鳩山由紀夫
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はとやま ゆきお
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| 生年月日 | 1947年2月11日(65歳) |
| 出生地 | |
| 出身校 | 東京大学工学部卒業 スタンフォード大学大学院修了 |
| 前職 | 専修大学経営学部助教授 |
| 所属政党 | (自由民主党→) (新党さきがけ→) (旧民主党→) 民主党 |
| 称号 | Ph.D.(スタンフォード大学・1976年) |
| 親族 | 鳩山和夫(曾祖父) 寺田栄(曾祖父) 鳩山一郎(祖父) 鳩山威一郎(父) 鳩山邦夫(弟) 鳩山紀一郎(長男) 鳩山太郎(甥) |
| 配偶者 | 鳩山幸(妻) |
| 公式サイト | 鳩山由紀夫ホームページ |
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| 内閣 | 鳩山由紀夫内閣 |
| 任期 | 2009年9月16日 - 2010年6月8日 |
| 天皇 | 今上天皇(明仁) |
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| 選挙区 | (旧北海道第4区→) 北海道第9区 |
| 当選回数 | 8回 |
| 任期 | 1986年 - 現職 |
鳩山 由紀夫(はとやま ゆきお、1947年(昭和22年)2月11日 - )は、日本の政治家。学位はPh.D.(スタンフォード大学・1976年)。衆議院議員(8期)。民主党最高顧問。
東京工業大学工学部助手、専修大学経営学部助教授、内閣官房副長官、新党さきがけ代表幹事(第2代)、旧民主党代表(初代)、民主党代表(第2・7代)、内閣総理大臣(第93代)などを歴任した。
目次 |
[編集] 経歴
[編集] 生い立ち
東京都小石川区(現在の文京区)に大蔵官僚(のちに参議院議員)だった父・鳩山威一郎、母・安子の長男として生まれる。学習院初等科、学習院中等科、東京都立小石川高等学校を経て、東京大学工学部計数工学科を卒業。その後、スタンフォード大学の博士課程でオペレーションズ・リサーチを専攻しPh.D.を取得(1976年 博士論文はシステムの信頼性解析に関するもの)。1976年東京工業大学助手、1981年に竹下登が理事長を務め曾祖父鳩山和夫が設立に大きく貢献した専修大学の経営学部助教授に就任したが、1984年3月に政界入りをこころざして退職した[1]。
[編集] 自由民主党
1986年、第38回衆議院議員総選挙で、自民党の公認を得た田中派新人として、鳩山家が牧場を所有し中選挙区時代は出陣式行っていた鳩山神社という神社がある祖父の代からの地盤北海道から[2]、出馬した。鳩山事務所側は、「立候補の直接のきっかけは福田派の衆議院議員・三枝三郎の引退がきっかけ」と主張している[3]。初の選挙スローガンは科学者を志望していた自身の経歴をアピールした「政治を科学する」であった[4]。得票数では同じ自民党・石原派から福田派合流の高橋辰夫に次いで2番目の得票数で当選した。小選挙区になった1996年以降は、鳩山家が開拓した地域は鳩山の選挙区から外れた(中選挙区時代のライバルで民社党出身小平忠正が選出されている北海道10区内の栗山町)[5]。なお、地方区分の選挙区自体は祖父と重複していないため、祖父の地盤を世襲していないと扱われている[6]。
当時39歳、弟邦夫に遅れること10年と、決して早いとはいえない政界入りだったが、豊富な資金力[7]に加え、祖父以来の人脈や名門出身の毛並みの良さ・知名度に支えられ[8]、短期間で頭角を現し、1990年代の政界再編期に、一躍、中心的存在となっていく。
1988年には86年当選組を中心とした派閥横断的な政策集団として、のちの新党さきがけの母体となる「ユートピア政治研究会」を結成、リクルート事件に揺れる党内にあって、自民党の巨額の政治資金の実態を明らかにして反響を呼び、1990年代の「政治改革」運動の萌芽となった。
[編集] 新党さきがけ
1993年、政治改革を巡り自民党を離党。武村正義らと新党さきがけを結成参加し事務局長就任。総選挙後、非自民・非共産連立政権で成立した細川護熙内閣では内閣官房副長官(政務)に就任し、新党さきがけ代表の武村官房長官、代表代行の田中秀征首相特別補佐、日本新党代表幹事で、のちに、新党さきがけに移籍する荒井聰とともに細川内閣を支えた。
日本社会党委員長村山富市を首班とする自社さ連立政権では、さきがけ初代代表幹事園田博之の官房副長官就任にともない、後任の幹事長として政権を支えた。
1994年秋、北海道経済界や保守陣営から翌春の新人対決の1995年北海道知事選挙に出馬がとりざたされ本人も乗り気だったが、村山と武村と井出正一の説得で断念[9]。自民党と(自身の86年初当選同期で親交有る佐藤静雄_(衆議院議員)の当時の所属政党)自由連合の共同推薦候補伊東秀子を支持したが、横路孝弘後継で新進党と日本社会党の推薦候補堀達也に敗北した。(実は1991年北海道知事選挙でも圧倒的な強さを誇る横路知事への対抗馬に名前が挙がったが固辞、実弟邦夫の東大法学部同級生で自身の友人で自身の選挙区内の白老町に別荘所有の国際政治学者舛添要一を自民党道連に紹介し舛添自身も一時的に乗り気だったが横路知事の圧倒的な強さを感じて辞退、告示一ヶ月前を切った段階で前年議席を失った中曽根派前代議士の佐藤が出馬表明し惨敗)
1995年7月、第17回参議院議員通常選挙で新党さきがけ代表幹事として山中あき子を北海道選挙区で擁立画策したが、山中の辞退により失敗に終わる。
[編集] 旧民主党
1996年の春頃から新党さきがけの党名を発案した簗瀬進や簗瀬の宇都宮高校の後輩で中選挙区時代からのライバルで同じく栃木1区出馬予定の新進党幹部船田元と新党構想を打ち上げる。船田との新党作りは挫折したが、横路、簗瀬、菅直人、弟の邦夫と共に旧民主党を結党。「排除の論理」で武村と袂を分かつ[10]。
[編集] 民主党
民主党では幹事長代理を経て、1999年9月の民主党代表選挙に勝利。公約として正面から憲法改正を掲げて話題となった。2000年6月の衆院選、2001年7月の参院選など、国政選挙の度に党勢を拡大させ、2002年9月の代表選でも勝利したが、直後の人事で批判を浴びて求心力が低下、2002年12月統一補選での惨敗と自由党との統一会派騒動をめぐる党内混乱の責任を取る形で代表を辞任。
幹事長代理時代の第18回参議院議員通常選挙、さきがけ時代からの同志で同い年の友人中尾則幸が本来は6年前初当選した北海道選挙区での出馬を希望していたが92年初当選同期で社民党出身峰崎直樹と定数4から半減で公認争いの結果、道選挙区は峰崎に決定。中尾は比例区に鞍替えを余儀なくされ後見人的存在の鳩山は民主党代表菅直人に「犠牲を払った中尾君をくれぐれも宜しく頼む」と上位優遇を依頼したが結果は当選圏外15位、12人しか当選せず落選、鳩山は中尾の友人のジャーナリストばばこういちにまで菅に対する不信感を露にした。中尾は参院選で落選直後に離党し翌春札幌市長選に完全無所属で出馬し民主党は与野党相乗りで現職桂信雄を推薦していたが、鳩山は中尾を応援。しかし一切処分を受けなかった。
その後も、民主党内で最大派閥であった(民主党は「派閥」とは表現せず「グループ」としている)「鳩山グループ」(政権公約を実現する会)をひきいて、憲法問題や北朝鮮による日本人拉致問題などについて積極的に発言するなど一定の影響力を維持していた。
2005年9月11日投開票の第44回衆議院議員総選挙で民主党が敗北したことを受けての代表選挙では、当初、小沢一郎、菅直人らと後継代表の一本化を図るが、中堅・若手の代表格である前原誠司が立候補を表明したため水泡に帰した。9月17日発足の前原執行部で幹事長に就任。
2006年2月に発生した堀江メール問題では、当時幹事長にもかかわらず、ことの発端となったメールに関し、永田・前原両議員から事前にほとんど何の相談も受けていなかったとされる。3月、前原執行部が総辞職すると幹事長を引責辞任することを表明するが、同年4月7日に行なわれた前原誠司民主党代表辞任に伴う代表選で小沢一郎が当選すると、幹事長に留任した。新潟県中越沖地震発生当時、新潟市内での演説を予定していたが、高崎駅で下車して、自動車で柏崎市入りした。党新潟県中越沖地震対策本部長に就任。
2007年7月の参議院選挙大勝を受けての党役員人事で引き続き、党幹事長に留任。
2009年5月、小沢一郎代表の辞任を受け、かねてからの主張どおり党幹事長を辞職。その後の党代表選挙で岡田克也を破り、代表に就任。
2009年8月30日投開票の第45回衆議院議員総選挙にて、民主党は単独政党としては史上最多の308議席を獲得。
[編集] 内閣総理大臣
詳細は「鳩山由紀夫内閣」を参照
2009年9月16日、衆参両院の首班指名選挙で国民新党、社会民主党を連立与党として、第93代内閣総理大臣に就任。戦後の歴代内閣総理大臣としては、初めての大卒かつ理系出身の内閣総理大臣となる[11]。
政権は高支持率でスタートしたが、自身の政治資金問題や普天間基地移設問題で米国を巻き込んで大混乱を引き起こしていることが強い批判を浴び、翌年にかけて支持が急降下。2010年6月2日、民主党両院議員総会で 「国民が聞く耳を持たなくなった」と述べ、民主党代表および内閣総理大臣からの職を退くと表明した[12]。なお、鳩山は歴代の内閣総理大臣が行っていた国民向け退任会見である内閣記者会は拒否している[13]。
[編集] 内閣総理大臣 辞任後
鳩山は「総理大臣まで極めた人がその後、影響力を行使することが政治の混乱を招いている。総理大臣を経験した者は政界に影響力を残すべきでない」と明言していたため[14]、総理大臣辞任後に政界引退を表明するが、2011年1月5日の後援会との会合で「(自身の総理大臣辞任後の情勢が)自分の思い通りの展開となっていない」と述べ、引退を正式に撤回した[15]。
引退撤回後の鳩山は、1月11日に在日本大韓民国民団の新年会に参加。「皆様方の悲願である(外国人)地方参政権の付与に関して、大きな道を開く年にしていこうではないか」と挨拶し、改めて外国人参政権の実現を目指すことを宣言したり[16]、 1月17日にインドを訪問し、中国の軍備拡大に対抗して核実験を行おうとしているシン首相に対して、核凍結をしなければ、日印原子力協定交渉を白紙化をすると迫る[17]など、元内閣総理大臣として精力的に活動を行った。
また、2010年9月民主党代表選挙では、鳩山グループの組織力を背景に小沢一郎と菅直人の対立を仲介する役割としての復権を目論むが、代表選挙で勝利した菅から疎まれ、菅内閣の第2次改造の組閣に際しては、総理大臣経験者にも関わらず全く相談をされなかった[18]。
菅首相の辞任に伴う民主党代表選挙では小沢グループとともに鳩山グループに所属する海江田万里経済産業大臣を支援したが、海江田は野田佳彦財務大臣に敗れた。野田内閣発足に伴う民主党役員人事で党最高顧問に就任した。
2012年、宝塚の台湾公演の機運が高まると、宝塚歌劇を応援する国会議員の会の会長として、議連の新規会員を募集し、40人の議員を集めた[19]。
[編集] 思想信条
「リヒャルト・クーデンホーフ=カレルギー#友愛の政治思想」も参照
「リベラルは愛であり、この愛は友愛である」と、祖父鳩山一郎が好んで用いた友愛という言葉をリベラルの根底においている[20]。
鳩山由紀夫の祖父、鳩山一郎は、第二次世界大戦終結後、戦前の統帥権干犯問題の責任を問われて公職追放され、追放解除目前の1951年には脳梗塞で倒れ、不運な状態が続いたことから世間の同情を集めていたが、リヒャルト・ニコラウス・栄次郎・クーデンホーフ=カレルギー伯爵と出会い、その友愛思想に感銘を受けて、リヒャルト・クーデンホーフ=カレルギー伯のドイツ語の著作『Totaler Staat, totaler Mensch』(1937年) の英訳書『The Totalitarian State Against Man』(1938年) を『自由と人生』(1952年)と題して自ら翻訳出版した[21]。翌年、友愛青年同志会(現財団法人日本友愛青年協会)を結成する。
鳩山も自身の祖父の友愛思想とクーデンホーフ=カレルギーの友愛思想を政治活動の基本とし[20]、鳩山友愛塾など友愛の名前がついた組織、団体などを設立している。
鳩山は1996年に『論座』へ寄稿した論文「わがリベラル友愛革命」で、自己の尊厳を高めることに最大の努力を払う、自己を高めて初めて他者に優しく振る舞うことができる、自愛が利他を生む、意見を異にしてもそれを許容し、品格を信頼し友情を結ぶことができるという自己の尊厳の尊重が友愛精神の本質だと説いている[20]。 そして、個を基本にし、党議拘束から解放された個の自由による連合、リベラルを友愛、すなわち、自己の尊厳の尊重と解した「リベラル合同」を成し遂げると主張している[20]。キリスト教系の政財官界人の親睦会「インターナショナル・VIP・クラブ」で講師を務めている。
[編集] 政策
マニフェスト(政権公約)については、「いつまでに何をやるという工程表をマニフェスト(政権公約)で示すつもりはない。揚げ足を取られる危険性がある」と述べており、政権公約に政策実現の目標期日を設定することに否定的である[22]。
日米関係強化を外交の柱とした小泉純一郎・元総理とは大きく異なり、全方位外交を実践。近隣諸国との相互理解を深めつつ、対等な日米関係を目指す安定した友愛外交を展開する。
内政においては事業仕分けにより、民主党政権として無駄遣いであるとされる分野の予算を削減するよう方向性を纏めた。
2010年度通常国会にて人権侵害救済法案と外国人地方参政権法案、夫婦別姓法案の成立に強い意欲を示したが国民新党の亀井静香の反対で断念した。
[編集] 憲法・改憲論
