国鉄EF65形電気機関車

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国鉄EF65形電気機関車
0番台100号機(2008年3月15日、竜野 - 相生間)
0番台100号機(2008年3月15日、竜野 - 相生間)
設計最高速度 115 km/h
最高速度 110 km/h
最大寸法
(長・幅・高)
16,500 × 2,800 × 3,819 (mm)
車両質量 96.0t
軸配置 Bo - Bo - Bo
軌間 1,067 mm
電気方式 直流1,500V
架空電車線方式
総出力 2,550kW
主電動機 MT52形直流直巻電動機×6基
定格速度 45.0 km/h(全界磁)
72.0 km/h(弱界磁)
定格引張力 20,350kgf(約199.43kN)
歯車比 18:69 (3.83)
駆動装置 1段歯車減速吊り掛け式
制御装置 抵抗制御・3段組合せ・弱め界磁
(自動進段電動カム軸制御・バーニア制御付)
台車 DT115B形(両端) DT116C形(中間)
制動方式 EL14AS形自動空気ブレーキ
保安装置 ATS-S(新製時)
備考 基本番台のデータ
EF65 1118 「スーパーエクスプレスレインボー」塗装車運転席(2007年8月28日)

EF65形は、日本国有鉄道(国鉄)が1965年に開発した、平坦路線向け直流電気機関車である。

概要[編集]

EF60形に続く平坦線区向け国鉄直流電気機関車の標準形式として、1979年までに国鉄電気機関車史上最多となる308両が川崎車輛→川崎重工業兵庫工場[* 1]川崎電機製造[* 2]東京芝浦電気府中工場[* 3]汽車製造会社大阪製作所[* 4]東洋電機製造[* 5]日本車輌製造本店(名古屋製作所)[* 6]、それに富士電機[* 7]の各社によって製造された[* 8]

高速道路ネットワークが構成されていなかった開発当時、日本の著しい経済成長の中、国鉄に求められる輸送力の増強はかなり逼迫していた。これを補うため、電化工事の促進・主要区間の複線化・列車運転速度の向上・1列車当たりの輸送量の増強・物流システムの効率化を早急に進める必要があった。

電化工事が山陽本線まで及び、コンテナによる輸送方法が確立されると、重い列車を安定した高い運転速度で長距離運転できる機関車が必要となった。当時の主要幹線用最新型電気機関車であったEF60形(2次車以降)は、牽引力はあったが、定格速度は旧型機関車と大差のない 39.0 km/h と比較的低い設定であり、旅客列車貨物列車の高速化に応じるには難があった。

このような経緯から、EF60形3次車[* 9]を基本として、その歯数比を16:71 (1:4.44) から18:69 (1:3.83) へ変更、さらに新設計のバーニア付き電動カム軸式制御器[* 10]を搭載することで、高速走行性能と牽引力の両立を図ったのが本形式である。

通常、新型電気機関車の開発・導入時は試作車を作り各種性能試験を長期間にわたって実施し、そこで得られたデータを基に不具合点を解消した上で量産車を改めて設計するか、あるいは1・2号機を先行落成させ試作車と同様に長期テストを行って新規設計部分の信頼性を確認するのが一般的であるが、本形式については制御器以外の主要部分の設計がEF60形3次車とほぼ共通であったこともあり、1号機からそのまま量産が開始された[* 11]

このEF65形については、基本的に貨物列車用として計画されたが、その高速走行性能から一般形の他、定格速度の低さが問題となっていたEF60形500番台を置き換えるべく20系客車を牽引するために必要な装置・機器を搭載してブルートレイン牽引用とした500番台(P形)、P形を基本に重量貨物列車を高速で牽引するための重連総括制御用機器・装置を搭載した500番台(F形)、F形を基本に貫通扉を付け耐雪耐寒装備を強化するなどの改良を加えた1000番台(PF形)と、3つの派生モデルが設計・製作され、寝台列車牽引にも長年に渡り多用された。

2006年3月の「出雲」廃止をもって寝台特急運用は消滅し、さらに2008年3月の急行「銀河」廃止で定期旅客列車を牽引する運用はすべて終了した。2011年時点では主に貨物列車の牽引に充当されているが、老朽化の進行で後継のEF210形への置き換えによる淘汰が進んでいる。

構造[編集]

車体[編集]

車体概観

普通鋼による箱型車体を採用し、運転整備重量は96tであるが、車体の中梁内に5t、車体内に3.4tの調整荷重を搭載する[1]。EF60形の設計を踏襲し、軸配置Bo - Bo - Boで従輪のない2軸ボギー台車3台にそれぞれ主電動機を2台ずつ装架する、抵抗制御方式の直流電気機関車である。

走行機器[編集]

本形式はEF52形以降の国鉄制式の直流電気機関車で長らく使用されてきた、単位スイッチによる手動進段式抵抗制御器に代え、自動進段式のCS25抵抗バーニア制御器(電動カム軸式超多段制御器)[* 12]を導入し操作性の向上を図るとともに歯車比を変更して高速仕様にシフトし、CS26界磁制御器を併用して従来よりも広い範囲で弱め界磁制御を行うことで運転速度の引き上げを図った[* 13]。なお、制御器については当初採用されたCS25の自動進段機構において、主回路切り替えに用いるカムスイッチのカム軸を駆動するパイロットモーターを、コストダウンのために主回路とバーニアで共用したことが原因でトラブルが多発した[* 14]

そこで量産中に基本構成を変えずに逐次改良が重ねられ、CS25Aとなったがそれでも問題は解決しなかった[* 15]。そのため昭和40年度予算での発注の途中[* 16]でこれらCS25系制御器の継続採用が断念され、主回路とバーニアのカム軸駆動系を分離した新設計のCS29[* 17]に変更された。また、故障が頻発し続けていたCS25・CS25Aについても、高速貨物列車の重連運用等で特に深刻な不具合が多発した500番台(F形)[* 18]から優先的に主制御器の大改造を実施し、パイロットモーターを追加してバーニア用カム軸の駆動系を独立させたCS25B・CS25Cとする、つまり実質的にCS29相当へ改造する工事が順次施工された。

この自動進段機構の採用により、本形式の運転台に搭載された主幹制御器は簡素化され、その刻みノッチはEF60形の28ノッチから15ノッチ(捨てノッチ4、Sノッチ[* 19]、SPノッチ[* 20]、SP弱界磁段4ノッチ、Pノッチ、P弱界磁段4ノッチ)と大幅に減少した。これに伴い、運転席の主幹制御器を従来タイプから電車類似のものへ変更することも検討されたが、従来の機関車との共通運用や取り扱いの互換性も考慮して従来タイプの主幹制御器が踏襲された[* 21]

主電動機は設計当時の国鉄電気機関車で標準的に採用されていた直流直巻整流子電動機のMT52(端子電圧750V時1時間定格定格出力425kW)を6基吊り掛け式で搭載する。総定格出力は2,550kWである。

DT115B(両端台車)
DT116C(中間台車)

台車形式は両端台車がDT115B、中間台車がDT116Cで、歯数比変更に伴うサフィックス変更はあったものの基本的にはEF60形2次車以降と共通設計である。これらの台車は揺れ枕の心皿を低い位置とし、牽引力の作用点を低く抑えることで列車牽き出し時の軸重移動と、それに伴う空転の発生を最小限に抑止する構造である。軸箱支持は側枠から垂直に下ろされたピンと軸箱の円筒ゴムが摺動することで前後左右方向を弾性支持し、上下荷重は軸受直上に位置する2組のコイルばねが負担する。

空転時の対策としては、各車軸に取り付けられた車軸発電機の発生電圧により回転数を随時計測、回転異常時(空転時)には進段を中止し自動ノッチ戻しを行う機構[* 22]が採用されている。電機子電流の釣り合いを監視する空転検知方式は、検知装置を搭載するスペースが機械室にないため、本形式には搭載されていない。

制御器および補機の動作用電源として、MH81B-DM44B二相交流式電動発電機を搭載する。交流60Hz、5kVAの容量を備え、交流24V、交流50V、交流100Vのほか、整流器を介して直流100Vを供給する[2]

空気ブレーキなどで使用される圧縮空気を供給する電動空気圧縮機は、MH92B-C3000形を1基搭載する。

電動機などの冷却に使用する電動送風機はMH91A-FK34Aを2基搭載する。内訳は、第1 - 第4電動機用が1基、第5・第6電動機、ブレーキ抵抗器用が1基である。

これらにより運転操作、高速運転時の安定性能は飛躍的に向上し、現場でも優秀な機関車として受け入れられたが、試作による性能評価を行っていないため、前述のとおり主制御器のCS29への切り替えまでは当時最新技術であった自動進段機構にトラブルが相次いだといわれている。

本形式は用途により多数の仕様区分があり、個別の仕様については次節に記述する。

形態区分[編集]

0番台(一般型)[編集]

EF65 100(2010年4月17日)

貨物列車牽引用として、1965年(昭和40年) - 1970年(昭和45年)に135両 (1 - 135) が製造された。

非貫通式の運転台にシールドビーム2灯を備える。国鉄時代の塗色は、車体が青15号(濃青色)前面下部がクリーム1号の国鉄形直流電気機関車の標準塗色である。

1次車[編集]

EF65 11(1983年)

昭和39年度第1次債務で1 - 47号機が製造された[3]中央線電化・増発、山陽本線貨物列車電化・増発、東海道本線などの増発用である[3]。そのため、1 - 16号機は吹田第二機関区、17 - 35・46・47号機は稲沢第二機関区、36 - 45号機は新鶴見機関区に配置された[3]

EF60形3次車との外観上の相違点は、屋上モニタ屋根の形状の変更等に留まり、大きく変更されていない。試作機で十分な性能確認を行わないまま量産を開始したため、前述のように新製直後からCS25抵抗バーニア制御器の故障が相次いだ[3]


2次車[編集]

昭和39年度第3次債務で48 - 57号機が製造された[3]。中央線電化・増発用である[3]。48 - 50号機は吹田第二機関区、51・52号機は稲沢第二機関区、53 - 57号機は新鶴見機関区に配置された[3]

