グラビアアイドル

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グラビアアイドルとは、雑誌(特に男性向け週刊誌漫画雑誌)のグラビア写真集イメージビデオDVD)などに主に水着姿で出演をし、自身のセクシーさやかわいらしさを表現する女性アイドルタレントの総称である。名前を略してグラドルとも呼ばれる。

グラビアアイドルの特徴[編集]

グラビアアイドルの主な活動の場は、雑誌グラビアページやポスターなどであり、特に青年誌・ヤング誌などといった男性向け雑誌では、グラビアの被写体次第でも売れ行きが左右されるなど、非常に重要なファクターとなっている。そのような成立経緯から、セクシャルな想像を掻き立てる表現ができること、即ちセックスアピールという観点において優れていることなどが絶対的な条件であり大きな特徴である。

水着グラビアは当初アグネス・ラムなど、抜群のプロポーションを持つ外国人モデルがその役を担っていた時代もあったが、後に日本人女性のプロポーションが欧米女性のそれへと近付いていくに連れて日本人のグラビアモデルが多くなり、そのほとんどが10代〜30代までの日本人女性で賄われている。そういったグラビア誌専門のモデルを務める若い女性たちをグラビアアイドルと呼び、かつて日本の芸能界で主流であったアイドル歌手に代わる存在として世の男性に認知されるに至った。

前述の通り、グラビアページは男性向け雑誌への掲載を中心としており、「グラビアアイドル」は女性が一般的であるが、多様化するニーズに応える形で、女性向けの男性グラビアモデルも僅かではあるが登場し始めている[1]

表現手法[編集]

現在(2010年代時点)のグラビアページの傾向としては、以下の4パターンに大別できる。

水着[編集]

度々触れているように、グラビアアイドルは主に男性誌グラビアを中心に起用される。そのうち水着は最も多いグラビア制作の手段であり、メインアイテムとして扱われている。元来雑誌グラビアとは男性が見て楽しむことを目的にしたものであり、性に対しての規制が厳しい日本では、セミヌードに代わるグラビア素材としてビキニなどの女性の体を隠す範囲の狭い水着を使うことを早くから行なってきた。また、グラビアモデルも局所を隠した状態ならば比較的自由に動けることもあり、それまでのセミヌード中心のアンダーな世界観を一気に開放的で明るいものへと変貌させた。撮影も初期の頃は浜辺やプールサイドなど、水着に合った環境でのロケーションが多かったが、次第に水着には全く関係性の無い場所、それこそ街中や店先、アミューズメント施設内においても水着グラビアを披露している場面が見受けられるようになっている。また、その昔は露出度の高い水着を人前で着ることや肌を晒す行為自体に抵抗感を覚える新人アイドルも数多くいたが、時代の変化に伴い、世の女性の感覚がオープンになったことと水着自体のファッション性が各段に上がった点も水着グラビアの普及・拡大に寄与したと見られる。

しかし年を経るに連れ、水着姿から連想される性的刺激に現代の読者層は次第に慣れてきてしまい、また、雑誌の売上もそれに歩調を合わせるように落ちていった。それでもグラビアは依然として男性誌の売上を左右する重要なコンテンツであることに代わりは無く、そのためグラビアアイドルの刷新だけでなく、水着以外の様々な趣向を凝らしたグラビアが多数生み出されることになる。

着エロ[編集]

その顕著な例が「着エロ」と呼ばれる過激なグラビアである。これは水着グラビアとヌードグラビアの中間に位置するもので、Tバック水着あるいは水着を着けずに手など体の一部や小物などで女性の局所を際どく隠した上で大股開きなどの挑発的なポーズを取り、わざと男性の性的衝動をより刺激するような写真が用いられており、また、水着に代わる「見せ下着」という一見しただけではビキニと区別の付かないカラフルな下着を着用したグラビアも増えている。こういったことが可能になった1つの要因として、かつての写真フィルムによる製版からデジタル処理された製版へと印刷技術が向上したことで、無理なポーズで女性の局所の一部が誤って写真に写ってしまった場合でもそのカットを簡単に画像修正出来てしまうことが挙げられる。この技術を使い、タレントのほくろや吹き出物、傷、虫刺され跡などを出版側の要望で修正する場合も多く見られる。

通常ファッション[編集]

