共謀罪

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共謀罪(きょうぼうざい)

  1. 何らかの犯罪の共謀それ自体を構成要件(ある行為を犯罪と評価するための条件)とする犯罪の総称。米法のコンスピラシー(Conspiracy)がその例である。
  2. 日本の組織的な犯罪の処罰及び犯罪収益の規制等に関する法律(通称:組織犯罪処罰法)6条の2が規定する組織的な犯罪の共謀罪の略称。これを新設する法案は、一度2005年8月の衆議院解散により廃案。同年の特別国会に再提出され、審議入りしたが、2009年7月21日衆院解散によりふたたび廃案となった(経緯の詳細は#審議の経過を参照)。

本稿では、総論として諸国の共謀罪に関する議論を紹介し、次に日本の組織的な犯罪の共謀罪について説明する。

総論[編集]

コンスピラシー[編集]

コンスピラシー(Conspiracy、陰謀)とは、何らかの目的(反社会的なものという含意を伴うというのが通常の理解である。)を達成するために秘密裏に行動することを決意することをいう。アメリカ合衆国対シャバニ事件(1994年)において、アメリカ合衆国最高裁判所は、「議会はコモン・ローのコンスピラシーの定義を採用することを意図した。すなわち、共謀により刑事責任を負うべき状況を作出することであり、それ以外の決意をすることを犯罪としたものではない…。」と判示している。

この判示は、陰謀が、それが実行に移されるのを待つまでもなく、犯罪となり得ることを示唆している。アメリカ合衆国では、法律用語としてのコンスピラシーは、複数の人間が関与することを必ずしも要求しない。多くの国で、殺人の陰謀などを明白に犯罪と規定している。

カリフォルニア州では、処罰可能なコンスピラシーとは、最低2人の人間の間で犯罪の実行を合意することであり、加えて、その内最低1人がその犯罪を実行するために何らかの行為をすることである。この行為は徴表的行為(overt act)と呼ばれ、日本の共謀共同正犯とは異なり、実行の着手は要件とされず、予備行為や、さらにその前段階の金品の授受、電話をかけるなどの行為も含まれる。犯人全員に、同一の刑罰を、合意した犯罪を自ら実行したときと同程度の重さで科して処罰することができる[1]。このことの例として、双子の姉が妹を殺害させようとして2人の若者を雇った事案であるハン姉妹殺人謀議事件(Han Twins Murder Conspiracy case)がある。

共同謀議とも言う。

Verschwörung[編集]

日本の共謀罪[編集]

意義[編集]

組織的な犯罪の共謀罪(そしきてきなはんざいのきょうぼうざい)は、組織的な犯罪の処罰及び犯罪収益の規制等に関する法律(以下「本法」)案6条の2所定の、一定の重大な犯罪の共謀を構成要件とする犯罪をいう。

日本の刑法は、未遂罪は「犯罪の実行に着手」することを構成要件としており(同法43条本文)、共同正犯共謀共同正犯)も「犯罪を実行」することを構成要件としているために、組織的かつ重大な犯罪が計画段階で発覚しても、内乱陰謀(同法78条)などの個別の構成要件に該当しない限り処罰することができず、したがって強制捜査をすることもできない。しかし、2000(平成12)年11月に国際連合総会で採択された国際的な組織犯罪の防止に関する国際連合条約(国際組織犯罪防止条約)が、重大な犯罪の共謀、資金洗浄(マネー・ロンダリング)、司法妨害などを犯罪とすることを締約国に義務づけたため、同条約の義務を履行しこれを締結するための法整備の一環として、本法を改正して組織的な犯罪の共謀罪を創設する提案がなされた(日本国政府の説明による)。

関連条文及び法案[編集]

関連する条文及び法案は以下の通り。

条文[編集]

