吉浦駅
| 吉浦駅 | |
|---|---|
駅舎(2008年7月24日)
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| よしうら - Yoshiura | |
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◄川原石 (2.3km)
(1.2km) かるが浜►
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| 所在地 | 広島県呉市吉浦本町一丁目1-1 |
| 所属事業者 | 西日本旅客鉄道(JR西日本) |
| 所属路線 | ■呉線 |
| キロ程 | 71.0km(三原起点) |
| 電報略号 | ヨラ |
| 駅構造 | 地上駅 |
| ホーム | 2面2線 |
| 乗車人員 -統計年度- |
1,432人/日(降車客含まず) -2010年- |
| 開業年月日 | 1903年(明治36年)12月27日 |
| 備考 | 業務委託駅 みどりの窓口 有 |
吉浦駅(よしうらえき)は、広島県呉市吉浦本町一丁目にある、西日本旅客鉄道(JR西日本)呉線の駅。
目次 |
駅構造 [編集]
単式・島式2面2線のホームを持つ地上駅。駅舎は呉方面行きホーム側にあり、広島方面行きホームへは跨線橋で連絡している。
呉駅が管理し、ジェイアール西日本広島メンテックが駅業務を受託する業務委託駅。みどりの窓口が設置されている。
- のりば
| ホーム | 路線 | 方向 | 行先 |
|---|---|---|---|
| 1 | ■呉線 | 上り | 呉・竹原方面 |
| 2 | ■呉線 | 下り | 海田市・広島方面 |
特徴 [編集]
単式ホーム(駅舎側)と島式ホームに挟まれて1番線があり、2番線は島式ホームの外側という配線。このため、1番線は単式ホーム側、島式ホーム側どちらでも乗降できる構造だが、実際は、単式ホーム側(駅舎側)のドアのみが開く。2番線の外側に、保線車両留置用の側線が1線ある。現在は、この側線の呉方面側には車止めが設置されているが、かつては呉方面側で2番線に合流していた。また、この側線の外側は現在は駐車場になっているが、かつては貨物用側線が複数あった。かつては当駅の南西に位置する海上自衛隊呉造修補給所貯油所まで専用線(引込線)が伸びていた。この専用線は、当駅での貨物扱いが廃止された後大部分が撤去されたが、その後も長らく駅構内から西に少し進んだ場所までわずかに残され、そこで草むらに埋もれて途切れていた。そして、この専用線に対する出発信号機もそのまま残され、赤信号を示し続けていた。また2番線ホームには、2番線の出発信号機に対する出発反応標識と専用線の出発信号機に対する出発反応標識とが並んで設置されていた。現在は専用線、出発信号機のどちらも完全に撤去されており、駅西側の小さな川を渡る橋梁のみ残っている。また、駅西側の「吉浦西踏切」の幅は狭いが、対向する遮断機までの距離が長いのはこの専用線があった名残である。
便所は、改札内外から利用でき、改札外は男女別、改札内は男女共用で、いずれも汲み取り式であったが2011年6月に男女別の水洗式に改築された。よって改札外からは利用出来ず、改札内のみからの利用となる。
利用状況 [編集]
1日平均の乗車人員は以下の通りである。
| 年度 | 1日平均 乗車人員 |
|---|---|
| 1999年 | 1,631 |
| 2000年 | 1,592 |
| 2001年 | 1,527 |
| 2002年 | 1,470 |
| 2003年 | 1,450 |
| 2004年 | 1,479 |
| 2005年 | 1,481 |
| 2006年 | 1,472 |
| 2007年 | 1,489 |
| 2008年 | 1,457 |
| 2009年 | 1,422 |
| 2010年 | 1,432 |
駅周辺 [編集]
- 国道31号
- 呉港
- 海上自衛隊呉造修補給所貯油所(旧称:海上自衛隊呉補給所貯油所・海上自衛隊吉浦貯油所、通称:吉浦補給所)
- 呉市立吉浦小学校
- 呉市役所吉浦出張所
- 広電バス「吉浦駅前」停留所
歴史 [編集]
- 1901年(明治34年) - 同年5月から現在の呉線にあたる路線の建設工事開始に伴い駅舎の予想地付近は吉浦村外者が投機し坪当たり30円 - 45円と評価。村会では売却しない事を決議し村民に協力を周知徹底を計ったものの、その後吉浦の有力者である澤原・服部両氏が所有する西浜新開(現吉浦駅の地)に内定して六町八反(2万400坪)が買い上げられる。
- 1903年(明治36年)12月27日 - 官設鉄道海田市駅 - 呉駅間開業と同時に設置。駅前に歓迎の国旗を交叉に飾った杉門設置する。海田市駅10時発の上り列車は10時45分頃吉浦駅に到着し吉浦村民と小学生約100人が国旗を持って歓迎。当時の村長である隅岡要氏が鉄道用地買収の功績を認められ吉浦駅から彼一人が招待されて呉駅迄乗車した。
- 1904年(明治37年)12月1日 - 山陽鉄道に貸渡。
- 1906年(明治39年)12月1日 - 山陽鉄道国有化。官設鉄道の駅となる。
- 1909年(明治42年)10月12日 - 線路名称制定。呉線の所属となる。
- 1910年(明治43年)10月21日 - 駅舎(2代目駅舎)・待合室・便所が改築される。
- 1911年(明治44年)
- 1919年(大正8年)1月 - 貨物到着が多くなり海を埋め立てて貨物線が延長され、軍需品や石炭等の荷役に利用される。
- 1924年(大正13年)11月11日 - 宇品に移転した駅構内の石炭置場荷役線に10噸の電動起重機が設置される。
- 1926年(大正15年)12月2日 - ホームに渡る跨線橋が8万200円の工事費で新設され線路上を歩いて渡る事が無くなった。
- 1929年(昭和4年)5月 - 駅裏に有る港桟橋(吉浦港)からの乗降客、貨物 の搬入が多く桟橋方面に向けて、門司鉄道局に地下道の建設陳情するも「他に優先する事業あり。」という理由で建設は見送られる。
- 1946年(昭和21年)2月1日 - 現在駅舎新築完成。
- 1984年(昭和59年)1月21日 - 貨物扱い廃止。
- 1987年(昭和62年)4月1日 - 国鉄分割民営化により西日本旅客鉄道(JR西日本)に移管。
- 1992年(平成4年)11月 - みどりの窓口営業開始。
- 2007年(平成19年)
- 2012年(平成24年)3月17日 - 快速「安芸路ライナー」が停車を開始。
隣の駅 [編集]
関連項目 [編集]
外部リンク [編集]
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