一方で、所属事務所の戦略により将来的に本格派女優として売り出そうとしているタレントの清純なイメージを壊さぬように、あるいは当人が水着グラビアを敬遠した場合は、極力肌の露出を抑えた浴衣姿やワンピースといった普段着に近い通常ファッションの写真を使用した情緒的作品もアイドルに清純なイメージを求めているファンには好まれる傾向にある。また、水着グラビアは“卒業”したものの、グラビア活動を継続するタレントや、職業柄セクシーな露出を必要としないフリーアナウンサーキャスターなどは概して通常ファッションやセクシーなドレスなどを着用したグラビアを披露している(後述)。

コスプレ(お菓子系)[編集]

最後の1つが「コスプレ」と呼ばれるもので、これはいわゆるおたくの「萌え」文化の影響を受けて生まれた表現方法である。元は漫画アニメといった2次元世界の衣装を実際に作成し、自ら着用することでそのキャラクターになりきって仲間同士で楽しむ行為(通常彼らは「コスプレイヤー」と呼ばれる)であり、当初はコミックマーケットなどの同人誌即売会で一部の愛好者が着用し、流行り出したのが始まり。その後、インターネットの普及で自身のブログなどでコスプレをした写真を公開する自称「ネットアイドル」が急増した。そういったシチュエーションをそのまま雑誌グラビアに転用したのが「コスプレグラビア」である。これらは独特の世界観をグラビアに持ち込むことになった。また、コスプレの一環として、学校制服体操着ブルマーを穿く場合も)、スクール水着など、学校生活を想起させる手法がある。これらは「お菓子系」と呼ばれ、こちらは前述の清純なイメージを求める手法とは明らかに表現方法が異なり、衣類を着用しただけではなく、脱衣シーンやその後の見せ下着・水着姿を同時に披露したりとエロティックさを狙ったもの。得てしてそのモデルとなっているのは実際に現役の小学生から高校生である場合がほとんどで、20歳を過ぎたグラビアアイドルがこの分野に挑戦することは稀である。

年齢層の拡大[編集]

一般的に、グラビアアイドルのキャリアは短いとされてきた。1970年代から2000年代初頭にかけてのグラビアアイドルは、早ければ10代、遅くても大学卒業相当(22〜23歳)の年齢でグラビアを卒業することがほとんどだった。

しかし、2000年代以降はその限りでなく、従来には見られなかった30歳を過ぎてもなおグラビアから撤退せずに第一線で活躍し続けるタレントが増えてきた。その流れを作ったと言えるのがほしのあきで、彼女は10代でファッション雑誌の専属モデルとしてデビューし、2001年頃からグラビアの仕事を始める。そして、20代後半に差し掛かった2000年代後半になると、これまで少なかった「年長グラビアアイドル」の草分け的存在として話題になる。

2013年現在、グラビアアイドルとして活動するタレントの年齢層は、上は30代以上から下は10代前半までと、幅広くなってきている。前者については優木まおみなどのように大学を卒業してから、あるいは井上和香相澤仁美などのように社会人を経験した後に芸能界デビューする者も多く見受けられるようになった。後者については1990年代以降注目されるようになった、小学生から中学生の子役女優を指した「チャイドル」や「ジュニアアイドル」が度々水着でグラビアを飾っており、小池里奈紗綾など、その流れを汲んだタレントのグラビアは根強い人気を維持している。しかし、中には10歳に満たない小学生がグラビアデビューを飾るケースも出てきており、しばしば児童ポルノに該当するとの指摘がなされるなど、批判の対象になる事例も少なくない(ジュニアアイドル#DVD撮影・発売における逮捕も参照)。

グラビアアイドルの傾向[編集]

一般的にグラビアアイドルは芸能界において知名度向上を図るためのステップの1つと捉えられており、ある一定ラインの年齢を過ぎたり、テレビドラマ映画においてヒロインなどの重要な役に起用され、人気に火が付いたのをきっかけに女優歌手ファッションモデル、マルチタレントなどへの転身が計られ、自然とグラビア界からフェードアウトしていくのが通例である。

芸能界で活躍しているタレントの中にも、以前はグラビア活動を展開していた人物は決して少なくない。例えば仲間由紀恵深田恭子加藤あい綾瀬はるか長澤まさみ新垣結衣などは出演作品に恵まれたこともあり、その後女優として大成、浜崎あゆみは一時の休業を経て、自ら作詞もこなせる歌手として再デビュー、日本を代表するアーティストへと成長した。また、優香小池栄子眞鍋かをり中川翔子らはグラビア界を離れた後も女優業や司会業、コメンテーター、果てはお笑いタレント並みのコントまでこなせる幅広い適応能力が評価されて人気タレントになっていった。その一方で、グラビアアイドルとして一定の地位を確立した後も、あえてグラビアを卒業せずにタレントや女優としての活動を並行して進める者もいる。

