ボーイスカウト

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ボーイスカウトの少年とリーダー(2010年3月メキシコシティ

ボーイスカウト英語the Boy Scouts[1]) は、世界規模の青少年団体の名称である。20世紀初頭、イギリス退役軍人ロバート・ベーデン=パウエル卿(以下 B-Pと表記)がイギリスの行く末を懸念し、将来を託すことの出来る青少年の健全育成を目指して創設したことにはじまる。

実社会で先駆的な立場に立てるように、身体を実際に動かし、形に囚われない戸外活動を通じて心身ともに健全な青少年の育成と教育を目的とする。なお「スカウト」は「偵察」「斥候」の意。ボーイスカウトやガールスカウトで活動すること、またその活動と理念をスカウト運動(Scouting、スカウティング)と呼ぶ。

日本では年齢別にビーバースカウト、カブスカウト、ボーイスカウト、ベンチャースカウト、ローバースカウトがある。詳しくはボーイスカウト日本連盟を参照。

沿革[編集]

発祥[編集]

ベーデン=パウエル卿

1903年、陸軍中将B-Pが赴任先のアフリカからイギリスに凱旋帰国したとき、彼が陸軍大佐だった1899年に書いた『Aids to Scouting for N.-C.Os and Men』という下士官・兵向けの斥候の手引き書が多くの学校で教育教材として使用され、少年たちにも評判が良いことを知った。しかしその本は元々軍人に向けて書いたものなので、少年を対象読者とする本ならば、さらに大きな効果を上げられると思い、青少年教育に関する研究を始めた。1906年には、彼の考えをまとめた草案を、陸軍、海軍、教会、少年団 (Boys' Brigade (BB)) などに送り意見を求めたり、「シートン動物記」の著者であり、少年団ウッドクラフト・インディアンズ (Woodcraft Indians) の創始者であるアーネスト・トンプソン・シートンとも積極的に意見交換している。

1907年、それまでの研究を実証するために、B-Pは8月1日から8日の日程で、イギリスのブラウンシー島に20名の少年たちを集めて実験キャンプを行った。このキャンプには21名の少年が参加するはずだったが、一人の少年が体調を崩したため20名で行われた。これを基に、1908年に『スカウティング・フォア・ボーイズ』(原題:Scouting for Boys、「少年のための斥候術」といった意味)という本を刊行した。当初は六分冊として発行され、後に一冊にまとめられた。この本が大きな反響を呼び、本を読んだ少年たちは自発的に組織(パトロール/班)を形成して善行を始めた。これがボーイスカウト運動の原点・発祥とされている。このように、スカウト運動は少年たちの自発活動によって始まったが、世界スカウト機構 (WOSM) では、便宜上、1907年8月1日をスカウト運動発祥の日と定めている。

この「スカウティング・フォア・ボーイズ」は、元々ボーイ隊年齢相当の少年を対象読者として書かれたものであったが、現在では「指導者や保護者が現代のスカウト達にスカウティングを如何に伝えていくか」について説いた、指導者や保護者にとってのバイブル的な書としても扱われている。

B-Pがボーイスカウトのシステムを考案するにあたっては様々な要素が取り入れられている。最も基礎となっているものは、彼が軍隊時代に身に付けた、それまでの硬直した教育システムから逸脱した創意工夫と自由の精神であるが、「スカウティング・フォア・ボーイズ」や「ローバーリング・ツー・サクセス」からも読み取れるように、ズールー人の狩猟方法や歌、アフリカの諸部族で少年を訓練する方法、自身が構築した南アフリカ警察隊の訓練法、シートンが始めた青少年活動・ウッドクラフト(森林生活法)、中世ヨーロッパ騎士道といったさまざまな要素が取り込まれている。

その代表的な物のひとつが、ウッドバッジ実修所(隊指導者の上級研修)修了者に付与される修了記章「ウッドバッジ」である。B-Pがアフリカで軍務についていた頃にズールー族の族長から戦利品として手に入れたアクセサリー(木製のビーズを紐でつなげた長い首飾り)をばらして、研修修了の記念として一粒ずつ修了者にわたしたものである。

