超法規的措置
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超法規的措置(ちょうほうきてきそち)とは、国家が定めた法律等に規定された範囲を、国家そのもの(三権で言えば行政)が超えて行う特別な行為のこと。例としてテロリストの要求に応じて勾留者や受刑者を釈放するといった行為が該当する。
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[編集] 概要
超法規的措置自体に法的な根拠は無く、国会による事後承認、裁判所による判断等の手続きも規定されていない。
超法規的措置を発令した場合(人道に基づいた場合や外交上の場合を除く)、法務大臣が法秩序を守るために形式的に責任を取り辞任するのが慣例となっている。ダッカ事件(日本赤軍による日航機ハイジャック事件)において超法規的措置を発令した福田一法相は引責辞任している。
[編集] 日本での例
[編集] テロリストへの対処として
日本での有名な事例では、クアラルンプール事件によって坂東國男などが釈放された(三木武夫内閣)。
ダッカ事件では犯人グループの要求に応じ、福田赳夫首相(当時)が「人命は地球より重い」と述べて、身代金の支払い及び服役中の犯人グループの仲間の引き渡しを決断した。諸外国からは「福田内閣はテロに屈した」との評価もあった。一方でアメリカ大使館占拠事件での三木内閣の同様の方針を批判する論調は無いに等しい[要出典]。
[編集] 人道に基づいた場合
1990年、サハリンで大やけどを負ったコンスタンティン・スコロプイシュヌイ少年を救出するため医師団がサハリンに飛び、札幌医科大学に搬送して治療した。少年や医師団の入出国について正式な手続きを省略できるよう外務省の判断がなされた。
[編集] 外交関係上の策として
2001年5月1日、「金正男と見られる男性」が成田空港で入国管理局に拘束されるという事件が発生した。男は妻子を連れており、ドミニカ共和国の偽造パスポートを使用して入国を図ったところを拘束・収容された。同月3日に身柄拘束の事実が報道によって明らかとなったが、外交問題に発展することを恐れた日本政府の判断により退去強制処分とされ、翌4日に、2階席を貸し切り状態にされた全日空機で中華人民共和国に向けて出国した。
[編集] フランスでの例
1974年9月13日にハーグ事件が発生する。オランダハーグのフランス大使館を3名で襲撃・占領した日本赤軍は、大使館員ら11名を人質にし、身代金として30万ドルとフランス当局に収監中の日本赤軍メンバーを釈放を要求した。
フランスは超法規的措置として彼らの要求に応じメンバーを釈放、また30万ドルはオランダが負担した。日本赤軍メンバーはシリアに向かい、そこでシリア政府に投降した(事実上の亡命)。
[編集] アメリカでの例
アメリカ合衆国では、大統領が大統領令により議会の制定した法律の定めに基づかない権限を行使する例が、特に有事において顕著に見られる。このような権力行使は司法により追認されるケースが多いため、歴史的に大統領の権能は漸次拡大する傾向にある。
グァンタナモ米軍基地にイスラム過激派を中心に、テロリストと思しき人間を収容している。しかし、これらの容疑者は裁判にかけられる事もなく逮捕・長期拘留されている。
捕虜であればジュネーヴ条約を適用する義務があるが犯罪者にその必要はなく、また当地はアメリカではないので合衆国憲法の権利章典に定める被疑者の権利も保障されない。そのため、アメリカ軍による非情な人権侵害がまかり通っており、これを超法規的措置とする声がある。

