神社本庁
| 本来の表記は「神社本廳」です。この記事に付けられた題名は記事名の制約から不正確なものとなっています。 |
| 神道 |
|---|
| 基礎 |
| 神道 - 日本神話 神 - 神の一覧 |
| 資料 |
| 古事記 - 日本書紀 風土記 - 古語拾遺 |
| 神社 |
| 神社 - 神社一覧 神社本庁 |
| 祭祀と祭礼 |
| 祭 - 祝詞 大祓詞 |
| 関連用語 |
| 神道用語一覧 神仏習合 - 山岳信仰 民俗学 - 国学 国家神道 - 教派神道 |
| ポータル ウィキプロジェクト |
神社本廳(じんじゃほんちょう)とは、神宮(伊勢神宮)を本宗と仰ぎ、日本全国約8万社の神社を包括する宗教法人。
目次 |
概要 [編集]
神社本庁の宗教法人としての規則である「神社本庁庁規」で定める神社本庁の目的は、「神宮を本宗として、神社神道を宣布し、祭祀を執行し、斯の道を信奉する者を教化育成し、神宮の奉賛及び大麻の頒布をし、神職を養成し、図書を発行頒布し、その他神社の興隆を図るため、並びに神宮及び神社(宗教法人たる神社庁を含む)を包括するため、必要な業務を行うこと(神社本庁庁規第3条)」である。
包括下の神社の管理・指導を中心に、伝統を重んじ、祭祀の振興や道義の作興をはかり、日本の繁栄を祈念して、世界の平和と人類の福祉に寄与するとする。このための具体的な活動としては、神社神道の宣揚・神社祭祀の厳粛なる執行・氏子崇敬者の教化育成・本宗である伊勢神宮の奉賛と神宮大麻の頒布・神職の養成・冊子の発行頒布を通じた広報活動などがある。皇室の男系継承の尊重、首相の靖国神社公式参拝の推進なども行っている。また、神道政治連盟や日本会議といった宗教右翼団体を通じて、一部の自民党右派政治家にも影響力を持ち、保守・右翼的政治活動を行っている。
後述のように有力神社の中には、神社本庁に属さないものもある。
設立の経緯 [編集]
戦前の日本においては、教派神道などの例外を除き、神道を国家神道とすることで日本国民の道徳の根源として、事実上国教化する形をとっていた。戦後改革の一環として連合国軍最高司令官総司令部は1945年12月15日、国家と神道勢力が結合する形態は、政教分離の概念から問題があるとして神道指令を発し、神社を国家から分離することを命じた[1]。
そのため、皇典講究所、大日本神祇会、神宮奉斎会の3団体が中心となり[1]、全国の神社の総意により内務省の外局・神祇院の業務を引き継ぐ形で神社本庁が設立された。神祇院の後継的存在だが、現在では宗教法人法にもとづく包括宗教法人の一つとされる。
教義 [編集]
神道とは日本民族の古来の習俗に由来する、自然崇拝・祖先崇拝を基調とした信仰を総称した言葉であり、神社神道には、キリスト教の聖書やイスラム教のコーランのような教典は存在しない(教派神道は除く)。出雲派教義を明治期遠ざけたため、そのしこりは今も存在している。
1956年(昭和31年)、神社本庁は、古来の伝統に立脚し、実践すべき規範として以下の「敬神生活の綱領」を発表した[2]。なお、宗教法人としての「規則」は「神社本庁庁規」と呼ばれる。
また、包括下の神社では「大祓詞」が毎日唱えられる。 このほか、翌1957年(昭和32年)8月21日には、神社本庁は生長の家、修養団などと合同で紀元節復活運動のための統一団体「紀元節奉祝会」を結成した。1967年(昭和42年)には「建国記念の日」の名称で紀元節を復活させるなど政治的な理念も有して活動している。靖国神社崇敬奉賛会の法人会員でもある。
組織 [編集]
教団組織 [編集]
- 事務所は東京都渋谷区代々木一丁目1番2号(明治神宮の隣)。
- 「神社本庁憲章」に基づき、名誉を象徴し、表彰を行うとする総裁は、神宮祭主・池田厚子(昭和天皇の第4皇女)
- 「神社本庁憲章」に基づき、神社本庁を総理し、代表するとする「統理」は、前神宮大宮司・北白川道久
- 宗教法人神社本庁の規則である「神社本庁庁規」に基づく宗教法人としての代表役員は総長で、現在は石清水八幡宮宮司で京都府神社庁長・田中恆清
- 地方機関として各都道府県に1つずつ神社庁を置き、各神社庁の配下に支部を置く。人事財政などの諸事務のほか、地域活動の推進などを行う。一部の神社庁は宗教法人となっており、その場合は神社本庁の被包括法人である。
- 全国の約8万社の神社が、神社本庁によって管轄される。
- 神社本庁に属する神社であっても、別に宗教法人を設立している場合がある。
また、以上の教団組織のほか、関係団体、指定団体がある。
関係団体 [編集]
指定団体 [編集]
- 全国敬神婦人連合会
- 神道青年全国協議会
- 全国神社保育団体連合会
- 全国教育関係神職協議会
- 全国神社スカウト協議会
- 全国氏子青年協議会
神社本庁との被包括関係に属さない神社 [編集]