加えて、昭和40年度第1次民有で58 - 72号機が製造された[3]。中央線電化および山陽本線貨物列車電化・増発用である[3]。58・59号機は新鶴見機関区、60 - 64号機は東京機関区、65 - 70号機は稲沢第二機関区、71・72号機は吹田第二機関区に配置された[3]

抵抗バーニア制御器をCS25からCS25Aに変更しているほか、スカート上部にあった通風孔が尾灯上部に移動している[3][* 23]

3次車[編集]

昭和40年度第2次債務で73 - 76号機が製造された[4]宇野線完全無煙化用、東北本線等の増強用である[4]。全機が吹田第二機関区に配置された[4]

加えて、昭和41年度第1次債務で77 - 84号機が製造された[4]。信越本線長岡地区無煙化および長野原線電化開業用である[4]。全機が稲沢第二機関区に配置された[4]

尾灯まわりの形状が見直され、抵抗バーニア制御器をCS29に変更している[5]。また、入換時に背の高い誘導係に対応するため、手掛けが上方に20cmほど延長され、機関士側のスカート部分に足掛け用の切り欠きが設けられた[5]

4次車[編集]

EF65 87(2009年5月23日)

昭和43年度第4次債務で85 - 104号機が製造された[6]信越本線直江津 - 宮内間電化開業用(18両)、赤穂線電化開業用である[6]。85 - 102号機は岡山機関区に、103・104号機は稲沢第二機関区に配置された[6]

3次車以前と比べて、以下の大きな変化が見られる[6][7]

  • 主電動機を電機子絶縁の強化を図ったMT52Aに変更
  • 界磁制御器をCS26からCS26Bに変更
  • 抵抗バーニア制御器をCS29からCS29Aに変更
  • 避雷器をLA15AからLA15Bに変更
  • 貨物列車の高速化に伴い、非常ブレーキを使用した際に作動する単機増圧ブレーキの追加
  • ATS電源未投入防止、警報継続装置の新設
  • 主電動機風道のスライド式化
  • 車体前面の補強
    • 1967年9月30日に発生した、踏切で立ち往生した8tトラックと寝台特急「あさかぜ」(EF65 502牽引)の衝突事故により運転士が死亡した事故を受けて施工[8]。既存車両にも同様の改造がなされた
  • 乗務員室内の整備

5次車[編集]

EF65 116(2009年9月21日)

昭和43年度第5次債務で105 - 120号機が製造された[6]。東海道・山陽本線貨物・荷物列車増発用、山陽本線瀬野 - 八本松間補機増強や東北・信越方面の貨物列車増発用である[6]。全車が稲沢第二機関区に配置された。

4次車との大きな違いは見られない。

6次車[編集]

昭和44年度第3次債務で121 - 132号機が、同年第5次債務で133 - 135号機が製造された[6]。121 - 130号機は広島機関区に、131 - 135号機は岡山機関区に配置された[9]

運転台前面ガラスに熱線入りガラスを採用し、全面デフロスタに変更され、ワイパーも強力形のWP50とされた[10]。また、一人乗務に備えてEB装置TE装置の設置がなされた[10]

500番台(P形)[編集]

高速旅客列車牽引用として、1965年 - 1966年に17両 (501 - 512・527 - 531) が製造され、1968年に基本番台(77 - 84) から (535 - 542) が改造竣工された。「P形」は、「旅客」を表す "passenger" の頭文字に由来する。

従来は20系寝台特急列車牽引用としてEF60形500番台を使用していたが、同形式は定格速度が低く高速運転主体の寝台特急運用に不適当であるため、定格速度の高い本形式基本番台の設計を基にEF60形500番台と同様の20系客車牽引用装備[* 24]を搭載した[* 25]本番台が設計された。

塗色は直流機標準の青15号とクリーム1号ながら、EF60形500番台と同様に特急色と呼ばれる20系客車と意匠を合わせた塗り分けを採用した。両端面の窓周りを含んだ上部とそれを結ぶように上下にクリーム色の細帯を配する。

1次車[編集]

EF65 501(2008年8月23日)

昭和39年度第3次債務で501・502号機が製造された[3]。中央線電化・増発用を名目としている[3]。なお、501号機は500番台では唯一、1966年から1967年にかけて0番台と同じ一般塗装だった時期があり、その塗装で寝台特急を牽引している[11][12]

加えて、昭和39年度第5次債務で503 - 512号機が製造された。東海道本線増発用を名目としている[3]

ただし、実際には寝台特急牽引用として投入されたため、全機が東京機関区に配置された[3]

同時期製造の0番台2次車と同様、抵抗バーニア制御器はCS25Aである。

2次車[編集]

昭和40年度第2次民有で527 - 531号機が製造された[4]。山陽本線広島 - 幡生間貨物列車完全無煙化用を名目としているが、1次車と同じく全機が東京機関区に配置された[4]

抵抗バーニア制御器がCS25AからCS29に変更されている[4]

改造編入車両[編集]

EF65 535(2008年5月24日)

1968年に寝台特急増発に伴う不足分を補うため、当時竣工したばかりの0番台3次車のうち、昭和41年度第1次債務で製造された77 - 84号機が改造され、535 - 542号機として500番台P形に編入された。

稲沢第二機関区に所属する8両が浜松工場で1968年6月から9月にかけて改造され、改番後に東京機関区に配置された[13]

主な改造項目を以下に示す。いずれも改造時点での500番台P形車の標準装備である。

  • カニ22形電源車に搭載されているパンタグラフの昇降スイッチの取り付け
  • 20系客車との通話用としてKE59ジャンパ連結器の取り付け
  • 電磁ブレーキ指令用としてKE72ジャンパ連結器の取り付け
  • ブレーキ増圧装置の取り付け


500番台(F形)[編集]

空気管付き密着自動連結器(EF65 520、2011年)

高速貨物列車牽引用として、1965年 - 1966年に17両 (513 - 526・532 - 534) が製造された。

牽引定数1,000tの貨物列車を100km/hで牽引する必要から、P形を基本に、重連総括制御機能[* 26]・空気管付き密着自動連結器[* 27]・連結器の自動復心装置[* 28]・編成増圧装置[* 29]電磁自動空気ブレーキへの指令機能[* 30]などを追加した区分である。「F形」の呼称は、「貨物列車」を表す "freight" の頭文字に由来する。

外観上、3本の空気管コックと3種の電気連結器が前面下部に設けられてホースやジャンパケーブルが装着され、さらに連結器も上部に自動復心装置を付加した空気管付き密着自動連結器であるため、スマートなP形とは一変して複雑かつ物々しい印象となった。

この様に任務も装備もP形とは大きく異なるF形だが、製造に当たっては特に車番を分ける措置はとられず、P形と同じ「500番台」のくくりで連続して車番が振られた。このためP形、F形とも車番が連続しておらず、「飛び番」が存在している。

1次車[編集]

EF65 514(新町、1989年頃)

昭和39年度第5次債務で513 - 517号機が製造された[3]。東海道本線などの貨物列車増発用を名目としている[3]。全車が東京機関区に配置され、P形1次車とともに寝台特急牽引に当たった[4]

0番台2次車と共通のCS25A抵抗バーニア制御器を搭載するが、界磁制御器はCS26Aに改良されている[7]

2次車[編集]

昭和40年度第2次民有で518 - 526号機が製造された[4]。山陽本線広島 - 幡生間貨物列車完全無煙化用を名目とし、吹田第二機関区に配置された[4]

加えて昭和40年度第2次債務で532 - 534号機が製造された[4]。同じく山陽本線広島 - 幡生間貨物列車完全無煙化用を名目としているが、東京機関区に配置された[4]

518号機以降、抵抗バーニア制御器がCS25AからCS29に、532号機以降はブレーキ増圧回路が編成増圧仕様から単機増圧仕様に変更されている[4]


1000番台(PF形)[編集]

1次車EF65 1001(大宮車両所、2008年5月24日)

旅客列車・貨物列車に広汎に使用可能な汎用機として、1969年(昭和44年)から1979年(昭和54年)にかけて8回に分け、合計139両 (1001 - 1139) が製造された。

標準で重連総括制御機能を備える。基本設計は重連機能を備えていた500番台(F形)に準じ、同番台の東北・上越線運用で問題となった点を改良したモデルである。このため、寒冷地での重連運用を考慮して前面にはEF64形と同様に貫通扉を設置し、運用上運転台の向きの転向が発生しても重連運転に支障がないようにKE70HDジャンパ連結器(凍結防止用ヒーターを付加)を左右に備える両渡り構造としたことなどの点で他区分と異なる。ただし、重連総括制御機能は備えるものの、F形に装備されていた10000系高速貨車対応の空気管付き密着自動連結器ではなく通常の並形自動連結器が装備され、自動復心装置も省略されている。1エンド側ステップ付近にKE70HDジャンパ連結器納めを備えていることも特徴である。

P形・F形の機能を併設するとされ、PF形と呼ばれる[* 31]。塗色は500番台と同様の「特急色」であるが前面のステンレス製飾り帯は取り付けられていない。制御器は全車CS29であるが、改良によってサフィックスが異なる。

製造期間が足かけ10年にわたり、また途中で増備が途絶えた期間があったことなどから、1972年までに製造された前期形 (1001 - 1055) と1976年以降に製造された後期形 (1056 - 1139) で外観上大きな差異がある。

1次車[編集]

昭和43年度第5次債務で1001 - 1017号機が製造された[14]。東海道・山陽本線の貨物増発を名目としているが、実際にはF形の代替として東北本線上越線に投入された[6]。そのため、全機が新鶴見機関区に配置された[6]

0番台5次車に合わせ、抵抗バーニア制御器はCS29Aであるが、界磁制御器はCS26Cに改良されている[15]

PF形初期車は東北・上越線運用で問題となったF形の代替用として製造されたため、両線での運用を考慮した本格的な耐寒耐雪装備と両渡り配置の空気管・電気連結器を搭載する。1次車に関しては、F形での運用不具合が多かった東北本線での重連高速貨物列車の代替用として投入されたため、上越線運用では事実上必須の「つらら切り」を未装着で竣工している[* 32]

2次車[編集]

寝台特急「あけぼの」を牽引するEF65 1018(川口駅、1991年8月16日)