前述の通り、グラビアは何も水着だけには止まっておらず、通常ファッションによるグラビアも展開されている。かつては広末涼子矢田亜希子上戸彩らがこの路線で売り出されて成功しているが、同時にファンの落胆を招いている側面もある。しかし、その副産物的現象として、水着グラビアを見せること自体が極めて稀なそれらのタレントの水着が掲載された雑誌や写真集、テレホンカードなどは現在においても中古市場で高値で取引されている。

1990年代以降[編集]

前述の通り、ほしのあきらの活躍がグラビアアイドルとしての平均寿命を飛躍的に上げることになり、本人の意欲とプロポーション維持を怠らなければグラビアでも活躍できる、という認識が広く生まれ、この後多くの高年齢グラビアアイドルが活躍の場を広げていくことになる。1967年生まれの桜井美春が41歳にしてグラビアアイドルとしてデビュー、「ほしのあきを超えた、最年長グラドル」として話題となった。また、2010年には1965年生まれで、1990年代レースクイーンなどで活躍した岡本夏生が44歳にしてグラビアアイドルとしての活動を再開したことも話題になった。

1990年代後半になると、ローティーン向けファッション誌の専属モデルを務め、同世代の少女たちに絶大な人気を誇ったタレントらが専属モデル卒業を機に、もしくは高校進学した時期に合わせて続々とグラビア界に進出させるという、いわゆる青田買いが増え始めた。これは、前述した「グラビアアイドルからの転身」とは逆の現象であり、これらのタレントは、新たに別のファッション誌などでモデルに起用されるまで、あるいはテレビドラマや映画などである程度女優としての経験を積むまでグラビア活動を継続している。古くは『ピチレモン』出身の榎本加奈子酒井彩名、加藤あいなどがおり、酒井と加藤は新人グラビアアイドルを発掘することを目的とした日本テレビのプロジェクト『日テレジェニック』の第1回メンバーにも選出されている。2000年代に入ってもこの流れは続き、当時Seventeenセブンティーン誌の専属モデルとして人気を誇っていた榮倉奈々は現役専属モデルとして水着グラビアに挑戦しており、同誌では珍しいケースである。その他にも、『ニコラ』で幾度となく表紙を飾った新垣結衣、岡本玲川口春奈らも同誌卒業後にグラビアに進出した。

2002年に放送された特撮テレビドラマ忍風戦隊ハリケンジャー』に出演していた長澤奈央山本梓、『仮面ライダー龍騎』に出演していた森下千里らがビジュアル面から人気となってグラビアに取り上げられ、「特撮ヒロイン→グラビア」という現在も続く路線が生まれた。以後、『スーパー戦隊シリーズ』からは木下あゆ美逢沢りな高梨臨らが、『平成仮面ライダーシリーズ』からは加藤美佳(現:我謝レイラニ)や秋山奈々白鳥百合子松本若菜らがブレークのきっかけを掴んでいる。ただ、当該作品に出演する以前からグラビアで活動していた者もおり、中村知世杉本有美、元アイドリング!!!メンバーの森田涼花さとう里香にわみきほ秋山莉奈内田理央などは既にグラビアアイドルとして地位を確立していた。

モーニング娘。などのハロー!プロジェクト所属メンバーや、当時Dreamドリームのメンバーだった長谷部優など歌手活動主体のアーティストがソロ活動を機に水着姿が中心の写真集やDVDをリリースする事例も増えている。中でも、今や国民的な人気を得たAKB48エーケービー・フォーティーエイトとその姉妹グループメンバーのグラビア界における活躍が目立つようになった。ただし、1970年代から1980年代にかけての女性アイドルが、歌手活動主体ながら同様の写真集を出していたことを考えると、特に新しい芸能活動の手法というものではない。