- 有名な神社であっても、神社本庁との被包括関係を有せず、単立宗教法人として運営される場合がある。
- 神社本庁以外にも神社神道系の包括宗教法人がいくつかあり(神社本教、北海道神社協会、神社産土教、日本神宮本庁など)、これに属する神社は神社本庁の被包括関係には属さない。
- 明治神宮は別表神社であったが、2004年(平成16年)に神社本庁と被包括関係から離脱。しかし2010年(平成22年)8月23日に再び神社本庁と被包括関係になった。
政治活動 [編集]
神社本庁はしばしば政治的活動や声明を行うことがある。特に神道政治連盟および日本会議を通して主に自民党議員への影響力を持ち、政教分離の面からの批判がある。
皇室典範の改正 [編集]
2005年(平成17年)3月17日、神社本庁は、「皇室典範に関する有識者会議」が皇位継承のあり方を検討していることを受け、「皇室典範改正に関する神社本庁の基本的な姿勢」としてまとめ、各都道府県の神社庁に送付した。また同年11月24日に有識者会議が報告書を提出したことに対し、12月2日に「皇室典範改正問題に関する神社本庁の基本見解」を発表した[3]。
「皇室典範改正に関する神社本庁の基本的な姿勢」では、「歴史的に、皇位は男系によって継承された」と指摘されている。政府や有識者会議に対しては「男系による継承の歴史的な意義と重みを明確にした上で、将来にわたって安定的に皇統を護持するための具体的な論議がなされるべきだ」とし、男系による皇位継承を尊重する立場を明確にした。また、天皇、皇族は憲法の基本的人権の「例外」とされることからも、男女平等の観点で女系天皇を論じるのは不適切と主張した。皇位継承のあり方に「海外の例を安易に取り入れることは、国柄の変更をもたらす恐れがある」ともしている。
「皇室典範改正問題に関する神社本庁の基本見解」においては、「皇位は、125代にわたって一つの例外もなく男系により継承されており、天皇を中心に国家・社会の安寧と秩序が保たれてきた」「本来、「伝統」とは、その本質において不変のものであり、皇位継承の伝統も各時代ごとにその本質を崩すことなく、様々な努力と選択が積み重ねられ伝えられてきた」と主張。有識者会議の報告書について「女系継承の大前提となる女子皇族の配偶制度をはじめとする諸課題についての具体的議論を経ないままに、新制度を「安定的」と断ずることは甚だ疑問としなければならない」と述べている。
首相の靖国神社公式参拝 [編集]
「靖国神社問題」も参照
2005年(平成17年)6月9日、神社本庁は内閣総理大臣の参拝等で議論を呼んだ靖国神社の諸問題に関して、神社本庁としての基本見解を発表した[4]。
その中で、神社本庁としては、A級戦犯も含め、戦争裁判犠牲者を日本政府の一連の措置により昭和殉難者として合祀、慰霊してきた靖国神社を支持するとともに、多くの人が祭神の「分祀」の意味を誤解して神社祭祀の本義から外れた議論がなされていることを憂慮すると表明。見解の要旨は、靖国神社は日本の戦没者追悼の中心的施設である・祭神の分離という意味の「分祀」は神社祭祀の本義からありえない・首相は靖国神社参拝を継続するべきである・いわゆるA級戦犯は国会の決議とそれにかかる政府の対応により合祀されたというものである。
原子力発電への支持 [編集]
「上関原子力発電所」も参照
中国電力が建設予定の山口県上関原子力発電所予定地の一部が四代八幡宮の境内地にかかっていたが、当時の四代八幡宮宮司は神社地の原発用地への提供に反対したため、2003年には原発推進派の氏子が四代八幡宮宮司の解任を要求する騒動に発展した。これに対し神社本庁は、「原子力発電は地球温暖化の原因となる温室効果ガスを排出しないため環境破壊に当たらない」として原発支持を表明し、四代八幡宮に対して原発用地の売却を命じる声明を発表した[5]。
選択的夫婦別姓 [編集]
選択的夫婦別姓制度導入に反対し、神道政治連盟および日本会議といった宗教政治団体を利用し、自民党を中心とする国会議員に対し、影響力を持つ。
脚注 [編集]
- ^ a b 『神道』 136頁。
- ^ 『神道』 138頁。
- ^ 皇室典範改正に関する神社本庁の基本的な姿勢・皇室典範改正問題に関する神社本庁の基本見解
- ^ 靖国神社をめぐる諸問題に関する神社本庁の基本見解
- ^ 山口県上関町・八幡宮所有地の上関原発建設用地への財産処分承認申請書に対する承認の可否 『神社新報』平成16年8月30日
関連項目 [編集]
参考文献 [編集]
- 井上順孝 『神道』 ナツメ社〈図解雑学〉(原著2006年12月4日)、初版。ISBN 9784816340628。2009年5月4日閲覧。
外部リンク [編集]
|
|||||||||||||||||||||||||||||||||||||