昭和44年度民有車両として1018号機が、昭和44年度第2次債務で1019 - 1022号機が製造された[14]。1018号機は新空港建設資材輸送用、1019 - 1022号機は万博輸送用・呉線電化用である[6]。1018号機は新鶴見機関区に、1019 - 1022号機は広島機関区に配置され、万博輸送後は貨物列車用として使用された[6]

カニ22形のパンタグラフスイッチが撤去され[* 33]、一人乗務に備えてEB装置・TE装置の設置、記録式速度計 (SRD40) の追加がなされた[6]。また、製造時から運転台前面窓と前照灯のつらら切りを備えている[14]

3次車[編集]

ORIENT EXPRESS'88」を牽引するEF65 1029(新町駅、1988年9月)

昭和44年度第3次債務で1023 - 1031号機が、昭和44年度第4次債務で1032 - 1039号機が製造された。呉線電化・高島線電化・特急客車列車増発・東北本線・高崎線貨物列車増発・身延線機関車形式改善用である[6]。1023 - 1025号機が下関運転所、1026 - 1028号機が新鶴見機関区、1029 - 1031号機が宇都宮運転所に配置された[6]

貫通扉下側のステップの長さが手すりの内側まで短縮された以外に2次車との大きな違いは見られない[16]

4次車[編集]

EF65 1041(八王子駅、2006年6月18日)

昭和46年度本予算で1040 - 1049号機が製造された[16]飯田線の形式改善と東北本線の増発を名目としているが、実際には東北本線の貨物列車増発が狙いであり、1040 - 1048号機が宇都宮運転所に、1049号機が下関運転所に配置された[17]。なお、1049号機の下関運転所所属は寝台列車増発による暫定処置であり、1972年10月には1049号機も宇都宮運転所に移籍している[17]

3次車以前と比べて、以下の大きな変化が見られる[17]

  • 運転室内へ扇風機が設置され、尾灯直上の通風孔を廃止
  • テールライトカバーが内はめ式から外はめ式に
  • 抵抗バーニア制御器をCS29AからCS29Bに変更
  • 界磁制御器をCS26CからCS26Dに変更
    • 以上2点の変更はメンテナンスフリー化に伴うものである
  • KE59ジャンパ連結器の廃止
    • ただし、スカートには変更が施されなかったため、ジャンパ連結器があった箇所には穴が開いたままであった


5次車[編集]

EF65 1054(蘇我駅、2009年12月5日)

昭和46年度第3次債務で1050 - 1055号機が製造された[16]。山陽本線における波動輸送用を目的とし、全機が下関機関区に配置された[17]

継電器の変更に伴い、抵抗バーニア制御器がCS29BからCS29Cに変更された[17]。また、スカートの変更によってKE59ジャンパ栓跡の穴がふさがれている[6]

6次車[編集]

EF65 1072(蘇我駅、2009年7月16日)
後年に常用減圧促進改造が施されたため、ナンバープレートの地色が赤色に変更されている。

約4年ぶりにEF65の増備が再開された。

昭和50年度第3次債務で1056 - 1068号機が、昭和51年度第1次債務で1069 - 1091号機が製造された[18]。首都圏の旧形電気機関車置き換えを目的とし、全機が新鶴見機関区に配置された[17]

5次車製造から時間が空いたことから、多くの変更点がある[18][19]

  • 各機器・配線に対して難燃化・不燃化対策の実施
  • 避雷器をLA15BからLA15Dに変更
  • 集電装置をPS17(菱形)からPS22B(下枠交差式)に変更
  • ナンバープレートをステンレスエッチング加工を施したブロック式のものを採用
  • 電動送風機をターボファン式のMH91I-FK102に変更(1069号機以降)


7次車[編集]

寝台特急「出雲2号」を牽引するEF65 1116(東京駅、1997年12月14日)

昭和52年度第1次債務で1092 - 1118号機が製造された[18]紀勢本線電化開業および旧形電気機関車置き換えを名目としているが、実際は500番台(P形)置き換えのためである[19]。1092 - 1095号機の4両が下関運転所、1096 - 1116号機の21両が寝台特急牽引用として東京機関区に、1117・1118号機の2両が新鶴見機関区に配置された[19]

重連や寒冷地での運用がないため、東京区配置車は配置直後に保守合理化のためスノープラウや汽笛カバーやホース類が外された。砂撒き管のヒーターの配線カットを行っているが、砂撒き管ヒーターの本体とつらら切りは引き続き装着されている。一方新鶴見区配置車はそれらの装備が存置されていた。

8次車[編集]

貨物を牽引するEF65 1129(備中箕島 - 早島、2009年9月5日) 「ユウユウサロン岡山」を牽引するEF65 1133(東岡山 - 高島、2009年6月23日)
貨物を牽引するEF65 1129(備中箕島 - 早島、2009年9月5日)
「ユウユウサロン岡山」を牽引するEF65 1133(東岡山 - 高島、2009年6月23日)

昭和53年度第1次債務で1119 -1139号機が製造された。関西圏で寝台列車を牽引していたEF58形の老朽取替え用である[19]。1119 - 1128号機が下関運転所に、1129 - 1139号機が宮原機関区に配置された[19]

関西 - 九州間の寝台列車牽引を目的としていたため、スノープラウやジャンパ線・エアホース類、それに汽笛カバーを省略して落成[* 34]し、さらにこれまでの使用実績から主電動機がMT52B[* 35]に変更されている。また、台車にとりつけられたオイルダンパーが折損した際に車両外側に飛び出すのをふせぐため、取り付け方向が90度変更された。

JR貨物所有機のナンバープレートの色について[編集]

青プレート車である1061号機(2008年2月1日) 赤プレート車である1091号機(向日町駅、2005年9月14日)
青プレート車である1061号機(2008年2月1日)
赤プレート車である1091号機(向日町駅、2005年9月14日)

車体前面の機関士側と車体側面の中央には車体ナンバーが記されており、1056号機以降はエッチングプレート式となっている。プレートの色は車体塗装に合わせて前面がクリーム色、側面が紺色であったが、後天的な改造により、変更が発生した。

国鉄分割民営後、常用減圧促進改造を施工した車両のプレートが、非施行車と区別するために赤色に塗装された。

常用減圧促進改造施行と前後して、新鶴見機関区所属車を中心にプレートが青色に変更された[* 36]。また、2000年以降、JR西日本からJR貨物に移籍した車両の一部が同様に変更された例がある。

  • 1056号機:1990年ごろ、前面プレートが青色に変更された。
  • 1061号機:1990年ごろ、前面プレートが青色に変更された。2005年5月に更新工事が施工され、車体塗装に合わせて前面プレートがライトパープル、側面プレートがディープブルーとなったが、大宮車両所から新鶴見機関区に戻された直後に前面プレートがディープブルー、側面プレートがライトパープルに変更された。
  • 1062号機:1990年ごろ、前面プレートが青色に、側面プレートがクリーム色に変更された。
  • 1121・1137号機:2005年11月にJR西日本からJR貨物に売却されて新鶴見機関区に配置された際、前面プレートが青色に、側面プレートがクリーム色に変更された[* 37]
  • 1122号機:2000年11月にJR西日本からJR貨物に売却されて高崎機関区に配置された際、前面プレートが青色に変更された。

さらに、2012年6月以降、保安装置の関係から車体番号の変更が行われたが、この際に常用減圧促進改造非施行車のナンバープレートが青色に統一された。

所有状況[編集]

旅客会社では寝台列車の廃止で運用範囲が縮小し、余剰による淘汰が進行している。JR貨物では継続使用のため更新工事を施工しつつも、EF210形の投入により更新工事未施工の車両から淘汰を進めている。

現状[編集]

2012年4月1日現在[20](JR貨物のみ2014年2月15日現在[21]

  • JR貨物
    • 新鶴見機関区
      • 1001・1072・1078・1079・1082・1122・2036・2037・2040・2050・2057・2058・2060・2061・2063・2065 - 2070・2074 - 2077・2080・2081・2083 - 2097・2101・2117・2119・2121・2127・2138・2139号機
  • JR東日本
  • JR西日本
    • 下関総合車両所
      • 1120・1124・1126・1128・1130 - 1135号機
        • 1120・1124・1126号機は下関運転所に新製配置された車両で転属歴がない。

運用推移[編集]

国鉄時代[編集]

1965年昭和40年)には、貨物列車増発用として0番台が運用を開始した。また、同年10月1日からEF60形500番台と交代する形で、500番台P形(東京機関区所属)が東海道山陽本線における寝台特急列車九州ブルトレ5往復(東京下関間)と寝台特急「あかつき」(新大阪 – 下関間)の牽引機として運用を開始した[22]。運用入りに際して、同年8月25・26日には営業列車(寝台特急富士)を用いた試運転が行われた[22]

EF66形量産車が落成する直前である1968年4月時点での配置表[23]
配置区所 種別 車両番号 両数 総数
東京機関区 一般型 60 - 64 5両 22両
P形 501 - 512・527 - 531 17両
新鶴見機関区 一般型 36 - 45・53 - 59 17両
稲沢第二機関区 一般型 17 - 35・46・47・51・52・65 - 70・77 - 84 37両
吹田第二機関区 一般型 1 - 16・48 - 50・71 - 76 25両 42両
F形 513 - 526・532 - 534 17両

1965年10月の牽引開始時点ではP形が12両落成していたが、所要機も12両であったために予備車が1両も無い状態であった[22]。そこで、同時期に製造されていたF形(513 - 517号機)を東京機関区に配置させてP形と共通運用させたほか、0番台(60 - 64号機)も予備として東京機関区に配置した[24]。それを解消するため、1966年3月25日ダイヤ改正に合わせて527 - 531号機が落成し、F形を吹田第二機関区に転出させた[25]。さらに、1968年10月ダイヤ改正での寝台特急増発による所要機増加に対応するため、535 - 542号機が改造編入された[25]

