鎌倉市

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かまくらし
鎌倉市
TsurugaokaHachiman-M8867.jpg
鎌倉市のランドマーク「鶴岡八幡宮
Flag of Kamakura, Kanagawa.svg
鎌倉市旗
神奈川県鎌倉市市章.svg
鎌倉市章
市章:昭和27年11月3日 鎌倉市告示第56号「鎌倉市市章」による
日本の旗 日本
地方 関東地方
都道府県 神奈川県
団体コード 14204-2
面積 39.60km²
総人口 173,458
推計人口、2014年8月1日)
人口密度 4,380人/km²
隣接自治体 横浜市逗子市藤沢市
市の木 ヤマザクラ
市の花 リンドウ
他のシンボル -
鎌倉市役所
所在地 248-8686
神奈川県鎌倉市御成町18番10号
北緯35度19分9.3秒東経139度32分48.1秒座標: 北緯35度19分9.3秒 東経139度32分48.1秒
鎌倉市役所本庁舎
外部リンク 鎌倉市

鎌倉市位置図

― 政令指定都市 / ― 市 / ― 町 / ― 村

特記事項 市外局番:0467(市内全域)
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鎌倉大仏(高徳院)
鎌倉宮(大塔宮)

鎌倉市(かまくらし)は、神奈川県三浦半島西側の付け根に位置するである。

地理[編集]

鎌倉市は横浜市の南西、藤沢市の東、逗子市の北西に位置し、南は相模湾に面している。三方が低い山で囲まれ海に面する地であり、かつては幕府が置かれ政権の要の地であった。今日では旧腰越町や旧大船町など、いわゆる「三方を山に囲まれた鎌倉」の外側に位置する地域も市内に含まれる。鎌倉は地域内に多くの歴史遺跡を持つ「古都」であるが、後述の通り室町時代中期以降に衰退したため「都市・鎌倉」としての歴史は連続していない。

江戸時代後期になると、地域内の寺社が多くの参詣客を集めるようになるが、明治初期の段階でも鎌倉大仏(高徳院)や長谷寺を擁する長谷(はせ)地区に都市的な集落が分布するのみで、現在の鎌倉市の中心市街地は形成されていなかった。

明治初期、現鎌倉市域を含む鎌倉郡を管轄する郡役所は戸塚(現横浜市戸塚区)に置かれた。明治中期以降、保養・別荘地として、昭和以降に観光地として改めて「都市・鎌倉」の発展を見たのである。ゆえに中世以来の建造物はほとんど存在せず、文化遺産として価値の高い中世都市の遺構の多い地域といえる。

歴史[編集]

地形が天然の要害でもあり、古代、鎌倉郡郡衙が設置された場所であり、また豪族の鎌倉氏の本拠でもあった。

平忠常の乱の際、平直方による鎮圧が失敗、実際に乱を征圧した源頼信の功により、その子源頼義の頃に畿内河内国石川郡壷井(現・大阪府羽曳野市壷井)を本拠地とした河内源氏の所領となる。頼義の子で河内源氏三代目棟梁の八幡太郎義家の4代後の源頼朝鎌倉幕府を置いて武家政権を成立させ、鎌倉街道も整備される。幕府の要職に就いた有力御家人は鎌倉に居を構え、また海に面した特徴を生かした海上交易も隆盛し、鎌倉五山なども置かれ関東における文化的中心地となる。

1225年には北条泰時執権に就き、連署評定衆を置いて幕府の合議制を確立するとともに、政権を頼朝以来幕府が置かれた大倉から宇都宮辻子に移し、1232年には御成敗式目を制定して幕府の体制を磐石なものとした。1333年後醍醐天皇の討幕に呼応した上野国群馬県)の河内源氏義家流新田義貞は、分倍河原などで鎌倉幕府を専横した桓武平氏北条氏の兵を撃破し、鎌倉へ進撃して泰時以来の菩提寺である東勝寺で北条氏一族を滅亡させた(東勝寺合戦)。1953年(昭和28年)に鈴木尚の調査では大量の刀創などのある人骨が発掘されている。

