少年画報社

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株式会社少年画報社
Shonen-gahosha Co., Ltd.
Shonen-gahosha.jpg
本社(2007年2月)
種類 株式会社
本社所在地
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101-8388
東京都千代田区三崎町三丁目3番12号
設立 1945年10月
業種 情報・通信業
事業内容 雑誌およびコミックスなどの出版
代表者 代表取締役社長 戸田利吉郎
資本金 10,000,000円
従業員数 40名
外部リンク http://www.shonengahosha.jp/
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株式会社少年画報社(しょうねんがほうしゃ、英語表記:Shonen-gahosha Co., Ltd.)は、主に漫画を出版している日本出版社。本社は千代田区三崎町。 現社長は戸田利吉郎(2013年4月現在)。

歴史[編集]

創業者の今井堅により、1945年(昭和20年)10月に「明々社」 として設立される[1][2]。自動車教習書や英会話書を発行していた。設立直後に刊行した『黄金バット』の30万部ヒットにより、1948年(昭和23年)に『冒険活劇文庫』を創刊、1950年(昭和25年)に『少年画報』と改題。1956年(昭和31年)に、社名を「少年画報社」に改称[1]。『少年画報』は、『赤胴鈴之助』『まぼろし探偵』『赤ん坊帝国』『マグマ大使』『怪物くん』などの漫画作品を掲載。竜の子プロダクションの創設者として知られ『少年忍者部隊月光』ほかを執筆した吉田竜夫などを輩出した。1958年(昭和33年)の絶頂期には80万部を発行、実売99.8%を売ることがあったが、1971年(昭和46年)に休刊した。

1963年(昭和38年)に、漫画週刊誌少年キング』創刊。部数としては、絶頂期で80万部程度と5誌中[3]の一角では最低ではあるものの、コアな読者層を維持していた。『サイボーグ009』『ワイルド7』『まんが道』『すくらんぶるエッグ』『サイクル野郎』などを連載。『銀河鉄道999』などの大ヒットや、『ペリカンロード』で知られる五十嵐浩一などの新人の発掘が行われたが、発行部数の低迷を続け、その後1982年(昭和57年)休刊となる。隔週刊で新しい少年誌『少年KING』を再創刊。『湘南爆走族』などのヒットを得るも、それ以外の作品が振るわず1989年(平成元年)再度休刊し、現在いわゆる少年雑誌は発行していない。

1967年(昭和42年)に創刊した『ヤングコミック』は、何度ものリニューアルや休刊を経ているが、少年画報社の代表誌の一つとして長く続いている。

単行本レーベルとしては、『少年キング』時代は「ヒット・コミックス」であったが、現在は主力雑誌に合わせて「ヤングキング・コミックス(YKコミックス)」「ヤングコミック・コミックス(YCコミックス)」などを発行している。

大資本に拠らない老舗ながら、青年向けの漫画雑誌とコミックス中心の中堅出版社として現在も存続している。

現在の発行雑誌[編集]

過去の発行雑誌[編集]

単行本レーベル[編集]

  • ヤングキング コミックス
  • ヤングコミック コミックス
  • ねこぱんち コミックス
  • TS コミックス

脚注[編集]

  1. ^ a b 今井堅 とは - コトバンク”. 朝日新聞社. 2013年9月15日閲覧。
  2. ^ 少年画報社 / profile”. 少年画報社. 2013年9月15日閲覧。
  3. ^ 五大漫画週刊誌で、週刊少年ジャンプ週刊少年マガジン週刊少年サンデー週刊少年チャンピオンと「少年キング」を指す。

参考資料[編集]

  • 少年画報社公式サイト内「少年画報社のあゆみ」、各種漫画家関係の文献全般を参考とし再構成。

関連項目[編集]

外部リンク[編集]