石破茂

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日本の旗 日本の政治家
石破 茂
いしば しげる
Gates meets Ishiba 8 November 2007 cropped for Ishiba.jpg
石破茂(2007年11月8日)
生年月日 1957年2月4日(57歳)
出生地 鳥取県八頭郡八頭町郡家殿
(旧八頭郡郡家町大字殿)
出身校 慶應義塾大学法学部
前職 三井銀行従業員(現三井住友銀行
現職 自由民主党幹事長
所属政党 (自由民主党)→
改革の会)→
自由改革連合)→
新進党)→
無所属)→
自由民主党(額賀派)→
自由民主党(無派閥)→
自由民主党(無派閥連絡会)
称号 法学士
親族 祖父・石破市造(大御門村長)
父・石破二朗(鳥取県知事、自治大臣)
公式サイト 石破茂オフィシャルサイト

内閣 麻生内閣
任期 2008年9月24日 - 2009年9月16日
議員会館 衆議院第2議員会館515号室

日本の旗 第4代 防衛大臣
内閣 福田康夫内閣
任期 2007年9月26日 - 2008年8月2日

日本の旗 第68-69代 防衛庁長官
内閣 第1次小泉第1次改造内閣
第1次小泉第2次改造内閣
第2次小泉内閣
任期 2002年9月30日 - 2004年9月27日

選挙区 鳥取県全県区→)
鳥取1区
当選回数 9回
任期 1986年7月8日 - 現職
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石破 茂(いしば しげる、1957年昭和32年)2月4日 - )は、日本政治家自由民主党所属の衆議院議員(9期)。自民党幹事長(第46代)。

国務大臣防衛庁長官(第6869代)、防衛大臣第4代)、農林水産大臣第49代)、自民党政務調査会長(第52代)などを歴任した。

父親建設事務次官鳥取県知事自治大臣国家公安委員会委員長などを歴任した石破二朗[1]

経歴[編集]

出生〜学生時代〜銀行員時代[編集]

鳥取県八頭郡郡家町(現八頭町郡家殿)出身[2]

慶應義塾高等学校を経て、1979年3月に、慶應義塾大学法学部政治学科卒業[2]。同年、三井銀行に入行[2]

政治家として[編集]

1981年(昭和56年)、父である石破二朗が死後、二朗の友人だった田中角栄から「おまえが(おやじの後に)出ろ」と薦められたことが政界入りのきっかけである[3]

三井銀行を退職して田中派の派閥秘書を務めたのち、1986年(昭和61年)の第38回衆議院議員総選挙自由民主党公認で鳥取全県区から立候補して初当選(本来は田中派からの出馬を希望していたが同区に同現職平林鴻三が居た為、中曽根派幹部渡辺美智雄を頼り、中曽根派から擁立された)。以後連続当選9回。1993年(平成5年)、政治改革法案をめぐって自民党から役職停止処分を受けたため笹川尭と共に離党し、改革の会に参加。新党みらい柿澤自由党、改革の会が合流した自由改革連合を経て新進党結党に参加するも、小沢一郎安全保障政策に失望し、新進党を離党。1997年(平成9年)に自民党に復党。復党後は橋本派に所属[1]

もともとは農水族として地歩を築いたが、自身が「国防がライフワーク」と語るとおり「新国防族」などと呼ばれ、外交・安全保障に通じた議員としても知られた。防衛政務次官防衛庁副長官拉致議連の会長などを務めたのち、2002年(平成14年)の第1次小泉内閣第1次改造内閣において国務大臣防衛庁長官に任命され、広く名前を知られるようになった。ほぼ2年に渡る長官時代は有事法制の制定に尽力したほか、自衛隊イラク派遣を決定した。

2004年(平成16年)、国民年金の未納期間があったことが明らかになり、「未納3兄弟」の一人に数えられた[4]

2007年(平成19年)の自民党総裁選挙では福田康夫を支持し、その直後に発足した福田康夫内閣では防衛大臣に就任して2度目の入閣。翌2008年(平成20年)、福田の首相電撃辞任を受けて実施された自民党総裁選挙に出馬するも麻生太郎が圧勝し、石破は最下位の5位に終わった。続いて成立した麻生内閣では、前任者たちの多くが不祥事に見舞われ、「鬼門」とされていた農林水産大臣に就任した。

2009年(平成21年)9月、自民党の野党転落後に行われた自民党総裁選挙では、前回の総裁選の対立候補であった与謝野馨から立候補を推されるなど、マスメディアから総裁候補の1人として有力視されるも、前回の総裁選で推薦人となった20人のうち13人が落選するなど、推薦人集めが難航したことなどから立候補を断念し、谷垣禎一への支持を表明した。9月29日、新総裁・谷垣の下で、自民党政務調査会長に就任(党鳥取県連によると、県選出国会議員からの党三役就任は初めて[5])。

2010年(平成22年)4月14日、会見でたちあがれ日本について、「私自身、新党「たちあがれ日本」に参加した与謝野馨園田博之とは、政策的に非常に近いスタンスだ。2人は、自民党で中心的な政策の立案をしてきており、共闘していくのは当然だ」「たちあがれ日本とは、「民主党の過半数を阻止しなければならない」という思いは共通しており、今後、政策面で共同歩調をとることは多々ある」[6]と述べ、たちあがれ日本と共闘する可能性を示唆し、講演でも「ともに民主党を倒すという思いなら、罵詈雑言や裏切り者などという前に、どうやって共闘するか考えるのが大事だ[7]」と述べ、たちあがれ日本と協力する可能性に言及した。

同年9月、自民党政調会長に再任。当初、谷垣は石破を退任させ、参院政策審議会長(政調会長代理)の林芳正を昇格させる人事を構想したが、党内の反対論を受け、石破を政調会長に留任させた[要出典]

党役員人事後に設置された自民党シャドウ・キャビネット影の内閣)では、「影の内閣官房長官」に就任した。

2011年(平成23年)9月30日、自民党政調会長を退任する(後任は茂木敏充)。その後、出身派閥の額賀派から離脱。衆議院予算委員会野党筆頭理事、自民党安全保障調査会会長に就任。同年12月に派閥横断型政策勉強会「さわらび会」を立ち上げる。

2012年(平成24年)9月10日、次期自民党総裁選挙への出馬を表明した[8]

同年9月26日自民党総裁選挙の投開票が行われ、第1回で199票(地方票165票、国会議員票34票)を獲得して1位となるが、決選投票では89票に留まり、108票を獲得した元首相の安倍晋三に19票差で敗れた[9]

