銀河 (列車)

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牽引に使用されていたEF65形電気機関車 - 根府川駅-早川駅間(2000年8月撮影)
使用されていた24系客車 - 東京駅(2006年3月撮影)
使用されていた20系客車 - 宮原客車区(1983年8月撮影)

銀河(ぎんが)とは、東京駅大阪駅間を西日本旅客鉄道(JR西日本)が東海道本線経由で運行していた寝台急行列車である。2008年3月15日ダイヤ改正に伴い、2008年3月14日発(始発駅基準)の運行をもって廃止された。

目次

[編集] 列車愛称と項目内容について

「銀河」の列車愛称の由来は天体の銀河である。この愛称は東京~大阪間で運行されていた列車のほか、北海道ちほく高原鉄道銀河鉄道のイメージで命名された自社線の名称にちなみ自社路線であるふるさと銀河線で運行されていた快速列車に用いられた事例がある。

本項目では旧・日本国有鉄道(国鉄)・JR東海道本線および山陽本線で運行していた列車について記載をする。

[編集] 沿革

この列車は2008年の廃止時点で東海道本線をほぼ通しで運行する唯一の夜行旅客列車であったが、この名称に収斂された1968年昭和43年)以前にはさまざまな名称での列車が運行されていた。そのため本項目での沿革のみならず、東海道本線優等列車沿革も参考にされたい。

  • 1949年9月15日ダイヤ改正により「銀河」、東京駅 - 神戸駅間において東海道本線経由で運行を開始。
    • 正確にはこのとき運行を再開した一等二等車のみで組成された夜行急行列車15・16列車に「銀河」の名称を与えたのが緒である。列車最後尾には特急列車並みの行灯式テールマークが取り付けられた。しかし、戦前名士列車に準えた豪華な編成があだとなって利用が伸び悩み当時まだ混雑する列車が多い中でガラガラの状態で走ることになったため批判を呼ぶことになり、わずか9日後の9月24日には三等車を連結するようになり、テールマークも外された。
  • 1950年10月1日:ダイヤ改正により急行列車全てに愛称が与えられるようになる。このとき、前年に命名がなされなかった夜行急行列車に運行順に「明星」・「彗星」の名称が与えられる。
    • この際、運行順に13・14列車には「明星」、15・16列車に既存の「銀河」、17・18列車に「彗星」の称が与えられた。ただし、公式の命名ではないが日本交通公社大阪支社発行の「時刻表」1949年9月号には、17・18列車に「流星」の愛称が付された。
    • これ以降、純粋に夜行急行列車の増発とともに名称が与えられたため、最大時には「銀河」・「明星」・「彗星」・「月光」・「金星」・「あかつき」・「すばる」と7つの異なる列車愛称が同区間の寝台急行列車に付与された。
  • 1956年3月20日:「銀河」、三等寝台車を連結。
  • 1965年3月 : 「銀河」、二等寝台車2輛を外しスハ44・スハフ43形を連結。
  • 1965年10月1日ダイヤ改正により「銀河」、寝台車を外し座席主体の急行に変更の上、山陽本線姫路駅まで延長。
  • 1967年10月1日:ダイヤ改正により「銀河」、寝台列車に復帰。
  • 1968年10月1日:ダイヤ改正により東京駅 - 大阪駅間で運行されていた寝台急行列車明星」を統合して2往復。また、座席夜行「なにわ」廃止により、大阪駅発着の季節列車を1往復設定。
    なお、従来の「銀河」はこの時点で上り・下りとも「銀河2号」となり、「明星」は上り・下りとも「銀河1号」となった。
  • 1972年3月15日ダイヤ改正により2号は姫路駅発着から大阪駅発着に改める。また、上り・下りとも1号に東京駅 - 紀伊勝浦駅間の急行「紀伊」を併結。
  • 1975年3月10日ダイヤ改正により「紀伊」連結の「銀河(上り・下り)1号」を東京 - 京都駅間を特急に格上げ。運行区間も山陰本線米子駅まで立替え延長して「いなば」となる。同時に14系客車に置き換えた。
    これにより、定期「銀河」は実質1往復削減の1往復のみに。なお、季節列車1往復は存置。多客期はさらに下り臨時1本も運行。
  • 1976年2月20日:「銀河」、20系客車に置き換え。
    • なお、この頃より運行距離(営業キロベースで556.4km)からすれば「安芸」(新大阪駅 - 下関駅間・呉線経由:565.3km)・「北陸」(上野駅 - 金沢駅間・上越線長岡駅経由:517.4km)のように特急化も考えられたが、運行区間である東京 - 大阪駅間では有効時間帯の問題からさほど所要時間も変わらないことから「単なる値上げ」とも取られかねず、また繁忙期に運転されていた「銀河」の臨時増発列車は座席車中心で編成されていたこともあり、急行列車として存置された。また、581系寝台電車への置き換えも検討された事もあるが、当時581系にはA寝台車がなかった事から見送られた。
  • 1980年7月 : 「急行」の文字のみだったテールマークから、列車愛称とイラストが入ったテールマークに変更。客車急行列車として絵入りテールマークの復活となる。
  • 1984年2月1日ダイヤ改正により、上り東京着が長年続いた朝9時台から朝6時台に変更。上り大阪発も若干早まるが、途中駅での「瀬戸」や「出雲4号」の待避はなくなる。
  • 1985年3月14日ダイヤ改正により「銀河」、20系客車から14系客車に置き換え。
  • 1986年11月1日ダイヤ改正により定期「銀河」、14系客車から24系25形客車に置き換え。
  • 1991年3月16日ダイヤ改正により、従来JR東日本東京車掌区が車掌乗務を担当していたが「成田エクスプレス」の運行開始に伴う人員確保のため、全区間でJR西日本大阪車掌区に担当を変更。
  • 1998年7月10日:ダイヤ改正により臨時列車「銀河81号・82号」1往復のダイヤを利用し、285系電車「サンライズエクスプレス」による寝台特急「サンライズゆめ」の運行を開始。しばらくは運行日を違えて併存したものの、その後実質格上げと愛称変更された格好となる。
  • 2001年3月3日ダイヤ改正により1両減。
  • 2008年3月15日ダイヤ改正により廃止。