新憲法制定議員同盟顧問を務め、憲法改正を推進している。2000年には「2年で改正試案を各党が出して、速やかに憲法改正の結論をつけよう」と呼びかけ[23]、自らも憲法試案を作成した。この改正案は鳩山の公式サイトで公開している[24]。
「#国防」も参照
[編集] 皇室
[編集] 皇位継承問題
『月刊現代』2004年7月号に、「私の憲法改正試案いまこそ『女帝』容認のとき」を寄稿した。同年5月4日の長野県の講演では、「皇位、皇統に属する男子又は女子が継承する」との条文を新たに盛り込むべきだと述べた。また、2005年11月18日の記者会見で、政府の「皇室典範に関する有識者会議」が出した女系天皇容認方針に寛仁親王が異論を唱える見解を示したことについて、「女系天皇に慎重な立場ということは似ている」と同調する考えを表明した。「女性天皇は当然、あってしかるべきだし、歴史的にもあるが、女系天皇まで容認すれば、日本の歴史、伝統からみると大変大きな変化であり、慎重に議論することが重要だ」と述べた。[要出典]
[編集] 天皇会見に関する宮内庁との衝突
詳細は「天皇特例会見」を参照
2009年11月26日、外務省は12月15日を予定とする天皇と習近平中華人民共和国副主席との会見を宮内庁に申請した。宮内庁側は、外務省に対し、(天皇の体調への負担と相手国への公平性の観点から)天皇と外国要人との会見は1か月前に申請する(「1か月ルール」)ことを求めており、実際の申請が1か月を切っていたためこれを断った[25]が、鳩山由紀夫内閣の平野博文内閣官房長官は、12月7日・12月10日の両日「首相の指示。日中関係の重要性にかんがみて」と繰り返し要請した[25]。12月11日、羽毛田信吾宮内庁長官は記者会見で、「政治的利用じゃないかといわれれば、そうかなという気もする」、「現憲法下の天皇のお務めのあり方や役割といった基本的なことがらにかかわることだ」、「政治的重要性などにかかわらず、平等に外国と向き合うのが陛下のなさり方」、「悲しいこと。今後二度とあってほしくないというのが私の切なる願いだ」と述べた[25]。同日、鳩山は、記者団に対して、「1か月を数日間切ればしゃくし定規でダメだということで、果たして本当に諸外国との国際的な親善の意味で正しいのか」、「政治利用にはあたらない」と述べた[26][25]。なお「1か月ルール」は法律で定められたものではない。
[編集] 経済
[編集] 雇用
- 野党時代の2008年末に発生した年越し派遣村について、自身の所属する民主党は「天災ではなく(自由民主党による)人災だ。責任は政治にある」と非難した[27]。首相就任後の2009年末に政府の緊急雇用対策の一環として「公設派遣村」を設置した[28]。
[編集] デノミネーション
[編集] 外交
「友愛外交」も参照
- 2009年5月、民主党代表選挙の公約で「価値観の異なる社会とも共生していける友愛外交を推進する」と宣言し、北朝鮮や中国との関係改善を目指した。
- 2009年5月15日、日本記者クラブ討論会で、「麻生内閣が推進する価値観外交は嫌いです。価値の同じくする国々が外交関係を強めるのは当たり前の話であって、外交というのは、価値観の違う国々が、いかに共存共栄というか、自立をしながら共生をする。そういった関係を作り上げるものである」と述べた。
[編集] アメリカ合衆国
日米同盟を堅持しつつ、対等な日米関係を目指すなど、アメリカ依存からの脱却を模索している。 産経新聞によると、在日米軍再編交渉の責任者を務めていたリチャード・ローレス元国防副次官が安倍晋三元首相に対し、「アメリカ政府高官の間では鳩山を“日本の盧武鉉”と評している」と述べた(安倍によれば、ローレスは理由として同盟国の指導者としては扱えない・戦略的な話をすることが出来ない・情報を共有することができないの3点を挙げたという)[30]。同記事を執筆した阿比留瑠比は「基地問題などの対米関係の見直しを主張した韓国の盧武鉉前大統領と言動が重なる」と述べている[30]。韓国中央日報でも盧武鉉政権の初期に酷似しているとして「鳩山政権の盧武鉉式政治実験の成敗が注目される」と報じている[31]。
[編集] 鳩山論文
鳩山は『Voice』(2009年9月号)に寄稿した論文私の政治哲学 のなかで、アメリカの経済政策や日米関係の現状を批判した[32][33][31]。『ニューヨーク・タイムズ』が8月27日に論文の抄訳を掲載した[32]ところ、アメリカや台湾で「反米的」と報じられた[34][35][36][37][38][32]。
『産経新聞』はアメリカ国内の反応について、「専門家の間では論文に対して強い失望と警戒感をいだいている」と報じた[39]。鳩山は後日、「反米ではない」と述べている[40]。
[編集] 在日米軍再編
- 2009年(平成21年)7月19日、鳩山は那覇市にて、普天間基地移設先について「県外移設に県民の気持ちが一つならば、最低でも県外の方向で、われわれも積極的に行動を起こさなければならない。」と述べ、県外移設へ前向きな姿勢を示した[41]。
- 9月25日、鳩山は、米軍普天間飛行場移設計画について「私のベースの考え方を変えるつもりはない」と述べ、首相としても県外移転前提に移設計画を見直す考えを表明した[42]。
- 10月8日、には、「時間によって変化する可能性は否定しない」などと述べ、公約にとらわれる考えのない旨を表明した[43]。
- 10月16日、鳩山は、普天間飛行場移設問題に関し「来年1月の沖縄県名護市長選と(11月にも想定される)県知事選の中間くらいで結論が必要になってくる」と述べ、来年夏までに結論を出すと表明した[44]。
- 11月13日、東京での日米首脳会談で普天間基地代替施設移設問題について会談をした。移設先決定は先送りとなったが、早期決着を目指すことで合意した。鳩山首相はオバマ大統領に「私を信じてほしい」と述べ、同日配信のメールマガジンで、「国民のみなさまにもぜひ信じていただきたい」と述べた[45]。直後の記者会見ではオバマ大統領が「日米合意である辺野古案を中心に進める」旨の記者会見を行ったが、鳩山は翌11月14日に「日米合意が前提なら作業グループを作る必要はない」と日米合意の辺野古案に捉われないとする発言を行い、日米首脳の認識に違いが出た[45][46][47]。日米合意履行について危惧するジョン・ルース駐日米大使には「心配されているかもしれないが、そうした報道などに惑わされないでください」との書簡を送った[47]。
- 12月3日、鳩山は、12月1日に岡田、北沢両大臣に年内決着を事実上断念したことを伝えたとする報道について、「事実ではありません。」と答えた。しかし「最初から、みなさんがたは年内にしなきゃいかんとかいろんな話がありますけれども、年内に決めなきゃいかんとかそういう議論を私どもはしているわけではありません。」とも述べ、年内決着にこだわらない考えを示した[48]。
- 12月4日、在日米軍再編に関する日米閣僚級ワーキング・グループにて、次期参議院選挙が終わるまで普天間基地移転についての答えを待ってほしいとの見解を伝達したが、アメリカ側は反発した[49]。
- 12月8日、鳩山は、遅くとも来週までに政府の方針を発表し、18日にデンマーク・コペンハーゲンで開かれる国際会議「COP15」の首脳級会合の場でアメリカ・オバマ大統領と会談し、理解を求める考えを示した。[50]。
- 12月11日、鳩山は「アメリカとしては何も変わらないのが、心の中ではベストだという気持ちは伝わってきています。ただ、やはり普天間の住民の方々のことを考えれば、そういう結論にしてはいけないと」と述べた[51]。
- 12月15日、鳩山は、普天間基地移設問題の政府方針として、「最終判断を先送りし、今後、与党3党の実務者による委員会を設置して検討する」と決定した。また、5月までに移設先の結論を出す方針を示した。[52]。
- 12月16日、普天間基地移設問題の先送りをする日本政府方針に米海兵隊トップが懸念を示したことについて、首相公邸前で記者会見の場で、「海兵隊が満足するとは思わないが、日本政府の考えがある。今の沖縄の現状を考えれば、これ以上の結論はない。米国との交渉の中で理解を求めたい」と述べ、最善の打開策であるとの認識を示した[53]。
- 12月17日、内閣メールマガジンで「針の穴にロープを通すくらい難しいことかもしれない」と移設問題の困難さを表現した[54]。
- 12月26日、ラジオ番組に出演した鳩山は、移設問題に関する自身の発言が二転三転していることについて、「(記者団への)ぶら下がりで『多少サービスをするか』という発想になって(発言し)、ちょっとの違いが大きく拡大されて伝わった」と自己弁護した。[55]。
- 2010年1月25日、名護市長選挙で、民主党推薦で基地移設反対派の稲嶺進が当選した。このことについて鳩山は、選挙結果にかかわらずゼロベースから新たな移設先を検討し、5月末までに決着させる考えを強調した[56]。
- 2月16日、在沖米海兵隊のグアム移転協定で、日米合意のロードマップ(工程表)に記載された普天間代替施設(現行案)の建設が移転条件とされていることについて、鳩山は、新たな移設先を決める5月末までに同協定改定の了解を米側から得る考えを示した。[57]。
- 3月4日、鳩山は首相官邸にて記者団に対し「3月中のいずれかの時点には政府の考え方をまとめなければいけない」と述べ、3月中には普天間基地移設先について政府方針をまとめると表明した[58]。
- 3月13日、鳩山が2009年12月にルース駐日米大使と会談した際、日米で合意したキャンプ・シュワブ沿岸部(名護市辺野古)への現行計画を容認していたことが分かった。複数の日米外交筋が11日、明らかにした[59]。
- 3月21日、鳩山は、米政府がキャンプ・シュワブ沿岸部(名護市)に県内移設する現行計画の履行を求めていることに関し「米側は頑固に現行案がベストだと思っていると思うが、それだけにはとらわれない幅広い考え方を持ち合わせていると思う」と述べ、米国側が軟化しているとの認識を示した[60]。
- 3月28日、徳之島の有力者である徳田虎雄・元衆院議員(重病で自宅静養中)と面会した。鳩山は政府が検討している同飛行場のヘリコプター部隊の鹿児島県・徳之島への移転実現に向け、現職時代に徳之島を選挙区とし、現在も地元に影響力を持つ徳田の協力を求めたが、徳田側は要請を断った[61]。これを受け、住民の代表である町長より先に地元の有力者と面会するのは民主主義に対する冒涜であるとの批判があった。
- 3月29日、首相ぶらさがり取材にて、普天間基地移設先の政府方針を3月中にまとめることについて、「今月中じゃなきゃならないということは法的に決まっているわけじゃない」と述べ、3月中には政府方針をまとめないことを示唆した[62]。
- 3月30日、鳩山は、3月中にまとめる方針だった移設先の政府案について「1日、2日、数日ずれることが何も大きな話ではなく、大事なことは5月にしっかりとした案を理解いただくことだ」と述べ、少なくとも数日中には政府方針を決定することを示唆した[63]。
- 3月31日、第2回党首討論・谷垣禎一自民党総裁との討論において、「腹案を持ち合わせている。現行案と少なくとも同等か、それ以上に効果のある案だと自信を持っている」と語ったが、具体的な内容は明らかにしなかった。また「現地の了解なくして案を進めることはない」、「5月末までに、まず政府案をしっかり作っておかなければならない。(その)連立政権としての考え方を米国に提示し理解を求め、新しい移設先に対して理解を求め、結果として政府案として認めてもらるプロセスになる」、「命がけでこの問題に体当たりで行動し、必ず成果をあげる」と述べ、今後の政府方針およびこの問題に対する覚悟と自信を示した。[64]。
- 4月13日、米国における核セキュリティサミットにおいて、鳩山首相はオバマ大統領と意見交換した[65]。普天間基地代替施設移設問題の進展が期待されたが、米政府高官筋によれば、全く進展はなく米国側は不信感を抱いたとされる[66]。米紙『ワシントン・ポスト』はコラムにて、オバマ政権高官が鳩山首相を「loopy(ルーピー)」[67]と評していると伝えた[68][69](Loopyとは「いかれた奴」という意味である)。平野官房長官はこの件に関し、「一国の首脳に対し、いささか非礼ではないか」との認識を示した[70]。意見交換は通訳を交え短時間の約10分間と伝えられ、オバマ大統領は2009年11月13日の「私を信じてほしい(Trust me)」と鳩山から言われた事を踏まえて「あなたは成し得るのか?(Can you follow through?)」と問いただしたとされる[71][72][73]。ただし、鳩山は4月22日の衆議院本会議の際、自民党・新藤義孝の質疑に対する答弁で、オバマ大統領からそのようには言われなかったと否定している[74]。
- 4月18日、移設先の有力候補と報道されていた、鹿児島県・徳之島で反対集会が開かれ、政府に移設断念を求める決議文を採択した。集会には主催者発表で目標の1万人を超える1万5千人が参加した[75]。
- 同日、米政府は4月下旬に予定していたキャンベル米国務次官補の来日見送りを日本側に通告した[75]。
- 4月25日、沖縄県の米軍普天間飛行場の県内移設に反対し、国外・県外への移設を求める大規模な県民大会が同県読谷村(よみたんそん)で開かれ、主催者発表で約9万人が参加した。仲井真県知事も出席し、鳩山政権に対し、「公約通り、責任ある解決策を示さないといけない。ネバー・ギブアップ、しっかりやってもらいたい」と求めた。名護市の稲嶺進市長は、政府内で現行計画の修正案が浮上していることについて、「場当たり的なやり方で、県民を愚弄するものだ」と厳しく批判した[76]。しかし普天間飛行場の県外移設が民主党や鳩山総理の公約であったことは一度もない。