しかし、党員票で過半数以上を集めたことで党内での存在感は高まった。同年9月28日に新総裁・安倍の下で第46代自民党幹事長に就任した[10]

2013年(平成25年)1月、「無派閥連絡会」を結成。一部マスコミ・議員からは“事実上の石破派立ち上げ”と見られている[11]が、当人は否定している[12]

政策[編集]

外交・安全保障[編集]

自民党きっての外交・安全保障の論客として知られる。また、「軍事マニア」[13]「防衛オタク」[14]などと呼ばれる。『』を愛読し、国防関連の知識を吸収している[要出典]

2003年3月に情報収集機関の調査隊を改組し、防衛庁長官直轄部隊として情報保全隊を組織した[要出典]。この隊は同月に勃発したイラク戦争に関する世論動向(主に市民団体)の調査をおこなっていたとされる[要出典]

徴兵制度の利点を認める発言をしているが、現在の軍隊にはそぐわない制度だとして実際に採用することについては否定している。自民党の憲法改正草案で当初「徴兵制度の禁止」を謳った条文が想定されていたが、石破などの「国家のために生命を懸けることができないような国家を、果たして国家と呼べるのか?」という批判で消滅した。一方で徴兵制導入への反対を主張している[15]のは、ハイテク兵器が活用される現代の戦争において、兵器の扱いに慣れない素人の一般国民を戦闘員として参加させた場合、デメリットの方がはるかに大きいという理由による[要出典]

国務大臣防衛庁長官を退任後の2005年に防衛問題を扱った著書『国防』を発表した。

再び防衛大臣に就任した石破は、2008年6月にシンガポールで開催された第7回アジア安全保障会議の講演で、日本は今はむろん、今後も核大国につながる核武装計画がないことを表明した上で、冷戦期間には無かった一部の脅威、特にテロリズムが浮かび出たことを指摘し、アメリカ同時多発テロ事件や日本のオウム真理教事件を例に、テロリズムに屈服せず、安全保障分野で日本が隣国との対話を強化し、日米同盟関係を一段と強化することを表明している[要出典]

太田光の私が総理大臣になったら…秘書田中。』では、しばしば太田光と激しい論争を繰り広げつつ、専門的知見を噛み砕いて解説を行っている。国防政策において太田によく噛み付かれており、番組内では山本一太と共に「天敵」と呼ばれたこともある。太田を特集した『情熱大陸』(2010年5月23日)には、太田を評するコメントを行った。この番組では、国家の安全保障について考える際はあらゆる非常事態を想定せねばならないと発言している。日本と米国が戦争状態に突入したらどうするか、との太田からの質問に対しては「それはありえない」と回答し、日米間の戦争は起こらないと想定している事を示した。また、アメリカの原爆投下については、「日本も原爆を開発する計画があった」「仮に本土決戦が行われていたら相当の犠牲が出ていた」と米国側の認識に一定の理解を示しながらも、2発目(長崎への投下)については「許容範囲を超えている」として米国を批判している。石破は『太田光の私が総理大臣〜』の「アメリカに原爆被害の賠償金を請求します」では原爆被爆者への補償に反対を表明した。

自衛隊を機動的に動かせるような法改正を繰り返し主張しており、特に北朝鮮有事の際の邦人救出の必要性を強調している。2008年の自民党総裁選の際には「動乱が起き、北朝鮮の(日本)国民が逃げなきゃいけない時でも自衛隊は(国内法の制約で)助けに行けない。そんな国でいいのか」と述べた[16]。また2010年5月6日のテレビ番組では、社民党の福島瑞穂に対し、「(朝鮮半島有事の際に)ソウルやプサンにいる日本人を自衛隊が助け出しに行く。反対ですか?賛成ですか?」「『輸送の安全が確保されない限りは行けない』と書いてあるでしょ。何回この法律の改正を提案しても、反対したのはあなた方じゃないですか」と質問し、自衛隊法の改正を主張した[17]2010年5月23日、テレビ番組で「将来的に日本のような島国海兵隊が無いのはおかしなことだと思っている」と述べ、日本も海兵隊を持つべきだと主張した。また、日本が海兵隊を持った場合、日本の海兵隊がアメリカ海兵隊と共同で動くことがある可能性にも言及した[18]

来日したアメリカ合衆国国防長官(当時)のドナルド・ラムズフェルド(右)と記者会見に臨む防衛庁長官時代の石破(2003年11月15日)
来日したアメリカ合衆国国防長官のロバート・ゲーツ(左)と握手を交わす石破(2007年11月8日)
ロバート・ゲーツ(右)と(2007年11月8日

外交問題では硬軟織り交ぜた主張をとっており、「タカ派」というわけではない[要出典]。朝日新聞社の論壇誌『論座』にも寄稿して保守強硬派を批判している。『論座』2006年8月号においても、北朝鮮への単独制裁に対して疑問を呈している。内閣総理大臣靖国神社への参拝にも反対を表明し[19]、靖国神社からの「A級戦犯の分祀」を主張している[20]

北朝鮮問題については、鳥取県が日本海側に位置していることから[要出典]問題意識が強い。1992年に「見ないで批判するのはいかんだろう」という理由で、自民党・日本社会党公明党合同の訪朝議員団に参加した。金日成生誕80周年祝賀式典を見た際に、全員が一糸乱れず全く同じ動きをしながら独裁者を賛美する北朝鮮国民の様子に衝撃を受け、以来、その印象の北朝鮮観を抱いている[要出典]

農政[編集]

初入閣は国務大臣防衛庁長官であり、後に防衛大臣も務め、政調会長就任後も予算委員会では主に外交・安全保障を中心に質疑を行っているため国防・安全保障の政策通としての顔が有名だが、元々は農水族であり、農水政務次官を2度務めている。そのため、麻生内閣での農林水産大臣就任は満を持してのものだったという[要出典]。「農家から防衛しか知らないと思っていたと言われた、農林水産問題を語ってもメディアが報じてくれない」と語ったこともある[21]

なお、農林水産大臣は松岡利勝の自殺や赤城徳彦遠藤武彦太田誠一の相次ぐ辞任により「鬼門」のポストとされていたが、石破は1年間、特に何の問題もなく農水大臣を務めた[要出典]。ちなみに農水相就任時には前任の太田誠一が辞職した直後であり専任大臣が不在だったため、報道のインタビューに対し「誰から事務引き継ぎするの?」と皮肉めいた言葉を漏らした(実際には、臨時代理を務めていた町村信孝内閣官房長官から引き継ぎを受けた)[要出典]

