吉浦駅

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吉浦駅
駅舎(2008年7月24日)
駅舎(2008年7月24日)
よしうら - Yoshiura
川原石 (2.3km)
(1.2km) かるが浜
所在地 広島県呉市吉浦本町一丁目1-1
所属事業者 西日本旅客鉄道(JR西日本)
所属路線 呉線
キロ程 71.0km(三原起点)
電報略号 ヨラ
駅構造 地上駅
ホーム 2面2線
乗車人員
-統計年度-
1,462人/日(降車客含まず)
-2012年-
開業年月日 1903年明治36年)12月27日
備考 業務委託駅
みどりの窓口
改札口(2009年8月17日)

吉浦駅(よしうらえき)は、広島県呉市吉浦本町一丁目にある、西日本旅客鉄道(JR西日本)呉線

駅構造[編集]

単式・島式2面2線のホームを持つ地上駅。駅舎は呉方面行きホーム側にあり、広島方面行きホームへは跨線橋で連絡している。

呉駅が管理し、ジェイアール西日本広島メンテックが駅業務を受託する業務委託駅みどりの窓口が設置されている。

のりば[編集]

1 呉線 上り 竹原方面
2 呉線 下り 海田市広島方面

特徴[編集]

単式ホーム(駅舎側)と島式ホームの間に1番線があり、2番線は島式ホームの外側となっている。そのため1番線は単式ホーム側、島式ホーム側どちらでも乗降できる構造になっているが、駅舎側の単式ホームのみ使用されている。2番線の外側には保線車両留置用の側線が1線ある。現在はこの側線の呉方面側には車止めが設置されているが、かつては呉方面側で2番線に合流していた。また、この側線の外側は現在は駐車場になっているが、かつては貨物用側線が複数あり、当駅の南西に位置する海上自衛隊呉造修補給所貯油所までの専用線(引込線)も存在した。この専用線は当駅での貨物扱いが廃止された後大部分が撤去されたが、その後も長らく駅構内から西に少し進んだ叢まで、専用線に対する出発信号機共々撤去されずに残されていた。また2番線ホームには、2番線の出発信号機に対する出発反応標識と専用線の出発信号機に対する出発反応標識とが並んで設置されていた。現在は専用線、出発信号機のどちらも完全に撤去されており、駅西側の小さな川を渡る橋梁のみ残っている。駅西側にある幅の狭い「吉浦西踏切」の対向する遮断機までの距離が長いのは、この専用線があった名残である。

便所は、改札内外から利用でき、改札外は男女別、改札内は男女共用で、いずれも汲み取り式であったが2011年6月に男女別の水洗式に改築された。よって改札外からは利用出来ず、改札内のみからの利用となる。

  • 以前は西広島駅広駅で見られたような幕式の列車案内装置が設置されていたが、現在は撤去されている。

吉浦駅配線図

利用状況[編集]

1日平均の乗車人員は以下の通りである。

年度 1日平均
乗車人員
1999年 1,631
2000年 1,592
2001年 1,527
2002年 1,470
2003年 1,450
2004年 1,479
2005年 1,481
2006年 1,472
2007年 1,489
2008年 1,457
2009年 1,422
2010年 1,432
2011年 1,440
2012年 1,462

駅周辺[編集]

歴史[編集]

1924年都市計画図
  • 1901年明治34年) - 同年5月から現在の呉線にあたる路線の建設工事開始に伴い駅舎の予想地付近は吉浦村外者が投機し坪当たり30円 - 45円と評価。村会では売却しない事を決議し村民に協力を周知徹底を計ったものの、その後吉浦の有力者である澤原・服部両氏が所有する西浜新開(現吉浦駅の地)に内定して六町八反(2万400坪)が買い上げられる。
  • 1903年(明治36年)12月27日 - 官設鉄道海田市駅 - 呉駅間開業と同時に設置。駅前に歓迎の国旗を交叉に飾った杉門設置する。海田市駅10時発の上り列車は10時45分頃吉浦駅に到着し吉浦村民と小学生約100人が国旗を持って歓迎。当時の村長である隅岡要氏が鉄道用地買収の功績を認められ吉浦駅から彼一人が招待されて呉駅迄乗車した。
  • 1904年(明治37年)12月1日 - 山陽鉄道に貸渡。
  • 1906年(明治39年)12月1日 - 山陽鉄道国有化。官設鉄道の駅となる。
  • 1909年(明治42年)10月12日 - 線路名称制定。呉線の所属となる。
  • 1910年(明治43年)10月21日 - 駅舎(2代目駅舎)・待合室・便所が改築される。
  • 1911年(明治44年)
    • 4月 - 吉浦駅拡張の為、鉄道庁が広島で紡績会社を営む海塚八郎の所有地(駅付近の地)1000坪を買い入れる。
    • 6月2日 - 貨物扱い量が増大した為に貨物専用線が敷設される。
    • 10月1日 - 駅に電灯が点る様になる。
  • 1919年(大正8年)1月 - 貨物到着が多くなり海を埋め立てて貨物線が延長され、軍需品や石炭等の荷役に利用される。
  • 1924年(大正13年)11月11日 - 宇品に移転した駅構内の石炭置場荷役線に10噸の電動起重機が設置される。
  • 1926年(大正15年)12月2日 - ホームに渡る跨線橋が8万200円の工事費で新設され線路上を歩いて渡る事が無くなった。
  • 1929年(昭和4年)5月 - 駅裏に有る港桟橋(吉浦港)からの乗降客、貨物 の搬入が多く桟橋方面に向けて、門司鉄道局に地下道の建設陳情するも「他に優先する事業あり。」という理由で建設は見送られる。
  • 1946年昭和21年)2月1日 - 現在駅舎新築完成。
  • 1984年(昭和59年)1月21日 - 貨物扱い廃止。
  • 1987年(昭和62年)4月1日 - 国鉄分割民営化により西日本旅客鉄道(JR西日本)に移管。
  • 1992年平成4年)11月 - みどりの窓口営業開始。
  • 2003年(平成15年)4月1日 - ジェイアール西日本広島メンテックによる業務委託駅となる。
  • 2007年(平成19年)
  • 2012年(平成24年)3月17日 - 快速安芸路ライナーの停車駅となる。

隣の駅[編集]

西日本旅客鉄道
呉線
快速「通勤ライナー」
通過
快速「安芸路ライナー」
呉駅 - 吉浦駅 - 坂駅
普通
川原石駅 - 吉浦駅 - かるが浜駅

関連項目[編集]

外部リンク[編集]