組織的な犯罪の処罰及び犯罪収益の規制等に関する法律(平成11年法律第136号)
(定義)
第二条  この法律において「団体」とは、共同の目的を有する多数人の継続的結合体であって、その目的又は意思を実現する行為の全部又は一部が組織(指揮命令に基づき、あらかじめ定められた任務の分担に従って構成員が一体として行動する人の結合体をいう。以下同じ。)により反復して行われるものをいう。
国際的な組織犯罪の防止に関する国際連合条約
第二条 用語
この条約の適用上、
(a)「組織的な犯罪集団」とは、三人以上の者から成る組織された集団であって、一定の期間存在し、かつ、金銭的利益その他の物質的利益を直接又は間接に得るため一又は二以上の重大な犯罪又はこの条約に従って定められる犯罪を行うことを目的として一体として行動するものをいう。
(b)「重大な犯罪」とは、長期四年以上の自由を剥奪する刑又はこれより重い刑を科することができる犯罪を構成する行為をいう。
(c)「組織された集団」とは、犯罪の即時の実行のために偶然に形成されたものではない集団をいい、その構成員について正式に定められた役割、その構成員の継続性又は発達した構造を有しなくてもよい。
第五条 組織的な犯罪集団への参加の犯罪化
1 締約国は、故意に行われた次の行為を犯罪とするため、必要な立法その他の措置をとる。
(a) 次の一方又は双方の行為(犯罪行為の未遂又は既遂に係る犯罪とは別個の犯罪とする。)
(i) 金銭的利益その他の物質的利益を得ることに直接又は間接に関連する目的のため重大な犯罪を行うことを一又は二以上の者と合意することであって、国内法上求められるときは、その合意の参加者の一人による当該合意の内容を推進するための行為を伴い又は組織的な犯罪集団が関与するもの
(ii) 組織的な犯罪集団の目的及び一般的な犯罪活動又は特定の犯罪を行う意図を認識しながら、次の活動に積極的に参加する個人の行為
a 組織的な犯罪集団の犯罪活動
b 組織的な犯罪集団のその他の活動(当該個人が、自己の参加が当該犯罪集団の目的の達成に寄与することを知っているときに限る。)
(b) 組織的な犯罪集団が関与する重大な犯罪の実行を組織し、指示し、幇助し、教唆し若しくは援助し又はこれについて相談すること。
2 1に規定する認識、故意、目的又は合意は、客観的な事実の状況により推認することができる。
3 1(a)(i)の規定に従って定められる犯罪に関し自国の国内法上組織的な犯罪集団の関与が求められる締約国は、その国内法が組織的な犯罪集団の関与するすべての重大な犯罪を適用の対象とすることを確保する。当該締約国及び1(a)(i)の規定に従って定められる犯罪に関し自国の国内法上合意の内容を推進するための行為が求められる締約国は、この条約の署名又は批准書、受諾書、承認書若しくは加入書の寄託の際に、国際連合事務総長にその旨を通報する。

法案[編集]