日本においては、第二次世界大戦以前から活動が開始されていた(後述)が、敗戦後の占領政策により活動禁止処分を受けた。しかし、日銀総裁・三島弥太郎の長男で旧伯爵であった三島通陽および、元朝日新聞記者の村山有が中心となっておこなわれたダグラス・マッカーサー元帥あての請願によって活動の再開が許可され、一般への普及が図られた[2]

年表[編集]

  • 1899年 当時、陸軍大佐だったB-Pは、『Aids to Scouting for N.-C.Os and Men』という下士官・兵向けの斥候の手引き書を執筆。
  • 1906年 B-Pは青少年教育に関する彼の考えをまとめた草案を、陸軍、海軍、教会、少年団ボーイズ・ブリゲード (Boys' Brigade (BB)) などに送り意見を求めた。その内の1通がBBの教育方針に従って編集者が大幅にカットしたダイジェスト版として、機関紙『ボーイズ・ブリゲード・ガゼット』 (Boys' Brigade Gazette) に紹介された。(その中で初めて「スカウティング・フォア・ボーイズ」 (Scouting for Boys) という言葉が使われた)
  • 1907年8月1日 B-Pによるブラウンシー島での実験キャンプ(スカウトの最初のキャンプ)。
    実験キャンプの記念碑
  • 1908年 1月から隔週で『スカウティング・フォア・ボーイズ』を各70ページ程度の6分冊として刊行。5月に1冊にまとめられたハードカバー版が出版された。ボーイスカウト英国本部設立。機関紙「ザ・スカウト」の創刊。
  • 1909年 スカウト運動がアメリカへ伝わる(「無名スカウトの善行」)。
  • 1910年 ウィリアム・ディクソン・ボイスが米国ボーイスカウト連盟を設立。B-Pの妹であるアグネス・ベーデン=パウエルが、ガールガイド(ガールスカウト)を発足。
  • 1913年 ボーイスカウト連盟の初代総長にコンノート公が就任。フランスにボーイスカウト誕生。
  • 1916年 「 The Wolf Cub’s Handbook 」出版。ウルフカブ(カブスカウト)はじまる。
  • 1917年 シニアスカウト部門を設置。
  • 1918年 ローバースカウトはじまる。
  • 1919年 ギルウェル指導者実修所(ギルウェル・パーク)開設。
  • 1920年 ロンドンで第1回世界ジャンボリー開催。そこでB-Pが「世界の総長」に選出される。
  • 1922年 「 Rovering to Success 」出版。
  • 1924年 国際スカウト会議(コペンハーゲン)で「スカウト教育はいかなる宗教の上にも成り立つ」という宗教的普遍性が宣言される(コペンハーゲン宣言)。
  • 1941年 B-P死去。
  • 1957年 B-P生誕100年・スカウティング50周年にあたり、この年の世界ジャンボリーは「ゴールデン・ジュビリー」と呼ばれた。
  • 1958年 第1回ジャンボリー・オン・ジ・エアアマチュア無線の記念運用形式を採った日本ジャンボリー もちろん資格者が無線機を扱う)開催。
  • 1990年 第32回世界スカウト会議(パリ)において、「スカウティングにおける成人」 (Adults in Scouting) の原理が文章化され、「世界成人資源方針」(アダルトリソーシズ方針、 World Adult Resources Policy )が制定された。
  • 1999年 第35回世界スカウト会議(南アフリカダーバン)において「スカウト運動における少年少女と男女に関する方針」 (Policy on Girls and Boys,Women and Men within The Scout Movement) が発表され、『スカウト運動は(ジェンダーにかかわりなく)すべての若者に開かれたものである』旨が追認された。
  • 2007年 スカウト運動100周年。第21回世界スカウトジャンボリー(7月27日から8月8日まで)がイギリスで開催された。また、ジャンボリー期間中の8月1日午前8時(西ヨーロッパ夏時間 UTC+1)には、ブラウンシー島で100周年記念式典「サンライズ・セレモニー」が行われ、BBCやインターネットを通じて世界中に放送された。
  • 2015年 第23回世界スカウトジャンボリーが日本の山口県で、開催予定。

スカウト運動[編集]