京都で後醍醐天皇の建武の新政がはじまると義貞は召還され、京都の六波羅探題を滅亡させるなど討幕に効のあった一族の足利尊氏の弟である足利直義や一門の細川氏などが親王を奉じて下り、鎌倉将軍府が成立。北条氏一族の残党が中先代の乱を起こし鎌倉が陥落すると尊氏は討伐に向かい、そのまま新政から離反して鎌倉で恩賞の授与などを行うが、尊氏は追討に派遣された義貞らを撃破し、京での戦いに負け九州落ちした後に北朝を樹立して武家政権を設立し、鎌倉へは子の足利義詮を派遣する。足利家の内紛が観応の擾乱と呼ばれる内乱に発展すると義詮は京へ呼び戻され、代わりに尊氏の次子の足利基氏が鎌倉へ派遣されて鎌倉府を設置し、以後鎌倉公方として関東統治を行う。

室町時代には鎌倉公方は幕府と対立し、鎌倉公方を補佐する関東管領とも対立した事などにより上杉禅秀の乱永享の乱結城合戦などの騒乱が起る。1455年には享徳の乱足利成氏が下総国古河へ移り古河公方を成立させた事により鎌倉は衰退する。

戦国時代には小田原の北条早雲が進出、玉縄城を築いて東相模の拠点とした。北条氏綱の治世時代に安房の里見氏との合戦で焼失した鶴岡八幡宮を再建。上杉謙信武田信玄・里見氏らにより度々侵攻を受けたが、そのたびに撃退している。北条氏滅亡後は徳川家康の支配下に入った。

近世には江戸が東国の中心となり、江戸時代には寺社の復興がはじまる。江戸の庶民によって、大山阿夫利神社江の島江島神社などへの参拝を目的としたが結成されるようになると、代参者の立ち寄り先として観光ルートに含まれるようになった。

1889年(明治22年)に東京と軍港のある横須賀を結ぶ目的で横須賀線が開通したが、その経由地となったことによって、観光地としての性格が急激に濃くなっていった。また、東京から至近の別荘地として、皇族・華族や政財界の有力者などの一部が別荘を構えるようになり、これらを相手とした観光産業が発展していった。なお、この横須賀線建設工事のため段葛は寸断された。

その少し前1883年(明治16年)に、「衛生(えいせい)」という言葉を日本で初めて医学に使用した長与専斎が、神奈川県・鎌倉の海を、地形的な特徴から「海水浴場として最適」と紹介した。当時は海水浴が医療効果を持つと信じられていたため、長与の紹介も行楽的な観点からではなく医療的な観点によるものであったが、今日では海水浴と医療効果との因果関係は科学的根拠に欠けるとされ、由比ヶ浜、材木座海岸といった海水浴場は行楽客を対象に設営され、湘南の一部として一般に認識されている。

1923年(大正12年)9月1日におきた関東大震災では鎌倉も大きな被害がもたらされた。

昭和に入ると、久米正雄など、作家や文人の一部が鎌倉へ移り住むようになり「鎌倉文士」という言葉が生みだされた。1936年(昭和11年)、松竹が撮影所を蒲田から大船に移し大船撮影所が開設されるようになると、映画関係者で鎌倉に移り住む者が増えていった。

1928年(昭和3年)の鎌倉山の分譲を嚆矢に、1930年(昭和5年)の横須賀線列車の電車化以降、戦前・戦後を通じて大規模な住宅開発が行われるようになり、東京近郊のベッドタウンとしての性格が強くなっていった。とりわけ、高度経済成長期の大規模開発の波は「昭和の鎌倉攻め」とも形容される。この時期に起こった鶴岡八幡宮裏の「御谷」開発中止を求める、作家大佛次郎を中心とした市民運動は、古都保存法制定の契機となり、異論はあるが日本におけるナショナル・トラスト運動の嚆矢ともいわれている。

自治体としての鎌倉市の歴史[編集]

地域[編集]