経済[編集]

環太平洋戦略的経済連携協定(TPP)交渉について「参加しない選択はあり得ない」と述べ、交渉参加に賛成する考えを示しており[22][23]、自身のブログにおいて、「総選挙において『わが党が政権を担当すればTPP交渉からは直ちに離脱する』とでも公約するつもりなのか。そこまでの覚悟があるのならそれはそれで構いませんが、私はそのような公約をすることには反対です」と表明している。[24]。 また、「首相が交渉に参加すると表明した以上、我が党が離脱すると言ったら日米関係はもたない」[25]とも述べ、TPP交渉参加を訴えた。ただし、野田首相は「交渉参加に向けて、関係国と協議に入る」と述べたのであり、正式な交渉参加表明をしたわけではない。なお、西田昌司の「自主防衛による対米自立を目指せばTPPは不必要である」との自説に対して、石破は「そうか」と応じたという[26]

教育[編集]

『論座』において、教育基本法愛国心を明文化することに反対の姿勢を示した。「愛国心は国が政策面で強制するものではない」というのが理由である(なお、改正教育基本法には「我が国と郷土を愛するとともに、他国を尊重し、国際社会の平和と発展に寄与する態度を養うこと」と愛国心教育について明記された)。

民主党政権の高校授業料無償化政策については、「いつから高校が義務教育になったのか。中学までの義務教育を充実させることの方が重要ではないか」と疑問を呈している[要出典]

皇室[編集]

2009年(平成21年)12月天皇特例会見問題では、石破が委員長を務める「天皇陛下の政治利用検証緊急特命委員会」は民主党政権のとった行動を「陛下の政治利用にあたる」と指摘[27]。石破は民主党政権の対応を「かなり異例[28]」「大事じゃない国はルール通りだが、大事な国はひっくり返して会見するのは政治判断だ。そういうことをしていいのか[29]」「(ルールが)時の政府の意向で左右されることであってはいけない[30]」と民主党政権を重ねて批判した。

2010年(平成22年)2月25日、政府(鳩山由紀夫内閣)が天皇の公的行為に関してまとめた統一見解[31]に関し、官房長官平野博文(当時)が記者会見で「本来、憲法で言っている概念からいくと、天皇は国政に関する権能を有しないので、政治利用が存在することはあり得ない」と述べ、天皇の政治利用はそもそも存在しないとしたことに対し、石破は「ルールはいらないというなら、憲法の趣旨や陛下の立場を無視した考えられない見解だ」と述べた[32]

2012年(平成24年)8月の、韓国の李明博大統領による天皇陛下に対しての独立運動家への謝罪要求発言に関連し、衆議院予算委員会において「日本国憲法第一条によって日本国及び日本国民統合の象徴とされている天皇陛下に対する非礼は、日本国及び日本国民に対する非礼であり、日本政府として発言の撤回と謝罪を求めるべきだ」と発言した。

外国人参政権[編集]

2010年の党大会で日本における外国人参政権について、「憲法上の議論が多く残り、国民的議論も成熟していない。私どもは拙速な法案成立に断固反対する」と述べ、党として法案に反対する考えを表明、また「(憲法上の)住民とは日本国民をさすと考えており、私どもは多くの疑義があると考えている。国の形そのものにかかわる問題だ」[33]、「この問題は国の形そのものにかかわるものだ。憲法のあり方からしても、拙速な法案成立には断固反対していく[34]」と述べた。

選択的夫婦別姓法案関連[編集]

民主党主導の選択的夫婦別姓案に反対している。2010年(平成22年)3月3日、記者会見で、民主党主導の選択的夫婦別姓案導入を含む民法改正案について「これを待ち望む人々のニーズに応えながら、法案には反対だという姿勢を示したい」と述べた。また、民主党主導の選択的夫婦別姓案に賛同する動きについて「(自民)党内には(民主党主導の選択的夫婦別姓案の)問題点が理解されず、『まあ、いいじゃないか』という風潮があるのも事実だ」と述べた[35]

人権救済機関創設に意欲[編集]

2011年(平成23年)3月3日部落解放同盟の全国大会が都内で開かれ、来賓として招かれた各党代表は、解放同盟が求める人権救済機関創設の法整備に意欲を示した。石破は「法律を制定することに与党野党もない」と述べた[36]

2012年の自民党総裁選で、9月26日までの投開票を迎えるまでの演説や討論会などで、政府法案である人権侵害救済法案に反対を表明した。ただ、なんらかの人権保護措置が必要とする見解を同時に示した[37]

移民政策[編集]

自民党国際人材議員連盟顧問を務め、移民政策を推進している。

他党の政策に対して[編集]

子ども手当[編集]

民主党の政策である子ども手当について、子どもを母国に残した在日外国人も対象になっていることに触れ「(在日外国人であるが)子どもさんは国外にいる。そして、子どもさんは日本国籍を有していない。どう考えても、こういう方々に対して、日本国民の税金を使って支給すべきではない」と述べている[38]

発言[編集]

  • 防衛庁長官在任中の2004年3月16日に、自衛隊についての発言で「今まで半分やゆ的に自閉隊と言われていたところがある。自閉症の子供の自閉と書いて自閉隊だ」と述べた[39][40]。石破は、発言について「世間でそのように自衛隊を非難する人がいると言っただけ。自衛隊が内にこもっては駄目だという意図だ」と説明した[41]が、自閉症に対する認識不足であるとの批判を浴び[40][42]、3月19日に発言を陳謝した[43]
  • 佐藤正久君の時には大変お世話になった。今後3年後は海、その3年後は空というようにしていきたい。各幕の協力が必要だ」(2007年11月5日、各幕との懇談にて)[要出典]
  • 防衛大臣在任時、UFOの存在を日本政府としては確認していないという公式見解を出した[44]
  • 田母神俊雄航空幕僚長の論文問題に関して、「現職の自衛官が自らの思想信条で政治をただそうというのは、憲法の精神に反している」と指摘。自身のブログでも、かつての部下である田母神を批判した[45]
  • イージス艦「あたご」の事故について、事故直後・捜査が入る前に航海長を省へヘリで呼び出し、大臣同席で事情調査をしたことについての民主党の前原誠司の質問「あなたは何をしているんですか?」に、「今はあなたの質問に答えています」と答弁した[要出典]
  • 民主党の選挙対策委員長・石井一の「鳥取・島根は日本のチベット」と発言を聞き、「日本海側の人間はかつて裏日本と言われ悔しい思いをしてきた訳で、地域の人を見下す対応をする人が選挙を仕切っているのが民主党のやり方だ」と批判した[46]
  • 2010年11月18日に参議院予算委員会にて内閣官房長官仙谷由人が「暴力装置でもある自衛隊」と述べたことから審議が紛糾して発言の撤回・謝罪に追い込まれた件に関連し、2009年3月30日に当時の現職の農林水産大臣であった石破も民間のシンポジウムにて「国家の定義というのは、警察と軍隊という暴力装置を合法的に所有するというのが国家の1つの定義」と述べていた[47]ことが指摘された[48]。この点について石破は、2010年11月19日に自身のブログにて、北朝鮮がなぜあのようなテロ行為を引き起こすのかを説明する上で、政治学上の定義を引用したに過ぎず、自衛隊を名指ししたものではないと釈明した[49]。ただし石破は、清谷信一との共著である『軍事を知らずして平和を語るな』(2006年)にて、暴力装置に自衛隊も含まれるとの旨を以下のように明確に述べたことがある[50]

