国鉄24系客車
国鉄24系客車(こくてつ24けいきゃくしゃ)は、日本国有鉄道(国鉄)が設計・製造した寝台客車である。
1973年から1980年にかけて量産され、21世紀初頭の現在でも日本の寝台特急列車(いわゆるブルートレイン)の主力車両となっている。1980年代中期以降、改造個室寝台車の開発や他の系列からの編入改造などで、多彩なバリエーションが生じている。
目次 |
[編集] 開発経緯
国鉄は1971年(昭和46年)に、客車のサービス電源を床下のディーゼルエンジン駆動の発電機でまかなう「分散電源方式」を採用した14系客車を開発し、寝台特急列車用に増備していた。
しかし、1972年(昭和47年)に発生した北陸トンネル火災事故を機に、火元となりうるディーゼルエンジンを客室の床下に置いた分散電源方式は、防火安全対策上において問題があると指摘され、14系の製造は中止された。[1]。
これを受けて車体の基本構造は14系を踏襲しつつ徹底した防火対策を施し、従来の20系と同様に独立した電源車から客車へサービス電源を給電する、「集中電源方式」を採用した寝台客車が本系列である。編成全体の通電容量を考慮して、編成の海側・山側両方に電源用三相交流補助回路の引通しを設けた。このため14系や12系といった分散電源方式の客車とは原則として混結できない[2][3][4]が、車両の外観や設備、台車、CL形自動ブレーキなどの仕様は概ね14系(寝台車)に基づいている。
初期の24形と25形ではB寝台車両の設備内容が異なるが、集中電源方式を採用して設計・製造された共通の基本構造をもつ同一系列であるため、本項でまとめて記す。
[編集] 24系
1973年に製造された初期のタイプの呼称。A寝台車・B寝台車・食堂車については、14系の設計をそのまま踏襲している。なお、車内設備は基本的には14系と同等ではあるものの、寝台の枠をFRPからアルミに変更するなど難燃化が徹底している[5]。翌1974年に製造を24系25形へ移行したため、これら24形グループの発注は1回だけで打ち切られ、製造両数は118両にとどまった。
A寝台車は14系のA寝台車と同様の開放形プルマン式である。B寝台車は当初3段式寝台であったが、1983年から1984年にかけて上段寝台を撤去して中段寝台を跳ね上げ、これを固定して上段寝台とする方法で全車が25形と同様の2段式に改造されている。
新製配置は大阪鉄道管理局向日町運転所(現・京都総合運転所)で、「あかつき」や「彗星」に使用されていた。1975年3月のダイヤ改正で、一部を残し東京南鉄道管理局品川運転所に転属し、「はやぶさ」「富士」「出雲」で使用されたが、翌1976年10月のダイヤ改正で盛岡鉄道管理局青森運転所(現・青森車両センター)へ再転属し、「ゆうづる」「日本海」「あけぼの」「出羽」「鳥海」で使用されるようになる。
国鉄末期の1980年代中頃から使用列車は漸減し、2008年(平成20年)現在では「あけぼの」「日本海」で使用されている。
[編集] 24系25形
1973年度下期から製造された、24形のマイナーチェンジ形式である。製造当時、間近に控えていた山陽新幹線岡山駅 - 博多駅間の延長開業によって寝台特急の利用客が減少することを見越して、定員を減らし居住性を改善するため、B寝台車がそれまでの3段式寝台から2段式寝台に設計変更された。1975年(昭和50年)、鉄道友の会より第15回ローレル賞を受賞した。
1974年(昭和49年)4月に「あかつき」と「彗星」の一部に初めて投入、その後徐々に3段式B寝台を淘汰していく。なお、2段寝台化による定員減を少しでも抑えるべく、トイレの配置を一区画縦にし、更衣室も撤廃して1列(2名分)のスペースを捻出し、オハネ24形とオハネ25形を比較した場合で1両当り1列多い17列の配置にするという苦肉の策もとられた。外観上も24形が白帯(クリーム10号)塗装なのに対し、塗装工程省力化の見地から、25形は製造当初よりステンレス帯となった。製造時期によりマイナーチェンジが何度か行われており、車体形状など細かなバリエーションが存在する。また定員が減ったため、冷房装置の能力も若干落とされ(AU77形、10000kcal/h×2台)、車内の天井高さに余裕ができたことから空調ダクトが24系の廊下側から中央へ移動している。
24系25形という名称は、オハネ25形・オハネフ25形の2段開放式B寝台車を従来の3段式の24系と区別するために便宜的につけられたものであり、24系25形登場後もカニ24形・スシ24形・オハ24形など形式番号24の車両が登場している。当然のことながら、ブレーキやサービス電源等の基本的なシステムは両者に差異はない。
国鉄末期の1987年(昭和62年)、「あさかぜ1・4号」に使用されている客車に対してアコモデーション改善(グレードアップ改造)が実施されたことに伴い帯が金色に変更され、従来の位置に加え屋根下にも1本追加された[6]。1988年(昭和63年)以降に「北斗星」向け改造が施工された車両も金帯となった。
2010年3月現在、運用に就く24系25形は定期列車の「北斗星」、「あけぼの」、「日本海」と臨時列車「トワイライトエクスプレス」で、北海道・東北方面への列車のみとなっている[7]。
[編集] 新製車
[編集] A寝台車
[編集] オロネ24形
- 0番台(1 - 9)
- 開放室2段式(プルマン式)のA寝台車。車体構造はオロネ14形に準じており、車端部には喫煙室、更衣室を備えている。
[編集] オロネ25形
- 0番台(1 - 12)
- 東京 - 九州・山陰間の列車に使用するため、1976年に製造された個室寝台車である。1人用個室を14室備え、各部屋ごとにテーブル兼洗面台を備えている。3両が国鉄末期に700番台に改造され、残りは3両が東日本旅客鉄道(JR東日本)に、6両が九州旅客鉄道(JR九州)に承継された。JR九州の6両は「はやぶさ」「富士」に使用されていたが、2005年(平成17年)にすでに廃車となっていた1両を除き14系に編入改造され、オロネ15形3000番台となった。1986年(昭和61年)に他の個室寝台に倣い、「シングルデラックス」の愛称がつけられている。
[編集] 3段式B寝台車
[編集] オハネ24形
24系の基本形式に属する3段式B寝台車。
- 0番台(1 - 67)
- 新製のB寝台車で1973年製造。定員は新製時48名・2段化改造後32名。車体はオハネ14形に準じる。
[編集] オハネフ24形
24系の基本形式に属する3段式B寝台緩急車。
- 0番台(1 - 27)
- 1973年製造。定員は新製時45名・2段化改造後は30名。車体形状はスハネフ14形に準じた構造である。16 - 18は1977年(昭和52年)、床下に電源エンジンと発電機を搭載して14系に編入され、スハネフ14 101 - 103となった。
[編集] 2段式B寝台車
