林芳正

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参議院議員 林 芳正
生年月日 1961年1月19日(48歳)
出生地 山口県下関市
出身校 東京大学法学部卒業
ハーバード大学ケネディ行政大学院卒業
学位・資格 法学士
MPA(Master in Public Administration、行政修士)
国会議員政策担当秘書
前職
所属委員会
内閣役職
予算委員会 筆頭理事
内閣府特命担当大臣(経済財政政策担当)
世襲 4世
高祖父・林平四郎(衆・貴族院議員)
祖父・林佳介(衆議院議員)
父・林義郎(衆議院議員)
選出選挙区 山口県選挙区
当選回数 3回
所属党派 自由民主党(古賀派
党役職 自由民主党政務調査会副会長
参議院自由民主党政策審議会長代理
会館部屋番号
ウェブサイト 林 芳正「平成デモクラシー」

林 芳正(はやし よしまさ、1961年1月19日 - )は、日本政治家内閣府特命担当大臣(経済財政政策担当)。自由民主党所属の参議院議員(3期)。自民党内では 宏池会 に所属。山口県下関市出身。

目次

[編集] 系譜

林家は、享保年間創業となる醤油製造業・大津屋、バス事業者・サンデン交通一般ガス事業者山口合同ガス(いずれも本社は下関市)の経営を行う地元の名士である。

[編集] 略歴

  • 1991年(平成3年)
  • 1992年(平成4年)
    • 9月 ハーバード大学ケネディ行政大学院に入学。
    • 12月 父・林義郎宮沢喜一改造内閣の大蔵大臣に就任し、大蔵大臣政務秘書官に任命されたため、ハーバード大学ケネディ行政大学院を休学してアメリカから一時帰国し、父の林義郎のもとで秘書となる。
  • 1993年(平成5年)
    • 9月 国会議員政策担当秘書資格試験に合格。
  • 1994年(平成6年)
    • 2月 ハーバード大学ケネデイ行政大学院に復学。
    • 6月 ハーバード大学ケネディ行政大学院を卒業。
    • 8月 父・林義郎の政策秘書に就職。
  • 1997年(平成9年)
  • 1998年(平成10年)
    • 1月 財政・金融委員会、議院運営委員会、行財政改革・税制等に関する特別委員会、および 国際問題に関する調査会に所属。
    • 4月 経済活性化及び中小企業対策に関する特別委員会 理事 に就任。
    • 8月 参議院予算委員会 理事 に就任。
  • 2003年(平成15年)
    • 5月 個人情報特別委員会 理事 に就任。
    • 11月 予算委員会 理事 に就任。
  • 2004年(平成16年)
    • 10月 外交防衛委員会 委員長 に就任。

[編集] 人物

  • 1991年(平成2年)10月 結婚。妻の名は裕子。
  • 議員有志を募って議員バンド「Gi!nz(ギインズ)」を結成し、ライブを行うなど、マスコミに露出する機会が多い。
  • 友人に評論家の宮崎哲弥などがいる。
  • 石破茂からは、「わたしの後任として最もふさわしい人物」と評された。
  • 2004年、下関において秘書の運転する車に同乗中タクシーと接触事故を起こしそのまま逃亡した。さらに後日秘書が被害者のタクシー運転手を呼び出し暴行を加えるなどした。後に林事務所側が謝罪したが、林自身は「事故には気付かなかった」と述べている。
  • 北京オリンピックを支援する議員の会幹事。
  • 日中友好議員連盟事務局長、若手訪中団団長[1]
  • 朝鮮通信使が訪れた縁故地における日朝・日韓の相互交流、相互友好親善促進を目的とする朝鮮通信使交流議員の会の幹事を務める。

[編集] 村上ファンドとの関係

  • 村上世彰とは東京大学で同期の麻雀仲間として非常に親しい。
  • 村上ファンドに出資した政治家や財界人の実名と投資額・投資時期が書かれた「投資家リスト」が流出し、その中に名前が載っていると報じられた。[1]

[編集] 関連項目

[編集] 脚注

  1. ^ ザ・ファクタ 2006年8月号

[編集] 外部リンク

官職
先代:
与謝野馨
日本の旗 特命担当大臣経済財政政策
第12代 : 2009年 -
次代:
現職
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