「スカウト運動」のバイブルとされるB-Pの著書『スカウティング・フォア・ボーイズ』によれば、スカウト運動の基本は、人格 (Character) 、健康 (Health) 、技能 (Handicraft) 、奉仕 (Service) の四つである。

世界的組織である「世界スカウト機構」 (WOSM, World Organization of the Scout Movement) には、155カ国と26地域のスカウト組織が加盟しており、事務局はスイス連邦ジュネーヴにある。

2010年現在、世界スカウト機構 (WOSM) に加盟している160の国と26地域の他、加盟していない29カ国を合わせ、215の国と地域で活動が行われており、参加総人口は2,800万人にのぼる[3]。ボーイスカウト運動がこれほどにまで広がった背景には、ボーイスカウト運動が宗教の多様性、さらには各々の宗教の尊厳を認めていることがあげられる。これにより、イギリス発祥のボーイスカウト運動がアジアアフリカイスラム圏など、世界中に広まっていったと言える。

ボーイスカウト運動の本家ともいえるイギリスでは、4Hクラブアウトワード・バウンドと並んで青少年の社会教育活動の3本柱のひとつとされている。

日本では、海洋少年団(主たる活動の場を海上としている)とともに、代表的な青少年の社会教育活動のひとつとして位置付けられている。[要出典]

ソ連下では活動が禁止されていた。代わりにピオネールがあった。現在のロシアでは活動が広く認められている。なお、ユーラシア地域は旧ソ連諸国のために冷戦崩壊後に設立された。

現在もなお法的に活動を禁止されている国は以下の5カ国。

この5カ国にアンドラ公国を加えた6カ国以外では、全ての地域においてスカウト活動が展開されている。

ボーイスカウト豆知識[編集]

  • ボーイスカウト日本連盟の連盟歌である『花は薫るよ』は、作詞葛原しげる作曲山田耕筰によるものである。
  • 後藤新平がスカウト運動の本質について問われたときに残した言葉は、「人の御世話にならぬ樣。人の御世話をする樣に。そして酬いをもとめぬ樣。」であった。現在この言葉は、「自治三訣」と言われている。世に知られているこの言葉には細部が異なるものがいくつかあるが、それらについては本項ノート参照のこと。
  • ボーイ隊の「菊章」とベンチャー隊の「隼スカウト章」「富士スカウト章」は、名誉の称号である。
    • 「富士章」(2014年4月1日以降は「富士スカウト章」)取得者の中で、各都道府県でその年の第一号承認者(計47人)が東宮御所へ招かれ、皇太子に拝謁することができる。他にも、各都道府県でその年の第二号承認者(計47人)は内閣総理大臣への表敬訪問や各都道府県知事への表敬訪問がある。
    • ボーイ隊には、「見習い」「初級」「2級」「1級」と級が分かれている
  • 米国ボーイスカウト連盟の最高功労賞であるシルバーバッファロー章の第1号の受賞者はB-P。第2号はそれと同時に「無名スカウト(無名スカウトの善行)」に授与された。
  • ボーイスカウトのイメージの商業的な利用は禁止されているが、CFCMに利用を希望する場合は、所定の手続きを経て認められる場合がある[注釈 1]
  • ロバート・ベーデン=パウエル卿の生誕を祝う為、多くの団や地区では、彼の誕生日である2月22日に近い活動日に「B-P祭」という団集会を行う慣例がある。
  • 友達をボーイスカウトに誘い、被勧誘者が入隊すると、三指の形をした友情バッチが貰える。1人紹介で銅色、3人紹介で銀色、5人紹介で金色の章を授与される。
ボーイスカウト=薩摩郷中起源説
深尾韶が1915年に書いた「少年軍団教範」のなかにボーイスカウトと郷中との類似性に言及した記述があるという[要出典]
訪英してB-Pに直接、本件を確認した勝矢剣太郎(勝矢劔太郎)の著書『欧州のスカウト行脚』(1928、成輝堂書房)によれば、「いづれと云ふ程の確たるものがなく、只日本に負ふ処頗る多い」つまり「(ボーイスカウト運動が)日本の武士道に負う所は多いが、どこの藩のなにというような確たるものはない」(意訳)との回答であったとのこと。またB-Pの全著書35冊の中に、「武士道」についての言及はあるが、「薩摩」「郷中」という語は見出されない[4]