[編集] オハネ25形
24系25形に属する2段式B寝台車。
- 0番台(1 - 91)
- オハネ24形の寝台を2段式に変更して新製されたB寝台車。オハネ24形と同じく上段寝台にはボタン操作式の自動昇降装置を備える。
- 100番台(101 - 246)
- 省力化のため、上段寝台を固定化した車両。そのため寝台側の窓の上下寸法が0番台と比べ小さくなっている。
[編集] オハネフ25形
24系25形に属する2段式B寝台緩急車。
- 0番台(1 - 47)
- 1974年から1976年にかけて製造された。北海道旅客鉄道(JR北海道)札幌運転所所属の2・4・8・15の4両は、4名用簡易コンパートメント(Bコンパート)改造が施工されている。洗面所側の連結面にも尾灯が設置された。
- 1976年(昭和51年)に事故廃車された18の代替用として、当時既に100番台の製造が開始されていたものの、補充のため0番台の47が追加製造された。
- 100番台(101 - 157)[8]
- 1976年から1977年にかけて製造された。上段寝台を固定式とし、寝台側の窓の上下寸法が小さくなった。車掌室側の連結面が切妻となり、常に車掌室を電源車と反対方向に向けて編成を組むように設計され、方向転換は不可能となった。
- 200番台(201 - 221)
- 1978年から1980年にかけて製造された。車掌室側の連結面が半折妻となり、方向転換可能な構造に戻った。車体の他の部分の構造は100番台とほぼ同じ。1991年に218と220が床下に電源エンジンと発電機を搭載して14系に編入され、スハネフ14 551・552となった。
[編集] 食堂車
[編集] オシ24形
- 0番台(1 - 5)
- 24系基本形式と同時に製造された食堂車。基本的な構造はオシ14に準ずるが、細かいところでは車内の飾り棚や食堂入口の開き扉をアルミ製に変更する等、さらなる防火対策がなされていた。後に24系25形が東京発着ブルートレインに投入された際には、同グループでの食堂車新製を抑制し、24系グループから本形式を転用したため、白帯のままで使用され編成中で容易に識別できた。国鉄末期に全車700番台に改造されて消滅した。
[編集] 電源車
20系の後継として製造された14系では分散電源方式を採用していたが北陸トンネル火災事故により安全性への懸念が指摘されたため、本系列では電源車を用いる集中電源方式に戻した。
登場当時は客貨分離が進んでおり、最初に製造された車両は営業用スペースが全く無かったため、職用車(事業用)の意味の「ヤ」が使用されていた。のちに新聞輸送に充当されるようになり、荷物室が設けられたことから荷物車の「ニ」が使用されるようになった。
運用上で変わったところでは、1990年代前半から上野発着の「北斗星」・「出羽」・「あけぼの」といった24系客車を使う特急列車では上野駅での騒音対策のために電源車を上野向きの最後尾に連結されるようになった。
[編集] マヤ24形→カヤ24形
1973年に登場した車両。日本車輌製造・富士重工業・新潟鐵工所で10両(1 - 10)が製造され、当初はマヤ24形として落成した。機関室にはインタークーラーターボ付きディーゼル機関DMF31Z-G形(430ps/1200rpm)と発電機DM95形(300kVA)を組み合わせた発電装置を2基搭載し、三相交流60Hz/440Vの電力を全車に供給できるようになっている。台車はコイルバネ式のTR54C形を使用している。
落成時は全車が向日町運転所に配置され、関西 - 九州間の寝台特急に投入された。しかし、新聞輸送のために1974年に高砂工場で業務用室に積載荷重0.5tの荷物積載スペースを設置したのを機に自重が変わったため、全車がカヤ24形へ形式変更された。その後に後述のカニ24形が投入されると、全車が青森運転所へ転属し(一時期2両が秋田に所属)・「日本海」・「ゆうづる」・「あけぼの」・「出羽」・「鳥海」で使用されるようになった。その後、3両が宮原客車区へ転属し、「銀河」にも使用された。
末期は「日本海」で使用された後、2003年(平成15年)に全車廃車となり形式消滅した。
[編集] カニ24形0番台
「あかつき」・「彗星」の24系25形化に伴い、1974年 - 1976年にかけて日本車輌製造・富士重工業・新潟鐵工所で25両(1 - 25)が製造された。機関室の発電機類はマヤ24形と同様であるが、荷重3tの荷物室を設置しており、車体長は同形式より1.5m長い18.5mとなっている。25形に属するため飾り帯がステンレスへ変更された。後位妻面がマヤと同様に非貫通である。ただし2次車の9 - 25は、妻面裾部のマイクロスカートが省略されている。台車はTR66B形。
国鉄時代は品川・向日町・宮原に配置され、東京・関西 - 九州方面の寝台特急に投入された。
1987年から1988年にかけて9両が、土崎工場(現・秋田総合車両センター)で酷寒地向けの500番台(北斗星用)に改造された。
2008年現在は15両が在籍し青森・宮原・熊本に配置され、「あけぼの」「日本海」「トワイライトエクスプレス」で定期運用されている。JR東日本では一部の車両で車体更新工事改造を行っており、ディーゼル機関をDMF15Z-G形と発電機DM109形への換装、騒音対策、車体のリニューアル工事を行っている。JR九州に在籍する一部の車両は、列車名表示器周囲の白枠を省略したり、妻面飾帯のうちの下段のものを裾部へ下げるなどの事例が見られる。
[編集] カニ24形100番台
「あさかぜ」・「瀬戸」・「安芸」の24系25形化により増備されたグループで、1977年と1980年に新潟鐵工所と富士重工業で16両(101 - 116) が製造された。基本構造は0番台と同様だが、東京発着の荷物取扱量増加に伴い荷物室の荷重が5tに変更されたため、車体長が1m伸びて19.5mになっている。後位妻面もこれまでの非貫通から切妻型貫通式に変更となり、荷物室屋根部分も普通屋根に変更されている。また、車両の両側への給電が可能な構造になった。台車はTR66C形に変更された。
国鉄時代は品川・宮原・下関に配置され、東京・関西 - 九州方面の寝台特急に投入された。JR化後の1990年には2両が500番台へ改造されているが、うち1両(カニ24 510)はカヤ27形へ再改造された。
現在は11両が青森・尾久・宮原に在籍し、「あけぼの」・「日本海」と一部「トワイライトエクスプレス」に使用されている。
[編集] 夢空間
次世代寝台列車用車両の方向性を検討するため、JR東日本が1989年(平成元年)に3両を製造し、同年に開催された横浜博覧会の自社展示ブース「夢空間'89」(桜木町駅付近)での一般公開、海浜幕張駅前での一般公開を経て、団体専用列車や臨時列車に用いられた。