犯罪の国際化及び組織化並びに情報処理の高度化に対処するための刑法等の一部を改正する法律案【政府案】
(組織的な犯罪の共謀)
第六条の二 次の各号に掲げる罪に当たる行為で、団体の活動として、当該行為を実行するための組織により行われるものの遂行を共謀した者は、当該各号に定める刑に処する。ただし、実行に着手する前に自首した者は、その刑を減軽し、又は免除する。
一 死刑又は無期若しくは長期十年を超える懲役若しくは禁錮の刑が定められている罪 五年以下の懲役又は禁錮
二 長期四年以上十年以下の懲役又は禁錮の刑が定められている罪 二年以下の懲役又は禁錮
2 前項各号に掲げる罪に当たる行為で、第三条第二項に規定する目的で行われるものの遂行を共謀した者も、前項と同様とする。
修正案【与党案・2006年4月21日国会提出】(太字は政府案からの修正点)
(組織的な犯罪の共謀)
第六条の二 次の各号に掲げる罪に当たる行為で、団体の活動(その共同の目的がこれらの罪又は別表第一に掲げる罪を実行することにある団体に係るものに限る。)として、当該行為を実行するための組織により行われるものの遂行を共謀した者は、その共謀をした者のいずれかによりその共謀に係る犯罪の実行に資する行為が行われた場合において、当該各号に定める刑に処する。ただし、実行に着手する前に自首した者は、その刑を減軽し、又は免除する。
一 死刑又は無期若しくは長期十年を超える懲役若しくは禁錮の刑が定められている罪 五年以下の懲役又は禁錮
二 長期四年以上十年以下の懲役又は禁錮の刑が定められている罪 二年以下の懲役又は禁錮
2 前項各号に掲げる罪に当たる行為で、第三条第二項に規定する目的で行われるものの遂行を共謀した者も 、前項と同様とする。
3 前二項の規定の適用に当たっては、思想及び良心の自由を侵すようなことがあってはならず、かつ、団体の正当な活動を制限するようなことがあってはならない。
再修正案【与党再修正案・2006年5月19日国会提出)】(太字は政府案からの修正点)
第六条の二 次の各号に掲げる罪に当たる行為で、組織的な犯罪集団の活動(組織的な犯罪集団(団体のうち、その結合関係の基礎としての共同の目的が死刑若しくは無期若しくは長期五年以上の懲役若しくは禁錮の刑が定められている罪又は別表第一(第一号を除く。)に掲げる罪を実行することにある団体をいう。)の意思決定に基づく行為であって、その効果又はこれによる利益が当該組織的な犯罪集団に帰属するものをいう。)として、当該行為を実行するための組織により行われるものの遂行を共謀した者は、その共謀をした者のいずれかによりその共謀に係る犯罪の実行に必要な準備その他の行為が行われた場合において、当該各号に定める刑に処する。ただし、死刑又は無期若しくは長期五年以上の懲役若しくは禁錮の刑が定められている罪に係るものについては、実行に着手する前に自首した者は、その刑を減刑し、又は免除する。
一 死刑又は無期若しくは長期十年を超える懲役若しくは禁錮の刑が定められている罪 五年以下の懲役又は禁錮
二 長期四年以上十年以下の懲役又は禁錮の刑が定められている罪 二年以下の懲役又は禁錮
2 前項各号に掲げる罪に当たる行為で、第三条第二項に規定する目的で行われるものの遂行を共謀した者も 、前項と同様とする。
3 前二項の規定の適用に当たっては、思想及び良心の自由並びに結社の自由その他日本国憲法の保障する国民の自由と権利を不当に制限するようなことがあってはならず、かつ、労働組合その他の団体の正当な活動を制限するようなことがあってはならない。
修正案【民主党案・2006年4月27日国会提出】(太字は政府案からの修正点)
第六条の二 次の各号に掲げる罪に当たる行為(国際的な組織犯罪の防止に関する国際連合条約第三条2(a)から(d)までのいずれかの場合に係るものに限る。)で、組織的犯罪集団の活動(組織的犯罪集団(団体のうち、死刑若しくは無期若しくは長期五年を超える懲役若しくは禁錮の刑が定められている罪又は別表第一第二号から第五号までに掲げる罪を実行することを主たる目的又は活動とする団体をいう。次項において同じ。)の意思決定に基づく行為であって、その効果又はこれによる利益が当該組織的犯罪集団に帰属するものをいう。第七条の二において同じ。)として、当該行為を実行するための組織により行われるものの遂行を共謀した者は、その共謀をした者のいずれかがその共謀に係る犯罪の予備をした場合において、当該各号に定める刑に処する。ただし、死刑又は無期の懲役若しくは禁錮の刑が定められている罪については、実行に着手する前に自首した者は、その刑を減軽し、又は免除する。
一 死刑又は無期若しくは長期十年を超える懲役若しくは禁錮の刑が定められている罪 五年以下の懲役又は禁錮
二 長期五年を超え十年以下の懲役又は禁錮の刑が定められている罪 二年以下の懲役又は禁錮
2 前項各号に掲げる罪に当たる行為(国際的な組織犯罪の防止に関する国際連合条約第三条2(a)から(d)までのいずれかの場合に係るものに限る。)で、組織的犯罪集団に不正権益(組織的犯罪集団の威力に基づく一定の地域又は分野における支配力であって、当該組織的犯罪集団の構成員による犯罪その他の不正な行為により当該組織的犯罪集団又はその構成員が継続的に利益を得ることを容易にすべきものをいう。以下この項において同じ。)を得させ、又は組織的犯罪集団の不正権益を維持し、若しくは拡大する目的で行われるものの遂行を共謀した者も、前項と同様とする。
3 前二項の適用に当たっては、思想、信教、集会、結社、表現及び学問の自由並びに勤労者の団結し、及び団体行動をする権利その他日本国憲法の保障する国民の自由と権利を、不当に制限するようなことがあってはならず、かつ、会社、労働組合その他の団体の正当な活動を制限するようなことがあってはならない。

論点[編集]

理論的には、従来の刑法学の体系との整合性が問題となる。一方、実際的な観点からは、共謀罪の創設によって市民の権利・自由が過度に制約されるのではないかという点が問題となる。

以下、個別の論点となるが、日本の国民がどの程度まで組織的犯罪の早期阻止を必要としており、どの程度まで市民的権利を犠牲として自らも捜査の対象とされる危険を甘受する覚悟をしているのかという、政策選択の問題に行き着くともいえよう。

実行行為概念との関係[編集]