[編集] 廃止直前の運行状況

全車寝台車で編成されていた急行列車であった。

2000年代に入ってからは夜行列車の衰退の影響を受け、4月末から5月初めの大型連休旧盆年末年始など一部の期間を除けば乗車率は低迷していた。同じJRでありながら完全な競合となった東海道新幹線や、夜行バス貸切バスによるツアーバス、運賃も下がりさらに身近になった航空路線に客足を奪われ、ビジネスホテル宿泊料金の価格破壊、さらに車両の老朽化をもろに受ける格好となった。このため減車を余儀なくされており、A寝台B寝台とも開放式寝台のみで個室寝台がないといったことも影響してか季節列車(臨時列車)への格下げや廃止説もたびたび浮上した。

東京 - 大阪間という最も需要が見込まれる区間や上記の通り新幹線の走らない非有効時間帯を利用して移動できるメリットもあるだけに、「2008年3月中旬に予定されているダイヤ改正で『あかつき』『なは』とともに廃止になる見込み」と一部報道機関で報じられた後に存続を求める声があり、大船駅の東海道線下りホームには利用を促すポスターも掲出されたことがあったが、結局2008年3月14日の運行をもって廃止された。

[編集] 停車駅

( )内の駅は下りのみ停車、< >内の駅は上りのみ停車

[編集] 担当車掌区

[編集] 列車番号

  • 列車番号は全区間下り=101、上り=102であった。

[編集] 廃止時点での運行時間

  • 上り下りとも東海道新幹線東京駅 - 新大阪駅間の最終列車出発後、始発列車到着前の運行となっていた。
    • 新幹線の最終列車(東京・新大阪駅21:20発)よりも遅い時間(東京駅23:00発、大阪駅22:22発)に出発し、翌朝の新幹線の始発列車(東京駅→新大阪駅8:25着、品川駅→新大阪駅8:19着、新大阪駅→東京駅8:26着)に乗るよりも早い時間に寝ながら東京・大阪に着くことができた(大阪駅7:18着、東京駅6:42着)ことや、東京~大阪をB寝台利用で移動する場合、「のぞみ」の普通車指定席で移動した場合の運賃・料金の合計額とほとんど変わらないことが売りであった。
    • 早朝に東京・大阪に到着できたため、ターミナルから距離のある場所でも朝一番から活動可能であった。
    • 東京・大阪に朝ちょうど良い時間に着くために、途中の停車時間を多めにとることなどで到着時刻を調整していた。
  • 利用者層は様々であるが、一般にビジネス客が多いと言われていた。行楽シーズンには「ドリーム号」(「ドリーム大阪号」、「ドリーム京都号」)等の夜行高速バスを敬遠したいお年寄りや小さな子供を含む家族連れも多かった。

[編集] 使用車両

牽引機関車
  • 東日本旅客鉄道(JR東日本)田端運転所に所属するEF65形電気機関車が牽引する。ごくまれにジョイフルトレイン「スーパーエクスプレスレインボー」の牽引指定機関車であった1118号機を使用することもあった。また、全般検査前の機関車を使用したこともあった。特急ではなく急行のため、機関車にヘッドマークは装着されなかった。
    • なお、「銀河」運転開始当初、最後尾に行灯式の円形テールマークが取り付けられていたが、それと同デザインのヘッドマークを1976年2月下旬に交友社鉄道ファン』編集部が作成し、EF58形電気機関車に取り付けて撮影した。その写真は同誌1976年5月号および2007年5月号にて見ることができる。また2008年12月から2009年3月まで旧新橋停車場鉄道歴史展示室にて開催の「制定80周年 トレインマークの誕生」ではレプリカが展示された。
客車・編成
「銀河」最終期の編成図
進行方向 大阪駅   東京駅
号車   1 2 3 4 5 6 7 8
禁煙

喫煙
禁煙 喫煙 禁煙 喫煙
座席種別 EG A B B B B B B B
使用車両 カニ24形[1] オロネ24形[2] オハネ25形
または
オハネフ25形
オハネ25形 オハネ25形 オハネ25形 オハネフ25形 オハネ25形 オハネフ25形
  • 枠=7号車・8号車が増結される場合があった。
  • 記号凡例
客室概要
  • 開放式A寝台
    • 1号車に設定。定員は28名。二段式。喫煙室および更衣室があった。
  • 開放式B寝台
    • 1号車以外はすべてこの開放式B寝台となっていた。定員は32名または34名。二段式。
  • 右記のとおり、個室や、座席車は連結されていなかった。

[編集] ギャラリー

車内の様子。

[編集] 登場する作品

[編集] 脚注

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  1. ^ カニ24形にはまれに「トワイライトエクスプレス」塗装の車両が連結されることがあった。
  2. ^ オロネ24形は0番台または100番台を使用した。車両運用上および接客面で番台間での大きな差異はない。詳細は使用車両の項目を参照されたい。

[編集] 関連項目

[編集] 外部リンク

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