台車・ブレーキなどの走行機器、サービス電源などの仕様は24系客車にあわせており、JR発足後に新造された唯一の24系客車である。14系客車との併結も可能であった。
前年に来日した「オリエント急行」車両群の設計思想を参考に、内装や外部塗色に各車独自の意匠がこらされる。本形式の設計手法は、後年「カシオペア」として使用を開始した個室寝台車両E26系客車の開発に継承された。
- オロネ25 901「デラックススリーパー」
- A寝台車で2人用個室「エクセレントスイート」を1室、「スーペリアツイン」を2室有し、全室にバスルームも設置されている。定員は6名である。製造は日本車輌製造で、内装は高島屋が担当した。塗色は上半分が青、下半分と側窓まわりがシルバーで、金色のストライプが入る。
- オハフ25 901「ラウンジカー」
- 共用空間として使用するロビーカーで、室内にはバーラウンジを設け、ソファや自動演奏装置付きピアノを備える。車掌室を車両の一端に備えている。製造は富士重工業で、内装は松屋(百貨店)が担当した。ちなみに車内の銘板は当時の富士重工業標準のものではなく、独自の凝ったデザインであった。塗色は基本色をエンジ、窓周りをベージュとしたツートンカラーで、金のピンストライプをあしらったもので、「オリエント急行」のプルマンカーに相似した塗り分けとなっている。
- オシ25 901「ダイニングカー」
- 展望室を有し、列車の最後尾に連結される食堂車である。個室もあり、車両の後部には厨房を配する。定員は展望部が18名、個室部が4名である。製造は東急車輛製造で、内装は東急百貨店が担当した。当初は展望室にワイパーが取り付けられていなかったが、のちに二基のワイパーを取り付ける追加改造を施している。塗色はメタリックグリーンに金色のストライプ。尾久車両センターと上野駅間の推進運転時に使用される機器を展望室部分に装備している。
一般の24系客車とともに組成し、「北斗星」系統をはじめとする臨時列車や団体専用列車に使用し、2008年3月で営業運転を終了し、2009年4月時点では尾久車両センターに留置されていた。その後ラウンジカーとダイニングカーの2両は、2009年9月17日に埼玉県三郷市に開業したショッピングセンター「ららぽーと新三郷」で展示されており[9]、2010年8月12日から同9月16日まで、期間限定カフェとして営業を行った。この企画と運営は同年3月にひたちなか海浜鉄道と鹿島臨海鉄道でメイドトレインを運行したBSビジュアルである。
なお、3両のうちダイニングカーとラウンジカーは埼玉県三郷市の商業施設に、デラックススリーパーは2011年12月に東京都江東区の飲食店に移設された。
[編集] 改造車
以下の形式がある。下記以外に運用上の都合などから他系列への編入改造を受けた車両が多数あるが、それらについては編入後の系列の記事を参照されたい。他系列からの編入改造車については本項で扱う。
[編集] 国鉄時代
- カニ25形 (1・2)
- 20系客車の分割・併合時電源車として九州内で活躍したマヤ20形の後釜的存在である改造電源荷物車。1975年3月10日の山陽新幹線博多開業による白紙ダイヤ改正により関西 - 九州間の寝台特急列車が大幅に整理されたが、「あかつき」においては前述する14系寝台車の製造中止による両数不足に伴い、改正後も24系25形による運用が1往復継続された。しかし、この運用は新大阪 - 鳥栖間において「明星(基本編成)熊本行き・あかつき(付属編成)長崎行き」の併結運用だったため、付属編成の「あかつき」は鳥栖 - 長崎間でサービス電源を失うことになる。そのため、分割・併合時の電源車として、20系電源車の中でも荷物搭載量が少なく運用が限定されていたカニ22形を、1975年に小倉工場で改造の上、24系に編入した。改造では20系時代に撤去されていたパンタグラフ跡に通風器を設置、発電機はコイルの巻換えにより600Vから440Vへ変更されている。
- 1978年10月2日の白紙ダイヤ改正により「あかつき」が「明星」との併結を解消の上、新製車の14系15形に置き換えられたことにより、1978年に1両が廃車。残る1両はカニ24形及びカヤ24形の予備車として「彗星」「明星」に使用後、1984年に廃車となり、形式消滅した。
- カニ22 53・2→カニ25 1・2
- オシ24形100番台 (101 - 105)
- 1975年、オシ14形を改造した食堂車。5両が改造された。民営化後は5両ともJR九州に承継され、「はやぶさ」「富士」に使用された。1999年、「はやぶさ」「富士」から食堂車が外されたため廃車となった。民営化後にカード式公衆電話が設置されたが1997年に食堂車が外されたためロビーカーに移設された。
- オシ14 5・6・10・11・14→オシ24 101 - 105
- オロネ24形100番台 (101 - 103)
- 1982年と1986年に、オロネ14形を改造したA寝台車。開放室式。外観・内装に大きな変化はない。2009年までに全車廃車された。
- オロネ14 11・9・10→オロネ24 101 - 103
- オハ24形700番台 (701 - 705)
- 1985年、利用率が低下傾向にあった寝台特急列車の活性化のため、余剰車を活用して誕生した国鉄初のロビーカー。オシ14形・オハネ14形より全車が大宮車両センター改造された。
- 種車により業務用扉の有無等、外観が異なる。
- 車内にはソファー、回転式チェア、バーカウンターが設置されている。
- 1985年に「はやぶさ」、1986年には「富士」にも連結された。この車両の連結により牽引定数が増加したため、直流電化区間の牽引電気機関車がそれまでのEF65形1000番台から従来高速貨物列車牽引用の機関車であったEF66形に変更になった。
- 1997年にカード式公衆電話が設置されたが2005年にはオロネ15形に再度設置された。
- 永らく「富士」「はやぶさ」で使用されていたが、2005年、同列車の14系化に伴い定期運用を離脱した。
- オシ14 9・4・オハネ14 67・2・4→オハ24 701 - 705
- オハネ24形700番台 (701 - 703)
- 国鉄時代の1986年春に「富士」用に改造された4人用B個室寝台「カルテット」車両。同年11月、「あさかぜ1・4号」のデラックス化と「富士」へのロビーカー連結に伴い、金帯化の上、以後は「あさかぜ1・4号」に連結。「さくら」「みずほ」用に改造されたオハネ14形700番台と同様、車内に仕切壁を設け、4名用個室としている。車体外部の帯は金色帯に変更されている。品川運転所に配置されJR東日本に承継されたが、1994年に「あさかぜ」1・4号が廃止されたことで用途を失い休車となり、2000年に廃車された。
- オハネ24 14・34・62→オハネ24 701 - 703
- スハネ25形700番台 (701 - 703)