理論的には、実行行為(構成要件を実現する現実的危険性をもつ行為)概念を中心とした従来の刑法学の体系との整合性が問題となる。

反対派の意見
共謀罪の創設によって主要な犯罪類型のほとんど(2006年1月の時点で619個の犯罪が共謀罪の対象となるとされる)が、実行行為が存在しなくても処罰可能となるため、「正犯にせよ共同正犯にせよ狭義の共犯にせよ、実行行為に直接つながる行為をすることによって、法益侵害(構成要件の実現)の現実的危険性を引き起こしたから処罰される」という従来の刑法学の基本的発想が崩れてしまう可能性がある。
賛成派の意見
反対論は組織要件が厳密化していることを無視した議論である。
また、組織的な犯罪が、綿密な計画の下に役割分担をして実行されるという特質を有し、実行された場合の被害が多大であることから、実行に至る前に検挙・処罰する必要性が高く、このような犯罪の共謀に限って処罰の対象にすることは、日本の刑事法の在り方とも整合的であるという。日本の現在の刑事法においても、一定の罪の予備・陰謀、あおり等を処罰の対象にしているのである。

立法事実の有無[編集]

新しい法律や犯罪を設ける前提として、立法事実の有無(そのような法律を必要とするような事実が法の管轄の及ぶ範囲に存在するかどうか)が問題となりうる。

賛成派の意見
政府や与党といった実質的に影響力をもつ範囲の賛成派は、基本的には立法事実が存在しないことを認めつつ、条約の締結にあたって条文を遵守するべきという立場にたっている。
その一方で、例えば、地下鉄サリン事件や、米国の9.11テロ事件を想定し、個人犯罪を前提とした現行刑法が想定してこなかった集団犯や組織的大規模破壊行為について、対応する法律を作るべきだとする主張がある。特に、地下鉄サリン事件の直後に、警察による厳しい取締りがあり、刑事訴訟法や刑法の「謙抑性」の精神に反すると批判されたが、警察の断固たる取締りが「第三のサリン事件を予防しており」個人犯罪における「刑事法の謙抑性」が、集団犯、大規模破壊犯においては、却って大規模な人権侵害事件を引き起こす原因になる。との意見もある。
現行刑法は基本的に単独犯を想定しており、特に実行行為を観念しない予備罪はその傾向が強い。大規模テロ行為のように大人数が組織的に犯罪を実行するケースを想定していないため、個々の予備行為について実行者と関与者を特定し個別に検挙してゆくことになる。しかし、大規模組織では犯罪計画の立案という共謀段階の人員と、計画の実行という予備・実行段階の人員では乖離が見られる。オウム真理教のように教祖の直属の弟子が実行犯なら「殺人予備罪」で対処できるが、9.11テロなどのように首謀者とテロリストに直接の面識などないケースでも殺人予備罪で対処できるのか疑問である。
反対派の意見
共謀罪における立法事実に関する命題は、国内の平穏な治安を維持するために着手以前の共謀の段階での処罰を必要とするような事実が存在するかどうか、ということである。この点について、法案の前提となった法制審議会での議論では立法事実はなく条約締結が提案理由となることが明示され、法案の提案理由においても立法事実についての言及は無い。つまり、共謀罪には立法事実が存在しない。
立法事実は存在しない以上、共謀罪は必要なく、条約締結のために必要であるとしても、少なくとも立法事実がないことを前提として越境性を条件とした内容とするべきであるとする。
また、大規模テロなどについてはすでに殺人予備罪があるので共謀罪がなくとも対応できるとし、その他、個別の立法事実があればそれに沿った形で個別の犯罪についての予備罪の共謀罪の適否を論ずるべきであるとし、賛成派の出す具体例の重大さと法案の適用範囲の広範さの落差について批判する(関連する論点:#重大な犯罪の定義)。
さらに、地下鉄サリン事件に代表される大規模テロの防止については、情報の事前入手が可能であるかどうかが決定的な問題であるとする。すなわち、(是非の問題はあるが)日本の公安警察は情報さえ事前にあれば微罪や別件による強制捜査によってテロに対処してきたのだから共謀罪がなくとも問題はなく、逆に情報が入手できなければ共謀罪があったところで動きようがないという意味で無駄であり、テロは共謀罪の立法事実とはならないという批判がある。

適用される団体や組織の定義の問題[編集]

従来より組織犯罪処罰法第2条(#条文)の定義する団体はさまざまな形態をとりうる組織犯罪集団をカバーするべく、その実質から団体や組織を認定するよう広範な形で定義されていて、政府案における共謀罪の対象となる団体や組織はその形式がそのまま踏襲されている。