「国家という存在は、国の独立や社会の秩序を守るために、暴力装置を合法的に独占・所有しています。それが国家のひとつの定義だろうと。暴力装置というのは、すなわち軍隊と警察です。日本では自衛隊と警察、それに海上保安庁も含まれます。」

  • 2008年1月29日付け「世界新聞報」に掲載された発言より[51]
    • 私は防衛庁長官時代にも靖国神社を参拝したことがない。第二次世界大戦の時に日本の戦争指導者たちは、何も知らない国民を戦線に駆り出し、間違った戦争をした。だから私は靖国神社に参拝しない、あの戦争は間違いだ、多くの国民は被害者だ
    • 日本には南京大虐殺を否定する人がいる。三十万人も殺されていないから南京大虐殺そのものが存在しないという。何人が死んだかと大虐殺があったかは別問題だ
    • 日本には慰安婦についていろいろな見解があるが、日本軍が関与していたことは間違いない。
    • 日本人が大東亜共栄圏の建設を主張したことは、侵略戦争に対する一種の詭弁だ
    • (中国は日本に対する脅威であるから対中防衛を強化せよという人たちは)何の分析もしないで、中国は日本に対する脅威だと騒いでいる
    • 日本は中国に謝罪すべきだ
  • 事故を起こした福島原発を含め現在ある全ての原発の計画・建設を行い、電力会社や原発を製造したメーカーから多額の献金を受け取っていた自民党の責任が問われる中次のように述べた[52][53][54][55]
    • 誰が悪い、彼の責任だと言っても詮無き事
    • 東電社員の叱責は事態改善をうながすことにならぬ
    • 福島原発事故は政府による災害だ
    • 人体に影響を与えるような汚染のレベルにはほど遠い
  • 野田第2次改造内閣において、前身時代を含め史上初の民間人からの起用となった森本敏拓殖大学大学院教授の防衛大臣起用に対し「政治家でない以上、責任はとれない」と森本の防衛相就任を批判している[56]が、森本の能力自体は高く評価しており、森本や長島昭久との共著でも「森本先生みたいな方に、政治任用で安全保障担当補佐官になっていただきたいのです。有為な人材を得る。それは何も、政治家でなければいけないということではない。」「政治任用といっても、別に政治家である必要はありません。ローレスにしても、別に上院議員ではないですから。それは防衛参事官制度にも共通して言えることですが、政権と運命を共にする人であれば、政治家である必要はまったくない。政治家の論功賞のポストでも何でもないわけですから。」と述べている[57]
  • 2013年11月29日付けのブログエントリで、特定秘密保護法案への反対運動の国会周辺のデモについて、「今も議員会館の外では『特定機密保護法絶対阻止!』を叫ぶ大音量が鳴り響いています。いかなる勢力なのか知る由もありませんが、左右どのような主張であっても、ただひたすら己の主張を絶叫し、多くの人々の静穏を妨げるような行為は決して世論の共感を呼ぶことはないでしょう。」「主義主張を実現したければ、民主主義に従って理解者を一人でも増やし、支持の輪を広げるべきなのであって、単なる絶叫戦術はテロ行為とその本質において余り変わらないように思われます。」と書いた[58]。これに対し、さまざまな方面から厳しく批判する声が上がり[59]、12月2日のブログで、「整然と行われるデモや集会は、いかなる主張であっても民主主義にとって望ましいものです。」「一方で、一般の人々に畏怖の念を与え、市民の平穏を妨げるような大音量で自己の主張を述べるような手法は、本来あるべき民主主義とは相容れないものであるように思います。」とした上で、「『一般市民に畏怖の念を与えるような手法』に民主主義とは相容れないテロとの共通性を感じて、『テロと本質的に変わらない』と記しましたが、この部分を撤回し、『本来あるべき民主主義の手法とは異なるように思います』と改めます」とした。そして「自民党の責任者として、行き届かなかった点がありましたことをお詫び申し上げます。」と述べた[60]。同日、菅義偉官房長官が「誤解を招かないように一部を撤回するなど、真意をきちんと説明した」、同法案を担当する森雅子少子化担当相も「市民のデモ活動はテロに該当しない」と述べた[61]。一方、野党7党は「言語道断の暴言」と抗議し[62]、毎日新聞は3日の社説で「批判封じの体質が出た」「国民を代表する国会議員として極めて不適切」として野党の抗議は当然だとした[63]。また東京新聞も社説で「デモ活動がテロ行為であろうはずがない。デモは有権者による意思表示の重要な手段で、憲法も表現の自由を保障する。デモの持つ重みを理解していないのなら、あまりにも鈍感で、政治家失格だ。」としている[64]。また、この件に関連し2日昼の記者会見で「大量の音を発するデモ行為はテロリズムに定義されるか」との質問に「それは、強要されればそうでしょう。それが強要されるかどうかの判断であって、それが強要というものに該当しない限りは、そういう範疇には入りません。」と、強要すればテロにあたると発言した[65]が、同日午後の記者会見で「強要する目的、恐怖を与える目的を持って人を殺傷するということがテロ」「殺傷するということがなければ、これはテロということにあたらない」と修正し、「今一般的に行われている市民団体等によるデモ」が強要に当たる可能性については「ありません。人を殺傷しておりませんから。」と述べた[66]

政治資金[編集]