- 「あさかぜ」1・4号用として、国鉄末期の1987年に初の2人用B個室寝台「デュエット」車両としてオハネ25形100番台の改造により登場。
- 車端部にはこれも国鉄としては初のシャワー室を備え、当時としては画期的な車両として受け入れられ[10]、後の「北斗星」「トワイライトエクスプレス」等寝台列車の個室化の先鞭を切った車両といえる。
- JR東日本に承継されたが、1994年(平成6年)の「あさかぜ1・4号」廃止に伴い全車運用を離脱、その後長らく走行休止状態が続いていたが、他列車に転用されることなく、2000年(平成12年)までに全車が廃車されている。
- オロネ25形700番台 (701 - 703)
- 上述のオロネ25形0番台のグレードアップ改造車。個室にオーディオ装置が取り付けられオシ24形700番台との引き通し線が追加されたことから改番された。外観は銀帯2本から金帯3本に変更されたが、定員やその他の設備にはほとんど変化はない。
- 1994年「あさかぜ」1・4号廃止に伴い同年583系電車から客車化された「はくつる」に転用されたが、その「はくつる」も2002年(平成14年)に廃止されたため、翌2003年までに全車廃車された。
- オロネ25 8・11・12→オロネ25 701 - 703
- オシ24形700番台 (701 - 705)
- 1987年、「あさかぜ」1・4号のグレードアップ改造により登場した食堂車。
- 701 - 703が星空をイメージした青系統の内装。[11]車端部にはラウンジ風のソファーを設けていた。
- 704・705はオリエントをイメージした赤、白と木目の内装。[12]北海道直通寝台列車のプロトタイプでもあり、本車のデザインコンセプトが「北斗星」や「トワイライトエクスプレス」用の食堂車に踏襲されている。
- 「あさかぜ」1・4号、「出雲」1・4号(→「出雲」)にて使用され、その後食堂車営業廃止後も一時は車内販売の基地としてまたロビーカーの代用として使用されていたが、2006年の「出雲」廃止に伴い保留車となっている。
- オシ24 1 - 5→オシ25 701 - 705
- オロネ25形500番台 (501 - 506)
- 青函トンネル開業を控えた北海道直通寝台列車(後の「北斗星」)計画に伴い、国鉄末期の1987年にオハネ25形の改造により登場した2人用A個室「ツインDX」寝台車。個室には2段式寝台の他ソファー・テーブル・モニターを備えるが、洗面所はない。
- 登場当初は暫定的に「ゆうづる」に組み込まれ[13]、「北斗星」の運転開始に伴い予定通り同列車に投入されている。
- JR東日本尾久車両センター (504 - 506) に3両が在籍する。2008年3月15日ダイヤ改正で「北斗星」が減便したため、JR北海道の車両は2008年に廃車され、ミャンマー国鉄に譲渡された。
- オハネ25 237・14・19・233・236・235→オロネ25 501 - 506
- スシ24形500番台
- 青函トンネル開通に伴う「北斗星」運行開始に伴い、1987年から登場した食堂車。本来の24系食堂車であるオシ24形の所要数が不足していたため、電車特急列車の食堂車全廃に伴い余剰になっていた485系・489系電車の食堂車であるサシ481形およびサシ489形を改造して充当した。
- 特急形電車からの改造のため、車体断面の違いや、冷房装置や台車も種車のものをそのまま使用していることなど、他の24系客車とは外観が大きく異なっており、編成内で目立つ存在になっている。
- 内装は前述のオシ24 704・705と同じ欧風客車風であるが、テーブル配置が左右に2人掛けと4人掛けのゆったりした配置になっている[14]。
- なお、501 - 503は落成当初はオシ24 701 - 703と同様な左右とも4人掛けテーブルとソファーを設けており、14系座席車のスハフ14形2両で挟んだ5両編成に組成されて団体・イベント列車に使用された[15]。この内装は「北斗星」運行開始前に変更されており、「グランシャリオ」の愛称が付けられた。後に増備された508のみ4本帯となっている。2008年3月15日ダイヤ改正で「北斗星」が減便したため、JR北海道の車両は2008年に廃車され、ミャンマー国鉄に譲渡された。
- サシ481 67・75・76・64・68・サシ489 83・7・サシ481 50→スシ24 501 - 508
- カニ24形500番台 (501 - 511)
- 上野駅 - 札幌駅間直通列車「北斗星」に使用するため、カニ24形0・100番台に耐寒・耐雪改造を施した車両。1987年から1990年にかけて11両が改造された。改造内容としては、各種機器類の保温強化や、機関吸気装置への雪切り装置の設置などである。
- 車体には銀色の2本帯から金色の3本帯に変更された[16]。尾久、青森、札幌に配置され、「北斗星」「エルム」「あけぼの」「日本海」で使用されている。2006年(平成18年)3月18日限りで廃止された「出雲」も使用列車の一つであった。
- カニ24 1・2・5・8・19・20・21・22・25・113・115→カニ24 501 - 511
- オハネ25形・オハネフ25形の道内向け改造
- 上述の改造車と同じ理由で、通常のB寝台車に対しても、乗降用扉の引戸化や暖房装置の強化等、14系寝台車の道内向け改造車(500番台)に準じた酷寒地向け改造が行われている。またこの改造に並行して、「あさかぜ」のグレードアップ車と同じく、外装の銀帯2本→金帯3本化や、車内設備の更新も行われているが、車両番号の変更はない。
- 上述のオロネ25形500番台と同じく、JR化後にJR北海道に承継された車両もあるが、青函トンネル開通までの間は「ゆうづる」に組み込まれて使用されていた。
[編集] JR北海道
- オハネフ25形0番台 (2・4・8・15)
- 1997年、「北斗星」1・2号の全車両個室化を目的としてオハネフ25 2・4・8・15が「Bコンパート」に改造された。4人で使うと個室になる。改造による車両番号の変更などはない。
- オハネフ24形500番台 (501・502)
- 1989年、急行「宗谷」「天北」の気動車化で余剰となったオハネ14形500番台を「北斗星」の増発用として改造したもの。車体はオハネ14形のものをそのまま流用し、デッキと客室の間に車掌室を設け、車掌室側妻面には左側のみ窓が付く。貫通扉は開戸に変更され、列車名表示器が設置されている。種車は3段寝台であったが、改造時に2段寝台となった。客用扉は種車の引戸のままである。通常は編成の中間へ連結され、最後尾に連結される機会は少ない。
- オハネ14 507・508→オハネフ24 501・502
- オハネ24形500番台 (501 - 504)
- オハネフ24形500番台と同様、1989年に余剰となったオハネ14形500番台を「北斗星」の増発用として改造した車両である。寝台は3段式から2段式に改造された。扉は種車の引戸のままである。