- 5月4日、沖縄を総理大臣就任後初訪問し、仲井真沖縄県知事、稲嶺名護市長と会談した。会談では、普天間基地の移設先の一部は沖縄県内とする考えであることをに伝え、残りの一部については徳之島への移設を考えていることを明言したが、理解は得られなかった。また会談後の記者団とのインタビューにて、「(2009年7月19日の)『最低でも県外』発言は当時の党代表としての発言であり、民主党の公約ではなかった」、「(アメリカ海兵隊の抑止力について)知れば知る程、海兵隊の抑止力が大きいのだと解った。考えが浅かったと言われればその通りかもしれない。」と述べた。[77][78]。
- 5月7日、鳩山は首相官邸にて徳之島3町長と会談した。会談後、3町長は記者会見して「飛行場移設は絶対反対という民意は決して変わらない。これからますます強くなる。首相が(徳之島に)来ても、お会い出来ない。会っても平行線だから」と語った[79]。
- 5月8日、鳩山は、「最低でも県外」としていた自身の発言について「努力をしたいという思いで今日まで行動してきた。場当たりな発言は一切していない」と述べ、最初から「最低でも県外」というのはあくまでも努力目標であったことを明言し、発言には一貫性があるとの認識を示した[80]。
- 5月10日、鳩山は、普天間基地移設問題の進展がないことについて「『5月末(決着)』は、私が国民の皆さんに申し上げている。変えるつもりはない」と強調した[81]。
- 5月12日、鳩山は、普天間基地移設問題の進展がないことについて、「5月末までにできる限りのことはする」と述べ、5月末は努力目標であることを示唆した[81]。
- 5月12日、鳩山は、平野官房長官が15日に徳之島を訪問することについて、「町の方から要請をいただいた。無理に私どもの方から申し上げているわけではない」と述べ、徳之島側から基地移設の話し合いについて要請があったことを明言した[82]。
一連の行動については、鳩山の「公約ではない」という主張に対して事実上の公約であると認識して批判しているメディアもあり、[83][84][85]当時党幹事長だった細野豪志のように鳩山の発言に対して「昨年の衆院選前に県外と言った鳩山代表の下で選挙を戦った。私は党の公約と受け取っている」と反論した例がある[86]。
2011年2月、米軍普天間飛行場の県外移設を断念した理由に海兵隊の抑止力を挙げたのは「方便」と発言。この発言を受け16日の衆議院予算委員会で北澤俊美防衛大臣は「私の人生の中でも一、二を争う衝撃的なことだった」と強い不快感を示した。なお、この発言を受け自民・公明両党は当人の参考人招致を要求した[87]。
[編集] チベット問題
2007年11月23日、民主党の幹事長だった鳩山由紀夫はダライ・ラマ14世と会談し、ダライ・ラマ14世が、チベット問題について「高度な自治を求め、右手を中国政府に差し出しているが何も得られていない。左手で欧米や日本に協力を求めたい」と述べたのに対し、「力強くサポートさせていただく」と応えた。[88]、2009年9月21日、内閣総理大臣に就任した鳩山は中国の胡錦濤国家主席と会談し、チベット問題は「中国の内政の問題と理解している」と述べ、内政問題という認識を示した上で、「それだけに対話を通じて見事に解決することを期待したい」として、中国側による平和的な解決を期待した[89]。
[編集] 韓国
- 2006年4月10日、韓国・釜山で民主党の外交政策について講演し、自民党の外交政策を「米国ばかりを向いたから、日本は孤立した外交になっている」と批判した上で「民主党は、中国、韓国、ASEAN・東南アジア諸国連合と友情の濃い関係をつくっていく」と述べた。また、靖国神社参拝問題や歴史教科書問題の清算が日本側の課題であると見解を示した。[要出典]
- 2006年5月2日、小泉総理大臣の靖国神社参拝に反発した韓国政府が日韓シャトル外交を中止すると、「与党の党首(小泉首相)が出来ないならば野党第一党として自らの役割を果たさねばならない」と韓国を訪問した。韓国では「民主党執行部の顔ぶれが新しく変わったから大いに期待してほしいというメッセージを伝えに来た」と自民党との違いをアピールをした。[要出典]
- 2006年5月4日、韓国の韓明淑国務大臣と会談。韓が「日本側の歴史教科書歪曲、靖国参拝強行、独島問題などで最近両国関係に緊張がもたらされている」と強い遺憾の意を表明すると、「全ての領土問題は、根本的に歴史から始まる。日本が、歴史的事実をより正確に理解するよう努力する必要がある」と歴史的事実を直視する姿勢を示した[90]。
- 2008年12月11日、韓国の李明博(イミョンバク)大統領の実兄の李相得(ko:이상득、イ・サンドゥク)に対して、「(日本の)政権交代のため、韓国からご協力を」と求めた[91]。
- 2009年6月5日、韓国の李大統領とソウル市内の青瓦台(大統領官邸)で会談した。この会談で鳩山は李大統領に「一部に過去の侵略行為や植民地化を美化する風潮もあるが、私たちはそのような立場をとらない。私たちは過去の歴史を直視する勇気を持っている」と述べた[92]。
- 2010年10月13日、韓国の李大統領とソウルの大統領府で会談。東アジア共同体構造についての談義をし、「日韓両国が一つの経済圏となることが望ましい」という見識が一致した[93]。
[編集] 北朝鮮
- 1997年10月23日、金正日が北朝鮮の国防委員会委員長に推戴されたことを記念する祝賀宴に参加[94]。
- 2000年3月9日、朝鮮総連第一副議長の徐萬述(서만술、ソ・マンスル、en:So Man-sul)らと会談し、「思惑があって支援するようなことではいけない。人道的な協力はすべきで、その中から両国の信頼を醸成していくことが民主党の基本的な考え方だ」と述べるとともに永住外国人の地方参政権付与などについても意見交換を行った[95]。
- 2001年3月3日、朝鮮総連の韓徳銖議長の告別式に出席し、議長の死を惜しむ挨拶をした[96]。
- 2009年5月26日、北朝鮮が核実験を強行したことに関連して、安倍晋三が「友愛外交は北朝鮮に通じない。断固たる経済措置を行うべきだ」と述べたことに対し、「価値観の異なる国同士というものがどのようにしたら、この世界のなかで、お互いにその存在というものを認め合えるような立場になり得るかということ。それが安倍氏には理解できないのかもしれない」と述べ、「敵視しあっていた独仏の間でもEUが出来上がった」と価値観の違いを乗り越える必要性を解いた。麻生内閣に対しては、「中国を活用して北朝鮮の扉を開かせることを考えるべきだが、その努力が極めて稚拙で足りない」と非難した[97]。
- 政権獲得後、普天間基地の政策が北朝鮮から一定の評価をされる[98]など、北朝鮮の民主党批判は控えめとなっている。
[編集] 拉致問題
1997年、北朝鮮による日本人拉致問題について、「困っているときに、拉致事件などの問題が解決しないと援助できないというのでは、彼ら(北朝鮮)の気持ちは和らげることができないのではないか」と前橋市で演説し、貧困・飢饉に苦しむ北朝鮮への食糧支援を訴えた。[要出典]
もっとも、民主党代表だった2002年9月の小泉訪朝に際しては、「急ぎ過ぎて国益を損なった」「拉致問題や不審船問題についての追及が甘い」と厳しく批判。代表退任後の2003年には民主党拉致問題対策本部長に就任し、ブルーリボンを常に胸に付て拉致問題について積極的に発言するなどしていた。
2006年2月、拉致問題を解決するためという名目で、独立の生計を営むことができない脱北者に対して特別永住権を与え、その定住を支援するため、居住の安定の確保、就業の支援、日本語教育等に関し必要な施策を講ずるという内容の北朝鮮人権法案を提出した[99]。
2007年4月、韓国で開催された「平和と共存のための北東アジア指導者会議」で、韓国の識者から「6カ国協議では、拉致問題と北朝鮮の核開発問題を切り離してほしい」という要望に同意するが、拉致問題に関して日本人は理屈より感情が先んじている現実があるので、ナショナリズムを抑えるために韓国の協力が必要であるとスピーチした[100]。
[編集] 先制攻撃論
1999年2月26日の千葉市内での講演では、「あと数分とか数秒で日本を攻撃するミサイルが発射されるという状況が自明のとき、撃たれるままで手をこまねいていなければならないかというと、必ずしも憲法ではそうではない。自衛のために行動することは禁止されていないと理解している」と憲法上では先制攻撃が許される場合もありうるとの見方を示している[101]。ただし2009年5月27日の新聞記者との会見では、「相手の基地の先行的な、こちらでたたきのめしていいなんていう議論も、まさに(核武装議論と)同じように、私は慎むべき議論だと、そのように考えております」とも述べている。[102]。
[編集] ロシア
[編集] 北方領土問題
- 祖父・鳩山一郎が首相のときの日ソ共同宣言から積み残した問題であるゆえ、弟の鳩山邦夫と共に熱心に取り組んでいる。一部からは、発言をした時期によって矛盾がみられ、鳩山の立場は明らかではないともみられている[103]。
- 2007年2月28日、父・鳩山威一郎の銅像除幕式で、「我々孫たちが真剣に北方領土問題の解決に向け、もう一度踏ん張らないといけない。四島一括返還では1000年たっても還らない」と語った[104]。
- 2009年2月18日、麻生太郎首相とロシアのメドベージェフ大統領との首脳会談において、「新たな、独創的で型にはまらないアプローチで解決を目指す」ことが言及されると、鳩山は「四島の主権は日本にあるというのは決して譲ってはならない一線だ」、「四島の帰属は日本にあるという前提が抜けてしまうようでは大変危ない」と発言した[105]。
- 2009年11月18日午前の会談で、鳩山首相は、北方領土にて日露首脳会談を行う案を検討すると語った。しかし、同日夕方の記者団に真意を問いただされると、あくまで意気込みを語ったものだと述べるにとどめた[106]。
- 2010年4月13日、ワシントン市内で、メドベージェフ大統領と会談。首脳同士で北方領土問題を解決していきたいとする意志を伝えた。メドベージェフ大統領は、鳩山首相の提案に同意し、首脳同士の協議の継続が約束された[107]。
- 2010年9月10日、ロシアに来訪した鳩山前首相(同年6月に首相を突然辞任した)は、メドベージェフ大統領と北方領土問題を協議。領土問題の解決に向けた首脳同士の協議の必要性が改めて相互認識されることになったが、実質的な進展はなかった[108][109]
[編集] 国防
- 2000年12月7日、民主党護憲派の「21世紀の民主党を考える会」の会合に講師として招かれ、「平和執行型の国連平和維持活動(PKO)にも日本は参加しなければならない。そのとき、憲法が障害になるなら変えればいい」と述べた[110] 。
- 2010年1月8日、首相公邸前で記者団に対し、「これから日韓で協力していこうという機運が高まっている中で出てきた話」として日韓両国の安全保障分野での協力を強化するための首脳レベルの共同宣言があると発言[111]。翌日、韓国政府に否定された[112]。
- 2010年5月27日全国知事会において、尖閣諸島の帰属問題について「日中当事者同士で議論して結論を出す、と私は理解をしている」と発言。[113]
[編集] 歴史認識
[編集] 慰安婦問題
- 2002年5月31日、日本軍の元慰安婦とされる女性を対象(日本人女性のみ対象外[114])とした「戦時性的強制被害者問題の解決の促進に関する法律案」の審議を推し進める決起集会を、民主党、共産党、社民党の3党合同で開いた際に、鳩山は、「国はいまだにその責任を認めるとか認めないとか言っているが、被害者の人たちに補償をし、名誉を回復していくのは当然のこと。立法府としてもこの事実を認め、いっそう審議を進めていかなくてはならない」と述べた[115]。
[編集] 日本の戦争犯罪
- 1999年8月10日、日本共産党や社会民主党の議員と共同で、「恒久平和調査局設置法案」を議員立法として第145回国会に提出[116][117]。また、2000年11月20日に第150回国会[118]、2004年6月9日に第159回国会[119]、2006年5月23日に第164回国会へと廃案のたびに何度も再提出を繰り返している[120]。この法案は、国立国会図書館に恒久平和調査局を設置し、満州事変から日本の敗戦までの間に行われた日本による戦争被害を明らかにしようというもの。調査対象は、日本人を含めた外国人に対する徴用、性的行為の強制、生物化学兵器の開発など日本の戦争犯罪全般を網羅している[121]。鳩山は同法案の成立を目指す恒久平和のために真相究明法の成立を目指す議員連盟の呼びかけ人である[117]。同法案は4回提出され、3回とも廃案となっているが、鳩山は成立に強い意欲を示している。
- 1999年、日本の戦争責任資料センター代表の荒井信一や戦争被害調査会法を実現する市民会議代表西川重則が主催する「恒久平和調査局設置を求める院内集会」に参加。鳩山は、韓国の金大中大統領が日本に向けて「過去の歴史のことは問題にしない」と発言したのは、「後はあなた方の責任でしっかりやってほしい」という意味であると主張し、日本は過去の調査を行う義務があると訴えた[122]。
- 2009年1月6日、ニューヨーク・タイムスのノリミツ・オオニシ記者が2008年12月16日に書いた記事「麻生鉱業が連合軍捕虜を労役させていた。日本は戦争犯罪を否定するために証拠を隠蔽していた」[123]に関連して、「不都合な事実から目をそむけるのも麻生政治なのでしょうか。事実も現実も認識できない総理では誰も信用しません。麻生総理の政治姿勢と資質が国際社会からも厳しく問われていることを知るべきです」と麻生太郎総理大臣を非難した。
[編集] 靖国神社問題