1966年(昭和41年)10月からは、レサ10000系の特急貨物列車「とびうお」「ぎんりん」の牽引にF形(吹田第二機関区所属)が充当された。600 t 以下の牽引定数の列車は単機で、600t以上1000tまでの牽引定数の列車は当時の大型電気機関車には珍しい重連運転で、それぞれ運用された。ただし、これはあくまでもEF66形が落成するまでのつなぎ的な役割であった。1968年(昭和43年)10月にEF66形量産車が登場・東海道-東北-北海道ルートの特急貨物列車に充当された後は新鶴見機関区に配置され、東北-北海道間を結ぶ特急貨物列車の運用に充てられた。またEF15形が牽引する急行貨物列車の運用にも充当され上越方面でも運用された。積雪地区での使用に際し、一部の車両につらら切り[* 38]・ホイッスルカバー・スノープラウ[* 39]といった簡単な耐雪耐寒装備が施され、顔つきが一段と厳めしく変貌した。ただし、寒冷地運用では貫通扉が設けられていないため、冬季の多雪地域での重連運用の折り返し時に一旦車外に出なくてはならないこと[* 40]や、凍結防止用ヒーターなどの耐寒耐雪装備が不十分でトラブルが多発したこと[* 41]、ジャンパ栓受がスカートに左右非対称の配置で搭載されているため、デルタ線の通過などで車両の向きが変わる運用に充当しづらい[* 42]などといった難点が存在した。

東海道・山陽線寝台特急の牽引機がPF形に刷新された1年後、1979年時点での配置表[26]
配置区所 種別 車両番号 両数 総数
宇都宮運転所 PF形 1001 - 1051 51両
東京機関区 F形 527 - 531 5両 26両
PF形 1096 - 1116 21両
新鶴見機関区 P形 505 - 512 8両 52両
F形 535 - 542 8両
PF形 1056 - 1091 36両
沼津機関区 P形 501 - 504 4両
米原機関区 一般形 4 1両 13両
F形 518 - 526・532-534 12両
稲沢第二機関区 一般型 17 - 37・46・47・51・52・
65 - 70・103 - 120・129・130
51両
吹田第二機関区 一般型 1 - 3・5・6・8 - 16・38 - 45・48 - 50・
53 - 64・71 - 76・85 - 86・128
46両 51両
F形 513 - 517 5両
岡山機関区 一般型 87 - 102・121 - 127・131 - 135 28両
広島機関区 PF型 1052 - 1055 4両
下関運転所 PF型 1092 - 1095 4両

1969年昭和44年)には東北本線の東北・北海道輸送を担う旅客・貨物列車の上野方 - 黒磯間の短い直流区間を牽引する客貨両用で汎用性の高い機関車として、1000番台PF形が落成し新鶴見機関区に新製配置、その後宇都宮運転所に集中配置され東北本線・上越線での500番台F形運用(貨物列車)を置き換えた[6]。次いで旅客運用にも投入され、1970年(昭和45年)7月1日より運転開始した寝台特急「あけぼの」(7月1日から9月30日までは臨時列車としてプレ運転)の上野 - 黒磯間を1000番台PF形(宇都宮運転所)が牽引することとなった。これが本番台初の寝台特急牽引となった。また、P形だけではすべて寝台列車牽引を賄えきれないことから、同時期から「彗星」の牽引に下関運転所に配置されていたPF形が使用された。東京機関区へのP形増備による0番台予備機の転出やF形が新鶴見機関区に転入した影響により、0番台は1970年までに東京機関区と新鶴見機関区の配置がなくなり、東海道・山陽本線を中心に山手貨物線、宇野線、赤穂線、岡多線などで特急貨物列車B以下の貨物列車に使用されるようになった。

1972年(昭和47年)3月15日ダイヤ改正では、貨物列車が多い山陽区間の深夜時間帯に規格ダイヤ(最高速度を95km/hとする)が採用された[27]。その影響で「あかつき」「彗星」「日本海」でスピードダウンが行われ、EF58形で牽引可能となった[27]。ただし、EF58形に対して20系客車に関して必須であるMRP追加工事を行う関係から、当初はP形、PF形に加えて下関運転所配置の500番台F形も運用された。1972年10月2日以降、寝台特急牽引はEF58形(「あかつき」が下関運転所所属、「彗星」と「日本海」が米原機関区所属)に置き換えられた[27][28]。EF58形を使用することによって東京機関区のP形は仕業数に余裕ができ、加えて下関運転所で集中台車検査を行う間の代替機が必要であることから、501 - 504号機が同年9月から10月にかけて下関運転所に転属した。また、東北本線で1往復だけ存在していたPF形による重連統括運用は、牽引係数の見直しにより単機牽引とされた[29]

1978年(昭和53年)6月30日付で7号機が事故廃車となったが、本形式初の廃車となった。

1978年(昭和53年)7月28日からは、東京機関区に配置されたPF形後期型(7次車)による500番台P形の置き換えが行われ、同年10月のダイヤ改正までに東京発着の寝台特急7列車16本の牽引を開始した[30]。次いで宮原機関区に配置された8次車では、関西圏で活躍していたEF58形に代表される旧型機関車の大多数を置き換えることとなった[29]

寝台特急「さくら」を牽引するEF65 1096(広島 、1984年)

1984年(昭和59年)2月1日ダイヤ改正では旅客・貨物運用双方で大きな変化が発生した。旅客運用に関しては夜行列車の再編が行われ、東北方面への旅客運用は宇都宮運転所から田端運転所への移管が行われた。以下に牽引列車を示す。

東京機関区
  • 寝台特急「さくら」1往復(東京 – 下関)
  • 寝台特急「はやぶさ」1往復(東京 – 下関)
  • 寝台特急「みずほ」1往復(東京 – 下関)
  • 寝台特急「富士」1往復(東京 – 下関)
  • 寝台特急「あさかぜ」2往復(東京 – 下関)
  • 寝台特急「瀬戸」1往復(東京 – 宇野)
  • 寝台特急「出雲」1往復(東京 – 京都)
宮原機関区
  • 寝台特急「なは」0.5往復(新大阪 → 下関)
  • 寝台特急「あかつき」0.5往復(下関 → 新大阪)
  • 寝台特急「出雲」1往復(東京 – 京都)
  • 寝台急行「ちくま」1往復(大阪 – 名古屋)
  • 寝台急行「銀河」1往復(東京 – 大阪)
  • 寝台急行「きたぐに」1往復(大阪 – 米原
下関運転所
  • 寝台特急「なは」0.5往復(下関 → 新大阪)
  • 寝台特急「あかつき[31]」1.5往復(新大阪 – 下関)
  • 寝台特急「彗星」1往復(新大阪 – 下関)
田端機関区
  • 寝台特急「あけぼの」3往復(上野 – 黒磯)


PF形の投入によって運用を置き換えられたP形・F形は貨物列車牽引運用に転用され、再び東海道・山陽本線に復帰し、一般貨物列車の牽引に充当された[* 43]

本形式による寝台特急牽引黄金期を迎えた1984年4月時点での配置表[32]
配置区所 種別 車両番号 両数 総数
東京機関区 一般型 17 1両 28両
P形 501・502 2両
PF形 1089 - 1091・1096 - 1116・1118 25両
田端運転所 PF形 1003・1006 - 1051 47両
新鶴見機関区 P形 505 - 512・539 - 542 12両 57両
F形 527・528・536 - 538 5両
PF形 1004・1005・1052 - 1088・1117 40両
沼津機関区 一般型 2 - 4・6・85 - 87・128 8両 17両
P形 503・504 2両
F形 513 - 519 7両
稲沢第二機関区 一般型 5・18 - 37・46・47・51・52・
65 - 70・103 - 120・129・130
55両 65両
F形 520 - 526・532 - 534 10両
吹田第二機関区 一般型 1・8 - 16・38 - 45・48 - 50・
53 - 64・71 - 76
37両
宮原機関区 PF形 1001・1128 - 1139 13両
岡山機関区 一般型 88 - 102・121 - 127・131 - 135 27両
下関運転所 PF形 1002・1092 - 1095・1119 - 1127 14両

1985年(昭和60年)3月14日ダイヤ改正の際、「さくら」「はやぶさ」「みずほ」「富士」「あさかぜ」の東京 - 下関間での牽引がEF66形に置き換えられた[33]。これは、「はやぶさ」の編成中にロビーカーを増結して牽引定数が増加し、従来のEF65形では牽引力が不足するための措置である。同時に、名門機関区として知られていた東京機関区、宮原機関区から車両配置が無くなり、それぞれ新鶴見機関区と吹田機関区に車両は転属となった。東京機関区が担当していた運用はそのまま新鶴見機関区が担当し、宮原機関区の運用は新鶴見機関区と下関運転所に移管された。運用減によって余裕ができたため、一部が貨物列車牽引機に転用された。東海道・山陽本線での旅客運用は5列車10本(寝台特急6本、急行4本)の牽引を担当するまでに縮小されたが[34]、東北方面での運用は急行2列車4本が追加された[35]

1986年11月には、国鉄分割民営化を見越して以下のような車両配置換えが行われた。

  • 東京機関区無配置化によって新鶴見機関区に移籍した機関車のうち、分割後にJR東日本に所属するPF後期形は田端機関区に移籍し、入れ替わる形で田端区に所属していたPF前期形の大半はJR貨物に引き継がれることから新鶴見区に移籍した。
  • 宮原機関区無配置化によって吹田機関区に移籍した機関車のうち、分割後にJR西日本に所属するPF形は下関運転区に移籍した。
  • 沼津機関区、稲沢第二機関区、高崎第二機関区に分散配置されていたF形が高崎第二機関区に集中配備され、同機関区に所属するEF60形が置き換えられた。


JR発足後[編集]

1987年国鉄分割民営化では本形式は269両(0番台88両、500番台P形25両、500番台F形17両、1000番台139両)がJR東日本・JR東海・JR西日本・JR貨物に継承された。