鎌倉地域
扇ガ谷大町・御成町・極楽寺小町材木座・坂ノ下・笹目町・佐助・十二所・浄明寺・二階堂・西御門・長谷由比ガ浜・雪ノ下・稲村ガ崎
腰越地域
腰越七里ヶ浜・七里ガ浜東・・津西・西鎌倉
深沢地域
梶原・鎌倉山・上町屋・手広・寺分・常盤・笛田・山崎
大船地域
今泉今泉台岩瀬大船小袋谷(1丁目を除く)・高野山ノ内
玉縄地域
植木岡本・城廻・台1丁目・玉縄関谷

人口[編集]

Demography14204.svg
鎌倉市と全国の年齢別人口分布(2005年) 鎌倉市の年齢・男女別人口分布(2005年)
紫色 ― 鎌倉市
緑色 ― 日本全国
青色 ― 男性
赤色 ― 女性
鎌倉市(に該当する地域)の人口の推移
1970年 139,249人
1975年 165,552人
1980年 172,629人
1985年 175,495人
1990年 174,307人
1995年 170,329人
2000年 167,583人
2005年 171,158人
2010年 174,354人
総務省統計局 国勢調査より

通勤率と就業者について[編集]

東京都特別区部への通勤率は23.5%、横浜市への通勤率は18.5%である(いずれも平成22年国勢調査)。

当地に常住する15歳以上就業者は72,820人。うち他市区町村で従業している者は44,730人と、全体の61.4%である。他市区町村への従業先1位は東京都特別区部の17,093人、2位は横浜市の13,459人、3位は藤沢市の4,418人、4位は川崎市の1,675人、5位は横須賀市の974人である(平成22年国勢調査による)。

隣接している自治体・行政区[編集]

行政[編集]

鎌倉市でも、風致地区の保存など観光資源の維持管理には努力しているが、関東大震災での被害などもあって建築文化財は少ない(国宝建造物は円覚寺舎利殿1棟のみ)。周辺地域に比べて自然が保存されており、例えば個人の土地の大きな樹を保存するのに市から助成金がでる。オムニバスタウンのひとつでもある。

市章は、源氏の家紋だったといわれる「りんどう」。

不祥事[編集]

生活保護申請阻止

鎌倉市は、2012年4月から2年間に亘り、生活保護の申請窓口を棚や物置で隠蔽、申請をためらわせる状況を続けさせた。また、担当職員が申請者に対し「65歳以上でないとダメ」「働けない証明書が必要」などと、生活保護法の条文に記載されていない虚偽の内容を説明し申請を阻止させた疑いがもたれている[7][8]。なお、松尾崇市長はツイッター上では本件について謝罪した[9]

歴代市長[編集]

歴代市長[10]
氏名 就任 退任 備考
1 1 清川来吉 1940年(昭和15年)4月9日 1940年(昭和15年)11月16日 市制施行に伴い市長に就任
2 2 鈴木富士彌 1940年(昭和15年)12月24日 1944年(昭和19年)12月23日
3 1944年(昭和19年)12月24日 1945年(昭和20年)12月10日
4 3 磯部利右衛門 1946年(昭和21年)1月25日 1947年(昭和22年)3月25日
5 1947年(昭和22年)4月5日 1951年(昭和26年)4月4日
6 4 草間時光 1951年(昭和26年)4月24日 1955年(昭和30年)4月23日
7 5 磯部利右衛門 1955年(昭和30年)5月1日 1958年(昭和33年)7月17日
8 6 山本正一 1958年(昭和33年)9月3日 1962年(昭和37年)8月29日
9 1962年(昭和37年)8月30日 1966年(昭和41年)9月2日
10 1966年(昭和41年)9月3日 1971年(昭和45年)9月2日
11 6 正木千冬 1970年(昭和45年)9月3日 1974年(昭和49年)9月2日
12 1974年(昭和49年)9月3日 1978年(昭和53年)9月3日
13 7 渡辺隆 1978年(昭和53年)9月3日 1981年(昭和56年)9月10日 病死に伴う退任
14 8 小島寅雄 1981年(昭和56年)11月1日 1985年(昭和60年)10月31日
15 9 中西功 1985年(昭和60年)11月1日 1989年(平成元年)10月31日
16 1989年(平成元年)11月1日 1994年(平成5年)10月31日
17 10 竹内謙 1994年(平成5年)11月1日 1997年(平成9年)10月31日
18 1997年(平成9年)11月1日 2001年(平成13年)10月31日
19 11 石渡德一 2001年(平成13年)11月1日 2005年(平成17年)10月31日
20 2005年(平成17年)11月1日 2009年(平成21年)10月31日
21 12 松尾崇 2009年(平成21年)11月1日 2013年(平成25年)10月31日
22 2013年(平成25年)11月1日   現職