関連人物[編集]

記念碑など(日本国内)[編集]

ボーイスカウト日本連盟発祥の地碑
静岡県静岡市葵区・静岡市立葵小学校(旧・静岡市立城内小学校)
ウルフ・カブ記念碑
兵庫県神戸市須磨区須磨浦公園
1923年(大正12年)12月、日本人の手による日本初のウルフ・カブが発隊(須磨向上会ウルフ・カブ)したことを記念したもの。兵庫連盟30周年記念事業の一環で、1980年(昭和55年)7月20日に除幕された。カブスカウトがスカウトサインをして空を見上げている姿をかたどっている。
「日本ボーイスカウト初野営の地」記念碑
滋賀県大津市・近江舞子雄松崎
後藤新平総長とスカウト像
岩手県奥州市水沢区・東北新幹線水沢江刺駅前広場
後藤新平記念館:岩手県奥州市水沢区
「自治三訣」の碑や、スカウト帽をかぶった新平の胸像などがある。
佐野常羽胸像
山梨県南都留郡山中湖村・山中野営場
佐野記念碑(道心堅固の碑)
山中野営場佐野広場
無名戦士のレリーフ
神奈川県横浜市青葉区・国立こどもの国
川越の「自由の鐘」
埼玉県川越市喜多院
1951年(昭和26年)4月8日、川越市の喜多院境内で、在日米国ボーイスカウト第3隊グランドハイツ(朝霞)と川越ボーイスカウト隊による日米ボーイスカウト交歓キャンプが開催された。これを記念して米国側からは「自由の鐘」、川越側からは刺繍の隊旗が互いに寄贈された。この「自由の鐘」にはアメリカボーイスカウト連盟(BSA)のマークが、添えられたプレートにはこの鐘の由来が綴られており、現在は川越市民会館脇に建てられている。
グリフィンの墓所
横浜市中区外人墓地
グリフィン隊の創始者であるクレアランス・グリフィン牧師の墓所。

発行物[編集]

  • 1949年9月22日、全日本ボーイスカウト大会記念の切手が額面8円で発行された。

ボーイスカウト出身の著名人[編集]

世界[編集]

日本[編集]

ボーイスカウトに関連する作品[編集]

