細野豪志
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ほその ごうし
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画像募集中
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| 生年月日 | 1971年8月21日(40歳) |
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| 出身校 | 京都大学法学部卒業 |
| 前職 | 三和総合研究所研究員 |
| 所属政党 | 民主党 |
| 称号 | 法学士(京都大学) |
| 公式サイト | 細野豪志ホームページ |
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| 内閣 | 野田内閣 野田改造内閣 |
| 任期 | 2011年10月3日 - 現職 |
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| 内閣 | 野田内閣 野田改造内閣 |
| 任期 | 2011年9月2日 - 現職 |
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| 内閣 | 野田内閣 |
| 任期 | 2011年9月2日 - 2011年10月3日 |
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| 内閣 | 菅第2次改造内閣 |
| 任期 | 2011年8月10日 - 2011年9月2日 |
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| 内閣 | 菅第2次改造内閣 |
| 任期 | 2011年6月27日 - 2011年9月2日 |
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その他の職歴
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(原子力発電所事故全般に ついての対応及び広報担当) (2011年4月15日 - 2011年6月27日) |
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(社会保障・税一体改革 及び国会対策担当) (2011年1月18日 - 2011年4月15日) |
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(2000年 - 現職) |
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細野 豪志(ほその ごうし、1971年8月21日 - )は、日本の政治家。衆議院議員(4期)、環境大臣(第17代)、内閣府特命担当大臣(原子力行政担当)。
内閣総理大臣補佐官(社会保障・税一体改革及び国会対策担当)、内閣総理大臣補佐官(原子力発電所事故全般についての対応及び広報担当)、内閣府特命担当大臣(消費者及び食品安全担当)、内閣府特命担当大臣(原子力損害賠償支援機構担当)などを歴任した。
目次 |
来歴
生い立ち
京都府綾部市で生まれ、滋賀県近江八幡市で育った。滋賀県立彦根東高等学校、京都大学法学部卒業。大学卒業後、三和総合研究所(現三菱UFJリサーチ&コンサルティング)で研究員を務める。1996年に結婚[1]。1999年10月、三島に移り住み、政治活動を開始。
衆議院議員
2000年、第42回衆議院議員総選挙に静岡県第7区から民主党公認で出馬し、初当選を果たした。2002年の衆議院小選挙区の区割り変更に伴い、2003年の第43回衆議院議員総選挙以降は静岡県第5区から出馬している。
2005年、京都大学法学部の先輩である前原誠司の民主党代表就任にともない党役員室長に就任する。偽メール問題により辞任した前原の後任の小沢一郎代表の下でも、引き続き役員室長を務める。
2006年10月、TBSの『筑紫哲也 NEWS23』キャスターの山本モナとの不倫が写真週刊誌『フライデー』で報じられ、10月5日に民主党政策調査会長代理を辞任した。