- 2006年8月10日、小泉が公約に掲げていた靖国参拝を総理総裁として公式に実施することについて、「国益を損なっても公約を守るというのは、国民から見れば不可思議な話だ。あまりにも、過去の日本の行為、歴史を軽くみている。国の内外からとても大きな批判が出るだろう」と発言した[124]。
- 2006年8月15日の終戦記念日に小泉が靖国神社を参拝すると、「総理の行動は戦争により被害を受けた人々の心を踏みにじり、国益を大きく損ねている。民主党は党利党略を離れ、歴史を直視し、国益の観点から、総理の靖国参拝に反対をしてきた。民主党は総理の本日の靖国神社参拝を大変に残念に思う」と非難する談話を発表した[125]。
[編集] 歴史教科書問題
- 2001年、訪問した韓国ソウルでの記者会見で、扶桑社発行の中学歴史教科書について、「いたずらに歴史というものの事実を日本側にとって美化しようとしたことは明らか。そのような偏狭なナショナリズムを持った教科書が採用されることはあってはならない」と指摘し、「各地域の教育委員会で採択され、どんどん使用されていくことは望ましいことではない」と述べた。[126]この発言は、松原仁たちから、「発言が韓国当局の教科書批判に、正当性の根拠を与えたとすれば、不適切との謗そしりを免れない」と非難されたが、鳩山は「その教科書は望ましいとは思っていない。検定による修正で137箇所直っているが、思想的な部分は変わらないことは教科書の著者も認めている」と述べ、重ねて批判した。[要出典]
[編集] 日本国外からの評価
- 2009年6月3日、民主党本部で、中国駐日大使の崔天凱と会談し、鳩山は自らが首相に就任した場合は靖国には参拝しない考えを伝えた。これに対し、崔は、「民主党のこれまでの歴史認識は正しい。政権交代が実現したら、日中関係はさらに発展する」と応じた[127]。
- 2009年9月4日、鳩山は韓国の権哲賢駐日大使と会談し、権大使が「韓国の人々は鳩山代表の正しくて均衡の取れた、そして洗練された歴史認識についてよく知っている」と述べると、「『鳩山由紀夫内閣』は歴史認識でも過去を直視できる政権になる。それが自民党政権との違いだ。」と返答した[128]。
- 米紙ワシントン・ポストは鳩山首相を「愚かで最大の失敗者」と酷評した[129][130]。同紙では他にも「考えや哲学が古い。首相がこんな様子では危機に瀕している日本を救えない」と指摘している[131]。これを受けて中国と台湾の聯合報も「米国政府内では鳩山首相はころころ考えを変え、信用できない人物との見方が広まっている」、「遅々として進まない米軍普天間飛行場移設問題を通じて、米国は鳩山首相の能力を完全に見透かした。」と伝えた[132]。
[編集] 政治倫理
国会運営の姿勢としては「強行採決は国民を愚弄する行為」と否定している[133]。
鈴木宗男衆議院議員を「ODAで私腹を肥やし、公共事業で私腹を肥やし、さらに北方領土問題でも私腹を肥やしていた。このような政治家が日本にいること自体が実に恥ずかしい」と名指しで非難しており[134]、鈴木がいわゆるムネオハウス問題で自民党を離党すると「比例代表選出議員は離党したら議員を辞職すべき」と議員辞職を求めた[135]。
[編集] 環境問題
「鳩山イニシアチブ」も参照
環境問題については地球温暖化防止に強い関心を見せており、日本の2020年までの温室効果ガスの削減目標(中期目標)について、「1990年比25%削減を目指す」ことを国際社会に約束した。この構想を鳩山は「鳩山イニシアチブ」と名づけている。
[編集] 外国人の生活改善
2010年4月25日、群馬県大泉町の視察後の記者会見で「将来的に、この国をもっと開かれた国にしていかなければならない。日本に住む外国人の医療や教育の問題の改善に向け、政府として対策を検討したい」という考えを示した[136]。
[編集] 外国人への参政権付与
「外国人参政権#鳩山内閣総理大臣の見解」も参照
公式サイトで、「日本は他の国々に比べて外国人の比率がかなり低いこと自体が大いに問題である。これは外国人にとって、日本は住みにくい国であることを物語っている」と見解を示しており[20]、「私などは、定住外国人に国政参政権を与えることをも真剣に考えてもよいのではないかと思っている」との考えを表明している[20]。
2000年1月、朝鮮総連の徐萬述(ソ・マンスル)第1副議長から「地方参政権法案」に対し、民主党が慎重に対処するよう要請されると、党独自に訪朝団を派遣意向を示すなど日朝関係改善に努力するとともに、「参政権」問題に対する朝鮮政府と総聯の立場を検討し、在日朝鮮人の権利問題解決へ方途を模索していくと答えた[137]。
2001年の第151回国会における首相施政方針演説に対する代表質問で、21世紀は「共生の世紀」、「人権の世紀」であり、そのために、永住外国人に地方参政権を与えるべきであると訴えた[138]。
2004年4月14日、在日本大韓民国民団から「永住外国人への地方選挙権付与法案」の早期成立を求める陳情を受けると、「地方参政権付与は当然だと承知している」と表明した[139]。
2008年の第169回国会における首相施政方針演説に対する代表質問で、代表質問で「永住外国人の地方参政権はすでに韓国に先を越されたではないか」と述べ、日本も早く実現すべきとの姿勢を強調した。これに対して、福田康夫首相は「永住外国人に対する地方参政権付与の問題について、韓国の状況は承知しておりますが、この問題は、我が国制度の根幹にかかわる重要な問題でもございまして、各党各会派において議論を進めていただきたいと考えております」と返答した[140]。
2004年、「日本列島は日本人だけの所有物じゃない[141][142]」「出生率の問題を考えてみても、もっと海外に心を開くということを行わないと、世界に向けても尊敬される日本にならないし、日本の国土を守ることもできなくなる。ですから、私は定住外国人の参政権は、当然付与されるべきだと、そう思っています」などとニコニコ動画で発言する[142]。4月24日の民主党本部での記者会見では改めて「愛のテーマだ。地方での参政権は付与されてしかるべきではないか」と述べている[143]。
2009年4月18日、ニコニコ動画の「ニコニコ討論会」に出演し、「日本列島は日本人だけの所有物じゃないんですから、もっと多くの方々に参加をしてもらえるような、喜んでもらえるような、そんな土壌にしなきゃダメですよ」「日本人が世界の中で一番自信を持ってるはずなのに、なんで他国の人たちが地方参政権ひとつ持つことを許せないのかと。少なく とも韓国はもう認めている訳ですよね。彼らが認めていて我々が認めないというのは、非常に恥ずかしいと思いますね、私は」「私は定住外国人の参政権ぐらい当然付与されるべきだと、そう思っています」と発言している[144][143]。
2009年5月31日、それまで政権公約に明記していた在日外国人への地方参政権付与について、「個人的には前向きに考えるべきだと思うが、党内で結論が出ている状況ではない」と述べ、次期衆院選を控え、党内の対立を深めることは得策ではないと判断、党内の異論を踏まえマニフェスト記載を見送る考えを示した。これにより、同党のこの問題に関するマニフェスト記載が党内で結論として出されたものではなかったことを明らかにした[145]。
2009年11月9日 衆議院予算委員会の自民党稲田朋美の質問にて、憲法15条との関連に対して、憲法改正しなくとも、外国人への参政権付与は可能だと考えている」と発言した[146] 。
2010年1月20日 民主党大会において在日外国人の地方参政権付与について触れ、「在日外国人」を「在日韓国人」と言い間違えた。また、政府として法案提出の検討と、そのための連立与党内の合意形成を目指すこととした[147]。
2011年1月10日 大韓民国民団の新年会の席上、「皆様方の悲願である(外国人)地方参政権の付与に関して、大きな道を開く年にしていこうではないか」と述べたほか、「(付与に向けて)もっともっと努力をしなければならないことは言うまでもない」と述べた。さらに、在日外国人の参政権の付与は、「隣国同士の絆を深め、強めることで経済やあらゆる面で両国が世界のリード役を務めていけると考えている」と、参政権問題が(日韓)両国の友好の障壁になっていると言う主張をした。[148]。
[編集] 捕鯨
民主党幹事長時代の2008年6月26日、オーストラリア外相・スティーヴン・スミス(en)との会談で、「実はけさ、家内の手料理にクジラが出た。私はクジラを食べない主義なので拒否したが、日本の食卓ではクジラは好かれている現実がある」と述べた[149]。首相就任後の2009年10月26日におこなわれたオランダ首相・ヤン・ペーター・バルケネンデとの会談では、「私はクジラ肉は大嫌いだ」と明言している[150]。一方で、日本の調査捕鯨に対する環境団体の妨害行為を批判し[149]、捕鯨反対国に対し、妨害活動を行っている活動家について対処するよう要請している[150]。
[編集] 政局
2007年11月8日、「次の衆院選で政権を取ることがかなわなかったら、自民党との大連立の話が復活する可能性は出てくる」と述べ、次期衆院選に敗北した場合にも民主党が政権に参加する可能性があることを表明した[151]。
2007年12月14日、大阪府知事選について、民主党が阪大大学院工学研究科教授の熊谷貞俊の擁立を決定したことに関連して、「一番反対していた奥さまが“あの相手にだけは大阪を任せられない。ここで出なければ男じゃない”と最後は強く推したと聞いている」と述べた。しかし、当の夫人は「そんなこといってません。めっそうもない」と否定している[152]。
2008年8月26日、ラジオ番組で小沢の無投票再選を評し、「小沢代表の顔を見たら怖い、相手になった場合、何をされるか分からないと感じてしまう方が多いかもしれない」のように述べた[153]。
2009年3月3日、小沢の公設秘書の逮捕をうけて、「小沢氏は、すべてのお金の出し入れを明らかにしている。問題はない。陰謀だ」と政府、与党、検察サイドによる陰謀であるとした。3月8日に福島で開催された集会でも、支出を原則公開していることから「小沢代表は最もクリーンな政治家」と強調した[154]。
2009年3月29日、小沢の進退に関連し、「小沢氏の下での幹事長だ。殉じるときは殉じる」と述べ、小沢辞任の場合は自らも連帯責任を取って幹事長を退く考えを示した。また、後任として自らが代表に就く可能性については「そんなふうにはいかない」と否定した。が、同年5月に代表就任している[155]。
2009年6月6日、日本郵政の人事問題に関連して、実弟の鳩山邦夫総務相(当時)に対して、「民主党に協力して加わるなら、早く閣僚を辞めて新しい道を進めたらいかがか」と述べ、自民党離党と民主党への合流を呼びかけた[156]。邦夫がこの問題で事実上更迭され、離党を含めた去就が注目されるようになった6月11日、「西南戦争に決起し、政府に反旗を翻した時の西郷隆盛の言葉を引用した。弟はその覚悟を持っていると当然理解している」と述べ、理解を示した一方で、連携について、「私どもは政権交代を目指している。念頭に置いてはいない」と否定した[157]。
[編集] 時局から主張が変化した政策
[編集] 政治とカネの問題(秘書の罪は議員の罪→秘書の罪は秘書の責任)
- 2002年3月14日、加藤紘一の秘書による脱税容疑について「言うまでもなく、秘書の罪は国会議員の罪である」と発言[158]。
- 2002年5月2日、鈴木宗男の秘書逮捕について「私は以前から鈴木議員に辞職を求めてきたが、議員の分身といわれている会計責任者の逮捕は、議員本人の責任であり、改めて強く求める」と述べた[159]。
- 2003年7月23日、鳩山由紀夫メールマガジン「はあとめーる」で、土井たか子の秘書による秘書給与流用事件について「私は政治家と秘書は同罪と考えます。政治家は金銭に絡む疑惑事件が発生すると、しばしば『あれは秘書のやったこと』とうそぶいて自らの責任を逃れようとしますが、とんでもないことです。秘書が犯した罪は政治家が罰を受けるべきなのです」と配信し、秘書が罪を犯した場合、政治家も罰を受けるべきとしてきた[160]。
- 2009年6月30日、鳩山由紀夫の政策秘書たち3人が政治資金規正法違反(虚偽記載など)で告発されたことについて、「全く知らなかったこととはいえ、監督責任はあると思っております」と述べ責任を認める一方で、「このことをしっかりと反省をしていく中で、また説明責任を果たしていく中で、代表としての責務を果たしてまいりたい」と述べ、説明と職責を果たすことによって責任をとる考えを示した[161]。
- 2010年1月22日、衆議院予算委員会で、野党時代に「秘書の責任は政治家の責任」と述べていたことについて、「秘書と政治家が同罪ということを言ったのではない」と釈明した[162]。
[編集] 小泉改革(やや期待→批判)
小泉改革について、当初は、2001年6月の小泉純一郎内閣総理大臣(当時)との党首討論の場において、「私は民主党代表だが、首相が構造改革を断行する気持ちで努力することを評価したい」と発言し、さらに、「ヤジを飛ばしている方々は首相の改革路線の足を引っ張っている抵抗勢力なんですよ。私たちは背中を押して差し上げようとしている改革勢力。志半ばで倒れたら民主党があなたの骨を拾ってあげます!」と述べ評価したが[163]、その後、2009年5月15日、民主党代表選挙の前日に開かれた記者クラブ主催の公開討論会において、鳩山は対立候補の岡田克也に対し、「小泉構造改革というものをどのように考えておられるのか。例えば、郵政民営化、岡田さんのとき、代表のときにその戦い(2005年の郵政選挙)がございました。民主党は敗れ去りましたが、しかし、結果として地域が崩壊の憂き目になっております。その新自由主義というものの総括というものをお願いしたい」と述べ、批判的立場から小泉構造改革の総括を求めた[164]。
[編集] 官房機密費(必要性に疑問→存続)