これまでの組織犯罪処罰法においては、限定列挙された少数の犯罪について、しかも既遂のものについての加重処罰を定める範囲としてこうした定義を用いてきたが、共謀罪政府案では広範な犯罪についての共謀段階についても同じ定義を用いたため、適用団体や組織の範囲が論点となった。

反対派の意見
労働組合の闘争計画の立案や市民団体の各種抗議行動の立案などが組織的な威力業務妨害の共謀とされるなどして集会結社表現の自由を制約してしまう。あるいは居酒屋でそりの合わない上司を叩きのめしてやりたいなどと冗談を言って憂さを晴らせば組織的な傷害の共謀とされるなどして私生活上の自由を制約してしまう。また、著作権法により著作権や著作隣接権、著作者人格権の侵害が対象となることから、ネット上でのファンクラブ活動やゲームのユーザグループの活動において私的使用目的の改変のための情報交換が、権利侵害の証拠なしに共謀罪とみなされうるといった萎縮効果がおこりうる。
共謀罪の対象となる団体についての構成要件それ自体を法的に分析すれば、とくに与党修正案の場合は居酒屋での冗談程度のものは排除されるという点については賛同説のいうとおりとも考えられるが、捜査というものは捜査機関にとって事実関係が不明であるからこそ行われることを考えると、居酒屋での冗談であっても、関係者が被疑者と目されて捜査の対象となり、捜索差押を受けるとか逮捕されるといった種々の権利・自由の制約を受けたり、あるいは社会的評価の低下に見舞われる危険が常に残る。また、本来正当な目的の活動の団体や企業が犯罪目的の団体と化する場合と、正当な目的の活動の団体がたまたま対象犯罪にあたる内容を共謀したが違法性に気がついて着手せず取り止めた場合の区別も、政府案や当初の与党修正案においてはできていない(この点については与党再修正案では一定の前進が見られる)。その危険は、ある程度までは運用により回避できるであろうが、運用の妙に依存するのでは独裁者の慈悲にすがるのと同じであり、根本的な解決とはならない。
賛成派の意見
そもそも、正当な争議行為・合法な市民運動は刑法35条によって違法性が阻却され処罰されない。民主党修正案では、共謀罪の適用団体を極めて限定的に規定しており、通常の労働組合や市民団体が犯罪実行を「主たる目的」としていないのは明白であるのに、反対派は法案の文言を無視して、市民団体への適用可能性に拘っている。
居酒屋の「冗談」は共謀罪に言う「共謀」にあたらないのは明白である。そもそも「捜査」の対象になるであろうという推測自体が疑わしい。捜索、差押えには裁判所が発行する「令状」が必要だが、そもそも明白に適用除外される「居酒屋での冗談」に犯罪の嫌疑があると認定されるわけもなく、令状が発行される可能性は極めて低い。正当な目的の活動団体が、たまたま犯罪行為を共謀し、検討の結果違法と判明した事例について、自民党の中間案に問題があったのは反対論の言うとおりだが、自民党自体がその非を認めて、民主党案に賛成している。議論が古い。

共謀の定義の問題[編集]

共謀罪における共謀とは具体的には何か、ということも論点となっている。政府見解は、共謀罪における共謀と共謀共同正犯における共謀が同じものであるとする。それを前提として、既遂の犯罪における共謀共同正犯の認定と同様に実行行為の伴わない共謀を認定することがはたして妥当か、という議論でもある。

反対派の意見
共謀共同正犯については謀議が存在すらしない場合にも成立するとされるように拡大解釈がすすみ、共謀の概念が広がりすぎている。わいせつ画像の投稿が行われた画像掲示板の管理者が通りすがりの投稿者との具体的なやりとりがないにもかかわらずわいせつ物公然陳列の共謀共同正犯であるとして有罪とされた下級審判例が存在し、また2003年の最高裁判例において暴力団組長について、武装護衛の組員の銃刀法違反に関して目配せすらないのに黙示の共謀が認められ共謀共同正犯が成立したとされる最高裁判例が存在する。共謀罪においてもこうした共謀概念の拡大はそのまま踏襲されることとなり、国会審議においても、目配せやまばたきが共謀となるとの政府答弁があった。このため、嘘の供述をもとに作られたストーリーで冤罪が起きる危険があり、それは犯罪行為が行われていない前提の共謀罪ではより深刻なものとなる。
賛成派の意見
共謀罪の基礎には昭和三十年代の暴力団紛争において(後に、映画化され極道映画ブームの元になった一連の抗争事件)、犯罪実行に自ら加わらない暴力団の組長など「黒幕」処罰を目的として確立された共謀共同正犯という判例理論があり、当時、学会から、拡大処罰の可能性がある、連座制の復活だ、近代刑法の基本原則たる個人責任を没却する、との批判があったが、半世紀後の今日にわたるまで、そのほとんどが暴力団にのみ適用されてきている。今日、共謀罪反対派の反対論は、当時の批判に類似している。反対派のいう黙示の共謀の判例については、もともと、組員を支配して手足のように使いながら犯罪の実行には自ら加わらない組長を逮捕する法理として共謀共同正犯が発展してきた事を思えば、不当な拡大解釈とはいえない。それに、暴力団における、組長と組員の強固な事実上の支配関係を前提とした法理である事から、一般人への拡大は半世紀ほとんど行われていない。