- オハネ14 505・509・511・516→オハネ24 501 - 504
- スハネ25形500番台 (501 - 503)
- 「北斗星」用の1人用B個室寝台「ソロ」「ミニロビー」「シャワー室」の合造車。
- オハネ25 18・31→ スハネ25 501・502 (自動販売機はロビー内)
- オハネ14 515→スハネ25 503 (自動販売機はデッキ)
- オハネ25形550番台 (551・552)
- 「北斗星」用の1人用B個室寝台「ソロ」車。「北斗星」1・2号の個室化促進に伴い、1991年(平成3年)に14系座席車のオハ14形の改造により登場。なお、オハ14形からの改造車は鋼体を新規に製造している(以下同じ)。
- オハ14 502・538→オハネ25 551・552
- オハネ25形560番台 (561 - 566)
- 「北斗星」用の2人用B個室寝台「デュエット」車。上記の550番台と同じく、1991年にオハ14形の改造により2両が登場。その後1997年(平成9年)にオハネ25形より4両が追加改造されている。種車がオハ14形のものとオハネ25形のものは床下の機器配置が異なるが、車体はほぼ同一である。[17]
- オハ14 527・537・オハネ25 241・33・227・240→オハネ25 561 - 566
- オロネ25形550番台 (551)
- 1989年、「北斗星3・4号」の定期列車化に伴い、オハネ14形500番台の改造によって登場した2人用A個室寝台「ツインDX」車。上記の500番台車とは異なり、スハネ25形700番台と同じく2階建て構造になっており、双方の利用者が梯子を使わずにベッドに入れるよう配慮されている。洗面所も備える。2008年3月15日ダイヤ改正で「北斗星」が減便したため、2008年に廃車され、ミャンマー国鉄に譲渡された。
- 500番台車と定員が同じであることから共通に運用されている。
- オハネ14 514→オロネ25 551
- オロハネ25形550番台 (551 - 554)
- 「北斗星」用の1人用A個室寝台「ロイヤル」、2人用B個室寝台「デュエット」合造車。1988年「北斗星」運転開始に伴い、オハネ25形の改造により登場。1989年、オハネ14形500番台の改造により1両増備されている。
- 車両中央部に「ロイヤル」2室、両端に「デュエット」7室を備える。2008年3月15日ダイヤ改正で「北斗星」が減便したため、2008年に廃車され、ミャンマー国鉄に譲渡された。
- オハネ25 1・2・9・オハネ14 513→オロハネ25 551 - 554
- オロハネ25形550番台(555 - 558)
- 「北斗星」用の1人用A個室寝台「ロイヤル」・1人用B個室寝台「ソロ」合造車。1989年「北斗星3・4号」の定期列車化に伴いオハネ14形500番台の改造により登場。
- 車両中央部に「ロイヤル」2室、両端に「ソロ」10室を備える。2008年3月15日ダイヤ改正で「北斗星」が減便したため、2008年に廃車され、ミャンマー国鉄に譲渡された。
- オハネ14 512・503・506・510→オロハネ25 555 - 558
- オハ25形550番台(JR北海道 551)
- 「北斗星」用のロビーカー。1989年、「北斗星3・4号」の定期列車化に伴い、オハネ14形500番台より改造。
- 「北斗星」1往復が再び季節列車化されたため定期運用を失い、現在は主に臨時列車などに使用されていたが、2008年3月15日ダイヤ改正で「北斗星」が減便したため、2008年に廃車され、ミャンマー国鉄に譲渡された。
- オハネ14 517→オハ25 551
- マニ24形500番台 (501・502)
- 上記「北斗星」や「エルム」の運用から電源車不足を想定して、JR東日本とJR北海道が50系の荷物車マニ50形を種車として改造し登場した電源車である。台車は50系時代と同じTR230系を履いているが、CL自動ブレーキのみだったブレーキ装置を24系のものに合わせている。50系を種車としているため車体の裾絞りがないが、編成としての違和感をやわらげるためと、カニ24形と同じく電源エンジンの搬出口を設けるため屋根を改造し、屋根高さを他車と合わせている。後位妻面は非貫通式である。また、北海道を走行するため耐寒・耐雪改造も併せて施工し500番台に区分された。荷物室の荷重は1tである。
- 501がJR東日本、502がJR北海道にそれぞれ在籍していたが、501は2006年6月をもって廃車解体。502も2010年3月に廃車となりマニ24形は消滅。
- マニ50 2048・2070→マニ24 501・502[18]
[編集] JR東日本
[編集] 「北斗星」用改造車
- オロネ24形500番台 (501)
- 「北斗星」用2人用A個室寝台「ツインDX」車。1989年にオハネ24形の改造により登場。外観・内装は上述のオロネ25 500番台に準ずる。
- オハネ24 24→オロネ24 501
- オロハネ24形500番台 (501)
- 「北斗星」用1人用A個室寝台「ロイヤル」・1人用B個室寝台「ソロ」合造車。1989年、「北斗星」3・4号の定期列車化に伴いオハ14形の改造により登場。
- 後述するオロハネ25形500番台とは異なり、「ロイヤル」2室は車両中央部に配置しその両端に「ソロ」10室を備える。
- オハ14 186→オロハネ24 501
- オロハネ24形550番台 (551 - 554)
- 「北斗星」用の1人用A個室寝台「ロイヤル」・2人用B個室寝台「デュエット」合造車。1989年、「北斗星3・4号」の定期列車化に伴いオハネ24形の改造により登場。
- 車両中央部に「ロイヤル」2室、両端に「デュエット」7室を備える。
- オハネ24 28・8・11・12→オロハネ24 551 - 554
- オロハネ25形500番台 (501 - 503)
- 「北斗星」用の1人用A個室寝台「ロイヤル」・1人用B個室寝台「ソロ」合造車。1988年「北斗星」運転開始に伴い、オハネ25形の改造により登場。
- 「ロイヤル」2室は車端部に配置、その他「ソロ」12室を備える。
- オハネ25 22・27・30→オロハネ25 501 - 503
- オハ25形500番台 (501 - 504)
- 「北斗星」用のロビーカー。1988年の「北斗星」運転開始に伴い、翌年にかけてオハネ25形より改造。ロビーの他、自動販売機とシャワー室を備える。
- オハネ25 7・16・25・37→オハ25 501 - 504
- マニ24形500番台
- 「JR北海道」の節を参照。
[編集] 「あけぼの」用改造車
- オハネ24形550番台 (551 - 555)