2001年2月5日の衆議院本会議での代表質問では、「五五年体制のいわば政治的遺物であり、官邸が機密費として持つ必要性はなくなったのではありませんか。」と発言し、官房機密費は必要性に疑問を投げかけたが[165]、2009年11月19日には、記者団に対して「国益に資するために使わせていただく貴重な資金」と発言し、必要性を認めた[166]。
[編集] 消費税引き上げ(言及→即座の増税には反対→大不況のため一時棚上げ)
2007年2月9日、記者会見で、「マニフェストを作成する中で年金と消費税の議論を行うことが大事だ」と消費税増税に言及した。しかし、7月6日に安倍晋三首相が前日夜のテレビ番組で、秋以降に消費税率引き上げも含めた抜本的税制改革の検討に入る考えを示したことが報じられると、「選挙が終われば消費税を上げるぞということが見え隠れしている」と批判した[167]。2009年5月15日、民主党代表選挙の前日に、消費税増税について「議論をすれば、『経済が厳しいときに何で消費税の議論をするんだ』という話になる。この4年の間に消費税を上げる議論をする必要はない」と議論を棚上げした[168]。
[編集] 海賊対策における自衛隊の活用(やや積極的→やや消極的)
2008年10月17日、アフリカ・ソマリア沖の海賊対策としての自衛隊の派遣について、衆院テロ防止特別委員会において民主党の長島昭久議員が、「海上保安庁の巡視艇がソマリア沖の海賊対策に当たるのは困難」という趣旨の政府答弁を引き出したうえで、「自衛隊艦艇のエスコート(護衛)は海賊対策にかなり効果がある」と提案した[169][170]ことを受けて、翌18日の会見で、「政権交代の暁に、積極的、前向きに検討する」と明言したが、[171]。2009年1月23日、アフリカ・ソマリア沖の海賊対策として海上自衛隊護衛艦を派遣するという政府方針に対して、「なぜ海上保安庁じゃだめなのか、なぜ自衛隊なのかというところが、判然としていない」、「3党が協力して麻生政権を追い込むため、海賊対策でもできる限り一致するように努力したい」と発言した[172]。なお、2009年7月23日に民主党が発表した2009年版政策集には、アフリカ・ソマリア沖などでの海賊対策について「一義的に海上保安庁の責務」としながらも、「海保のみでは対応が困難な場合は、シビリアンコントロールを徹底する仕組みを整えた上で、海賊発生地域に自衛隊を派遣することも認める」と明記されている[173]。
[編集] 核武装議論(容認→反対)
1999年10月27日、東京都内で行われた講演で、先に核武装をめぐる発言で辞任した西村眞悟元防衛政務次官の問題に絡んで、「核武装してもいいかどうかを国会で検討したらどうかと言った瞬間にクビを切られるとなると、国会で核をもつべきかどうかなんて議論がなされなくなる。議題に乗せることすらしてはいけないという発想もいかがなものか」と発言していたが[174]、2006年10月15日には、自由民主党政務調査会長だった中川昭一が非核三原則を見直すかどうか議論する必要があるとの発言を行ったことに対して、「目には目をみたいな話。北朝鮮が核を持ったら日本も持つという発想は、世界全体に核が拡散してしまう論理になる。日本は唯一の被爆国として核を持たずに、世界の核廃絶に向けリーダーシップを発揮しなければならない」と批判[175]、さらに11月3日には、核保有の議論の容認発言を行った麻生太郎外務大臣に対して、「核を何らかの形で国の安全保障に結びつけようと議論することに大変憤っている」と批判した上で、「唯一の被爆国として、世界中から核をなくす運動のトップリーダーとして動かなければならない日本の外相がこういう発言をすることに心から怒りを持つ」と述べ、麻生の外務大臣罷免を要求する考えを示し、核保有に関する議論はすべきではないという考えを示した[176]。
2004年9月15日、アパグループ代表の元谷外志雄邸での「日本を語るワインの会」に夫人を連れて参加。同席した田母神俊雄、大島信三と元谷夫妻の6人で核武装に関する議論などを行っていた[177][178]。鳩山と同席者たちは邸宅内外で記念写真を撮影している[177]。鳩山はこの件に関して事実関係を認めつつも、「失礼ながら余りにも私の思想とかけ離れた話をされていたので、途中でご無礼いたしたことを思い出します」と自身の2008年11月5日付けのメールマガジンで述べている[179]。また、「田母神航空幕僚長が、かつて日本が犯してしまった侵略行為と植民地支配を正当化する論文を発表して、更迭されたのは当然として、定年退職にしてしまったことは許せません。退職金は6千万円とも言われています。懲戒処分を受けるべき者が、6千万円貰って退職するとは言語道断です。このような処理をした政府の責任を厳しく追及せねばなりません」と田母神を批判している[179]。田母神は鳩山の批判に対して、「ウソを言うのもたいがいにしてもらいたい。鳩山はあの日、最後まで会合に出席して楽しんでいた。彼は私や元谷代表らと一緒に、仲良く記念撮影までしている。自分がつらい立場になれば、平気で人を裏切る。そういう人間は、今後も何かあったときに必ず人を裏切ることでしょう。鳩山由紀夫は、まったく信用ならない人物です」と述べている[180]。
2010年3月5日には非核三原則を堅持する意向を示している[181]
[編集] 政権交代後の官僚人事(主導権を握ることを宣言→撤回)
2009年2月9日に行われた鳩山の講演で、政権交代が行われたときの官僚の人事について、「(各省庁の)局長クラス以上には辞表を提出していただき、民主党が考えている政策を遂行してくれるかどうかを確かめたい」と述べたが[182]、2009年6月30日、党本部における記者団の質問に対し、「法的には難しい話だ。辞表という形に必ずしもならない」と以前の発言を訂正した[183]。
[編集] 金銭問題
[編集] 政治資金報告書虚偽記載問題
[編集] 個人献金虚偽記載問題
- 2009年6月、鳩山の政治資金管理団体「友愛政経懇話会」の政治資金収支報告書に、故人からの献金が記載されていることが発覚。少なくとも5人の「故人」が延べ10回、5年に渡っておよそ120万円を献金したことになっていた[184]。同月、実際には鳩山に献金していないのにもかかわらず、「友愛政経懇話会」へ個人献金したとして収支報告書に記載されている人が複数いることが発覚した[185]。また、記載されたリストの中には住所自体が存在せず、実際には存在していない人物も含まれていたことが発覚した[186]。鳩山はこの問題が報道されたことを受けて、五百蔵洋一弁護士に調査を依頼、2009年6月30日に記者会見で調査内容を公表した[187]。それによれば、実体のない、問題のある寄付は少なくとも2005年からの4年間で延べ193人分、総額2,177万円に上る[188]。鳩山はこれらの虚偽記載について、会計実務担当の公設秘書が独断でやったとし、この公設秘書を解任・解雇した[189]。なお、調査は現在も続行中である。この問題は名簿に死亡した人物の名前が多数含まれていることから、故人献金問題ともいわれている。この問題の調査の過程で、「友愛政経懇話会」の政治資金収支報告書のなかで、5万円以下などの条件を満たす匿名の個人献金の総額が2003年から2007年の5年間で計2億3千万円に上り、国会議員のなかで突出して多いことがわかった。鳩山の個人献金のうち、5万円以下のために献金者の匿名が認められる小口献金の2003年から2007年の5年間の年平均額は約4,600万円となっており、ここ5代の自民党総裁、民主党代表経験者の年平均額の約140万円を大きく上回っており、2003年には1,500人以上の匿名者からの小口献金があったとしている[190]。
- 自民党プロジェクトチームによるこの問題の調査の過程で、鳩山の地元・北海道9区の道議、市議、町議ら42人が、鳩山が代表を務める「民主党北海道9区総支部」に対して、毎年12月25日のクリスマスに、数十万円、5年間で1,650万円にのぼる献金を行っていたことが明らかになった。特に、2005年のクリスマスの献金に関して、当日は日曜日であり、一般銀行の多くが振り込みはできないはずだが、例年通り、巨額の献金が計上されていた。これに関して、「地方議員が国会議員に献金するなんて聞いたことない。ましてや政界有数のお金持ちに上納する必要なんてあるのか」、「クリスマスの日曜日に1人1人から集金して回ったのか」と疑問が呈されている[191]。この件に関して、9区総支部の会計責任者は「毎月受け取った寄付金は年末に一括計上している」としたが、他の町議などから、「総支部には年1回一定額を寄付している。党費は別に払っている」、「支部から送られてきた振込用紙に金額を記入し、前期、後期に分けて振り込んでいる」と異なる説明がなされる一方、複数の道議や市議が、「鳩山代表が各市町村議員に渡して払わせているという一部報道は事実に反する」と否定。また、同支部の政治資金収支報告書には会計責任者の現職道議の記載がないなど不透明な部分も明らかになった[192]。
- この問題を受けて、7月3日には、「鳩山由紀夫を告発する会」を称する東京都内の市民団体から政治資金規正法違反の疑いで告発を受けた。なお、この市民団体は、代表者、メンバー共に詳細不明な謎の団体である。のち東京地方検察庁が不起訴処分としたため、2010年1月28に検察審査会宛審査申し立てをした旨発表[193]。
- 鳩山は、これらの問題について6月30日に、「私の個人献金額があまりにも少ないので、秘書が心配してやってくれたのだと思う」と発言。この発言内容に対して与野党から異論が噴出したため、7月3日には、「企業・団体献金が『鳩山はカネを持っているから』ということで、なかなか集まらない。その焦りもあったと思う[194]」、翌4日の会見では、「もともと8000万円ほど貸し付けている。これ以上増やすのは、秘書にとってつらい話になったのではないか」、「本人に聞いたわけではなく推測だ」と述べるなど[195]、再三発言を修正している[196]。
- 岡田克也民主党幹事長は、自民党がこの問題を批判していることについて、「記者会見すら拒否している人がほとんどの自民党が、説明責任が足りないといって騒ぎ立てている」と批判し、鳩山の対応を「自民党にも様々な疑惑があるが、自ら非を認めて謝罪をしたのは鳩山氏だけだ」と評価した。当初は説明責任を果たしたとしていたが、『読売新聞』の世論調査で、「鳩山氏が説明責任を果たしていない」が約8割を占めたことを受け、「与党が攻め立てているので、国民が『十分説明を果たしていない』と考えたのではないか。我々も、もっと伝える努力をしなければならない」と述べた。なお、同世論調査では、「鳩山氏が説明責任を果たしていない」が約8割を占める一方で、鳩山が代表を辞任すべきかについては、「辞任する必要はない」57%で、「辞任すべきだ」30%を上回った[197]。
- 小沢鋭仁民主党国民運動委員長は、「(献金の原資が)鳩山さん個人の金であることは間違いない。脱税の疑いなどはまずない。ただ、監督責任はあると思っている」と述べ、複数の道議や市議が主張した「鳩山代表が各市町村議員に渡して払わせているという一部報道は事実に反する」との発言を否定している[198]。
- 鳩山は、過去に、「資金管理団体、政党支部の代表者は政治家本人。事務的なミスではない」との発言をおこなっている[199]。
- 2009年9月、第45回衆議院議員総選挙が終わったことに伴い、東京地検特捜部が寄付者から参考人聴取を行うなど捜査を開始。鳩山も地検の要請に応じて、会計帳簿を任意で提出した。2008年度分の収支報告書によると、寄付者70人中、8割近い55人が虚偽記載の寄付者であったことが明らかにされた[200]。
- 2009年10月、鳩山側の調査で虚偽寄付者として政治資金収支報告書から削除した「寄付者」のうちの10人が、実際には「献金している」と証言していることが判明し、鳩山側の調査がずさんであったことが指摘された[201]。捜査関係者は、10月3日、この問題に関して参考人聴取を進めていることを明らかにしている[202][203]。『産経新聞』は、「正規の献金を装うための隠蔽(いんぺい)工作だった可能性も浮上している」と報じている[204]。個人が政治献金をすると所得税控除がされるが、「友愛政経懇話会」は総務省へ虚偽の寄付者についての所得税控除のための申請をし証明を受けていた。2005年から2007年分だけで113人分があり、総務省は少なくとも66人分については不適切な申請であったとしており、取得した証明書の返還を要請していたが、「友愛政経懇話会」はそれに応じず返還をしていないことが伝えられた[205]。
- 10月25日にはこの匿名献金の大半が鳩山家から出ていることが判明し、故人献金は偽装献金だった疑いが強まっている。また、政治資金規正法に抵触する可能性も出てきている[207]。
- 鳩山は、過去に、(出納責任者の逮捕による)小林温自民党参議院議員への連座制適用について、「辞任は当然。むしろ、出納責任者が逮捕された段階でお辞めになるべきだった」、「選挙のお金を扱う責任者の連座は当然。官房長官の発言はおかしい」と主張して、秘書が選挙違反を行い、直接関与していない小林も責任を取るべきと発言していた[208]。また、事務所費問題について批判した際に、「資金管理団体、政党支部の代表者は政治家本人。領収書の多重使用などは事務的なミスではない」と発言している[209]。自民党はこの過去の発言を取り上げて厳しい追及を行っている。これに対して、鳩山は責任の取り方については明言を避けている[210]。11月10日に記者団から献金についての追及を受けた際には「わからない」を繰り返した[211]。
- 2009年11月14日には、偽装献金を管理していた鳩山の資金管理団体「友愛政経懇話会」に、2001年から年間平均6000万円を超す不自然な人件費が存在していることが明らかとなった。現在までの合計金額は5億3195万円である[212]。