重大な犯罪の定義[編集]

国際組織犯罪防止条約および法案における重大な犯罪の定義の既存の刑法をはじめとする刑罰制度との整合性についても、他の論点と関連した論点となっている。

国際組織犯罪防止条約の審議過程において、重大犯罪の定義は最も難航した項目の一つである。当初は各国でそれぞれの刑罰制度にあわせてその内容を定義できることとなっていた上、日本政府は長期4年以上の自由刑を重大犯罪の定義とすることに強く反対していた。これは、日本の刑罰法規では法定刑が幅広く、微罪も重大犯罪も同一の犯罪とした上で判例で量刑の相場が決まっていく、という状況があるためである。

反対派の意見
重大犯罪の定義については独自の定義を行った上で条約については留保や解釈宣言をするべきであるとする(条約の留保の可能性については次の論点に譲る)。重大犯罪の定義としては、民主党修正案にあるように法定刑の長期の部分を引き上げるほか、1999年組織犯罪処罰法別表を修正せずそのまま適用する、という案が存在する。論理的には、共謀罪を修正することなく、共謀罪の対象犯罪について個別に検討して長期4年未満と長期4年以上の2つの犯罪に構成要件などから分割していくという形で適用範囲を重大な犯罪に限定する方法もありうることになるが、現時点ではそのような検討の存在は知られていない。
賛成派の意見
共謀の対象となる犯罪はあくまで重大な犯罪に限定されていると主張する。共謀罪は、組織的な殺人等(本法3条)やその予備(本法6条)の処罰を加重する要件と同じ組織性の要件を採用しており、この要件は、暴力団等の組織的な犯罪集団の構成員にのみ適用されている。「共謀」とは、特定の犯罪を実行しようという具体的かつ現実的な合意をすることをいい、居酒屋で個人的に意気投合した程度では特定の犯罪が実行される危険性のある合意に当たらず共謀とはいえない。したがって、一般の国民の日常生活上の行為が共謀罪の要件に該当することは考えられないという。

条約の留保[編集]

民主党修正案に固有の論点として、国際組織犯罪防止条約の留保は可能か、というものがある。国際組織犯罪防止条約それ自体は、ごく一部に留保を禁じている条項があるが、そのほかはウィーン条約法条約に基づいた留保が可能である。

反対派の意見
条約の留保は国会の承認後も政府による批准書の寄託までは可能であるとする。また、重大犯罪の定義として条約とは別の定義をしても、「長期四年以上」を「長期五年を越え」に変更する程度は、そもそも重大犯罪の定義は国連加盟国の間でも審議過程で対立があった部分だから、条約の趣旨・目的に反するものではない、とする。また、団体の要件として越境性を加える修正についても、条約と一体である「公的記録のための解釈的注」が、問題の条文は越境性を国内法化において要求しないという意味であって、条約の適用範囲を変更するものではないとしていることから、必要となる留保は条約の趣旨・目的に反するものではない、ないし国内法において越境性を要求しても条約の留保は必要ない、とする。
なお、越境性を要件とする修正については、国際NGOやその他の国際キャンペーン、そこまででなくても越境的連帯に基づいた国際的な交流をもつ多くのNGO・各種共同行動参加組織・サイバーグループ等にとっては救済となっておらず、むしろ妥協的なものであるとして廃案を求める立場からの批判も存在する。
また、アメリカ合衆国も一部の州で州に関する越境性のない共謀を条約の条件で犯罪としていないことから批准にあたって留保していることが新たに判明している。アメリカのような主要国でさえ留保している条約を留保できないはずがない。
賛成派の意見
政府は、条約の批准について留保を付さない形のものについて国会承認を得たので日本政府としての留保は不可能であるとし、あるいは民主党修正案が必要とする留保は条約の趣旨と目的に反している、とする。
政府案あるいは与党修正案を支持する立場からは、これまで条約を締結した120を超える国の中で、民主党が言うような留保をした国はなく(なお、一時民主党が指摘していたウクライナの問題があるが、外務省の調べによると、ウクライナは留保をしているのではなく、条約より広い共謀罪があるとのことである。)、民主党の案によると5年以下の懲役の犯罪で犯罪組織の典型犯罪までもが抜け落ちていくため、世界の中で我が国だけがこのような留保をつけておいて国際社会に顔向けができるのだろうか、という批判が存在する。
アメリカ合衆国における留保は実質的にはささいな問題であり、実際にはほとんどの部分で共謀罪が有効であるため、無視するべきである。