立法[編集]

市議会[編集]

  • 定数:26名
  • 任期:2013年(平成25年)5月15日~2017年(平成29年)5月14日
  • 議長:中村聡一郎(みんなの鎌倉、4期)
  • 副議長:大石和久(公明党鎌倉市議会議員団、4期)
会派名 議席数 議員名(◎は代表)
鎌倉夢プロジェクトの会 4 ◎髙橋浩司、日向慎吾、永田磨梨奈、小野田康成
みんなの鎌倉 4 ◎久坂くにえ、河村琢磨、中村聡一郎、渡辺隆[11]
公明党鎌倉市議会議員団 3 ◎納所輝次、西岡幸子、大石和久
鎌倉みらい 3 ◎前川綾子、池田実、山田直人
日本共産党鎌倉市議会議員団 2 ◎吉岡和江、赤松正博
神奈川ネットワーク運動・鎌倉 2 ◎三宅真里、保坂令子
公正、公平、透明な政治を実現する会 鎌倉 2 ◎岡田和則、長嶋竜弘
自由民主党鎌倉市議会議員団 2 ◎中澤克之、上畠寛弘
無所属 4 松中健治、千一、渡邊昌一郎、竹田ゆかり

※ 2014年(平成26年)3月20日現在。

神奈川県議会(鎌倉市選挙区)[編集]

  • 定数:2名
  • 任期:2011年(平成23年)4月30日~2015年(平成27年)4月29日
氏名 会派名
中村省司 自由民主党神奈川県議会議員団
早稲田夕季 民主党・かながわクラブ神奈川県議会議員団

※2014年(平成26年)3月20日現在。

姉妹都市・提携都市[編集]

国内[編集]

姉妹都市

海外[編集]

姉妹都市
友好都市

教育[編集]

小学校[編集]

公立

国立

私立

中学校[編集]

公立
  • 鎌倉市立第一中学校
  • 鎌倉市立第二中学校
  • 鎌倉市立大船中学校
  • 鎌倉市立岩瀬中学校
  • 鎌倉市立玉縄中学校
  • 鎌倉市立御成中学校
  • 鎌倉市立腰越中学校
  • 鎌倉市立手広中学校
  • 鎌倉市立深沢中学校

国立

私立

高等学校[編集]

公立
私立

特別支援学校[編集]

大学・短期大学[編集]

鎌倉市では、「鎌倉市奨学金制度」という奨学金制度がある。

情報・通信[編集]

鎌倉市は三方を山に囲まれているため市外からの電波が入りにくく、古都保存法によって新たな中継局設置も困難なことから、地上デジタル放送の難視聴世帯が多く発生すると見られている。これに対し、市ではケーブルテレビによる解決を図っている[12]

放送事業者[編集]

ラジオ放送

交通[編集]

鎌倉市の交通については、鉄道は市の規模に対して充実している反面、道路については地形の特性上行き止まりが多く、交通は限られた路線に集中するうえ、幅員も狭く歩行者・自動車の分離も不十分でかつ計画道路整備率が県内平均に劣っていることなど、交通安全上・渋滞面で課題を抱えており、特に休日や海水浴シーズンには市内各所で激しく渋滞する。バス路線は地域内を網羅しサービス水準は高いものの、前述の道路面の課題に影響され定時性の確保が課題となっている。[13]

この道路渋滞を少しでも緩和するため駐車上の整備とともにパークアンドライドが平成13年度から本格実施されている。

また、参拝客が集中する年末年始にかけては市内中心部(いわゆる鎌倉)を中心に大規模な交通規制が実施される。

鉄道[編集]

江ノ電

バス[編集]

オムニバスタウン政策をとっていることもあり、コミュニティバスの普及も見られる。

道路[編集]

名所・旧跡・観光スポット・祭事・催事[編集]