東京電力からの献金[編集]

東京電力や関連企業がパーティー券購入額の目安として、東京電力が政治家の電力業界での重要度を査定しランク付けしていた上位10議員の内の1人であったことが報じられた。議員秘書等から依頼に応じパーティー券を購入し、一回あたりの購入額を政治資金収支報告書に記載義務のない20万円以下にして東電からの資金の流れが表面化しないようにしていた[67]

在日韓国人が経営するパチンコ企業からの献金[編集]

石破が代表を務める自民党鳥取県第1選挙区支部が、在日韓国人が経営する鳥取市内のパチンコ企業から2006年から2011年にかけて合計75万円の政治献金を受けていたことが2012年10月に報じられた[68][69]。石破側は2011年3月に、この企業の経営者が韓国籍であることが判明したため、外国人が株式や出資金の過半数を保有する企業からの献金を禁じている政治資金規正法に抵触すると判断し、全額を返金していた[68]。石破は、献金者は日本名を使用しており、韓国籍とは知らなかったと説明した[70]

人物像[編集]

父・二朗との関係[編集]

石破が生まれた時、父・二朗は48歳の高齢だった。二朗の秘書をつとめていた高岩迪資によると、石破が誕生した際、二朗は「年寄り子で恥ずかしい」といって病院に行きたがらなかったため、高岩が代理として出掛けていた。病院側では、高岩を茂の父親と間違えることが何度かあったという[71]

三井信託銀行社長・土井正三郎(鳥取県米子市出身)によれば、「昭和五十三年初夏の頃石破(二朗)さんから令息・茂君の就職について相談を受けたことがありました[72]。そのとき私は本人の志望会社を認められることを強調し、たまたま入社志望会社の人事担当役員が古くから親交がありましたので、石破(二朗)さんと一緒に訪ねたこともありました[73]。又、令息の学業、クラブ活動の成績等は極めて優秀、希望通り採用内定し、その通知を受けられた、ご両親のご安堵の程が察せられたことを想起しています[74]」という。

宗教信仰[編集]

クリスチャンプロテスタント)である。父は仏教徒で故郷にいる時には父祖の墓参りを欠かさないほど浄土宗西橋寺を信奉していたが、母方が曽祖父金森通倫から続くキリスト教徒であったため、教会附属の幼稚園に通い、18歳のときにプロテスタント系では日本最大となる日本基督教団鳥取教会洗礼を受けた。石破は「46年間、キリスト教に触れつつ信仰をもちながら生きてきた」と述べている[75]

趣味・嗜好など[編集]

  • 高校時代からアイドル歌手グループキャンディーズの大ファンであり、中でもミキ(藤村美樹)がお気に入り。2007年11月15日守屋武昌元防衛次官に対する証人喚問において、久間章生額賀福志郎両名の名前が出てきた日の夜、キャンディーズの曲を熱唱した[76]。メンバーの一人で解散後女優に転向した田中好子が2011年4月21日に死去した際には「本当の同時代を生きた私たちの青春そのもの。大事な友達を亡くしたような思いだ」とコメントした[77]
  • 自他ともに認める軍事オタクにして、ミリタリー系プラモデルの愛好家でもある。静岡ホビーショーにおける自衛隊車輌展示も彼の働きかけにより実現したと言われている。少年時代は自動車タクシーSLが大好きなマニア、鉄道マニアでもあった。現在でも戦車戦闘機プラモデルを集めるのが趣味のようである。防衛庁長官時代、ロシア国防大臣が来日した際に大臣を喜ばせるために2日間徹夜して空母アドミラル・クズネツォフの模型を組み上げた(この時、「在任中はプラモ制作を我慢する」という自戒を破ったと後に述懐している)。ただ、石破自身は、「子供のころから戦車、戦闘機、軍艦といった、乗り物が好きで、国防や外交について『筋金入りのオタク』という意見や批判はいささか買いかぶりのような気がしてならない」と述べている[78]。また、近頃は「軍艦が好き」「プラモデルが好き」などと言うと、すぐに危ない軍事オタクのように言われるが、それは短絡的な決め付けであるとも述べている[要出典]
  • 鉄道ファンでもあり、ブルートレイン銀河」の廃止の際、寝台券が入手できず残念がった。2010年3月に寝台特急「北陸」と夜行急行「能登」が廃止された際にもテレビ番組のインタビューに答えている。現在でも鳥取と東京の往復に寝台特急サンライズ出雲瀬戸」と特急スーパーいなば」を利用する姿がたびたび報じられている。雑誌『週刊プレイボーイ』(集英社)2009年2月16日号のインタビュー記事では、「寝台車で過ごす時間は側近にも邪魔されず、好きな事をして過ごせるとても楽しい時間だ」と述べている。
  • 石破自身は喫煙者である。カレーライスコロッケが好物だが、納豆は苦手であるという[要出典]

交友関係[編集]

  • コラムニストの泉麻人は、慶應義塾高校での同級生[要出典]
  • 民主党の議員では前原誠司と親密。双方とも鳥取県出身[79]で、内閣総理大臣の靖国神社公式参拝に反対している他、防衛問題でも意見が一致し、共同で本を出版したこともある[80]。鉄道やプラモデルといった、趣味の話題でも話が盛り上がるという。石破が2008年9月に行われた自民党総裁選に立候補したが、これは前原との会話が間接的な原因となったとする報道もある[81]。また、菅直人政権の下では民主・自民・公明3党の枠組みでの政策協議が積極的に行われたため、菅政権下で一貫して政策調査会長を務めた玄葉光一郎とも親しい。
  • 自由民主党幹事長に就任した2012年9月以降、公明党幹事長井上義久とプライベートでも親交があり、2013年9月には劇団四季ミュージカルコーラスライン』を揃って観劇した。観劇には石破の妻も同行し、観劇後には和食料理店で深夜まで痛飲したという。井上との関係について、石破は「井上さんも私も堅物ですよね。理屈が通らないことは嫌い、駆け引きはできないが人を裏切らない、たぶらかさない。そのあたりが互いに分かって、気が合ったんじゃないかな」と語っている[82]

その他[編集]

