御所

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御所

  1. 奈良県御所市(ごせし)の地名。よみがな:ごせ。
  2. 御所号のこと。御所号とは天皇家及び将軍など貴人の住居及びその人の尊称として許された称号。よみがな:(ごしょ/ごしょごう)。本稿ではこれを記す。
  3. 品種の一つ

御所(ごしょ)とは主に天皇家の住居または天皇のことを指す。その他、太上天皇太上法皇)の御所を院御所または仙洞御所といい、皇太后等の御所を女院御所、大宮御所という。

その他にも皇族大臣将軍の住居またはその人、その直系または傍系の子弟・子孫のことを指す場合もある。特に大臣家以上の公卿の子弟に対して御室御所と敬称する習慣もあり、御所号は皇室のみならず、公家・武家の高位者にも広く用いられた。さらには、皇族・摂家の子弟が門跡となった寺院にも御所号が贈られることもあった。

将軍の居館の称としての御所

目次

[編集] 御所号

摂家や将軍家とその一門、公卿、寺社に許された御所の称号を御所号という。御所号は主に朝廷や幕府がそれぞれ家柄や格式によって寺社・公家・大名家に許すものであり、尊称としては最高級に位する。朝廷が授与する御所号は、主に皇族や摂家の子女が門跡となった寺社に対して授与するものが主であり、その他、公卿もその家人より御所、或いは御所様(ごしょさま)、上様などと尊称されることが事実上許されていた。

一方、武家政権においては室町幕府及び江戸幕府が一門または臣下のうち、御所号に匹敵する格式を有する家にこれを許した。室町時代、主に足利将軍家の当主及び連枝、鎌倉公方家の一門、或いは鎮守府将軍として南朝方の有力大名であった北畠氏とその一門が御所号を称した。江戸時代には鎌倉公方家の流れを汲む喜連川氏が御所号を免許された。特に京都室町における足利将軍家の邸宅を花の御所といい、将軍家当主も「公方様」ないし「御所様」と称された。特に、15代将軍足利義昭については、武家御所と称され、またかつての庇護者 織田信長と対立してよりは悪しき御所とも称された。

上記のように、室町時代においては摂家などの他、将軍、鎌倉公方及び足利一門、さらには北畠氏などが御所を称することができたが、江戸時代に鎌倉公方家の末裔である足利国朝が江戸幕府に帰参する折、御所号を許されている。この御所号に次ぐ敬称が屋形号である。

なお、歴史的な表現の方法として、親王または前職の征夷大将軍の尊称として大御所が使われた。

[編集] 御所一覧

  • 東京
  • 京都
    • 京都御所(天皇の在所を示す高御座が安置されている)
    • 京都大宮御所 女院御所(皇太后の御所として造営されたが、現在は天皇・皇后および皇族が京都へ帰洛した際に宿泊する)
      • 旧嘉陽宮邸跡 嘉陽宮家は上記とは別の女院御所旧地に設立された、築地は撤去された。
    • 仙洞御所上皇の御所として造営されたが、焼失して現在は庭園と茶室のみ)

[編集] 御所跡(史跡)

  • 斯波御所跡
  • 雫石御所跡
  • 猪去御所跡
  • 柳之御所遺跡(平泉館跡)
  • 古河御所跡
  • 小弓御所跡
  • 世田谷御所跡
  • 多芸御所跡
  • 雪見御所跡

[編集] 関連項目