超法規的措置

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超法規的措置(ちょうほうきてきそち)とは、国家が定めた法律等に規定された範囲を、国家そのもの(三権で言えば行政)が超えて行う特別な行為のこと。現在では主にハイジャック事件・立てこもり事件の犯人の要求に応じて勾留者や受刑者を釈放するといった行為が該当する。

目次

[編集] 実態

テロリストの要求に応じる、というような場合、実質的には、暴力等を背景とする相手の圧力に国家が屈し、(苦渋の判断とはいえ)法律に反して相手の不当な要求を受け入れるということにほかならない。 「超法規的措置」という語句になじみがない、意味をよく理解していない、または後述のようにフィクションなどでこの語を目にした人にとって、その語感からは「なにかすごいこと」というニュアンスを受けるかもしれないが、上記のようにハイジャック犯に対しての要求の容認を決定する場合、その実態は国家自体が法律をないがしろにし犯罪者に屈するするという恥ずべき行為((本来民意によって合意された法律を国家が無視し、また法治国家としてはあってはならないはずの法の尊厳を踏みにじることになるため))であって、超法規的措置をとらざるを得ない状況に陥ることは極力回避されるべきである。ただし、人道的な見地からの超法規的措置は、柔軟な対応として肯定的な評価を受ける場合もある。

[編集] 日本での例

[編集] テロリストへの対処として

日本での有名な事例では、日本赤軍が人質を取り獄中のメンバー釈放を要求した日本赤軍事件クアラルンプール事件ダッカ日航機ハイジャック事件)がある。その結果、獄中にいる11人のメンバーが釈放された(三木武夫内閣福田赳夫内閣)。

犯人グループの要求に応じ、時の内閣総理大臣福田赳夫「人命は地球より重い」と述べた。

この措置に対し、一部諸外国から「(日本から諸外国への電化製品や自動車などの輸出が急増していたことを受けて)日本はテロまで輸出するのか」などと非難を受けた。

この際、獄中メンバーが日本赤軍に参加するために出国する際には、日本政府の正規の旅券が発行された(日本国のパスポートは出国直後に返納命令を受けて返却された)。また、身代金に加えて、獄中メンバーが働いた獄中労務のお金が上乗せされた金が釈放メンバーに渡された。

なお、日本政府は諸外国から「テロ輸出」と批判された。釈放されたメンバーの中にはさらなるテロを重ねた者もいる。

釈放されたメンバー11人の内5人は身柄を確保された後に裁判が開始された。超法規的措置による釈放は、国家の訴追権を放棄したものではないとして釈放前に起訴されていた罪の訴追も有効として裁判続行が認められ、5人の有罪が確定した。ただし、刑が確定して服役中だったメンバー2人については、服役事由の罪については刑法が規定した刑の時効が成立している。

現在も逃亡中のメンバーは6人である。

釈放要求されたメンバー
釈放要求された7人のメンバー
メンバー 所属


テロ輸出 その後
西川純 日本赤軍 ハーグ事件






ダッカ事件 1997年10月、ボリビアで拘束
1997年11月、日本送致
2008年10月、二審無期懲役
戸平和夫 日本赤軍 偽造旅券 1997年2月、レバノンで拘束
2000年、日本送致
2002年9月、懲役2年6ヶ月確定
2003年5月、出所
坂東国男 連合赤軍
赤軍派
M作戦
あさま山荘事件
ダッカ事件 国外逃亡(国際手配)中
松田久 赤軍派 横浜銀行M作戦 国外逃亡(国際手配)中
佐々木規夫 東アジア反日武装戦線 連続企業爆破事件 ダッカ事件 国外逃亡(国際手配)中
奥平純三 日本赤軍 ハーグ事件
クアラルンプール事件


ローマ事件
ナポリ事件
国外逃亡(国際手配)中
城崎勉 赤軍派 横浜銀行M作戦 ジャカルタ事件 1996年9月、ネパールで拘束
アメリカで懲役30年
大道寺あや子 東アジア反日武装戦線 連続企業爆破事件 国外逃亡(国際手配)中
浴田由紀子 東アジア反日武装戦線 連続企業爆破事件 1995年3月、ルーマニアで拘束
1995年3月、日本に身柄送致
2004年8月、懲役20年確定
泉水博 獄中者組合 殺人事件 1986年6月、フィリピンで拘束
日本に身柄送致
1995年3月、懲役2年追加確定
仁平映 獄中者組合 殺人事件 国外逃亡(国際手配)中

[編集] 人道に基づいた場合

1990年、樺太で大やけどを負ったコンスタンティン・スコロプイシュヌイ少年を救出するため医師団が樺太に飛び、札幌医科大学に搬送して治療した。少年や医師団の入出国について正式な手続きを省略できるよう外務省の判断がなされた。

[編集] 外交関係上の策として

2001年平成13年)5月1日、「金正男金正日の長男)と見られる男性」が成田空港入国管理局に拘束されるという事件が発生した。男は妻子を連れており、ドミニカ共和国の偽造パスポートを使用して入国を図ったところを拘束・収容された。同月3日に身柄拘束の事実が報道によって明らかとなったが、外交問題に発展することを恐れた事で、当時の第1次小泉内閣の判断により、退去強制処分とされ、翌4日に、2階席を貸し切り状態にされた全日空機で、中華人民共和国に強制送還した。

[編集] その他

2006年に発生した高等学校必履修科目未履修問題の際に、当初伊吹文明文部科学大臣が慎重な姿勢を示していたが、与党の救済を求める声や安倍晋三首相の指示を受け、救済措置を取ると方針転換した。しかしこの措置は、学習指導要領に基づいたカリキュラムで学習した生徒達からは批判された。

[編集] フィクション上では

一部の現代ないし現代的な世界をベースにした作品では、特に法的・倫理的に危うい行為について、あえてその国の司法官などがその世界での法を破ることへの端的な表現としてこの語が使われていることもある。 ただし、そこで言及される超法規的措置はあくまでその世界の法についてのものであり、必ずしも日本国憲法に即しているわけではなく、作品によっては自治的な法の離縁を宣言する程度であることもある。

[編集] フランスでの例

1974年9月13日ハーグ事件が発生する。オランダハーグフランス大使館を3名で襲撃・占領した日本赤軍は、大使館員ら11名を人質にし、身代金として30万ドルとフランス当局に収監中の日本赤軍メンバーを釈放を要求した。

フランスは超法規的措置として彼らの要求に応じメンバーを釈放、また30万ドルはオランダが負担した。日本赤軍メンバーはシリアに向かい、そこでシリア政府に投降した(事実上の亡命)。

[編集] アメリカでの例

アメリカ合衆国では、大統領大統領令により議会の制定した法律の定めに基づかない権限を行使する例が、特に有事において顕著に見られる。このような権力行使は司法により追認されるケースが多いため、歴史的に大統領の権能は漸次拡大する傾向にある。

グァンタナモ米軍基地イスラム過激派を中心に、テロリストと思しき人間を収容している。しかし、これらの容疑者は裁判にかけられる事もなく逮捕・長期拘留されている。

捕虜であればジュネーヴ条約を適用する義務があるが犯罪者にその必要はなく、また当地はアメリカではないので合衆国憲法の権利章典に定める被疑者の権利も保障されない。そのため、アメリカ軍による非情な人権侵害がまかり通っており、これを超法規的措置とする声がある。

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