  • 2004年から2005年にかけて、『ULTRAMAN』、『戦国自衛隊1549』、『亡国のイージス』など自衛隊の大規模な協力を得て撮影された映画が公開されたが、これは防衛庁長官を務めていた彼の映画産業への理解が深かったことが大きい。そのため、当時はテロSFといった大胆なテーマの作品にも自衛隊の協力が得られるのが特徴であった[83]
  • 道路特定財源を資金源とする道路運送経営研究会(道路特定財源の一般財源化に反対している)から献金を受けている[84]
  • 2008年12月、政治家をモチーフにした商品を数多く手がける菓子問屋「大藤」から「希望戦士 ISHIDAM」(定価735円)なる商品が、石破の地元である鳥取と秋葉原限定で発売された。同商品は二十世紀梨の果汁入り饅頭で、皮には石破が農水大臣だったことにちなみ、米粉が配合されている。プラモデル風のパッケージには石破をモチーフにしたイラストが描かれており、20種類+シークレット2種類のオリジナル缶バッジが同梱されている。
  • 自民党が下野した後は、予算委員会などで質問に立つことが多く、首相をはじめとする閣僚に「文民統制が有効に成立する条件とは何か」など様々な質問を行っている。J-CASTは、2010年8月に始まった予算委員会における菅直人首相との質疑が石破による講義の様相を呈していたとしている[85]
  • 2010年12月、日本テレビ系『ダウンタウンのガキの使いやあらへんで!!』の「絶対に笑ってはいけないスパイ24時」に、防衛問題についてジミー大西と対談するVTRでゲスト出演した。
  • 石破が防衛大臣の頃、職員が省内で不正な電波をキャッチした。スパイかも知れないと大騒ぎになり、発信源を捜索したら大臣室だった。職員たちが驚いて大臣室に向かったら、石破がラジコンで遊んでいただけだった。[要出典]
  • 2013年9月、TBS系のバラエティ特番『オールスター感謝祭'13秋芸能界No.1チーム決定戦!』にスペシャルMCとして生出演し、国会議事堂や自身の趣味に関するクイズを出題した[86]

主な所属団体・議員連盟[編集]

略年譜[編集]

家族・親族[編集]

父・石破二朗(後列左端、大正10(1921年)3月、殿尋常高等小学校卒業式記念写真)

石破家[編集]

父・石破二朗
本所厩橋警察署長の正装
昭和12(1937年春)
石破二朗
建設省事務次官当時
1956年(昭和31年)11月)
鳥取県八頭郡八頭町郡家殿鳥取市
石破家は鳥取県八頭郡大御門村大字殿(旧郡家町大字殿、現八頭町郡家殿)の農家だった。八頭町郡家殿は、集落の半数が“石破姓”で、同町は農林業が基幹産業である[87]
明治7年(1874年)生〜 昭和17年(1942年)没。
明治41年(1908年)7月〜昭和56年(1981年)9月没。

臼井家[編集]

鳥取市
臼井宗(教育者)は父・二朗の長姉の夫。『続 因伯の医師たち』(森納著) p.88-90によると、「臼井家はもと高田姓を名のっていた。八東郡下私都村峰寺に代々を業として住み、時には御殿医としてに仕えたこともあった。臼井家六代目宗順(宋順)の時に峰寺より中私都村市場に移った。宗順に医家を継ぐ男子なく三女のちよに八上郡本角村の医師田淵養玄の二男幾蔵を迎えて婿養子とした。幾蔵の二男宗は教職につき丹比小学校長等をつとめた。宗の子宗雄は鳥取市で眼科医院を開業している。」という。
父・石破二朗(後列右、昭和14(1939年)夏)

金森家[編集]

熊本県玉名郡天水町[89]託麻郡本山村[89]東京都
安政4年(1857年)8月生〜昭和20年(1945年)3月没。

略系図[編集]

 
 
 
 
臼井幾蔵
 
臼井宗
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
里喜
 
 
 
 
 
石破常七
 
石破市造
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
山田松太郎
 
マサ
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
石破二朗
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
石破茂
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
金森通倫
 
金森太郎
 
和子
 
 
 
 
 
 

著作[編集]

単著[編集]

共著[編集]

雑誌[編集]

論文[編集]

参考文献[編集]

  • 「『いじめられっ子』石破茂の逆襲」山村明義 (『文藝春秋』2004年5月号)
  • 「生粋の愛読者が抱く『正論』『諸君!』への違和感」石破茂(『論座』2006年8月号)
  • 日外アソシエーツ編『新訂現代政治家事典―中央・地方の政治家4000人』(日外アソシエーツ、2005年) ISBN 4816918922
  • 石破二朗回想録刊行会、1982、『回想録 石破二朗 追想篇』

脚注[編集]