共謀段階で自首した犯人に必要的減刑・免除を与えるべきか?[編集]

反対派の意見
市民団体・人権擁護組織・労働組合・NGOなどの中からは、同様の法理を含む過去の治安法制や顕示行為等の規定をもつ海外の共謀罪の適用経緯や、自首による必要的減刑・免除になる規定の存在から判断して、与野党修正案のような文言上の修正をたとえ加えても、通信傍受・盗聴など捜査段階での中立性は確保されずに「密告社会」化が起こってしまうこと、また将来的に「組織犯罪」の名の下に社会運動や抗議行動に対する共謀罪の「濫用」が起こるリスクがあることなどから、共謀罪は認められないとする意見も出されている。
戦前の日本は処罰の早期化による治安強化の考えを拡大解釈し、『治安維持法』という悪法を作り出したことで汚点を残した経歴がある。
賛成派の意見
犯罪は共謀→予備→実行行為の3段階に分類しうるが。実行行為の段階で自首すると必要的減刑・免除となる。
例えば、殺人を共謀し、ピストルを購入し(殺人予備段階)、ピストルで被害者に重傷を負わせても(殺人実行行為段階)、反省して被害者を病院に搬送し被害者を救命すれば必要的減刑・免除される。
ところが、反対派の主張どおり共謀罪の必要的減刑・免除を廃止すると。共謀の段階で自首しても実行犯を前提とした刑法総論の規定が適用されない結果、必要的減刑・免除をえられなくなる。
例えば殺人を共謀したが、怖くなって自首しても必要的減刑・免除は得られない。
反対説は共謀段階での自首に必要的減刑・免除を与えず。犯罪実行着手後の自首については必要的減刑・免除与えるわけだが、これはより犯罪結果発生の危険が大きい実行犯の自首・中止犯のみを優遇しており不合理である。
また、実行行為段階の「自首」や「中止犯」は必要的減刑・免除になっているが。すでに密告社会になっているのだろうか。
「治安維持法」は、条文上において国体に反対する思想、あるいは共産主義に基づく結社の自由を明文で否定しているが、共謀罪法案は犯罪実行を主とした目的とする団体が重大な犯罪実行を共謀し、一部の共謀者が予備行為に出た場合を問題としている。条文の趣旨も適用対象も制定された時代背景もまったく異なる。

そもそも条約批准に共謀罪は必要なのか[編集]

共謀罪はそもそも国際組織犯罪防止条約を批准するために立法化されるという前提だったが、第164回国会の会期末近くになって、新たな論点として、そもそも批准目的の共謀罪は不要ではないかという新たな論点が浮上している。これは、国際連合薬物犯罪事務所(UNODC)が作成した「国際組織犯罪防止条約を実施するための立法ガイド」の内容に関係する。具体的には、パラグラフ51として英文で

The options allow for effective action organized criminal groups, without requiring the introduction of either notion-conspiracy or criminal association-in States that do not have the relevant legal concept.