また、グラビア界以外からの進出も増えている。1990年代からあった流れとしては、フリーアナウンサー・キャスターのそれで、根本美緒杉崎美香小林麻央皆藤愛子らは、いずれも水着グラビアは無く露出は抑えめなものの、清楚で知的な雰囲気を醸し出し、一定のファンを獲得している。スポーツの分野では、ビーチバレー選手(当時)の浅尾美和がそのアイドル並みのルックスの良さと鍛えられたしなやかな肢体が注目されて、オフシーズンの活動の一環としてグラビア活動をするようになり、水着写真集を発売、テレビ広告にも起用されるなどビーチバレーの知名度向上に一役買った。2000年代後半からはその流れが加速し、声優界からはアイドル声優として絶大な人気を誇る平野綾たかはし智秋戸松遥らがいずれもグラビアアイドルと同様の水着姿を披露しており、その他にも、青森県八戸市の現職市議会議員藤川優里が水着姿が収録された写真集やDVDを発売したことでも話題となった[2]

主なグラビアアイドル[編集]

グラビアアイドル一覧』を参照。

足跡[編集]

1970年〜1980年代[編集]

日本においての「グラビアアイドル(以下、特別な場合を除きグラドルに略記)」の歴史は、1970年代半ばより活躍したアグネス・ラム(ハワイ出身)に始まる。

この時代はグラビア誌面の雑誌は、『平凡パンチ[3]、『週刊プレイボーイ[4]などの週刊誌系のみで、飾っていたのは当時の女性アイドルと専任のヌードモデル達であった。女性アイドルのメインは、ほぼ全てがテレビ出演やコンサートでの歌手活動で「アイドル歌手」とも呼ばれ、彼女らのグラビアにおける水着披露は、歌手としての人気を獲得するプロモーションの一環に過ぎず、「あくまで本業は歌手」という前提であった。

1974年小学館からA4大判のグラビア雑誌GORO』が創刊される。それまでの雑誌グラビアが、どちらかと言えば読み物記事の添え物といったような扱いだったのに対し、『GORO』は表紙と巻頭グラビアを写真家篠山紀信が担当した。篠山は現在でもグラドルを撮り続けている。無名女性モデルのヌードからアイドル歌手、新進の若手女優を等価に扱った「激写」というグラビアコーナーを生み出し、これが世に受けてグラビア写真により大きな比重を置いた雑誌として成人男性読者を中心に大きな反響を呼ぶ。

1980年代前半当時の芸能界は、山口百恵引退後の第2期女性アイドル歌手ブームが起きていた時期であり、まだ世間的にも「女性アイドルがグラビアに載っている」という捉え方でしかなかった。アイドル歌手、クラリオンガールなどのキャンペーンガールや新人女優が、グラビアで水着を披露する割合が多かった。1982年には『スコラ[5]が創刊した。

1984年堀江しのぶがデビューする。堀江は後に巨乳アイドルブームの立役者となる野田義治[6]の秘蔵っ子であり、野田に「堀江を売り出すためにイエローキャブを創った」と言わしめるほどの存在だった。グラビアで人気を獲得した堀江は徐々にバラエティー番組やドラマ、映画へと活動の幅を拡げ、現代においても見られる「グラドル→マルチタレント」という流れの基礎を築いたが、4年後の1988年9月に、胃癌により23歳の若さで急逝。しかし、皮肉にも彼女の死が大きく報じられたことによりグラドルという存在を世に記す第一歩となり、その後野田が手掛けたかとうれいこ細川ふみえも、豊満で肉感的なスタイルを活かしてまずグラビアで人気を博した後、テレビ番組など活動の幅を拡げており、野田率いるイエローキャブはグラビア界で地位を確立した。

1990年代[編集]

1990年代に入ると、大手のオスカープロモーションC.C.ガールズシェイプUPガールズといった、セクシー路線に徹したアイドルグループを売り出し、こうしたセクシータレント及びグループが多数登場した。しかしながら、この時点でもグラビアアイドルという言葉は浸透しておらず、売り込む対象は一部の男性層に限られており、彼女達は「セクシータレント」などと呼称をされていた。

1994年、この年にエポックメーキングな登場をしたのが雛形あきこである。2年前に俳優として芸能界デビューしていたがパッとせず、イエローキャブに移籍し水着グラビアを始めるとその素質が一気に開花。俗に「雛ポーズ」と呼ばれる両腕を絞り胸の谷間を強調するポーズで、一世を風靡しこれ以降の水着グラビアに、一定の方向性を示したと言える。

