大山阿夫利神社
| 大山阿夫利神社 | |
|---|---|
下社拝殿 |
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| 所在地 | 神奈川県伊勢原市大山355 |
| 位置 | 北緯35度25分15.11秒 東経139度15分24.67秒 |
| 主祭神 | (本社)大山祇大神 (奥社)大雷神 (前社)高 |
| 社格等 | 式内社(小)・県社・別表神社 |
| 創建 | 伝・崇神天皇の御代 (そうであれば、西暦3世紀ごろとも考えられる) |
| 例祭 | 8月28日 |
ウオッちず Google Map 大山阿夫利神社の位置
大山阿夫利神社(おおやまあふりじんじゃ) は、神奈川県伊勢原市の大山(別名:雨降山〈あふりやま〉)にある神社である。 「阿武利」とも表記し、「あぶり」とも読む。
目次 |
[編集] 祭神
本社に大山祇大神(オオヤマツミ)、摂社奥社に大雷神(オオイカツチ)、前社に高龗神(タカオカミ)[1]を祀る。
ただし、これらは明治になってから神仏分離の際に祀られるようになったものであり、江戸期以前の神仏習合時代には、本社には本来の祭神である石尊大権現(山頂で霊石が祀られていたことからこう呼ばれた)が祀られていた。また、摂社には、奥社に大天狗、前社に小天狗が祀られていた。これが全国八大天狗に数えられた大山伯耆坊である。元々は伯耆大山の天狗だったが、相模大山の相模坊が崇徳上皇の霊を慰めるために四国の白峰に行ってしまったために、その後任として移って来たといわれる。富士講の人々に信仰されたという。
[編集] 歴史
社伝には崇神天皇の御代[2]の創建とある。延喜式神名帳では「阿夫利神社」と記載され、小社に列している。
天平勝宝4年(西暦752年)、良弁により神宮寺として雨降山大山寺が建立され、本尊として不動明王が祀られた。
中世以降は大山寺を拠点とする修験道(大山修験)が盛んになり、源頼朝を始め、北条氏・徳川氏など、武家の崇敬を受けた。 江戸時代には当社に参詣する講(大山講)が関東各地に組織され、多くの庶民が参詣した。
明治時代になると神仏分離令を機に巻き起こった廃仏毀釈の大波に、強い勢力を保持していた大山寺も一呑みにされる。 この時期に「石尊大権現・大山寺」の称は廃され、旧来の「阿夫利神社」に改称された。 明治6年(1873年)には県社に列格している。
戦後、神社本庁には属さず、昭和27年(1952年)8月より阿夫利神社本庁として単独
で運営されてきたが、近年、神社本庁の傘下に入った(阿夫利神社本庁も存続)。