  • 小説「ジャングルブック」:(著:ラドヤード・キップリング
    カブ隊のモデルにもなっているとされる。
    ディズニーによりアニメーション映画化され、1967年10月18日に公開された。
  • 小説「それゆけ、ジーヴス」(P・G・ウッドハウス
    「神のごとき」と賞賛される執事ジーヴズと、ちょっと間の抜けたご主人バーティーのコンビが主人公の連作ユーモア小説の1作。エドウィン少年がボーイスカウトである。エドウィンは「一日一善」のネタを四六時中探しているが、はた迷惑な行為ばかりしでかすため、家庭内の評価は著しく低い。
  • 小説「ジーヴスと朝の喜び」(P・G・ウッドハウス)
    上と同じく、ジーヴス&バーティー・シリーズの1作。エドウィン少年は本作において約20年ぶりに同シリーズに復帰するが、相変わらず「一日一善」が滞っているために、そのネタさがしに躍起になっており、バーティーの逗留するコテージの煙突掃除を買って出た結果コテージをすみやかに全焼させるなど、登場人物たちがこうむる苦難の連鎖において小さからぬ役割を果たす。加えて、エドウィンが実の父や姉の胸中にまで、こいつの尻を思いっきり蹴飛ばしてやりたい、というやみがたい欲求を惹起させていることが、プロット進行上も大きな意味を持っている。なお、本作でバーティーと友人たちはエドウィンをとある事件の犯人に仕立て上げようとするが、彼がたまたま同時刻に応急処置に関する講演会の実験台を務め、47人のボーイスカウトおよびその他関係者一同の観察下にあったことが明らかになるに及んで、この目論見は水泡に帰する。エドウィンは作中一度ならず(「一日一善」消化のために)バーティーに応急処置を施すことを提案するが、そのうちの1回は、彼がバーティーを夜盗と間違えて、その後頭部を「ボーイスカウト・ステッキ」でなぐった後でなされたものである。
  • SF小説「銀河パトロール隊」(レンズマンシリーズの第1作。著:E・E・スミス
    主人公キムボール・キニスンの計略にひっかかり、銀河パトロール隊と出くわす羽目になった宇宙海賊の台詞にボーイスカウトが登場する。遥かな未来でもスカウトは活動しているらしい。
  • SF小説「ダブル・スター」(旧題「太陽系帝国の危機」、著:ロバート・A・ハインライン
    太陽系帝国首相の代役を演じる羽目になった主人公ロレンゾが、政治に携わった経験を聞かれ「ボーイスカウトで班長に立候補して落ちたことがあってね」と答える台詞がある。
  • 漫画「スーパードクターK」(真船一雄
    「野に咲く友情」の回。主人公Kが高校の校医として勤務していた時期のエピソード。野外活動中に怪我をした生徒を器材がほとんど無いなかで手術せざるを得なくなり、ボーイスカウト出身のひとりの生徒がありあわせの材料から麻酔薬などの手術器材を工夫する。
  • 漫画「雨宮雪氷」(著:津野裕子青林堂
    「B・S・C隊と湖底魔人」「B・S・C隊の救助訓練」の二編が収録されている(B・S・C隊=ボーイスカウトカブ隊の意味)。
  • 映画「スミス都へ行く」 Mr. Smith Goes to Washington (1939、米)
    監督:フランク・キャプラ、出演:ジェームズ・ステュアート (俳優)
    主人公スミスは田舎のボーイスカウトのリーダー。死亡した上院議員の代わりに、政界に担ぎ出される。スミスはそこで政治の腐敗と単身対決することになる。
  • 映画「歌声は青空高く」 Follow Me, Boys! (1966、米)
    監督:ノーマン・トーカー、主演:フレッド・マクマレイ
    原作はマッキンレー・カンターの小説。少年達の悪戯に悩まされる町のボーイスカウトのリーダーになった男の半生を描く。
  • 映画「ガメラ対宇宙怪獣バイラス」(1968、日本)
    主人公の二人の少年は日米のボーイスカウト。茅ヶ崎海岸でのキャンプ中に、地球侵略を企むバイラス星人の陰謀に巻き込まれ、怪獣ガメラとともに大活躍することになる。
  • 映画「インディ・ジョーンズ/最後の聖戦」(1989、米)
    監督:スティーヴン・スピルバーグ、主演:ハリソン・フォードショーン・コネリー
    少年時代の主人公(リヴァー・フェニックス)がボーイスカウト活動をしている様子が冒頭に登場する。
  • 映画「ラスト・ボーイスカウト」 The Last Boy Scout (1991、米)
    監督:トニー・スコット、主演:ブルース・ウィリス
    “公明正大”の代名詞として“ボーイスカウト”の語が用いられている。
  • 映画「今そこにある危機」 Present and Clear danger (1994、米)
    監督:フィリップ・ノイス、主演:ハリソン・フォード
    同様に主人公ジャック・ライアンへの”公明正大”(しかし融通が利かない)な性格の形容として、「彼はボーイスカウト」との表現が使われている。但し、ストーリーにおいてボーイスカウトが登場するわけでもない。
  • 映画「エアフォース・ワン」 Air Force One (1997、米)
    監督:ウォルフガング・ペーターゼン、主演:ハリソン・フォード
    直接関係はないが、“大統領”を表すコードネームに“ボーイスカウト”が使われている。
  • 映画「Down and Derby」 (2005、米、日本未公開) :ファミリーコメディー映画。
    監督・脚本:エリック・ヘンダーショット、出演:グレッグ・ジャーマンローレン・ホリーノリユキ・パット・モリタ
    米国スカウト連盟の恒例行事パインウッドダービー(玩具の車レース)に熱中する父親を巡る家族のドタバタを描いたコメディ。主人公の息子たちがカブスカウトで、カブ隊の制服姿で登場する。
  • 映画「ムーンライズ・キングダム」 Moonrise Kingdom (2012、米)
    監督:ウェス・アンダーソン、出演:ブルース・ウィリスビル・マーレイ
    1960年代のニューイングランド島。12才の少年サムは、ボーイ・スカウトのキャンプから脱走する。
  • テレビドラマ「TAKEN」 (Taken
    劇中にスカウトモットーである「 Be prepared (そなえよつねに)」の語が何度か用いられている。
  • テレビアニメ「おらぁグズラだど
    「おらぁボーイスカウトだど」の回で、グズラが主人公である凡太の所属するボーイスカウトに入るために騒動を起こす。
  • テレビアニメ「クレヨンしんちゃん
    2002年11月30日放送の第456話「おらボーイスカウトに入ったゾ/ボーイスカウトは楽しいゾ」の回で、主人公しんのすけがビーバー見習いとしてカザマ君やネネちゃん達と仮入隊し、野性的な能力を発揮して隊長達を唸らせる。
  • テレビアニメ「キャンプ・ラズロ」(en:Camp Lazloカートゥーン ネットワーク
  • ドナルドの少年団長』(Good Scouts):ディズニーの短編アニメ映画。1938年公開。
  • トムとジェリー
    「Two Little Indian's」という題の作品で、ジェリーが「Scout Master」として登場する。
  • スヌーピー
    作中にしばしばスカウト姿のスヌーピー (the world-famous beagle scout) が登場する。
  • ドルーピー
    テックス・アヴェリー作成の短編カートゥーンの著名な主人公である犬。1951年5月5日公開の「最優秀ボーイスカウト」(Droopy's Good Deed) という作品がある(トムとジェリーの項も参照)。
  • 小説「It(それ)と呼ばれた子」(デイヴ・ペルザー
    作中にカブスカウト集会についての記載がある。
  • ゲーム「ポケットモンスター 赤・緑
    作中にボーイスカウト・ガールスカウトというトレーナーが登場している。次回作の『金・銀』以降はそれぞれ、「キャンプボーイ」「ピクニックガール」という名称に変更された(リメイク版でも同様)。