国鉄分割民営化時点での車両継承表[36]
会社 所属 車両番号 総数
JR東日本 高崎運転所 501 1両 42両
田端運転所 1011・1013 - 1030・1052・1053・1098 - 1116・1118 41両
JR東海 名古屋南車両区 105・106・110 - 112 5両 5両
JR西日本 下関運転所 123・1093 - 1095・1119 - 1137 23両 23両
JR貨物 高崎機関区 43・53・502 - 537 38両 199両
新鶴見機関区 538 - 542・1001・1002・1004・1005・1031 - 1051・1054 - 1091・1096・1097・1117 71両
稲沢機関区 19・22・24・25・27 - 32・34 - 37・47・67・68・85 - 87・103・104・107・108・113 - 120・128 - 130・1003・1006 - 1010・1012 42両
吹田機関区 50・54 - 63・71 - 76・1092・1138・1139 20両
岡山機関区 49・64・88 - 102・121・122・124 - 127・131 - 135 28両
国鉄清算事業団 1 - 6・8 - 10・14・17・18・20・21・23・26・33・38・44・46・51・52・66・69・70 25両 (車籍なし)
JR東日本[編集]
寝台特急「瀬戸」を牽引するEF65 1101
有楽町駅、1998年ごろ)
寝台特急「出雲」を牽引するEF65 1109
京都駅、2006年3月5日)
貨物列車を牽引するEF65 1118
西国分寺駅、2008年3月10日)
24系客車を牽引するEF65 1106
栗橋 - 東鷲宮、2011年1月19日)

民営化当時の旅客運用を以下に示す。牽引区間はカッコ内に示す。

  • 寝台特急「出雲」2往復(東京 – 京都)
  • 寝台特急「瀬戸」1往復(東京 – 宇野)
  • 寝台特急「彗星」1往復(新大阪 – 下関)
  • 寝台急行「ちくま」(大阪 – 名古屋)
  • 寝台急行「銀河」(東京 – 大阪)
  • 寝台特急「あけぼの」3往復(上野 – 黒磯)
  • 夜行急行「八甲田」1往復(上野 – 黒磯)
  • 夜行急行「津軽」1往復(上野 – 黒磯)

1988年3月ダイヤ改正で「あけぼの」1往復が廃止、1990年9月には「津軽」が使用車種を583系に変更、「あけぼの」1往復が経路変更により上越・羽越経由の「鳥海」とされた。1993年12月ダイヤ改正では「あけぼの」の牽引機がEF81形に、「八甲田」は廃止(臨時格下げ)となり、このダイヤ改正をもって、上野駅発着列車での本形式の定期運用は見られなくなった。1997年には「ちくま」が383系化、1998年には「出雲」1往復と「瀬戸」が285系化され、四国への乗り入れ運用が消滅した。「彗星」の牽引は「出雲」の牽引機の間合い運用となっていたが、2000年に彗星とあかつきの併結運転開始に伴い下関乗り入れが消滅した。これら運用の減少により、1995年から2001年にかけて初・中期PF形にあたる1011・1013 – 1030・1052・1053・1098・1099号機が廃車となり、1101・1116号機がJR貨物に譲渡された[37][38]

その後しばらくは「出雲」「銀河」の牽引機として活躍するが、「出雲」は2006年3月ダイヤ改正で、「銀河」は2008年3月ダイヤ改正で廃止となった。ほぼ同時期、九州ブルトレの牽引機であった下関所属のEF66形に不具合が生じた際には代走に充てられる場合もあった[39][* 44]。両列車の廃止以降、JR東日本の本形式は定期運用を持たない。

2005年秋ごろから2007年12月まで、JR貨物所有のEF65形にATS-PF保安装置を取り付けるために不足する機関車を補うため、501号機を含む数台がJR貨物に貸し出され、貨物列車の牽引に当たった[40][41]

2006年からは、冷房装置の設置工事が行われている[42]。外見上の特徴として、避雷器後部にグレーの台形をした箱状のものが載っている。設置された車両を以下に示す[42]

  • 1102 – 1107・1113 – 1115・1118号機

運用の減少に伴い、2006年から2008年にかけて1100・1108 - 1114号機が廃車となった[37][38][43]

前述のように、現在は定期運用は持っておらず、工事臨時列車や配給列車の牽引を中心のほか、JR貨物の機関車に不具合が生じた際には貨物列車牽引に充当されることもある[44]。分割民営化時から唯一高崎運転区に籍を置く501号機は、イベント列車の牽引にも頻繁に充当される。


JR東海[編集]
カートレイン名古屋」を牽引するEF65 105
(1988年ごろ、名古屋駅

ジョイフルトレイン「ユーロライナー」の牽引や工臨などに充当された。

民営化時は名古屋南車両所に配置されていたが、後に静岡車両区に転属した。2005年に「ユーロライナー」が消滅してからは、もっぱら工臨に充当されることが多かったが、2007年12月3日付で112号機が廃車となったことでJR東海所有分の本形式は消滅するとともに、旅客会社が所有する0番台が消滅した。

JR西日本[編集]
「なは」を牽引するEF65 1129
(2002年3月31日、岡山駅)
「ムーンライト松山」「ムーンライト高知」を牽引するEF65 1135
(2008年3月25日、京都駅)

全車が 下関運転所(現在の下関総合車両所)に配置されていたが、123号機のみ1988年に岡山運転区に転属した。

民営化当時の旅客運用を以下に示す。牽引区間はカッコ内に示す。

  • 寝台特急「なは」1往復(新大阪 – 下関)
  • 寝台特急「あかつき」1往復(新大阪 – 下関)

このほか、東海道・山陽本線などで臨時列車や工臨の牽引などに充当された。

2000年3月11日のダイヤ改正では、「あかつき」が寝台特急「彗星」と併結するに伴って牽引機をEF66形に変更した。2005年10月1日ダイヤ改正では、「なは」が「あかつき」と併結のうえ、牽引機がEF66形に変更され、定期運用を失った。ただしダイヤ改正後も、EF65形を下関運転所から関西などに送り込む際には「なは」「あかつき」の牽引機として使用されることもあった[45]

その後も「ムーンライト山陽」「ムーンライト九州」「ムーンライト高知」「ムーンライト松山」などの臨時列車の牽引に当たることもあったが、近年運転されていない。

運用の減少に伴い、2000年から2007年にかけて1093 - 1095・1119・1121 - 1123・1127・1129・1136号機がJR貨物に売却された。また、2002年には123号機が、2008年には1125号機が廃車となっている。

下関総合車両所に所属する車両の特徴として、検査入場の際に下回りをグレーに塗装すると同時に、貫通扉上部のわずかな青塗装を省略したものが見られる[* 45]。これは、気密性確保の観点から貫通扉のみをステンレス製のものに交換したためであり[46]、よく見ると青とクリームの境目が一直線になっておらず、下のクリームが少し上に突き出しているのがわかる。

前述のように、現在は定期運用は持っておらず、下関総合車両所に所属する10両のうち1両が岡山電車区に、4両が網干総合車両所宮原支所吹田総合車両所京都支所に貸出の形で常駐しており、網干総合車両所や下関総合車両所などへの入場列車の牽引や、団体列車(大阪 – 下関間で運転される「トワイライトエクスプレス」など)の牽引に当たることが多い。なお、所属する全機関車がATS-P保安装置を搭載しているわけではないので、岡山や京阪神地区に貸し出される機関車はATS-P搭載機体に限られる[47]

JR貨物[編集]
EF210形量産車が落成する直前である1997年4月時点での配置表[36]
配置区所 種別 車両番号 両数 総数
新鶴見機関区 PF形 1001 - 1007・1040・1043 - 1051・1054 - 1092・
1096・1097・1117・1138・1139
61両
高崎機関区 一般型 28・31・38・46・49・50・53・54・56・
58 - 62・86・113・115・117 - 119
20両 62両
P形 502 - 512・528・530・531・535 - 537・539 - 542 21両
F形 513 - 520・523・524・526・532 12両
PF形 1009・1034 - 1039・1041・1042 9両
岡山機関区 一般型 17・19・21・35・36・47・52・55・57・64・
66 - 68・70 - 76・85・87 - 104・107・
108・114・116・120 - 122・124 - 130
53両 59両
PF形 1008・1010・1012・1031 - 1033 6両

分割民営化直後の1988年度には、貨物列車増発に対して機関車が不足することから、国鉄清算事業団から購入した車両16両(2 - 6・8 - 10・14・17・18・20・21・38・46・52・66・69・70号機)が復活した[48]。1988年4月の瀬戸大橋開業により、新鶴見機関区所属機による岡山から瀬戸大橋線を経由して高松までの運用が追加された。

EF66形100番台の吹田機関区新製配置に伴いいったんPF形は新鶴見機関区に、500番台は高崎機関区に集約された[48]。EF66形100番台のさらなる増備により、1990年から1991年にかけて吹田機関区と広島機関区から本形式の配置がなくなった[48]。ほぼ同時期には、延命を図る更新工事の施工が開始される(#更新工事を参照)一方、1992年からはEF200形量産車の投入が行われ、翌1993年には国鉄分割民営化後、初となる廃車(更新工事未施工車)が発生した[49]

1992年には予讃線貨物列車の牽引に本形式を充当するため、新鶴見機関区から岡山機関区にPF形7両(1008 - 1010・1012・1031 - 1033号機)が転属し、岡山機関区に初めてPF形が配置された[49]。1997年には愛知機関区から本形式の配置がなくなり、高崎機関区、新鶴見機関区、岡山機関区の三区所に配置されるようになった。

1998年以降EF210形量産車が落成し、2000年以降にはJR旅客会社で余剰となったPF形の譲渡を受けて0・500番台を置き換える動きが活発化している[50][51]

貨物列車を牽引するEF65 1040(JR貨物更新色)
(2012年3月17日、備中箕島 - 早島

1999年時点の運用範囲は、高崎機関区が東北本線・高崎線、新鶴見機関区が関東圏と東海道・山陽本線を経由して四国まで、岡山機関区が名古屋から下関を中心とした西日本エリアである[52]。2002年12月のダイヤ改正では四国乗り入れ運用が岡山機関区担当に変更され、新鶴見機関区所属機関車による運用は吹田信号所以東となった。

2008年3月のダイヤ改正では、JR東日本管内でのATS-P保安装置使用開始によって高崎機関区に所属する0・500番台が運用を終了した。これによってJR貨物所有の500番台は全車運用を離脱し、保留車となった535号機を除いて廃車となった。0番台のうち数両は岡山機関区に転属し、同機関区は稼働状態の0番台が所属する唯一の機関区になった。2009年3月のダイヤ改正では、EH200形の増備によって余裕が生じたEF64形に置き換えられる形で高崎機関区所属の本形式は運用を失い、同機関区から配置がなくなり、岡山機関区、新鶴見機関区に転属するものもあった。