- 1人用B個室寝台車「ソロ」で1991年、「あけぼの」に使用するために改造された。寝台は線路と並行に配置されている。工期短縮のために、改造車種の屋根を一旦切って外し、そこから一部配線や扉の取り付けを済ませた個室のFRPユニットを車内に搬入するという手法で改造された。
- オハネ24 8・40・53・17・42→オハネ24 551 - 555
- スロネ24 550番台 (551 - 553)
- 1人用A個室寝台「シングルDX」車で1991年、「あけぼの」の個室寝台化に伴いオロネ24形、オハネ24形の改造により登場した。
- 個室11室を配置している。家族向けでの利用を考慮し、個室上部にエキストラベッドを設けて2名使用を可能とし、さらにトイレ側1室を除いてベッドと反対側の仕切が開閉できるようになっており、4名グループでの利用も可能である。
- オロネ24 1・101・オハネ24 31→スロネ24 551 - 553
[編集] JR西日本
- オハネ25形250番台 (251・252)
- 1990年(平成2年)にオハネ15形をオハネ25形に編入した車両。 オハネ15形自体がオハネ25形100番台車を基本に製造された車両であり、改造内容も引き通し回路の変更など小規模なものにとどまり、外観は上述の100番台車とほとんど変わらない。いずれも2008年に廃車され、廃区分番台となっている。
- オハネ15 15・20→オハネ25 251・252
[編集] 「トワイライトエクスプレス」改造車
1989年に運転を開始した「トワイライトエクスプレス」に充当する専用車両として改造された。個室中心・ハイグレードの客室設備を備え、外観も濃緑に黄色の帯という独自のものとなり、それまで24系がもっていた「ブルートレイン」のイメージから脱却した。当初は1編成だったが、運行回数の増加により3編成に増強されている。
- オハネフ25形500番台 (501 - 503)
- 9号車に組成されるオハネフ25形0番台車の車内を寝台と通路の間に仕切り扉を設ける簡易コンパートメント「Bコンパート」に改造された車両。
- 種車は製造当初からの2段寝台だが、15・16番寝台は食堂従業員用として3段化された(寝台数には含まない)[19]。
- オハネフ25 34・41・45→オハネフ25 501 - 503
- オハネ25形560番台 (561 - 563)
- 8号車に組成される簡易コンパートメント「Bコンパート」車両。1989年と1991年にオハネ25形0番台より改造。
- 種車は製造当初からの2段寝台だが、17番寝台は食堂従業員用として3段化された(寝台数には含まない)。
- オハネ25 69・86・80→オハネ25 561 - 563
- オハネ25形510番台 (511 - 513)
- 7号車に組成される2人用B個室寝台「ツイン」車。1989年と1990年にオハネ25形0番台の改造により登場。個室の他ミニサロンを備える。出入台側の2室は可動式の仕切りを備えており、4人での利用も可能。
- オハネ25 40・51・67→オハネ25 511 - 513
- オハネ25形520番台 (521 - 526)
- 5・6号車に組成される1人用B個室寝台「シングルツイン」・2人用B個室寝台「ツイン」を備える寝台車。1989年と1991年にオハネ25形0番台の改造により登場。1人用個室はエキストラベットを装備し、2人での利用も可能。
- オハネ25 39・50・43・55・59・47→オハネ25 521 - 526
- オハ25形550番台 (551 - 553)
- 4号車に組成されるサロンカー(ラウンジカー)「サロンデュノール」。1989年「トワイライトエクスプレス」運転開始に伴い、オロネ14形・オハネ14形より改造。車両中央部には天地方向に拡大された眺望窓を日本海側に5組備える。
- オハネ15 38・39・オロネ14 8→オハ25 551 - 553
- スシ24形0番台 (1 - 3)
- 3号車に組成される食堂車「ダイナープレヤデス」。1988年に前述の500番台と同じくサシ481・489形より改造。元々は「日本海」のグレードアップ用に用意されていた車両。そのため当初は青色に銀帯の外観でイベント列車などに使用していた[20]。トワイライトエクスプレスに組込む際に再度外観を変更した。サシ489形改造の1・2は種車が初期車のため屋上冷房装置の筐体が俗に言う旧タイプの「きのこ型」のAU12形を備えているのが特徴。3は500番台車と同じく「箱型」のAU13E形を備える。製造は1972年で、かなり古い。
- サシ489 3・4・サシ481 52→スシ24 1 - 3
- スロネ25形500番台 (501 - 503)
- 2号車に組成される2人用A個室寝台「スイート」・1人用A個室寝台「ロイヤル」合造車。1990年と1991年に「スイート」・「ロイヤル」の好評を受け、オハネ25形から改造により誕生した。後述のスロネフ25形と同じく、「スイート」1室・「ロイヤル」4室備える。
- 「スイート」はスロネフ25形と異なり乗心地が良いとされる車両中央部に配置し、展望室がない代わりに応接室には後述するロビーカーに設置したものと同じ天地寸法が拡大された窓を備える。
- オハネ25 52・53・62→スロネ25 501 - 503
- スロネフ25形500番台 (501 - 503)
- 1号車に組成される2人用A個室寝台「スイート」・1人用A個室寝台「ロイヤル」合造車。1989年と1991年にオハネ25形、オハネフ25形より改造。
- 「スイート」1室・「ロイヤル」4室・車掌室を備える。「スイート」は列車最後部に配置し、寝台兼用となるソファーベッド・テーブルなどを備え、列車後方展望を満喫できる展望応接室・ダブルベッドを備えた独立した寝室・シャワー室・トイレなどを備えた豪華なつくりになっている。
- 最後部はデビュー当初「のっぺり」とした造りであったが、雨天時には天井から垂れた雨滴で視界が遮られてしまうことが多かったため、後に現在のように窓周りに雨滴除けを取り付ける改造を施工。
- オハネ25 87・89・オハネフ25 44→スロネフ25 501 - 503
[編集] 「あさかぜ3・2号」、「瀬戸」用改造車
- オハネフ25形300番台 (301 - 303)
- 1990年3月のダイヤ改正における「あさかぜ3・2号」(→「あさかぜ」・通称「下関あさかぜ」)、「瀬戸」の編成変更の際、カニ24形の連結を中止しスハ25形による架線集電に切り替えた編成は、荷物輸送スペースを編成中に新たに設ける必要が生じたことから改造された。乗務員室側に荷重3tの業務用室[21]を新設し、デッキと客用扉を業務用室と客室の間に移設した。業務用室の新設で乗客が乗務員室に行くことができなくなったため、インターホンが設置された。また機関車からスハ25のパンタグラフの降下制御をするためのジャンパ栓が編成端のオハネフ25形と合わせて取り付けられた。