2007年9月、筆頭政調副会長として政策武官の役職に復帰。
2009年、第45回衆議院議員総選挙に静岡5区から出馬し、4選する。総選挙後、小沢一郎幹事長の下で党組織委員長・企業団体対策委員長・副幹事長に就任し、民主党の支持団体の窓口役を一手に引き受けた。
2010年、鳩山由紀夫代表、小沢一郎幹事長が辞任し、菅直人新執行部では幹事長代理に就任する(企業団体対策委員長は続投)。
菅政権
2011年1月、菅再改造内閣で「社会保障・税一体改革及び国会対策」を担当する内閣総理大臣補佐官に起用され、同年4月15日、「原子力発電所事故全般についての対応及び広報」の担当となった[2]。
2011年6月27日、内閣府特命担当大臣(消費者及び食品安全担当)として入閣した[3]。また、国務大臣としての担当事項として「東日本大震災等による電力供給不足に伴う節電啓発活動等を総合的に推進するため企画立案及び行政各部の所管する事務の調整」[3]と「東京電力福島原子力発電所事故の収束及び原子力発電所事故の再発を防止するため企画立案及び行政各部の所管する事務の調整」[3]を担当することになった。同年8月10日、原子力損害賠償支援機構法が公布され即日施行となったことに伴い、内閣府特命担当大臣の担当に原子力損害賠償支援機構担当が追加された[4]。
野田政権
2011年民主党代表選挙では前原の推薦人になるが、結果は3位となり2位だった野田を支援する事となった。野田政権では環境大臣を兼務する形で再任。内閣府特命担当大臣(消費者および食品安全)としては退任となった。後に内閣府特命担当大臣(原子力行政)の就任に伴い、同じ前原グループに所属する枝野幸男に内閣府特命担当大臣(原子力損害賠償支援機構)を譲る事になった。
東日本大震災以降
2011年3月11日、原発事故発生直後から、海江田万里経産大臣とともに、24時間体制で事故対応に当たる。3月15日以降は、菅首相の指示で東電本店に常駐。同年6月に原発担当大臣に就任して以来、原子力発電事故対応の陳頭指揮をとっている。
- 福島原子力発電所事故対策統合本部の共同記者会見
- 原子力発電所事故発生後、発信される情報を一本化するために、従来の政府・東京電力・原子力保安院が各自で行っていた会見を2011年4月25日より統一し、情報の透明性、正確性の向上を図った。
- 遮水壁の着工
- 2011年7月の会見で細野は「汚染水が拡大することがないような努力は必要だ。遮水壁は極めて重要なプロセスで、出来るだけ早い段階で着工できないか検討を始めた」と述べた。
- 事故後の日米関係の構築
- 2011年3月22日より日米会議を主催。
- 同年6月、原子力発電所事故の国際的な協力の要請と、事故概要の説明を目的とし、政府から米英仏に派遣される。アメリカではホルドレン大統領補佐官(科学技術担当)、原子力規制委員会のヤツコ委員長、ナイズ国務副長官らと面談し、事故の調査報告を行った上で、更なる協力関係の理解を求めた。
- 訪米後、英仏も歴訪し、事故概要と調査報告に関する説明を行った。
- IAEAへの調査報告書
- IAEA(国際原子力機関)に福島第一原子力発電所事故に関する報告書を提出した。
- 除染の対応
- 福島県内に拡散した放射能量を低減させるために、環境省を中心に、内閣府と日本原子力研究開発機構で構成された福島除染推進チームを発足させた。
政策
- 政治資金問題
- 2002年、予算委員会で大島理森農水大臣の政治資金問題などを追及。その後、予算委員会の常連となり、天下り、特別会計など、税金のムダ遣いを追及。
- 個人情報保護
- 2002年、国会に提出された個人情報保護法を担当する。民主党、共産党、社民党、自由党の野党4党による作業チームの座長として、野党案の取りまとめを担当。桜井よしこ、城山三郎などから言論の自由に対する介入の懸念が生じ、政府案は廃案となる。
- 2003年、新たに提出された政府案が成立し、野党案は廃案となるが、国会内で頭角を現すきっかけとなった。
- 議員年金
- 当選直後から、河村たかし議員らと議員年金廃止に取り組み、2006年に廃止に至る原動力となる。長年、公用車を使わないなど、議員特権に批判的な態度を取ってきた。
- 安全保障