0番台が唯一所属する岡山機関区においても、新鶴見機関区へのEF210形投入で運用に余裕のできたPF形が転入して置き換えが行われた。2011年3月のダイヤ改正では、岡山機関区から本形式の配置がなくなり、新鶴見機関区に集中配置されることとなった。岡山機関区所属機のうち、ATS-PF保安装置を搭載する車両のみが新鶴見機関区に転属し、搭載しない車両は運用から離脱している[53][* 46]。この改正で0番台は運用から離脱し、1000番台PF形のみが運用されるようになった。運用範囲も変更され、山陽本線岡山以西には入線しなくなる一方、2008年3月以来となる東海道本線吹田信号場 – 米原間での定期運用が復活している[* 47]

2013年3月のダイヤ改正現在、東北本線(黒磯以南)、高崎線、鹿島線に加えて、岡山運用として東海道・山陽本線岡山以東と予讃線において定期運用を有する。

改造・仕様変更[編集]

更新工事[編集]

JR貨物が所有するEF65形に対して、全般検査2回分(≒約10年分)の延命・更新工事が大宮車両所と広島車両所で行われている。

EF65 114 3色更新機(相生 - 有年、2010年5月22日) EF65 118 2色更新機(2008年2月13日)
EF65 114 3色更新機(相生 - 有年、2010年5月22日)
EF65 118 2色更新機(2008年2月13日)
EF65 528 2色更新機(大宮駅、2007年7月7日) EF65 515 2色更新機(大宮駅、2007年)
EF65 528 2色更新機(大宮駅、2007年7月7日)
EF65 515 2色更新機(大宮駅、2007年)
EF65 1063 3色更新機(2007年4月21日) EF65 1042 2色更新機(2006年5月12日)
EF65 1063 3色更新機(2007年4月21日)
EF65 1042 2色更新機(2006年5月12日)

0・500番台に対しては1989年から、1000番台に関しては1993年から施工された。1989年から施工された更新A工事の施工内容は以下のとおりである[54][55]

  • 主要電気配線の交換
  • 主電動機電機子コイル巻き替えおよび絶縁強化
  • 主制御器カム接触器の無給油化
  • アークシュート[* 48]交換
  • 一体圧延車輪の採用と乙28形制輪子の採用[* 49]
  • 車体外板の補修と貫通扉・側扉の交換[* 50]
  • 切り抜きナンバーのブロックプレート化[* 51]
  • 1993年には更新B工事が開始され、制御装置の換装が追加された[56]
  • 2000年には更新C工事が開始され、工事内容に主電動機のMT52Cへの換装が追加された[56][* 52]
  • 更新A工事は1999年度、更新B工事は2000年度で終了した。0・500番台に対しては更新A工事のみが施工され、更新工事を施工された大半の1000番台は更新B工事もしくは更新C工事施工となっている[56][* 53]

更新工事を施工した機関車は未施工機と区別する必要性から車体塗装が変更された。

0・500番台

ライトパープルをベースにディープブルーとスカイブルーで塗り分け(3色更新色[* 54])、乗務員扉はからし色のJR貨物標準色に改められた。

後に広島車両所で全般検査が行われた車両に関しては検査後も3色更新色を維持するが、大宮車両所で全般検査が施工された場合はライトパープルとディープブルー(2色更新色)になっている。

1000番台(大宮車両所施行)

0・500番台と同様に3色更新色にからし色の乗務員扉とされ、更新工事後の全般検査で2色更新色にからし色の扉というように車体塗装が区別された。しかし、2004年10月以降に施工された更新工事においては、更新出場時点から2色更新色を纏っている[57][* 55]。そのため3色塗装の更新機は年々減少し、2011年5月12日に1058号機が大宮車両所を2色更新色で全検出場したのを最後に3色更新機は消滅した[58]

EF65 1032 広島更新機(中庄 - 庭瀬、2007年9月15日) EF65 1033 広島更新機(備中箕島 - 早島、2009年11月14日)
EF65 1032 広島更新機(中庄 - 庭瀬、2007年9月15日)
EF65 1033 広島更新機(備中箕島 - 早島、2009年11月14日)
1000番台(広島車両所施行)

岡山機関区配置機は広島車両所で施工された。大宮車両所とは異なり、2色更新色だが乗務員扉に加えて貫通扉もからし色という独自のデザインである。広島更新色と称することがある。また、初期に施工された1008・1010・1012・1031 - 1033号機はナンバープレートもからし色になっている[* 56]

  • 例外として、新鶴見機関区所属の1089号機は2006年に広島車両所で更新工事が施工された。3色更新色で貫通扉もからし色という異色の塗装であったが、広島車両所に再入場して2色更新色に変更された[59]。しかし、大宮車両所で更新工事を施工された機関車と違って青が明るく、プレートが紅葉色な点が特徴であった。

更新工事の施工車は、2009年4月現在、次のとおりである。

17・19・24・27・28・31・35・36・47・49・55・57・62・64・67・68・72 - 76・101・104・108・113 - 115・118 - 122・124・125・127 - 130・502・504 - 509・511・512・514・515・528・530・1002 - 1010・1012・1031 - 1037・1039・1040・1042 - 1051・1055・1057・1058・1060・1061・1063・1065 - 1071・1074 - 1076・1080・1081・1083 - 1097・1101・1117・1127・1138・1139号機
  • 以上のうち、1008・1010・1012・1031 - 1033・1089・1093・1127号機が広島更新色で出場したが、全般検査での塗り替えや廃車により、2012年時点では1127号機のみが広島更新色を纏っている。

常用減圧促進改造[編集]

EF65 1072 常用減圧促進改造施工車(大宮駅 2010年8月22日)

JR貨物所有の一部の車両は、電磁給排弁を併用せずに貨物列車制動時の空走距離を短縮させるため、自動空気ブレーキ系の常用減圧促進改造が施工されている。この改造はツリアイ空気ダメの容量を縮小した上で、膨張ダメ及びJB中継弁の設置を行うものである。これはコキ50000形改造の100km/h運転対応車(250000番台)牽引に対応するもので、改造当初はナンバープレートの地色を、側面はコキ50000形250000番台の外部塗色に合わせた淡緑色、正面を青15号としたが、夜間作業等、暗い時に判別がつきにくいため、当時、試験塗装を纏っていたEF64 1010号機に倣い、赤色で区別した。CLE電磁自動空気ブレーキを装備し110km/h運転が可能なコキ100系貨車の量産開始後、コキ250000で組成された編成はコキ100系への置き換えが進み、機関車も同時期に増産されたEF66形に置き換えられたため、限定仕業を解除された改造施工車は非改造機と共通の運用に充当されている。

改造工事の施工車は次のとおりである。

  • 1045・1057・1058・1060・1063 - 1092・1096・1097・1117・1138・1139号機


保安装置の有無による改番[編集]

EF65 2121 保安装置区別改番車(川崎新町駅 2012年8月2日)
EF65 2101 保安装置区別改番車(南荒尾信号場 - 関ヶ原 2012年10月14日)

国土交通省鉄道に関する技術上の基準を定める省令によって、100km/hを超える運転を行う際に新たな保安装置(運転状況記録装置)の搭載が義務付けられた。これの有無による、JR旅客会社とJR貨物が所有する本形式の最高速度の相違を区別するために、2012年5月からJR貨物所有の本形式に対して車両番号が元番号に1000を加算する措置が取られている[60]

前述の常用減圧促進改造を施工された車両は、赤色プレートの上に切り抜き文字を、それ以外の車両はディープブルー色プレートの上に切り抜き文字を貼り付けている。ただし2119・2121号機は改番前のものに近い鮮やかな青色プレートの上に切り抜き文字となっている。切り抜き文字はすべて金色である。更新工事未施工車で改番が行われたのは2077・2119・2121号機のみである。

一方、0番台はすでに全廃され、500番台はJR貨物所属機がすべて運用離脱しているため改番の対象とならなかった。

改番工事の施工車は次のとおりである[61][62]

1036・1037・1040・1050・1057・1058・1060・1061・1063・1065 - 1070・1074 - 1077・1080・1081・1083 - 1097・1101・1117・1119・1121・1127・1138・1139号機
→ 2036・2037・2040・2050・2057・2058・2060・2061・2063・2065 - 2070・2074 - 2077・2080・2081・2083 - 2097・2101・2117・2119・2121・2127・2138・2139号機


他形式への改造[編集]

EF67形
山陽本線の瀬野 - 八本松間(通称「セノハチ」)専用の補助機関車である。1990年に広島車両所で5両 (131 - 135) 改造され、既存のEF60形改造車 (EF67 1 - 3) と区別のため100番台 (101 - 105) を付番した。詳細は「国鉄EF67形電気機関車」を参照。

塗装変更[編集]

EF65 57 茶色塗装(2006年6月24日 小岩駅)
9・56・57・75号機(茶色塗装機)
9号機は1988年に廃車となっていたが、民営化後の1989年に車籍復活がなされ、同時に塗装を茶色(ぶどう色2号)に変更した[63]近江長岡駅付近を走行中に車軸の異常発熱が発生、そのまま近江長岡駅ヤード内に留置後、移動が不能と判断され、1994年9月9日に廃車となり現地で解体された。
56号機は、9号機の廃車と入れ替わるように茶色への塗装変更がなされた。高崎機関区に所属していたが、2001年11月22日に運用を離脱し、2003年3月31日に廃車となった[63]
57号機は、1998年に岡山機関区から高崎機関区に転属し[63]、2004年12月の全般検査において茶色に変更した[59]。56号機と比べて、飾り帯が塗装であること[* 57]、ガラス支持が白ゴムではなく黒ゴムであることなどの違いがあげられる。2008年4月に岡山機関区に再び転属した[64]。2010年2月現在で車籍を有しており[65]、運用にもついていたが2011年2月末時点で車籍を失っている[66]
75号機は更新色で運用についていたが、車体を茶色に塗り替え、2003年10月に行われた広島車両所の一般公開で展示された。2003年12月24日に廃車となり[63]、解体された。