- 2005年の「あさかぜ」廃止により運用から外れて3両とも保留車となっていたが、2008年に全て廃車されている。
- オハネフ25 134・135・141→オハネフ25 301 - 303
- オロネ25形300番台 (301 - 305)
- それまでB寝台のみの編成であった「あさかぜ」3・2号、「瀬戸」に1人用A個室寝台「シングルデラックス (DX)」車を組み込むことになり、1990年、オハネ25形100番台の改造により登場。
- 0番台より個室スペースの拡大を図り10室を配置、また車端部にはA寝台利用者専用のシャワー室を備えている。
- 「あけぼの」用改造車 スロネ24 550番台(551 - 553)と同様、ベッドと反対側の仕切が可動式となっており、こちらは2名の利用が可能である。
- 2005年の「あさかぜ」廃止にともない運用から外れ、同年中に303が、2008年に302と304がそれぞれ廃車されている。301・305は1998年に「瀬戸」の電車化により「日本海」1・4号へ転用されたが、2008年に「日本海」が1往復に減便されたことにより運用から外れ、同年中にすべて廃車され、廃区分番台となった。
- オハネ25 153 - 155・157・172→オロネ25 301 - 305
- オハ25形300番台 (301 - 303)
- 「あさかぜ3・2号」、「瀬戸」のグレードアップのため、後述のスハ25形と同じく1989年に12系のオハ12形の改造により登場したロビーカー。
- ロビー、シャワー室、サービスカウンターを備えるが、スハ25形とは異なりパンタグラフ、静止形インバータ (SIV) などの電源設備は搭載されておらず、スハ25形でSIVが設置されているスペースはサロン室になっている。
- 種車が横軽対策車であったため、改造後も車両番号表記の前に白丸(Gマーク)が入っている。これはスハ25形も同様。
- 1991年に1両(303)が電源関連設備を追加されスハ25形に再改造されたほかは、「瀬戸」の電車化に伴い余剰車となり全車廃車になった。
- オハ12 18・31・41→オハ25 301 - 303
- スハ25形300番台 (301 - 303)
- 「あさかぜ3・2号」、「瀬戸」のグレードアップのため、前述のオハ25形と同じく1989年に12系のオハ12形の改造により登場したロビーカー兼電源車。
- 「トワイライトエクスプレス」用の電源車を捻出するため、また同列車は全区間直流電化区間を走行することから、パンタグラフ、SIVの電源設備が設けられ、日本の客車としては1967年に登場した車両性能試験車、マヤ10形以来、特急用車両としては20系客車の電源車カニ22形以来のパンタグラフを持つ客車となった。同車の運用に際し、緊急時に同車のパンタグラフを機関車側から降下させる機能を持たせることが必要となり、JR西日本下関運転所(現・下関総合車両所運用検修センター)に配置されているEF66形電気機関車[22]とJR東日本田端運転所品川常駐のEF65形1000番台[23]について、スハ25のパンタグラフ降下制御装置の設置と、EF66形には配線引き通し用ジャンパ栓の取り付け改造工事を実施している[24]。
- 電源設備の他にオハ25形300番台同様のロビー室・シャワー室・サービスカウンターを備える。
- 1991年にオハ25形300番台の1両に電源関連設備を追加してスハ25形へ編入している。
- 2005年の「あさかぜ」廃止により運用から外れ302と303が廃車、301が保留車となっていたが、2008年に301も廃車され、廃形式となっている。
- オハ12 350・351・オハ25 303→スハ25 301 - 303
[編集] 「きのくにシーサイド」用改造車
- オハ25形0番台(57)
- 1999年、ジョイフルトレイン「きのくにシーサイド」用にオハネ25 57を改造した車両。
- フリースペースの展望車で側面・天井とも開口面積が大きく、側窓は季節によって開口した窓枠に交換することができる。室内は紀勢本線(きのくに線)基準で山側が一段高くなっており、テーブルと腰掛がある。
- 「きのくにシーサイド」の運転終了に伴い2007年に廃車されている。
- オハネ25 57→オハ25 57
[編集] JR九州
[編集] 「はやぶさ」「富士」用改造車
- オハネ25形1000番台 (1001 - 1005)
- 1989年、「はやぶさ」「富士」に使用するために改造された1人用B個室寝台「ソロ」車両。寝台は線路と直角に配置されている。1999年(平成11年)、「はやぶさ」が「さくら」と併結運転となる際、「ソロ」を「さくら」に連結することになったため14系に編入改造され、オハネ15 2001 - 2005となり区分消滅した。
- オハネ25 101・105・107・110・245→オハネ25 1001 - 1005
[編集] 「なは」用改造車
これらの車両は2009年までに全て廃車された。
- オハネフ25形2100・2200番台 (2103, 2108, 2209)
- 1991年、「なは」に2人用B個室寝台「デュエット」を連結するために改造された。車両番号は種車+2000とされた。
- オハネフ25 103・108・209→オハネフ25 2103・2108・2209
- オハネフ25 2209は、オハネフ25 206と共に阿久根駅前で列車ホテルとして活用された。(運営するNPO法人「Big Up」公式サイト)。
- スハネ25形2100番台 (2124, 2126, 2131)
- 1992年、「なは」に1人用B個室寝台「ソロ」を連結するため改造された。寝台は線路と平行配置とした。重量増により重量ランクが1つ上がったが、車両番号は種車+2000とされた。
- オハネ25 124・126・131→スハネ25 2124・2126・2131
- オハ24形300番台 (301 - 303)
- 1990年、夜行高速バスとの対抗のため、「なは」に座席車を組み込むことになり、485系電車のサロ481形より改造された。
- 車内は「レガートシート」と称する3列独立大型リクライニングシートを配置、車端部にミニロビーが新設された。
- 前述のスシ24形と同じく特急形電車からの改造車であるため、車体断面や台車などが他の24系客車とは大きく異なる。
- 2005年に「あかつき」と併結運転となったため編成から外され、廃車となった。
- サロ481 52・101・102→オハ24 301 - 303
[編集] 現況
1987年の国鉄分割民営化時には北海道旅客鉄道(JR北海道)・東日本旅客鉄道(JR東日本)・西日本旅客鉄道(JR西日本)九州旅客鉄道(JR九州)の4社に合計544両が継承された。しかし、寝台列車の廃止や車両の老朽化などから廃車が進行しJR九州の車両は全車廃車、2010年10月1日現在ではJR北海道・JR東日本・JR西日本の3社に147両が在籍している[25]。内訳は以下の通り。