以下に主要な名所などを掲げる。なお、鎌倉の歴史的建造物群には「武家の古都・鎌倉」として、日本の世界遺産暫定リストに登録されているものがある。

レジャー[編集]

祭り・イベント[編集]

鶴岡八幡宮で催される祭事については、当該項目も参照のこと。

  • 東日本大震災復興祈願祭(3月)
  • 鎌倉祭り(4月)
  • 夏越(なごし)祭り(8月)
  • ぼんぼり祭り(8月)
  • 海上花火大会(8月)
  • 鶴岡八幡宮秋期例大祭(9月)
  • 面掛行列(9月)
  • 御鎮座記念祭(12月)

鎌倉祭りと鶴岡八幡宮秋期例大祭では、流鏑馬が奉納される。

2007年(平成19年)7月21日 - 8月19日週刊少年ジャンプで連載中の「ONE PIECE」連載10周年記念イベントの一環として、鎌倉駅、由比ヶ浜、小町通り等がジャックされた。市内でスタンプラリー等色々なイベントが行われた。

[編集]

鎌倉ハムは旧鎌倉郡の名を科したため鎌倉市とは直接関係無い。

鎌倉市出身の有名人[編集]

ゆかりのある有名人[編集]

居住者[編集]

その他[編集]


鎌倉市が舞台となっている作品[編集]

基本的に五十音順で表記。

映画[編集]

小説[編集]

漫画[編集]

注記のないものは連載終了した作品

ドラマ[編集]

アニメ[編集]