となっている部分の解釈である。仮訳は

これらの選択肢は、関連する法的概念を有していない国において、共謀又は犯罪の結社の概念のいずれかについてはその概念の導入を求めなくても、組織的な犯罪集団に対する効果的な措置を取ることを可能とするものである

となっている。

反対派の意見
国連の立法ガイドの without ~ either A or B は両否定である。従って、現行の組織犯罪処罰法で足りると考えて共謀罪も参加罪も作らないまま条約を批准することは許容される[1][2]
賛成派の意見
外務省は、仮訳が正しく、これは共謀罪と参加罪の片方のみ不要とする内容であるとする。
そもそも、条約にどう規定されているかがまず重要であるが、条約上、共謀罪と参加罪の双方又は一方を犯罪とする義務があることに疑いはない。立法ガイドがこれを覆すわけがなく、立法ガイドも、少なくともどちらかを選択する義務があることを当然の前提とし、片方を選択すればもう片方は選択しなくてもよいという意味で書かれたものである。このことは、立法ガイドを作成した国連の「UNODC」からも確認されている(外務省のホームページより:念のため、「立法ガイド」を作成した国際連合薬物犯罪事務所(UNODC)に対してご指摘のパラグラフの趣旨につき確認したところ、UNODCから、同パラグラフは共謀罪及び参加罪の双方とも必要でないことを意味するものではないとの回答を得ている)[3]

政府案ないし与党修正案に賛成を表明している主な団体・企業[編集]

政府案ないし与党修正案に反対を表明している主な団体・企業[編集]

審議の経過[編集]

  • 2004年2月20日、第159回国会(常会)で内閣提出法律案として提出される。その後継続審議
  • 2005年8月8日、第162回国会(常会)における衆議院解散により廃案。
  • 2005年10月4日、第163回国会(特別会)に内閣提出法律案として再提出される。継続審議。
  • 2006年4月21日、第164回国会(常会)法務委員会での審議入り。同日、与党修正案提出。
  • 2006年4月27日、民主党修正案提出。
  • 2006年5月19日、与党再修正案提出(4月21日修正案は撤回)。
  • 2006年6月1日、与党、民主党修正案の受け入れを発表。一方、法務大臣が民主党修正案では条約批准が不可能であるとし、さらに与党の委員会理事から次期国会での改正を前提とした受け入れであることが示唆された。
  • 2006年6月2日、民主党は次期国会で改正される可能性があるとして、この日の委員会での採決を拒否。与野党間での協議は決裂し、与党は今国会での法案成立を断念した。
  • 2006年6月16日、与党は法務委員会で法案を継続審議とすることを議決した。その後、与党第三次修正案(正式な議案とはなっていない)について議事録に添付することを議決した。法的には全ての修正案は廃案に。
  • しかし、2007年1月19日安倍晋三首相は首相官邸で長勢甚遠法相と外務省の谷内正太郎事務次官と会談し共謀罪創設を柱とする組織犯罪処罰法改正案について、25日召集の通常国会で成立を目指すよう指示したが、第166回国会第167回国会とも審議に入らないまま継続審議となる。
  • 2009年7月21日衆議院解散、第171回通常国会閉幕により廃案となった。
  • 野田内閣になった2012年1月3日に政府が5月末までに共謀罪を創設する方針を国際機関に伝達したと、産経新聞で報じられた。[4]

脚注[編集]

  1. ^ 保坂展人のどこどこ日記: 国連『『立法ガイド』に書かれていること(2)(2006年6月14日)
  2. ^ 東京新聞: 「共謀罪 国連求めているのか 条約批准の前提にも」(2006年6月15日付。弁護士・喜田村洋一の見解を紹介)
  3. ^ 外務省: 「国際組織犯罪防止条約の『立法ガイド』における記述について」(2006年6月16日)
  4. ^ 「共謀罪」を国際公約 政府が5月まで法整備を伝達 法相・民主に慎重論 産経新聞 2012年1月4日

関連文献[編集]

  • 足立昌勝監修『共謀罪と治安管理社会 つながる心に手錠はかけられない』社会評論社、2005年4月、ISBN 4784514449
  • 小倉利丸・海渡雄一(共編著)『危ないぞ! 共謀罪』樹花舎、2006年3月、ISBN 443407492X
  • 斎藤貴男、沢田竜夫編著『「治安国家」拒否宣言 「共謀罪」がやってくる』晶文社、2005年6月、ISBN 4794966717
  • 前進社出版部編纂『共謀罪を廃案に 労働者階級の団結と国際連帯で戦時下の治安弾圧を打ち破ろう』前進社、2005年4月、ISBN 4881391127
  • 小早川義則「コンスピラシーにおける共謀者の供述(1)~(3・完)」名城法学33巻2号95頁以下(1984年)、32巻3号57頁以下、33巻4号31頁以下(1984年)
  • 小倉秀夫「小倉弁護士のPC法律相談室 第15回ー著作権侵害の情報交換を眺めていただけで共謀罪になる?」PC Japan 2005年8月号 185頁、ソフトバンク、2005年7月

外部リンク[編集]

法案等[編集]

文献等[編集]