- 当選直後から、前原誠司議員、長島昭久議員らと共に、安全保障問題に取り組む。有事の際の国民保護法の制定に際しては、前原のサポート役として、与野党協議に参加。海洋問題では、国会でガス田問題を再三取り上げる。国会に海洋関連の法案を提出。最終的には、超党派の海洋基本法の提出者となり、成立にこぎつける。宇宙の平和利用に関する国会決議に縛られてきた宇宙政策を批判。宇宙基本法の提出者となる。宇宙政策の千葉工大の松井孝典教授、松本紘京大総長などと親しい。和歌山大学の秋山演亮特任教授は幼馴染。
言動
- 靖国神社
- 「時々靖国神社に慰霊に行く」と発言しており、A級戦犯については分祀した上で無宗教の国立追悼施設を新たに建立するのではなく靖国神社を慰霊施設として残すべきと主張している。[5]ただし、菅内閣の閣僚となってからは「8月15日に参拝することは全く違う政治的な意味合いがあるので、参拝しない」と明言し、外交的な配慮も重視している[6]。
- 永住外国人の地方参政権
- 永住外国人への地方参政権付与については「どちらかといえば反対」として慎重な姿勢を示している[7]。
- 道路特定財源
- 2008年(平成20年)2月21日、道路特定財源の問題に関する衆議院予算委員会での質疑において、国際建設技術協会(国土交通省からの天下り団体)が随意契約で受注し、道路特定財源の内から約1億円もの大金を使って作成した調査報告書(3部)が、世界銀行のデータなどの参照資料、外国語を自動翻訳した支離滅裂な文章、ウィキペディアの項目の引用だけしかないという役に立たないものであると批判した[8]。
- 天下りに関する政令
- 2009年(平成21年)2月3日の衆議院予算委員会で麻生太郎首相に対し、国家公務員の天下りや渡りを3年間認めるとした前年の「職員の退職管理に関する政令」を放置したまま、1年以内に渡りを廃止する政令を新たに出すとする答弁は矛盾していると指摘。政令を訂正するよう要求した[9][10]。
- 天皇特例会見
- 2009年12月20日のテレビ朝日の番組で、天皇特例会見について懸念を表明した羽毛田信吾宮内庁長官に対して「中でいろいろ言うのはいいが、外向きに出すのはどうなのか」と批判。鳩山政権の対応についても「(皇室外交という)デリケートな問題に不慣れで、内閣と宮内庁の意思が通い合わなかった」と指摘した[11]。
- 霞が関埋蔵金
- いわゆる「霞が関埋蔵金」について、「埋蔵金」を各省庁が管理している特別会計や独立行政法人などの資産から負債を引いた額であると定義し、2008年(平成20年)1月の国会において、自身の試算を披露した[12]。それは (1)特別会計の余剰金68兆円、 (2)独立行政法人の余剰金16兆7000億円、 (3)独立行政法人の関連会社と公益法人の余剰金11兆1000億円の、合計96兆円もの余剰金があると主張するものであった[13]。
- 尖閣漁船衝突事件後の極秘訪中
- 2010年9月29日、極秘に訪中し北京の釣魚台迎賓館で中国政府要人と会談。9月7日に発生した尖閣諸島中国漁船衝突事件で悪化した日中関係の改善と、河北省で拘束されたフジタの日本人社員の開放を求めるため菅直人首相の特使として訪れたとみられるが、政府や細野はこれを否定している[14][15]。
- どうしてもやってみたいという思いはみじんもない
- 2011年8月30日付の読売新聞記事によると、「この仕事を喜んでやる人は一人もいない。『どうしてもやってみたい』という思いはみじんもない」と述べた[16]。
- 福島第一原子力発電所事故の汚染物質処分に関して
- 2011年9月4日に行われた会見の中で、汚染物質の処分について触れ、「福島の痛みを日本全体で分かち合うことが国としての配慮ではないかと思っている。福島を最終処分場にはしないということは方針としてできる限り貫きたい」と述べた[17]。
人物
- 選挙
- 2000年、静岡県第7区で出馬。落下傘候補で泡沫候補と言われたが、伊豆半島を歩いて一周するなどの独自の選挙運動を展開し、自民党候補の乱立にも救われて初当選。2003年、区割りの変更により、静岡県第5区で二期目の当選。大昭和製紙をバックに盤石の地盤を持つと言われてきた斉藤斗志二を小選挙区で破る。
- 4度の選挙をすべて小選挙区で当選しており、選挙の強さには定評がある。
- 交友関係
