田島寧子

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オリンピック
女子 競泳
2000 400m個人メドレー

田島 寧子(たじま やすこ、1981年5月8日 - )は、元水泳選手、元タレント神奈川県鎌倉市出身。東京立正高校、日本体育大学中退。2000年9月に開催されたシドニーオリンピックの400m個人メドレーで銀メダル入賞。

目次

[編集] 経歴

3歳から喘息の体質改善のため水泳を始め、幼稚園の時に東京都練馬区に引っ越してから南光スイミングスクールに入る。 練馬区立練馬第二小学校卒・練馬区立貫井中学校卒 二つの学校には水泳部はなかったもの、外部の試合で好成績。 1997年 - 2000年にかけて日本選手権女子400m個人メドレーで4連覇を達成。

2000年に行われたシドニー五輪に出場し、同種目において日本記録で銀メダルを獲得する。同五輪の日本人メダル第1号となった。競泳での日本選手のメダル獲得は、バルセロナ五輪の女子200m平泳ぎで優勝した岩崎恭子以来2大会ぶり。

2000年

  • シドニーオリンピック400m個人メドレーで銀メダルを獲得。
  • インタビューで悔しさを吐露した時の「めっちゃ悔しぃ~!!」「金がいいですぅ~!!」は流行語になった。なおこの発言について後日、新聞のインタビューで「泳ぎ終わった直後に記録を見たところ予想以上によかったので『私って早いんだ』と思ったのだが、1位で金メダリストとなったウクライナの、ヤナ・クロチコワ選手との差がわずかだったとすぐに気づいたため、『もう少しがんばればよかった』と思ったため」と述べている。
  • 400m個人メドレーの表彰式の際に表彰台から落ち、その際に左足を傷め捻挫してしまった。そのために他の出場種目であった200m個人メドレーと400m自由形では精彩を欠いて予選落ちしてしまうという不運もあった。

2001年

  • 7月にシドニーオリンピック限りで現役選手を引退し、大学も中退しタレント業へ転身。連盟へ相談無しに決めた為、連盟はこの引退を快く思っていなかった。当時はスポーツボランティア活動や演技派女優を志していたようだが、マスメディアなどから概ね冷ややかな反応を受けた。
  • シドニーオリンピックのテレビ実況中継のビデオを確認すれば分かるが、田島はオリンピックで人気者になる以前から、「将来の夢はイルカの調教師かデザイナーか女優」だった。

2003年

2006年

2007年以降

  • 2007年3月、一部報道[1]により芸能活動を休業しOLとして働いていることが明らかになった。
  • 2008年8月、スポーツ紙の取材に対し家族が「今は一般人で、競泳についてもコメントはしていない」という旨の話をしている。[2]

[編集] 主な戦績

  • 1997年 日本選手権 200m個人メドレー優勝、400m個人メドレー優勝
  • 1998年 日本選手権 200m個人メドレー優勝、400m個人メドレー優勝
  • 1998年 世界選手権 女子400m個人メドレー3位(日本記録更新)
  • 1999年 日本選手権 400m個人メドレー優勝
  • 2000年 日本選手権 女子400m個人メドレー優勝(日本記録更新)
  • 2000年 シドニーオリンピック 女子400m個人メドレー2位(日本記録更新)

田島の出した400m個人メドレーの記録4分35秒96は、8年以上経った2008年12月現在も破られていない。

[編集] 主な出演歴

[編集] テレビ

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[編集] バラエティ

[編集] 映画

[編集] その他

[編集] 外部リンク

[編集] 参考文献

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