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  1. ^ a b 日外アソシエーツ編『新訂現代政治家事典―中央・地方の政治家4000人』(日外アソシエーツ、2005年) 40頁、41頁参照。
  2. ^ a b c d 自民党鳥取県支部連合会
  3. ^ 国防 p.77
  4. ^ 「本日の雑談〈2〉」小林よしのり, 西部邁、飛鳥新社、2004年
  5. ^ “自民政調会長に石破氏 党三役、県選出で初”. 日本海新聞. (2009年9月30日). http://www.nnn.co.jp/news/090930/20090930054.html 2009年12月26日閲覧。 [リンク切れ]
  6. ^ “たちあがれ日本と共同歩調も”. NHKニュース. (2010年4月14日). http://www3.nhk.or.jp/news/html/20100414/t10013832351000.html 2010年4月15日閲覧。 [リンク切れ]
  7. ^ “「衆参ダブル選の可能性高い」と石破氏 「たちあがれ日本」との連携も模索”. 産経新聞. (2010年4月14日). http://sankei.jp.msn.com/politics/situation/100414/stt1004142044010-n1.htm 2010年4月15日閲覧。 
  8. ^ 石破氏が出馬表明 共同通信47News 2012年9月10日閲覧
  9. ^ 自民新総裁に安倍氏=決選で石破氏を逆転-結党以来初の再登板 時事通信 2012年9月26日閲覧
  10. ^ 安倍執行部がスタート=細田総務会長、甘利政調会長-「民主政権を打倒」・自民 - 時事通信 2012年9月28日
  11. ^ 事実上の石破派?「無派閥連絡会」初会合 - MSN産経ニュース2013年1月31日付、2013年3月24日閲覧。
  12. ^ 自民・石破幹事長、派閥との見方を否定 「無派閥連絡会」旗揚げで - MSN産経ニュース2013年2月1日付、2013年3月24日閲覧。
  13. ^ 石破茂 『軍事を知らずして平和を語るな』 ベストセラーズ、2006年ISBN 978-4584189672
  14. ^ 『神道時事問題研究』 2010年2月1日
  15. ^ 『CIRCUS』(KKベストセラーズ[いつ?][要ページ番号]
  16. ^ “麻生氏「危なくてしようがない」 金総書記重病説事実なら「脅威」”. 産経新聞. (2008年9月20日). http://sankei.jp.msn.com/politics/situation/080920/stt0809201805008-n1.htm 2010年1月26日閲覧。 [リンク切れ]
  17. ^ 朝ズバ2010年5月26日[1]
  18. ^ “石破氏「日本に海兵隊ないのはおかしい」”. nikkansports.com(共同通信). (2010年5月23日). http://www.nikkansports.com/general/news/f-gn-tp3-20100523-633164.html 2010年12月10日閲覧。 
  19. ^ ““젊은 의원들 전쟁몰라 용감…日정치 지나친 우경화 걱정” [“若い議員たちの戦争を知らぬ勇敢さ … 日本の政治家らの度を過ぎた右傾化が心配”]” (韓国語). 東亜日報. (2006年9月28日). http://www.donga.com/fbin/output?f=f__&n=200609280102 2010年3月27日閲覧。 
  20. ^ “靖国問題、A級戦犯の分祀で一致 自民総裁選5候補”. 日本経済新聞. (2008年9月15日). http://megalodon.jp/2008-0915-1632-03/www.nikkei.co.jp/news/seiji/20080915AT3S1401014092008.html 2010年3月27日閲覧。 
  21. ^ 農林水産・桃太郎・ネットカフェ - 石破茂オフィシャルブログ 2008年9月16日(2009年9月11日閲覧)。
  22. ^ 石破氏、TPP交渉「参加を」 自民内の意見割れる 日本経済新聞 2011年11月9日閲覧。
  23. ^ 谷垣氏は反対、石破氏は賛成…TPP交渉参加 読売新聞 2011年11月9日閲覧
  24. ^ 石破茂オフィシャルブログ2011年11月18日
  25. ^ 読売新聞社説・2011年11月17日付
  26. ^ 京都讀書會・頑張れ日本!京都
  27. ^ “「憲法認識の欠如」自民が天皇特例会見で見解”. 読売新聞. (2009年12月18日). http://www.yomiuri.co.jp/politics/news/20091218-OYT1T01136.htm 2010年1月25日閲覧。 
  28. ^ “首相、渋る宮内庁押し切る=際立つ対中配慮-陛下特例会見”. 時事通信社. (2009年12月12日). http://www.jiji.com/jc/zc?k=200912/2009121200001 2010年1月25日閲覧。 
  29. ^ “特例会見に党内外から批判 「政治利用」「要請強硬」”. 朝日新聞. (2009年12月15日). http://www.asahi.com/seikenkotai2009/TKY200912140349.html 2010年1月25日閲覧。 
  30. ^ “天皇特例会見、前原国交相「元首相から打診」”. 読売新聞. (2009年12月16日). http://www.yomiuri.co.jp/politics/news/20091216-OYT1T00224.htm 2010年1月25日閲覧。 
  31. ^ “「天皇の公的行為について」の政府見解全文”. MSN産経ニュース (産業経済新聞社). (2010年2月25日). http://sankei.jp.msn.com/politics/policy/100225/plc1002251611013-n1.htm 2010年2月26日閲覧。 [リンク切れ]
  32. ^ “政府、天皇の公的行為で「統一的ルール設けない」 自共は反発 (2/2ページ)”. 産経新聞. (2010年2月25日). http://sankei.jp.msn.com/politics/policy/100225/plc1002252121020-n2.htm 2010年2月25日閲覧。 [リンク切れ]
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  34. ^ “外国人参政権に反対=自民・石破氏”. 時事通信社. (2010年1月24日). http://www.jiji.com/jc/c?g=pol_30&k=2010012400057 2010年1月25日閲覧。 [リンク切れ]
  35. ^ “【夫婦別姓】自民・石破氏「まあいいじゃないか」の風潮に危機感”. MSN産経ニュース(産経新聞). (2010年3月3日). http://sankei.jp.msn.com/politics/situation/100303/stt1003031809008-n1.htm 2010年3月4日閲覧。 
  36. ^ 人権救済機関創設に意欲=解放同盟全国大会で与野党(時事2011/03/03)
  37. ^ “自民総裁選 決選なら2位候補逆転の公算”. 産経新聞. (2012年9月26日). http://www.iza.ne.jp/news/newsarticle/print/politics/politicsit/594150/ 2012年10月8日閲覧。 
  38. ^ “子ども手当法案 自民党、「子どもの国内居住」要件設けず法案成立急ぐ政府与党を批判”. FNNニュース. (2010年3月25日). http://www.fnn-news.com/news/headlines/articles/CONN00174183.html 2010年3月27日閲覧。 
  39. ^ “自衛隊は「自閉隊」 石破長官が不適切発言”. 共同通信社. 47NEWS. (2007年3月16日). http://www.47news.jp/CN/200403/CN2004031601004761.html 2011年6月27日閲覧。 