EF65 1059 試験塗装機(2008年3月4日) EF65 1065 試験塗装機(高松駅、1992年)
EF65 1059 試験塗装機(2008年3月4日)
EF65 1065 試験塗装機(高松駅、1992年)
21・116・1059・1065号機(貨物試験塗装機)
21号機は国鉄清算事業団からの車籍復活車で、前面の飾り帯が撤去され、前面のブロック体ナンバーが右に寄ったものとなっていた。貨物更新機の基礎となった塗装であり、後に一般色に戻されるが、前面ナンバーはそのままとなったため異彩を放っていた。
116号機は1969年8月27日付で稲沢第二機関区に新製配置され、JR貨物に引き継がれた[67]。1987年7月21日付で塗装変更がなされた[68]。側面に大きくやまぶき色でJRと描かれ、前面には同じくやまぶき色の帯が配された[68]。1991年11月26日に鷹取工場で行われた全般検査において原色に塗り替えられた[69]。1994年12月3日付で岡山機関区に転属し[67]、2010年9月19日で運用を離脱した[70]
1059号機は1977年1月21日付で新鶴見機関区に新製配置され、JR貨物に引き継がれた[71]。1987年7月24日付で塗装変更がなされ[72]、前面に警戒色の黄色を、側面に大きくJRのロゴを配した。他の試験塗装機と異なり、2009年3月31日付で廃車になるまで試験塗装を保持し続けた。新製後一貫して新鶴見機関区に配置されていたが、2008年10月から12月にかけて岡山機関区に貸し出された[73]
1065号機は1977年1月13日付で新鶴見機関区に新製配置され、JR貨物に引き継がれた[71]。1987年7月9日付で塗装変更がなされ[72]、ホワイトとブルーを基調にブラックとイエローの前面警戒色を配した塗色に変更された。変更当初はナンバープレートは青色であったが、常用減圧促進工事が実施された以降は赤色に変更されている。1998年6月の全般検査で原色に戻され[74]、2004年3月の全般検査で更新工事が施工され3色更新色に[75]、2010年5月の全般検査で2色更新色になっている。


EF65 105 「ユーロライナー」専用機 EF65 112 「ユーロライナー」専用機(浜松工場、2007年7月22日)
EF65 105 「ユーロライナー」専用機
EF65 112 「ユーロライナー」専用機(浜松工場、2007年7月22日)
105・106・112号機(「ユーロライナー」専用機)
旅客用として東海旅客鉄道(JR東海)に承継された5両のうち、105・106・112号機は1985年8月に登場した12系ジョイフルトレイン「ユーロライナー」の専用機として「ユーロライナー」色となった。
2005年4月に「ユーロライナー」を含む客車編成が使用終了・廃車となったが、105号機はそれより前の1996年2月29日に、106号機は2000年3月31日に廃車となった[63]。残った112号機は工事臨時列車などで使用されたが、2007年12月3日付けで廃車となり、ユーロライナー専用機は消滅した[76]。廃車直前の2007年7月には、112号機が浜松工場一般公開で展示された。


EF65 123「ゆうゆうサロン岡山」専用機 EF65 123「ユウユウサロン岡山」専用機(2002年11月16日 下関地域鉄道部下関車両センター)
EF65 123「ゆうゆうサロン岡山」専用機
EF65 123「ユウユウサロン岡山」専用機(2002年11月16日 下関地域鉄道部下関車両センター)
123号機(「ゆうゆうサロン岡山」→「ユウユウサロン岡山」専用機)
1986年にジョイフルトレイン「ゆうゆうサロン岡山」専用機に指定され、客車と同じマルーンに金色帯の塗装に変更された。
分割民営化後はJR西日本が承継し、1994年に客車は「ユウユウサロン岡山」に名称変更されてリニューアルされ、当機は黄かん色に塗色変更された(鷹取工場で実施)。その後パンタグラフが下枠交差形のPS22Bに変更された(1998年の全般検査にて下関車両センターで実施)。2002年8月31日に廃車となり[63]、下関地域鉄道部下関車両センター一般公開で展示された後に解体された。
これに伴い、「ユウユウサロン岡山」の牽引は下関総合車両所所属のEF65形1000番台が担当することになる。


EF65 1019「スーパーエクスプレスレインボー」塗装(1989年11月3日 予讃線 鴨川-讃岐府中間) EF65 1118「スーパーエクスプレスレインボー」塗装(2010年10月 京葉車両センター)
EF65 1019「スーパーエクスプレスレインボー」塗装(1989年11月3日 予讃線 鴨川-讃岐府中間)
EF65 1118「スーパーエクスプレスレインボー」塗装(2010年10月 京葉車両センター)
1019・1118号機(「スーパーエクスプレスレインボー」専用機)
車体全体がチェリーレッドで塗装され、側面に大きくEF65と白で描かれたロゴを、裾部分に白帯を配している。1987年に運用を開始した「スーパーエクスプレスレインボー」専用機として当初は1019号機が供されたが、1998年9月1日に1019号機が廃車となり、専用機は1118号機に変更された。運用は2000年に終了したが、その後も塗装が変更されることなく臨時列車や工事臨時列車などに使用されている。1019・1118号機共に田端運転所に配置される。
1118号機では、側窓にかかるEF65ロゴ部分はロゴと同じく白で塗装されていたが、2009年1月の検査出場以降、1019号機と同じく塗装が省略されている。


保存機[編集]

※2013年9月現在

碓氷峠鉄道文化むらで保存されるEF65 520
  • 保存後解体
    • EF65 33焼津駅構内)スカイブルー塗装 ※解体済
    • EF65 59(JR東日本大宮工場・解体済)
    • EF65 75(JR貨物広島車両所)茶色塗装(解体済)
    • EF65 106(JR東海浜松工場)※解体済
    • EF65 110(JR東海浜松工場)※解体済
    • EF65 111(JR東海浜松工場)※解体済
    • EF65 112(JR東海浜松工場)※現在不明
    • EF65 541(JR貨物大宮車両所)※解体済[* 59][78]

脚注[編集]