- 2009年11月25日、『産経新聞』の報道によれば、鳩山の実母が5年間で約9億円に上る資金提供をしていたことが判明した。東京地検特捜部はこのうちの一部が偽装献金の原資に充てられていた可能性があるとしている[213]。
- 実母側は、この資金は「鳩山氏本人への貸付金だった」と説明しているが、東京地検は「返済計画などを定めた借用書など貸し付けの実体はない」としている。『産経新聞』によれば、東京地検は、「贈与と認定する」方向で捜査を進めており、認定された場合、鳩山首相に贈与税4億円余りの納税義務が生じる。検察側が「悪質な贈与税逃れ」と判断した場合は相続税法違反となる可能性もある[214]。
- 自民党は追及を強めており、民主党の政権公約である子供手当に絡めて、「違法子ども手当」と非難している[215]。映画監督のマイケル・ムーアは社会風刺のコントで、「きょうはお母さんと一緒じゃないの?僕にも9億円ください」という冗談を放った[216]。
- 12月24日、鳩山は偽装献金問題について記者会見し、「秘書の責任は国会議員の責任」と自民党の議員たちを追及してきたことに関しては「私腹を肥やすような場合には議員辞職ということもあるが、私の場合は違う」と議員辞職はしない考えを述べた[219]。
- 2010年1月以降、通常国会においてこの問題について繰り返し質問されているが、鳩山は「公判中であるため答えることはできない」「資料は検察に提出しており手元にないので説明できない」などと答弁。
- 2010年2月12日、衆議院予算委員会において、鳩山が母親から多額の資金提供を受けていたことを踏まえ、与謝野馨は鳩山を「平成の脱税王」[220]、「政治資金規正法違反」と糾弾した[221]。また、弟の自民党・鳩山邦夫元総務相は、「兄が子分を養うためにお金が大変いる」と母親から電話で聞いたと発言しており、鳩山由紀夫の資金管理団体「友愛政経懇話会」の政治資金収支報告書には、2008年の総選挙において、21人の民主党議員の政治団体や政党支部に計5500万円の寄付をしていたことが記載されているため、資金の一部を民主党議員に配っていたのではないかと言われている[222]。
- 2010年4月、鳩山の秘書に対して政治資金規正法違反で禁固2年、執行猶予3年の有罪判決が言い渡され、確定した。
鳩山首相側から資金提供を受けた議員(単位万円) 「友愛政経懇話会」の政治資金収支報告書(07-08年)に基づく[222]。
- 増子輝彦 700
- 大谷信盛 400
- 荒井聰 100
- 吉良州司 800
- 稲富修二 200
- 平野博文 1000
- 初鹿明博 600
- 小泉俊明 100
- 海江田万里 100
- 五十嵐文彦 100
- 城島光力 100
- 中山義活 200
- 牧野聖修 100
- 田中慶秋 100
- 松崎哲久 50
- 中野寛成 100
- 奥田建 50
- 松崎公昭 50
- 岡島一正 50
- 犬塚直史 300
- 石井一 300
羽賀に関しては、2009年1月26日 参議院予算委員会、自民党西田昌司の質問にて、罰金刑を受けた羽賀を、鳩山は私設秘書として事務所で雇用していた[223]ことがわかった。さらに首相を辞任した翌日の6月9日付けで、芳賀大輔が政策秘書に就任していたことがわかった[224]。
また、勝場啓二被告の初公判で、勝場被告が起訴事実を認め禁固2年を求刑されたことについて、鳩山は「勝場君は私のためを思って働いてくれて、このようなことを犯してしまった。私という政治家がいなければ、こういう罪を犯さなくて済んだ」と語った。その上で、首相の責務を全うする考えを強調した[225]。
[編集] 事務所費虚偽記載問題
鳩山の永田町にある個人事務所の賃料を政治資金収支報告書に記載していなかったことが2009年10月24日に明らかにされた[226]。問題とされている個人事務所の賃料は、政治家個人が資金管理団体に献金できる限度額(年間1000万円)を超えていると試算されている[226][227]が、個人事務所側は2005年から2008年にかけて事務所費として収支報告書に「年間約120万から約380万円」と記載し、賃料については鳩山個人が支払っているとして記載していないという[227]。鳩山は、「個人事務所として使っているのでいちいち記載する義務はないと理解している。法的に問題はないという認識だ」と述べた[228]。
また、鳩山の母親が所有する北海道室蘭市内のビルを、相場の5分の1以下となる月10万円の賃料で借りていたことが2009年10月1日に明らかにされた。相場との差額は寄付として政治資金収支報告書に記載する必要があり、年間で600万円以上の差額が生じているが政治資金報告書には記載していない[229]。
[編集] 資産の記載漏れ問題
2009年11月2日、鳩山が株の売却益約7200万円を確定申告していないことが発覚した。鳩山側はこの件について、「手違いがあった」と不作為的なものであると主張しているが、「手違い」の具体的内容については回答を避けている[230]。11月10日、鳩山は衆院に資産訂正届を届けた。その結果、2日に明らかになった記載漏れ以外にも膨大な資産についての記載がもれていたことが明らかとなった。訂正総額は合計5億円を超えている[231][232]。11月11日、鳩山は、「恵まれた家庭に育ったため、資産管理が極めてずさんだった」と説明した。自民党では大島理森幹事長が「脱税の疑いがある」と批判し[233]、棚橋泰文は2009年11月17日の衆院法務委員会において鳩山を「脱税総理」と呼び、委員会が一時紛糾している[234]。
他に、鳩山由紀夫の関連政治団体がビル1棟を相場より安い値段で借りてきたことが明らかとなったが、鳩山は問題ないとの認識を示している[235]。
[編集] 日本人拉致事件容疑者親族の政治団体への献金問題
2011年4月に行われた第17回統一地方選挙三鷹市議選に、よど号ハイジャック事件を起こしたよど号グループの元リーダー田宮高麿と、石岡亨・松木薫を欧州から北朝鮮に拉致した結婚目的誘拐容疑で国際手配を受けている森順子容疑者の長男森大志が立候補したが、この森が所属する政治団体『市民の党』の関連団体である『政権交代をめざす市民の会』に対し、2007~2009年にかけ鳩山の資金管理団体「友愛政経懇話会」から1千万円の献金が行われていたことが政治資金収支報告書から明らかになった[236][237][238]。なお市民の党の関係団体には、菅直人らも献金していた。
[編集] その他・発言
- 2006年2月、NHK討論番組に出演した際、耐震強度偽装問題に絡む小嶋進ヒューザー社長と安倍晋三官房長官(当時)の秘書との関係について「(安倍氏は)国土交通省側に働き掛けはしていないと言っているが、国交省側のいろんな方から聞くと、どうもそうでもない」と述べ批判した[239]。
- 2009年3月、小沢一郎民主党代表の秘書が政治資金規正法違反容疑で逮捕された際、「国策捜査」であると検察を批判していた[240]が、鳩山自身に政治資金規正法違反疑惑の捜査が及ぶと、「以前『国策捜査』と述べたことは感情論で述べたものであり、二度とは申していない」と述べた[241]。
- 2009年4月17日、インターネットの動画サイト「ニコニコ動画」に出演した際に、永住外国人への地方参政権付与が必要だという認識を示した上で、「日本列島は日本人だけの所有物じゃない」と発言した。この発言の模様は2009年7月現在もニコニコ動画で視聴可能である[7]。
- 2009年4月24日、SMAPメンバーの草彅剛が公然猥褻で逮捕されたことについて、「そこまでやるか」などと警察の捜査手法を批判した[242]。
- 2009年5月9日、講演にて、平成21年度補正予算案に計上された「国立メディア芸術総合センター」(仮称、117億円)について「アニメが好きなのは麻生太郎首相だ。首相が好きだから、官僚が作ってやろうと。簡単にいえば国立の漫画喫茶だ。大変な浪費で、ばかばかしい」と非難した(実際にはアニメだけでなく、漫画、映画などといった広範囲の作品が展示される予定)[243]。
- 2009年5月27日、党首討論にて、「国立メディア芸術総合センター」(仮称)について、「いわゆる漫画喫茶の民業圧迫になる」と批判した[244]。
- 2009年6月、臓器移植法改正に関し、「脳死は人の死」とする案(A案)を、小沢一郎や菅直人、岡田克也などほかの民主党幹部が賛成するなか、反対票を投じた[245]。
- フリージャーナリストの二木啓孝は日刊ゲンダイ在籍時に鳩山との雑談でサラリーマンの平均年収に話が及んだ際、鳩山が「そうですか。そんなに給料減ってるんですか。今サラリーマン平均1000万ぐらいですか?」と発言したため、政権獲得のためにもこのことは伏せておくよう進言したことを2009年11月27日放送のTBSラジオ『BATTLE TALK RADIO アクセス』で明かした(詳しくは二木啓孝#人物を参照)。
- 2010年1月16日、小沢一郎民主党幹事長の資金管理団体「陸山会」土地購入を巡る政治資金規正法違反事件で同月15日に元秘書だった石川知裕民主党衆議院議員ら3名が逮捕されたことについて、記者会見で小沢に対し「(検察と)どうぞ戦ってください」と答え[246]、野党やマスコミなどから批判が出ている[247][248][249][250][251][252][253][254][255]。一方で、ジャーナリストの高野孟や田原総一朗、衆議院議員の鈴木宗男は鳩山を擁護した[256][257][258]。のちに、鳩山は、「検察を批判するとか、捜査に予断を与えるものでは一切ない」と釈明した上で発言の是非に関しては「不適切だと思っていない」と明言した[259]。
- 普天間基地の辺野古移転をめぐる2010年1月の名護市市長選挙では、基地移設反対派の稲嶺進(民主党推薦)を個人的にも支援した。開票翌日の稲嶺進選挙事務所には「稲嶺ススム殿 祈 必勝 内閣総理大臣 民主党代表 鳩山由紀夫」という色紙が掲示されていた。この色紙の映像は1月26日のテレビ朝日『スーパーモーニング』で全国放映された。
- 2010年6月15日、 内閣総理大臣の時期を振り返り、提言した新しい公共が一人歩みはじめた、裸踊りをさせてもらった、伝播力が必ず社会を大きく動かすとTwitterで感謝の意を表した[260][261]。
- 2010年6月21日 - J-WAVEの番組で総理在任中の発言にブレがあったと指摘され、ぶら下がり会見で同じような質問を聞かれたが同じ答えでは失礼と思い少しずつ変化をつけたと釈明した[262]。
- 2010年12月18日、「国益に資する政治を行うため、皆さまの期待を頂けるなら、次の衆院選でも行動を共にしたい」と述べ、首相退陣時の引退表明を撤回した[263]。
[編集] とは言ってない・という意味ではない
- 2010年2月9日 「『頑張ってください』という言葉は使ってない」- 前日、小沢一郎幹事長が記者会見で「首相から『ぜひ一生懸命頑張ってほしい』といわれた」と発言したことに関して[264]。
- 2010年3月5日「私は政府案とは言っていない」 - 前日の総理自身による発言「3月中のいずれかの時点では政府の考え方をまとめなければならない」に関して[265]。
[編集] 人物
[編集] 人物評
- 尊敬する歴史上の人物としてジョン・F・ケネディを挙げている[266]。
- 政治家を志したきっかけは中川一郎の存在だったというが[267]、弟である鳩山邦夫は2009年9月15日で放送されたフジテレビのクイズ番組『クイズ$ミリオネア』のなかで、「(弟が政治家になったから)自分もやってみようかな」であるともいわれている。
- 2001年の代表時代に「宇宙人に似ている」とよくいわれることから、宇宙人をイメージしたグッズを製作され、「宇宙人」というあだ名がついた。2010年1月22日の菅副総理兼財務大臣の記者会見において、記者の「鳩山総理の発言が軽いと言われている」との質問に対し、菅大臣は「もともと宇宙人と称せられている総理ですから、言葉の意味が我々と言っていいのか地球人と若干同じ言葉でもニュアンスが違ったりしますので、私は長い付き合いですから、あまり深刻に考えてはいません。」と発言した[268]。
- 夫婦揃って韓流ファンであり、そのため代表就任時には韓国メディアから好意的に受け止められた。麻生総理との関係について朝鮮日報は、「鳩山氏は“打倒自民党”の先頭に立ったが、まさに彼の祖父は55年体制を作った鳩山一郎元首相だ」「そのとき権力の座を引き下ろされた吉田茂元首相の孫がいま自民党を率いる麻生首相」と両者の因縁の関係を披露している。そのうえで、「孫がおじいさんの遺産(自民党)をつぶそうとする局面に、政敵の孫が遺産を守る政治ドラマが脚本なしで進行している」とも伝えている[269]。
- 幸夫人との結婚について「(他)人の嫁さんで、子供はいませんでしたけどね、日本料理屋で働いていたんです」と述べ、幸夫人が自身と不倫の末に結婚したことを認め、「普通の人は未婚の女性の中から相手を選びますね。私は全ての女性の中から選んでいるんですよね」と自身の独自の倫理観を披露した[270]。
結婚の経緯の詳細は鳩山幸#結婚を参照
- 母方の祖父・石橋正二郎がブリヂストン創業者である関係から、同社の株を大量に保有している。2008年1月の世界同時株安で、同社の株価が下落したことにより、評価額で30~40億円近い含み損が発生したと、邦夫が発言している[271]。
- 公式Webサイトに「日本」を「日木」、「自由」を「白由」とするなど、漢字の間違いが多数あることが2009年4月に発見された[272][20]。なお、現在では修正済み。
- 2010年2月、『産経新聞』は、さまざまな鳥に例えて鳩山を揶揄した「謎の鳥」と題する話がインターネット上で流行し、政界でも話題になっていると報じた[273]。