- 前原誠司は京都大学法学部の先輩にあたり、政策的にも近い。前原の党代表時代に党役員室長を務めた。なお、2006年4月に前原が辞任して小沢一郎が党代表となったが、9月まで引き続き役員室長を務めた。他方、2009年に小沢幹事長の下で副幹事長、組織委員長、企業団体対策委員長に就任して以降、小沢の新たな側近の1人に目される。週刊文春2009年12月24日号によると、細野は原口一博総務大臣、松本剛明衆院議院運営委員長とともに党内で「ごますり3人衆」と呼ばれているという[18]。2010年9月民主党代表選挙では小沢を支持した。
- 尊敬する人物
- 尊敬する歴史上の人物は吉田松陰、愛読書は安岡正篤の思想書や麻生幾の危機管理関連の本など。座右の銘は「志達」(思いをつよくもてばそれがかなうという意味の造語)である。
- 政治資金
- ジャーナリストの田原総一朗は2010年(平成22年)、細野に献金していることを明らかにしている[19]。
- 不倫スキャンダル
- 2006年(平成18年)10月、TBS『筑紫哲也 NEWS23』でアナウンサーを務めていた山本モナとの不倫関係が、写真週刊誌『フライデー』の見開きトップにて報じられた[20]。記事には、細野と山本モナが東京都港区南青山の路上でキスしている写真が掲載された。フライデー記者の直撃取材を受けた細野は、モナとの交際について「はぁ」ととぼけたり、モナの家に宿泊した事実についても「いいえ」と完全否定していた[20]。しかし、記事が発表されると自身の公式ウェブサイトで「不徳の致すところであり、深く反省する」と、事実を認めて謝罪した[21]。この不祥事の後、衆議院予算委員会で質疑を行った際に麻生内閣に対して九州国立博物館の展示物の購入について質問したところ、自民党の山本拓から執拗に「モナリザはいくらですか」という野次を飛ばされた。
著書
- 「パラシューター…国会をめざした落下傘候補、疾風怒涛の全記録」 ISBN 4772703888
- 「情報は誰のものか」(筑紫哲也・西山太吉・細野豪志・田島泰彦共著) ISBN 4000092960
脚注
- ^ 子育て日記「細野豪志ブログ」複数エントリー他
- ^ 『官報』 平成23年(2011年)4月20日付 (本紙5540号) p. 9
- ^ a b c 「人事異動」『官報』5586号、国立印刷局、2011年6月29日、8面。
- ^ 「人事異動」『官報』5617号、国立印刷局、2011年8月12日、7面。
- ^ 文藝春秋 2009年9月号 遠藤浩一「民主党の人々」
- ^ “閣僚の靖国参拝、今年も見送りへ=アジアとの関係重視-菅内閣”. 時事通信. (2011年8月12日) 2011年8月17日閲覧。
- ^ 朝日東大共同調査 [1]
- ^ “国交省所管公益法人ずさんな業務明らかに”. 日刊スポーツ. (2008年2月21日)
- ^ 共同通信2009年2月3日
- ^ 国会議事録検索システム2009年2月3日
- ^ 共同通信2009年12月20日
- ^ 衆議院 平成20年1月28日
- ^ アメーバニュース 霞が関埋蔵金の試算は96兆円 ネットで話題 2008年1月30日07時30分
- ^ 共同通信社2010年9月30日
- ^ 時事通信社2010年9月30日
- ^ 野田新首相で「3度目の正直だ」…北沢防衛相
- ^ 細野大臣 最終処分場は県外で
- ^ 週刊文春
- ^ “田原総一朗のタブーに挑戦!(10.07.06)”. JFN. (2010年7月6日)
- ^ a b 「NEWS23」山本モナが「イケメン代議士と不倫愛」p.5-p.8「フライデー」(講談社) 平成18年10月13日号 = 通巻第1224号
- ^ 細野豪志 (2006-10-06), “お詫びのご挨拶”, プレスリリース 2010年10月10日閲覧。
- ^ 徳島新聞 2011年9月3日(土曜日)朝刊3面 「野田内閣 閣僚の横顔」より。
外部リンク
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第17代:2011年 - |
次代: 現職 |
| 先代: 創設 |
初代:2011年 - |
次代: 現職 |
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初・第2代:2011年 |
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第5代:2011年 |
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