イエローキャブ系の巨乳グラドルが隆盛の中、細身で美乳という新しいタイプのグラドルとして、藤崎奈々子山川恵里佳らを擁するアバンギャルド[7]が台頭し、彼女らもグラビアでの成功を機にマルチタレントへとステップアップしている。また、この頃から大手プロダクションもグラビアアイドルを手掛けるようになり、ホリプロからは優香がデビュー、デビュー1年後の1998年ゴールデン・アロー賞のグラフ賞を受賞したのを皮切りに、1999年度には最優秀新人賞・放送新人賞を、2000年度にも放送賞を受賞、遂には2002年度に記念表彰のゴールデングラフ賞を受ける快挙を成し遂げて、グラビアアイドルの地位向上に大きく貢献した。

2000年代以降[編集]

2000年以降、アイドル系の新しいグッズアイテムとしてトレーディングカードが登場、グラドルの有力商品グッズの1つとして定着していった。

グラビアアイドルのバラエティ番組への本格的進出が顕著になり、特にMEGUMI若槻千夏をはじめとする「芸人並にしゃべれて面白いリアクションができるグラビアアイドル」の出現がグラビアアイドルの裾野を広げる大きなきっかけとなった。なお、この頃から大抵の番組では俗に「グラビアアイドル枠」と言われるものが設けられ、お笑い芸人達に混じり番組を盛り上げる役としてお茶の間の人気を獲得していく。

しかし2000年代中盤以後、『ヤングガンガン』(スクウェア・エニックス)の新規参入や『漫画アクション』(双葉社)『ヤングキング』(少年画報社)の復活といったものはあるものの、グラビア業界の市場規模の拡大については陰りが見え始めた。主な原因として、少子化によるグラビア誌の購買人口の減少や出版不況による紙媒体の衰退が挙げられる。2008年夏には『週刊ヤングサンデー』が[8]2010年の始めには『sabraサブラ』(いずれも小学館)が相次いで休刊した。さらに、2010年ごろから、AKB48などのグループ・アイドルやファッション誌のモデルらが雑誌の表紙やグラビア・ページに登場するようになり、既存グラドルの活躍の場が失われたことも挙げられる [9]

ゴールデン・アロー賞「グラフ賞」[編集]

社団法人日本雑誌協会雑誌芸能記者クラブ主催の「ゴールデン・アロー賞」には、日本雑誌写真記者会が選考する「グラフ賞」という賞があり、もともとその年度で最も雑誌のグラビアを飾り話題を提供した被写体が受賞者に選出されるのだが、1998年度(第36回)受賞の優香以降は、グラビアアイドルの登竜門的な賞となっている。

受賞者は自動的に翌年度の「雑誌愛読月間」[10]イメージキャラクターに起用される。いずれもその時代を反映したフォトジェニックであり、受賞者を改めて見ることで一般大衆が求めるグラビアの傾向やその推移が見て取れる。また他のミスコンのように同性の視線を意識してか均整の取れたプロポーションの持ち主が選ばれやすいのが特徴。また受賞者は、ミスマガジンなどのキャンペーンの受賞者であることなどから、実績、活動に対しては非常に厳しい評価がされている。

ゴールデン・アロー賞は第45回を以て終了したが、雑誌愛読月間イメキャラの選出は2013年度まで行われた(2009年度以降は佐々木希桜庭ななみ武井咲剛力彩芽能年玲奈を起用)。ゴールデン・アロー賞終了後のイメキャラはグラドルから若手女優へとシフトしており、2012年度はグラドル勢で孤軍奮闘していた吉木りさが、2013年度はそのエロティックなキャラクターが広く話題となり女性ファッション誌にも出演機会があった壇蜜が落選している。なおAKB48および姉妹グループのメンバーは、2009年頃より雑誌グラビアを席巻するようになり各メンバーの一般的な知名度も上がっているが、選出者はなかった。

脚注・出典[編集]

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  1. ^ イケメン マップメイト”. プロダクションM.A.P.. 2010年9月14日閲覧。
  2. ^ ただし、藤川は大学時代にタレント活動の経験がある。
  3. ^ 1964年創刊、マガジンハウス
  4. ^ 1966年創刊、集英社
  5. ^ 講談社のち分社
  6. ^ 現、サンズエンタテインメント会長
  7. ^ 現:アヴィラ
  8. ^ 現在はビックコミックスピリッツに移行。
  9. ^ 2010グラビアアイドル ランキング”. グラビアアイドル研究所. 2012年7月16日閲覧。
  10. ^ 2000年度までの名称は「雑誌月間」。2014年度以降も企画そのものは継続する。

関連項目[編集]

グラビアページを掲載している主な媒体[編集]

グラビアアイドル関連のプロジェクト・コンテスト[編集]