  40. ^ a b “「自衛隊は『自閉隊』と言われていた」 石破防衛庁長官”. 朝日新聞. (2004年3月17日). http://www2.asahi.com/special/jieitai/TKY200403160319.html 2011年6月27日閲覧。 
  41. ^ “自衛隊は「自閉隊」…石破長官、パーティーであいさつ”. 読売新聞. (2004年3月17日) 
  42. ^ “自衛隊は「自閉隊」 石破防衛庁長官が発言”. 中日新聞. (2004年3月17日) 
  43. ^ “「自閉隊」発言を陳謝 引用不適切だったと石破氏”. 共同通信社. 47NEWS. (2004年3月19日). http://www.47news.jp/CN/200403/CN2004031901000961.html 2011年6月27日閲覧。 
  44. ^ 質問主意書
  45. ^ 田母神・前空幕長の論文から思うこと - 石破茂オフィシャルブログ 2008年11月5日、文民統制 - 石破茂オフィシャルブログ 2008年11月10日(2010年11月28日閲覧)
  46. ^ “「鳥取や島根は日本のチベット」 発言に抗議相次ぐ”. 日本海新聞. (2010年2月24日). http://www.nnn.co.jp/news/100224/20100224054.html 2010年3月1日閲覧。 
  47. ^ “集団的自衛権と国連観に違いがみえた”. 朝日新聞アジアネットワーク. (2009年3月30日). http://www.asahi.com/international/aan/hatsu/hatsu090414d.html 2010年11月19日閲覧。 
  48. ^ このシンポジウムには、当時の民主党の副代表であり、仙谷の「暴力装置」発言の時点における幹事長である岡田克也ら複数のパネリストも参加していたが、石破が警察や軍隊を「暴力装置」と表現した点について、特に誰からも問題視されなかった。
  49. ^ 週末日程、「暴力装置」発言 - 石破茂オフィシャルブログ 2010年11月19日
  50. ^ 『「暴力装置」は「差別用語」か?』 清谷信一 - asahi.com Astand RONZA 2010年11月19日
  51. ^ WiLL』2008年6月号渡部昇一「石破防衛大臣の国賊行為を叱る」
  52. ^ 中央公論2011年5月号
  53. ^ 【放射能漏れ】「事態改善をうながすことにならぬ」首相の東電社員叱責に自民・石破氏が批判 - SankeiBiz
  54. ^ しんぶん赤旗 2011年4月19日
  55. ^ 原子力ロビー「電気事業連合会」の力と実態 電力会社幹部は3年間で5600万円を自民党政治団体に献金、「味方作り」を推し進めてきた現代ビジネス
  56. ^ 野田第2次改造内閣「適材適所」と野田首相も、野党からは批判(FNNニュース、2012/6/5閲覧)
  57. ^ 「国防の論点 日本人が知らない本当の国家危機」PHP研究所 p.115
  58. ^ 沖縄など 本人ブログ2013年11月29日
  59. ^ 「本音出た」「反対抑圧」 石破氏の「テロ行為」発言に厳しい批判産経ニュース 2013年12月1日
  60. ^ 石破氏、重ねて反対デモを問題視 秘密法案 共同通信2013年12月1日。
  61. ^ 石破幹事長のデモ批判発言、「一部撤回し真意を説明した」 菅長官産経ニュース 2013年12月2日
  62. ^ 読売新聞 2013年12月3日
  63. ^ 毎日新聞 2013年12月3日
  64. ^ 「テロ」と石破氏 デモの重み感じぬ鈍さ東京新聞 2013年12月3日
  65. ^ 石破幹事長記者会見(政府与党連絡会議後) 自民党WEBサイト。
  66. ^ 石破茂幹事長記者会見 (役員連絡会後) 自民党WEBサイト。
  67. ^ “東電、10議員を「厚遇」 パーティー券を多額購入”. 朝日新聞. (2012年1月8日). http://www.asahi.com/national/update/0107/TKY201201070496.html 2012年3月28日閲覧。 
  68. ^ a b “石破氏に外国人献金 3社から75万円、全額返金”. 共同通信社. 47NEWS. (2012年10月18日). http://www.47news.jp/CN/201210/CN2012101801000740.html 2012年10月19日閲覧。 
  69. ^ “石破氏に外国人企業から献金 全額返還”. 日テレNEWS24. (2012年10月18日). http://www.news24.jp/articles/2012/10/18/04216035.html 2012年10月19日閲覧。 
  70. ^ “石破氏「外国人と知らず」 献金問題で”. 共同通信社. 47NEWS. (2012年10月18日). http://www.47news.jp/CN/201210/CN2012101801001122.html 2012年10月19日閲覧。 
  71. ^ 『回想録 石破二朗 追想篇』 p.171
  72. ^ 『回想録 石破二朗 追想篇』 p.422
  73. ^ 『回想録 石破二朗 追想篇』 pp.422-423
  74. ^ 『回想録 石破二朗 追想篇』 p.423
  75. ^ キリスト新聞「今週のニュース」(2006年4月22日)
  76. ^ 週刊文春』(文藝春秋2007年11月29日号 p.26-28「石破大臣が歓喜のキャンディーズ熱唱-守屋喚問、久間、額賀実名暴露の夜に」
  77. ^ 自民・石破氏「青春そのもの。ありがとう。忘れないよ」 産経新聞 2011年4月22日閲覧
  78. ^ 国防 p.74
  79. ^ 前原本人は京都生まれ京都育ちだが、父祖の地は鳥取県(父は境港市、母は日野郡日南町出身)である。
  80. ^ 石破茂・前原誠司ほかが集中講義!日本の防衛 7つの論点(石破・前原らのインタビュー集、2005年、宝島社、ISBN 978-4796647892
  81. ^ 【自民総裁選】続々名乗り、麻生氏苦虫 - MSN産経ニュース 2008.9.6
  82. ^ そろってミュージカル鑑賞も!安倍政権を裏で支える石破&井上・自公幹事長の「蜜月」に要注目| 田崎史郎「ニュースの深層」|現代ビジネス [講談社]
  83. ^ 日経エンタテインメント!』2007年11月号(日経BP社
  84. ^ 衆議院議員鈴木宗男君提出社団法人全日本トラック協会への補助金のあり方に関する質問に対する答弁書 - 第169通常国会における答弁書(内閣衆質169第30号 平成20年2月5日)
  85. ^ J-CASTニュース 2010/8/3 菅首相 防衛論議に「しどろもどろ」 質疑というより「石破教室」 http://www.j-cast.com/2010/08/03072623.html?p=all
  86. ^ TBSオールスター感謝祭:スペシャルMCに石破幹事長が登場 きょう生放送MANTANWEB.(2013年9月28日)2013年9月29日閲覧。
  87. ^ asahi.com(朝日新聞社):〈09総選挙〉鳥取1区 石破・農林水産相の「ふる里」八頭 - 2009総選挙
  88. ^ 中村明氏死去 石破茂農相の義父 - mediajam
  89. ^ a b 金森通倫(tsuushin_main)
  90. ^ 『回想録 石破二朗 追想篇』 p.421

関連人物[編集]

関連項目[編集]

外部リンク[編集]

公職
先代:
町村信孝(臨時代理)
日本の旗 農林水産大臣
第49代:2008年 - 2009年
次代:
赤松広隆
先代:
高村正彦
日本の旗 防衛大臣
第4代:2007年 - 2008年
次代:
林芳正
先代:
中谷元
日本の旗 防衛庁長官
第68・69代:2002年 - 2004年
次代:
大野功統
先代:
創設
日本の旗 防衛庁副長官
2001年
次代:
萩山教嚴
議会
先代:
大野功統
日本の旗 衆議院運輸委員長
1998年 - 1999年
次代:
仲村正治
党職
先代:
石原伸晃
自由民主党幹事長
第46代:2012年 -
次代:
現職
先代:
保利耕輔
自由民主党政務調査会長
第52代:2009年 - 2011年
次代:
茂木敏充