[編集] 学生時代
- 鳩山家の伝統に漏れず東大に進学したが、「これからはエンジニアリングの時代」と法学部でなく工学部を選んだ。当初から政治家志望で法学部を選んだ弟・邦夫のほうが成績は良く、自身は1年前の模試で「合格率5%」と言われ、腹を立てて2度と受けなかったという[274]。しかし猛勉強により巻き返しを図り、見事に最難関の東大合格を果たした。「東京帝国大学」ではなく「東京大学」卒業(1947年に改称)の総理大臣は鳩山が初めて。国立大学出身の総理大臣は、宮澤喜一以来16年振りであった。なお、息子の紀一郎も東大工学部出身である。
[編集] 政治家時代
- 2000年の第42回衆議院議員総選挙では自民党新人の岩倉博文に追い上げられ当時、党代表でありながら当確も当選も小選挙区で300番目(最終)に打たれた。(重複立候補していたが北海道で民主党の比例単独候補は上位に中沢健次、金田誠一、三井辨雄、他に1名おり当選者数は3人、鳩山自身は5位。
- 2002年8月、友人とともに居酒屋「トモト」を新橋駅で開店、民由合併にも一役買っている。しかし、気軽にくつろげるよう価格を安く抑えたこともあって経営が厳しくなった事や共同経営者平山誠が郵政解散直後に結成の新党日本事務総長及び比例北関東ブロック単独最下位で立候補した事などもあり、2005年12月28日をもって閉店した(平山は07年参院選にも出馬、09年田中康夫の衆院鞍替えに伴い繰り上げ当選し田中と袂を分かち民主党と同会派)[275]。
- 2004年の年金未納問題の際に8年9か月間未納であったことが発覚している[276]。
- 自身の秘書から国会議員になった者は山花郁夫、尾立源幸、(鳩山と86年初当選同期で同じ理系出身で親交深く松下政経塾1期生の宮沢派・逢沢一郎秘書経て旧民主党新人で生活者ネットの支援受けたが97年都議選・江戸川区で落選した)初鹿明博。
[編集] 大資産家
田園調布に自宅、軽井沢に別荘所有など、2006年2月に公開された議員資産報告書によると、鳩山由紀夫の資産は、これら不動産の他、預貯金が約12.8億円、所有株式はブリヂストン株350万株(2006年8月末換算で約59.5億円)を中心に15銘柄を所有。これら資産総額では90億円を下回ることはないとみられている程の政界きっての大資産家である[277][7]。
東京・音羽の鳩山会館で大規模な社交パーティを開くなど政界きっての資産家としても有名だが、本人は「庶民的な感覚を持ち合わせる」と自称している。2006年4月16日、衆院千葉7区補選で太田和美候補(当時)の選挙応援の際には、同候補の「負け組ゼロへ」をキャッチコピーに選挙カーにはほとんど乗らず、他の民主党幹部と共に自転車で選挙区内を回り地元出身をアピールする戦術に同調、同選挙のために太田陣営が6800円で購入した「新車」による自転車遊説行脚を敢行し「私も自転車に乗れるんです」と庶民感覚を演出した。なお、本人は自転車に乗るのは「2、3年ぶり」とも発言をしていた[278]。
[編集] 趣味・嗜好
大のキムチ好きとして知られている。
[編集] 落語
毎日のように落語を聞いてから寝るという大の落語ファン。東京では立川志の輔。上方落語では桂三枝。2009年8月の衆議院選挙では大阪市北区の寄席「天満天神繁昌亭」で遊説している[279]。
[編集] オタク趣味
2005年12月28日に出版された、ビブロス社刊『オタクエリート No.1』の表紙モデルを務めた。同誌には、「民主党幹事長・鳩山由紀夫が語るニッポンの漫画・アニメ ~文化・産業としてのオタクコンテンツ~」と題されたロングインタビューが掲載され、その中で鳩山は『三国志』を取り上げ、漫画の効用を説いた。また、大学時代には『週刊少年マガジン』や『週刊少年サンデー』だけでなく、ガロまで読んでいたことを語っている。好きな漫画は前谷惟光の『ロボット三等兵』と桂正和の恋愛漫画『I"s』をあげている。『ロボット三等兵』を「名著なんだよ、名著」と褒め称え、『I"s』については毎週愛読していたといい、「淡いロマンがよくってね」と恋愛観も明かしていた[280]。
[編集] 2ちゃんねらーを公言
2001年ころに開設したYahoo!チャットにおけるプロフィールで、ネット上の好きなサイトの一つに2ちゃんねるをあげており、自身も2ちゃんねらーであることを公言している[281]。しかも、時期的に、2ちゃんねる初期からの筋金入りのユーザーではないかと指摘されている。2ちゃんねるでは、2009年9月29日ころから、「鳩山首相、『好きなサイト』に『2ちゃんねる』挙げていた」と題するスレッドが複数立ち、「祭り」に発展。そこには、「鳩山さんいるんでしょ、出てきなよ」「どうせ宇宙人と交信しようとか、そういうオカルトの板に住んでるんだろ」と書き込まれているという[282]。 なお、同じく2ちゃんねらーであることを公言している政治家は他にも麻生太郎や加藤紘一らがいる。
[編集] その他
自身の公式サイトのプロフィールでTVドラマに感化されやすいとし、中山美穂、常盤貴子のファンであることを公言している[283]。 2011年1月5日登別市内の自身の民主党支部事務所にて「この地(室蘭・登別が)民主党の発祥の知だ」との発言をした。 また、酒を振舞う席でも、「道路交通法を改正していただければ(ビールを)飲めるのですが...」と冗談をいう一般市民の発言に対して、「それはだめだよ~」というお茶目な回答をした。
大修館書店が全国の中高生から国語辞典に載せたい言葉を募集する「第6回『もっと明鏡』大賞 みんなで作ろう国語辞典!」で、事務局オススメ傑作選に「鳩る」と「鳩の食べ残し」という言葉が選ばれた。「鳩る」は、鳩山の政治姿勢や発言から「無責任なことを言う」「話すたびに内容が変わる」「悪いと思わずにウソをつく」という意味。一方の「鳩の食べ残し」は「中途半端に終わらせてしまった状態」を指す。[8]
[編集] 韓国人俳優イ・ソジンとの関係
鳩山由紀夫・幸夫妻は、民主党代表就任以来、韓国人俳優イ・ソジンと頻繁に会談・会食を行っている。
- 2009年9月14日 - イ・ソジンが、総理就任を2日後に控えた鳩山由紀夫民主党代表の東京事務所を表敬訪問。幸夫人も同席。イが鳩山由紀夫に、韓国の与党ハンナラ党の鄭夢準代表からの祝意と「是非近いうちに訪韓されることを期待する」とのメッセージを伝える[284]。
- 2009年11月27日 - イ・ソジンが幸夫人の個人事務所を訪問。イの母親が漬けた白菜キムチと韓国人画家の絵、韓国製薬メーカーの健康食品のプレゼントを受ける[285]。
- 2009年11月28日 - イ・ソジンが宿泊する東京・赤坂のホテル「ザ・リッツ・カールトン東京」を鳩山夫妻が訪問。ホテル内のカフェ「カフェ&デリ」で会食。幸夫人はイにマフラーをプレゼント。
- 2010年1月8日 - イ・ソジンと東京・紀尾井町の「ホテルニューオータニ」内の日本料理店「なだ万」において夫妻で会食。幸夫人は誕生日を控えるイにジャンパーをプレゼント[286]。
[編集] 評価
[編集] 自評
首相辞任に追い込まれた後、「議員として活動することが国益だ」と総括し、自らの存在自体が国益になったと自画自賛した。[287]。
[編集] 首相としての評価
- 日刊スポーツの世論調査では他者を圧倒し戦後最低の宰相の評価を受けた。[288]
- 塩野七生は、鳩山が首相を務めていた9ヶ月間を「日本の悪夢」であったと評している[289]。
- 産経新聞は、鳩山を「憲政史上に残るほど愚劣な宰相」と評した[290]。
- 日本経済新聞は、社説にて「罪万死に値する失政である。」と評した[291]。
- 歴代総理大臣をA~E評価で格付けした著書『歴代総理の通信簿』がある八幡和郎は、鳩山を最低のEランクと評価した。なお、同じEランクは大隈重信、林銑十郎、近衛文麿、東條英機の4人で戦後では初である[292]。
- 外交問題で迷走を続けた鳩山を、ワシントン・ポストのコラムニスト[293]であるアル・カメン (Al Kamen) は自身のコラム "In the Loop" で「ルーピー(loopy: 間抜けな)日本国総理大臣」などとたびたび呼称しており、イギリスのガーディアンなどでも報じられるようになった[294][295][296]。
[編集] その他の評価
- マイケル・サンデルの紹介で有名になった千葉大学法経学部教授の小林正弥(専門は公共哲学)は「科学者だった鳩山由紀夫は、幸夫人の影響で、科学の限界を知り、気をはじめとする目に見えない超越的な存在やUFOなどを信ずるようになり、唯物的な価値観に反対して自然との共生という思想を広げたいと思うようになった」「私はこのような科学の限界を自覚することを、ギリシャのソクラテスの「無知の知」にならって、現代的な「無知の知」と呼んでいる。科学者・鳩山は、科学的知識の成果について傲慢になることなく、まさに科学について「無知の知」を持っていると言うことができる」として、鳩山由紀夫元総理をソクラテスになぞらえたうえで、その知性を賞賛した[297]。
[編集] 所属議員連盟や関係団体等
- 地下式原子力発電所政策推進議員連盟(略称 地下原発議連)顧問(事務局長 衆議院議員 山本拓)
- 恒久平和のために真相究明法の成立を目指す議員連盟(会長)(1998年-)[298]
- 北京オリンピックを支援する議員の会(会長代理)[299]
- 日中友好議連(副会長)[300]
- 日韓議員連盟(顧問)
- 天皇陛下御即位二十年奉祝国会議員連盟(副会長・常任幹事)
- チベット問題を考える議員連盟
- ラグビーワールドカップ2019日本大会成功議員連盟
- 同志社大学文化情報学部客員教授(2005年就任)
- 特定非営利活動法人日本・ロシア協会(日ロ協会)[301](会長)
- 財団法人日本友愛青年協会(第4代理事長)[302]
- 鳩山友愛塾(塾長代行)[303]
- 日華議員懇談会
[編集] 関連が指摘される団体
- キリスト教系団体インターナショナルVIPクラブの講師を務めていた[304]。
- 統一協会の『救国救世全国総決起大会』に民主党議員10数人を連れて出席している[305]。
- 2009年1月14日、日本教職員組合(日教組)新春の集いに参加。民主党への支援に感謝の言葉を述べるとともに「日教組とともにこの国を担う覚悟だ」と挨拶した[306]。
[編集] 家族・親族
- 高祖父・博房(美作勝山藩士)
- 曽祖父・和夫(弁護士、政治家・衆議院議長)、寺田栄(貴族院議員)
- 曽祖母・春子(共立女子大学創立者)
- 祖父・一郎(弁護士、政治家・第52・53・54代内閣総理大臣)
- 祖母・薫子(共立女子大学学長)
- 大叔父・秀夫(東京大学法学部教授)
- 大伯母・カヅ(司法大臣鈴木喜三郎に嫁ぐ)
- 父・威一郎(外務大臣)
- 母・安子(ブリヂストン創業者石橋正二郎長女)
- 叔母・信子(父方、指揮者渡邉暁雄に嫁ぐ)
- 姉・和子(鳩山友愛塾塾長、工学博士・筑波大学名誉教授井上多門夫人)
- 弟・邦夫(第10代総務大臣)
- 妻・幸(宝塚歌劇団卒業生。宝塚歌劇団在団時の芸名・若みゆき)
- 長男・紀一郎(元東京大学大学院工学系研究科助教)
- 義妹・エミリー(元タレント、高見エミリー)
- 甥・太郎(政治家・前東京都議会議員・総務大臣政務秘書官)
- 姪・華子(高実華子の名で歌手、たかみはなこ(高見華子)の名でイラストレーターとして活動)
- 甥・二郎(元法務大臣政務秘書官)
- 従兄・成毛滋(ギタリスト。石橋正二郎次女・典子の息子)
[編集] 系譜
- 鳩山家は17世紀から、後に勝山藩主となる三浦氏の家臣で、1764年、三浦氏の国替えに伴って三河国西尾(現在の愛知県)から勝山へ移った[307]。以後、代々三浦家に仕え、主に江戸藩邸勤めをしていたようである。明治維新時の当主、鳩山重右衛門(十右衛門との表記もある)博房は、江戸留守居役として藩の江戸屋敷を取り仕切っていたという[307]。
- 1862年、文久の改革により参勤交代が3年に1度に緩和されると、各藩も経費のかかる江戸の屋敷を閉鎖することが多くなり、鳩山家も勝山の地に移り住むことになった。このため、鳩山和夫は、6歳の時に勝山の地で生活を始めているが、約5年間生活したあと、江戸に戻った[308]。こうした経緯から鳩山和夫の曾孫にあたる鳩山由紀夫と鳩山邦夫は、ルーツ探しのため、これまでに何度か勝山を訪れている[308]。
- 文京区音羽にある鳩山会館は、和夫の長男で元首相の一郎が居館として建てた洋館であり、氏の居住当時は多くの政治家がここを訪れ、政策論議を交わしたという[307]。ここを舞台に、戦後政治の画期となった自由党(現:自由民主党)の創設が計られ、また首相として決断した日ソ国交回復の下準備が行われている[307]。
- 現在は、修復を加えて記念館として一般に公開され、往時の応接室や居間、鳩山家歴代の愛用品、記念品等を見学することができる[307]。またイギリス風の中庭の一隅には、鳩山和夫の像が、妻で共立女子大学の創立にかかわった春子と並んで立っている[307]。
- 館内の応接室にあるテレビで繰り返し流されている鳩山会館の紹介ビデオの冒頭では今も、「鳩山家の先祖、鳩山重右衛門博房は、作州勝山藩の江戸留守居役をしておりました。博房の四男とした生まれた和夫は・・・」と、鳩山家と勝山藩とのつながりを紹介している[307]。
鈴木喜三郎 ┃ ┏━━━━カヅ ┃ 井上 多門 ┃ 石橋正二郎━━━━安子 ┃ ┃ ┃ ┏━━━━和子 ┃ ┃ ┃ 鳩山十右衛門博房━━鳩山和夫 ┃ ┣━━━╋━鳩山由紀夫 ┃ ┃ ┃ ┃ ┃ ┃ ┃ ┃ ┃ ┣━━━━鳩山紀一郎 ┃ ┃ ┃ ┃ ┃ ┃ ┃ ┃ ┃ 幸 ┃ ┃ ┃ ┃ ┣━━╋━鳩山 一郎 ┃ ┗━鳩山 邦夫 ┏━鳩山 太郎 ┃ ┃ ┃ ┃ ┃ ┃ 春子 ┃ ┣━┳━━鳩山威一郎 ┣━━╋━━━━華子 ┃ ┃ ┃ ┃ ┃ ┃ 薫 ┃ 渡邉 曉雄 エミリー ┗━鳩山 二郎 ┃ ┃ ┃ ┃ ┃ ┣━━━┳━渡邉 康雄 ┃ ┃ ┃ ┃ ┃ ┣━━━━━信子 ┗━渡邉規久雄 ┃ ┃ ┃ ┗━━━━━玲子 ┃ ┃ ┗━鳩山 秀夫 ┃ ┃ ┃ ┣━━鳩山 道夫 ┃ 菊池大麓━━━━━千代子
