万歳

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万歳
中国語
繁体字 萬歲
簡体字 万岁
朝鮮語
ハングル 만세
漢字 萬歲
ベトナム語
クオック・グー vạn tuế 漢越語
muôn năm (固有語)
チュノム 𨷈𢆥 (Muon Nam (Vietnamese Chu Nom).png) (固有語)
チュニョ 萬歲(漢越語)

万歳(旧字体:萬歳、ばんざい、ばんぜい)とは、喜びや祝いを表す動作などを指していう言葉。動作を表す場合は、「万歳」の語を発しつつ、両を上方に向けて伸ばす。また、より強調して、「万々歳(ばんばんざい)」と言われる場合もある。

目次

成り立ち [編集]

元々は中国に於て使用される言葉で「千秋万歳」の後半を取ったもの。万歳は一万年で皇帝の寿命を示す言葉であり、皇帝に対して以外では使わない。諸侯の長寿を臣下が願うときは「千歳(せんざい)」を使っていた。代に専権を奮った宦官魏忠賢は自分の一党の者に「九千歳!」と唱和させていたという。

現代では朝鮮語では만세/萬歲と書き、韓国北朝鮮では「マンセーマンセ」、また中国語では萬歲/万岁と書き「ワンスイワンソェー(wànsùi)」と言う。ベトナム語では「vạn tuế/muôn năm」と書く。このように漢字圏で使われる言葉であるが、非漢字圏で同様の使い方をする言葉としては、ロシア語の「ウラー (ура/ura) 」がある[1][2]

日本における雅楽には、千秋楽と共に万歳楽(まんざいらく)という曲が伝えられており、共に君主の長久を祝うめでたい曲とされている。芸能の万歳はここから出たものという。

日本における「万歳」 [編集]

バンザイと発音するようになったのは大日本帝国憲法発布の日、1889年明治22年)2月11日青山練兵場での臨時観兵式に向かう明治天皇の馬車に向かって万歳三唱したのが最初だという。最初の三唱は「万歳、万歳、万々歳」と唱和するものであったが、最初の「万歳」で馬車の馬が驚いて立ち止まってしまい、そのため二声目の「万歳」は小声となり、三声目の「万々歳」は言えずじまいに終わった。[1]

当初は文部大臣森有礼が発する語として「奉賀」を提案していたが、「連呼すると『ア・ホウガ(阿呆が)』と聞こえる」という理由から却下された。また、「万歳」として「マンザイ」と読む案もあった(それまでの奉祝の言葉としては「バンセイ」あるいは「バンゼー」)が、「マ」では「腹に力が入らない」とされたため、謡曲高砂の「千秋楽」の「千秋楽は民を撫で、萬歳楽(バンザイラク)には命を延ぶ」と合わせ、漢音呉音の混用を問わずに「万歳(バンザイ)」とした。

「天皇陛下万歳」は、天皇の永遠の健康、長寿を臣下が祈るものである。近年でも即位の礼や在位記念式典において公式に使われ、また皇居における一般参賀などの場面において万歳三唱する市民も多い。

慣例として、衆議院解散時に議長より詔書が読み上げられ、解散が宣言されたとき、その瞬間失職した議員たちが「万歳!」と三唱する。この慣例の経緯は明らかではないが、議員たちが選挙戦に「突撃」してゆく気概を表しているとも、国事行為として衆議院を解散する天皇に対しての敬意とも言われている。また、万歳三唱をすると次の選挙で落ちないというジンクスもあるといわれる。ただ「失職するのに何が万歳なんだ」といって万歳三唱をしない議員もいる。

太平洋戦争大東亜戦争)中の日本軍兵士が連合国軍に対して、全滅(玉砕)を覚悟して行った突入攻撃は、「バンザイ突撃」と呼ばれる。敗色濃厚にも拘らず突撃を行った日本軍兵士の「バンザイ突撃」は連合国軍将兵に少なからぬ恐怖を与えたという(バンザイ・アタック)。このことから、英語banzai というと、本来の意味の他に「絶望的な(あるいは無謀な)試み」という意味もある。また、第二次世界大戦中のアメリカ合衆国陸軍第442連隊戦闘団日系アメリカ人部隊)が、枢軸国軍に対する攻撃の際に「万歳」を掛け声に使用したと記録が残っている。

なお、過去に一時期、万歳三唱令と題した文書が官庁を中心に広まったことがある。内容としては、万歳三唱の作法等について定めた太政官布告であるとされ、「施行 明治十二年四月一日太政官布告第百六十八号」などともっともらしいことが書かれている。しかし、そのような太政官布告は実際には存在せず偽物である。

所作 [編集]

万歳の所作・作法については公的に定められたものが存在せず、前述の偽書『万歳三唱令』においては足運びを含めてまことしやかな所作が述べられているが、如何せん偽書であるためにこれが公式というわけではない。2010年には木村太郎が時の総理大臣鳩山由紀夫の所作が「手のひらを天皇陛下側に向け、両腕も真っ直ぐに伸ばしておらず、いわゆる降参を意味するようなジェスチャー」であるとして質問状を提出[2]しているように、腕を伸ばさず両掌を前に向けると、ちょうど降伏し投降する兵士が両手に武器を持っていないことを示す「降参」の姿勢に見えてしまうとして、批判する向きも無いではない。

ただ、その場合においての「万歳の正しい姿勢」と目されるのは、先の『万歳三唱令』に示されたところの「両腕から指までをまっすぐ上に伸ばし掌は内側」であるが、これが公式であるという典拠に欠くところもあり、共通認識として扱われていない[3]。これらの問題に関しては、たとえば大政翼賛会(日本の公事結社・1940-1945年)発足式では挙行の写真(1940年10月12日)が残されているが、掌の向きは前であったり内側であったりと、まちまちな様子も見て取れる[4]

一方、歓喜の表現として古くから類似する所作は存在したが、それらも余り明確な決まりは無かったようである。たとえば田中義一内閣(1927年-1929年)の成立が決定した1927年4月19日には、田中義一と立憲政友会メンバーらの祝杯を挙げた写真が残されているが、奥のほうには歓喜の表情の人物らが数名両手を挙げているものの、掌は手前を向いていたり握られていたりとまちまちである[5]

その他 [編集]

  • 万歳の際には両手を上げることから、俗に「お手上げ」という意味で降参のことを示す表現として用いられることがあり、より具体的には倒産破産を意味する隠語として用いられる(「バンザイする」=「降参する」「倒産する」「破産する」)。
  • 野球などで、落下予測地点を見誤ったまま両手を広げ、飛球の捕球体勢に入ったために落としてしまうことを俗に「バンザイ」と言う。
  • 松岡修造が出演しているフジテレビの料理番組は、「くいしん坊!万歳」ではなく、「くいしん坊!万才」である。
  • 長野県では、結婚式やOB会などのおめでたい行事での締めで行われている。またお返しの万歳をすることもある。

脚注 [編集]

  1. ^ 若槻禮次郎『明治・大正・昭和政界秘史 -古風庵回顧録-』講談社学術文庫、26-27頁、若槻はこの時旗手として参加していた。
  2. ^ 天皇陛下御在位二十周年に関する質問主意書平成22年2月3日提出 質問第七〇号
  3. ^ 内閣衆質一七四第七〇号答弁平成22年2月12日
  4. ^ 『日本20世紀館』(小学館)ISBN 4-09-623011-1 P.423掲載
  5. ^ 『日本20世紀館』(小学館)ISBN 4-09-623011-1 P.336掲載

関連項目 [編集]