作業に時間を要するため、途中駅での停車時間を多く確保する必要があり、その分速達性が損なわれる。また、貨車の両数によっては客車がホームを外れるケースもある。さらに、客車の連結位置によっては、機関車から熱源を供給する列車暖房が使用できなくなることもある。これはかつての客車の暖房は機関車から供給される蒸気を使用していたが、客車と機関車の間に引き通し用の蒸気管を持たない貨車が入ることで暖房用蒸気の供給ができなくなるためである。このため、肥薩線などのように機関車の次位に客車を連結し、その後に貨車を連結していた例もある。ただし、この場合は入換作業には不便となる。北海道や東北では蒸気管が使えない場合、ダルマストーブウェバスト式・五光式など独立式の暖房装置を用いていた。

また、必ずしも客車列車によるものとは限らず、貨物が僅少な路線の場合、宮之城線旭川電気軌道など一部ローカル私鉄のように電車気動車が貨車を牽引した例もある。この場合、駅での入換は客を乗せたまま行うことになる。逆に貨物が中心の鉄道では、貨物列車の最後尾にごく少数の客車を連結している例も見受けられ、福知山線支線となった通称尼崎港線塚口駅 - 尼崎港駅間、1981年旅客営業廃止)などがそうであった。

日本の普通鉄道では、1987年三菱石炭鉱業大夕張鉄道線の廃止をもって消滅したが、その後に運転された「カートレイン」も、客車と貨車を併結した形態の列車である。また、ワキ8000形のように、貨客両用という車両も存在したが、この場合の「客」は荷物列車であり、乗客を乗せていたわけではない。

このほか、鋼索鉄道ではあるが近鉄西信貴鋼索線のコ7形が、貨物車であるコニ7形を連結可能となっている。立山ケーブルカーも貨車を連結して運転することがある。

参考文献[編集]

  • 小学館『コロタン文庫51 時刻表全百科』(1980年5月31日初版発行)

関連項目[編集]

外部リンク[編集]