小山内 建(玄洋) 横松 和夫(立松和平) ┃ ┃ ┣━━━━┳━━━━禮子 ┣━━┳━━横松 心平(林心平) ┃ ┃ ┃ ┃ ┏━━━━錞 ┣━小山内 薫 ┏━小山内 徹━━━━━美千絵 ┃ ┏山中 崇志(崇史) ┃ ┃ ┃ ┃ ┃ ┃ ┃ ┃ ┣━━╋━小山内 宏 ┃ ┗山中 聡 ┃ ┃ ┃ ┃ ┃ ┃ ┃ ┃ ┃ 中川登女子 ┃ 富子 ┗━━━━━桃子 ┃ ┃ ┃ ┃ ┃ 岡田三郎助 ┗━小栗 喬(市川扇升) ┃ ┃ ┃ ┃ ┗━━━八千代 ┃ 小栗 信━┫ ┃ 蘆原 信之 ┃ ┃ ┏━蘆原 敏信(英了) ┃ ┣━━┫ ┃ 藤田 嗣章 ┃ ┗━蘆原 義信 ┃ ┃ ┏━━━━キク ┃ ┃ ┃ ┃ ┣━━━━蘆原 太郎 ┃ ┣━━━━╋━藤田 嗣治 ┃ ┃ ┃ ┃ 初子 ┃ ┃ ┗━藤田 嗣雄 ┗━━━━政 ┃ ┣━━━━━━のぶ子 ┏木戸 孝允 ┃ ┃ ┃ ┏━━━━モト ┣━━━━藤田 嗣隆 ┗━━━治子 児玉源太郎━━━┫ ┃ ┃ ┗━━━━ツル 藤田 慎二 ┣━━━━木戸 孝正 ┃ ┃ ┃ ┏━木戸 幸一 都留 重人 来原 良蔵 ┣━━━━┫ ┃ ┃ ┗━和田 小六━┳━━━━正子 ┏━━━━寿栄 ┃ ┃ ┗━和田 昭允 ┣━山尾 三郎 山尾 庸三━┫ ┃ 大隈 信常━━━━━━━━豊子 ┃ ┃ ┗━━━━千代 ┣━━━━広沢 真信 ┃ ┃ ┃ ┣━━━━┳━広沢 真吾 ┃ ┃ ┃ ┃ 広沢 真臣━━━広沢金次郎 ┃ 毛利 元道━━━━━━妙子 ┃ ┗━━━━直子 ┏━━━━直子 ┃ ┃ 池田吾一郎━━━━━池田 勇人 ┃ ┃ ┣━━━━紀子 ┣━━┫ ┃ ┃ ┃ 池田 行彦 満枝 ┃ ┃ ┗━━━━祥子 ┃ ┏━石橋 進一━━━石橋 慶一 ┃ ┃ ┏━鳩山由紀夫 ┃ 鳩山 一郎━━━鳩山威一郎 ┃ ┃ 石橋徳次郎━━━┫ ┃ ┃ ┣━━━━━鳩山紀一郎 ┃ ┣━━┫ ┃ ┃ ┃ ┃ 幸 ┃ ┏━━━━安子 ┃ ┗━石橋正二郎━┫ ┗━鳩山 邦夫 ┗━━━━啓子 ┃ ┏━郷 和道 ┣━━┫ ┃ ┗━━━━悦子 郷 隆三郎━━━郷 裕弘 ┃ ┃ 伊地知純正━━━━━━庸子 ┃ ┃ ┏━宮澤 裕夫 ┣━━┫ ┃ ┗━━━━啓子 ┏━宮澤 喜一 ┃ ┃ ┃ 宮澤 鹿吉━━━━━宮澤 裕 ┃ クリストファー・ラフルア ┃ ┃ ┣━━╋━宮澤 弘━━━宮澤 洋一 ┃ ┃ ┏━━━━こと ┃ ┃ ┃ ┃ 斎藤 樹 ┗━宮澤 泰 ┃ ┃ ┃ ┏━━━━その ┣━━━━てい ┣━━┫ ┃ ┃ ┗━━━━ゆり 小川 平吉━━━┫ 児島喜久雄━━━━━━汪子 ┃ ┃ ┃ ┃ ┏━吉國 二郎━━━吉國 真一 ┃ 吉國 兼三━┫ ┃ ┗━吉國 一郎 喜勢 ┃ ┃ ┗━小川 一平 ┏━小川 元 ┣━━━━岩崎 久弥 ┃ ┃ ┃ ┣━━╋━━━━幸子 岩崎弥太郎━┳━岩崎 豊弥 ┃ ┃ ┃ ┏━━━━俊子 ┗━小川 丈夫 ┃ 杉本竹之助 ┃ ┃ ┃ ┃ とみ ┃ ┣━━━━┫ ┃ ┃ ┃ ┃ ┣━━━━━━━美保 ┃ 須美 ┃ ┃ ┃ ┗━杉本 甫 八嶋 廷 ┣━岩崎 秀弥 ┃ ┃ ┃ ┣━━━━━━佳栄子 ┗━岩崎 康弥 ┃ ┃ ┏━━━和歌子 松山 棟庵 ┣━━━━┫ ┃ ┃ ┗━岩崎精一郎 ┏━岩崎 泰頴 ┣━━━━━━━とし ┃ ┃ ┃ ┣━━┫ 鎮西 清高 乃婦 ┃ ┃ ┃ 酒井 忠克━━━━━━━小枝子 ┗━━━由利子
- 参考文献
- 早川隆 『日本の上流社会と閨閥』 角川書店(原著1983年9月)、pp. 165-168。ASIN B000J7BMCO。
- 『昭和人名辞典 第1巻 東京篇』 日本図書センター(原著1987年10月)、p. 524。ISBN 4820506935。
- 神一行 『閨閥…特権階級の盛衰の系譜』 角川書店(原著2002年3月)、pp. 45-60。ISBN 9784043533060。
- 小谷野敦 『日本の有名一族…近代エスタブリッシュメントの系図集』 幻冬舎(原著2007年9月)、pp. 113-115。ISBN 9784344980556。
[編集] 略歴
- 1965年 - 東京都立小石川高等学校卒業
- 1969年 - 東京大学工学部応用物理・計数工学科卒業
- 1976年 - スタンフォード大学大学院博士課程修了
- 1976年 - 東京工業大学助手
- 1981年 - 専修大学助教授
- 1984年 - 専修大学退職
- 1986年 - 第38回衆議院議員総選挙(旧北海道4区・自民党公認)当選
- 1990年 - 第39回衆議院議員総選挙(旧北海道4区・自民党公認)2期目当選
- 1993年6月18日 - 自民党離党
- 1994年7月 - 新党さきがけ結成。第40回衆議院議員総選挙(旧北海道4区・さきがけ公認)3期目当選、8月細川内閣官房副長官就任
- 1994年6月21日 - 新党さきがけ代表幹事就任
- 1996年 - さきがけ離党、旧民主党結党、党代表(菅直人と共同)就任。第41回衆議院議員総選挙(北海道9区・旧民主党公認)4期目当選
- 1997年 - 党幹事長就任
- 1998年 - 民主党結成。幹事長代理に
- 1999年 - 民主党代表就任
- 2000年 - 第42回衆議院議員総選挙(北海道9区・民主党公認)5期目当選
- 2003年 - 第43回衆議院議員総選挙(北海道9区・民主党公認)6期目当選
- 2005年 - 第44回衆議院議員総選挙(北海道9区・民主党公認)7期目当選党幹事長就任
- 2005年 - 同志社大学客員教授
- 2009年5月16日 - 民主党代表就任
- 2009年9月16日 - 第93代内閣総理大臣就任。
- 2010年6月2日 - 民主党両院議員総会での発言を求め、 民主党代表および内閣総理大臣からの職を退くとした辞意を表明[309]。
- 2010年6月8日 - 内閣総理大臣の任を終えた[310]。
[編集] 賞歴
- 新語・流行語大賞
- 1996年旧民主党結成の際、自民党時代からの盟友であった武村正義を、住専問題などで世論から厳しい追及を受けていたことから熟考の末に切り捨てた。この「排除の論理」は「友愛」と共にこの年の新語・流行語大賞に選ばれた。2009年には「政権交代」が大賞に選ばれ、表彰式には代理の小川敏夫が出席した[311]。
- 持続可能な開発リーダーシップ賞
- 2010年2月5日、デリー持続可能な開発サミット2010における「持続可能な開発リーダーシップ賞」を受賞した。温室効果ガス排出量の削減目標等が受賞理由となった。鳩山は授賞式のビデオメッセージでコペンハーゲン合意への参加の重要性等を述べた[312]。
- 世界で最も影響力のある100人
- 米誌『タイム』は、2010年の「世界で最も影響力のある100人」を発表し、「リーダー部門」で鳩山を6位に選出した。同誌は、鳩山自身は政治家の家系に生まれ、「革新的には見えない」としながらも、「(自民党による)事実上の一党支配体制を、機能する民主主義に変わる手助けをした」と評価した[313]。
[編集] 著書
- 『民益論 ― われら官僚主導を排す』(鳩山由紀夫・菅直人・古川元久 共著、PHP研究所、1997年)ISBN 4-569-55642-6
- 『いま、子どもたちが殺される ― 学校崩壊・いじめ・家庭内暴力…歪んだ教育の病弊を衝く』(濤川栄太著、日本文芸社、1999年) ISBN 4-537-14004-6
- 『「成長の限界」に学ぶ』(A.ペッチェイ原著、小学館、2000年) ISBN 4-09-387284-8
- 『新憲法試案 ― 尊厳ある日本を創る』(PHP研究所、2005年) ISBN 4-569-64140-7
[編集] レコード
若い頃は美声の持ち主として知られた。1988年、シングルレコード「Take HEART〜翔びたて平和の鳩よ〜」をテイチクレコードに製造を委託した自主製作盤として発表した。レコードB面は同じ曲のコーラス版。2009年10月30日にCDとして再発売された[314]。現在ではカラオケ(UGA)でも配信されている。
- 収録曲
- Take HEART〜翔びたて平和の鳩よ〜
- 作詞・作曲:ゲンゴロウ、編曲:横山純一、歌:鳩山由紀夫
- Take HEART〜翔びたて平和の鳩よ〜
- 作詞・作曲:ゲンゴロウ、編曲:菅原峰子、歌:菅原峰子&ボニークラック
- Take HEART〜翔びたて平和の鳩よ〜
[編集] 脚注
- ^ 北海道新聞社 2009, pp. 129-130
- ^ 北海道新聞社 2009, pp. 68-69
- ^ 東 (2009年8月30日). “「北海道初の宰相」鳩山由紀夫 「友愛」のルーツと旧道4区を選んだワケ”. BNNプラス北海道365 (クロスメディア・ホールディングス) 2009年10月17日閲覧。
- ^ 北海道新聞社 2009, pp. 44-45
- ^ 北海道新聞社 2009, p. 69
- ^ “【日本の議論】不況が世襲議員を減らす? どうなる立候補制限論”. 産経新聞: p. 2. (2009年5月31日) 2009年10月17日閲覧。
- ^ a b 北海道新聞社 2009, pp. 66-67
- ^ 北海道新聞社 2009, pp. 65-66
- ^ 北海道新聞社 2009, p. 47
- ^ 北海道新聞社 2009, p. 52
- ^ 実学派の理系出身首相であれば、中央工学校卒業の田中角栄や水産講習所(現東京海洋大学)卒業の鈴木善幸がいる。
- ^ 2010/06/02【ビデオ配信】緊急両院議員総会 - 民主党代表・総理大臣辞任表明(民主党公式ホームページ会見中継・ビデオ)
- ^ 歴代内閣総理大臣は退任理由や政権の総括を公式とされる退任会見で述べた。ぶら下がり取材に応えたが、内閣記者会の再三の申し込みにもかかわらず退任会見を行わなかった
- ^ 民主・鳩山代表「総理大臣終えた後は政界引退を」 朝日新聞 2009年7月26日
- ^ 朝日新聞(2011年01月06日):交礼会で鳩山氏 政治活動へ意欲-マイタウン北海道 [1]
- ^ 鳩山前首相、民団新年会で「参政権、大きな道を開く年に」外国人参政権付与目指す - MSN産経ニュース [2]
- ^ 読売新聞 核実験しない約束を…鳩山前首相がインド首相に :[3]
- ^ 朝日新聞社:鳩菅かつてない溝 人事相談なし、与謝野氏入閣で決定的 [4]
- ^ 鳩山夫妻が宝塚議連で復活!? 来年4月の台湾公演に向け新規加入者続々… 前原氏も 2012.1.29 21:48 [5]
- ^ a b c d e f g 鳩山由紀夫 1996
- ^ “1952年”. 沿革. 日本友愛青年協会. 2009年9月18日閲覧。
- ^ 『読売新聞』2009年6月27日。
- ^ 中曽根康弘「21世紀日本の国家戦略」
- ^ 鳩山由紀夫. “憲法思案”. 鳩山由紀夫ホームページ. 2009年10月17日閲覧。
- ^ a b c d “天皇会見、首相が強く要請 宮内庁が異例の経緯説明”. 朝日新聞. (2009年12月11日) 2009年12月12日閲覧。
- ^ “天皇陛下と中国の習近平国家副主席が会見へ 鳩山首相「政治利用にはあたらない」”. フジニュースネットワーク (フジテレビジョン). (2009年12月11日) 2009年12月12日閲覧。
- ^ “『派遣村』の再来 おびえる内閣”. 東京新聞. (2009年12月7日) 2009年12月11日閲覧。
- ^ “『屋根がある正月』に安ど 都の“派遣村”初日300人/”. 東京新聞. (2009年12月29日) 2009年12月29日閲覧。
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- 鳩山由紀夫 (1996-06). “わがリベラル友愛革命”. 論座. 朝日新聞社.
[編集] 関連項目
- 鳩山一郎、鳩山邦夫、藤田幸久、安住淳、中山義活、高野孟
- ユートピア政治研究会
- 新党さきがけ
- 細川内閣
- 鳩山由紀夫内閣
- 民主党国会議員一覧
- 民主党代表
- 民主党の次の内閣一覧
- 崇教真光
- 大連立構想 (日本 2007)
- 資産公開制度
- チベット問題を考える議員連盟
- 友愛外交
- 節税
- 鳩山民主党
- フリーメーソン
[編集] 外部リンク
| 官職 | ||
|---|---|---|
| 先代: 麻生太郎 |
第93代:2009年 - 2010年 |
次代: 菅直人 |
| 先代: 近藤元次 |
1993年 - 1994年 |
次代: 北村直人 |
| 党職 | ||
| 先代: 菅直人 小沢一郎 |
民主党代表 第2代:1999年 - 2002年 第7代:2009年 - 2010年 |
次代: 菅直人 菅直人 |
| 先代: 川端達夫 |
民主党幹事長 第7代:2005年 - 2009年 |
次代: 岡田克也 |
| 先代: 結成 |
(旧)民主党代表 初代:1996年 - 1997年 菅直人との共同代表制 |
次代: 菅直人 |
| 先代: 新設 |
(旧)民主党幹事長 初代:1997年 - 1998年 |
次代: 民主党へ |
| 先代: 園田博之 |
新党さきがけ代表幹事 第2代:1994年 - 1996年 |
次代: 園田博之 |
| 歴代内閣総理大臣 | ||||||||
|---|---|---|---|---|---|---|---|---|
| 第92代 麻生太郎 |
第93代 2009年 - 2010年 |
第94代 菅直人 |
||||||
|
|||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||
|
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