注釈[編集]

  1. ^ キャンプの場面などのボーイスカウトの健康的なイメージを損なわないものに限られる。ただし隊章などは既存のものではなく架空のそれが使われる。

参考文献[編集]

  1. ^ 以前の英語名称 はthe Boy Scout Association であった。
  2. ^ 村山有 (1968). 終戦のころ : 思い出の人びと. 
  3. ^ World Organization of the Scout Movement. “Census (Facts & Figures) - World Organization of the Scout Movement”. 2010年8月31日閲覧。
  4. ^ 本項ここまでの参考資料:田中治彦「ボーイスカウト 二〇世紀青少年運動の原型」
  • ウィリアム・ヒルコート 『ベーデン-パウエル : 英雄の2つの生涯』 根岸眞太郎監修、安齋忠恭監訳、産業調査会、1992年、ISBN 4882821184
  • 永瀬唯 『疾走のメトロポリス : 速度の都市、メディアの都市』 INAX〈INAX叢書〉、1993年、ISBN 4809910342
  • 田中治彦 『ボーイスカウト : 二〇世紀青少年運動の原型』 中央公論新社中公新書〉、1995年、ISBN 4121012666
  • 上平泰博・田中治彦・中島純共著 『少年団の歴史 : 戦前のボーイスカウト・学校少年団』 萌文社、1996年、 ISBN 4938631520
  • ロバート・ベーデン・パウエル 『スカウティング・フォア・ボーイズ』 ボーイスカウト日本連盟訳、ボーイスカウト日本連盟。
  • ロバート・ベーデン・パウエル 『ローバーリング・ツー・サクセス』 ボーイスカウト日本連盟訳、ボーイスカウト日本連盟。
  • ボーイスカウト日本連盟 『ボーイスカウト : スカウトハンドブック』 ボーイスカウト日本連盟。
  • イギリススカウト連盟 『ボーイスカウトが目指すもの -世界のボーイスカウト運動の100年-』 山と渓谷社

関連項目[編集]

外部リンク[編集]