  • 青い花(2009年、監督 - カサヰケンイチ、制作 - J.C.STAFF)(上述の漫画のアニメ版。2009年7月よりフジテレビ『NOISE』にて放送された)
  • うた∽かた(2004年、監督 - 後藤圭二、制作 - ハルフィルムメーカー)(UHFアニメ、地元局tvkでも放送された) - 舞台は殆ど鎌倉市内である。
  • エルフェンリート(2002年、監督 -神戸守、製作 - アームス)(CS(AT-Xで放送)及びUHFアニメ、上述の漫画のアニメ版。ちなみに上の「Cosmic Baton Girl コメットさん☆」と監督が同じである)
  • GO!GO!575(2014年、監督 - 安斎剛文、制作 - レイ・デュース / C2C、2014年1月に、TOKYO-MXやtvkなどで放送された) - オープニングでは、若宮大路、鎌倉中央公園、#1では山ノ内の女子学園前の信号機、#2で池に落ちるシーンは鎌倉中央公園の上池と下池の間、お風呂は材木座の銭湯(清水湯)、帰路は水道路付近、#3では北鎌倉駅構内、小町のコーヒーショップ(イワタコーヒー)、下馬近くの大町踏切、#4では極楽寺駅前、ダンスシーンは鎌倉中央公園の生垣見本(庭園植物園内)、ラストは同公園の芝生広場の前が登場。個々の場所はそれぞれ離れているものの、鎌倉市内に実在する場所が随所に登場する。
  • Cosmic Baton Girl コメットさん☆(2001年、監督 - 神戸守、制作 - 日本アニメーション)(テレビ大阪をキー局にテレビ東京系で放送された)
  • 侵略!イカ娘(2010年、監督 - 水島努、制作 - ディオメディア) - 上述の漫画のアニメ版。2010年10月よりテレビ東京系で放送された。イカ娘が初めて上陸した海岸、海の家「れもん」周辺の風景描写に、由比ヶ浜近辺の風景が登場する。
  • 侵略!?イカ娘(2011年、総監督 - 水島努、監督 - 山本靖貴、制作 - ディオメディア) - 上記の第2期シリーズ。高徳院の鎌倉大仏が描かれている。
  • スクールランブル(2004年(第1期)、監督 - 高松信司、制作 - スタジオコメット) - 上述の漫画のアニメ版。テレビ東京系で放送された。劇中の舞台は架空の「神奈川県矢神市」だが、第1期では江ノ電、第2期(2006年)では鎌倉大仏を模した場面が登場する。
  • セイクリッドセブン(2011年、監督 - 大橋誉志光、制作 - サンライズ、2011年7月より毎日放送をキー局に地元局はtvkテレ玉などで放送された) - 企画段階から鎌倉観光フォーラムの働きかけで鎌倉市や由比ガ浜中央商店街、江ノ島電鉄(株)が製作に協力。劇中では、主人公の丹童子アルマの出身地が鎌倉市となっており、#8ではヒロインの藍羽ルリと鎌倉市内の実在する店舗等を巡っている。
  • 千年女優(2002年。監督 - 今敏、製作 - マッドハウス
  • TARI TARI(2012年、監督 - 橋本昌和、制作 - P.A.WORKS) - 2012年7月よりtvkなどで放送された。藤沢湘南フィルム・コミッション、藤沢市&江の島の皆様、江ノ島電鉄株式会社がエンディングの協力でクレジットされており、藤沢市江ノ島〜鎌倉市周辺を舞台にしている。鎌倉市内の描写としては、オープニングで坂ノ下の海岸付近を走るシーンや、#1では、江ノ島にある土産物店に住んでいる主人公・坂井和奏らが通学する「白浜坂高等学校」の最寄駅が、鎌倉高校前駅を模しており、駅からの通学路として七里ガ浜の住宅地、鎌倉駅西口旧駅舎時計台の前で宮本来夏が歌うシーンなどが描写されている。
  • つり球(2012年、監督 - 中村健治、制作 - A-1 Pictures、2012年4月よりフジテレビノイタミナ枠で放送された) - 江ノ島に引っ越してきた主人公・真田ユキらが通学する高校の最寄駅の名称が「江ノ電腰越東高校前」で鎌倉高校前駅を模している。
  • 天空のエスカフローネ(1996年、監督 - 赤根和樹、製作 - サンライズ)(テレビ東京をキー局に放送されたアニメ) - ヒロインの実家が北鎌倉。江ノ電も登場。
  • ハナヤマタ(2014年。監督 - いしづかあつこ、製作 - マッドハウス) - 上述の漫画のアニメ版。2014年7月よりテレビ東京などで放送中。
  • ふたりはプリキュア Splash Star(2006年、監督 - 小村敏明、製作 - 東映アニメーション)(朝日放送テレビ朝日系で放送されたアニメ) - 劇中の舞台は「海原市夕凪」だが、鎌倉高校前駅を模した駅や江ノ電、七里ヶ浜周辺を模した海岸等が登場する。
  • 美鳥の日々(2004年、監督 - 小林常夫、製作 - ぴえろ) - アニメ版のみ湘南モノレールが登場する地域を舞台としている。
  • 老人Z(1991年、監督 - 北久保弘之、制作 - A.P.P.P.) - 劇場アニメ。ラストに向かうシーンで、湘南モノレールから高徳院清浄泉寺に向かうトンネル等が描かれている。

ゲーム[編集]

音楽[編集]

作者の大和田建樹の歴史・景勝好みが影響している為4番に渡って歌ったと見られている。

その他[編集]

関連項目[編集]

脚注[編集]

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  1. ^ a b c d e 鎌倉市教育委員会『かまくら34』第2版、1995年3月31日、98頁
  2. ^ 同日、内務省告示第515号
  3. ^ 昭和22年12月26日、神奈川県告示第458号
  4. ^ 同年5月29日、神奈川県告示第233号
  5. ^ 同日、自治省告示第322号
  6. ^ 同年4月20日、自治省告示第111号
  7. ^ 【神奈川】2014年6月30日付「鎌倉市の生活保護申請窓口についたて 2年以上 外部指摘で撤去」
  8. ^ 【朝日】2014年7月2日付「ふさがれた生活保護窓口 鎌倉市「棚置く場所なく」」
  9. ^ [1]
  10. ^ 鎌倉市HP 歴代市長より
  11. ^ 13代目市長と同姓同名だが別人である。
  12. ^ 2011年7月24日 地デジ移行・7,000世帯が受信困難か”. タウンニュース. 2010年3月10日閲覧。
  13. ^ 鎌倉市都市マスタープラン「III部門別方針 5 交通システム整備の方針 1現況と課題」[2]

外部リンク[編集]

行政
観光