- JR北海道
- 31両が在籍。「トワイライトエクスプレス」に使用されている。2008年3月15日までは「日本海1・4号」、「銀河」でも使用されていた。
[編集] 日本国外への譲渡
2008年に、JR西日本からタイ国鉄に対し、廃車となった14系・24系寝台車計32両が譲渡された。日本から譲渡された寝台客車の保有台数では最も多い。タイの鉄道は1m軌間であるため導入に当たって台車の改造を行っている他、低床ホームに対応するためのステップ増設・タイ国鉄の汚物処理事情とタイの排泄習慣に合わせたトイレ改造(汚物タンクの撤去、およびタイ式トイレシャワーの設置)・塗色変更(当初の塗色は妻面を警戒色に変更。側面は日本時代と同じ塗色であった)等の改造が行われている。また、24系には床下発電機が新たに設置されたため、車両単位で使用することが可能となっている。全長・全幅等が従来のタイ国鉄の車両限界を超えるため、当初は運用区間が限定されていたが、北線での運用開始を機に車両限界は許容された。 当初は14系座席車と寝台車が南線のバンコク~トラン間の急行列車に、24系が北線のバンコク~チエンマイ間を結ぶ第1,2列車に投入された。前者は2009年10月のホアヒン脱線事故で一部が廃車となり、これ以後14系・24系ともに南線の運用からは外れている。現在14系座席車は定期運用を持たず、フアラムポーン駅構内に留置されている。後者は「ナコンピン号」の愛称が付され、外国人旅行者や富裕層をターゲットとしたタイ国鉄の看板列車であるが、その後、同列車の使用車両が韓国大宇重工業製のANS40形客車に置き換えられた後は、同区間の第13,14列車に転用、引き続き使用されて現在に至る。同列車は14系・24系寝台車を主体とした編成であるが、在来車による荷物車,食堂車も連結される。また、2009年からは新たに東北線南ルートのバンコク~ウボンラーチャターニー間に運転される第67,68列車に14系・24系寝台車が連結されている。この列車は在来車(旧型客車)の2等座席車,食堂車,荷物車・大宇重工製新型寝台車・14系または24系寝台車による混結編成である。2011年11月現在、タイ国鉄において24系寝台車使用の定期列車はこれらの2往復のみである。現在、24系は紫色系ツートンカラーのタイ国鉄新塗色に変更されつつある。 2010年11月には、JR西日本から1両[26]がマレーシア鉄道公社へ譲渡され[27]、同年11月15日から16日にかけて14系座席車7両[28]と共に下関港に陸送された。[29][30]
- 参考サイト:タイの地下鉄・都市鉄道(タイの鉄道トピックス)
[編集] 参考文献
- イカロスMOOK『国鉄型車両の系譜シリーズ01 形式24系』(イカロス出版、2006年) ISBN 4871497755
- 電気車研究会『鉄道ピクトリアル』2007年7月 - 8月号 No.791 - 792 特集 14・24系寝台客車 I、II
- 岡田誠一「14系・24系寝台客車カタログ」
- 交友社『鉄道ファン』2005年10月号 No.534 特集 ブルートレイン・ノート P.16 - P.41
[編集] 脚注
- ^ なお14系の製造は、1978年(昭和53年)になり、25形に準じて難燃対策を強化した14系15形の製造が再開されている
- ^ 『鉄道ピクトリアル』1973年11月号「24系特急形客車概説」、電気車研究会
- ^ ただし、過去には1986年11月のダイヤ改正以降九州で運行されていた急行「かいもん」・「日南」のように、24系寝台車が12系や14系座席車から給電を受ける組成の列車も存在した。(『鉄道ピクトリアル』2007年7月号「14・24系寝台車 運転のあゆみ(I)」)
- ^ 同じ集中電源方式であるが、供給される電圧が異なるため20系との混結もできない。
- ^ 後に14系にも同様の難燃化改造が施された
- ^ 当時「あさかぜ1・4号」と共通運用であった「出雲1・4号」にも「あさかぜ」の予備車としてグレードアップ改造された金帯化車が混結運用され、改造の関係から早い時期にオシ24形はすべて金帯車となり、B寝台車と電源車も改造が進んだことから最終的にはグレードアップ改造されずに残ったオロネ25形を除き「出雲1・4号」もすべて金帯化車で編成された。
- ^ 車両単位では、「はまなす」に14系との混結改造を施したオハネ25形が定期運用されている。
- ^ 104は西明石駅列車脱線事故で大破、後に廃車されている。
- ^ 「アミューズメントのご案内:夢空間」(ららぽーと新三郷 公式サイト)
- ^ 戦前の鉄道省時代、試行的にマイネ37130に設置されたことはあったが、早々に撤去されている。詳細は当該車項目も参照されたい。
- ^ 『鉄道ファン』1987年7月号p.63 - 64。
- ^ 『鉄道ファン』1987年7月号p.63 - 64。
- ^ 一部の車両はJR化後、JR北海道に承継された。
- ^ JR東日本の504 - 506のテーブル配置は当初、種車時代と同様に左右とも4人掛けであったが、後に他車と同じ配置に変更されている。
- ^ 改造当初のスシ24形には併結相手が14系または24系のどちらでも使用可能なように切替スイッチが取り付けられていた。
- ^ カニ24 510は銀帯のまま落成した。
- ^ 車内の相違としては、共用便所の隣がリネン室となっているものと男子小用便所となっているものとがある。
- ^ 502は種車が日本国有鉄道清算事業団所有で車籍が抹消されていたため、本車は履歴簿上新製扱いである。
- ^ 『鉄道ファン』2008年9月号p.48。
- ^ 『鉄道ファン』1988年8月号p.32。
- ^ 荷物室ではない。本形式が「オハネニフ25形」とならなかった理由でもある。
- ^ EF66 40 - 55の16両。
- ^ EF65 1098 - 1116と1118の20両。
- ^ 『鉄道ファン』1990年2月号p.60 - 62。
- ^ JR電車編成表2011冬 ISBN 9784330184104
- ^ 銀河に使われていた宮原総合運転所のオハネフ25 47
- ^ マレーシア鉄道公社への客車の譲渡について - 西日本旅客鉄道プレスリリース 2010年11月5日
- ^ 標準車とシュプール号、リゾート白樺、ムーンライト九州に使われた200番台。
- ^ 下関総合車両所から下関地平コンテナ基地までDE10 1514が牽引。
- ^ 14系と24系が陸送される - 『鉄道ファン』交友社 railf.jp鉄道ニュース 2010年11月17日
[編集] 関連項目
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