園遊会

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園遊会(えんゆうかい)は、ガーデン・パーティ: garden party)の訳語で、広義では庭園など野外で行われる宴会[1][2][3][4]

日本では一般的に、天皇皇后が主催する野外での社交会を意味する[2][5]

広義の園遊会[編集]

ガーデン・パーティは、19世紀後半にイギリスで行われるようになった[3]。庭園の美しい時期(イギリスでは晩春・初夏[1])に、自宅や別荘の庭園、あるいは著名な庭園に多数の客を招き、軽食や音楽などでもてなす[1][3]

日本では、1880年代に行われるようになったが、当初は「遊園会」とも訳された[4]石井研堂明治事物起源』によれば、1883年大隈重信立憲改進党結党1周年を祝い早稲田の自邸で開催した「遊園会」が、日本における園遊会のはじまりという[3][6]

天皇・皇后主催の園遊会[編集]

皇太子をはじめ各皇族も列席する催しであり、招待客に内閣総理大臣国務大臣衆議院議長参議院議長及び副議長、主な国会議員統合幕僚長(旧統合幕僚会議議長)、最高裁判所長官裁判官、その他に認証官など三権各機関の要人、都道府県知事都道府県議会の議長、市町村首長・議会の議長、各界の著名人(芸能人、著者など)、功績者(勲章の受賞者:メダリストなど)と、その配偶者を含めた約2,000名が招かれる。

沿革[編集]

近代、天皇が主催する戸外での宴会としては、1880年開始の「観菊会」、1881年開始の「観桜会」があった[5]。しかし、天皇主催の「観菊会」「観桜会」は、日中戦争に伴い[5]、「観菊会」が1937年に[7]、「観桜会」が1938年に[8]それぞれ中止された。

「園遊会」の名称で行われる行事は、1953年から始まる[5]。当初はに限り行われていたが、1965年からにも行われるようになり、現在に至る。それぞれ“秋の園遊会”、“春の園遊会”と呼ばれ、赤坂御苑で催されることが通例である。また招待者の名簿は、当初から公表をされており、春の園遊会に各国の外交使節団の団長以下の外交官や、各国領事館の館長と、その配偶者、令嬢も招待される。

昭和天皇の病気・崩御により1988年秋と1989年春秋の園遊会が、1995年1月の阪神・淡路大震災により1995年春の園遊会が、香淳皇后崩御により2000年秋の園遊会が、2011年3月の東日本大震災により2011年春の園遊会が、それぞれ中止になった。

第二次世界大戦前の「観桜会」「観菊会」は、現在ではそれぞれ内閣総理大臣が主催する「桜を見る会」と、環境大臣が主催する「菊を観る会(菊花壇展)」に受け継がれている。


関連項目[編集]

脚注[編集]

  1. ^ a b c 園遊会”. 世界大百科事典 第2版. コトバンク. 2013年10月27日閲覧。
  2. ^ a b 園遊会”. デジタル大辞泉. コトバンク. 2013年10月27日閲覧。
  3. ^ a b c d 園遊会”. 百科事典マイペディア. コトバンク. 2013年10月27日閲覧。
  4. ^ a b 園遊会”. 大辞林 第3版. コトバンク. 2013年10月27日閲覧。
  5. ^ a b c d 園遊会”. 朝日新聞掲載「キーワード」. コトバンク. 2013年10月27日閲覧。
  6. ^ 世界大百科事典内の遊園会の言及”. 世界大百科事典. コトバンク. 2013年10月27日閲覧。
  7. ^ 観菊会”. デジタル大辞泉. コトバンク. 2013年10月27日閲覧。
  8. ^ 観桜会”. 大辞林 第3版. コトバンク. 2013年10月27日閲覧。

外部リンク[編集]