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  1. ^ 車体および台車を担当。川崎車輛は1969年に川崎重工業に合併された。
  2. ^ 川崎重工業とのコンビで電装品を担当したが、1968年に川崎電機製造は富士電機へ合併されたため、以後は富士電機名義となる。
  3. ^ 車体・台車・電装品の全てを一貫製造。
  4. ^ 車体および台車を担当。1972年の川崎重工業への吸収合併により、以後は同社担当分を川崎重工業兵庫工場が肩代わりした。
  5. ^ 電装品を担当。当初は汽車会社とコンビを組んだが、同社の吸収合併以後は合併先である川崎重工業とコンビを組んだ。
  6. ^ 車体および台車を担当。
  7. ^ 電装品を担当。当初は日本車輌製造とコンビを組んでいたが、1968年以降は川崎電機製造を吸収合併したため、川崎重工業ともコンビを組んだ。
  8. ^ 製造実績は、車体と台車については汽車製造時代の実績を除外しても川崎重工業が最多で、東芝は交流電機の指定メーカーとなったこともあって昭和42年度発注分をもって担当から外れ、日本車輌製造も昭和44年度発注分の0番台を最後に撤退している。このため、2社の撤退後に量産された1000番台はほとんどの車体と台車を川崎重工業が担当している。
  9. ^ クイル式駆動方式が不調であった1次車のMT49に代えて、ばね下重量が大きく軌道保守に負担がかかるが信頼性の高い吊り掛け駆動方式に変更し、併せて定格出力の向上も図ったMT52を主電動機に採用した2次車以降、EF60形は牽引力に余裕が生じており、3次車で駆動系や台車はほぼ熟成の域に達していた。
  10. ^ EF60形は従来通り単位スイッチ式制御器を搭載していたが、この方式は構造が簡素であることの代償としてコンパクト化が難しく、また多段化や自動進段といった高機能化の点でも難があった。これらの問題はシーケンスドラム(順路開閉器あるいは制御円筒)の導入によりいずれも一応は解決可能であったが、これは構造の複雑化と機器の大型化を招き、また電動カム軸式と比して特に大きなメリットも無かった。このため、国鉄電車では1951年度製造の80系電車以降CS10として電動カム軸式制御器を制式機種として採用、私鉄向けでも保守の都合から単位スイッチ式ABS制御器で統一していた営団丸ノ内線が900形最終増備車(1969年)に採用した事例が目立つ程度で、1960年代以降、日本では電車・電気機関車ともに新製車両に単位スイッチ式制御器を採用する例は激減した。
  11. ^ この事実からも輸送力増強と列車高速化の要求が厳しく、開発スケジュールが逼迫していたことが伺える。
  12. ^ 限流継電器(リミッタ・リレー)の作用により、主回路の電流量が予めセットされた規定値を下回るか上回るかした場合にパイロットモーターが回転し、これによって駆動されるカムスイッチ群のオンオフで主回路の切り替えを自動的に行う。これにより、速度に応じて乗務員が電流計を監視しつつ手で運転台に置かれた主幹制御器のノッチを1段ずつ進めずとも、最初から必要な段数までノッチを進めてしまえば後は主制御器が必要に応じて細かいノッチ操作を自動で行うようになった。この方式には主幹制御器と主制御器を結ぶ指令信号線の本数(=指令段数)が少なくともきめ細かな加速操作が可能で、かつ乗務員の負担を軽減できるという大きなメリットが存在し、日本では主に電車用としてイングリッシュ・エレクトリック社と提携した東洋電機製造製の制御器を導入した各社で大正時代から普及が始まり、その後各電機メーカー製の同種制御器が幅広く普及している。なお、バーニア制御は交流電気機関車をルーツとする技術で、空転防止を目的として主回路電流量が一定値(本形式の場合は550A)を超過した場合にのみ機能し、各ノッチ間の進段中の制御を更に細分化(EF65形の場合はノッチ1段を5分割する)することで加速を円滑にする。これにより定格速度到達までの最大制御段数は合計142段となり、事実上無段階加速に近い制御特性が得られるようになった。もっとも、その一方で本形式の主回路つなぎには、主電動機の直並列切り替え時の牽引力変動を最小限に抑制する橋絡わたりは採用されていない。
  13. ^ 全界磁時の定格速度は45.0km/h。
  14. ^ 主回路カム軸1ステップの移動角が15°に対し許容誤差が5°しかないため、バーニアカムが進段中に主回路カムのオーバーランによって接触器が開いてしまい、発生した火花によって制御器を焼損するトラブルが頻発した。
  15. ^ パイロットモーターの減速比を大きくしたが、バックラッシュ角が影響するようになった
  16. ^ 従って竣工時期は1966年に入ってからとなる。
  17. ^ CS25で一体であった抵抗制御器のカム軸およびバーニアの駆動に用いるパイロットモーターを個別に搭載、カム角度の見直しを行い動作信頼性の向上を図った。併せてリレーに代わりシリコン整流器を採用、進段時の応答性能も向上した。
  18. ^ 500番台は新製時期がCS25からCS29への切り替え期に当たっており、双方の搭載車が混在していた。CS25とCS29では直並列制御のステップ数及びバーニア制御の開始ステップが異なるため、両者を重連運用で混用すると、各制御器がバラバラに動作して引張力の不釣合いが起きてしまい、主電動機や連結器に悪影響を与えるため、一時は重連運用のローテーション管理を厳密に行い、CS25・CS29搭載車を別々にペアを構成するようにして不具合の回避を図ることを強いられた。
  19. ^ SはSeries=直列接続を示す。
  20. ^ PはParallel=並列接続の略で、つまりSPは直並列接続を示す。
  21. ^ コンパクトな構造の新型主幹制御器は続くEF66形で本格採用された。
  22. ^ 後述の空転検知機構が搭載されなかったこともあって、山岳線区で運用されるEF62形・EF63形・EF64形の3形式に採用された機構よりも回路構成が簡略化されている。この仕様はEF66形にも継承された。
  23. ^ 乗務員用の通風口は初期製造の0番台ではスカート部に設置されていたが、同時期に製造した500番台(P形)においてKE59・KE72ジャンパ栓や元空気溜管(MRP)などがスカート部に設置された際に位置的に通気口ダクトが干渉したため、移設を行ったことに由来する。これ以後に量産された本形式の他の区分番台車についても、これらの追加装備の有無にかかわらずこの設計が踏襲された。
  24. ^ 各車の台車に備えられた空気ばねやブレーキ装置への安定した空気圧供給を可能とする元空気溜管 (MRP)、カニ22形電源車のパンタグラフ昇降制御機能と車掌室との電話による通話機能、それにそれらのために必要となるKE59ジャンパ連結器(19芯コネクタ)の追加設置など。ただし、当時20系客車牽引に充てられていたEF58形の一部には搭載されていた、電源車の発電装置に対する遠隔制御機能は省略されている。
  25. ^ 1968年10月のダイヤ改正で寝台特急の最高速度が110km/hへ引き上げられた際には、ブレーキ系への編成増圧装置と電磁自動空気ブレーキ用指令回路等の追加を実施している。
  26. ^ 釣り合い引き通し管(本務機と補機の2両の機関車の間で、通常は1両で完結する単独ブレーキを均衡動作させるための空気管)やKE70-6ジャンパ連結器(制御器の指令線を引き通すための55芯コネクタ)などを搭載して実現。
  27. ^ 10000系貨車連結対応としてブレーキ管 (BP) と元空気溜管 (MRP) を併設したもので、特に元空気溜管は10000系貨車の場合、空気ばねの空気圧供給源として必須の装備であった。なお、この連結器は本番台の後継となるEF66形基本番台にも採用されている。
  28. ^ 本形式や10000系貨車の場合、連結器がセンターポジションにない状態で連結しようとすると、互いの連結器の向きによってはナックル部を衝突させて空気管連結部を破損する恐れがあり、特に機関車については自動復心装置は必須の装備であった。これは517号機まではカバーなしで復心装置がむき出しであったが、518号機以降はカバーが追加された。
  29. ^ 高速域でのブレーキの動作を改善するため、一定速度域以上でブレーキ圧を約 30 % 程度増圧する装置。後に20系客車が110km/h運転対応のためにAS自動空気ブレーキに中継弁と電磁給排弁を付加してAREB増圧装置付き電磁中継併用自動空気ブレーキ搭載へ改修された際には、P形にも追加搭載されている。
  30. ^ 10000系貨車はCLE電磁自動空気ブレーキを装備することで100km/h運転に対応した。この機構は運転台のKE14ブレーキ弁に電気接点を追加し、そこから信号線を引き通してKE72電気連結器(9芯コネクタ)経由で各車の電磁給排弁にブレーキ指令を伝達することで迅速なブレーキ弁の給排気を実現し、後部車のブレーキ動作遅れを無くし、応答性能を向上させるものである。こちらも20系客車のAREBブレーキ化に伴いP形にも追加され、使用されるようになった。
  31. ^ ただし実際には基本となったF形自体、上述の通りP形相当の機能を備えており、実際にも寝台特急運用に充当される機会が少なからず存在した。1000番台については、後期形の一部が酷使で疲弊しきっていた500番台(P形)の代替用として製作され、客車列車牽引の機会が多かったことから便宜上、あるいは区分上このように呼ばれているに過ぎない。
  32. ^ のちに前面窓には追加で取付けられたが、前照灯は未装着のままである。
  33. ^ カニ22形は重装備による過大重量が原因で入線可能線区や運転速度に制限があったことから電動発電機と集電装置を撤去する工事が1968年までに実施された。
  34. ^ 重連総括制御機能は無効化されておらず、後に広域運用に備え汽笛カバーとスノープラウを追加装備した車両も存在する。
  35. ^ 従来のMT52Aから高速走行時のフラッシュオーバー対策として、電機子軸の直径を増大し軸の剛性を高めた。
  36. ^ 基本的に常用減圧促進改造非施行車が対象となったが、1065・1139号機のようにいったん青プレートに換装後、改造施行により赤プレートに変更された機体もある。
  37. ^ ただし、同時期にJR貨物に売却された1119号機はこの時点では変更されていない
  38. ^ 518 - 522・526の6両につらら切りを装備したが518のみ沼津機関区転属後に撤去され、廃車までつらら切り非装備で使用されたがホイッスルカバーは残された。なお、518のつらら切りは他の機と比べてやや上方に装備されていた。
  39. ^ 518・522・525・532 - 534にスノープラウが取り付けられている。518号機のみ国鉄時代に一旦撤去されたが、高崎機関区に転属してから再取付された。
  40. ^ これは豪雪地帯を走行する上越線運用では致命的であった。
  41. ^ 元々寒冷地での運用を前提とした設計ではなかったのであるから、これはむしろ当然の現象であった。
  42. ^ このような構造を片渡り構造と呼ぶ。これは暫定的な重連運用への充当であることや、東海道・山陽本線限定で運用する限りはほとんど方向転換が発生する機会がないことを前提として、コストダウンを重視して採用されたものであった。しかし、新鶴見機関区時代には山手貨物線品鶴線大崎支線のいずれかを経由する運用の組み合わせにより、所属機関車の方向転換が頻繁に発生していた。このため、この時期にも東北本線でごくわずかながら存在した重連運用では充当される2両の機関車の向きの管理に多大な労力を払う必要が生じた。これに対し、各車の方向によらず重連が可能な構造を両渡り構造と呼び、具体的には前面のスカートの左右に同じ結線の電気連結器を実装して対処する。後述の1000番台PF形はこちらを採用しており、スカートの連結器両脇に同じKE70ジャンパ連結器が左右対称となる位置に搭載されている。
  43. ^ この時期にはF形が重連運用に充当される可能性はなくなっており、重連に必要であったKE70ジャンパ連結器の回路撤去やBPとMRP以外の不使用ホース・配管類の省略が順次進められている。もっとも、EF66形とは異なり空気管付き密着自動連結器の撤去は行われていない。ただし、この時期に事故でスカート部を破損した522号機については並形自動連結器装備で修理され、不要となった連結器直上の復心装置も省略されるなど、基本番台車に近い仕様となっていた。
  44. ^ 2008年当時、「富士」「はやぶさ」の客車編成は12両と、牽引定数不足から機関車をEF66形に変更した1985年3月当時に比べて短くなっており、牽引定数に関する問題は考慮する必要がなかった。
  45. ^ 貫通扉上部の青塗装は、特急色の塗り分けラインに合わせたものである
  46. ^ 当時PF形の中で最も車齢を重ねていた1036号機がATS-PFを搭載していたために運用を継続したのに対し、PF形最終ロットであった1123・1129号機は、同保安装置を搭載していないために廃車となった。
  47. ^ 稲沢 - 幡生間での臨時貨物運用を岡山機関区の本形式が担当していたため、同区間での臨時運用は残っていた。なお、2008年3月ダイヤ改正でこの臨時貨物牽引機がEF66形に変更された。
  48. ^ 火花箱から発生する火花を吸収するもの
  49. ^ 更新工事未施工機においても一体圧延車輪に交換された機関車は存在する
  50. ^ 貫通扉の交換は1000番台のみ
  51. ^ 1000番台のみ。ただし、1008号機は更新工事施工後も切り抜きナンバーのままであった
  52. ^ 装架方法を平軸受方式からコロ軸受方式に変更
  53. ^ 1000番台で更新A工事を施工された機体は1002・1005・1007・1010・1032・1035・1037・1042・1046・1055号機である
  54. ^ 広島車両所で施工された場合、大宮車両所で施工された車両に比べて、裾帯と上半分の青が僅かに明るい。
  55. ^ 3色更新色を纏って最後に出場したのは1066号機(2004年8月)、更新工事施工後から2色更新色を纏って初めてに出場したのは1074号機(2004年10月)
  56. ^ 1033号機は2003年の全般検査で青色プレートに変更された。
  57. ^ 更新機であるため飾り帯部分がライトパープルで塗装されてしまっていた。
  58. ^ 2009年3月25日にEF210-15牽引(次位にEF66 113)の単1780列車次々位無動で東京貨物ターミナル駅へ回送された。
  59. ^ 2009年3月11日にEF210-123牽引の2083列車次位無動で新鶴見機関区へ、2009年3月19日にEF65 1059牽引で大宮車両所へ回送された。

出典[編集]

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参考文献[編集]

関連項目[編集]