オンタリオ州

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オンタリオ州
Ontario
オンタリオ州の旗 オンタリオ州の州章
州旗 州章
モットー: "Ut Incepit Fidelis Sic Permanet"
(Loyal she began, loyal she remains)
オンタリオ州の位置
基本データ
州花 トリリウム・グランディフロルム
Trillium grandiflorum
州木 ストローブマツ
Eastern White Pine
州鳥 ハシグロアビ
州都 トロント
最大の都市 トロント
州の公用語 英語仏語にも一定の法的地位が与えられているが州の公用語ではない)
面積
 - 総計
 - 陸地
 - 水域(割合)
最高標高
(国内第4位)
1,076,395 km²
917,741 km²
158,654 km² (14.7%)
693 m
人口2006年
 - 総計
 - 人口密度
(国内第1位)
12,686,952
13.93 人/km²
GDP2005年
 - 州合計
 - 1人当たり
(国内第1位)
5,376億400万カナダドル
4万2,866カナダドル
連邦政府加入
 - 順番
 - 加入年月日

1番目
1867年7月1日
時間帯 【西経90度以東】
東部標準時(EST、UTC-5
東部夏時間(EDT、UTC-4

【西経90度以西】
中部標準時(CST、UTC-6
中部夏時間(CDT、UTC-5

略称
 - 郵便
 - ISO 3166-2
 - 郵便番号

ON
CA-ON
K L M N P
公式サイト www.gov.on.ca
行政
副総督 ジェームズ・K・バートルマン
James K. Bartleman
州首相 ダルトン・マッギンティー
Dalton McGuinty:自由党)
カナダ議会
 -下院議席数
 -上院議席数

106
24

オンタリオ州: Province of Ontario)は、カナダの1つ。

カナダの州の中では最も人口が多く、国全体の人口の約3分の1がこの州に集まっており、カナダの政治経済の中心となっている。カナダ中東部に位置し、州都はカナダ最大の都市トロント連邦政府の首都オタワもオンタリオ州に属する。

目次

[編集] 歴史

[編集] 連邦に加盟するまで

ヨーロッパからの移民がやってくるまでは、この地域はアルゴンキン族、オジブワ族、クリー族(Cree)含む)、およびイロコワ族(ヒューロン族(Huron)含む)が住んでいた。17世紀初頭よりヨーロッパの探検家がやって来て、イギリス人はハドソン湾岸、フランス人は主に五大湖周辺に植民を開始した。

1763年に締結した七年戦争の講和条約「パリ条約」により、北米のフランス領土(ヌーベル・フランス)はほとんどすべてイギリスに譲渡することになった。1774年にはオンタリオも英領ケベックとして併合。その後1783年から1796年の間、アメリカ独立戦争を受けて、イギリスは本国政府に従順で、独立13州を離れオンタリオ地区へ流入する市民を援助した。この期間にオタワ川以西の地域の人口が増加。

1791年に旧ケベックがオタワ川を挟んで東側の「ローワー・カナダ」(Lower Canada、現在のケベック州)と西側「アッパーカナダ」(Upper Canada、現在のオンタリオ州)の2地域に分割統治されることになった。

1812年、米軍が侵入したがイギリス軍と先住民族の共同軍で防戦。但し1813年の「ヨークの戦い(Battle of York)」でヨーク(現在のトロント)を一時占領され焦土となった。戦後、本国からの移民が増え、政争・蜂起が起こり、カナダ全土(当時のアッパーカナダとローワーカナダ)に広がった。 その後、蜂起が収まり、本国政府はケベックに自治権を与える条件でカナダ地域を再度統合し、オンタリオでも1848年に議会制自治政治が開始された。以後アメリカ南北戦争などでの更なるアメリカからの侵略に備え、北米における英領植民地の広範囲の統合するため、1867年7月1日英領北アメリカ法が制定され、「カナダ自治領」(Dominion of Canada)が成立。カナダ自治領は4つの- オンタリオ、ケベックノバスコシアニューブランズウィック -で構成された。そのときトロントが州都となった。さらに1889年には北西オンタリオ地域が正式にオンタリオ州に併合された。

[編集] その後の歴史的出来事

19世紀末よりオンタリオ州北部の鉱物資源が注目され始めた。またオンタリオでの水力発電も盛んになったことから、オンタリオ水力発電委員会(Hydro-Electric Power Commission of Ontario)、後のオンタリオ・ハイドロ(Ontario Hydro)が設立された。20世紀にはゼネラル・モーターズ(GM)とフォードがオンタリオ州に工場を設立、主要産業となる。

第二次世界大戦後、特にトロント大都市圏を中心に世界各国からの移民を受け入れ、オンタリオ州はカナダの中でも最も経済成長の大きな地域となる。

[編集] 地理

参照:オンタリオ州の自治体一覧

オンタリオ州は、北は北極海につながるハドソン湾に面し、南は五大湖オンタリオ湖エリー湖ヒューロン湖スペリオル湖に面し、カナダ国内ではもっとも南に位置する地方を含む。東はケベック州に接し、西はマニトバ州に接する。

「オンタリオ」はネイティブイロコワ族の言葉で、「美しい湖(水)」という意味であり、オンタリオ州には湖がおよそ25万箇所、川は10万キロにわたる。

オンタリオ州は地理的には3つの要素に分かれる。北西部と中部の鉱物資源の豊富なカナダ楯状地、北部のハドソン湾岸の森と沼地で覆われた湿地帯、そして南部の最も人口の多い、肥沃な五大湖岸〜セントローレンス渓谷(Saint Lawrence Valley)という農工業の盛んな地域。

世界各国からの移民が多く、オンタリオ州の多民族な特徴を形成している。 人口のうちフランス語を話す州民は約5%であり、フランコ・オンタリオンと呼ばれる。州の公用語にはなってないものの、フランス語人口はケベック州についで大きく50万人以上に上る。主にオタワ周辺と北オンタリオ地方でフランス語が使われている。北オンタリオ地方最大の都市、サドバリーでは人口の3割ほどがフランス語を使用している。

[編集] 国立公園・州立公園

[編集] 主要な都市

など。

オンタリオ州議事堂

[編集] 経済

[編集] 主な会社など

オンタリオ州に本拠地のある企業には以下のようなものがある。

[編集] 金融

TDカナダ・トラスト (TD Canada Trust)

[編集] 輸送用機器

[編集] 情報通信・メディア

[編集] 鉄鋼

[編集] 食品

[編集] 小売業


[編集] 芸術・文化

[編集] スポーツチーム

[編集] 交通

[編集] 関連項目

ウィキメディア・コモンズ

[編集] 外部リンク